2015年12月08日

橘ありすの冬の旅行について

アーニャとありすが小樽にいってあれこれするやつです。







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448641702





 

 東京の羽田空港から北海道の新千歳空港まで、一時間半。そこからここまでさらに電車で一時間と十三分。



 私の故郷の兵庫からは、距離にして、えぇと、一四五〇キロメートル。



 手袋をしていても、タブレットに触れる手が冷える。雪が降る二月の北海道は空気がシンと冷えて、ブーツで雪を踏むとキシ、という音がする。



 駅舎を出れば地面も空も一面真っ白で、駅前の古びたビルもそこに溶け込んでいくようだった。



 駅からまっすぐ伸びたゆるい下り坂の先には、雪で白くちらつく濃い藍色が見える。



 冬の日本海は、青というよりも限りなく黒に近くて、白と黒のコントラストのなかに真っ白なアナスタシアさんが立っていた。



「北海道の中でも、ここはチョープルイ……あったかいほう、です」



 なんてアナスタシアさんは言うけれど、マイナス三度が暖かいわけがないでしょう。



 こうして私は、アナスタシアさんの住んでいた街、小樽に来た。



〜〜〜〜〜〜〜



 発端は、数週間前のことだ。



 その日は久しぶりにプロジェクトのみんなが揃ってオフになることがわかって、事務所ではそれぞれ思い思いの休日計画を立てていた。



 私は、休みなんていらなかったんだけどな。休みがあってもとくにやることもないし。家にいても、一人だし。



「アナスタシアさんは、今度のオフどうするんですか?」



「ンー……久しぶりの休み、ですし。ちょうど良い? ので、地元に帰ります。アリスは、どうしますか?」



 地元って、ロシア? 違うか、北海道か。



 北海道か。良いな。この季節の北海道は、雪が降っていて綺麗だろうな。札幌の雪祭りとか、行ってみたいな。



「私はとくにないです。北海道ですか、良いですね。雪祭りやってますもんね」



「アー、そっちじゃ、ないです。雪祭りは終わっちゃいました。私の地元、オタルです」



「小樽……運河があるところですよね」



「そうです! 雪と煉瓦の、довольно……キレイなトコロです。アリスも、行きますか?」



 えっ、そんな気軽に行けるところなの? 



 でも、綺麗なアナスタシアさんがキレイ、というところだから、気にならないと言えば嘘になる。



 少しだけとはいえ海を超えるわけだから、私だったらちょっとは身構えてしまうかも、なんて考えを振り払った。



 もう飛行機だって乗り慣れてるんだし、行けないことはない、と思う。



 冬の北海道は初めてだけれど、私ももうアイドルになってそこそこだし。



「行きます。ちょうど暇だったので」



〜〜〜〜〜〜〜〜



「アリス? 寒くない、ですか?」



「……寒いです。こんなに寒いとは思ってませんでした」



「えぇと、私のカバンに、ホッカイロ、あったはずです。いま、探しますね?」



 ありがとうございます。アナスタシアさんは寒くないんですか? と聞くと彼女はプリヴィクヌゥイチ、とそう答えてくれた。



 慣れている、ということみたい。タブレットが教えてくれる。



 封を開けてじわじわ暖かくなったホッカイロをダウンのポケットに突っ込んだ。



「靴の中にも、入れたほうがいいカモ? です」



「柚さんの真似ですか? ちょっと似てますね」



「ふふ、スパシーバ♪」



「それで、靴にカイロを入れたほうがいいって、どうしてですか?」



「足の指がしもやけになって、痛くなっちゃいます」



 あぁ、なるほど。真っ白に積もった雪の中を歩いたら、そりゃあしもやけにもなってしまう。



 小樽に行くって決めたあと準備の為にいろいろ調べたけど、タブレットだけでわかることって意外と限りがあるから。



 アイドルになってから、それがよくわかるようになった。



 北海道の雪がこんなに軽くてふわふわなことだとか、故郷で降る雪とはこんなに違うことなんて知らなかったんだ。





 くぅ、とお腹が鳴った。



「アリス、お腹すいたんですか?」



「いや、これはその! お腹が減ったっていうか……確かにお腹が減ったんですけど……」



「ふふふ、アリス、顔が真っ赤、ですね?」



「やっ、やめてください! 子ども扱いしないでください!」



 かぁっと顔に血が集まる。頼むから「イチゴみたい、です」なんて言わないでください!



 ただでさえアナスタシアさんの見た目は目立つのに、こんな駅前で騒いでいたら一層だ。



 早くここから離れなきゃ。



「お寿司、お寿司です! ここに来たならお寿司食べましょう!」





 お寿司というとアナスタシアさんは目を輝かせる。



「お寿司、大好き、です。回ってるし、おもしろい、です」



「回ってる!? 小樽に住んでるのに回ってるお寿司なんですか!?」



「だって、回ってないお寿司、高いです。そんなの食べたら、あー……首が回らなく、なってしまいますね?」



「ずいぶん難しい言葉覚えたんですね……」



「フミカに教えてもらいました」



「あぁ、なるほど……」



 事務所にはいい先生がたくさんいるんだな。



「ともかく。せっかくですし回らないお寿司食べましょう」



「大丈夫、ですか?」



「大丈夫ですよ」



 アイドルナメんな、って話です。



 ササッと調べれば、駅から十分も歩けばお寿司屋さんがあることがわかったし、ここにしよう。





 一歩踏み出したら、雪の上でずる、と滑った。うわわ、ころんじゃう。というところで、後ろから抱えられる。



「あー……新雪、結構滑ります。道路も凍って滑ります。気をつけてくださいね?」



 ってアナスタシアさんの腕の中で言われたから、気恥ずかしくて唸ってしまった。



 うー。



「坂も多い、ですから。歩くのに、умение……コツ、必要です。ペンギンの気持ちになるですよー、です」



「今度は仁奈さんの真似ですか。似てますね。だから離してください」



「スパシーバ♪」



 日が落ちていく中、そのままヨチヨチとペンギン歩きで長い坂を下れば小樽運河が見える。



 そこからほど近いところに目的のお寿司屋さんはあって、そこでかなり遅めのランチということにした。





 寿司ネタの宝石箱というのを私は初めて見た。



 軍艦巻じゃないウニ! 油の乗ったトロ! イクラ! 見てくださいエンガワかキラキラ光ってます! 



 頬が落っこちないかと支えていたら、同じポーズをしてアナスタシアさんが笑っていた。



 …………こほん。少しはしゃぎ過ぎました。「また、イチゴみたいですね?」なんて、やめてください。



 そういえば、客観的に考えれば、若い女性二人でお寿司屋さんというのは不思議に見えると思う。



 お店の中には外国からの旅行者もたくさんいるから目立たなかったのかな。



 それともアナスタシアさんと私が大人っぽいからだろうか。後者だろう。後者だったらいいな。



 それにしても、小樽には外国の人が多かった。白い肌の人も、黒い肌の人も、たくさん。



 それも小樽運河が近づくにつれてどんどん増えてきていた。どうしてだろう。



 アジアの人もいるけれど、今日の小樽には予想以上にいろんな国の人が来てるみたいだ。アナスタシアさんに聞くと、



「そういう時期なんです」



 という答えが。



「何かありましたっけ?」



「それは秘密、です」



「いやに隠しますね……調べればすぐにわかるんですけど」



「あぁ! タブレット、禁止です! 調べるの禁止、です!」



 なんですか、もう。



「夜になれば、わかると思います」



「もうそろそろ日が落ちますね」



「ダー、北海道、夜になるの、早いです」



 今日はずっと雪だっていう話だから、アナスタシアさんの好きな星は見えないと思いますけど。



「星は見えないですけど、キレイです。アリスにも、見せたいです」



「なら、期待しておきます」





 お寿司屋さんを出たら、辺りは真っ赤だった。



 夕方だからじゃなくて、もう日は落ちてるのに、もう夜なのに、空が燃えるように赤い。どうして? 



 雪が赤い空からどんどん降ってくる。



「フシギ、ですね? 夜なのに、こんなに明るい」



「どうしてですか? わからないです。なんでこんなに……アナスタシアさんは知ってますか?」



「ニェット……どうしてかは、わからないです。でも、キレイです」



 小樽に着いたときには、真っ白な風景に溶けて消えてしまいそうだった真っ白なアナスタシアさんが、今度は赤い空の下でハッキリと見えた。



「さぁ、運河に行きましょう? 今が、そう、ちょうどいいです」



 アナスタシアさんが私の手を引く。ゆっくりと、転ばないように。



 運河に沿った道にはたくさんの人たちが集まっていた。



 煉瓦作りの階段を降りればふわりと潮の匂いがして、すぐに消える。



 辺りはロウソクとガス燈でオレンジ色に照らされて、雪がチカチカと瞬いていた。



「運河、見てみてください」



 キレイです。ってアナスタシアさんが言うけど、柵が邪魔で見えづらくって。

 

 私が必死で背伸びをしてると、不意につま先が地面から離れる。



「見えます、か?」



 高くなった視界から見えたのは、運河を流れる満天の星空だった。



 ふわふわ淡く光るロウソクが海に向かって流れていく。夜の運河の上を、たくさんの星が流れていた。



 私を抱きかかえて、アナスタシアさんは微笑んでいる。

 

 白い肌と銀色の髪が雪と一緒に照らされ、青い目が辺りのオレンジの光を映している。宝石みたいだ。



 いや、星なんだ。アナスタシアさんも、星の一つみたいに見えた。



「この景色を、アリスと一緒に見たかった。だから、一緒に来る? って、言いました」



「ありがとう、ございます。こんな景色知りませんでした」



「雪あかりの路、っていう、イベントです。たくさんの人たち、来ます」



「だから、外国人の人もあんなにいたんですね。調べるの禁止っていうのも、びっくりさせたかったからなんだ」





「そうです♪ 調べたら、きっとこの景色もバレちゃいます。サプライズ、です」



「駅にポスター貼ってあったのでイベント自体は知ってました」



「エー! じゃあ、知ってたんですか? サプライズ、失敗です……」



「それでも、びっくりしましたよ。こんなに綺麗だなんて。実際に見ないと、わからないものですね」



 だから、見せてくれてありがとうございます。そう言うと少しシュンとしていたアナスタシアさんの表情はすぐに「嬉しい!」でいっぱいになった。



「……なのでそろそろ、私を抱っこするのやめてもらえませんか?」



「やー、です♪」



 くしゃくしゃと私の後ろ髪に頬擦りをしている。今日のアナスタシアさんは頼りになるお姉さんみたいだったり。

 

 クールな印象のアイドルとして売り出しているけど、本当は表情のコロコロ変わる、本当にかわいいひとなんだって思った。





「あの……」



 今から私が言おうとするのは、なんてことないお礼のセリフ。



 なんだか気恥ずかしくって、こそばゆくって、そのままマフラーに吸い込まれてしまいそうだ。それでも。



 アリス? って言いながら私の顔を覗き込む彼女に向けて、ちゃんと言わなきゃいけないことがあるんだ。



「あの……」



「なにか、ありましたか?」



「あの、本当に、来てよかったです。アーニャさん」



「……アリス〜!!」



 くしゃくしゃくしゃ。



 頬ずりがいっそう激しくなって、髪の毛がくしゃくしゃになっていく。



 だー! アーニャさん! もう抱っこやめてください!





おわり



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