2015年09月03日
ライラ「順風満帆でございますよー」
それはそれは天気の良い日のことでした
残暑も和らいで、街を通り抜ける風が心地よく感じられる季節です
街中にある公園では下校中に寄り道してきた学生や犬の散歩をする人たちがいました
残暑も和らいで、街を通り抜ける風が心地よく感じられる季節です
街中にある公園では下校中に寄り道してきた学生や犬の散歩をする人たちがいました
みな、涼しくなってきた気候のおかげで汗をかくようすがありません
しかし、そんな公園のベンチで一人汗を流して座っている男がいました
「しまった…」
うつむきながら男はつぶやきました。つぶやいたというよりは思考が口からこぼれたと言ったほうが近いかもしれません
そんな口からこぼれた言葉を拾ったかはわかりませんが男に話しかけた女の子がいました
「もしもし、ちょっとよろしいでございますですか?」
「…もしかして、私に言いました?」
「はいです。そのベンチの相席をお願いしたいです」
「はっ?…あ、いや、どうぞどうぞ」
「これはどうもありがとうございますですよー」
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男はベンチの端に寄って空いた部分を手で示し、女の子はそれに応えて逆側の端に座りました
「…」
「…」
そして少しの間、沈黙が生まれました
男は、自分に置かれた状況を理解できずひどく混乱していましたが、女の子はゆったりと空を飛ぶ鳥を眺めていました
混乱しすぎてキャパシティを超えてしまったのか自分で思い込んでる空気に耐えられなかったのか、男は女の子に突拍子もないことを尋ねます
「君、ここらでおっとりした感じのお姉さんを見かけませんでしたか?」
「お姉さん、でございますですか?」
「えぇ、ちょっとはぐれてしまって…。電話も繋がらなくて困ったよ」
「もうしわけありませんです。ちょっとわたくしはそのお姉さんを見てないですねー」
「そうですよね、変なことを聞いて申し訳ない」
「いいえ、わたくしこそお役に立てなくてもうしわけありませんです」
なんで俺は突然こんなことを訪ねたのだろう…と、男は思いました
しかし、女の子は気分を害した様子も見せる素振りもなく一度頭を下げたあと、ゆったりと前を向いて今度はベンチの前を歩く鳩の数を数え始めました
その様子を見て彼は小さく首振ると、ベンチから立ち上がりました
「変なことを訪ねてすいませんでした。落ち着いて探すことにします」
「…あー、落ち着きたいですか?」
「へっ?」
「わたくし、あなたさまの探し人のことはわかりませんですが落ち着く方法ならわかりますですよ」
「そ、そうなんだ」
「それでは、もう一度ベンチに座っていただけますですか?」
男は、言われるがままにもう一度腰を下ろして女の子を見ます
すると女の子は深呼吸をするように大きく身体を伸ばして少し固まって、力を抜いてベンチに身体を預けて目を閉じました
「わたくしと同じようにゆっくりするです」
「…」
男も女の子と同じように身体を伸ばしてから力を抜いてベンチに身体を預けました
そうしていると、この葉がさすれる音や人の様々な足音が大きく聞こえ始めました
しかし、耳障りだなと思ったところで強く吹いた風の音がほかの音をさらっていき、心地よい静寂を少しの間だけでしたが感じることができました
男がしばしその余韻を楽しんでから目を開くと、薄く笑った女の子と目が合いました
「このベンチはわたくしの特等席でございますですよ」
「あぁ、全部風が持っていってくれそうだもんな」
「はいです。同じ感想を持っていただいて嬉しいでございますですねー」
そう言って微笑む女の子を見た男の中で、なにかティンとくるものを感じました
が、それはバイブの振動音で遮られました
「ちょっと失礼…」
「おかまいなくですよー」
手を縦にして申し訳ないと示して男は通話を始めました
…はい、もしもし
…えっ!?見つけた?
…あ、はい、そこで合ってます
…じゃぁ私はそれ終わったころに車を回してきます
…はい、はい
…それではすいません、ありがとうございました
…えぇはい、失礼します
男はケータイをしまうと安堵の表情を浮かべて隣へ顔を向けます
「いやぁ、どうも探してた人見つかったみたいだ」
「それはそれは、おめでとうございますです」
「これはどうも…」
男が軽く頭を下げたら、なにか思い出したように顔を上げて女の子を見ます
明らかに人工的ではないツヤのある金髪ときめ細かくきれいな褐色の肌とビー玉のような青い瞳
年齢はおそらく学生服であることから14〜16あたりだなと男は予想し、なにより少しばかり女の子から漂うミステリアスな空気に男は惹かれました
男が腕時計を見て時間を確認すると少し悔しそうにしてから表情を整えて口を開きます
「明日、君はまたここにくるかい?」
「いいえ。ここに来るのは今日で最後です」
「そ、そうなんだ?」
男が期待した答えが返ってこなかったので表情の下で落胆しました。隠しきれず苦笑いになっています
「はいです。これからこれまでお世話になったアルバイトをやめるお話をしてくるところです」
「引っ越すのかな?」
「はいです。ここ長崎から東京へ行くでございますよ」
この言葉を聞いた男は表情を表も裏も笑顔にして女の子の手を取ります
「東京へ上京するのか!それはちょうどいい!」
「えーと、ちょうどいい?ですか?」
「そう!ちょうどいいんだよ!」
「あー、えー、失礼なことを言いますですが手を離していただけますですか?」
その時初めて大きな手で小さな手を取っていたことに気づいて男は慌てて手を離しました
「ごめん、ちょっと熱くなった」
「こういうときこそ落ち着くことをおすすめしますですよ」
「そうだな、それじゃゆっくり…してる暇はないよ!」
「おー、これがジャパニーズノリツッコミですね」
「ボケができるのは天然か計算か…それはともかく!」
「はいです」
「君、アイドルになってみないか!」
「…アイドル、でございますですか?」
「そうだ申し遅れた。俺はP。765プロという事務所でアイドルをプロデュースさせてもらっている」
「わたくしはライラさんでございますよー趣味はお散歩とおはなしでございますです」
「ライラ…だね。日本語が上手みたいだけど出身は?」
「ドバイでございますですがワケあって日本に来ましたです」
「なるほど、ところでアイドルになるって話はどうかな?」
「そうですねー、もうしわけございません」
「そうかそうか…って、え?だめ?」
「残念ですがだめでございますです」
スカウトした女の子に断られた男は、心情を隠すことなく膝から崩れ落ちて舗装された道に両手両膝をつけました
おろおろと女の子が男を見守っていると、ゆっくりと男は立ち上がって顔を伏せたまま声を絞り出します
「…一応、どうしてだめだったか教えてもらえるかな」
「はいです。なぜだめでしたかといいますですと、わたくしはアイドルになるからです」
「はいぃ!?」
女の子から雷のような言葉を受けた男はすぐさま身体を起こして言葉の続きを待ちます
「昨日、同じようにこのベンチで話していた男性にアイドルにならないかと言われてわたくしおっけいしたです」
「もし、昨日に俺が君をスカウトしていたら?」
「おそらく、おっけいしたと思いますです」
「な、なんだってー!!」
そう天に向かって男が叫ぶと、糸が切れたように崩れてさきほどのように両手両膝をつけました
「あの…もうそろそろてんちょーさんのところへ行かないとならないですが…」
「うん、あぁ…時間を取らせて悪かった。行って大丈夫だよ…」
「そうでございますですか?…失礼しましたです」
そう言って女の子は地に伏せたままの男に背を向けて歩き出すと、そのまま去ってしまいました
その後、男は待ち合わせの時間を過ぎたせいで同僚に叱られましたが、千載一遇のチャンスを逃したかもしれないと男はつぶやき続けるばかりでそれはそれは不気味なものでした
数日後に女の子と男は再開しましたがそのときに男より先に女の子をスカウトしたのが男の後輩だと知った男は、後輩を強引に酒盛りにつきあわせました
しかしその結果、後輩についてきていた女性に男が後輩ごと酔い潰されましたがそれはまた別のおはなしです
最後に、男は女の子に再開したときにアイドルやってみてどうだったと聞いて、女の子は初めて会った時と同じ笑顔で答えました
おしまい
08:30│ライラ