2016年04月12日
文香「物語の、終わりと始まり」
独自設定含みます。
地の文ありありです。
こういう書き方は初めてなので勝手がわからないとこもありますが温かい目で見守ってください。
地の文ありありです。
こういう書き方は初めてなので勝手がわからないとこもありますが温かい目で見守ってください。
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本の中が、私の世界のすべてでした。
友人などがいないわけではありませんが、嘗て兄のように慕った彼以外は私にとって大きな存在足り得ませんでした。
彼が、特別でした。
夏休みなどの長期休みになると、私の実家で親戚一同が集う習慣があり、一番年の近い彼が、私を話し相手に選ぶのは必然といえたでしょう。
彼がいる間だけは、私も饒舌になりました。
互いの学校での出来事、テストの結果、宿題の話。
好きな本や、ゲーム、テレビの話。
彼は、私に本の中では得られなかった世界を語り聞かせてくれました。
でも、いつまでもそんな日が続く訳もなく。
彼が就職する少し前に、一度だけ質問をしたことがありました。
「……恋人は、いるんですか?」
彼は笑いながら、「残念ながら。就職先も、恋愛に関しては厳しそうだし独身のまま一生を終えるかもしれないね」と言いました。
私は、ほっとするのと同時に、胸に鈍い痛みを感じました。
解りやすい彼のことです。
嘘を言っている様子ではありませんでしたから、本当のことを伝えてくれたんだと思います。
だからこそ、私への信頼と同時に、私に対する恋愛感情は微塵も存在しないのだと、そう言われた気になってしまいました。
当時の私は、自分の感情をはっきりと自覚できていませんでしたから、『失恋』というのは適当ではないかもしれません。
でも、私の初恋はそこで一度終わりを告げたのだと思います。
数年後。
私は上京して、古書店を経営する叔父の家で手伝いをしながら大学に進学をしました。
彼とは、彼が就職してから一度も会っていません。
とても忙しいそうで、年の瀬の集まりにも顔を出すこともしませんでした。
その時、彼の御両親は私に、彼からの伝言を伝えてくれました。
「今の仕事にも慣れてきたから、もう少し落ち着いたらちゃんと会いに行く。少し話したいことがある。期待して待っていてくれ」
得意げな彼の顔が思い浮かびます。
今までの、本では得られなかった数々の思い出が、彼が私に見せてくれた世界が、頭の中に浮かんできました。
「期待していろ」と言いますが、何に期待すればいいんでしょう。
そういえば、私は彼が何の仕事をしているのか知りませんでした。
今度会ったときにでも聞いてみましょう。
数週間後。
午前の講義がないので店番をしていると、突然彼が現れました。
時計の針は午前十時を少し回ったあたりを指しています。
仕事はいいのかと聞くと、「仕事で来たんだ。少し抜けられるか?」と言われました。
私にしたい話とは仕事関係のことだったのですね。
叔父に店番を変わってもらい、奥で話をすることになりました。
久しぶりに会う彼は、背伸び感の無い『大人』に見えて、私はどうしてか、置いて行かれたと感じました。
簡単に近況の報告や世間話を済ませ、本題の話を聞きました。
「文香、アイドルになってみないか?」
私は自分の耳を疑いました。
アイドル。
ええ、知っています。
テレビやステージなどの華やかな舞台で輝く一握りの選ばれた人たち。
私が、そのアイドルに?
引っ込み思案で、家族以外とは目を合わせて会話ができない私が?
ダメです。混乱してきました。
返事は、両親や叔父と話をしてからということになりました。
数日後、彼にアイドルになるという旨の返事をしました。
両親たちは、好きなようにしなさいと言ってくれたというのと、彼に対する依存に近い形の信頼が、そう決心させました。
依存と言っても、決して悪い意味ではなく、むしろ彼が今まで見せてくれた景色が魅力的だったからこそ、私は望んでその答えを選んだのだと思います。
実際に彼の勤める芸能プロダクションに所属してからは、レッスンを繰り返す日々が続きました。
体力の無い私にとっては、普通のダンスレッスンですら音をあげたくなるようなものでしたが、彼が見せてくれるという世界に自分から、一歩でも近づきたくて、ただただ必死に取り組み続けました。
数ヵ月後、デビューが決まったと連絡が来ました。
彼はようやくだと言っていましたが、デビューまでの時間が遅いかどうかなどは私には解りません。
しかし、多くの人が夢見ながらもその足元へたどり着くことすら困難なこの世界でデビューできるというのは喜ばしいことなのだとはっきり伝わりました。
『Bright Blue』
私の、デビュー曲だそうです。
初めて聞く曲のはずなのに、どこか懐かしい気がします。
作ったのは作曲家であり作詞家であるのですが、彼がこの曲を私に送ってくれたことが、すごくうれしかったのを、今でも思い出せます。
この曲の発表を皮切りに、普段の学業に加え、地方への営業や、雑誌の取材、ラジオ・テレビへの出演と次々に仕事が舞い込んできて、忙殺されそうな日々が始まりました。
そんな日々にも慣れ始めた頃には、私はいわゆる『人気アイドル』として、いわゆる有名人になっていました。
彼が見せようとしてくれていた世界は、入口を過ぎると輝かしく華々しいだけでなく、辛く厳しいこともある、でもそれを乗り越え進むことにこそ意味があると、教えてくれました。
私は今、こんなにも幸せです。
貴方からたくさんのものを貰いました。
でも私に返せるものはほとんどありません。
だからこそ、貴方に何か一つでも、特別なもの送りたいと思います。
私の本当の気持ちを。
初めは、自覚すらありませんでした。
再会して、置いて行かれたと思いました。
近づきたい、追いつきたいと思いました。
こんなにも近くにいるのに、時々ものすごく遠く感じる時があります。
不安を振り払いたくて、レッスンに、営業に、必死に仕事をこなしました。
そんな私を褒めてくれる貴方が笑顔を見せてくれている時間が、永遠にも感じられるひと時でした。
私の思いの丈を、伝えたいと思いました。
でも、その前に一つ済ませておくことがありました。
「アイドルグランプリ」
年に一度開催される、その名の通りアイドルのNo.1を決めるためのイベント。
前回の開催からの活躍具合やファンの人数などから選考によりノミネートされるアイドルが決まり、その中でNo.1が選ばれるというものだそうです。
彼曰く、デビューから一年足らずでノミネートされるというのは相当な快挙だそうです。
No.1に選ばれる、その候補の中に入ったということは喜ばしいことです。
私は、ここで一つ思いついたことがあります。
これで私がNo.1に選ばれれば、私は彼にもう一つ贈り物をすることができます。
No.1アイドルの担当プロデューサーという、特別な称号を。
それから私は、今まで以上に仕事に全力で取り組みました。
私から彼に贈れるものが、一つでも多いように。
動機は不純かも知れません。
でも、一番になりたいと思う気持ちは、他の方に負けているとは思いません。
私は、自分の意思であの大舞台でスポットライトを浴びたいと思います。
彼が望んだ以上の鷺沢文香になりたいと思います。
私がこんなことを思うなんて、昔の私を知る人は想像すらできないでしょう。
私は変われました。
一歩前へ踏み出せました。
本の中の世界から、輝かしいこの舞台へ望んで歩み続けてきました。
そんな貴方に、感謝しています。
だから、見ていてください。
貴方の為に、そして私自身の為に、すべてを出し尽くしてきます。
結果はグランプリ。
ええ、1位です。
望んだ結果ではあります。
ただ、実感というものが湧きません。
でも、私が一番です。
彼が育てた、一番のアイドルです。
これで、私の目的の一つが達成できました。
☑ 彼に、トッププロデューサーの称号を贈る。
□ 彼に、告白をする。
あと、一つ。
告白するといっても、今すぐお付き合いをしたいというのではありません。
何より私はアイドルなのですから、スキャンダルになってします。
ですから、只、私の気持ちをありのままに伝えようと思います。
貴方のことが好きですと。
そして叶うことなら、私がアイドルとしての生を終える時まで、待っていてくださいと。
事務所に戻る途中、彼は運転しながら話しかけてきました。
「アイドル、やってて良かったか?」
もちろんです。
貴方がいたから、私はこの世界に足を踏み入れられた。
貴方がいたから、私は自分を変えられた。
そんな貴方に恩返しがしたくて、ここまで頑張ってきたんです。
私からの一つ目の贈り物、如何でしたか、「トッププロデューサー」さん。
「一つ目ってことは、二つ目を期待してもいいのか?」
期待、と言うとちょっと違うかもしれません。
この場合は覚悟が適切だと思います。
聴いていただけますか?
「覚悟か。真面目な話みたいだし、一度車を止めよう」
彼は事務所と私が今住んでいる叔父の家のちょうど中間にあるコンビニの駐車場で、車を止めました。
これは、彼なりの覚悟の表れなのでしょう。
私の話次第で、事務所〈今とこれから〉と叔父の家〈いままで〉のどちらにでも向かえるように。
私の方は、覚悟できています。
たとえ振られようと、私は今までの思い出を、大切に取っておくと思います。
貴方に教えてもらった世界は、それほどまでに輝きに満ちていて。
ですから、精一杯の感謝をこめて、私の思いの丈を、貴方に贈ろうと思います。
「プロデューサーさん。いえ、○○さん」
「私は、貴方のことが好きです」
「こんな陳腐でありきたりな言葉でしか表現できないのがもどかしいほどに」
……。
言ってしまいました。
顔が熱いです。
おそらく、真っ赤になっていると思います。
でも、目を逸らしたくありません。
彼の返事を待ち続けます。
「ありがとう、文香」
「実はさ、俺文香をアイドルにしたのちょっと後悔してたんだ」
……どういう意味でしょう。
「ああいや、悪い意味じゃ無くてな、こんなこと言うのはプロデューサー失格なんだけど」
「文香の楽しげな表情とかを、もっとたくさんの人に見てもらいたいって思いながらも、どこかで、そんな表情を見せるのは俺だけにしてほしいって思ってる自分がいた」
「こんな浅ましい自分が嫌になる」
「でも、文香はそんなこと知らずに俺を信頼しきってくれてたからな」
「文香への思いは、もし文香を一番のアイドルにできたら伝えようって思ってた」
「鷺沢文香さん、貴女のことが好きです」
「こんな俺ですが、お付き合いしていただけますか?」
「まあ、お付き合いって言っても、文香が引退してからになるだろうけどね」
……。
夢でも見ているのでしょうか。
視界が霞みます。
嬉しいのに、涙、が、、止まりません。
今が、この一瞬が、永遠ではないのならば。
この幸福を、できうる限り享受したいと思います。
はらり、と。
ページのめくれる音がしました。
私の綴る物語は、ここで幕を閉じます。
これからは、私たち二人で新しい物語を。
おわり
22:30│鷺沢文香