2016年04月07日

大石泉「笑顔の性質」


ある日の昼下がり。



事務所の一室で、俺は近々アイドルたちに受けさせる予定のオーディションの資料をチェックしていた。





「……ふう」



部屋にいるのはもうひとり。少し離れたところにあるソファに座って、大石泉が愛用のノートパソコンとにらめっこをしていた。



カタカタと小気味よく鳴るキーボードの音と、書類がぺらぺらとめくれる音。あとは時々お互いの息遣いが聞こえるくらいで、とても静かな時間だった。

この時間はいつも、誰かしら元気な子がいることが多いので、こういう状況はなかなかに珍しい。



「………うーん」



そして、静かな空間だからこそ、泉が時折悩ましげにうめいていることや、いつもよりキーを叩く速度がゆっくりなことがよくわかった。





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「なにか考え事か?」



資料を机に置いて、彼女に声をかける。

そうすると、向こうもパソコンの画面から視線を外して、こちらに顔を向けた。



「……どうしてわかったの?」



「ウンウン唸ってるのが聞こえてきたから」



「あ……そう? ごめんなさい、仕事の邪魔になっちゃった」



「たいしたことじゃないって」



真面目な性格の彼女は、ちょっとしたことでも大げさにとらえるきらいがある。

今も申し訳なさそうな顔で謝ってくるので、ひらひら手を振りながら笑いかけておいた。



「それより、俺が力になれそうなことなら話を聞くぞ」



「いいの? 作業中なんじゃ」



「ちょっと休憩。適度に息抜きを入れないとな。あ、ちなみにプログラミングの話なら他を当たってくれ」



それ方面の話は絶対に役に立てないので、最初から断りを入れておく。

そんな俺の反応を見て、泉はくすりと笑う。



「ありがとう。プログラミング関連の話じゃないから、ちょっと聞いてくれる?」



「わかった」



うなずいて、話を聞く態勢になる。

ややそこから間を空けて、彼女が小さな口を開いた。



「質問、なんだけど」



ちらちらと窓の外へ視線をやりながら、ためらいがちな調子の声でぽつぽつと言葉をしぼり出す泉。

彼女にしてはめずらしい態度だと思っていると。







「……私って、かわいい?」



飛び出した言葉は、さらに彼女にしてはめずらしい、というより初めて聞く代物だった。



「ご、ごめん。今のなしにして。話の切り出し方、間違えたわ」



慌てて首を振り、ほんのり頬を赤く染めている泉。この反応を見ただけで、答えは簡単に決めることができるのだが。



「かわいいぞ」



「っ! き、聞いてない、そんなこと」



「たった今聞いただろう」



「聞いたけど、聞いてない」



ぷい、とそっぽを向いてしまう。頬はさらに熱を帯びているように見えた。

こういう光景は、彼女にしては本当にめずらしい。レアなリアクションだと言える。





「こほんっ」



狂った調子を戻すべく、せきばらいを挟む泉。続いて深呼吸をひとつ行い、ようやく平静を取り戻したようだった。



「さくらと亜子に、笑顔がキュートになったと言われたの」



「ほう」



「最初は冗談だと思ったんだけど、どうも二人とも本気でそう思っているみたいで……しかも、凛さんや未央さんにも同じことを言われて」



経緯を語る泉の口ぶりから、彼女がなかなかに困惑していることがうかがえる。

親友ふたりはともかくとして、あまり他人にキュートと評されたことがないのだろう。



「これでも、自分の姿が周りからどう見えるかは研究しているつもり。アイドルになった以上、意識しないといけないことだから」



「泉らしいな」



「そうかな」



一度やり始めたら妥協はしない。やれるところはできるだけ手を伸ばす。泉はそういう熱心な子だ。



「研究の結果、私はどちらかと言えばキュートというよりクールなイメージを抱かれやすいとわかった……はずなんだけど」



なのに笑顔がキュートになったと言われたものだから、自らの見解との違いに戸惑っているようだ。

艶やかな長髪を指に巻きつけながら、彼女はソファーから降りて俺の近くまでやってくる。



「だから、プロデューサーの意見がほしい。私を担当しているあなたから見て、私の笑顔はどう映っているのか」



そこにあった椅子を持ってきて、俺の隣に腰かける。長話になってもいいよう、万全の体勢を整えたようだ。



「鏡で自分の笑顔を見てもわからないのか?」



「あまりピンとこないわ。ライブの映像を見返していたら、普段しないような表情になっているのは理解できるけど」



「そうか。自分の顔のことって、案外わかりにくかったりするもんな」



付き合いは長いけど、見るタイミングが限定されているから。

きっと泉も、さくらや亜子の笑顔のことならいくらでも詳しく話せるだろう。

自分のことは自分が一番よくわかるというけれど、時と場合によるわけだ。



「泉の顔は、美人と美少女のちょうど中間くらいなんだよ」



「……中間?」



「年齢的にも、子供から大人に成長していく境目だからな。クールな美しさの中に、幼さとかあどけなさが残っている。だから、笑顔がかわいらしく見えるんだよ」



「ん……なるほど。そう言われてみると……いや、待って」



一瞬納得しかけた泉だが、思い出したようにふるふると首を横に振る。



「おかしいわ。その理由だけじゃ、説明できないことがある」



顎に右手を当てて、考えるポーズをとる彼女。



「説明できないことって?」



「さくらと亜子の言葉よ」



ぴん、と人差し指を立てて、泉は俺の目をじっと見つめる。



「あの子たちは、私の笑顔がキュートに『なった』と言った。それはつまり、以前よりも笑顔がキュートになったということ。ずっと私を見てきた二人がそう言うんだから、きっと明確な変化があったのよ」



「それは、顔の特徴だけじゃ説明できない。と言いたいわけか」



「そう。幼さという点なら、昔の方が残っていたはずだし」



「まあ、そうだろうな。でも俺は答えを簡単に説明できるぞ」



「本当っ?」



俺の言葉に食いついた泉は、椅子から若干腰を浮かしていた。よほど答えが気になるらしい。普段はあまり見せないものの、知的好奇心は旺盛なほうなのだと思う。

……とはいっても、俺の答えなんて簡単すぎて拍子抜けさせてしまうかもしれないが。



「要は、泉がそういう笑顔の作り方を身につけたってことだ」



「えっと……ごめん。よくわからない」



「たとえば、さくらの笑顔はかわいいと思うだろう?」



「それはもちろん」



急に口調が断定気味になったな。



「じゃあ、どうしてさくらの笑顔はかわいいんだ?」



「どうして……?」



「物事の理屈を考えてみる作業は得意だろ?」



「………」



目を細めて、眉間にしわを寄せる泉。必死に答えを探っているのだろう。



「さくらの笑顔がかわいい理由……それはきっと、あの子が気持ちを前面に押し出しているから。うれしい気持ちや楽しい気持ちを、めいっぱい、顔のパーツ全部を使って表現しているような……だからだと思う」



「そうだな。そして、それは泉も同じだ」



「え?」



きょとん、と首をかしげる姿も、それを表すひとつの証拠。

先ほどからコロコロ変わる表情や仕草のバリエーションが、すべてを語るまでもなく証明している気がした。



「泉も、感情の表現をぐっと押し出すことができるようになったってことだよ。いろんな仕事を通して、自分を出すことが前より上手になった」



「………」



黙って目を閉じる泉。

しばし静止状態が続いた後、ハッと目を開いて深くうなずいていた。

……というか、普段はせわしなく動いているさくらや亜子が隣にいたから気づきにくかったけど。



この子も案外、感情と身体がつながっているタイプの人間なのかもしれない。



「そうか……そういうこと、だったんだ。アイドルとして活動しているうちに、自分でも気づかない変化が起きていたのね」



「納得できた?」



うん、と首を縦に振る彼女は、疑問が晴れてうれしそうな顔をしていた。

やはりかわいらしかった。



「プロデューサーが、また新しい私を見つけてくれたのね。ふふ、まるで魔法使いみたい」



「……意外だな。泉の口から魔法使いという単語が出てくるとは」



「私が理系人間だからって、ファンタジーな言葉を使わないわけじゃないよ」



少し照れ臭そうに笑い、泉は両の手を合わせていじいじと指を絡ませる。





「でも、そうね。魔法なんかじゃないわ」



「ん?」



「プロデューサーのプロデュースがうまくいっているのは、努力と能力がちゃんとあるから。私達をちゃんと見ていてくれるから、でしょ?」



「泉……」



「だから、魔法なんかじゃないわ」



もう一度、今度はよりはっきりした声で繰り返す彼女。

俺を評価してくれていることがバッチリ伝わってきて、喜ばしいことこの上なかった。



「昔、言ってたよな。さくらはかわいい、私とは違うって」



「……うん。言った」



「泉だって、できないことはないんだぞ。さくらと同じくらいかわいらしく、亜子と同じくらいアグレッシブに。きっとできる」



俺がそう言うと、彼女はニコリと笑って。



「そうね、あなたを信じる。……たまには、あの子たちに勝っちゃうのも面白そうだし」



こちらが頼もしくなるような威勢のいい言葉を返してくれるのだった。



「泉の笑顔は、見ているこっちも元気が出るな」



「ふふ、ありがとう。これからもよろしく、プロデューサー」



「ああ、もちろん」



……さて。泉の考え事も解決したし、俺も資料の確認に戻るか。



「………」



「………」



横から、じーーっと視線を浴びつづけているのを感じる。

そちらに顔を向けると、泉が先ほどの笑顔のままで俺を見つめていた。



「……どうしたんだ」



「笑顔、元気が出るらしいから。作業中ずっとこうしていてあげようかなって」



「ええ〜」



正直、それは気が散る……



「……迷惑?」



「……い、いや。そんなことはないが」



「ふふっ、そう。じゃあ、続けてもいい?」



この反応……こいつ、俺が何を考えていて、どう答えるかわかっていて聞いてきたな。



「がんばって。プロデューサー」



「……ああ」



まあいいか。こんなかわいらしいイタズラをしてくるくらいには、心を許してくれているってことだろう。





「………」



「プロデューサーさんとイズミン、楽しそうだねぇ」



「微笑ましい光景ってやつやね」



「わたしたちも仲間に入れてもらおうよ! おー」



「ストップストップ! さくら、ここは優しくあたたかーい目で見守るのが正解よ」



「えぇー、そうなの?」



「そう! それが女心、友達心!」



「おぉ〜っ」











「……さくらと亜子は、ドアの向こうでなにをやっているんだ?」



「気を遣ってくれている……んだと、思う。バレバレだけど」



「どうする? 呼んでこようか」



「………」



「泉?」



「ううん。もう少しだけ、厚意に甘えることにする」







おしまい







21:30│大石泉 
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