2015年10月09日

森久保乃々「蘭子さんの手は綺麗ですね」神崎蘭子「う……また、そんなことを……」






つまり、普通のやつです













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こんにちは、も、もりくぼです。森久保乃々です。



今日もあの手この手で仕事から逃げる方法を考えているんですけど……。



結局何も思い浮かばず、事務所に来るだけ来て、プロデューサーさんの机の下に居ます。



幸い私が来た時、事務所には誰も居なくて、少しだけ安心しながらプロデューサーさんの机の下に滑り込みました。



今この事務所には私一人だけしか居ません。



でもきっとすぐにもりくぼを市中引き回し……もといアイドル活動の刑に科すためにプロデューサーさんがやってきます。



誰も居ない事務所というのは静かです。



この事務所はとてもおしゃれな内装で、その上いつもアイドルかプロデューサーさんが居るのでもりくぼは落ち着かないですけど。



こうして一人で居ると空白に満たされるようでちょっといい気分です。



普通は絶対目にすることのない机の裏とか、今は無人のプロデューサーさんのイスとか。



人間工学に基づいた……エスカルゴン?チェア……?とかいうらしいですけど。



机の下から見える景色は、まるで時間が止まっているみたいです。



乃々「静かですね……」



P「せやな」スッ



乃々「」



乃々「し、心臓が……止まるかと思ったんですけど」



P「何言ってるんだ?そんなことより、そろそろ仕事の時間だ。用意しとけよ森久保ォ」



いまのいままで、目の前のイスは無人だったはず。なのに、いつの間にかそこにはプロデューサーさんが座っていました。



蚊より小さいもりくぼの心臓は比喩でなく止まりそうでした。帰りたい……。



前々から神出鬼没なところがあるプロデューサーさんではありますけど、さすがに無から現れるのはどうかと思います。



いえ、事務所の空気に浸ってぼーっとしていた私が見落としていただけかもしれませんが。



P「どうした?返事がないが」



机の下で口を金魚みたいにパクパクさせていた私を覗き込むプロデューサーさん。



それはいつもどおりのプロデューサーさんでした。



P「あと、お前も午後からあるからな、いつまでもそうしてるなよ」



輝子「…………フ、フフフフフフヒヒ……わかってる、って……フヒヒ」



乃々「」(白目)



いつの間にか、隣にはきのこを抱えたキノコさんが、居るんですけど……。



さっきまで机の下には私一人しか居なかったはずですけど……。



いえ、いえいえ……私もわざわざ事務所中を確認してから机の下に入ったわけじゃ、ないので、本当は最初からどこかに居たのかも、ですけど。



輝子「あ、あれ……どうした……オシロイシメジみたいな、顔色、してる……フフフフ」



まゆ「本当、いつもの数倍は悪く見えますねぇ……、乃々ちゃん最近きちんとお休み出来てますかぁ?」



今度は反対側からまゆさんが声をかけてきました。



そっちも誰も居なかったはずなんですけど……。



もりくぼそろそろ気を失いそうです、いや、限界でした。



ばたり



輝子「これ、……気絶してない?」



まゆ「あらぁ」



薄れ行く意識の中でもりくぼは切に思いました。



乃々「…………かえりたい」



これはそんなもりくぼの所属するちょっと不思議な事務所の、お話です。



池袋晶葉という女性がこの事務所には居ます。



晶葉「いやー、遠隔転送装置上手くいってるみたいでよかったよー」



晶葉「データは全部取ってるから、暫くモニターお願いねー」



つまるところ、この神かくし、ないし、神出現の原因は全て天才発明家こと晶葉さんのしわざのようでした。



ロボット以外も何でもありなんですね……。



私が忍んでいた机の下にその装置が組み込まれているらしいです。



正直、怖いのでもうあの机の下には入りたくありませんけど……。



最近ようやく、プロデューサーさんが机の下に消えていく光景にも見慣れてきたところです。でもやっぱりおかしいと思うんですけど……。



難しい話は分からないので、詳しく聞こうとはしませんでしたが、明らかに現代科学を超越している気がします。



今隣りにいる人が次の瞬間別の場所にいる。別の場所にいた人がまばたきする間に目の前に現れる、正直気分のいいものではないです。



でも、この事務所のみなさんはたいへん、たいへんにお肝がおすわりになられている大物な方々が多いので最初こそ物珍しさを感じていたようですが、今では便利な勝手口程度の認識になっているみたいです。



笑いながらまゆさんが机の下から出てくるのを見るのは未だに恐怖……いえ、不気味……、いや、げ、幻想的です……。



まゆさんはあの装置の使用頻度がやけに高い気がするんですが、どこに行っているかは未だに聞けません。



あまり近づきたくはない例の机ですが、結構目立つところにあるのでどうしても目が行きます。



仕事の予定を確認するために事務所へ立ち寄ったある日、ふと目をやると、机の下から腕が一本伸びているのを見つけました。



乃々「ひっ……」



しらうおのような真っ白な腕が一本、無造作に地べたに転がっているのが目に映ります。



腕だけ、です。信じがたいことに周りに体が見つかりません。切り離された腕が一本。



めちゃくちゃ怖い。おうち、かえりたいですけど……。



そもそもしらうおのような……っていう言葉は褒めてるのかけなしてるのかよくわかりません。しらうお、美味しいですけど……。



目の前の異様な光景に、気が動転した私は思考がショートして良く分からないことを考えてしまっています。



すると、異変に気づきました。生の腕が一本床に転がってはいるものの、その周りに血液のような物は全く見当たらない。



人間の腕が切れて落ちているとしたら、それはおかしいことでした。きっと周りじゅう血だらけのはず。



乃々「もしかしてこれは……」



近づいてみると本当にただ腕だけがそこに転がっています。



つまりこれは、偽物……?よく出来た模型、か、何かなのか、その真意がどこにあるかはわかりませんでしたけど、でも、それが人間の腕じゃないってことはこれではっきりと……



腕「」ピク



乃々「え……」



腕「」ピクピク

あまり近づきたくはない例の机ですが、結構目立つところにあるのでどうしても目が行きます。



仕事の予定を確認するために事務所へ立ち寄ったある日、ふと目をやると、机の下から腕が一本伸びているのを見つけました。



乃々「ひっ……」



しらうおのような真っ白な腕が一本、無造作に地べたに転がっているのが目に映ります。



腕だけ、です。信じがたいことに周りに体が見つかりません。切り離された腕が一本。



めちゃくちゃ怖い。おうち、かえりたいですけど……。



そもそもしらうおのような……っていう言葉は褒めてるのかけなしてるのかよくわかりません。しらうお、美味しいですけど……。



目の前の異様な光景に、気が動転した私は思考がショートして良く分からないことを考えてしまっています。



すると、異変に気づきました。生の腕が一本床に転がってはいるものの、その周りに血液のような物は全く見当たらない。



人間の腕が切れて落ちているとしたら、それはおかしいことでした。きっと周りじゅう血だらけのはず。



乃々「もしかしてこれは……」







近づいてみると本当にただ腕だけがそこに転がっています。



つまりこれは、偽物……?よく出来た模型、か、何かなのか、その真意がどこにあるかはわかりませんでしたけど、でも、それが人間の腕じゃないということはこれではっきりと……







腕「」ピク



乃々「え……」



腕「」ピクピク

悲鳴も出ません。



腕がピ、ピ、ぴ…………ピクピク、動いています。



生きているかのように。



もう頭まっしろで、よくわかんないですけど、まるで何かの力に背中を押されるようにしてもりくぼはその腕に近寄りました。



腕の周りには本当に血痕一つ落ちていません。あるのは一つの腕。ピクピク動いているのはこの際無視してよく見てみると、とても綺麗な手でした。



ツメは綺麗に整えられて、ピクピク指が動く度に塗り揃えられたマニキュアが日光を反射しています。



血管が全て透けて見えそうな白い肌を強調するようにしてひじの部分は少し赤らんで、なめらかな曲線は黄金比をなぞるが如くスラっと二の腕を形作り……。



動転を通り越して逆に冷静になったのか、やけに文学的な描写が頭のなかに響いてきます。



その腕は丁度二の腕の真ん中当たりでばったり途切れていました。



さながらヴィーナス像の腕だけを取り出したように、断ち切った石膏の断面のように、唐突に二の腕の途中から先にあるはずの腋や肩が欠け落ちているように見えました。



あまり有機的でないその断面のおかげか、気味の悪さがほとんど感じられません。



いや……ピクピク動くのはやっぱり気持ち悪いですけど……。



親指の向きからして右腕だと思いますが……、その手は意味ありげにピクピク動き続けています。



乃々「ん…………?」



意味がありげに動いていた、確かにそう、もりくぼは感じました。



……。







…………。







…………………。







非常に気は進まないんですけど、非常に、非常におうちに帰りたいですけど……、ここは一つ。



がしっと。



意を決してその腕を掴んで持ち上げました。



腕「!!」



腕がこわばるのを感じました。



先程までのピクピクはもう有りません、代わりにじっと、こわばり続けています。









事務所で一人、生腕を前にもりくぼは頭を抱えていました。









比較的なんでもありな事務所だと思ってましたけど、まさか腕とお留守番する日が来るなんて……。



これからどうするべきか……。



幸い今日は予定を見に来ただけで、もりくぼはオフです。



でも、こういう時に限って、なぜか事務所には人が一人も居ません。



いつもはいろんな人が居て賑やかなのに……不幸です。



誰か人が居れば、こんな腕放り投げてもりくぼは一目散に逃げ帰るのに……。



誰もいないならむしろほっぽり出して逃げ帰ればいいじゃないかと思うかもしれないですけど、もりくぼはそれが出来ずに居ました。



だ、だ……だってこの腕は明らかに…………。







乃々「うぅ……」



もう一度、その腕を掴み持ち上げます。ずしり。人の腕は意外に重いものです。



腕は、静かです。



私が掴むとこわばり、じっとしてしまいます。



その生腕の手のひらを、もりくぼはゆっくりと開かせました。やや生腕が抵抗した気もしますけど、あまり強い拒絶ではなかったので、今は気にしません。







そしてもりくぼは自分の人差し指を立てて、生腕の手のひらに押し当てます。



乃々「は い」



できるだけ、ゆっくり、はっきりと手のひらに文字を書きました。



その動作に生腕の手がびくっと動きます。



やっぱり……。



乃々「は い」



もう一度、さっきと同じ文字を書き、そして生腕の親指をつまんでグニグニ動かしました。



乃々「い い え」



つづけて、いいえと書いたあとに人差し指をつまんでグニグニと動かしました。







腕は、押し黙ってしまいましたがもりくぼはもう一度繰り返しました。



乃々「は い」



親指をグニグニ。



乃々「い い え」



人差し指をグニグニ。



未だ反応は鈍いので、何度も繰り返してみると、









乃々「は い」



腕「(親指くいくい)」



乃々「い い え」



腕「(人差し指くいくい)」







私の書いた文字を理解して、生腕は指で返事を返してくれました。



どうやら……上手くいったようです。



そして、同時に確信しました……。



この腕は、確実に人間の腕。





そして、この腕は、生きている……。





後から思えば、腕の持ち主が事務所のアイドルだったことは幸いでした。



いえ、腕を拾っている時点で幸いなんて一握もありえませんけど……。



外部の人、とりわけ外国人だった場合はもりくぼにはどうしようもなかったと思います。









乃々「あ な た は お と こ ?」



腕「(人差し指くいくい)」



返事はいいえ、つまり女性です。綺麗な手をしているのでそうではないかと思っていましたけど……。



腕は依然、ぎこちなく動いているように感じます。腕だけでも、緊張、しているんでしょうか。



そういえば自分がまだ名乗っていたかったことを思い出しました。



たとえ生腕相手でも、最低限礼儀は……、必要、ですよね。



乃々「わ た し は も り く ぼ」



乃々「も り く ぼ の の で す」



私は、へんな気分でした。



生腕は文字に集中するようにじっとしています。



乃々「あ な た が だ れ な の か」



乃々「し り た い で す」



普段のもりくぼなら、こんなこと、きっと言わなかったでしょうけど。







生腕の親指が、静かに頷いていました。



それからしばらく、腕の持ち主が誰なのかウミガメのスープよろしくYes/Noパズルをした結果。







乃々「か ん ざ き ら ん こ ?」



腕「!」



腕「(親指くいくいくいくい)」







と、解を導き出しました。



はあ……。



うちの事務所は人が多すぎます。そう思いませんか……。



こんなにアイドルがいるならもりくぼ一人くらいやめちゃっても大丈夫だと思うんですけど……。



とにかく、この腕の持ち主は神崎蘭子……さん。



それがはっきりしました。さっきから腕がわちゃわちゃせわしなく動いているので、もしかすると名前を当ててもらえて喜んでいるのかもしれません。



私も、もう一生分の言葉を使い果たした心持ちで、頭がやんわりと頭痛に包まれています。



しかし、妙な充足感もありました。



言葉をこんなに沢山一度に伝えたのは初めてかもしれないです。



腕を小脇に抱えながらそんなことを思う日が来るなんて、考えてもいませんでしたけど……。



とにかくこの腕、もとい彼女は、アイドル神崎蘭子で間違いないだろうと、そういうことでした。



晶葉「おーい、乃々、乃々」



乃々「うむぅ……かえりたい……かえりたい」



晶葉「寝ながら一体どこに帰るっていうんだ……」



乃々「かえり、たいんですけど」



P「森久保ォ……起きろよー」



晶葉「そうだ、起きてくれ乃々ー!」



乃々「ウゥウーーー……ウゥゥ……」



P「森久保ォ…………森久保ォォ」



P「森久保ォォ!!!!!!!!!!」



乃々「んひぃーっ」







どうやら、もりくぼはあのあと事務所のソファーで寝てしまったらしいです。



寝ている人の耳元で叫ぶの、どうかと思うんですけど……。



今日だけで、どれくらい寿命が減ったでしょうか……おうちに帰る前に、命が無に還ってしまいそうです。



晶葉「その腕がつまり、そういうことだな」



晶葉さんが言いました。



その腕……、とは私の腕ではなく、私の腕が抱きかかえている一つの生腕。



蘭子さんの、腕のことでしょう。



私は、腕一本を大事に抱えて事務所で眠りこけていたのでした。なんとも……、なんとも。



P「不思議な光景だな」



乃々「…………」



そういえば、この二人は生きたまま切り取られたような人間の腕がそのまま目の前にあるのに、あまり動揺しているように見えません。



いくらなんでも肝が座りすぎな気がしますけど……。



P「これが、蘭子ってことか」



晶葉「そのようだ。いやしかし、転送の途中で不具合が起きるなんてね。蘭子もタイミングが良いんだか悪いんだか」



晶葉「私としては、面白いサンプルが得られそうだから願ってもないことだけどさ」



どうやら二人は、事情を知っているようでした。



乃々「こ、この腕を見ても、……あの、驚かないんですか」



晶葉「乃々、君が寝ている間に、大体の状況は把握した」



P「今日、あるタイミングから机の下の転送装置が使えなくなっていたんだ」



P「晶葉曰く、どうやら装置の不具合が起きたらしい」



晶葉「あの転送装置自体はほぼ完成しているんだが、今最終試験の最中でね、出来は完璧だと思っていたけれど、どうやらまだ潰せていない不具合があったようだ」



晶葉「不具合と言っても、ハード面の耐久性の問題なんだけどね。ログを辿ったけど、装置自体は正常に動作していたようだから安心して欲しい」



乃々「…………」



安心と言われても、困るんですけど…………。



P「俺も、細かい説明は全く理解出来なかったけど、晶葉の話をなんとなくまとめるとこういうことらしい」



私にも正直良くわかりませんでしたけど、現状がどういった状態なのかは、なんとなく、理解できました。



蘭子さんが撮影の仕事を終えた際に、装置を使って帰ろうとしたと同時に装置が不具合を起こしてストップして。



腕だけが事務所に生成されて、それをもりくぼが発見したということらしいです。



曰く、「彼女の記憶は量子状態として装置に一時的にプールしてあって、転送中も記憶が途切れることがないよう常に記憶は肉体とひも付けがなされている」らしいですけど。



肉体の生成中に装置が停止したため、いま蘭子さんは腕だけがこの世にある状態で存在している……とか、なんとか。



ほかにも色々あった気もしますが。



この腕はつまり、蘭子さんの腕で、蘭子さんの記憶を持っていて、蘭子さんの意思で動く。



らしい、です。







私は……、私もりくぼは、正直今の状況色々とどうかしてると思うんですけど……。



ただ、このすらっとした手は素直に羨ましいなと、思っていました。



P「森久保ォ……じゃあ、蘭子の世話、頼んだからなォ……」



晶葉「私は暫く装置の修復とバージョンアップに尽力することになるんだ、面倒を押し付けてすまない」



P「その腕は全身が生成し終わるまでは物質として不思議な状態になんやかんやあるらしくて、一定の状態を保ったままらしい」



P「あー、つまり、なんやかんやしばらくそのままでも死ぬことは無いみたいだから、ちょうどいいし森久保ォ……お前が面倒見るんだ。良いなォ……」



乃々「え……え、いや、あの……困るんですけど……」



P「森久保ォ!!!!!」



乃々「いひぃっ」



P「…………」



乃々「…………」



P「…………」



P「森久保ォ……(にっこり)」



乃々「えぇぇ……」





そう言って二人とも事務所から消えていきました。



もりくぼは腕を抱きかかえたまま一人、



……いや、一人と一本、取り残されてしまいました。



もりくぼは濡れタオルを洗面器に沈め、ごしごしとゆすいでから絞ります。



絞ったタオルから行き場を失い流れ出る水は洗面器のなかへバシャバシャしたたっていきました。



その水を見つめてもりくぼはため息をつきます。







もりくぼは今家の、自分の部屋に居ます。



カバンに腕を忍ばせて帰路についている間は気が気でなくて意識がなくなりかけました。



動揺して改札に二回とも引っかかった気がしますが、記憶がほとんど残っていないのでよくわかりません。



幸か不幸かこの腕は人間の腕、異音がするわけではなくいきなりカバンを開かれ中身を確認されない限りは、まず人に気づかれることはありません。



でも、見つかったらわりと色々お終いです。風前の灯。



どうにか、私の部屋の中まで誰にもさとられずに帰ってくることができましたけど……。



一応事前に説明をしておきましたが、それでも蘭子さんの腕は少しくたびれているように見えます。



帰りカバンの奥底に長い間閉じ込めていたせいで、疲れさせてしまったかもしれません。







蘭子腕「…………」



絞ったタオルを片手にもつと、反対の手には蘭子さんの腕を抱きます。



柔らかく、弾力のある肌。



その腕にタオルを押し当て拭いていきます。



蘭子さんの指が少しピクっと動きました。驚かせてしまったでしょうか。



もりくぼは、人の体を拭いたことなんで今までありませんけど……。



蘭子さんの腕は少しでも油断してしまうと傷を付けてしまいそうなほど無垢で、純粋なものに見えました。



私は細心の注意を払って、ゆっくりやさしく腕にタオルを這わせまするよう努めます。



今度カバンに入れて持ち運ぶときはもっと扱いに工夫が必要かもしれないです。出来るだけ、この腕は傷つけたくありませんでした。



いえ、できれば持ち運びたくも、無いんですけど……。







もともと目立って汚れていたわけでもないので、すぐに作業は終わりました。



心なしかくたびれも無くなった気がします。



蘭子さんの手を開かせ、



乃々「お わ り ま し た」



と文字を書きます。



親指をくいくいと動かす蘭子さんは、顔は見えませんが喜んでいるように感じます。



今は腕しかありませんけど、蘭子さんはお風呂がすきなんでしょうか。









そういえば、私は蘭子さんについて何も知りません。











朝からまた寿命が縮まりました。







なにやら用があるらしく、蘭子さんも一緒に事務所に来いとプロデューサーさんに申し付けられ、本当は嫌で嫌で仕方なかったけど事務所に向かうことにしました。



さっきから10秒ごとに携帯が鳴っています。



一度断ったらこの有様です。



こうなるとプロデューサーさんは本当にしつこいので私が事務所に来るまで世界が滅亡しようとも電話をかけ続けることは間違いないでしょう。



鳴り止まない携帯と蘭子さんの腕に板挟みになったもりくぼは決死の覚悟で家を出ました。当然カバンには蘭子さんの腕を忍ばせて。



道中あまりの挙動不審さに警察の人に声をかけられてしまい、死を覚悟していたところ、地面から湧き出るようにして現れたのあさんが声をかけてくれてその場は色々うやむやになりました。







のあ「面白いものを持っているわね」







そう言い残し、のあさんは路地裏に消えていきました。



そこ、どうみても人が通れる隙間無かったと思うんですけど……。



深追いは良くない。もりくぼは最近思います。



知らないほうがいいことが沢山あるし、触れないほうが幸せでいられることが沢山あるんです。







のあ「……でも、触れることで初めてわかることも、あるものよ」







幻聴が聞こえてきました。







P「森久保ォ!!!」







事務所に来るまでひやひやしっぱなしで既に心が辛いのに、事務所に入るなり大声で私の名前を呼ぶのはもう、勘弁して欲しいんですけど……。



P「さっそくだけどな森久保ォ…………蘭子の仕事があるから森久保ォ、一緒に行ってやってくれよな森久保ォ!」



昨日の今日でプロデューサーさんは何かひらめいてしまったらしく、蘭子さんの仕事を取ってきたみたいです。



プロデューサーの仕事に対するその手腕にはなかなか驚嘆しますけど、ちょっとネジがずれている気もするんですが、そんなこと思うのはもりくぼだけでしょうか。





でも、生腕にお仕事って……一体何を……。



端的に言えば、それはパーツタレントのお仕事でした。



ゴシック系のファッションを扱う雑誌の、アクセサリーコーナーのモデルのお仕事だそうです。



平たく言うと、手タレ……、ですかね。



丁度事情で欠員が出たところのお仕事をかっさらったそうですが、本当によくそんなものを一晩で見つけてくるものです。



そんなに仕事が出来るのにもりくぼなんかをプロデュースしているのは最大の誤算ではないかと思うんですけど……。







乃々「モ デ ル の お し ご と」



乃々「だ そ う で す」



お仕事まで時間があるのでその間に蘭子さんの手のひらに必要な情報を伝えていました。



雑誌の詳細や、モデルの詳細についてです。



蘭子腕「…………」



そうしているうちに蘭子さんの指が少し震えていることに気が付きました。



緊張……しているんでしょうか。



顔は伺い知れません。



でも、考えるまでもありません。体が腕だけになった上に、急にお仕事です。それも初めての現場。



もりくぼも何を言っているか分からないくらい意味がわかりません。緊張もします。



それもこれもあの破天荒なプロデューサーが悪いんです。



きっと。







そう思いながら、私は自然と蘭子さんの手を握りました









相変わらず移動は緊張しますけど……今度はあまり、取り乱したりせずに現場に着くことが出来ました。



記憶もしっかりしているし、改札も引っかからずに通れました。







―――カバンの中、ひとりきりの蘭子さんの腕。







それを思うと、なぜかそれまで雲の上を歩くようだった不安定な足取りが、一歩一歩確かなものに変わっていくのでした。













乃々「あ、あの……え、っと。蘭子さん。連れてきたんですけど……」





カメラマン「あ!!君が森久保乃々さん!?いやー助かったよ君んとこのプロデューサーさん狙いすましたように差し込みでヘルプ入れてくれるんだもんねー、お礼言っとかないと」



カメラマン「それで、蘭子ちゃんっていう腕?だっけ、来てくれてるんだよね!」



カメラマン「珍しいねー腕アイドルなんて!」



カメラマン「びっくりしちゃったけど、資料見た限りハンドモデルとしてはグンバツだから期待してるよー」





う……。



スタジオに着くなり一気にまくし立てられました。



カメラマンさんは明るくて気さくな方が多いのでもりくぼはそもそも苦手なんですけど……、この人はひときわです。



いえ、そもそも、なんでこの人たちは違和感を持たないんでしょうか。



腕アイドルって、もう理解の範疇を超えてるんですけど……。







のあ「…………芸能界という輝きの中を歩むのなら、それくらいの覚悟が必要なのよ」







幻聴です。







結果は大成功でした。



なんだか釈然としませんけど……。





蘭子さんの腕はかなりの逸材だったらしく、カメラマンさんも、その他のスタッフの方々にも非常に好評で、スムーズに撮影は終わりました。



蘭子さんはそのままでは自立出来ないので、終始もりくぼは腕を支えつつ、カメラマンさんなどからの指示を手のひらに書いて伝える役目に徹しました。



最初こそ、蘭子さんは緊張の面持ち(どこにも「面」は無いんですけど)でしたが、撮影が進むにつれ、自然な表情(顔は無いんですけど)になっていくのを感じました。



もりくぼには、なかなか出来ないことです。



こんな状況でも、しっかりとお仕事をこなそうとしているんですね。





スタイリストによってメイクが施され、照明によって演出された蘭子さんの手は、見れば見るほど綺麗で。



もりくぼは撮影中ずっとその手に見とれていました。





昨日と同じように、濡れタオルで蘭子さんの腕を拭く。



まだ一日しか経っていませんけど、意外と手というのは表情豊かな場所だなと、蘭子さんの腕を見て感じます。



よくわかりませんけど。



こうして一人、蘭子さんの腕の世話をしていると、なにか胸の奥が満たされていくような感覚になっていくのでした。







一通り、手入れを終えると私は、蘭子さんの手のひらにこう書きました。



乃々「ら ん こ さ ん の て は き れ い で す ね」



蘭子腕「……!」



ピクっと動いて、暫く沈黙してしまいました。



でも、その透き通るような腕が、わずかに朱に染まるのを私は見逃しませんでした。



蘭子さんは、照れているのでしょう。





乃々「ら ん こ さ ん  ぜ ひ」





こんな気分は、一体いつぶりかわからないです。もしかすると初めてかも知れないですけど。



人に対して、積極的に関わろうと、もりくぼが思うなんて。







乃々「ど ん な お て い れ を し て い る か」



乃々「も り く ぼ に お し え て く だ さ い」



もりくぼはほとんど化粧品のブランドや小物の名前を知らないので、蘭子さんとの会話はとても苦労しました。



知らないことを尋ねるのは結構難易度が高いものですね……。



でも。



蘭子さんとたくさん、たくさんやり取りを重ねていくことで、普段蘭子さんが使っている化粧水や美容液などのお話を聞くことが出来ました。



いつも、親が買ってくる服を漠然と着ていただけのもりくぼにとって、蘭子さんのこだわり一つ一つは全く未知の世界でした。



乃々「ベース……コート……トップコート……?」



蘭子腕「?」



あまりに物静かな腕との会話は、とっても相手の言いたいことを探り当てるまでに時間がかかったりもしますけど。



ネットで一つ一つそれらしい調べながら、蘭子さんの中の思いを1つずつ答え合わせしていく時間。



それは不思議と早く過ぎて行きました。









もりくぼは、意外と細かい作業が得意です。



得意、と言うほどでもないかもしれないですけど……。



アイドルの仕事よりはずっと好きだと思います。……多分。







もりくぼは、人生で初めて化粧品を手に入れました。





蘭子さん御用達の化粧品たちは、中には海外製のものもあり、ひとつひとつそれなりの値が張っていたので、パスしましたけど……。



近所の薬局で、基礎化粧品として化粧水と美容液と乳液、それからベースコート用のマニキュアを買いました。



どれも、お手頃な価格でどこでも見かける変哲のない感じのモノで、そもそも化粧と呼ぶには基礎的すぎるものですけど……。



もりくぼはどこか少し特別な気分になりました。







自分の腕にぺたぺたと塗った化粧水は少しひんやりしていて、蘭子さんの腕に塗るときは手のひらですこし温めたほうがいいのかなと、悩みました。



蘭子さんの腕を放置しても特に死ぬことはないというPさんの発言、それが本当だとしても放っておけば汚れたり、乾いたりするのが人間。



それからは、このもりくぼが、蘭子さんの腕の手入れもするようになりました。



もりくぼ、細かい作業結構好きなので……。



流石に家族の手前、腕を抱えてお風呂に入るわけにはいかないので、お風呂から上がったあと濡れタオルで蘭子さんの腕を拭いて、化粧水をぺたぺたと塗りこんでいくのがここ数日もりくぼの日課です。



蘭子腕「……♪」



使っているのはあいにく蘭子さんオススメの品ではないですが、なんだかとても蘭子さんは嬉しそうでした。







手といえど、そのケアは顔にするのと同じように丁寧にやるべきなんだそうです。



あの絹のようななめらかな肌はそういう地道な手入れがあってこそだったのでしょう。



きっと、いつもこうして自分を磨いて、こだわりを持って自分の世界を作り上げたんだなと、私はうっすら思いました。



蘭子さんの腕に乳液をぺたぺたしながらその細部を観察します。



何度見ても、それはとても綺麗で、芸術品のようで……もりくぼは到底こんなに眩しい存在にはなれないですけど……、いつまでも、見ていたいと思うのでした。







乃々「…………」



ぺたぺた



蘭子腕「……♪」



ぺたぺた







ぺたぺた



ぺたぺた







白すぎる肌は、うっすら血管が透けて見えます。



蘭子さんのひじの裏付近のやわらかい部分には、幾重に束ねられた血管が沢山通っていて、お風呂の後、手入れをする度その光景はもりくぼの目に焼き付きます。



なんのことはありません。



あまり深く考えずもりくぼはそっと指先でその透けて見える血管をなぞりました。





蘭子腕「……!」





同時に蘭子さんの腕がびくんと跳ねました。



あ、そうですね。くすぐったいですね。普通。







乃々「く す ぐ っ た い で す よ ね」



蘭子腕「(親指くいくい)」



乃々「す い ま せ ん」







もりくぼは、変な気分でした。













P「森久保ォォ!!!!!!!!」









いい加減、事務所に入るなり名前を叫ぶのをやめて欲しいんですけど。



びっくりするので、本当に、心臓に悪いんですけど……。





乃々「ぁ……うぇっと……え、な、なんですか」



P「調子、良いよな、最近」



乃々「そ、そ……そうですか」



よくわかりませんけど……もりくぼは、いつも通り、はやく帰ってしまいたい気持ちでいっぱいですけど……。



P「今日はまた蘭子のモデルの現場に一緒に行ってくれ」



P「何度も悪いが、晶葉曰く装置と蘭子についてはもうすぐどうにか出来そうってことらしいからあと少しの辛抱だ」



乃々「は、はい……わ、わかりました」





P「でも、相変わらず、俺らには挙動不審のままだよなぁ……」



乃々「ど、どういうことかわからないんですけど……」



P「どうも蘭子とは上手く話せてるみたいなのになー」



P「森久保ォー!!俺たちもそれなりの時間やってきたじゃんかよォーーーー。もっとリラァクスしていいぞォ森久保ォ!」



乃々「い、いや、もりくぼは、いつもこんな感じ、なんですけど」



P「えぇええええ、んずぇったい違うからーーーー態度ォ!!!」





思えば、もりくぼは最近ずっと変な気持ちでいっぱいです。



そりゃあ、こんなおかしな事務所に居たらへんな気分になるのも仕方ないかもしれないですけど……。



でもそれとは違う、なにか、新しいなにかでした。







蘭子腕「」



みりあ「うんうん、そうだよねぇ〜」



事務所にあるローテーブルに置いてあった蘭子さんの腕に向かってみりあさんが話しかけています。



蘭子腕「」



みりあ「へぇー、それって結構以外かも!」







蘭子さん、耳は無いので声は聞こえないと思うんですけど……。



でも会話、していますね。腕と。



この事務所で細かいことを気にしてはいけない。そうもりくぼは悟りました。



みりあ「最近、蘭子ちゃんと仲いいよねー」





今度は私に話しかけてきます。



乃々「えっ、……えっと」



みりあ「蘭子ちゃんも、最近ちょっとたのしそう」



乃々「……え、……ぅ。そう、ですか」



にこにこしながら私の周りをとことこ歩くみりあさん。



小学生としては少し達観したところもあるような気もしますけど、こういう落ち着きの無さは歳相応に見えます。



でも自然体でプライベートゾーンに立ち入られるので、もりくぼは距離感がつかめないことも多くて少しだけ苦手なんですけど。





みりあ「パーツタレントのお仕事も楽しいって、蘭子ちゃん言ってたよ」



乃々「そ、そうなんですか」



一体何をもって腕相手に”言っていた”と判断したのか私は気になりますけど、あえて聞かないことにしました。



みりあ「乃々ちゃんのおかげだねー!」



くるくる回りながら、みりあさんは私のそばから離れました。







私のおかげ……ですか。



その言葉で、私の顔がほころんだことが誰にも見られていなければいいんですけど。





のあ「……愛ね!」





乃々「」



のあ「……」



乃々「」







のあ「…………、愛ね」







急に出てこないで欲しいんですけど。



転送装置は未だ晶葉さんが修理中のはず。この事務所、こういうびっくりするのほんと多いと思うんですけど。





乃々「み、見て、ましたか。……私の、顔」



のあ「もしくは、可能性」



乃々「えっと、言ってる意味が……」





のあ「踏み出してみること、よ」





乃々「あ、あの……」



そう言うとのあさんは、事務所の中で戯れているみりあさんを小脇に担いで事務所から出て行きました。



みりあ「あー〜〜〜れー〜〜」







どうやら、お仕事、らしいです。



楓「のあちゃんの運ぶね……ふふ」



もりくぼは何も聞いていません。







結局、事務所はもりくぼと蘭子さんの腕と二人きりになりました。









乃々「き ょ う の  お し ご と は」







プロデューサーさんから伝えられた、これから向かう現場の詳細について蘭子さんの手のひらに書いていきます。



蘭子さんが腕だけになって、もうすく2週間です。



学校とか、そろそろ大変だと思うので早く元に戻れば良いんですけど。







乃々「と い う か ん じ で す」



もりくぼも、この関係にかなり慣れを感じています。それはそれでおかしな気もしますけど。



思えば、こんなにスラスラと言葉を紡げるのは、蘭子さんの腕に対してだけかもしれないです。



それは、腕が常に沈黙していて、私が私のペースで話せるから、なんでしょうか。







蘭子腕「(親指くいくい)」







それとも、蘭子さんが、蘭子さんだからなんでしょうか。





乃々「…………」





乃々「ら ん こ さ ん」



乃々「お し ご と は  た の し い で す か」





蘭子腕「(親指くいくい)」







お返事はYESでしたが……。



すこしだけ、妙な動きをしているような気がします。



わちゃわちゃというか、指全体を使って、何かを表現しているような。



私にはみりあさんのような特殊能力が無いのでその真意を知ることは出来ません。



けれど。



きっと蘭子さんは、嫌なことを言ったりはしていないと、思うんです。







蘭子さんは、蘭子さんだからこそ。











今日のお仕事も完璧でした。





ブレスレットや、リングで装飾された腕は、一層に輝きを増して見えました。



主役はあくまでアクセサリーで、撮った写真は雑誌の一角に添えられるだけですけど、目の前の蘭子さんの腕はかけがえのない物に見えました。







自室、タオルで蘭子さんの腕を拭きながら今日の光景を思い出します。







乃々「……」







あと、どのくらいこうして居られるのでしょうか。



晶葉さんの話ではあと少しという事らしいですけど。



こうして、手入れをする時間も残り少ないのでしょうか。







もりくぼはへんな気分でした。







いつもより増して。いつもより増して。



なんだか、胸の中によくわからないうねりを感じます。





蘭子腕「…………」



乃々「…………」





タオルで拭き終わった蘭子さんの腕を見ながら、私は考えていました。





もりくぼは細かい作業が好きですし、やってみると、こうしてお手入れをするのも悪くありませんでした。



お化粧なんて、めんどくさそうで深く考えたことはなかったんですけど、綺麗なものをもっと輝かせる力を感じて、今ではとても魅力的に見えます。



だから、蘭子さんの手の手入れをする時間をもりくぼは気に入っていました。





でも、違います。胸のうねりの原因はもっと別の……。







蘭子腕「……」







蘭子さんの手のひらに……私は指を絡ませました。





少しだけ、蘭子さんの手はびくっと動きましたが、やがてゆっくり私の手を握り返してくれました。







蘭子さん相手なら、もりくぼはスラスラ話すことが出来ます。



蘭子さん相手なら、もりくぼは手をつなぐことも抵抗を感じません。



それは相手が腕だけの存在だからで、顔も無ければ大きな声を出すことも絶対にないからだと思っていました。



自然な気持ちで、挙動不審になることなく手がつなげるなんて、今までのもりくぼなら考えられないことだから。









でも、それは、きっと違うんです。









蘭子さんの手は温かい。それを自分の手のひらで感じる。



私が、こんな事を出来るのは、唯一、蘭子さんだけなんじゃないか。



そう思えて、なりません。







だから、寂しいんです。



こうして、触れていられなくなることが。





体を取り戻せば、もうこのお手入れの時間も訪れません。



お手入れの後の会話も、全部来ません。



なんでも話せて、自然に触れることができる。



そんな相手がいなくなる事が、もりくぼは寂しいんです。







蘭子さんは、優しく手を握りしめてくれたままです。



蘭子さんの優しさが伝わってくるように、温かい。











もりくぼはその手の甲に、唇でそっと触れました。









自然と、体が動いていたので、あとになって死ぬほど恥ずかしい気持ちになりましたけど……。



蘭子さんの腕は、静かに私の手を握ったままです。





乃々「……」





乃々「…………」









き、気づいていませんよね……。







乃々「う、ぅぅ〜〜〜…………」



蘭子腕「……」













手入れを一通り終えた私は、蘭子さんの腕を胸に抱きながらベッドに入りました。







胸の奥のうねりがじんわりと意識をかどわかし、なかなか心が休まることはありませんでしたけど。



いつの間にか、眠りに落ちていました。





















蘭子「ナァーーーーッハッハッハッハ!」



蘭子「一度は翼を失ったが、堕天使は今改めて現世に降誕した!」



蘭子「今こそ再度恒久の因果探求へと参ろうぞ!」











ことはすんなりと進んでいきました。







翌日、事務所に行ってみるとプロデューサーさんと晶葉さんが待っていました。



装置の修理とバージョンアップが完了したそうです。







晶葉「さて、さっそくだが、途中で中断していた蘭子の肉体生成を再開するぞ」



P「おお、そんなさっくりいけるものなのか」



晶葉「この天才を誰だと思っているんだ?その辺もバッチリ対策済みだよ」





そういうと、晶葉さんは装置を再稼働させます。









一瞬の出来事です。まばたきしていたらきっと見逃したでしょう。





事務所のソファーの上に置いた蘭子さんの腕付近の空間が一瞬ぼやけたかと思うと、途切れていた腕から先がスッとこの空間に姿を現しました。



形容しがたい光景です。









その一瞬で蘭子さんは事務所に無事帰ってくることが出来ました。













みりあ「帰ってくるまで、どんなところにいたの?」



蘭子「ナァーーハッハッハッ」



蘭子「今生感じ得ぬであろう複雑なオーラに充塞した怪奇極まる結界であった」



みりあ「へぇ、みりあも行ってみたいなぁー」



事務所が少し賑やかになりました。





乃々「…………」





この通り、蘭子さんは元気ですし……。これで万事解決。大団円です。



もりくぼの役目はこれで終わりました。





乃々「…………」











もりくぼは、プロデューサーに呼ばれて蘭子さんを事務所に運んで来ただけで、今日はオフです。







もう、帰ろうと思いました。











もう、帰ろう。











踵を返し、歩き始めた時でした。



腕が、誰かに掴まれました。



いえ、誰かではありません。



この形、感触は。









蘭子「ま……まっ……まって……」



蘭子「の、……ののの、の、乃々、ちゃん」





間違いなく蘭子さんのものでした。



なんだか、へんな気持ちが収まらないのでどう振り返ったものか分からず、もりくぼはじっと立ち止まってしまいました。



毎日、私が手入れをしたあの手が私を引き止めているのがわかる……。



胸の奥が、ぐるんと疼きます。





乃々「も、もりくぼは……かえりたいので……」



蘭子「あ、……あの!」



ぎゅっと掴んだ手に力を込められて、心臓の動きがとても激しくなりました。



思わず、振り返ってしまいましたが、蘭子さんの顔を見る気になれません。





乃々「……」







胸のうねりがざわざわうるさくて、目を散々泳がせた挙句、じっと蘭子さんの腕を見ることにしました。







蘭子「あ、……あり、ありがと……う。乃々ちゃん」



蘭子「色々、お世話、……してくれて」



蘭子「沢山お話、してくれて……」



蘭子「乃々ちゃんのおかげで、寂しくなかった」



蘭子「腕だけじゃ喋れなくて、ちゃんと伝えられなかったけど……」



蘭子「私、嬉しかった」





蘭子「ありがとう」





乃々「ぁぇ……ぅ……」





顔が、とても熱いです。





あの腕は、今はしっかりと蘭子さんの体とつながっています。



あの綺麗な腕の持ち主は、私にストレート過ぎる感謝の思いを伝えてくれます。





もりくぼは、もうよくわかりませんでした。



思いをこんなに真っ直ぐ伝えられたのは初めてです。



なぜだか、とっても恥ずかしいんです。嬉しいですけど。



顔から火が出そうなほど動揺して火傷してしまいそうです。



にっちもさっちもいかず、口がぱくぱくするだけで、声が出ません。



乃々「………………」



蘭子「……」









でも、……蘭子さんの手は、昨日と同じ温かさでした。









もりくぼは、改めて蘭子さんの手を取ります。





そして、自分の人差し指を動かします。























乃々「も り く ぼ も」



乃々「う れ し い で す」























なんとか、蘭子さんの手のひらにそう書きました。





もりくぼにはそれが精一杯でした。











P「森久保ォ……!!!何いちゃいちゃしてんだよォ……まったくよォ…………人がいる前でよォ!!!」



みりあ「乃々ちゃん顔まっかだよー?大丈夫?」



まゆ「本当ですねぇ……熱でしょうかぁ」



輝子「フ、フフ……カエンタケ、みたい」



のあ「……愛ね、愛」







ここが事務所だということを忘れていました。





急に現実に引き戻された気持ちです。



あと、まゆさん輝子さんのあさんはさっきまで事務所に居なかった気がするんですけど……。



まあ、装置も復活しましたし、今更なので特に触れないことにします。









今はっきりしているのは、もりくぼと手を取り合っている蘭子さんが、とても大切な存在であるということです。



















あれから、もりくぼは蘭子さんとお化粧や服のお話をするようになりました。



たまに、蘭子さんの手のケアをさせてもらったりもしています。







蘭子「な、なかなか我が結界の盲点をついて、わ、悪くない」







どうやら、腕だけだった頃から、私の作業は優しすぎてとてもくすぐったかったようです。



べつに嫌ではないということだったので、そのままもりくぼは優しく、丁寧に蘭子さんの手のケアをしています。



それに、くすぐったくて身悶えする蘭子さんを見るのは、……すこし、楽しいから。





なんて。





乃々「……」



蘭子「…………、如何した?」







乃々「蘭子さんの手は綺麗ですね」



蘭子「う……また、そんなことを……」







蘭子さんの手は本当に、綺麗です。







乃々「……」







蘭子「な、なに……」









ちゅ……









蘭子「……ぴっ!?」









蘭子「こ、……この、手の感触は……」





乃々「……ふふ」









やっぱり慌てる蘭子さんを見るのは、楽しいです。



それを独り占め出来るこの時間は、もっと、楽しいです。









































*神崎おわりん子*





おまけ









みく「あの装置通ってから、ネコ耳が取れないにゃーーー!!!どうなってるにゃ!!!」







李衣菜「あ、尻尾もついてるよ、本物みたいでロックだねーこれ」ギュッ



みく「にゃッ!?」







のあ「…………へぇ」



アーニャ「なるほど」



みりあ「しっぽかわいい〜〜〜」ギュムギュム







みく「に゛ゃ゛っ゛〜〜〜〜ッッッ」









晶葉「どうやら、まだ潰せていない不具合があったようだね、やれやれ」





乃々「…………」



















*おわり久保乃々*





22:30│森久保乃々 
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