2015年10月14日

忍「きらめく世界」


・工藤忍ちゃんのSSです



・地の文で進行





・短めです







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1444752960





東京の街に帰ってきた。



いや、地元は向こうなんだからそう言うのはおかしいのかな。

でも今住んでるのはこっちだし、だけど実家には帰るって言うけどどっちが正解なんだろ……どっちでもいいか。



3時間、ただ座ってるだけで約700キロの旅が終わる。

これが近いのか遠いのかアタシにはよくわからないけど、本州を横断すると2000キロになるらしいから、その3分の1の距離と考えるととてつもない長旅なんじゃないかな。

ベンチの上で少しじんじんしているお尻が何よりの証拠。





気付けば夏はとっくに過ぎていて、暑さの残りどころか季節をひとつすっ飛ばしていきなり冬になっちゃったんじゃないかって思うくらいの寒さ。

生まれも育ちも毎年雪景色が見られるところで寒さに強いって自負があったんだけど、十分に冷えた風がアタシを襲ってきて、つい、さむっ、と声を出してしまった。



ここは1時間に1本しかバスが来ないような田舎じゃなくて、朝でも夜でも絶えず人と車が行き来する大都会。

アタシの一言なんてアリよりも小さなことなんだけど、恥ずかしさのせいか、木枯らしのせいか、体温が少し上がったみたい。



目深にかぶった帽子をあげて空を見ると、太陽は少し傾いた位置からアタシを見下ろしていた。

気を抜いたらあっという間に夕焼けになって、感傷に浸る間もなく夜へとスライドしていくんだ。

どこかで区切られているわけじゃないのに、向こうで見る空と東京の空はまったく違うものに映る。

それが森の木々のように生い茂った高層ビルのせいか、絶え間なく動き続ける人たちのせいなのかはわからない。

理由は考えれば考えるほど浮かんできて、少なくともアタシの育った場所じゃ当てはまらないものばっかり。





ずっと憧れていた場所だけど、たまにどうして息が詰まりそうになって、何もかもがイヤになっちゃうことがある。

まだこっちに来て数えるほどしか経ってないっていうのもあるのかな。

いつかこう感じるのもなくなっちゃうんだろうなって考えると、悪いことじゃないのに寂しいって気持ちも一緒に生まれてきて、すっごい不思議。



あの子は……同じタイミングで地元に帰った彼女はどうだろう。



駅で別れた穂乃香ちゃんの姿が突然頭の中に現れた。

彼女の地元は宮城で、アタシと同じ東北出身。

ユニットを組んだっていうのが一番の理由だけど、地元が近いっていうのは単身、東京に来たアタシにとって少しほっとするものだった。





カバンにつけている緑色したブサイクのぬいぐるみ。

クレーンゲームに、というか、ぴにゃこら太にすっかりハマっちゃった穂乃香ちゃんからのプレゼント。

いまだにこいつのどこがカワイイのか全然理解出来ないけど、ぴにゃのグッズ選ぶ真剣なまなざしに、ぴにゃのことを話すときの楽しそうな顔を見てしまうと、そんな余計なこと言えるわけない。



そういえば一度「リボンのところとか、忍ちゃんに似ていてカワイイです」って言われたけど、あんな反応に困る言葉は多分生まれて初めてだったと思う。



いいよな、オマエは愛されてて。



ただのぬいぐるみにほんのちょっとジェラシー。

ぶら下がったぴにゃにデコピンを一撃お見舞い。

そういえばこいつ、テレビに出てたんだよね。



……実は売れっ子だったり?





声、聞きたいなぁ。



って、何言ってんだ、アタシ。



いつの間にか手に持っていた携帯の履歴に綾瀬穂乃香の文字がずらっと並ぶ。

どれだけ電話してんだって、自分でもびっくりした。

昨日も話したんだもんなぁ。

たった3日、4日の我慢って言い方はおかしいけど、こっちに戻ってきたら結局毎日のように顔を合わせるのに、なんで待てないんだろう。



変だよね。

実家に帰ってきてまずやったことが穂乃香ちゃんへの報告。

着いたよーってメールをすぐ書いた。

うん、今自分で言っててもすごい変だ。



ひとつ言い訳をすると、アタシが送る前に穂乃香ちゃんから無事到着しました、って連絡があって、だからそれに習う形でメールを送ったってこと。





次はアタシから電話をかけたんだっけ。

確か夕飯を食べる前の30分間で、海辺を歩いてるとき。

本当に話題なんてなくて、何か理由をつけるなら、さっきみたいに穂乃香ちゃんの声が聞きたかっただけ。

もちろん、恥ずかしいからそれを本人には伝えないけどね。

久しぶりに来たお気に入りの場所で、ちょっとだけ感傷的になっちゃったんだ。



優しい波音。



赤と黄色が待ち伏せした空。



反射する水面の光はキラキラと揺れていて、まるでステージからの景色みたい。



遠目で見てもわかるくらいの2色のグラデーションは鮮やかで、写真でもキレイだけど、やっぱり生で見ると言葉を失っちゃう。



こんな風にアタシたちも混ざりあえたらなぁ、なんて恥ずかしすぎて絶対に言わないけど、そんな言葉を思わず考えちゃうくらいこの景色には魔力がある。





「その景色を一緒に見ることは出来ないですけど、今見上げている空は、忍ちゃんも見ている空なんですよね」



受話器越しの声なんかじゃ、余計気持ちが膨らむばっかりで、いつものアタシじゃなくなっちゃうみたいなんだ。



「地図の上なら、穂乃香ちゃんのところなんてすぐそこなのに」



今考えてもとんでもなく恥ずかしいセリフで、よくこんなこと言えたなって思ったけど、どれもこれも茜色の空のせいだ。

そんな言葉でも穂乃香ちゃんは相変わらず優しい声で、もどかしいですね、なんて言ってくれて。

もしかして同じ気持ちなのかもって考えると、胸の奥から大げさなリズムが聞こえてくるようになった。



そこからどんな話をしたっけ?

正直、覚えてないんだよね。





今、電話に出られるのかな。

何を話せばいいのかな。



もうちょっとのんびりしても良かったんだけど、1泊2日の帰省はあっという間で、明日からまたアイドルとしてのアタシがリスタート。

穂乃香ちゃんは家族で戻ってるから、明日まで向こうにいるとか。

お土産楽しみにしててくださいねって言われたけど、まさか宮城限定のぴにゃだったりとかしないよね。



うちの事務所にはドーナツ好きやパン好きな娘がいるんだけど、彼女たちに負けないくらいある穂乃香ちゃんのぴにゃへの想いはなんなんだろう。



……あぁ、ずっと穂乃香ちゃんのことばっか考えてるな、アタシ。

だって、こっちで初めてできた友達で、初めて組んだユニットの仲間で、アタシの目指すアイドルで、初めて……





だめだ。



だめだめだ。



今日のアタシは本当におかしい。

この穂乃香ちゃんへの想いはなんなんだろう。

熱でもあるのかな。

なんだろう、頭と体がぼーっとして、地面から数センチ浮いたような感覚。



売店で買ったお茶を一気に飲んでも、カラカラな喉は潤うことなく、からになったペットボトルがひとつ出来ただけ。





電話、出てくれるかな。

昨日も連絡したのに、やっぱり迷惑かな。

家族で過ごしてるだろうし、普通に迷惑だよね。



でも声は聞きたいんだ。

何でって言われても、聞きたいって気持ちが破裂寸前の風船みたいになって、アタシをおかしくさせるから。

そう、今のアタシはおかしいんだ。



ぎゅっと握った手の甲にぽたりと水滴が落ちてきた。

雨なんて降る空模様じゃなかったのに、と思ったら、その水滴はアタシの両目からこぼれ落ちたものだった。



なんで……なんで泣いてるんだろう。

確かに寂しいっていう気持ちは大きかったけど、泣いちゃうほどのものだなんて思ってもいなかった。





今日はだめなんじゃなくて、とっくの昔からアタシはだめになっていたんだ。

穂乃香ちゃんと仲良くなって、もしかしたら出会ったときからもうだめになっていたっておかしくない。



でも、電話をかける勇気はない。

きっと家族水入らずで過ごしてたって、彼女はいつもみたいに出てくれる。

そしていつもみたいに「どうしたんですか?」って言ってくれる。

アタシが泣いているってわかったら心配してくれる。

「忍ちゃんが落ち着くまでお話ししましょう」って慰めてくれる。

アタシのワガママにいつも付き合ってくれる。



そうだ。

いつも甘えてるのはアタシで、弱いのもアタシなんだ。

なのにこういうときに嫌われたくないなんて自分勝手な気持ちが出てきて、通話ボタンを押せなくなる。



一度崩れてしまうと、枯れるまで止まらなくなっちゃって、アタシの世界に数センチの雨が降る。





「忍ちゃん?」



ついに幻聴まで聞こえてきて、そろそろアタシの頭も限界を迎えてるのかなぁ。

ここにいるはずのない穂乃香ちゃんの声が、まるで目の前から聞こえて……



「大丈夫ですか!? どうして泣いて……」



……あれ?

涙でぼやけた視界に、穂乃香ちゃんがいて。

なんで?



「あの、どこか怪我でも……」



「なんで……穂乃香ちゃんが」



「忍ちゃんを驚かせようって、私だけ帰ってきたんですけど……えっと、もしかしてお腹が痛いんですか?」



ふふっ、お腹痛いのかってなにそれ。やっぱり、穂乃香ちゃんはかわいいなぁ。



「……ううん、大丈夫。ちょっと疲れちゃったみたい」



「ならいいんですけど……本当に大丈夫ですか?」





痒くなった瞼をこすって視界をクリアにすると、心配そうにのぞき込んでくる穂乃香ちゃんの顔が見えて、アタシの心にかかった分厚い雨雲はさっとどこかへ消えていった。



「あの……」



「ん、大丈夫、大丈夫だって。ホントに何もないよ、うん」



「……大丈夫なのに、泣いてるんですか?」



「え?」



何かが頬を伝う感覚。

穂乃香ちゃんがそれを指ですくって、何ともいえないこそばゆさと一緒に、それの正体が涙なんだということに気付かされた。



なんで、なんでなんだ。



穂乃香ちゃんを見て、安心したはずなのに。なんでアタシは泣いているんだ。





「あ、あれ。おかしいな。嬉しいのに、なんで」



止まらない。

ぬぐってもぬぐっても、すぐにたまる涙。

自分に何が起きてるんだ。

わからない。

全然、わかんないよ。



「忍ちゃん」



穂乃香ちゃんの表情がわからなくなるくらい目の前はぼやけちゃって、アタシの頭の中はぐちゃぐちゃで。

涙は止まる気配なんてないくらいぼろぼろとこぼれて。



名前を呼んでくれてるのに、返事をすることも出来ない。

体の上に重いものを乗せられたみたい。

視線が落ちていく、地面に。





「忍ちゃん!」



今までで一番大きな声が耳に届いた瞬間、アタシの体を何かが包んだ。

柔らかなものが濡れた頬に触れて、ふわりとした優しいにおいが押し付けられた鼻いっぱいに広がった。

それがすごい心地よくて、安心して、いつの間にか涙は止まっていた。



しばらくそこに身を預けるように目を閉じていたけど、ふと我に返ったとき、今自分が置かれている状況をものすごい速さで理解することが出来て、まるで顔に火をつけたみたいに熱くなった。



「え、ちょ……穂乃香ちゃん、な、なにを」



「心臓の音を聴くと落ち着くってどこかで聞いて……あの、落ち着きましたか?」



泣き止みはしたけどさ、それどころじゃないって。





「わ、私もこういうことするのは初めてなので、よくわからないままやったんですけど……やる側が落ち着きませんね。心臓が口から出てしまいそうです……」



耳をすまさなくても聞こえてくる穂乃香ちゃんのリズムはすごい速くて、耳にしてるアタシがドキドキしちゃうくらいオーバーに動いていた。

それどころじゃなくなって自分じゃよくわからないけど、きっとアタシも同じくらい胸が鳴ってる。





「……ねぇ、穂乃香ちゃん」



「何ですか?」



「ここ……外だけど」



「……いいです。見せつけてるんですから」



「あ……速くなった」





奇跡って起こらないから奇跡、なんて言うけど、起こらないんならそんな名前はつかないんじゃないかな。



逢いたいって願ってたら、本当に逢えたんだから。



起こるかもしれないからそれは奇跡って言うんだ。





おわり









23:30│工藤忍 
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