2015年08月14日
前川みく「みくは自分を曲げないもん!」
※アニメ版デレマス設定準拠です
「はぁ・・・・・・」
「はぁ・・・・・・」
前川みくは悩んでいた。
布団にくるまり、その闇の中でただひたすらに悩んでいた。
「どうしたらいいのかな・・・・・・」
ひとり呟きを零しても答えはどこからも帰って来ない。
部屋に響くのは寝返りをうった時の衣擦れの音と、隣部屋から壁越しに少しだけ聴こえるホラー映画の絶叫音声のみ。
小梅ちゃんまた映画見てるんだ、と率直な感想だけが頭に浮かぶがその考えはすぐに霧散しまた堂々巡りの思考に落ちていく。
そもそも自分が悩む必要はあるのだろうか。もしかしたらただの杞憂ではなかろうか。
いや、これ自分悪くなくない? どっちかっていうと向こうのほうが悪くない? 比率的には4:6、いや3:7ぐらい?
「・・・・・・みくは悪くないもん」
ぼふっと猫のように布団に頭まで潜り込んで、みくは自分を肯定するがそれが正解なのかは口にした自分もよくわかっていなかった。
深夜二時まで及んだ前川みくの1人問答は答えが出ること無くそのまま微睡みに溶けていくのであった。
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アイドルの仕事は多岐に渡る。
ライブに始まりTV出演、CDの収録に雑誌の取材。個々を上げていくとキリがない。
だがそういう花型の仕事だけではなく、ライブ設営、音響、照明等の裏方の仕事ももちろん存在する。
前川みくはアイドルである。
それは仕事を持ってくるプロデューサーは当然把握し、アイドルに見合った仕事を斡旋するのがプロデューサーの仕事だ。
だが『のっぴきならない事情』というものも存在してしまうのが人を動かす仕事なのだ。
二日前、みくが事務所のホワイトボードを駆使しシンデレラプロジェクトのメンバーに『猫耳アイドルが今後アイドル業界に与える影響及び経済効果』と銘打ったプレゼンを行っている最中であった。
最前列で話を聞いている蘭子とアナスタシア以外は完全に暇つぶしでしか聞いていないが、みくは確実に手応えを感じていた。経済効果の部分は割とでっち上げだが。
「すいません、前川さんはいらっしゃいますか」
仕上げの『なんと今なら今後のアイドル生活には欠かせなくなるぶち模様猫耳が2000円!』に差し掛かかろうかというタイミングでよく通る低い声が事務所に響く。こんな特徴のある声の主は1人しかいない。プロデューサーだ。
視線を部屋の入口に巡らせると部屋の入口全てを覆うような巨漢が立っていた。
アイドルプロデュースとは程遠い風体であるが、これでいてかなりのやり手であり、みくも一目置いている存在である。
そしてこの伺いを立てるような声色で自分の名前が呼ばれたということは要件は一つであろう。
「Pちゃん、どうしたにゃ? もしかしなくてもお仕事!?」
「仕事と言えばそうなのですが・・・・・・」
当たりだ。ガッツポーズを取りたいところであったが、何故かプロデューサーの顔は微妙に浮かない様子だった。
ヨゴレ仕事だろうか?
そういえばCandy Islandの三人がバンジージャンプをしていたな、と嫌な想像が一瞬浮かぶが即握りつぶす。
仕事は仕事。そう、仕事なのだ。
「Pちゃん遠慮することないにゃ! みくはどんな仕事でもするよ! バンジージャンプだって飛ぶし熱湯風呂にも入るにゃ!」
多少虚勢を張ってしまった感じは否めないが自分のもとに来た仕事を蹴るなんて考えはみくの中にはなかった。
その熱意を感じ取ったのか、プロデューサーは少しだけ手元の書類を眺め、自分の首に手を添えた。何かを考えている時の無自覚の癖である。
一瞬の思案のち、プロデューサーはみくに自分が持っていた書類を渡した。
「大変心苦しいのですが・・・・・・」
前置きを受け、みくは書類に目を通す。
これはポロリも有りの運動会も覚悟しなければならないかいやさすがにそれは断るけどなんて1人ツッコミを入れていたが、書類には予想外の文字が大きく書いてあった。
「ライブスタッフ名簿」
疑問でもなんでもなく、ただその見出しを口に出す。それは渡された書類の内容とプロデューサーの意図が組みきれなかったためだ。
「はい、実はライブスタッフに欠員が出て・・・・・・派遣スタッフで来られる予定の方たちだったのですが、先方とのスケジュールの齟齬が発覚しまして・・・・・・」
と、プロデューサーは名簿に引いてある赤線を指さす。なるほど。確かにこれは・・・・・・え、いやこれ多くない? 数人って確かに10人までは行ってないけど多くない?
「Pちゃん、これ実はけっこうピンチだったりするにゃ?」
「はい・・・・・・申し訳ありません。派遣スタッフの方々の仕事であった設営が大幅に遅れていて、そちらに人手を割いている状態です。設営もギリギリになるかと。
こちらでも代役を数名用意したのですが、どうしても物販に回すあと1人が確保できず・・・・・・」
「代役って?」
「他のプロジェクトの方々です。大槻唯さんと姫川友紀さん、それと白坂小梅さんに手伝っていただくことになりました」
「わはぁ」
変なドリームチームである。
「……それで、みくは物販スタッフってことでいいの?」
「よろしいんですか?」
「いの一番にみくのところに来たってことはこの事務所でこの日に完全オフなのがミクだけなんでしょ?」
「……はい、受けていただけますか?」
「しょうがないにゃぁ……報酬は猫カフェ一回分にゃ」
「……ありがとうございます」
バチコーン☆と擬音が立体化する勢いでウインクなんぞしてみたみくだが、プロデューサーはそれにほんの少しの笑顔で例を告げた。
以前に比べるとだいぶ、いやかなり表情が柔らかくなったプロデューサーの笑顔に少しだけ、心がほんのりと暖かくなるのを感じる。
ふふんとプロデューサーにドヤっていると、後ろから肩を叩かれた。
はて自分は何をしていたのかと思い出しながら振り返るとそこには目を輝かせた蘭子とアナスタシアがいた。
「わ、我の新たな形態に至る道標を!(猫耳早く売ってください!)」
「ハラショー・・・・・・素晴らしいです。ねこみみ、是非欲しいです」
みくの顔が三倍増しにドヤったのは言うまでもない。
その表情は346プロ随一のドヤ顔を誇る彼女の姿がダブって見えたとか見えなかったとか。
そして二日後
「はーい、しっかり並んでー! CD買う人はお札と小銭間違えないで用意しててねー!」
大挙として押し寄せる物販客をカウンター越しに対応しつつ、みくは大声を出して列を先導していた。服装はライブスタッフの正装であるバンドTである。
ちなみにTシャツにはしっかりと『new generations』と書いてある。
ホームのようなアウェー。アウェーは言いすぎたかもしれないが自分に目に見えるような利益は生まれないのであながち間違いではないだろう。
冷めているわけではない。ビジネスライクとかメリハリがある女と呼んで欲しいなどとくだらない言葉遊びを脳内で繰り広げていると客の1人が
「え、みくちゃんじゃん! この列並んでよかった!」
などと絡んでくる。手に握られた千円札はこちらに差し出されてはいない。後ろ、後ろ見よう?
「ありがとうにゃ! 次のライブも決まってるから絶対来て欲しいにゃ!」
さりげない仕草で金銭を要求するポーズ。よし、完璧。
手慣れた動作で代金を受け取りつつ会話をこなし、CDを手渡しにっこりスマイル。
「行くよ! 346プロのライブすげー楽しみにしてる!」
デビュー前から様々なライブスタッフとして駆り出されていたみくにとってはこの程度の客のあしらいは朝飯前であり日常茶飯事なのにゃ!
と寝不足でクマ丸出しの体で虚勢を張るが空元気なのは自分がいちばん承知していた。あ、やばい寝そう。
「はーい次の人ー!」
しかし客は待ってくれない。みくは物販終了の16:00までアクセルを振り絞ったまま走り続けるのだった。
必死に物販を捌き、開演までの2時間をなんとか乗り切った頃にはみくは文字通り真っ白に燃え尽きていた。
原画じゃないよ、×印なんてみくの体のどこにもないよ、うふふ、ふふふふふふふ、ふふ・・・・・・
「づ、づがれだ・・・・・・」
さすがに限界を感じたため、みくはスタッフルームで丸椅子を並べてその上で横になっている。
パイプのゴツゴツした感触を背中に感じながら、呆けたままな天井を仰ぎ見る。
仕事の疲労と先日の寝不足で、意識のスイッチがON、OFF、と忙しなく切り替わり脳内の思考が嫌に現実めいて絵の前に映しだされているように感じた。
あれは、いつだ。ああ、そう。一週間前の事務所、連絡が終わって、プロデューサーが部屋から出て行って、それから
(そういう言い方、ないんじゃないの)
(み、みくは・・・・・・! みくは・・・・・・)
遠いところから音がする。いや、これは自分の頭のなか。遠く聞こえるのは、意識がどこかへ行ってしまいそうだから。
「――本当のことをいっただけだもん」
答えは、やはり返ってこない。
靄がかかりはじめた意識の中、みくの頭には一人の少女の姿が浮かんでいた。
トントン、とドアがノックされる音がする。
「に”ゃっ」
寝起きなのでセーフ、と光速で言い訳が浮かぶほどのアイドル失格ボイスである。
え? 誰? 何? ってかここどこ? なんか大事な考え事してたような気がすr
「前川さんですか? 入っても・・・・・・」
「ダメ!」
プロデューサーだった。
急いで身だしなみを整える。壁に備え付けの鏡で髪型確認、よし!
あ、すごいヨダレ垂れてる。跡できてる。
ああもう時間ないし袖で・・・・・・ああこれ半袖だったええいもうタオルでいいやままよ。
とファンが聞いたら泣くのか喜ぶのかはたまた同情を向けるのか、とりあえずアイドルとしては失格な行動で身だしなみを整えるのに10秒、みくはプロデューサーを招き入れた。
「おっけーにゃ!」
「失礼します」
ガチャリと開いたドアから窮屈そうにプロデューサーが現れる。舞台裏でライブのサポートをしていたのか、背広は脱いでワイシャツ姿だ。
みくの姿を確認すると、何かを差し出した。赤いポップな外見の缶、そうエナドリである。
エナドリ差し入れだなんてちひろさんみたいだにゃーなんて思いつつ礼を言い、みくはエナドリを勢い良く飲み干す。
汗をかいていた体と開けっ放しで乾燥していた口に350mmエナジードリンクが染み渡る。
「今日はお疲れ様でした。おかげで物販の方も無事に捌き切る事ができました」
「ぷはっ! 別にいいにゃ、Pちゃんが仕事を持ってきてくれるだけでみくはとっても嬉しいの。できればライブとか販促とかそっちのほうがいいけど、これもお仕事でしょ?」
「そう言っていただけると、助かります」
「次はライブね! 猫ちゃんがいっっっっぱいいて、一緒にステージできるような!」
「・・・・・・善処します」
「善処って1番信用ならん言葉にゃーーーー!!!!」
むううっと頬を膨らませるとプロデューサーは困ったように首に手を置き目線をみくから外した。
以前までの彼ならばここで黙ってしまったであろうが、もう違うのだとみくは知っている。
「でしたら、ライブではなく触れ合いイベントのような協賛イベントのPRはいかがでしょう。会場次第ではミニライブもできるかと」
今はこうやって、アイドルたちに真摯に向かい合うことができるのだと。
「Pちゃん・・・・・・!」
「今はまだ私の中だけにある案なので、会議で企画してみることにします。前川さんの売り出し方と大きく外れた内容ではないので余程のことがないと棄却されることはないかと」
まっすぐにみくを見据え、プロデューサーはしっかりと己の内を告げた。
この人になら着いていける、そう思える、とても頼りがいのある大人の男の顔だった。
夕暮れの街、プロデューサーとみくを乗せたワゴン車が首都高を走っていた。
346プロからの応援組だけ先に帰るように、とプロデューサーの計らいだ。
しかしあくまでみくや小梅、唯のような未成年がまずいのであり友紀だけは現場の撤収までが仕事だとみくは説明を受けた。
ちなみに姫川友紀は20歳である。
あの外見とテンションで私よりもけっこう上なんだよなぁ、と何か禁忌のような物に触れた気分になるみくであった。
ちなみに年齢相応組の小梅と唯はみくよりも更に後ろの席で二人仲良く熟睡していた。
よっぽど疲れたのであろう。唯など表情筋が緩みきっており、今にもよだれを垂らしそうである。
サイレントカメラで起こさないように、しかししっかりと写メだけは確保してからみくは暇を持て余していた。
窓の外に視線を巡らせるとそこには夕暮れが誘発するノスタルジックでセンチメンタルな雰囲気が広がっている。
今日一日の忙しさから開放されたからか、はたまた疲れからか、みくはその雰囲気と感傷に浸ることにした。
安い感傷だが、みくはそれで十分だった。
結局くだらない言い合いのくだらないプライドの拮抗なのだ。よくある喧嘩。
各々の矜持に口を出しても仕方ない。曲げれないから矜持なのだ。譲れないから信念なのだ。
しかもこちとらこれでお金もらってお客さんも着いてるから今更曲げたらファンに申し訳ないし自分が嫌だ。だから、曲げない。
よって私は悪くない。負けなければ悪ではないのだ。
正義でもないけど。よって証明終了。
「前川さん。一つ、お聞きしてもいいですか?」
「なんにゃ?」
「本当は事務所に着いてからお話しようと思っていたのですが、今ちょうどその事で悩んでいるようでしたので」
「ん・・・・・・?」
なにやら、雲行きが怪しくなってきた。
嫌悪に顔を歪めてプロデューサーを睨むと、プロデューサーは真っ直ぐにみくを見据えていた。その表情の真意はよくわからなかったが、何か鬼気迫るものをみくは感じ取った。
「今、前川さんがとある方と喧嘩のようになっているとプロジェクトの皆さんから相談がありました。何があったのか、ご説明いただけますか?」
今しがた、矜持は曲げられるものではないと結論が出たのにこれだ。
「そんなのPちゃんに関係ないにゃ」
一蹴。これ以上話しかけるなとみくは窓の外に視線を巡らせる。
もう東の空は夜の帳が降り始めていた。センチメンタルに青春模様を享受していた気分が暗く沈んでいく様を現すように。
プロデューサーは変に間が空いてしまって話を続けるかどうか悩んだようだが、再び言葉を紡ぐ。
「私は、皆さん監督役も兼ねていますので」
監督、プロデューサーはそういうものだろう。だが、その言葉にはみくは確かな引っ掛かりを感じた。
まるでそういう『義務』であると言っているように聞こえたのだ。
先程の彼の成長を感じた一面が全て『仕事』で『やらなければならないこと』をやっているだけ。そう、聞こえたのだ。
ふざけるな。
みくは不機嫌を隠すこと無くプロデューサーを睨みつける。
脳が臨戦態勢に移行して、体の中で得も知れぬ様々な負の感情が渦巻いて体が熱くなる。
ライブの、高揚した気分での昂ぶりではなく、不快な熱。
「それ、どういう意味」
怒りをぶつけられ、一瞬だけプロデューサーの視線が泳ぐ。
しかしすぐに視線をみくに戻し、ゆっくりとした口調で応答する。
「表向きの話です」
やはり、仕事上でしかないのかと落胆すると同時に全身から力が抜けていくのをみくは感じた。
失望? 怒り? ああもうなんでもいいや、と全てが投げやりになってしまう脱力感。
変わったと思ったのに、これじゃあ私たちが勝手に期待して、ああ、そうか。期待しちゃったんだ。
あんなんだったのに、見て取れるような距離の空き方だったのに、なんで近づいたのだろう。
もう話したくもない。みくがその考えに至るのはとても自然で、そして、
「そういう言い方、ないんじゃないの」
そんな言葉が、口から出た。
何を言ってるのだ自分は、とみくは自嘲する。
これじゃあまるであの時の自分を見ているようではないか、と。
あの子に「期待を裏切られた」みたいな目で見られたあの時の自分を。
希望も羨望も嫉妬も憎悪も全部引っ括めて、親しい中に期待をして、それでお互いに磨きあえる環境にいて、最後に裏切られてはいおしまい。
人と人との繋がりなんてそうなってしまうものなのだろう。
――もう、期待なんてしたくないよ。
すぅっ、と息を吸ったのは、プロデューサーだった。
「うまく、伝えられるかどうかわかりませんが」
そう前置きをして話し始める。
少女の胸の内の問答を、彼は聞いたのだろうか。
まるで一言一句聞き漏らさずに聞いて、噛み砕いて、飲み込んだような。慈愛を孕んだ悲壮感に溢れた顔をしていた。
「今まで私は、逃げてました。怖かったんです。踏み込むことが。踏み込むことで何か大事なものを壊してしまうのではないのではないかと。
怯えていたと言ってもいいでしょう。遠くから見ているだけだったんです。そして、二度と犯さないと決めた過ちを犯しました。本田さんの件です」
プロデューサーは独白を始めた。
みくは以前、シンデレラプロダクションの本田未央が事務所に来なくなった際に部長よりプロデューサーの過去についてほんの少しだけではあるが聞かされていた。
『不器用な男』の話だ。シンデレラたちにガラスの靴を履かせようと、会話もなく手を引き、地図を押し付けて道を示し、馬車を用意できなかった男の話。
魔法使いはそこにはおらず、ただネズミとカボチャが残された。魔法はかからなかった。
そんな男の話。
「だから、もっと踏み込みたいのです。踏み込まなくてはいけないのです。私がやらなければならないこと以上に、もっと深くあなた達を知らないといけないのです。
見守っているだけでは、壊れてしまう。ドレスとガラスの靴があっても、馬車がないと舞踏会には間に合わない。そんなのはもう嫌なんです。
大げさかもしれませんが、私には今のこの出来事でさえ、ガラスの靴を失くしてしまうような、恐ろしいものなのです」
「だから――」
プロデューサーはみくの肩を掴んだ。縋りつくように、離れていかないように。
感情に鈍感な顔が、みくにはほんの少しだけ泣いているように見えた。
「なにがあったのか、話してください」
慟哭であった。それは一人の男の叫びであった。
「・・・・・・こういうわけです」
口数も少なく、みくはここ一週間の出来事を余すこと無く全てプロデューサーに打ち明けた。
あんな心の根っこの話を聞かされて自分だけ何も言わないなんてさすがにアンフェア、不誠実すぎると思ったのだ。
しかしただ感情のままに衝突した一部始終を極めて理知的な大人に説明しなければならないなんてとんでもない拷問であるとみくは思い知らされる。
「そうですか。わかりました。あの」
「あああああああああ言わなくていいの! わかってるから! わかってるから!」
そう、今回の件は自分が悪い、どこかでそれを認めなくてはならなかったのに変に折り合いがつかずにズルズルズルズル引きずって終いには人に当たって挙句年上の男に全力で土下座せんばかりに謝らせて自分は何をしているのだ!
自己嫌悪に苛まれるを通り越して完全に半身蝕まれている前川みくであった。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
「ま、前川さん?」
「ん”に”ゃ”ぁ”ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
シートから勢い良く立ち上がり、そのままの勢いで天井に頭をぶつけ、悶絶する。
恥ずかしすぎて顔から火が出るを体現しているとみくは感じた。恥ずかしすぎてプロデューサーの顔もろくに見れない。
「Pちゃん〜」
「はい、なんでしょう」
「謝りに行くの、ついてきてくれる?」
「――もちろんです」
笑っていた。まだ恥ずかしくて顔は上げれないけどその時のプロデューサーは確かに笑っていた。みくはそう思った。
ぶつかっていくことで、分かり合えるならそれでもいいのではないだろうか。
例えその道がお城へ1番遠回りでも、しっかりと道を先導してくれる魔法使いがいれば、舞踏会へは辿り着けるのではないだろうか。
プロデューサーはけして自分を魔法使いだとは言わなかった。
――でも、
きれいなドレスも
かぼちゃの馬車も
ガラスの靴も
舞踏会も
全部貴方が用意してくれたんだよ。
未だ熱が引かない顔を手で扇いでいると夜空にはもう星が輝いていた。
もう2つ先の信号に見える346プロは白くライトアップされ、さながらシンデレラ城だ。
「Pちゃん」
「はい」
2人で向き合って、2人で笑みを向け合った。
これで精算。明日からは、いや、事務所にまだいるであろうあの子に謝ってから、またいつもの日常が始まる。
きっと、まだ自分は灰かぶり姫なのだ。だからダンスも、歌も、ダイエットだって頑張らなきゃ。
頑張って頑張って、いつでも光り輝く星のようになれたら、そしたらきっと。
「これからも、しっかりみくたちをエスコートしてよね!」
「・・・・・・もちろんです」
そしたらきっと、本当にシンデレラになれる。
前川みくは未来への新たな希望と道標をその胸にしかと刻んだ。
そして新たな日々へと歩き出す決心を固めたのであった。
「みくは自分を曲げないもん!」
総選挙2位、その順位がみくの元へ届いたのはこの翌日の事であった。
おわり
09:30│前川みく