2015年10月21日

速水奏「夢で逢ってるから」

歌ネタ。短いです。













SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445059971







 ……あら。現場で見るのはずいぶん久しぶりね、Pさん。



 今日は伊吹の付き添い?





 ふうん。





 調子はどうかって?

 ええ、すこぶるいいわ。有能なプロデューサーさんのおかげで、仕事が途切れる気配もないし。

 あら、皮肉じゃないのよ。これは本当の気持ち。





 ふふっ、そんな気まずそうな顔しないで? 私なら大丈夫だから。





 Pさんと二人きりでこうして会うのもずいぶん久しぶりよね。

 夢ではいつも逢ってるのにね。





 冗談よ。女は嘘つきなの。





 マネージャー? 呆れた、把握してないの?

 ええ、今日はオフよ。慣れた現場だから、問題ないでしょ。それに、結果的にいい事もあったし。





 ううん、元気よ?

 ちゃんと眠れてるってば。



 ひど…っ!?



 ……。



 あなたこそ酷い事言うのね。事務所の二枚看板アイドルの片方を捕まえて。



 ふふふ、分かってる。酷い顔って、顔色とか、そういう話でしょ?

 怒ってないわ。





 あら、嬉しそうにしちゃおかしい?

 Pさんが、細かいケアをマネージャーに丸投げして、上から指示だけするような人じゃないと分かって安心したのよ。

 ……嘘よ。嬉しいの。ちゃんと見ててくれるって、分かったもの。





 でも、本当に元気よ。

 この間も、オフに小旅行に行ったわ。

 伊吹から聞いてる? そう、鎌倉に行ってきたの。江ノ電に揺られてきたの。





 ええ。紫陽花を見に行ったんだけど、早かったみたい。

 天気もいまいちだし、半袖で行くんじゃなかったわ。

 そんな時すぐ、上着を掛けてくれる人もいなかったし……ね?



 伊吹ったら、つぼみを覗き込んでね。

 「次のオフがいつになるか分からないんだから、咲けーっ!」て。

 お寺の人に注意されちゃったわ。

 ふふっ……。紫陽花なんて、別に近所でも見られるのにね。





 それで咲くのが早まるわけでもないのに。

 ……期待しても通じない事の方が、世の中にはずっと多いのに。





 ……恨んでるんじゃないか、ですって?

 そう思うのは、あなたがそう思ってるからじゃない?





 ……大丈夫よ、悪いのは私だもの。

 Pさんが外れて、代わりにマネージャーがついたのも無理はないわ。





 大人の判断、てやつでしょ?

 Pさんだって、立場があるんだもの。







 あら、違うの?

 へぇ。



 ……っ。

 なんで……なんでそんな事言うかな。



 ……それならどうして…私の気持ちに……





 ううん、なんでもないわ。

 それで、鎌倉の話よね?



 あら、いいじゃない。

 どうせ伊吹が戻ってくるまで待ちぼうけなんでしょ?





 それでね、浜にも出てみたわ。

 水は冷たかったけどね。





 ううん、それは鎌倉じゃなくて、七里ガ浜。

 江ノ島も見えたわ。行かなかったけどね。





 空と海って、どんなに離れていても寄り添っているのよね。

 同じ色をしてて……さ。

 ふふ、ロマンチックじゃない?





 砂に腰掛けて目を閉じるとね、波の音だけ聞こえてくるの。

 色んな方向から、ざぶーん、ざぶーん……って。

 あなたが一緒だったら、なんて言ったかしら。



 ふふっ、そんな綺麗な場面じゃないわ。風は吹いてるし、スカートも髪も砂だらけになっちゃってね。

 落として帰ったつもりだけど、シャワーを浴びてたらまだぽろぽろ落ちてくるの。



 伊吹も教えてくれればいいのに。

 砂まみれでアイドル二人電車に乗ってたなんて、恥ずかしいじゃない。





 ……ねえ、覚えてる?

 Pさんが私の担当を外れた時の事。





 外れてない? そうね、プロデュースはね。

 感謝してるのよ?

 遠くからでも、まだ私の事見ててくれてるんだ、って。心が暖かくなるの。





 でも、あの時は本当につらかった。

 大きな声で「さよなら」って言ったのは、そうしないと言えそうもなかったから。







 ……後悔したわ。あんな事しなきゃよかったって。

 あのキスがなければ、まだPさんは私のマネージャーも兼任していて、傍でじゃれあっていられたはずなのに…



 伊吹に…彼女の事、こんな風に考えたくないのに

 ……彼女に取られることもなかったのに……って。





 ちょっと、やめてよ。

 言ったでしょ? 今は納得してるって。



 分かってるってば。

 伊吹とあなたはそんな関係じゃないって。



 何しろ、担当の女の子が悪ふざけでキスしただけで、深刻に受け止めて距離を置いちゃうような

 真面目な人だものね。

 ごめんなさい。





 悪ふざけが過ぎるって? ふうん。悪ふざけ、ね。

 これは“悪ふざけ”と思ってくれるんだ?



 へぇ。





 ……でも、してよかったという気もするの。

 本当に、どうしようもなかったから。





 ……唇に触れれば、あのキスの感触を今でも思い出せるの。

 触れる度に、思い出すの。何かの拍子に、触れる度。



 髪についた砂みたいに、洗い流せれば簡単なのにね。







 ──あ…





 ……伊吹が…帰ってきたわね。





 それじゃ、私は行くわね。

 …そんな顔しないで。私は元気だよ。色々やってるし。



 へえ、納得しちゃうんだ?

 私がこんなに……。





 ううん。

 ……こんなに大丈夫、って言おうとしたの。





 泣きそう? 私が?

 そうね、せっかくPさんに会えたのに、またお別れしないといけないからかな。



 ふふっ、なんてねっ。そう見えるのは、Pさんがそうだからじゃなくて?







 じゃ、今度こそ行くわね。

 呼び止めたりしないで頂戴ね。





 ……ばか。何でこんな時ばっかり鈍感なの。

 言ったじゃない。女は嘘つきだって。





 ──心配なら、また傍でプロデュースしてよ…。

  友達との仲を勘繰って嫉妬に狂うような女にしないで……。



 それが駄目なら、ずっと遠くの他人になって。

  そうすれば、何の障害もなくなるでしょ?





 …なんでもないわ。



 ええ、私なら大丈夫よ。



 臆病者さんとは、夢で逢ってるから。





 家に帰れば、夢で逢えるから。



おしまい。







20:30│速水奏 
相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: