2015年06月01日

周子「5月30日は」フレデリカ「シキちゃんのお誕生日♪」




●01



「あー……フレちゃんなぁ、そのアイディア……ちょーっと大冒険と思わん?」





ゴールデンウィーク明けの、気の早い夏日の陽気の下。

オープンテラスカフェの紅茶を飲んだ後に、周子が声を漏らした。



周子と同じテーブルで、周子から見て斜め45度の席に座るフレデリカは、



「えー、シキちゃんといったらいいニオイのモノがお似合いだと思うなー。

 香水はさすがに……だけど、ホラ、京都ならいい感じの香り袋とか、探せばあるでしょー?」



フレデリカにしては珍しい調子で、周子に食い下がっていた。







「確かに、香り袋とか意外性はあるけどね……これ、あたしに対して和菓子プレゼントしたり、

 フレちゃんに対して洋服プレゼントするようなもんよ」

「んー、イッカゴン……じゃない、一家言(いっかげん)あるってやつかな」



フレデリカと周子は、5月30日に志希とライブを行う予定となっていた。



「志希ちゃんの場合は、一家言どころか玄人はだしやん。しかもニオイとなると、好みも難しいし」

「そこはまぁ、隠し味としてアタシたちの気持ちでカバーするんだよ♪」







5月30日は、志希の誕生日である。

そこで二人は、志希の誕生日プレゼントに何を贈ろうかアイディアを出し合っていた。





●02



「誕生日プレゼントだから、気持ちを伝えるのは大前提として……ね。

 ここは、あたしたちのセンスというか見識が問われると思うのよ」

「わー、シューコちゃん意識たかーい!」

「とはいえ、あたしも何か案を出さんと……うーん」







「そうだな、お花とか? 凛ちゃんに相談してみよか」

「お花ねー。花束なら、ステージで渡すんじゃない?

 5月30日が誕生日だってのは公式プロフに書いてあるから、ライブで確か……」

「ああ忘れてた……フレちゃんの言う通り、かぶるのが分かってるのはダメだわ」







「シューコちゃんとこは、実家が和菓子屋さんだよね。そっち方面はどうかなー」

「和菓子だと、プレゼントというより贈答品やん……お義理っぽくてイヤ」

「じゃあ、手作りってのは?」

「あたしは売るのと食べるのしかやったことないよ」







「アクセサリーってのは、どうかしらん。これもセンス勝負だけど……」

「アクセは服と合わせるモノだけど、アタシたちアイドルだからねー。

 普段のコーデもある意味お仕事のうちで、制約がかかるから、もらっても持て余しちゃうかも」







「いっそ開き直って振り袖なんてどう? ほら、シキちゃん来年は成人式だし!

 この間の大正ロマンもステキだったよー。あーアタシも着たかったなぁ」

「それを言ったら、フレちゃんのが先に成人式でしょーが」

「……あ、そうだった!」







テーブルの上の紅茶が冷め切って、さらにカップの底が見えても、

周子とフレデリカの相談に結論は出なかった。







「もーラチが明かないよー。こうなったら、一回シキちゃんラボに偵察に行こ♪」

「そうだね、家電とかインテリアを贈るなら、参考になる……でも、あくまで志希ちゃんには」

「当然ナイショだよー、フレちゃんだってそのぐらい分かってるってー」









●03



明くる日、フレデリカと周子は、志希の自宅を訪れていた。



「と、ゆーわけでアタシたちがご招待にあずかりましたシキちゃんラボ!」







フレデリカがまさに呼び鈴を押さんとする志希宅は、庭付きの一戸建て。

都心ど真ん中の事務所から、少し電車に乗るだけでたどり着ける住宅街の一角だった。



(志希ちゃんが寮を出て一人暮らし始めてちょっと経つけど……あたしと同い年で都内に持ち家?

 アメリカ帰りとか言ってたし、志希ちゃんってイイトコのお嬢さんなのかな)



周子は、建物からいくらかはみ出している“アヤシイ実験器具”から、

この“シキちゃんラボ”が持ち家だと判断した。

借家であったら絶対に許されないほどの危険な雰囲気だったのだ。







「シキちゃーん♪ アタシだよーアタシアタシー♪」

『ええー、誰かな……ニオイを嗅がせてくれなきゃ分かんなーい♪』

「インターホン越しでニオイが分かるかいな」



志希がインターホンの応答を切ってドアを開けるまでの間で、周子は密かに深呼吸した。

その敷居をまたぐのには、ちょっとした心の準備が必要だった。







「うわー、なんか科学者ってゆーより錬金術師ってカンジ♪」

「そーそーフレちゃん! この間のパフュームトリッパー公演から、

 こーゆーレトロちっくな実験器具にハマってさー。それから揃え出したんだよねー」



志希の部屋は、とてもそこが生活空間とは思えない有様だった。



ビーカー、フラスコ、乳鉢、シャーレ、顕微鏡など……

フレデリカや周子が、学校の理科室で見たことのある器具は、まだ生易しい方。



素人にはまったく使い道の分からない大掛かりな実験器具の合間に、

古めかしい金属光沢を纏う天秤や蒸留器、インク壺や羽ペン、

重厚な皮革に金箔をあしらったミニアチュール入りの洋書が平気で並んでいる。



(これ……家電とかインテリアどころじゃないやん)





●04



楽しそうに器具を見せてくる志希と、

怯む様子もなくそれに歓声を上げるフレデリカを尻目に、

周子は内心で苦笑しながら志希のラボを見回した。



(んー、コーヒーメーカーはあるんだ……コーヒー豆とか? 誰か詳しい人いたやろか……)



「わっはー、これとか、蘭子ちゃんに見せたら興奮して鼻血出しちゃいそう♪」

「お−フレちゃんグッドアイディア! 今度連れて来ちゃおう!」







周子がラボのアヤシイ風景で、手がかりを求めさまよっていると、ふと瓶の一本で目がとまる。



(なんやろ、これ……このけったいな部屋のなかで、フツー過ぎて却って浮いてる……)



周子が視線を向けた香水瓶は、片手で握れる程度の大きさな角瓶。

デパートの一階にずらりと並んでいそうな平凡さだ。



(けど……中身が何も入っていない。使い切ったあとに取っておくような瓶とも思えないし……)







「あっ……シューコちゃんっ、それ……」



周子が香水瓶に手を伸ばし指を触れさせた瞬間、志希の声が飛んできた。





●05



「どうしたーん? これ、触っちゃいけないものだった?」



周子は、香水瓶をつまんだところで手を止めた。



「いや……そーゆーワケじゃ、ないんだけどさ」

「なーにーシキちゃん、もしかして曰く付きのシロモノかな?」



フレデリカも平凡な小瓶に興味を持ったのか、周子に近づいてきた。







「曰く付き、ね。あたしには、カラッポの小瓶にしか見えないけど……

 もしかして、バカには嗅げない香水とかが入ってたりするん?」

「お! これはまた素晴らしいフレーバー♪ いい仕事してますねぇ一ノ瀬さん」

「まだ、フタ開けてないよフレちゃん」







周子はフレデリカの洒落を流しつつ、志希の顔を見つめた。

いつもは――面白そうに瞳を輝かせるにしろ、つまらなそうに視線を伏せるにしろ――

すぐ前のモノを見据えている志希の目が、この時だけは遠くに焦点を飛ばしていた。



「……ちょっと、それはね……古いの、古いものだから」

「へー、シキちゃんの甘酸っぱい思い出の品だったりするの?」



(フレちゃん流石や。あの……あの志希ちゃんが答えを口籠ったのに、躊躇なく聞きに行ったよ)







「それはね……あたしが子供の頃に、親からもらった誕生日プレゼントなんだよ。

 まだ岩手に住んでた頃だから……十年以上前かな。もらった時は、中身の香水がちゃんと入ってたよ」



フレデリカに続いて、志希が周子に近づいてくると、周子は香水瓶から手を離した。



「へー、もしかして、シキちゃんが香水とか作るようになったキッカケって……」

「そうだね。これ、お母さんのモノだったんだけど……」



志希は、周子の体温が残る瓶を手にとって、フタを開けた。



「あたしって、ちっちゃい頃からこーゆーのにご執心だったらしくて、

 それを見てたお母さんがプレゼントにくれたんだよね。

 調子に乗ってシュッシュやっちゃったから、中身はあっという間に無くなっちゃってさ」







志希は、空の瓶で香水をふりかける真似をした。

フレデリカも周子も、かすかなニオイさえ感じ取れなかった。



「もう揮発しきってるハズなんだけど、こうやってやると、昔嗅いだニオイが蘇ってね……。

 そーゆー意味では、あたしの思い出の品かな」



志希は小さな瓶を白衣のポケットに突っ込むと、

サイフォンと3つのカップを用意して、コーヒーを淹れる準備を始めた。









●06



フレデリカと周子が、志希のラボでコーヒーを飲みながらお喋りした帰り道。



「……フレちゃん」

「ん、どしたのシューコちゃん」



いつもより少し低い周子の声に、フレデリカの声色もつられていた。



「あたし、触れちゃいけないモノに触っちゃったかなぁ」

「あの、ちっちゃな香水瓶のコト? シキちゃんが、露骨に話題を変えたからねー」







「プレゼントのために偵察するつもりだったのに、なーんか迂闊なとこ行っちゃった気がするんよ」

「少なくとも、シューコちゃんが気にするコトはないと思うケド。

 アタシたち、一応シキちゃんのアポとってラボに来たんだからさー。

 ホントに触れられたくないモノなら、ちゃんと片付けておくハズよ」



周子もフレデリカも、志希が隠すようにポケットに突っ込んだ瓶のことを考えていた。







ほどなくして、周子が口を開く。



「もし、今からあたしの言ってることがおかしかったら、思いっきり笑い飛ばして欲しいんだけど」

「シューコちゃんったら、いやに改まった言い方するね」







「……あたし、志希ちゃんは親御さんとうまく行ってないんだと思うんよ」



フレデリカの顔は瞬時に驚きで覆われた。



「あ、あのシューコちゃんが……家出娘がそれを言うの!?」

「ちょっと待って、家出娘違う。あたしは実家から追い出されたの。フレちゃんそこ間違えんといて」







●07



「ま、今はシキちゃんのお話でしょ。シューコちゃんの名推理、披露しちゃってよー」

「推理っていうか、あたしの直感では……」



志希が両親のことを口にした姿を、周子はかつての自分に重ねていた。







「まず、“ちっちゃい頃にお母さんからあの香水をもらった”ってのは、ウソじゃないと思うのよ」

「内容的に、とっさにつくウソじゃないもんねー」



「で、香水瓶をあたしたちからあんなに露骨に隠したのは、あれを見られたくなかったから。

 ただの香水なら、隠す理由は無いから……親御さんのことに、触れて欲しくなかったんよ」



「そういえば、シキちゃんのパパやママについての話って、ほとんど聞いたことないよね」

「“希望を志すから、志希ってゆー”ぐらいかしら。あれだって、親御さんが名付けたとは言ってないけど」







「……志希ちゃんってさ、生まれは岩手だよね」

「そうだね。で、アメリカ行って、ドクターまで飛び級して、つまんなくなって日本に帰ってきて、

 長野でプロデューサーにスカウトされて、今は東京で一人暮らしだってね」



「志希ちゃんが留学するとき、親御さんも一緒に渡米したのか、親戚の人とかに預けられたのか、

 細かい事情は知らないけど……それって、親御さんの立場では、相当覚悟いるやん」

「そーだね。もしかしなくてもそれ、アイドルデビュー以上かも」







「親御さんは、志希ちゃんがアメリカで上手くやってくれる、ってすごく期待してたんだと思う」

「でもシューコちゃん。シキちゃんは“つまんなくなっちゃった”って日本に帰って来ちゃったね。

 これもきっとホントだよ。シキちゃん、面白いかつまらないかについては、絶対ウソつかないし」



周子は、本格的な実験器具と収録で使えそうなアンティークが混じった“シキちゃんラボ”の風景を見た。

そこから、かつて志希がアメリカで歩んでいた化学の道と、今歩んでいるアイドルの道の葛藤を観た。







「だから……志希ちゃんは親御さんのことが後ろめたいんよ」

「後ろめたい? だから、パパママのことに触れたくないってコト?」



「たとえ不本意なものでも……親の期待を裏切るっての、実は重たいもんなんよ」



周子は、かつての自分と今の志希を重ねていた。



「うわぁ、シューコちゃんが言うと説得力があるね♪」

「そこですんなり納得されるのも、なんか引っかかるねぇ……」







周子の見解を、フレデリカは咀嚼するようにウンウンと繰り返し頷いていた。

が、それを不意に止めると、かばんから携帯電話を取り出す。



「ね、シューコちゃん、ちょっと電話かけていい? 確かめたいコトがあるの」

「いいけど……今じゃなきゃダメなん?」

「うん、待っててね……あ、もしもしプロデューサー? アタシだよ、フレデリカだよ!

 少し聞きたいことがあるんだけど、今度のライブで――」



フレデリカとプロデューサーの通話は、数分で終了した。







「ふー、シューコちゃん! これでシキちゃんへのプレゼントが決まったね♪」

「……フレちゃん、あんたナニやったん?」



「関係者枠で、5月30日のライブの席、2つ空けてもらったんだー。

 シキちゃん、案の定パパママを招待してなかったから。

 だからアタシがシキちゃんのパパママを招待するんだ。これがバースデーサプライズだよ!」



会心の笑顔を見せるフレデリカに、周子は一瞬納得しかけた。







が、



「ちょっと待てやフレちゃん、ナニ勝手に話進めとんのよ」



もはや周子からは、いつもの飄々とした色が消えていた。





●08



「シューコちゃんも見たでしょ?

 シキちゃんはママからの古いプレゼントを、あんなに大切にとってたんだよ。

 もし見に来てくれるなら、シキちゃんだってホントは来て欲しいって思ってるって」

「……ああ。フレちゃん、親御さんと仲良いからね……アイドルデビューも反対されなかっただろうし」



周子は目を開けていられないぐらい、フレデリカが眩しく見えた。







「でしょ? あとはプロデューサーにアポとってもらって、アタシがオフに岩手までひとっ飛びして、

 シキちゃんのパパママと話つけてくればおーけーかな?

 アタシは前にもシキちゃんとユニット組んでたし、もしかしたら顔覚えててもらってるかも」

「“おーけーかな?”じゃないよフレちゃん。いくらなんでも、あんた強引すぎだって」



周子のツッコミに、フレデリカは小首を傾げた。



「ゴーインかなぁ。友達のパパママと、ちょっとお喋りしに行くだけだよー。

 アナタたちの娘さんは東京で元気にステキなアイドルやってますよーって報告してあげるんだ♪」

「だからあんた、一ノ瀬家の事情にズカズカ入り込み過ぎと違う?」

「そーかなー?」







「5月30日は、シキちゃんが生まれた日だよね。シキちゃんにとって、特別な日」

「何を今更ゆーとんの。だから、志希ちゃんに黙ってそんな勝手するなって」



「シキちゃんが生まれた日なら……

 シキちゃんのパパとママにとっても、同じぐらい特別な日じゃないの?」

「……それは、その」







「じゃ、アタシ次のオフに岩手まで行ってくるよー。

 ついでにおいかわ牧場のフレッシュバターも味わってきちゃおー♪」

「……もう、好きにしたらええわ……」









●09







「――ってことがね、昨日あったんよ、志希ちゃん」

「あー、だからフレちゃんが、このライブ前の追い込みの時期に、

 いきなり“岩手へ羽伸ばしに行ってくるからー♪”とか言ってたんだねぇ」



“シキちゃんラボ”に招待された翌日、

周子はフレデリカとの会話について、志希に打ち明けた。



「シューコちゃんは、フレちゃんがサプライズのために黙ってたコト、

 あたしに告げ口しちゃうんだね。それっていーのかなー?」

「フレちゃんの言い分も分かるけど、勝手に人の身内呼ぶのは大きなお世話やと思うわぁ。

 そこを百歩譲るとしても、サプライズいうのは……祝う側の自己満足やん」







「あたしはフレちゃんを止めなかったけど、フレちゃんの企みを黙っておく義理もあらんし……

 正直、志希ちゃん相手にライブまでの間、こんな隠し事ができるとも思えないわー」

「ま、そこは……フレちゃんも、わざわざ“岩手へ羽伸ばしに行ってくるからー♪”

 って言い残すぐらいだし、本気で隠し通すつもりは無かったんじゃない?」



周子と志希は、顔を見合わせて笑った。

その笑いには、少しだけ苦味が混じっていた。







「子供の誕生日は親にとっても特別な日のはず、ってフレちゃんは言ってたんだ」

「そー。あたしへ向かってそー言ったんよ? で、次の日は東北新幹線に乗って岩手よ」



「……すごいね、フレちゃんって」

「志希ちゃんにそう言わしめるかぁ。フレちゃんもとんだ大物なぁ」







「なぁ、志希ちゃん」

「何かな、シューコちゃん」



「あたしは……今でこそ京都の実家に顔出せるようになったけど……。

 今の事務所入る前とか……親の期待を裏切ってるって思うと、難儀だったわぁ」

「……シューコちゃん」



「誰にも言えんよね、そんなコト。

 もし言ったら……“アンタの勝手で親元を出てったんでしょ”って扱いになるから。

 それは否定しない、けれどそれでも思うところはある……って話なのに」



「特に、うちのプロデューサーには絶対――」

「――うん、ゼッタイこんなハナシされたくないねー」





●10



「ねぇ、シューコちゃん」

「ん? どうしたん志希ちゃん」



「シューコちゃんは“難儀だった”って言ったけど……今は、難儀じゃなくなったんだよね」

「今は、ね。自慢するけど、あたし一端のアイドルだから。というかシンデレラガールだから」

「むー、総選挙の悔しさが蘇ってきたよー! あたしだって、今回は本気でガラスの靴を狙ってたのに」







「だからよ志希ちゃん。あたしは、親の期待には添えなかった――添わなかったけど、

 それでもあたしなりに頑張って、たくさんの人に求められ認められる立場になった」

「シューコちゃんがその立場にふさわしい、ってのは認めてあげるよ。悔しいけど」

「うわぁ、不意打ちとか照れるわぁ」







「ともかく、これであたしが今更、親の期待が――とか言ってたら、

 親離れできてなくてみっともないし、あたしをここまで推してくれたみんなに失礼だと思うのよ」

「うんうん、立場が人を変えるってコトだね♪ やっぱりシューコちゃんは素晴らしい!」







●11



「なら、志希ちゃーん、あんたはどうなんよ」

「……あははっ」

「“あははっ”じゃないわ。そこ笑うトコ違う」





「……笑うトコじゃないから。ねぇ。志希ちゃん」







「…………」

「どうなんよ、志希ちゃん」

「いつものシューコちゃんとは、随分雰囲気が違うね」

「うんうん。あたし、珍しく真剣よ」







「この際、あんたと親御さんがどうとかは脇に置いとくわ。あたしは、よく知らんから。

 下手につついて、自分の過去に刺さっても痛いしなぁ。だからフレちゃんと違って、そっちには口は出さんの」

「……シューコちゃん」



「志希ちゃん、あたし突っ込んだコト聞くけど……あんた、アイドルやっててどうなん。もっと続けたいと思う?」

「そりゃあ、もちろん――」



「どのくらい続けたい?」

「どのくらい――って」



「志希ちゃん、もうすぐ19歳やん。

 あたし、アメリカの大学のことはよう知らんけど、あんた軽く6学年ぐらい飛び級してるね」

「……そうだね」



「だから、例えばあと6年アイドルやったあと引退して、大学戻っても、ほかの人と歳同じくらいよ。

 志希ちゃんなら、それからでも研究者としてなんとかなるでしょ」

「いや、それはけっこうムチャじゃあ――」

「例えばの話よ――話を本題に戻すわ」







「志希ちゃん、アメリカで研究やってた頃も、今のあたしたちみたいな仲間がいたんでしょ。

 でも、志希ちゃんはつまんなくなって、日本に帰ってきた」

「……そうだね。アメリカでも、一緒に頑張ってたヒトたち、いたよ」



「あたしの推測だけど、志希ちゃんは親御さんだけじゃなくて、昔の研究仲間にも負い目もってるでしょ。

 つまんないって、自分の勝手で辞めちゃったから。心当たり、ない?」





●12



「……ねぇ、シューコちゃん」

「何さ? なんならライブの準備サボってでも聞くよ。どーぞどーぞ」







「……シューコちゃんも、結局“アンタの勝手で出てったんでしょ”って言うの?」

「勝手にすればいいや、と思ってるよ。あくまであたしの考えだけど」

「……何さ、その言い草。シューコちゃんのなかでは、

 あたしが芸能活動に不満抱えてて、それを押し殺してアイドルやってるコトになってるの?」







「だって、もし……志希ちゃんが、ホントはアイドルつまんないなーって思ってるのに、

 あたしたちに義理立てしてアイドル続けてるとしたら、そんなん馬鹿馬鹿しいよ」







「ふ――うふふっ、あっはは!」

「…………」



「にゃーっはっはっは! シューコちゃんっ、そんな――そんなコトって!

 あたしには、そんなコト無理だよ♪ あたし、つまらないことからは3分で逃げちゃう子だもん!」

「……そういえば、志希ちゃんって駆け出しの頃は、よく仕事前に失踪してたんだっけ」

「そーそー、あたしってばそーゆーしょうがない子でねっ」







「それがいつの間にやら、すっかり真面目になったもんだね。

 “立場が人を変えるってコト”かしらん。総選挙、5位まで成り上がったし」

「…………っ」







「……シューコちゃん、さ」

「なぁに、志希ちゃん」

「今日のシューコちゃんは、らしくない言葉ばかり。良からぬコトを企んでるでしょ?」







「……やーねー“良からぬコト”とか、志希ちゃんったら人聞きの悪い♪」

「人聞き悪いのはシューコちゃんでしょうが。

 どんだけあたしを、つまらない仕事してる報われないアイドル扱いしたいのさ。しつこいよ。

 あと総選挙の順位いちいちいじるの止めてくれるかな。正直シューコちゃんでもイラッと来る」







「分かった、もー志希ちゃんには叶わないわ……言うよ、言うって。

 だから怖い目と声は勘弁して……良からぬっていうか、言いにくいコト考えてて、さ」

「言いにくいコト?」





●13



「昨日“シキちゃんラボ”で、あたしが古い香水瓶を手に取った時、

 志希ちゃんは露骨に触れて欲しくなさそうにしてたやん。

 だから、あたしもフレちゃんも空気読んで敢えて掘り下げなかったんだけどさ」

「……ああ。あれ、ねぇ」



「フレちゃんはそれ見て、親御さんとうまく行ってないんじゃないかなーとか考えて、

 それで岩手までひとっ飛びしちゃったんだけど……あたしは、別のコト考えてて」

「……なんとなく想像できるけど、一応シューコちゃんの考え、聞こうか」



「志希ちゃんが……実は、研究職に未練持ってるんじゃないかなぁ、なんて思ったんよ。

 あたしが“難儀だった”頃は、京都って地名聞いただけでユウウツな気分になったし……」

「……そう。そうなんだ、シューコちゃんは……」







「あたしね、さっきまでシューコちゃんにイラッと来てたから……ホント、かーなーりイラっと来てたの」

「うん……自分でも、無いわーと思う。ちょっとおかしかったんよ、あたし」



「うんうん。だから、どうせ言うのは見当外れだろうし、思いっ切り馬鹿にし返してやろうかなぁ、

 って身構えてたけど、自重するコトにするよー」



「……ねぇ志希ちゃん、それってあたしのコトやっぱり馬鹿にしてない?」

「してないしてない。シューコちゃんの考えが思ったより深刻で、毒気を抜かれただけー♪」

「深刻って、そりゃ志希ちゃんからしたら他人事だろうけど……」







「あたしからしたら、確かに塩見家のシューコちゃんの親不孝っぷりは他人事だけどね。

 ただ、親不孝レベルだったらあたしのが遥かに高いのに、シューコちゃんがあたし以上に気に病んでるから、

 それがおかしくておかしくて! 知ってるでしょ、あたしの親不孝っぷり」

「あたし、その質問に頷いていいのかしらん」



「あたしんち、岩手の片田舎の小金持ちでさ。それが、アメリカまでの留学費用を用立てて。

 あたしが下手に名門のトコ入っちゃったから、まだまだお金が飛んで行く。

 さすがにあたしも、できるだけ自分で金策してたけどさ」

「あー……お金が絡むと、負担が数字でハッキリ分かっちゃうからね……」



「お金だけじゃないよー。あたし、親には渡米以来ろくすっぽ会ってないの。

 帰ってきてからも、親に合わせる顔が無いから、高校編入のときも長野の親戚に頼ってさ。

 一年も経たないうちに、今のプロデューサーに強引についてって上京だよ♪」

「志希ちゃん、それもう勘当されててもおかしくないよね」

「にゃはは、親不孝仲間だと思ってたシューコちゃんに言われちゃったよ」







●14



「それにしても……あーあ、いつの間にか、ついつい話しちゃったなぁ……

 こんなコトまで打ち明けたの、シューコちゃんが初めてだよ」

「ふふーん、シューコちゃんは特別なのだー♪」







「……志希ちゃん。ここでひとつ思い出して欲しいんだけど。フレちゃんのコト、よ」

「……うん」



「今ね、フレちゃんはそんな志希ちゃんの親御さんに会いに、やまびこだか、はやぶさだかに乗り込んで、

 “アナタたちの娘さんは東京で元気にステキなアイドルやってますよー”って報告しに行ってるところよ」

「……あ、は……いや……さすがに、コレは笑えないや。うん」



「あたし、東北新幹線乗ったこと無いから停車駅とか所要時間知らないけど、

 この時間だと、もう仙台ぐらいまで行ってるかもね。アプリで調べてみる?」

「フレちゃん、ホントすごいわ。あたし、心底まで叶わないなって思ったヒト、初めてだよ」







「シューコちゃんにも、フレちゃんにも、プロデューサーにも、トレーナーさんにも……

 謝って回らなきゃいけないヒト、いっぱいいるけど……あたし、今から岩手まで失踪してくる」

「それ、失踪っていうのかな?」



「ね、シューコちゃん」

「なにかな、志希ちゃん」



「……背中、押してくれてありがと♪ おかげで、この不肖の娘・志希ちゃんが、親の前でも、

 “あたしをここまで推してくれたみんな”に失礼が無いよう、胸張って強がっていられそー」







「あたしが今日言ったこと、志希ちゃんには、周りくどいお節介だったかな?」

「それは否定しない♪ ブラフかましたり、順位のコトとかであたしを挑発したり、

 わざと的外れの意見を聞かせて訂正させて本音を誘導するとか……シューコちゃんも、ヒトが悪いよ」

「何だ、もう気づいてたんだ。でも、あんたが“あはは”とか笑って誤魔化そうとしたせいだよ。

 あれであたしをカチンとさせた志希ちゃんが悪いの。あたし悪くないもん」







「じゃ、行ってくるよ……そうだ! 岩手まで行ったついでに、

 フレちゃんと一緒においかわ牧場でソフトクリームでも食べてくるから♪」

「え? それズルい! もういい、そういうコトならあたしも志希ちゃんに付いて行くから。

 そもそもライブのメンバーがあたしだけ東京に残って、いったい何をするってのよ」

「にゃっはは♪ それじゃ、旅は道連れ世は情けってコトで、しゅっぱーつ!」







なお、フレデリカ・周子・志希の三名は、

プロデューサーから連絡を受けたトレーナー一族により栃木で待ち伏せに遭い、まとめて東京まで強制送還された。

志希がアイドルとして自分の両親に対面する時は、5月30日に持ち越されたという。



おわり



17:30│一ノ瀬志希 
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