2016年01月29日

川島瑞樹「温泉旅行」


十年後です。













SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1452697470





千葉県で最古の温泉として語り伝えられている名湯。







「はぁ……気持ち良いわねぇ……」



「そうですねぇ……」







旅番組で訪れた南房総の温泉宿。



撮影が終わり、スタッフはそのまま撤収。



番組の計らいで、出演者である夫婦は、その温泉宿に宿泊する事となった。













──二人の出会いは10年前。







川島瑞樹は地方局のアナウンサーからアイドルに転向した。



28歳という遅いデビューではあったが、瞬く間に人気を博し、トップアイドルとなっていった。



それを支えたのが瑞樹の夫であり、当時、彼女の担当でもあったプロデューサーである。







そんな二人は、いつしか惹かれ合い結婚。



……どちらかと言えば瑞樹の積極的なアプローチもあってだが。



時に喧嘩をする事もあるが、現在でも仲睦まじく過ごしている。











「今日はお疲れ様でした」



「ふふっ、あなたもお疲れ様」







二人は宿自慢の貸し切り露天風呂で、撮影の疲れを癒していた。







「南房総は、あの源頼朝が英気を養ったと呼ばれている場所なんですよ」



「へぇ。詳しいじゃない」



「そりゃ、生まれ故郷ですからね」



「……というか、いつまで敬語なの?」



「いやぁ、子供の前じゃないとつい癖で……ははっ」







入籍から1年後、二人は子宝に恵まれ、今では8歳になる娘がいる。



今は撮影の為に、Pの実家である近くの祖父母の元へ預けられていた。











「でも大丈夫かな……いい子にしているかな……」







娘の事が気になるのか、心配そうに言う。







「はぁ……本人に親バカねぇ。私に似てしっかりしているから大丈夫よ」







呆れた表情で呟く。







「え? 俺は?」



「あなたは昔から、仕事以外はちょっと頼りない所があるのよね」







敏腕プロデューサーと呼ばれた彼も、プライベートでは優柔不断な所があるらしい。







「ははっ……」







これには、思わず苦笑いするしか無かった。



それにつられて、瑞樹もクスっと笑う。







「さて、のぼせちゃう前に上がりましょう」











──







「気持ち良かったわねぇ」







二人は部屋に戻り、木製の座椅子にもたれかかりながら、一息つく。



い草の香りが心地よい。







そこでふと、瑞樹は自身に向けられた視線に気付く。







「なぁに? ずっとこっちを見て」







視線の先では、夫がこちらを見つめていた。改めて瑞樹に見惚れていたのだ。



彼女が当時から続けているアンチエイジングのお陰なのか、当時とほぼ変わらない美貌を保ち続けていた。



更に湯あがり美人とでも言うのだろうか。なんとも言えない色気を醸し出していた。







「いやぁ……」



「惚れ直したのかしら?」



「な!?」







図星を突かれ慌てる。







「ふふっ、ありがとう♪ 自分磨きを続けてきた甲斐があったわ。でもそういうのは、直接言って貰うのが嬉しいものなのよ?」







Pは敵わないなぁ、と小声で呟いた。











──







「さて、今日はパーッといきましょう! この辺りはご飯が美味しから、お酒が進んじゃうのよね♪」







夫の地元であるせいか、何度か飲む機会があった。



義理の父も無類の酒好きの為、よく飲み交わしたものだ。







「程々にしてくださいよ」



「わかってるわよ」







少しむくれながら、お猪口に酒を注ぐ。







「それじゃあ、乾杯」



「乾杯」







ちんっ、とお猪口が鳴り、ちびりちびりと風呂上がりの喉を潤していった。











──







「実は私、なめろうが郷土料理って知らなかったのよ」



「今や、どこの居酒屋でもありますからね。それを焼いた『さんが焼き』というのもありますよ?」



「是非食べてみたいわね! ──それにしても料理もお酒も本当に美味しいっ!」



「あっ、料理で思い出したんですけど、さっき神社で何をお願いしたんですか?」







先程、撮影で訪れた料理の神様を祀っているという、由緒ある神社だ。







「うーん、これからもあなた達に美味しいご飯を作ってあげたいから、その事についてよ」



「瑞樹さんのご飯は、いつも美味しいですよ。家事も完璧だし」



「何よ急に……でも嬉しいわ」



「いや、こういうのは直接言った方がいいって言ってたじゃないですか」



「改めて言われると……その、ちょっと恥ずかしいのよ」







お酒のせいなのか、言葉のせいなのか、手のひらでパタパタと顔を仰いだ。











──







「明日は実家に顔出して、子供を迎えてと。──その後どうしましょうか?」



「やっぱり新鮮なお魚を買って帰りたいわね」



「そうですね。あとはあの子を色々連れて行ってやりたいなぁ。あっ、城とか行ったら喜んでくれるかな!」



「…………」



「あれ? どうしたんですか?」







少しふくれて、瑞樹が呟く。







「せっかく今は二人きりなのに、子供の事ばっかり……ちょっと妬けちゃうわ」



「瑞樹さん……」



「なーんて、子供に嫉妬しても仕方ないわよね! 気を取り直して飲みましょ!」











「すみません」



「もう、なんで謝るのよ。あなたがちゃんと私達を大事にしてくれているって、わかってるわよ」



「そりゃもちろん! でも今日は瑞樹さんの事だけを考えます」



「そこまで言うなら、お言葉に甘えちゃうわよ? 」











──







「あら? もう飲まないの?」



「いやぁ、俺がテレビに映る側なんて考えられない事だったんで、疲れちゃって」



「気持ちはわかるわ。うーん、そうねぇ……なら、お姉さんが膝枕してあげましょうか?」



「それじゃあ、遠慮無く。──よいしょっと」







立ち上がり、瑞樹の横へ移動する。



そのまま頭を膝に預ける。何処と無く石鹸の良い香りがした。







「ふふっ、子供みたいね」







軽く頭を撫でながら瑞樹が呟く。







「男はいつだって童心を忘れないものなんですよ」



「それなら私だってまだまだオンナノコよ? キャピッ☆」



「…………」



「……何か言いなさいよ」











──







「ねぇ」







問い掛けたが、返事が無い。







「あら、寝ちゃったのかしら?」















……あのね、P君には本当に感謝してるのよ?







みんなに色々伝えられると思ってアナウンサーになったけど、何か違って……



それで何もかもが嫌になって、局を辞めた。



そんな時にアイドルにならないか? なんてスカウトしてくれて。







最初はどうなるかと思ったけど、想像以上にアイドルのお仕事は楽しくて。



もちろんつらい事もあったけど、事務所の皆や、あなたが支えてくれた。



多分あなたとじゃなかったら、あそこまで輝けなかったと思うの。







それに──私を選んでくれた。



私を、あなただけのアイドルにしてくれた。



……あんなに若くて魅力的な子が沢山いるのにね。



本当に嬉しかったわ。







なんてね──少し私も酔っちゃったかしら?















「瑞樹……」







寝言かしら?



ふふっ……これからもあなたの為に最高の私でいるわ。













だから、これからもよろしくね?













終わり











17:30│川島瑞樹 
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