2015年12月09日

三船美優「青いメモリー」


まだギリギリ秋かと思いますので、三船美優と佐藤心のSSを書きました。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448891972







「スッ、スウィーティー…」

「声が上ずってるぞ☆ もっかい☆」

「スウィーティー↑」

「慣れてない感じがいいけど、もっかい☆」

「スウィーティ…♪」

「……ちょっと色っぽいからえぬじー☆」

「えぇっ!?」





 ――私とユニットを組むなら、とりあえず特訓からだぞ☆

 そんな心さんの宣言から、私三船美優と心さんの特訓の日々が始まりました。

 秋のライブに向けて、二人でダンスレッスン、ボイスレッスン、衣装合わせ…。

 目まぐるしい忙しさの中で、私たちは着実に積み重ねていくのでした。







「はぁと、唐突だけどわかったことがある」

「…なんでしょう?」



 レッスン終わりの昼食時。

 『たまには体重気にせず外食しよっ☆というか腹減った☆』と、心さんに引っ張られて中華料理店へ。

 私は小さめの天津飯、心さんは炒飯半ラーメンセット。

 少しずつ食べる私とは裏腹に、男性顔負けのペースで平らげていきます…。

 ……そういえば心さん、この間減量したばかりだけど、大丈夫なんでしょうか…。





「美優ちゃんセクスィーなんだわ」

「えほっ!」



 思わず飲み込んだ卵がむせる。

 …な、なにをいきなりっ…!



「はぁとも我ながら『そこそこセクスィー☆』を自負してるけど、美優ちゃんは違うわ。フェロモンが違うわ」



 心さんは私に水を差し出して、そのまま食事を続けます。

 女性ながら本当にいい食べっぷりで…アイドルとしてそれはいいんでしょうか…?





「フェロモンって…礼子さんとか、留美さんなら分かるんですけど…」

「はふはふっ、まーね。でも美優ちゃんのは、そういうセクスィーとは違うかな」

「……?」



 水を受け取って飲むと、こくこくと喉が鳴る。

 冷たさが心地よく体に染みこんで、はぁっと息を吐いた。



「それそれ」

「はい?」





「その時々見せる『無自覚の色っぽさ』に、男の子はドキドキってわけ☆ドキメロ☆」

「そ、そうなんですか…?」

「はむっ。そんなもんよ、若い男の子はふごふごっ…ちょろふごっ」

「炒飯食べながら喋らないでくださいっ」



 今度は私から心さんに水を差し出すと、心さんはぐっと一気飲みします。

 気がつけば、心さんのお皿は空っぽになっていました。





「これをライブに活かさない手はないわ。やっぱり決め台詞の『スウィーティー☆』をマスターしてもらわないと」

「ら、ライブでやるんですか……」

「プロデューサーには、はぁとの直談判で許可貰っておくから☆物理で☆」

「…物理?」

「乙女の秘密よん」



 ……乙女っていう年でもないような。

 たぶん心さんのNGワードだから飲み込んでおきます。…私も同じ年ですし。



「おやっさーん! ギョーザ一枚追加☆」



 って、まだ食べるんですか?





「心さん、いい加減にしないとそろそろ…」

「美優ちゃんも食べたいの? おやっさ――」

「だめですっ! というか、どうせ私の分も心さんが食べる気ですよね!」

「…あっ、バレた? というかバレバレ?」

「たくさん食べたこと、プロデューサーさんに言いつけますよっ」

「…美優ちゃん、はぁとの対策分かってきたな?」



 小さく怒る私を尻目に、心さんはニヒッと笑います。

 なぜだか満足そうに見えたのは気のせいだと思います。たぶん。





**



 それからというもの、心さんは冒険を始めました。

 …暴走というのは、ちょっと心苦しいですからね。



「衣装いっぱい借りてきたぞい」

「こんなにたくさん…」

「あるだけ借りてきた☆物理で☆」

「…物理?」

「乙女の秘密よん」

「小さい子たちのマーチングの衣装まで…さすがに入らないですよ? あとこの着ぐるみは、ちょっと…」

「いいじゃん、ライブでぐさーっとさ☆…って、やっべ! この着ぐるみ、今日使うって言ってたんだった!」

「急いで返して来てください!」





**



「…今度は何を持ってきたんですか?」

「写真よ写真。都ちゃんから貰ってきた☆」

「…物理ですか?」

「うんにゃ、今回は金よ☆ 具体的に言うと焼き肉おごる☆」

「それならいいですけど…」



 机の上に散らばっていたのは、見覚えのあるスーツ姿。

 目線はどれもカメラを見ていないので、すぐに盗撮だと気が付きました。





「おやおやー、美優ちゃんも気になるぅ?」

「…そ、そんなことは…」

「こんなところにプロデューサーの寝顔が!」

「……!」



 高く掲げられた心さんの右手には、ブレブレの写真。

 途端に体温が上がるのが分かりました。



「じょーだんじょーだん☆」

「……」

「むすっとしないで、ね! はぴはぴ☆」

「……」

「今度いい写真あげるから、今度はマキノちゃんに頼むから、ね?」

「……貰いますけど」

「素直でよろしい」





**



「うぇーっと、おっすおっす」



 その日の心さんは、レッスンの集合時間に少しだけ遅れてきました。

 いつもよりテンション低めで、あからさまに顔色も良くないです。



「心さん…二日酔いですね?」

「ピンポーン。昨日はナナせんぱ…違った、一人で飲んでてさー。うえっぷ、ナナせんぱいのグチがね…いや一人で飲んでたんだけど」

「……その、察したので。レッスンのメニュー変えましょう」

「美優ちゃん察しが良くて助かるぅ…」

「トレーナーさんに相談してきます」





 私からトレーナーさんに相談すると、今日はオフにした方がいいと提案が返ってきました。

 どうやら昨日の二人を見たらしいです。

 …菜々さんは、見られたら色々とマズいんじゃ…?



「相当悪酔いしてたからな…」

「はぁ…」

「その、なんだ。高垣なんか比じゃない悪酔いだぞ」

「それは相当ですね…」





「心さん、レッスンは中止です」

「ううっ…なんだか気持ち悪くなってきた…口からはぁとが出る…」

「そ、外行きましょう!」

「はぁとくんリバース!」

「ふざけてないで、外行きますよっ!」



 はぁとリバースは防げました。それだけでよしとします。





**



 他の子のレッスンのジャマしちゃ悪いからと、私と心さんは近くの公園まできました。

 最悪路上に吐いてもいいっしょ☆なんて軽口を叩いてましたけど。

 秋風に吹かれて二人歩いてみると、不思議と口数も少なくなっていました。



「ふひー、だいぶ調子戻ってきたー」

「でも今日はレッスン禁止ですからね、ダンスレッスンなんてもってのほかですからね」

「……ライブいつだっけ」

「来週ですよ」

「はぁと、ちょっと反省してる。メンゴ」

「あれだけ毎日てんやわんやで練習してたんですから、たまにはいいんですよ」

「はー、優しさが染みるわぁー。ついでに寒いわー」





 秋も終わりに近いのか、歩いた後には落ち葉の足跡ができました。

 二人の足跡が点々と、ときどきフラフラと。



「……よし!」



 心さんはふと立ち止まって、私を真正面から見つめました。



「こんな機会でもなきゃ話せないし! 腹割って話そう!物理で!」

「…物理ってなんですか、物理って!」

「それは乙女の秘密よん☆ それにほら、26にもなるとさ、人と腹割って話す機会なんてないじゃん?」





 ベンチに落ちていた葉を払って、心さんは体重を預けます。

 私もそれに合わせて、少しだけ距離を空けて座りました。



「…美優ちゃんはさ」

「はい」

「はぁとの無茶振りに、文句言わないよね。というか…なすがまま?」



 …なすがまま、でしょうか…?

 私が首を傾げていると、心さんはすかさずフォローを入れます。





「なにがあっても、全部受け入れちゃうカンジよ」

「あぁ…この事務所にきてから、色んなことがありましたからね…」

「がおー☆とか?」

「そうです、がおー…とか」

「慣れってやつか…こえーなー…」

「……慣れとは、違うかもしれません」





 私は、振り返る。

 例えば、あのトラ柄の衣装を着たとき。

 最初は戸惑ったけれど、いつの間にか楽しくなったりして。

 例えば、雨に降られて撮影したとき。

 あじさいの道を歩いた思い出を、大事にしたりして。

 例えば、ウェディングドレスに袖を通したとき。

 …胸の高鳴りを、抑えられるか不安になったりして。





「みんなから色んなことを教わって、自分じゃ絶対にやらないこともやってみて…新しい私になってるなって、思ったんです」



 次はどんな私になれるんだろう。

 …ちょっとだけ期待してるんですよ、プロデューサーさんにも、心さんにも。









「楽しくて、しかたないんです…本当に」

「なるほど。だから、はぁとの無茶振りにも応えちゃうんだ」



 もちろん、限度はありますよ。

 鈴帆ちゃんの着ぐるみとか、年齢的に着れない衣装、とか。



「しかし新しい自分かぁ…。はぁとは何をしても、はぁとを辞められないな。つーか無理☆はぁと以外、想像できない」

「…それが普通ですよ」

「でも26年も連れ添ってるから――後悔はない、かな」









 心さんは後悔しない。

 強い自分が好きだから、後悔しない。

 私は――



「……」



 ――新しい自分になりたいのは、古い自分が嫌だから。









「…私は後悔しながら、生きてます」

「知ってる」



 はぁとも似たようなもんだしと、心さんは私の肩に頭を預けます。

 何を後悔しているのか、問いただそうとはしませんでした。

 ただ静かに、ぽつりと。



「26年って長いよね」



 懐かしむように、目を閉じました。









 お互い言葉を発さずに、遠くで聞こえる喧騒に耳を傾けて。

 ほのかな秋の香りと、冬を待つ風に体を震わせながら。

 ――遠い季節を、巡っていく。

 どれだけ新しい自分になっても、忘れられないものがあるんです。

 …たぶん、心さんにも。



「はぁと今ね、何考えてると思う?」

「…むかしのこと、ですかね」









「ぶっぶー。正解は、今日の昼ごはんのメニュー。さっきからお腹がペコりんなの」



 ……はい?



「はぁと、考え込むとかキャラじゃねぇの。それならカツ丼でもかきこんだ方がマシ」

「えっ、その…はい?」

「…あんまり深く考えたってさ、時間は戻ってこないし」



 心さんは、私の額をピンと弾く。



「この道を選んでない美優ちゃんもいないんだから…胸張れよ☆」









 ――この道選んでいない自分は、いない。



「…この道を選んでいない心さんも、ですか」

「もっちろん。はぁとは最初っからはぁとだけどな☆」



 にぃっと、心さんはVサインをしました。

 シュガーハートに悩みは不要、そう言っているようでした。









「はぁと、わかった。美優ちゃんなら、はぁとの背中を預けられる。というか心中できる」

「し、心中はちょっと…」

「いや、やっぱなし! 美優ちゃんと心中って絵面、シャレになんないわ!」

「こらっ」



 二人で笑って、秋風が通り抜けていく。

 いつの間にか、距離はなくなっていました。









**



 そしてライブ当日。



「最初は私だけステージに上がって、『スウィーティー』って言ったら」

「はぁとが『おいおい本家本元の『スウィーティー』はコレだぜ☆』で登場。つかみはばっちし」

「……大丈夫でしょうか…」

「失敗しても、はぁとがなんとかしてあげる☆物理で☆」

「ふふっ…失敗するなってことですか?」

「思い切りやっていいってことよん。遠慮はNGってこと」









 そう言って、心さんは私の背中を押しました。

 とても心地よいエールでした。

 胸を張らなきゃ、『物理☆』で背中をまた押されそうで。

 自然と胸を張って、ステージを見ていました。



(…この道を選んでいない三船美優はいない…だから、胸を張れ…)



 震える鼓動を抑えて、スポットライトに手を差し伸べて。

 不安を振り切る高揚感を、糧にして。

 私の声を、みんなにちゃんと届けられるように。



 ――振り絞れ、三船美優。













「スウィーティー…❤」



 時間が止まる。

 スポットライトへ、世界が一つになる。









「あなたのハートをシュガシュガスウィート♪ みなさんの三船美優ですっ」



 正直、不安でした。

 いつもと違う私に、ファンが答えてくれるか不安でした。



 でもすぐに、ワァァと歓声があがって、青い光が踊り出しました。

 ――掴んだ。

 確かに、私はそう感じました。

 …これなら、みんなに届けられる。











「今日はパートナーの真似をしてみましたっ、どうでしたか? 似てましたか?」



「…やっぱり似てないですか? 本人に訊くのが一番早い…ですかね?」



「えっ、呼ばなくていい? こっ、こまりますっ」



「それじゃあみなさんっ、私のパートナーの名前、呼んでくれますかっ!」



「せーのっ!」









**



「…やりやがったな、三船美優」



 三船美優という女を侮っていた。

 不安げな優しい女だと思っていた。

 違った。いや、変わったのだ。

 …三船美優は、魔性のアイドルになったのだ。



「へへっ、そうでなくっちゃ…そうでなくっちゃな!」



 三船美優は私にウインクする。



「何が後悔しながら生きてるだ。したたかに出し抜いてんじゃねぇか。――最高かよっ!」









++



 心さんは、笑っていました。

 苦いような、甘いような、スウィーティーな笑顔。

 そして、声に応じて走りだしていました。



「遅れて登場ッ! アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆ しゅがーはーとだぞ♪」



 歓声が心さんを包み込んで、黄色い光が踊ります。



「スウィーティー♪ ってもういっか! お前ら堪能したろ!」

「へ!?」

「はぁとのスウィーティーより、とびっきりスウィーティーだったな! うーんデリシャス!」









 『したー!』と、みなさんからの声がたくさん聞こえます。

 心さんは、私の手を掴んで走り出しました。



「もっともっと堪能させてやるから、覚悟してろよーッ! 主に物理で!」

「だから物理ってなんですかっ、物理って!」



 私もその手を握り返して。

 ――スウィーティーなライブは、幕を開けました。





おわり



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