2014年01月26日

貴音「かっぷらぁめんの功名」

・地の文あります
・書き溜めてあるのですぐ終わります
・貴音お誕生日おめでとう!!!

ではよろしくお願いします。


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貴音「はあ…………」

ため息が一つ、事務所の中でこぼれた。
寒気止まぬ一月の終わりと言えど、暖房を点けている事務所内ではため息も白くなる事は無かった。

だが、その白くならなかったため息の声を聞いた者は居たようで。

小鳥「…………?」

事務机に向かって、許容範囲外の書類に人知れずうんうん唸っていた所、
こぼした陰鬱を、偶然耳にした小鳥が訝しげに貴音の方へと向ける。

小鳥「どうかしたの? 貴音ちゃん、ため息なんてついて」

貴音「……ッ、小鳥嬢……、わざとでは無かったのですが……」

小鳥「良いのよ、そんな事気にしなくって。 ……で、何かあったの?」
声を掛けた途端、すぐさま身構えるものの、
小鳥の姿を見た瞬間、安心したように警戒を解く。

あの貴音ちゃんが私に気付かないなんて。

憂いを帯び、いつもよりも一層色気の孕んだ、官能的とも言える表情をしている貴音ちゃんに、
邪な考えよりも先に、見ているこちらも滅入ってしまうほどの不安や心配を抱いた。

一刻でも早くこの子の閉塞感の原因を取り除いてあげたい。
その想いから、まるで弾かれるように問うた。

貴音「…………、実は……」

まるで彼女の周りだけ重力が何倍にもなったのでは無いか、
そう思ってしまうほど、唇を重苦しく開く。

早く内容を知りたい。 そんな焦燥感に駆られるも、重圧を与えてはいけない。
気を落ち着かせ、彼女の方から喋ってくれるのをゆっくりと待つ。
貴音「私、実はかっぷらぁめんなる物を集めるのも趣味でして」

小鳥「うん、知ってた」

貴音「なんと。 ……まぁ、それで、私の家で備蓄しているかっぷらぁめんの数が多くなってしまい……」

小鳥「ふんふん」

少しずつ、肩の荷を一つ一つ降ろすように語る。
流石ラーメン効果と言ったところか、
先程よりかは声の調子も軽くなってきたように思える。 

貴音「そのせいか、最近押し入れにかっぷらぁめんが入りきらなくなり……」

小鳥「え」

貴音「考えた結果、一つの答えに行き着いたのです……」

あまりの衝撃発言に、ただただ驚く事しか出来ずにリアクションが出来ずにいた。
だがそれも構わずに貴音は続けていく。

それにすら、まともな反応をする事は出来なかった。

小鳥「そ、そうよね、結局食べるしか無いわよね」

そして、ようやく捻り出した答えがこれ。
我ながらなんとも稚拙な回答である、と客観的に見ずともそう思う。

しかし、彼女は前言のインパクトを更に上回る事を言ってくれた。



貴音「増築するしかない、と」



小鳥「…………ん? ………………ん???」

待て、それは何かおかしくないか。
普通ならば食べて消費するのが正しいのではないか。

そう言いたくなる感情に背中押されるが、
その時には先程のように眉根を寄せる貴音ちゃんの姿があった。

貴音「しかし……、問題はそこからなのです……」

小鳥「…………、……そこから?」

どっちかと言うと、今は先の話よりもまず今の発言のツッコミをしたい所だが、
それを出来る雰囲気でも無いので諦めることにする。
貴音「その、増築。 り、りふぉ、り……?」

小鳥「リフォーム?」

貴音「そう、りふぉおむ。 それをしている間、依頼した店の用意した宿をお借りする事になったのですが……」

小鳥「(無理して横文字使わなくていいのに……!)」

貴音「そこが、その、なんと言いましょうか、面妖でして」

小鳥「めんよう?」

不可思議、自分の理解の及ばない物に対して良く言っている口癖。
適切な言葉が見つからなかったのだろうか、いつもより言い回しが適当に聞こえる。

貴音「はい……。 夜食を買いに出かけ、戻ってきたら部屋の扉が開かなくなっていたのです……!!」

小鳥「えぇ!? それって…………」
貴音「すかさず私は受付の方に報告に行きました……。 そしたらこう言ったのです……」

小鳥「ごくり…………」

生唾を飲み込む。 それに習うように彼女自身も喉を鳴らした。
どんな言葉が飛び出してくるか解らない緊張感を押し込む。

向き直ると、貴音ちゃんと目が合う。
お互いに頷くと、徐々に貴音が口を開けた。

どんな言葉が飛び出してくるか解らない。
そう思い身構えた瞬間だった。



貴音「「オートロックになっております」、と…………」



小鳥「…………………………」


小鳥「…………へ?」

ピンと張り詰める糸のように体を強張らせていたら、
どんな人間であっても、自分と同じような素っ頓狂な声が出るであろう答えが返ってきた。

ラーメン効果が無いからかは解らないが、
先ほどの増築のくだりの時とは一転して、緊張した面持ちで話を続ける貴音ちゃん。

貴音「私は、そのおうとろっくと言うものが解らず、受付の方に説明を求めたのですが……」

小鳥「………………」

貴音「何とも言えぬ表情で、顔を背けたのです……」

小鳥「(多分、オートロックという概念が当たり前の事過ぎて、どこから説明すれば良いのか解らなかったのね……)」

貴音「それ以外にも、突然誰も居ない筈の浴槽の方から声がしたりと、奇奇怪怪な現象ばかりが……」

小鳥「(これも、湯沸かし器とかのお知らせボイスよね……)」

貴音「私は、あのほてるが恐ろしゅうて恐ろしゅうて…………!!」

小鳥「お、落ち着いて貴音ちゃん! 若干キャラがブレてるわ!」

ぷるぷる震えながら、古風を通り越した口調で話す貴音ちゃんに突っ込みを入れる。
それのお陰か若干落ち着きを取り戻すものの、震えは止まらないようだ。

やはり、彼女にとって科学の結晶は特異であり、恐怖の対象なのだろう。
貴音「ですが小鳥嬢、私はあそこに戻りたくありません……! 事務所で匿っては頂けませんか……!!」

小鳥「そんな訳にはいかないわ、仮眠室はあるけどやっぱりお家の布団ほど疲れも取れないし……」

貴音「では一体、どうすれば…………」

小鳥「そうねぇ……。 …………あ、そうだわ!!」


ガチャ


P「ただいま戻りましたーっ」

丁度良い所に、と言うと失礼だろうか。
だがそう思う以外に言うことは無いほどにグッドタイミングだ。

小鳥「あ、おかえりなさぁいプロデューサーさん♪」

貴音「…………? 小鳥嬢?」

異変を感じ取ったのか、貴音ちゃんが訝しげにこちらを見つめてくる。
そんな事も構わず私はプロデューサーさんを丸め込む為の会話の展開をイメトレする。

様々な会話をイメージ、出来るだけ無駄な言葉はカットする。
よし、大まかなシチュエーションは大体構築した。 普段の妄想の賜物だ。

P「……どうかしたんですか小鳥さん。 貴音も」

貴音「じつは…………」

小鳥「プロデューサーさん!!!!!」

P「うおっ!? はい!?」

小鳥「実は大事なお話がありまして!!!」

P「え、ホントですか? じゃあちょっと貴音には外してもらって……」

小鳥「いいえ! 貴音ちゃんに関係ある話なんです!!」

P・貴音「えっ」
ギュルリと貴音ちゃんへと首を向ける。
その瞬間、肩をビクリと一度震わせるが、そこまで首のむき方が恐ろしかったのだろうか。

小鳥「そうよね!? 貴音ちゃん!!」

貴音「えっ……、あ……、はい、その通りです……」

P「そうなのか? 一体何があったんだ?」

小鳥「止むに止まれぬ理由があるんです……!! ついこの前、貴音ちゃんの家で事故がありまして!!」

P「なんだって!?」

貴音「え、いや」

小鳥「こんな都会で頼る当ても無く、ついぞ辿り着いたのが765プロ……!!」

P「そんな……、知らなかった……」

一つも嘘は言っていない、勿論、脚色が入っていると指摘されたら認めなければならないが。
心配そうにプロデューサーさんと私を交互に見つめていた貴音ちゃんが注釈を入れようとする。

無論、この横槍も脳内シミュレーションの中にインプット済みである。

貴音「ちが、違うのです貴方さ」

小鳥「だけどもだっけっどぉおおぉぉお!!!!」

貴音「ひぃ!?」

その対策とは、ただただ単純に勢いで押す。
という、稚拙極まりない方法であった。

しかし意外にも貴音ちゃんは押しに弱く、こういった特定の場面では十分に効果が発揮出来る。
……と、妄想でそんな架空の設定を作っていたのだが、まさか本当になるとは。
小鳥「今! 丁度良く!! プロデューサーさんが!!! 来てくれました!!!!」

P「お、俺が?」

小鳥「はい! まさに地獄に吊るされた一本の蜘蛛の糸!! 貴音ちゃんを救えるのは貴方だけです!!」

P「お、俺に出来ることならなんだってしますよ!!」

彼は正義感に熱く、そして礼儀正しい。
それは、普段の仕事ぶりを見ていても明らかに解るものだった。

故に、それを逆手に取る。

小鳥「本当ですか!?」

あえて熱を持って反論する。
この熱が彼の導火線に着火すれば上手く行くはず。
P「本当です!!!」

最高の答え。
仕上げと言わんばかりに、油を注いでいく。

小鳥「生半可な気持ちで言ってるんじゃァないでしょうね!!!」

P「貴音の為なんだ、本気に決まってる!!!!!」

完璧。
こうなってしまったら次は応としか答えないだろう。
要点だけを固めて一言ぶん投げる。

小鳥「オッケィじゃあプロデューサーさん家に貴音ちゃん泊めてあげろやぁ!!!」

P「よっしゃ任せろォ!!!!! ……………………え?」

イメトレ通りに進んでしたり顔の私。

私の声に気圧され、途中から両手で顔を覆ってしまった貴音ちゃん。

そして、未だ事態を理解出来ていないといった、呆け顔のプロデューサーさんの姿がそこにあった。


〜プロデューサー宅〜


P「………………えー……………………?」

仕事が終わった後、取りあえずと言う事で、最低限の荷物だけを持ち、私はプロデューサー宅へとお邪魔している。
業務をこなしている間も同じように虚空を見つめながら呆けていたのが印象的だった。

部屋に入った瞬間、質素とまでは言わないが、寝食としてしか利用していないんだろう。
と見受けられるほど、殺風景な景色が広がった。

だが、何よりも注視すべきはCDを入れる棚の数か。
寝具のすぐ傍に三つもの棚が置いてある、題名まで見ることは出来ないが、
背の部分が明るい色なのは確認出来る。 直感的に、私達のCDなのだろうと感じる。

P「荷物は適当に置いてくれて良いからなー」

後ろで声を掛けられて肩を震わせる。
我を忘れるほど、異性の部屋に気を取られていたのか、と顔が赤らむ。

気恥ずかしさ、そして都合が良いとは言え、人の家に転がり込むという申し訳なさから頭を下げる。
貴音「も、申し訳ありません…………」

P「……ん、あぁいや、別に怒ってるわけじゃない。 けど、ビックリした」

貴音「先ほどの小鳥嬢のこと、でしょうか?」

P「ん? あぁ、違う違う。 貴音のことだよ」

貴音「私、でしょうか……?」

P「事故があったらしいな。 その面持ちだと、言うほど辛いものでも無さそうだけど……」

貴音「あ……、いえ違うのです! 実は……」

先程の小鳥嬢の言っていた脚色に脚色を加えた実話を、
全てありのままで話していく。

ピンと張り詰めていたプロデューサー顔が段々と綻んでいく姿を見て、
あぁ、やはり勘違いをしていたんだなと確信する。

P「……はぁあぁ〜?」

貴音「真に、申し訳ありません……」

P「あぁ、いや、まぁ……。 貴音になにかあったわけじゃなくて良かったよ、うん」

貴音「貴方様…………」

P「しかし、なんというかまぁ……」

貴音「…………?」

P「っくく、ラーメンだけで押入れの容量超えるとかとか…………くくあっははは……」

貴音「なっ……!! し、仕方ないではありませんか! らぁめんの種類が膨大なのがいけないのです!!」

P「…………うっく……く……もうダメだあっはははははは!!」

貴音「くぅ……!! いけず、そう、貴方様は本当にいけずです!!」

・ ・ ・ ・ ・


貴音「……………………むぅ」

P「悪かったって、機嫌直してくれよ」

貴音「よもや、貴方様がこのようにいけずだったとは思いもよりませんでした」

P「だから悪かったって。 ほら飯だ、ラーメンじゃなくて悪いけどな」

ガサリと音を立てながら、白く半透明な袋を見せてくる。
中身を完全に当てる事までは出来ないが、鼻腔をくすぐられる感覚から、美味たる物と判断する。

貴音「む…………。 頂戴します……」

P「ただのコンビニ弁当だけどな。 おかわりが欲しければ言えよ、温めるから」

貴音「でしたらおかわりをば」

P「早くない!??!?」
貴音「貴方様、申し上げにくいのですが、その数では、おそらく貴方様の分も……」

プロデューサーの、今にも付属されていたマヨネーズを掛けようとしていた唐揚げ弁当を見つめ、
空になった幕の内弁当に蓋をしながら呟いた。

P「あぁもう買ってきます買ってきますよ!! あと何個弁当買ってくりゃ良いよ!!」

貴音「三つほど買ってきて頂ければ……、私はもう十分です」

P「お前謙虚そうに言ってるけどクソ図々しいからな!?」

上着を羽織りながら、靴を履きながら、叱責を飛ばしながら。
複数のながら行動を器用に実行しながら玄関の扉を開けようとする音が。

貴音「貴方様! お飲み物もよろしくお願いいたします!!」

P「ホント図々しいなお前!!!!!」


・ ・ ・ ・ ・


貴音「美味しゅう御座いました」

P「結局俺の唐揚げ弁当半分食いやがって……」

貴音「こんびに弁当と侮るなかれ、中々趣向も凝らしてあるのですね……」

P「聞いてねえし……。 まぁいい、風呂にするか」

貴音「ふっ…………!?」

本日何度震わせたかもかも解らない肩を震わせる。
薇を回すようにキリキリと首が動く。

P「ん……? …………あぁ、大丈夫だよ安心しろ」

今の反応で、全てを理解したかのように私の頭をポンポンと叩く。
確かに先程小鳥嬢に説明したと同じように、事の顛末を教えたが、まさか今の反応だけで察するなんて。
本当に人の体どころか心まで見透かしてくる人。


P「うちはボロいからな。 そんな機械ついてねぇよ」

「赤いビスを捻れば湯、青いビスを捻れば水が出る奴だよ」と付け加える。
実に容易に想像が出来た。 良く見知っていたからだ。

貴音「そ、それなら私存じています!! 入れます!!」

P「大丈夫かー?」

貴音「甘く見ないでくださいまし! 赤い方を、青い方より多めに捻った方が程よい熱さのお湯が出ます!!」

P「それだけ知ってれば大丈夫だな。 石鹸しか無いから、家に帰れるようになったらちゃんと髪整えろよ?」

貴音「……? 普通石鹸ではないのですか?」

P「………………お前、マジで言ってんの……?」

目を見開き、手で口元を覆いながら、くぐもった声でそう質問する。
当たり前のことを何故聞くのだろうか? と首を傾げると、今度は口元に置いていた手を上に移動させて目を覆う。

貴音「取りあえず、家主を差し置いて気が引けますが、頂きますね」

P「おう…………。 いやしかしマジかー……」

何を引きずることがあるのか。 未だ覆った手を外さぬまま天を仰ぐプロデューサーを後にする。

脱衣所に入ると、髭剃りや髪を乾かす為のどらいやぁなど、身嗜みを整える為の道具のみを置いた、
この家に入った時に抱いた感想と同じ、殺風景という単語が浮かぶ。

だがそれが今はかえって安心する。
部屋の手入れ具合から、その人間の人となりが解ると言う。
誰が言い出したか解らないその言葉を信じるなら、彼はとても解りやすい人だ。


衣服を脱いで畳む。 浴槽へと近づくと、私が夕餉に勤しんでいる間に沸かしていたのだろうか。
既に湯船には湯が張られており、後は入るだけとなっていた。

貴音「まったく、あの人は……」

自分でも解るくらいに口元に笑みを刻む。
思えば、765プロの皆と一緒に夕食を共にした時も伝票を渡してくれた時は無かった。

髪を濡らし、石鹸を泡立てる。
水を含み重くなった髪は重力により従うようになり、やや真っ直ぐになる。
そして適当な量の髪を目の前まで持ってこさせ、するりと泡を含ませた手を髪に滑らせる。

その工程を、何度も何度も繰り返していく。
やがて全てに泡が行き渡ったのを確認すると、一度、枝毛が無いかを確かめる為に手櫛で髪を梳かす。
壱、弐、参。 どうやら枝毛は無かったみたいだ、桶に浴槽の湯を取り出し泡を流す。

髪が長いと、少しばかりこれが面倒で、泡を完全に洗い落とすのに、二桁に渡るほど頭に湯を流さなければならない。
しかしこれも自らを磨くため。 輝く存在で居るにはこの程度の行為を渋る訳にはいかない。

ようやく髪から石鹸の滑り気が無くなったか。
首を振り、それに追従して髪が勢い良く纏わり付く水分を跳ね除ける。

いざと浴槽へと右足を浸ける。
先程泡を洗い流す際に湯の温度は十分知ったのでわざわざ浴びる必要も無い。
私の家程では無いものの、足が爪先まで伸ばせるこの浴槽は相当広いものだろう。
肩まで浸かり、脱衣所で考えていた事を思い出す。

彼の人となりについてだ。

必要でない家具は置かず、ただ寝食の為にしか使っていないような部屋。
しかし自分達のCDを入れるだけの棚は購入する。

きっと、彼がプロデューサーという職業に付かなければ、あの棚さえも無い今よりも更に殺風景な部屋になってたろう。
あの棚の存在は最早彼の生きがいを象徴しているのではないか。
私達がより活躍し、CDをより多く世に出せば、きっとあの棚に自分達のCDは入りきらなくなり、
彼はまた一つ棚を買うだろう、自分達のCDが入るだけの棚を。


私達が彼にとっての生きがいであり、興味の対象なのだ。

それが何故か嬉しい。
稚拙な考えと自分でも思う、それでも。

彼の生きる糧に私が含まれている事がたまらなく嬉しく、愛しい。


そんな事を考えていたら頬が上気してくる。
きっとこれは湯の温度が高いせいだ。 そうに違いない。
そう自己暗示しつつ、これ以上浸かってのぼせては良くない、浴槽を後にする。

再度首を振り、髪の水分を取り払う。
脱衣所へと顔を出すと、手拭いと軽い上着のような物が置かれてあった。

遠慮なく体を拭い、先程畳んだ服から肌着のみを取り出し、上着に袖を通す。
そして髪全体を左手で持ち上げ、先程の手拭いを右手で通す。
髪を取り囲むように手拭いを頭に巻くと、脱衣所から出て行く。

貴音「貴方様、良いお湯加減で御座いました」

P「うーむ……。 石鹸であの髪質を維持……。 やっぱ貴音すげぇ…………」

貴音「貴方様……?」

P「んぉ!? おぉ、貴音か。 出たんだな」

貴音「はい、貴方様もお入りください」

P「悪いな、服とか用意しきれなくて。 女性物の服用意するほど機転利かなくて」

ばつの悪そうに頭を掻きながら謝るそれは、仕事先の相手に謝る時とは違い、少し可愛らしく見えた。
謝る必要なんてありはしないのに。 むしろ、女っ気が無いことに安心したくらいだ。


貴音「いえ、泊めていただけるだけでも十分有難いのに、これ以上要求する物は御座いません」

P「の、割には追加の飯食いに行かせたけどな」

貴音「貴方様は、「それはそれ、これはこれ」という言葉をご存知でしょうか?」

P「こいつ…………!! まぁいい、風呂に入ってくるよ。 もう遅いし、お前も寝ちまえ」

貴音「あ、はい。 寝室はどちらに?」

P「あぁ……、まぁいいや案内する。 こっち来い」

言われるがまま後ろをついていく。 別にはぐれる訳でも無いのにぴったりと。
先程、女っ気が無いと思っていたが、少しばかり気になることがあった。


貴音「貴方様、少しよろしいでしょうか?」

P「ん? どうした?」

貴音「この家に、他の方を招きいれた事はあるのでしょうか……?」

P「あー……。 飲みに行って酔い潰れた男友達なら良くあるけど、女性はなぁ…………」

貴音「そうですか…………」

途中からプロデューサーの声がか細くなっていっていたが、そこまでで十分だった。
他の女性を招いた事が無い、それだけで十分だった。

多分だが、今誰が見ても笑っていると言われるだろう。
それほどまでに気分が高揚して、胸のざわつきが抑えられないでいる。


P「ほら、ここが寝室。 普通にベッド使ってくれて構わないからな」

貴音「なんと。 貴方様は」

P「一応、あそこにある押入れに来客用の布団はあるから俺はそっちで寝るよ」

貴音「成る程、かしこまりました」

邪な考え浮かびけり。

P「お、随分と聞き分けが良いな。 自分が布団で寝るとか言い出すと思った」

少しいたずらっぽく笑うと、そんな意地悪なことを言い出した。
今日は、本当に見たこと無い一面ばかりを目にしている気がする。
皆の知らないプロデューサーを知っている優越感に浸っているのかもしれない。


貴音「ふふ、そうでしょうか。 ……貴方様」

P「ん?」

貴音「本日は本当に有難う御座います。 感謝してもしきれません」

P「気にすんな。 俺も楽しかったよ」

貴音「このまま、ずっと厄介になっても……、良いかもしれませんね」

P「いや、それは…………。 …………は?」

貴音「……ふふっ♪」

たっぷり数秒をかけて「は?」という一言を捻り出す。
その間に寝室の方へと入り、予め右手の人差し指を口元に置く。

彼がどのような事を言うかは既に予想が付いている。
使う決め台詞は一つだ。

P「お、お前、それってどういう…………!?」





貴音「とっぷしぃくれっと。 ……で御座います♪」





それだけ言い放つと、寝室の扉を早々に閉める。
きっと扉の向こうには未だ呆けたままのプロデューサーが居ることだろう。

くつくつと笑いながら、押入れから布団を取り出して床に敷く。
勿論これは、プロデューサーの為に用意している訳ではない。

貴音「……さて」

そちらで寝るようにと指示されたべっどでは無く、来客用らしい布団へと潜り込む。
何故そちらで寝るのか? 無論、困らせてやりたいからである。

いじめたいからではない。
寝床の譲り合いをすることで、寝る前に少しでも言葉を交わしたいという乙女心なのだ。
まぁ、そんな事向こうは気づくわけ無いのだろうが。

掛け布団を目深にかぶり、そわそわとしながら待つ。
まだ時間も殆ど経っていないと言うのに。 思ったより自分は子供なのかもしれない。

貴音「………………貴方様、お待ちしております♪」

誰にも聞こえぬか細さで、そう呟いた。








おしまい
ここまで読んでくださって有難う御座いました。

ギリギリ間に合った……。
貴音ちゃんお誕生日おめでとう、そして原由実さんもおめでとうございます!!

正直誕生日と関係ないネタだけど堪忍してくだせぇ

20:30│四条貴音 
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