2016年03月07日
渋谷凛「片想い」
もしもし。私だけど。
うん。別に変わりないよ。
そっちは?
そっか。
えっ、何か話して?
無茶ぶりするなぁ。
うーん。じゃあ、私の片想いの話とか。
どう?したことないでしょ。
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私には二回だけ片想いの経験があるんだ。
一回目は...ひみつ。
二回目なら教えてあげてもいいかな。
うん。じゃあ今から話すのは私の二回目の片想いの話。
恥ずかしいから誰にも言っちゃダメだからね?
私が二回目の片想いをしたのは初めてCDを出したとき。
CDデビューって言うのかな。そんな感じ。
彼にはその最初のCDのジャケット撮影の時に出会ったんだ。
そろそろ誰か教えてって?
うん。いいよ、私の片想いの相手はね。
ベースなんだ。
そう、弦が四本あって重低音でバンドを支える。あのベース。
何?びっくりした?
ふふっ。でも本当に一目惚れだったんだ。
赤いからだがぴかぴかしててさ、どうしても欲しくなっちゃったわけ。
音楽の知識なんてなんにもないのにね。
この子を買い取れないかな、なんて軽い気持ちで値段を調べたらデビューしたての私には手が出そうにない値段でさ。
でも諦めきれなかったから私はそこで決めたんだ。
私が有名になったらこの子を一番に迎えに行こう!ってね。
それからはあの子のことをずーっと考えてた。
どれだけお仕事が忙しくなってもあの子のことを忘れたことはないんじゃないかな。
なんて言うのかな。それくらい私の中で大きな存在になってたんだ。
心の支えというか、目標みたいな感じ。
そうして私が自分で納得できるくらい有名になったある日、あの子を迎えに行ったんだ。
それはいつかって?私がガラスの靴をもらった日だよ。
シンデレラガール、アイドル界で一年に一人しかなれないお姫様。
この称号をつけた私ならあの子を迎えに行くのに相応しいと思ったんだ。
お金だってあのときと比べたらたくさんもらえるようになった。
けどあの子の具体的な値段は分からなかった。
だからコンビニのATMで今まで持ち歩いたこともないようなお金を引き出してCDデビューの時に撮影したスタジオに向かったんだ。
背中には空っぽのベースケース。
肩にはバッグ。
完璧な装備でしょ?
そんな幸福の真っ只中にいた私なんだけど、その後すぐに絶望に叩き落されることになるんだ。
理由は単純。
もうスタジオにはベースはなかったんだ。
ショックだった。
それはもう、本当に。
その時の私がどんな顔をしていたかは分からないけど、たぶん酷い顔だったと思う。
こればかりはもうどうしようもない。
泣いても喚いてもあの子に会えるわけでもないし、とぼとぼと家に帰ったのを覚えてる。
家に着き、普段はまだ営業中のはずのシャッターは下りていて
どうしたんだろう。と思って家に入るとお父さんとお母さんからクラッカー共に「おめでとう」を浴びせられた。
もちろん、ハナコもお迎えしてくれてたよ。
家のダイニングテーブルはお母さんのたくさんの料理に彩られていて
どれもおいしそうだったからちょっとだけ悲しい気持ちが吹き飛んだ...気がする。
私が席に座ると家族揃ってのお祝いが始まったんだ。
それから何分かしてインターホンが鳴ってさ。
宅急便だった。
大きい箱にワレモノ注意とだけシールが貼ってあって差出人の欄は空欄。
お父さんにリビングに運んでもらって恐る恐る開けると中から出てきたのは...。
何だったと思う?
そう、正解。あの子。
赤いぴかぴかのからだにぴんっと張った四本の弦。
こうして私はベースと再会を果たしたんだ。
誰が送ってくれたのかって?
さぁ、誰だろうね。ジャケットの写真を見たファンの人とかかな。
誰かは分からないけどすごく嬉しかったよ。
これが私の二回目の片思いの話。
えっ?
だから一回目は秘密だってば。
話してたら遅くなっちゃったね。
もう。出張から帰ってきたらいくらでも話せるでしょ?
そのときに弾いて聞かせてあげるから、ね。
じゃあ電話切るからね。
うん。おやすみ。
「ホントは誰がくれたか知ってるんだけどね」
ツーツーという電子音だけを吐く受話器に向かってそう呟く。
「あの時から変わらず大好きだよ。私の一回目」
「こんなこと言うと調子乗るから言ってあげないけど」
おわり
20:30│渋谷凛