2016年02月27日

神谷奈緒「それぞれの幸せ」

アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。



時間軸は

神谷奈緒「あたしの幸せ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455882302/





の次です。



SSRは存在していないので、もう気にしていません。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1456106281



「うー……」



 緊張する。ものすごく緊張する。家を出た時から動悸が激しくて、口から心臓が飛び出そうだ。



 あたしがアイドルを辞めた翌日、オフのPさんに会うためにPさんの自宅に向かっている。



「うへへ……」



 Pさんに会えると思うと口元が緩んでにやけてしまう。でも、初めてPさんの家に行くと思うと心臓が爆発しそうでひどく苦しくなる。



「変、じゃないよな……?」



 エレベーターの中にある大きな鏡で自分の姿をチェックする。自分で言うのもなんだが、その、結構、可愛い……よな?



 アイドルを辞めたからと言ってすぐに元通りの生活に戻れるわけではない。もちろん、あたしの事を知っている人はまだたくさん居るし、一応シンデレラガールになったから変装せずに出歩けば人だかりができてしまう。



 そのため、帽子と眼鏡は必須。あたしは髪の毛が多いから無理やりまとめて帽子につっこんできた。



「そろそろ取ってもばれないよな……うん」



 Pさんの前で帽子を取って、髪の毛がとんでもない事になっていてはまずい。だから今のうちに出来る限り整えておかないと。





「うふっ……」



 Pさん、可愛いって言ってくれるかな……。あたしにしては珍しく可愛い系の服だし。ひらひらしててふんわりとガーリーな感じ。可愛いって言ってくれると良いけどな。



 ドキドキしながらPさんの家の前に立つ。このインターホンを押せばあとはPさんに会うだけ。



 興奮し過ぎてちょっと震える指でインターホンを押す。ピンポーン、という良くありがちな音の後に、ここで聞こえるはずのない声が聞こえた。



『はーい?』



「ん?」



 ドアが開く。あたしの予定ではPさんが出迎えてくれて、ちょっと恥ずかしいけどせっかくだから恋人らしく抱き着いてみようと思ってた。でも、そんなあたしの計画はあっという間に崩れ去った。出てきたのは先ほどの声の主。本来Pさんの家で聞こえちゃいけないはずの声の持ち主だった。



「どちら様? って、奈緒?」



「か、加蓮!? どうしてPさんの家に居るんだ!?」



 出迎えてくれたのはあたしの愛するPさんではなく、アイドルの時のユニットメンバーの一人、北条加蓮だった。





「加蓮? 誰か来たの?」



 しかも、あたしに追い打ちをかけるかの如く、奥からもう一人のユニットメンバー、渋谷凛が顔を覗かせていた。



「凛まで!? お前らなんでここに居るんだよ!」



 あたしが訳が分からなくて混乱していると、加蓮はとりあえず入ってよと、まるで自分の家のように招き入れてくれた。



 あたしが納得いかないまま部屋に上がり込むと、そこには見たくなかった光景が広がっていた。



「P……さん……」



 何故か椅子に縛り付けられ、口に猿轡をされ、動くことも話す事も出来なくなった、青白い顔のPさんがそこには居た。



「ああ、これ? ちょっとプロデューサーに聞きたい事があって」



 あたしの右側に凛が立つ。あたしより背が高い凛がすぐ隣に来ると圧迫感を感じる。……背の高さだけじゃない圧迫感も感じる気がするが、気のせいだろう。



「そーそー。でも、なかなか答えてくれないから、ちょっとね」



 凛の言葉に補足しながら左側には加蓮が立つ。あたしより背が高いとは言え、ほんの少し高いだけなので、圧迫感を感じるわけはない。普段ならば。そう、普段ならば。何故か今は右側の凛と同じくらいの圧迫感を感じてしまう。





「へ、へー……お前らも大変なんだな……」



 ここに居てはまずい。あたしの直観がそう告げる。Pさんが目で助けを求めているが、今はあたしの保身の方が大事なんだ。ごめん、Pさん。



「じゃ、じゃあ、忙しそうだし、あたし帰るよ」



 踵を返し、玄関に向かおうとしたのだが、二人に両腕をがっしりと掴まれる。



「なんで? 来たばかりでしょ? ゆっくりしていけば?」



「そうだよ。この部屋、奈緒の好きそうなアニメもあるよ」



 凛と加蓮の顔を、首を左右に振って何度か見る。凛はクールな感じの無表情。加蓮はすごく笑ってるんだけど、目が笑ってない。あと、二人の背中に何かオーラみたいなものが見える気がする。



「い、いや? 邪魔するのも悪いだろ? お前らここに居るって事は今日オフだろ? 貴重なオフを潰すのは悪いって」



 ここから逃げおおせるためにとりあえずなんでも良いから言ってみる。もしかしたら見逃してもらえるかもしれない。





「そうだね。私達はオフだよ。奈緒と一緒にトライアドプリムスとして最後のステージに立ったからね」



「奈緒はあのステージでアイドル引退したけど、私達まだアイドルだからね。休みの日でももっと上に行く為に研究は欠かせないよ」



「へ、へぇー、さすがは勉強熱心だなぁ、それじゃあますます邪魔するわけにはいかないよ」



 Pさんが再度救援を求める視線を送ってくる。でも、Pさん以上にやばいのはあたしだ。なりふり構ってなんていられない。



「うん。じゃあ、奈緒も手伝ってくれるよね?」



「へ?」



 凛のセリフに間抜けな声が出る。やばいぞ……! ここで逃げ出さなければ、もう死ぬしかない……!



「だって、奈緒が言うように私達は勉強熱心だから。反省会は必須だよ」



 凛と加蓮の腕に力が入る。くそっ……ここまでか……!



「「じゃあ、どういうことか聞かせてもらおうか」」



 二人の圧倒的なまでのプレッシャーに負けたあたしは力なく、はいと言うしかなかった。







「で? 一昨日から付き合ってるんだ?」



「昨日は奈緒の引退のためのステージだったのに? へー? そうなんだー」



 経緯を一から説明させられ、あたしは顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。余裕がなくてふたりの方を見れなかったから、しばらくは良かった。でも、ちらっと二人の方を見たら、あたしの顔色は赤から青に変化した。



「はい……そうです……」



 力なく返事するあたしの頬に凛が手を添える。な、なんだ? 殴られるのか……?



「今、幸せ?」



 予想外な質問にびっくりしてしまったが、その質問には答えは一つしかない。



「もちろん、幸せだ!」



 軽く立ち上がりながら大きな声で宣言する。今、あたしは最高に幸せなのに違いはない。



「誰が立って良いって言ったの? 奈緒、せ・い・ざ♪」



「あ、はい」



 どうやら、許してもらえたわけではなかったようだ。同じように隣で正座させられているPさんも猿轡は外してもらえたものの、相変わらず手は縛られている。





「じゃあ、次は私から質問するね」



「お、おう?」



 ひたすら笑顔の加蓮が怖い。笑顔ってここまで人の恐怖をあおるんだな……。



「どうして教えてくれなかったのかなー?」



「いや、だって、その……は、恥ずかしいし……」



 いつかは言うつもりだった。だけど、もうちょっと覚悟が出来てからにするつもりだった。



「ふーん……恥ずかしいってだけで隠し事するんだ、へー……」



「あの……加蓮……?」



 さっきまでの笑顔が消え、今度は無表情になる。美人の無表情ってホントに怖えぇ……。



「誰も立って良いなんて言ってないけど」



「あ、はい」



 加蓮に近寄ろうとしたところを凛に制され、再び正座の姿勢に戻る。





「じゃあ次はプロデューサーに質問するから、奈緒はステイ」



 犬のような扱いをされている気がしないでもないが、今、この二人に逆らうのは死を意味する気がする。



「ねぇ、Pさん」



「は、はい!」



 加蓮に名前を呼ばれたPさんがびくびくしながら返事をする。だろ? 怖いだろ!?



「アイドルとは付き合えないんじゃなかったの?」



「あの……そのですね……これには深いわけが……」



 Pさんの目が泳ぎまくっている。なんだ……?



「私が告白した時、そうやって断ったよね」



 再び笑顔に戻った加蓮が衝撃の事実を口にする。告白って……加蓮が!?



 驚いて、軽く立ち上がりそうになったところを再度凛に制される。





「あの……ですね……、あの時の奈緒は自宅の敷地に居たので……アイドルではなくて、ただの奈緒でして……」



 良い大人の男が、年下の小娘相手に怯えながら弁明する様は傍から見ればさぞ滑稽だろう。



「ふーん……。プライベートな敷地だったら良いんだ。へー……」



「いえ……あの、そういうわけではなくて……」



 加蓮が何か言うたびにPさんの背中が小さく丸まっていく。さぞ恐ろしいのだろう。



「そうだよね。私が告白したのうちの店の中だったし」



 今日何度目かの衝撃の発言。まさか凛までPさんに告白してたのか!?



「奈緒」



「あ、はい」



 無意識に立ち上がろうとしていたのだろう。今度は加蓮の冷たい声に制される。





「そう……でしたっけ……?」



 Pさんが精いっぱいの作り笑いを浮かべている。その作り笑いを見た凛の周囲の気温が一気に下がった気がする。



「私の時も、アイドルの渋谷凛じゃなく、花屋の娘の渋谷凛として、って言ったはずなんだけど」



 凄い勢いでPさんが目を逸らす。もちろん、凛が逃がすわけなく、顎を持って無理やり正面を向かす。



「正直に答えて。今、もう一度告白したら付き合ってくれるの?」



「な!?」



 凛の言葉にあたしは二の句が継げなくなる。不安そうな顔でPさんを見ると、PさんはPさんで困り顔のまま停止していた。





「あ、じゃあ私も告白する。ねぇ、Pさん。もう一度、告白やり直そうよ」



「だ、ダメだ! Pさんはあたしと付き合ってるんだ!」



「「奈緒は黙ってて!!」」



 二人に凄まれるが、ここで引くわけにはいかない。やっと想いが通じたんだから。あたしの幸せのためにわがままになるのは仕方がない。





「黙ってられるか! 黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! ふざけんな!」



 声が荒くなる。Pさんを物みたいに扱うのはなんか嫌だけど、Pさんはあたしの物だ!



「わかった。じゃあ奈緒も告白すればいいじゃん」



「そうだね。今度は三人同時に告白しよう。で、プロデューサーに選んでもらう」



「え……」



 二人の提案に困惑する。選んでもらうって……。



「あ、もちろん、加蓮も私もアイドル引退するよ。だから奈緒と同じ立場。アイドルだからって言い訳は無し」



 急に不安になる。もし、Pさんがアイドルじゃなくなるからって理由だけであたしに告白したんだとしたら、凛と加蓮もアイドルじゃなくなったらあたしに勝ち目はなくなるんじゃないか?



「奈緒もそれでいいよね?」



 加蓮が有無を言わさぬ様子で尋ねてくる。



「……おう」







「初めて、プロデューサーにスカウトされて、一番長く一緒にやってきたよね。ありがとう。最初はただのパートナーって感じだったけど、今は違う。あなたと一緒に居たい。ううん。Pさんだからずっと一緒に居たい。だから、私と付き合ってください」



「初めて会った時は生意気だったよね。ごめんなさい。でも、あの頃の私は何も楽しい事がなくて、すごくつまんなかった。でも、Pさんが私を見つけてくれて、Pさんが私に色々楽しい事を教えてくれたんだよ。ありがとう。大好きです。付き合ってください。お願いします」



 二人の告白を聞く。すごく真剣で、本気なのが伝わってくる。それに比べてあたしは……。



「どうしたの? 次は奈緒だよ」



 凛があたしを急かす。……でも言葉が出てこない。



「……っ」



 目から涙がぽろぽろと零れる。泣くつもりはないのだが、止められない。



「あ、あたしは……」



 溢れ出る涙があたしの言葉を遮る。この言葉だけは言ってはいけないと神様があたしを止めているのかもしれない。



 凛と加蓮は相変わらず無表情のままこちらを冷たい視線で見ている。





「ううっ……ひっく……、あ、あたしは……お前らに……きら、われたくない……」



 しゃくりあげながら心の内を吐露する。あたしは凛と加蓮に嫌われたくない。これは紛れもない本心なのだ。



「でも……! 例え凛と加蓮に嫌われても……うぇっ……くっ」



 そう、例え凛と加蓮に嫌われても、いや、あたしが事務所の全員から、世界中の人に嫌われたとしても。



「Pさんが好きなんだよぉ! Pさんが好きで好きでどうしようもないんだっ!」



 ありったけの力を込めて叫ぶ。恥ずかしいとか恥ずかしくないじゃない。あたしの思うまま、感じるままの言葉を今、外に出してあげないと後悔するだけだ!



「お前らな! ふざけるなよ! あたしのPさんだ! 例え親友だからって譲ったりしないぞ! Pさんはあたしだけのものだ!」



 はぁはぁ、と肩で息をする。身体中が熱い。まるでステージの上にいるみたいだ。



「……ふーん」



「そっか」



 凛と加蓮の冷たい声に身体が震える。でも、今更退きはしない。凛と加蓮が敵になろうが、今のあたしを止めることは出来ない。





 あたしが二人を睨み付けながら威嚇していると、いつの間にか近寄ってきていたPさんが突然、あたしの事をぎゅっと抱きしめた。



「え、ちょっ……Pさん?」



 驚いてしまい、Pさんの胸の中でPさんの顔を見上げながら問いかける。



「凛、加蓮。ありがとな。でも、ごめん」



 あたしを抱きしめたまま、Pさんは凛と加蓮に感謝と謝罪をした。



「俺は、一目見たときからずっと奈緒が好きだった。アイドルだからって奈緒への気持ちを誤魔化してたけど、もう限界だったんだ」



「Pさん……」



 抱きしめられながらPさんの言葉を聞く。



「二人に告白された時、変な風に断った俺が悪い。だから、今度はちゃんと、俺自身の言葉で俺の想いを伝える」



 凛と加蓮がどういう顔をしているのか、Pさんに抱きしめられたままのあたしには分からない。





「俺は、奈緒が好きだ。奈緒だけが、俺の好きな、愛している人なんだ。だから、二人の気持ちには応えられない。俺の目には奈緒しか映らないんだ」



 そう言った後、Pさんはあたしを抱きしめるのをやめ、顔を右手で掴む。



「え?」



 あたしが間抜けな声を出したと同時に、それ以上は何も言わせてもらえなかった。



「むぐぅっ!?」



 キス、された。あたしのファーストキス。



「な、なななにすんだよ!」



 Pさんを突き飛ばす。急にキスするなんて馬鹿じゃねーのか!



「はぁ……」



 後ろからため息が聞こえる。……あまりの衝撃に忘れていたけど、そういえば凛と加蓮が居たんだった。





 恐る恐る振り返ると、さっきまでの無表情ではなく、柔らかい笑顔でこちらを見ている二人が居た。



「奈緒には勝てないね」



「ね、私達も頑張ったんだけどなー」



 二人でくすくすと笑い合いながら、あたしに近寄ってくる。



「奈緒」



「お、おう?」



 さっきまでとは雰囲気が違うとは言え、思わず身構えてしまう。



「幸せにね」



 ……シンプルだけど心の籠った、祝福の言葉。あたしが二人に言ってほしかった言葉。



「Pさん」



「なんだ?」



 凛と加蓮はあたしをからかう時のようなイタズラっぽい笑顔を浮かべながらPさんに釘を刺す。



「私達のお姉ちゃんを絶対に幸せにしてあげてね」



「からかうのも良いけど、あんまり泣かせたら駄目だよ。もし、奈緒に酷い事したら私たちがプロデューサーを始末するから」



 じゃあ帰るよ、と言いたい事だけを言って、二人は何事もなかったかのように帰っていった。





「怖い義妹だな……」



 なんか字がおかしいと思うが、否定はしない。



「なんたってあたしの自慢の妹だからな」



 胸を張ってあたしの可愛い二人の妹を自慢する。こんなによく出来た妹を持ててあたしは本当に幸せだ。



「奈緒」



 Pさんが真剣な声音であたしを呼ぶ。



「改めて言う。俺は奈緒が好きだ。もう絶対に離さないからな」



「あたしもだよ、Pさん。大好き」



 二人の妹に恥ずかしくないように、あたしはもっともっと幸せになるんだ。Pさんと一緒に、ずっとずっと幸せに。



End





12:30│神谷奈緒 
相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: