2016年03月30日

塩見周子「ひとつと言わずもうひとつ」


モバマスssです。



地の文あり。







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あたしのPさんは仕事を二つ持ってくる。



ちょっと興味があるやつとそうでもないやつ。



そりゃあ、どっちか? って聞かれたら興味があるやつを選ぶ訳で……



Pさんもそっちを選ぶってわかってるから、残ったやつは他のプロデューサーさん達にまわしたりしている。



だからシューコちゃんのプロデューサーはなんだかんだ、できる人だし人気だってある。

「ハァ……結局のろけぇ?」



事務所のラウンジで、テイクアウトで買ってきたポテトやハンバーガーを並べて、テーブルの向こうで加蓮ちゃんが、けだるそーに、ぼやく。



全く……今の話を聞いてそれかい。



もうちょっとなんかあるでしょ。



「うーんと。無いね」



でしょうね。



「でも、周子がプロデューサーさんの事を好きだって気持ちはなんか……こう、良いと思うよ」



アイドルとしてどうなのかって話は置いといて。と加蓮ちゃんは付け加える。



隠してるつもりも無いけどひけらかすつもりもない、そんなあたしの気持ちだけど、こうも真っ向から言われてしまうと少しだけ恥ずかしい。





「じゃあさ、加蓮ちゃんは自分のプロデューサーについてどう思ってるの?」



話題を変えるつもりで全く変わってない気もするけどまぁいいか。



「私は別に……そんなのは無いけど……」



「けど? 何さ何さ。続きがあるんだよね?」



「煽らないでよ、周子のせっかち」



「せっかちだなんてそんな……照れてまうわ」



頬に手を当ててイヤンイヤンと体をくねらせてたけど、加蓮ちゃんが乗って来ない所か、冷たい目で見られてしまったので慌ててやめる。



コホンと一つ咳ばらいをしてから加蓮ちゃんに続けるように促す。



あたしも真面目モードに切り替える。うん。まじめまじめシューコちゃんはマジ真面目。



「大切な人だとは思ってるよ、私を……アイドル、北条加蓮を育ててくれた人だから」



じっとあたしの事をまっすぐ見据えながらしっかりと、はっきりと続ける。



「恩返しって訳じゃないけど、それでも、もっと一緒に進みたいって思うんだ」



加蓮ちゃんの視線があたしの頭を突き抜けて、どこかもっと、もっと遠くを見つめて居るようで……



「……ってなに真面目に語ってるんだろ私」



パタパタと手で顔を仰ぎながら。でもどこか誇らしそうな顔で加蓮ちゃんはあっついあっついって照れ隠しをする。



加蓮ちゃんはいつだってこうだ、クールを装っておいて水面下では……こころの中では誰よりもメラメラと燃えてる。



それに火を点けたのは加蓮ちゃんのプロデューサーなんだって改めて認識出来た。



レッスンだって、最近はもうあたしと同じメニューをこなせるようになってきて、あたしはそれが「悔しい」っていうていで突っ掛かり、賭けをする。



加蓮ちゃんが最後までレッスンをついて来れるか来れないかを、お昼ご飯を賭けて。



勿論、加蓮ちゃんは自分がついて来れるほうに賭けて、あたしはついて来れないほうで。



おかげで、いつもこうやって楽しくお昼を過ごせる。



「そんな良いお話をしてくれた加蓮ちゃんにはこのナゲットをあげよう」



加蓮ちゃんが良いの? という顔をしてる。



いつもあたしの奢りだし、なにより賭けに負けてしまったんだし気にしないで良いのに。



あたしの考えを察してくれたのか、加蓮ちゃんはいただきますと一言、そう言ってからひょいとつまむ。



「いやいや、ひとつと言わずもうひとつ」



「今日の周子はやけに気前が良いんだね」



「あたしだってちょっと前は和菓子屋の看板娘よ? サービスは客商売の基本だって」



なるほど。と納得してから加蓮ちゃんはナゲットをもうひとつひょいとつまむ。



良い食べっぷりであたしも満足。



それから、莉嘉ちゃんのプロデューサーさんがもうすぐこっちへ帰ってくる話とか、朋ちゃんがまたパワースポット巡りに出かけて三日間帰ってこなかった話なんかをしていて、加蓮ちゃんがプロデューサーさんから電話で呼び出されたタイミングでこの会はお開きになった。



さて、あたしもどこかへ、フラフラとお出掛けでもしようかしらん。



ぼんやりフラフラと歩いていると後ろからあたしを呼び止める声。



振り返ってみるとニコニコしながら肇ちゃんがパタパタと走って来ていた。



「おや? 肇ちゃんだ! こんにちはー」



「はい。こんにちは。これからお仕事ですか?」



「いやーそれが暇で暇で」



ちょうど良かったです。となにやらごそごそしながら、肇ちゃんはあたしにスカーフを手渡し……



「ノルウェーにお仕事で行ってきましたので、そのお土産です」



綺麗な色だねと褒めるとノルウェーの民族衣装にも使われてる伝統柄みたいなんです。って返ってきて。



なるほど、肇ちゃんらしいチョイスだって妙に納得してしまった。



少しベンチに座って向こうでのオーロラの話や、パンの話や幸子ちゃんのどたばた、麗奈ちゃんのイタズラ、パンの話なんかを聞いたりしてた。



「オーロラ。実家の家族にも見せてあげたかったです」



そうだろうなって思う。



アイドルになりたいって強い決意を持っても彼女はまだ16歳だ。



「肇ちゃんはここに居て、寂しいとか思ったりしないの?」



「最初は少しだけ……」



「今は?」



「ここにはプロデューサーさんも、周子さんも、皆さんが居るって分かりましたから、だから寂しくは……」



フワッとした空気を含むような、そんな暖かい笑顔で彼女は笑う。



あーもう可愛すぎか!



あたしはその場で肇ちゃんをぎゅっって抱きしめる。



鎖骨の辺りでムグッとうめき声が聞こえたけど気にしない。



もうひとつおまけに頭をワシャワシャと撫でる。めっちゃ良い匂いがする。



あまりに撫ですぎて肇ちゃんがぐったりしてしまったので慌てて肇ちゃんのプロデューサーを呼び出し、その大きな手と身体で肇ちゃんを担ぎ上げ、誘拐……もとい運び出してもらっていった。



実家、家族この二つはあたし自身も思うところは、ある。



あたしは肇ちゃんと違って飛び出してきた訳じゃない。



むしろ追い出された方だし。



そこでPさんに拾われて、加蓮ちゃんと同じだ、アイドルとして育ててもらって今のあたしが居る。



お母さんとは密かに連絡をとってたりしてたけど、お父さんにはきっともう会わないだろうなって思ってた。



昨日、珍しく実家から電話がきてた。



不思議に思って出てみると男の人からで、それがお父さんの声だって気づくのに少しだけ時間がかかってしまった。



そっちはどうだ? とかそんな当たり障りのないことだけ、目的が見えなくて問いただしても、特に何も無いの一点張り。



最後に一言。



「いつでも帰ってきてもいい」



それだけ、それだけを言い残して電話が切れた。



この手の問題は深く考えるだけ面倒だなって気がするから、まぁそういう気分だったんだろうなって思うことにした。



気づいたらあたしはいつの間にかPさんの所へ来ていた。



「お、周子じゃないか! どうしたんだこんなところで」



「暇だからPさんの所へ遊びに来ました」



「遊びにって……俺、仕事があるんだけど」



「良いよ。Pさんが仕事してる傍でなにかやってるから」



「何かってなんだよ」



うーんと。そのなにかってのはあんまり決まってなかったよね。



どうしようか。



「まぁ良いや、とりあえず中に入りなよ」



「お邪魔しまーす」



ただいまなのかお邪魔しますなのか、ちょっとだけ悩んだけど招かれたからお邪魔します。で。



実際にお仕事の邪魔をしちゃった訳だし。



「そういえばなんだが、この前周子が選んだ方の仕事の事だけど……」



選んだってPさんは言うけど、どちらかと言えば選ばせられたって方が合ってるよなぁなんて。



ちなみに、あたしが選ばなかった方のライブでのお仕事は加蓮ちゃんがきっちりこなしてくれました。



「雑誌のインタビューだっけ? 日時が決まったの?」



これ。と言われながら渡された紙に日時とインタビューの内容。



まぁ、いつも通りって感じだね。



「ちなみにおやつは……」



「もちろん300円までだ」



「持ち込みの場合は?」



「寮から、または、事務所から持ち込む場合のお菓子は300円の中に含まないとする」



「やった!!」



やっといつものPさんとの会話らしくなってきた。



実際にインタビューする場所にはそんなに持っていかないし、というよりPさんのバッグの中にはそれなりにお菓子が充実してるからあたしが持っていく必要は、ない。



手元にあったビスケットの封を破り口元へ運ぶ。



こうなってくるとお茶が欲しいなんて思ったりね。



「お茶なら、ちひろさんが煎れてくれたやつがあるからそれを飲んでいいぞ」



ふぁ〜い。と口にビスケットを詰めたまま返事をしてしまって、Pさんに行儀が悪いと叱られながら急須が置いてある場所まで向かう。



「お? これかな?」



戸棚にあった湯のみを二つ並べて、急須からお茶を移していく。



沸き立つ湯気の香りがなんだか懐かしくなってきて……



これって……



慌てて茶葉のパッケージを眺める。



あたしが京都に居たときによく通っていたお店のお茶と同じ種類。



下鴨神社のすぐ傍の、みたらし団子がおいしい茶屋の……



パタパタとPさんの元へ駆け出していく。



「どうした? そんなに慌てて、Gでも出たか? なら俺は逃げるぞ」



呑気な声で椅子から立ち上がるPさんに少しだけイラッとしながらも、持ってきた茶葉のパッケージを見せる。



「これってどこで買ったの?」



グイッと押し付けるように見せる。



「あぁ、それね。周子のお母さんがくれたんだよ。周子が好きな奴だからって」



待って。ちょっと待って。



「くれたっていつ!?」



「三日ぐらい前かなぁ」



「なんで!?」



「そりゃ周子の最近の活動報告だろ」



あ、ってなった。



そうだ、初めて行くときからあたしは付き添わないで行ってたんだ。



「そっか、そうだったね」



「大丈夫か?」



ちょっと大丈夫じゃ無いかも。



「周子はちゃんと自分で、選んでアイドルになったって伝えたら、お父さんが安心してたぞ」



あははと笑いながらPさんが、良かった良かった。と続ける。





あぁ、なるほど、これで昨日の意味不明なお父さんからの電話の合点がいった。



なんかもう色々なものが一気にあたしの頭の中から抜けきって、ボヤボヤしてしまう。



なんだかんだ、いつもPさんに助けられてばっかりだ。



そうだね、どこかでいつか京都の実家へ、お父さんに会いに帰ろうと思う。



手ぶらで帰るのは少し気が引けるから、とびきりのお土産を持って。



なにがいいだろう、そう思ったときにふと、ガラスの靴をはいたあたしのイメージが湧いた。



うん。そうだねこれがいい。



「Pさん、ありがとうね」



おう、とPさんは短く応えて恥ずかしそうにポリポリと頭をかく。

目標は決まったんだ。

だから、ひとつと言わずもうひとつ先の未来の話も……ね。

「塩見周子がトップアイドルになった後はPさんはどうするの?」

「特に考えて無かったなぁ。周子だって何も考えてないだろ?」

「塩見家に婿でも来る?」

「お菓子がいっぱい食べられるのか。それもいいな」



いつもの調子。いつもの冗談。そんな風にPさんは笑いながら答える。



あたしだっていつもなら手をひらひらさせながらよろしく〜なんて言っているかもしれない。



Pさんだってこの返しを予想して期待してたと思う。



「そうだね。じゃあ約束」



ピン! と立てた小指をPさんはマジマジと見つめ、マジで? って顔をする。



「マジだよ」



そっかそっかと笑いながらPさんも続けて小指を立てる。



ぎゅって結ぶ。



「あたしとこれからも一緒に居てほしい」



どこまでも。



「ずっと」



「なんだ、結局やっぱりのろけじゃん」



事務所のラウンジで、テイクアウトで買ってきたポテトやハンバーガーを並べて、テーブルの向こうで加蓮ちゃんがうんざりした声で、ぼやく。



全く……今の話を聞いてそれかい。



もうちょっと何か……うーん。そうかもしれない。



そんな事を考えていると、また一つ大きなため息の音が聞こえた。



分かった分かった。



「くだらない話に付き合わせちゃったからお詫びに……」



「分かった。なら、明日のお昼は私が出すから」



珍しいこともあるもんだと目をパチクリさせてしまった。



加蓮ちゃんは少しだけ照れたようにそっぽを向いてる。



「……そもそも別に賭けとかしなくても話したいことが有ったら付き合うし」



おや、照れ隠しを指摘されてこっちも恥ずかしいやつだ。



テーブルを挟んで二人で顔が真っ赤だなんてとっても恥ずかしいやつだ!



遠くからあたしを呼ぶ声。



加蓮ちゃんがいってらっしゃいと言わんばかりに手をヒラヒラさせる。



「言ってきます」



小声で呟いて席を立つ。





「急に呼び出して悪かったな」



いやいやそんなことは、と言いたいところだけど、加蓮ちゃんには後でちゃんと謝っておこう。



Pさんから二枚の資料を渡される。まぁ、いつものあれだよね。



「どっちの仕事がやりたい?」



考える事なく答えなんてすぐに出た。



「どっちも」



Pさんは少し驚いた顔であたしの事見つめる。



昨日から今日にかけて、Pさんのこういった珍しい表情を見ることが出来ているから、なんとなくあたしの勝ちだ。



勝負なんてしていないけど。



「珍しく意欲的じゃないか」



「珍しく? シューコちゃんはいつも頑張り屋さんですよ〜?」



ハイハイと返事をしながらあたしの頭の上にポンと手を置く。



うぅ、それはずるい。



まぁ、それはともかく。



「これからはもっと頑張るから、約束。忘れないでね」



Pさんが頬をかきながら短く、ああ。と答える。



この照れ屋さんめ!



あたしの前に二つの未来があった。



アイドルとして楽しくワイワイやっていく未来。



はたまた、平穏無事に好きな人とずっと過ごしていける未来。



なんで、「どちらか」なのか。



少しだけ欲張りになったあたしは「どっちも」と答える。





きっとそれは難しい事かもしれない。



それでも流されつづけてきたあたしの一大決心なんだから、ちょっとだけでもさ。ね? 応援してよ。



「その件なんだが……」



「なにさなにさ」



「ほかの人たちには言ってないよな?」



「もちろん」



「そっか……良かった」



その話の流れについてはちょっとだけ加蓮ちゃんに話しちゃったけど。



まぁ、約束の内容は絶対に話さないでおこう。



あたしとPさんだけの秘密だ。



いつになるか分からない。それでもそのいつかは絶対にやって来る。



その時は、実家にひとつと言わずもうひとつ、大きなお土産を持って帰ろう。



22:30│塩見周子 
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