2015年10月26日

柚「初恋のオマケ」

前作 忍「きらめく世界」

・喜多見柚ちゃんのSSです



・前作(忍「きらめく世界」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444752960/)の続きですが、これ単体でも読めます









SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445696343





「ねぇ、知ってる?」



「なに?」



「君繋ファイブエム」



「知ってるもなにも、こないだ貸してくれたCDでしょ?」



「そうだけどね、その言葉の意味」



「意味って……わかんないけど、特別な意味があるの?」



「君と繋がれる距離は五メートルって意味なんだって」



「へぇ……なんか意味深な数字だね」



「柚と忍チャンが繋がれる距離はー?」



「……三〇センチ?」



「短っ!」





 *







いつだったかな。

忍チャンとそんな話をしたのをふと思い出した。

なんでもない普通の会話だったのに、なんでか忘れられずにずっと頭のすみにこびりついている。



君と僕の繋がる距離、か。



五メートルも離れてたら手を触れも出来ないし、もしかしたらその誰かが見えないかもしれない距離だよなぁ。

なんて野暮なことを考えて、びっしり汗をかいたペットボトルの蓋を開けた。

少しぬるくなったスポーツドリンクでカラカラになった喉を潤して、ふぅーっと大きく息を吐く。





外ではついこの間までセミが鳴いていたのに、いつの間にか鈴虫の鳴く音に変わっていて、時たま強く吹く風には爽やかさが感じられる。



昼に外を歩くとやっぱり軽く汗をかいちゃうのはまだ完全に夏が消えていないからなのかな。

でも朝や夜になるとついこの間までホントに夏だったの?って思っちゃう肌寒さ。

布団を頭まですっぽり被って丸まるのがすっごい気持ちいいから秋は大好きなんだけど、どうも忍チャンはこの季節があんまり好きじゃないみたい。



「夜が長くなって、緑は赤から茶色に変わって。冬が来るんだなぁってさみしくなるよ」



忍チャンの地元じゃ冬はいろいろ大変だもんネ、って言うと、そうだね、って苦笑い。

もっとなにか言われるものだと思ってたんだけど。



そのときもそうだったんだけど、最近の忍チャンはよく浮かない顔をしてる。

体調が悪いどころか、相変わらずレッスンはホノカちゃんの次くらいにストイックだし、単純にこの季節がホントに好きじゃないんだなぁって思ってた。





けどそれはどうも間違いだってことに気付いちゃった。



隠してるつもりなのかな。

それとも気付いてないのかな。



いっつもホノカちゃんを目で追ってるんだよね。

その視線に乗せられた感情がどんなものなのか、ちゃんとした理由はわかんないけど、少なくともキライだったらそんなに見ないよね。



恋煩い、って言えばいいのかな。



それはあずきチャンもわかってて、多分他の人たちもなんとなーく気付いてるんじゃないかなぁ。

あっ、Pサンは気付いてないカモ。

あの人、こういうのにはすっごい鈍いから。





ホノカちゃんも、気付いてないみたい。



ホノカちゃんってしっかりもので真面目なんだけど、どこかぽわぽわしてて天然で。

それに忍チャンがきちんと行動や言葉にしないからわかるわけない。



でも付き合いが一番長いだけあってやっぱり仲がいいし、誰から見ても二人の距離は近くて、正直うらやましい。

三〇センチどころか肩が触れちゃいそうな距離で、いつも一緒にいて。

五メートル以上離れたって二人なら関係なさそうで、ちょっとヤキモチしちゃうよ。





覚えてるかなぁ。

柚と忍チャンが初めて会ったときのこと。



開口一番、ボソっと「かわいい」って言ってくれたんだ。

なんかすごいものを見た、っていう表情をしてたのはよくわからないけど、出会い頭にそう言われたら意識するなっていう方が難しい。



人にしてみればそんなこと?って思うかもしれないけど、恋に落ちる理由なんてそんなものでいいのだ。



そこから仲良くなって、まさかユニットを組むことになるなんて。

青天の霹靂っていうのはこういうときに使うんだろう。

よくわかんないけど。



忍チャンがホノカちゃんをよく見ているのと一緒で、柚も忍チャンを目で追いかけてる。

だからすぐ気付いたんだ。



そしてアタシは計画を企てる。



次に進むための、計画。





「忍チャーン」



「わ、なに。汗かいてるんだからひっついたら」



「気にしない気にしない! 忍チャンの汗ってほら、リンゴみたいなにおいするし」



「なにそれ……」



見慣れたその表情。

柚に向けるのはいっつも呆れたみたいな顔だよね。

いや、柚がふざけたことばっかり言ってるからなんだけど。



「それで、なに?」



「呼んだだけって言ったら?」



「……それだけじゃないでしょ」



忍チャンってもしかして心が読めるのかな?

サイキックなんとかーって言ってるユッコチャンよりよっぽどエスパーなんじゃ。





「本当になにもないの?」



「えへ、あるよー」



「あるなら言いなって」



どうしよっかなーって口笛吹いてもったいぶってると、早く言いなさいってチョップが飛んできた。

もう、忍チャンは柚には厳しいんだから。



でも、いざそのときっていうのを迎えてみると、意外と緊張するもので。

たった一歩踏み出すのも今のアタシにとってはタマゴを片手で割るってことくらい大変なものに感じちゃう。



少し早くなった心臓のリズム。

潤したはずの口の中は砂漠みたいに乾いてて、軽く握った手のひらは湿っている。





「……デート、デートしよっ」



なけなしの勇気を絞り出したら、少しだけ声が裏返っちゃった。



「デートって……要は遊びに行こうってことでしょ? 別に大丈夫だけど、どうしたの?」



デートっていい方、まずかったなぁ。

今更後悔したってそれを訂正できるわけもなくて、少し怪しむような視線が飛んできたけど、これで押し通すしかない。



「どうしたもこうしたも忍チャンとデートしたいんだよ。ねーいいでしょー?」



「……断る理由ないしね。いいよ!」



「やた! へへっ、どこ行こっカナー♪」



「えっ、場所も決めてないの?」



ノープラン。

だって忍チャンをどうやって誘うかってことばっかり考えてて、そんな余裕なんてなかったんだ。

しかも考えてた言葉もチョップのせいで全部吹き飛んじゃって!





「デート大作戦! いいなぁ〜」



「ふふっ、ならあずきちゃんと私でデートしますか?」



「あれ、みんなこのあと予定ないの? ならみんなで遊ぶ?」



あぁ、ダメだよ忍チャン。

みんなと遊ぶのは楽しいけど、今日は忍チャンと二人でデートしたいんだよ。



「私は大丈夫ですけれど……あずきちゃんは?」



「あ、えっと……ちょ、ちょっとさっきのレッスンでわからないとこがあったから、穂乃香ちゃんに教えて欲しいんだけど……」



「いいですよ。あずきちゃんやる気ですね。任せてください」



さっきまで優しい顔をしていたホノカちゃんが、レッスンという言葉を聞いた途端に、キリッと真面目な表情に一瞬で変わった。



あずきチャン、ナイスプレー!って思わず言ってしまいそうなくらい、アタシにとってラッキーな展開に心の中でグッとガッツポーズ。

そっかー残念だね、って言ってる忍チャンの横で感情を表に出して喜ぶわけにはいかないから。



ゴメンね、ホノカちゃん。あずきチャン。

今日だけ、今日だけでいいから、忍チャンを独り占めさせて欲しいんだ。





 *







ノープランで飛び出したものも、二人で外に出てみれば、あそこに行こう、今度はここに行こうって次から次へと出るもので、柚たちはやっぱり女の子なんだなぁってばかみたいな感想が出てくる。



まず服を見に行って、試着室でのファッションショー。

当たり前のようになにも買わずに店を出て、それから忍チャンが行きたがってたカフェでパンケーキだかホットケーキだか、とにかく甘いものをペロリ。



それからゲーセンに行って、クレーンゲームでぴにゃこら太を発見。

見つけるや否やすぐさまコインを投入しちゃう忍チャンに苦笑いしかできなかったけど、ホントにホノカちゃんのことが好きなんだなぁって。



柚とのデートなのにって思っちゃうけど、今回の目的は違うところにあるから別にいいんだ。





「あぁ、また失敗した! おかしいな、前やったときは取れたんだけどなぁ。もう五〇〇円……」



前やったときってやっぱりホノカちゃんとなのかな。

悔しがる忍チャンの隣で重なり合ったぬいぐるみをぼんやりと見る。

少し焦点をずらすと、せっかくのデートだっていうのに浮かない顔をしたアタシがケースに写り込んだ。

なんて顔してんだろ。



「柚はクレーンゲーム苦手だなぁ。ホノカちゃんとかあずきチャンは得意そうだよね」



「ぴにゃのことになるとレッスンのときと同じ目になるからね、穂乃香ちゃんは。あっ! 引っかけたのに落ちちゃった」



アームのさきっぽへ不安定に引っかかっていた緑のブサイクは、まるでアタシたちをあざ笑うかのような顔をしながらもといた地面に落ちていった。

何度見てもホノカちゃんはこいつのどこが好きなんだろうって考えちゃう見た目をしてる。



「あと二回……!」





「……ねぇ、忍チャン」



「うん?」



アームが大きく揺れる。

相変わらずエモノはぴにゃこら太。



「ホノカちゃんのこと、好きなの?」



ぴにゃこら太からは大きく外れて、無常にもアームは空気を掴んだ。

流れてくる音楽はまるで失敗をあおるようにおもしろおかしく鳴っている。



「あ、外れた」



「い……いきなりなにっ!?」



熟れたトマトみたいな顔をした忍チャンがこっちへ勢いよく振り向くと、どうも腕がボタンに当たっちゃったみたいで、見当違いな場所にアームが走っていった。

三回目も同じように空振りして、もとの位置までに戻る動作がなんともコミカルで。





「違うの?」



「いっ、いや、ち、違うとか違わないとかじゃなくて、いきなりそんなこと言われたら」



「図星だから焦る?」



「ずっ、図星って……いや、嫌いとかじゃないんだけど、その……」



そんなに必死にならなくてもいいのになぁ。

でもその反応でやっぱりって確信が持てた。



「今さら隠してもさー、バレバレだよ?」



「ウソっ!?」



「ホラ、それだよ。柚もあずきチャンも気づいてるんだから。すっごいわかりやすいよ?」



自意識過剰かもしれないけど、忍チャンの中でアタシは特別な位置にいると思う。

でもその特別な部屋には自分以外の人たちもいる。

ホノカちゃんはきっとそことは違うところにいるんだろう。



一度覚悟を決めたらこんなにすらすらと言葉を繋げられるんだなぁ。





「柚はね、忍チャンのこと好きだよ」



「えっ……」



口に出した「好き」には裏と表があって、忍チャンに届けるのは裏側に書いてある文字を消したもの。

それは黒のマジックで何重にも塗りつぶされていて、書いた本人しかわからない。



「だから、応援してるよ。二人のこと。とりあえず今は忍チャンを、カナ?」



「応援って、別にアタシは……」



「好きなんだからそれくらいさせてよー。それともまだホノカちゃんのこと好きじゃないって言う?」



少しの沈黙。

店の中を支配するいろんな音が耳に入って、そのまま通り抜けていく。



しばらくして、アタシたちの間にあった静寂を破ったのは忍チャンの方だった。





「……いつ気付いたの」



「んー、仲良くなってすぐだよ。忍チャンってばずっとホノカちゃん見てるんだもん。ホラ、柚ってそーいうの目ざといタイプだしっ」



追いかけてたのはアタシも同じだから。



「そっか……」



「だって、忍チャンは柚の大切な」



これを口に出したら、たった一言だけど口に出したちゃったら、もう終わりなんだ。



でも一度進み出すと、そのまま勢いで走っちゃえそうで、後ろを振り返る前に駆け抜けそうになる。

後悔なんてものを置いてけぼりにできるように、アタシはなにも考えず前に出た足を、言葉を、踏み込む。



「大切な友達だもん」





 *







びっくりするくらいきれいなオレンジ色の空模様が目の前に飛び込んできた。



まるでこの世の終わりみたいに大げさで、痛いくらい鮮やかで目立つのに全然気付かなかった。

そこにどこまでも続きそうなヒコーキ雲。

空を真っ二つに割ったそいつはだんだんと途切れはじめて、時間をかけてゆっくりと消えていった。



これから空は焼け落ちて、辺りは濃紺の闇に溶けていくんだろう。



「柚ちゃん」



聞き慣れた声。

でもいつもよりずっと弱々しくて、少しだけ震えていた。





顔をあげるとそこにはあずきちゃんがいて、今にも泣いちゃいそうな表情をしてた。



なんであずきチャンがそんな顔してるのかな?



「だって、柚ちゃん……」



ねぇ、あずきちゃん。



アタシ、頑張れたかなぁ。



頑張ったよね。



自分の気持ちにウソをつくのが、ごまかすのが、こんなにもつらいだなんて思ってもなかったよ。



「うん、うん。あずきは柚ちゃんの気持ち、わかってるから」



アタシの気持ちって、気持ちってなんだろう。





「頑張ったよ。柚ちゃんはすごい頑張った。だから、今は泣いていいんだよ」



気がつくとあずきチャンの胸に抱かれていて、どうにかなってしまったアタシはただ声をあげることしかできなかった。



お別れしたあと、どうしようもなくふくらんじゃった想いを針でひとつつきしたら、涙が吹き出して、止まらなくなった。



泣いて、泣いて、涙がかれるほど、声がかれるほど、叫んだって、わめいたって、零れる涙はなにも洗い流してくれない。

でも、そうすることしか出来ない。



今のアタシはただ泣くことしか出来ないんだ。





これは通り雨。



大きな水たまりをいくつも作っていくけど、気がつくといつの間にか止んで陽が照り出す。



雨宿りできる場所がなかなか見つからなくてびしょ濡れになっちゃったけど、分厚い雨雲が過ぎ去っていけばきっと元通り。



そう、たぶんきっと。







この日、初恋って書いた名札を外した。





おわり







17:30│喜多見柚 
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