2015年12月10日

未央「貴方の視線」

※注意事項



・アニメ基準(この時期なら卯月は鬱なんじゃ? など妙な点がありますが流してください)



・武内Pもの













「どういう顔で会えばいいわけ……みんなに、迷惑かけて……」





すぐにこれは夢だと気づけた。

あれから何度も繰り返し見た夢。

何度目からかこれは夢なんだとすぐに気づける程度には慣れたけど、恥ずかしさと申し訳無い気持ちはちっとも慣れやしない。

なんであの時のことが何度も夢で思い返すのか、自問自答してみる。

答えは残酷で、同時に甘酸っぱいものだった。



これは私の人生の一番どん底で、そして――





「だからこそ……このままはいけないと思います」





――どん底から救われた時の記憶。



優しくて、力強く、けど隠し切れない不安を抱えている声。

この時、私はこの人に以前何があったのかなんて、まるで知らなかっし考えもしなかった。

自分から立ち去ってしまったアイドルと向き合うことに、いったいどれだけの勇気が必要だっただろう。

どんなに感謝してもしきれない。





「私は……このまま貴方たちを、失うわけにはいきません」





忘れてはいけないことだから、戒めとして夢に出るのか。

大切な人と初めて向かい合えた思い出だから、何度も噛みしめているのか。

答えはきっと両方――――











ピピピピピピピピピッ











「……ちょっと無粋じゃないかね、きみぃ」





良いところで起こされ、突っ込みのチョップで時計を止める。

ベッドから転がり落ちた時計は哀れ爆発四散。フタと電池が外れてしまった。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448895601



「愚かな……私の夢を阻まなければ、かくの如き無残な姿をさらすこともなかっただろうに。……う〜ん、いまいちランランのようにはいかないなあ。もうちょっと柔らかく、そんでもってオシャレに」





電池を戻してあげると、時計は電波の受信を始めた。

表示された数字は12月1日――――未央ちゃんがアイドルという修羅の道に踏み込んでから、最初の誕生日である。





「ふふ……んっふっふ〜♪」





家族や学校の皆は祝ってくれるだろう。

それにプラスして事務所に行けばどうなるか。

アイドル本田未央への熱い情熱のファンレターやプレゼントが押し掛けてくるはず!!!



それに、ひょっとしたら――





「……いや、流石に無いか」





堅物な上に乙女心が分からない朴念仁である。

そこが良い所なんだけど、やっぱりこういう時は不満に思ってしまう。まったく、女ってのは勝手だねプロデューサー!





「まあロマンチックな演出は期待できないけど、プレゼントは期待してもいいよねー」





私が一時期事務所に来なくなったあの時から、プロデューサーなりに私たちと距離を詰めようと誕生日を迎えた子にはプレゼントをしてくれるようになった。

しぶりんはプレゼントを貰ってから数日は、やたら無表情だなと思った次の瞬間には顔がカメラには映せないぐらいニヤけるなど、効果は抜群である。





今日一日のことを考えていたら、浮かれてしまって寝起きだっていうのに体が軽く動く。





「おっしゃあっ!!」





勢いよくカーテンを開けるとそこには――――





「……くもってるね」





天気予報で知ってはいたけど、太陽が昇りかけているのに薄暗いどんよりした空模様。

これが少女マンガで私がヒロインなら、カーテンを開けるときらびやかな日光と小鳥のさえずりがするはずなのだが……

やれやれ。いったい今日はどんな一日になることやら。

※ ※ ※







「未央、今日誕生日だったでしょっ」



「え、嘘。ごめん今知った」



「本田ァー! 誕生日おめでとう!」



「未央の誕生日って覚えやすくていいよね」



「うう、アイドルになって遠くに行った未央を今年も祝えるだなんて、あたしゃ涙が出てきたよ」





アイドルになってたくさんの人に歓迎されることが増えたけど、学校の皆に祝われるのはそれとは一味違う。

いや、気のせいかステージの最前列に見覚えのある人が並ぶことが増えたから、その人だったら同じぐらいには嬉しいかもだけど。まあこれは例外中の例外。





「……ん?」



「……ッ!」





視線を感じて振り向くと、付き合いの長い男子が慌てて視線を逸らした。

今までそんなこと一度も無かったから、少し気になる。

気になるんだけど――





「未央って城ヶ崎美嘉ちゃんと知り合いなんでしょ! 先月の誕生日に私手紙書いたんだけど、読んでくれたかな?」



「美嘉ねぇはファンレターは忙しくても全部目を通すから大丈夫だよ! なんなら今度確認……あ、でも美嘉ねぇ当てに千通以上来てるから、確認無理かも」





未央ちゃん祝福包囲網が完成されているため、一歩も踏み出すことができんっっっ!!!

いや、ちょっとどいてって言えばいいんだけど、そこから「さっき目を逸らしたけど何かあったの?」とかむーりぃー。



なんて考えてたんだけど――





「ほ、本田。その……昼休みに飯食った後、大丈夫か? ちょっと話があってさ」



「ん、いいよー」





三時間目の休み時間でのこと。未央ちゃん祝福包囲網が一瞬だけほどけ、それと同時にずっと隙をうかがっていたのか話しかけてきた。

まあ断る理由も無く、いったいどうしたんだろうと少し気になってたから即答しました。

すると何故か肩すかしを食らったような顔をして、かと思えば安心して大きくため息をついて「中庭で待っているから」と小走りに去って行きます。



しかしいったい何を緊張していたのやら。

放課後はすぐに事務所へ行くから無理だけど、昼休みにご飯を食べた後に話すぐらい何の問題も――――







「ずっと前から好きでした!!」







……何の問題も無いと言った奴は表に出ろ。

お前か? お前か? 私か? いいえそれはトムです。





「ず、ずっと前からって……え?」





彼とは中学一年の頃にクラスが隣だったから話をするようになり、二年で同じクラスになってさらに仲良くなった。

かれこれもう四年近い付き合いだけど……





「ちゅ、中学一年の頃からだよ」



「最初じゃん!」





思わず突っ込んだ。突っ込む場面じゃないとは思うけど、テンション上げないとやってらんない。

いやね、別に告白された経験が無いわけじゃないんだよホントに。

特にアイドルになってからは軽くしか話したことがない人まで、アイドルっていう肩書きに惹かれて告白しにくるようになった。

けど彼はちょっと予想外だった。

気軽に馬鹿なことを言い合える仲だと思っていたんだけど……え、ひょっとして私ってば四年間も彼の気持ちをもてあそんだことになるのだろうか?



少し考えてみよう。

片想いの女の子が、顔を合わせれば笑顔で話しかけてくる。朝ならば肩を叩きながら「おっはよー!」も追加。それが四年。

……なんだか無性に申し訳無い気持ちになってきた。

「中学の卒業式ん時に告白しようと思ったんだけどさ……」



「あ」





その日は別の人に呼び出されて告白されていたはず。

卒業式に告白されるなんて少女マンガみたいとは思いつつ、丁重に断ったことをしっかりと覚えている。

どうも私が別件で不在だったため、告白するぞと意気込んだものの肩すかしを食らったみたいだ。





「まあ人生初の告白でびびってたし、高校も同じだから別に今告白しなくてもいいじゃんって自分に言い訳したんだけどさ……本田、アイドルになったじゃないか」



「……うん」



「アイドルになって、きっと俺が知らない努力とかしたんだろうな。日に日にキレイになっていくのが分かって……そんでもって、何だかどんどん遠くに行く気がしてさ。だから一度は



告白諦めたけど、誕生日で良い機会だと思ったんだ」





そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。

付き合いの長い友人に、ふざけながらではなく、しみじみと努力を評価されて嬉しくないはずがない。



けど申し訳なさもどうしてもある。

どう言いつくろったところで、私には彼の傷つく返答しかできやしない。





「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。でも私はアイド――」





アイドルだから恋愛禁止。そう続けようとして言葉が詰まる。

確かにそれもある。そしてそれは誰だって納得する理由だ。彼の傷も少なくすむ。



けど彼は私の大切な友人だ。

彼は友人ではなく恋人を願っているかもしれないけど――大切な友人が、勇気を出した告白を嘘の理由で断っていいだろうか。

アイドルとしては間違っているかもしれないけど、一度唾を飲み込んでから本心で答える。





「ごめん、今の無し。私ね、好きな人がいるんだ」



「………………そっか」

寂しそうに、悲しそうに、吹っ切れたように彼は苦笑した。

良い男だと思った。これまで良い奴と思ったことは何度もあったけど、男として意識したのはこれが初めてだった。

初めて会った頃とは見違えるほど成長したんだと、今さらながらに実感する。





「その相手ってさ……ひょっとしてメチャクチャでかい?」



「なっ……!!」





なんでそれを!?



思わず息が詰まる。

え、プロデューサー学校に迎えに来てくれたことあったっけ? それともこの付近で警察のお世話にまたなったんか!?





「だってさ、本田さっきアイドルだからって言いかけて……そこで誰かを思い出した様子になったもん。本田の目線が明らかに俺より上で……190ぐらい? うちの学校にいたっけそんなでかいの?」



「え、ええっとその……」





何と答えたらいいものか。

適当に撮影で一緒になった俳優とでも言おうか。

でも嘘はつきたくないし、そもそも190ある俳優ってものすごく数が限られてるし。

私が好きな人が東出君という噂が流れるのは現実味があってまずいし、阿部寛さんは3倍以上歳の差があるのでこれはこれでまずい。





「芸能界の人?」





芸能界? アイドルや役者だけじゃなくて、プロデューサーも芸能界の枠に入るかな?





「う、うん」



「できたら……名前はいいから、どんな感じなのかだけでも教えてほしいんだけど」





どんな感じって……

「本当っっっっっに乙女の気持ちが分からない人なんだよ! 大切にしてくれているのは分かるんだよ、体調が悪かったりしたら心底気遣ってくれているのが伝わってくるから! けどフォローの仕方がちょいずれていたり、無自覚に他の女をたらしこんだり! そういうのはせめて私と仲間だけにしろって! それに私の将来のこと、私以上に考えてくれている時もあるよ! 何でも一生懸命で真面目で、力の抜き方知らないから見ていてこっちが不安になるくらいで、けどそういうところがカッコイイんだけどさ! あと他の女からのアプローチにもっとガード上げようよ! 自覚無いかもしれないけどモテモテなんだよ? サバンナでカモがネギを無警戒に背負って、ライオンの横でタップダンス踊っているようなもん――――あ」





ついぶちまけてしまった。

定期的にしぶりんたちとお茶しながらプロデューサーへの不満(はよ手を出せ)を吐き出していたのに暴発してしまった。

まあ前のお茶会から一週間近くたっているからちかたないね。

……ちかたないけど、目の前の彼があんぐりと口を開けているのはどうしたものか。





「ぷっ……ぷはっ! あははははははっ!」



「な、何笑ってんのさ」





すると耐え切れないように笑い出した。

しかも体をくの字にして、涙も出そうなマジ笑いだ。





「ご、ごめんごめん。いや、何だか今の聞いて……勝てないって思えてさ」





のろけ……てしまったんだろうか?

振った相手の前で?

どんな人か聞かれたとはいえ、もうちょっと言い方ってもんがあるじゃん……





「ああ……そんなに良い男なら仕方ない。吹っ切れたよ」





そう言うと、さっきまでとは違う雰囲気――男らしさってやつかな?――をさせて、彼はクルッと背中を向ける。





「別に……明日からも、普通に話しかけていいよな?」





どんな顔をしているのかこっちからは見えない。

けど、きっと私が想像しているような顔をしているんだろう。それなのに気丈にふるまって、私が尾を引かないように気を配ってくれる。

申し訳なさで胸が裂かれそうな痛みが走る。

本当に、良い男にいつの間にかなっちゃって。





「もちろんだよ! むしろ明日からスルーされたら悲しくって泣いちゃうからね!」





良い男を見せられた以上、こっちも良い女で応じなければ!

男の心意気を無駄にせず受け止める。



しかしプロデューサーは罪な男だよホント。

乙女だけじゃなく、間接的に思春期の少年まで泣かせてるんだからさ……

※ ※ ※







「おはようございます本田さん」





部屋に入るとすぐさま、柔らかで深みがあってクセになる、聞き慣れたけどまだまだ聞き足りない声が迎えてくれた。





「おっはよー、プロデューサー!」





告白されてから部屋に入る直前まで、色んな考えが頭の中を渦巻いていたけど一瞬で吹き飛んだ。

今部屋で二人っきりだし、ちょっとぐらい甘えてもいいよね? 誕生日だしいいよね? プロデューサー分を摂取してもいいよね?





「おはよう未央」





っと。プロデューサーに飛び込もうと体を前かがみにした瞬間、プロデューサーの大きな体で隠れていたスレンダー美人がスッと姿を現した。

あっぶね〜〜〜!! よりにもよってしぶりんの前でプロデューサーに抱きつくところだった。





「……未央、今何しようとしたの?」



「や、やだな〜。ちょっと転びそうになってこらえただけだよ。あ、アハハハハッ」





しぶりんの愛は重い。

特に注目すべきはそのポジショニングである。

写真を撮る時など皆で集まる時、いつの間にかプロデューサーの隣を陣取っている。

もしサッカー選手を目指していれば、チャンスの時には必ずゴール前のベストポジションにいるストライカーとして、なでしこジャパンの顔となっただろう。



まあしぶりんほど重くはないにしても、プロデューサーはシンデレラプロジェクトの皆に愛されている。

唯一アンパイだと思っていたリーナも、この間プロデューサーと楽しそうに話していた。私に気づいた途端に、「あ、ヤバ」と言ったのは聞き逃しませんよ。

ついカッとなってエルヴィスの出身地はイギリスのリヴァプールだと嘘を教えた。今は反省している。

「怪我はありませんか? もし足をくじいたのでしたら――」





「だ、大丈夫大丈夫! 全然痛くないから。それに今日はレッスン無いし、万が一明日になってから痛くなったらすぐに連絡するから!」





心配性のプロデューサーにはこれぐらい言っておかないとダメなんだよね。

まあそこまで想われるのは、その……正直嬉しいけどさ。





「本田さんは、今日は日野さんと高森さんの三人でテレビ出演ですね。出演する舞台の宣伝も重要ですが、番組もお二人と一緒に笑顔で盛り上げてください」



「ラジャー!」



「ふふっ。未央と茜と藍子の組み合わせ、私けっこう好きだよ」



「私も楽しいんだけど、日野っちのパワーに振り回されたと思ったら、いつの間にかゆるふわ時空に引き込まれていてすんごいエネルギーがいるんだよ」



「お二人とも、まだ次の仕事まで時間が少しありますが……失礼」





そう、わざわざ早く来て誕生日という大義名分を得てプロデューサーに甘えまくるつもりだったさ。

しかし途中でプロデューサーの携帯が鳴ってしまった。

口調と内容からすぐには話が終わらないと分かって、邪魔にならないようにしぶりんと一緒に離れる。





「そういえば未央。誕生日おめでとう」



「えへへ〜、ありがとう」





まあとっくにメールで祝ってもらったけど、やっぱり直接言われるのが一番だね。

「プロデューサーからは?」



「ううん、まだだよ」



「そっか。私の時は仕事が終わってからだったし、未央もそうかも」





あのプロデューサーに限ってそんなことは無いと思うけど、まだおめでとうと言われてなくメールも来てないと、忘れてしまったんじゃないかと不安になる。

携帯電話を片手に、資料を次々とめくるプロデューサーを気づけばジッと見てた。



プロデューサーはアイドルをヒイキにするような人じゃない。

けどロボットじゃないから、どうしてもほんの少しの偏りが出てしまう。

プロデューサーがアイドルを見ている時、その目を見ればなんとなく分かる。

プロジェクト外のアイドルより、プロジェクト内と元担当アイドル。

そしてプロジェクト内と元担当の中でも――――





「おはようございますっ!」





心の濁りが浄化されそうな、気持ちのいいアイサツと共にドアが開いた。





「おはよう卯月」



「おはようしまむー!」





外が寒かったのか少し頬を赤らめながら、にこやかにしまむーが部屋に入ってくる。

うん、私が男だったら胸がときめいて一目惚れするような笑顔だ。女でもグッとくる。

まして、笑顔が何よりも大好きなあの人ならなおさら……

「うー、寒っ。おはよーございます」





しまむーの明るいアイサツとは一転して、沈んだ声が入ってくる。

実はプロジェクトの中でもかなりオシャレで、12月で天気も曇りなのに鎖骨や太ももが見える服装をしているリーナだ。





「一緒だったんだ。おはよう李衣菜」



「おっはようリーナ。寒いのに気合い入った服だね」



「まあねー……えっと」





部屋に入ってきょろきょろと辺りを見回し、なぜかそれにしまむーが苦笑いしている。





「一番あったかいのはプロデューサーかな? やっぱり」



「おい待て」



「李衣菜……どういうつもり?」



「いや……寒いから暖をとらせてもらおうかなって」





プロデューサーに近づこうとするところを、私が右肩、しぶりんが左肩を抑える。

こやつ、本当にいつの間にかプロデューサーに接近しやがって。





「アハハ……実は私もそこで会った時に抱きつかれちゃって」



「寒くって寒くって。まあこの際二人でもいいや」



「え、李衣菜!?」



「ら、らめてえええっ! みくにゃんに言いつけるわよーーー!」



「…………おはようございます、島村さん、多田さん」





かしましい女子高生アイドル四人に、おずおずと話しかけるプロデューサー。





「電話はもう大丈夫なの?」



「ええ。ただスケジュールの変更がありまして。島村さん、少しこちらに来てもらっていいでしょうか」



「はい!」

……うん、やっぱり気のせいじゃないか。

プロデューサーがしまむーを見る目は、他のアイドルと少し違う。

なんというか神聖視している感がある。



しまむーもプロデューサーに声をかけられると心底嬉しそうな様子を見せる。

しまむーにとってプロデューサーは養成所から拾ってくれた白馬の王子様ってところか。



方や相手を天使と見て、方や相手を王子様と見る。

くそっ、壁はどこだよ殴り足りねえ。





「じゃあ私はそろそろトライアドのレッスンに行くね」



「行ってらー」



「ああ、暖房が一つになるぅ……」





しぶりんとは最近、ツーと言えばカーみたいな雰囲気もあるし……私、この二人に遅れをとっているっぽい。

二人以外にも何だか楓さんと妙な雰囲気な時があるし、美嘉ねぇと一緒にいるところを見ると、何故か元カノと元サヤという言葉が思い浮かぶし……





「何々? さっきからプロデューサーをじっと見てどうしたの?」



「え、あ……別に、何となく」



「ふーん、あ。誕生日おめでとうだね」



「ん、ありがと。べ、別にプレゼントをくれてもいいんだからねっ」



「プレゼントならもう渡したよ」



「え? ……何のこと? ちょっと分かんないんだけど」





まさか今べったりくっついているのがプレゼントだと言うつもりかい?





「多分今日中にわかるよ。送っていはいるけど届いていないってところかな?」





寒さが和らぎ顔に血色が戻り、小生意気にそう言ってのけたのだった。

※ ※ ※







「あー、楽しかったけど疲れたなぁ」





テレビの収録は無事に終わりCPの部屋に戻る。

今日はもう仕事もレッスンも無し。

無事に終わったことをプロデューサーかちひろさんに言って、帰るだけなんだけど……





「ただいま戻りましたー」





プロデューサーはまだいるかな?





「お疲れ様です本田さん」





よし、まだいた!





「聞いてよプロデューサー。気をつけてはいたんだけど、『まいて! まいて!』ってカンペが出てさ。まあなんとか時間内に収まったから大丈夫だよ」



「そうですか。高森さんが出るので、視聴者の方もそういった展開を期待していたでしょうし問題ありません。ところで本田さん、今から帰るのでしたら送りましょうか」



「やったラッキー!」





プロデューサーは時々、外への用事とアイドルが帰る時間が重なった時など車で送ってくれたりする。

外は寒いし、ここはお言葉に甘えるとしましょう。













「えへへー」



「どうかしましたか?」



「うーん。できれば自分で気づいてほしいから未央ちゃんからは言えません」



「は、はあ……」

運転席と助手席の距離は、私たちにはちょうどいい距離かもしれない。

ほんの数十センチしか開いていない距離を、居心地が悪いという気持ちがちっともわかないぐらいには仲良くなった。

いつかはいたずらやおふざけなしで、腕を組んだり肩に頭を預けたりしたいんだけど……鋭意努力します!





「いつもの道は混んでいるそうなので、少し遠回りをしますね」



「え!? うんお願い」





プロデューサーと将来イチャイチャすることを考えていたせいで、ラジオの交通情報を聞き逃してた。

こんなんじゃしぶりんのこと笑えないなあ。





「あ……」



「降り始めましたね」





雪だ。



日が沈み真っ暗な空から、街のともし火に照らされながら舞い落ちる。

朝からせっかくの誕生日なのにくもっていると文句を言ったり、寒いなと不満に思っていたけど、それらを帳消しにできる光景だった。



雪を照らす光がいっそう強くなる

何かと思って目を移すと、大きなビルの敷地内でユニークな形に揃えられた木々に装飾されたイルミネーションだった。





「この会社は毎年この時期になると中庭でクリスマスに向けた装飾を行い、クリスマス前後に一般公開しているそうです。今の時期は外から見ることしかできませんが……」



「そうなんだ……うん、中に入れないのは残念だけど、ここから見ても十分キレイだよ」



「よければ寄って行きませんか?」



「……え?」



「私が用事があるのは、この会社なんです」







「うわー、見て見てプロデューサー! ぴにゃこら太だよ! 電飾なのにあのぶさ可愛さをちゃんと表現できてる!」



「この会社はぴにゃこら太と関係があるので、気合いを入れたのかもしれませんね」





まだ公開前で、装飾の周りにいる人は帰宅途中の社員の人ぐらいだった。

まだ装飾は一部分しか終わっていないようで、今でも十分なのに、これが全部できあがったらどうなるんだと今からワクワクする。





「そのうちあのおっきな木にも装飾されるんだよね。ねえ、プロデューサー。公開された時にもし余裕があったら、皆でここに来れないかな!」



「そうですね……努力はしてみますが」



「あっ……もしもの話だから、ね」





皆で来れたら楽しいだろうと思ってつい口にしたけど、公開されるのはアイドルが大忙しの時期だ。

クリスマス前後に全員集まれるのは、事務所の中であってもほんの少しの時間だけだろう。





「えっと……あっちがペンギンで、これはトナカイ。サンタクロースに――――」





思わず足が止まった。

別に他の装飾と比べて特別なところがあるわけではない。

けど今の私には特別な意味があると思えるもの。





「舞踏会への……馬車」





カボチャの馬車がお城へと向かうイルミネーション。

私たちは今、この馬車に乗っているんだと改めて実感する。



横をちらっと見れば、私たちに魔法をかけてくれた人がすぐそばにいてくれた。

見上げたその横顔は、夜に降る雪と人工の輝きを背景にして、思わず息が止まってしまうぐらい素敵だった。





「本田さん……」



「は、はいっ」





気づけば周りには誰もいなかった。

ここはきっと、公開されている時期ならばデートスポットとして有名に違いない。

そんな場所で雪の降る夜に二人っきり。そして今日は――





「誕生日、おめでとうございます」



「…………ッ!!」

まるで夢みたいなことだった。

大好きな人――それも堅物な上に乙女心が分からない朴念仁が、わざわざここまでしてくれるだなんて。

これって、私が本命だと受け取っていいのかな!



だって私を見る目が、しまむーやしぶりんの時と同じで、他のアイドルを見る時と何かが違うもん!



そっか……私もプロデューサーにとって特別な存在だったんだ。

そういえば私、仲の良い男子が自分のこと四年間も好きだったのに気づけなかったんだ。

プロデューサーのこと鈍感だって笑えないな。

あ、でも鈍感同士のカップルって苦労が多いかもしんないけど相性も良いよね、エヘヘ。





「本田さんに渡したいものがあります」





プロデューサーがカバンの中に手を伸ばす。

まさか……婚約指輪!





「プ、プロデューサー……!」





そんなに私のこと好きだったなんて……これまで気づかなくてごめん、本当に嬉しいよ。

私、まだ十五歳だけど……うん、婚約ならきっとできるよね。

お父さんもお母さんも、プロデューサーなら文句なしで認めてくれるよ。





「どうぞ本田さん。受け取ってください」



「はい! 幸せにして……………………………………んん?」





でかかった。



プロデューサーがカバンから取り出した箱は指輪が入っているような小箱ではなかった。

プレゼントとしては別におかしくないけど、25センチぐらいの直方体の箱である。

指輪が何百個も入るし、巨人族の指輪でもOKなサイズだ。





「ヘッドフォンを用意しました。音楽を聴くのに使ってもらえたら嬉しいです」





ヘッドフォン……?

ヘッドフォンと言えば――――











『多分今日中にわかるよ。送っていはいるけど届いていないってところかな?』

※ ※ ※







「どういうことだこのにわかロッカー!!!」



『〜〜〜〜〜っっっ』





あれから家に帰ってまずしたことは、リーナに電話で怒鳴ることだ。

しかしリーナはよほど面白いのか、電話の向こう側なのにお腹を押さえて声が出ないぐらい笑い転げているのが手に取るように分かる。





『い、いやゲホッゲホッ、何でそんなに怒ってんのかなぁアハッハハハ。私のおかげでプロデューサーとデートププッ……できたんでしょ?』



「くっ……」





ようするにこういうことだ。

プロデューサーは私の誕生日プレゼントを何にするか迷っていたところを李衣菜が見かけ、相談にのっていたところを私に見つかって「あ、ヤバ」と言ったのだ。



ロマンチックな雰囲気でプレゼントを渡してくれたのもリーナのアドバイスで、私へのプレゼント目的が半分、残り半分はイタズラといったところか。

たとえイタズラがあったとしても、プレゼントであることには違いない。プロデューサーにその気はなかっただろうけど、今日は記念すべき初デートの日だ。

だから本気で怒れない。照れ隠しで怒鳴るのが関の山。





「くそっ。今日のところはこのぐらいにしといてやらぁ!」



「え〜!! 何があったのか聞かせてよ。例えばプレゼントを渡される直前まで、未央ちゃんが何を考えてたのかさ?」



「シャラップ!」





通話を打ち切る。おのれあのにわかめ。また間違ったロック知識を植えつけてやる。取りあえずビートルズのジャン・レノって最高だよねって言ってやるか。





「それにしても……」

ベットに寝転がって、プロデューサーが私見る目を思い出す。

しまむーには信仰を。しぶりんには信頼を。じゃあ私を見る時に、プロデューサーは何を想っていたんだろうか?





「うげ」





思いついた答えは、ついうめいてしまうものだった。





















――手のかかる子ほど可愛い。



特別扱いになったことを喜ぶべきなのか、恋の対象となるにはベクトルが違うことを嘆くべきなのか。











〜おしまい〜



20:30│本田未央 
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