2016年05月16日

モバP「月下の二人は夢を綴る」


藤原肇、鷺沢文香ss。



地の文あり。





※で視点変更。





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1462375093





こんな夢を見ました。



私がまだ幼い頃、外のカエルの鳴き声がいやに響いて眠れなくなった日。



夜遅くにおじいちゃんと一緒にお家の縁側でお月様を眺めていました。



大きくて丸くて、手を伸ばせば届きそうな位近く感じていたのを良く覚えています。



お月様のお話や、お星様のお話。



おじいちゃんが隣で頷きながら優しい顔で私の話を聞いてくれていたことをはっきりと憶えています。



懐かしい記憶、思い出。



ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー





「え〜っと、月の夢は直感! あとは……インスピレーション、感情等の象徴。満月ならこれらの運気が上昇することを暗示しているですって!」



よかったじゃない。と朋さんは夢占いの雑誌をペラペラとめくりながら嬉しそうに声を上げます。



アイドル活動においてもインスピレーションやイメージなどは大切なものですから、これらが良くなるならそれはとても嬉しいことだと思います。



「それと同時に子供の頃の夢はやり残したことへの後悔の暗示だそうよ? 肇ちゃん、何か心残りはあるの?」



朋さんにそう言われ少し考えてみますが、すぐには思い出すことができずに言葉に詰まります。



「まぁ、夢っていうのは案外、心の奥底にあるものだって言うしすぐにはわからないのかもね」



「かもしれません……朋さん、夢占いありがとうございます」



「あたしの方こそ付き合ってくれてありがとうね!」



そう言い終わると同時に後ろの方から扉が開く音。



振り返ってみると、レッスン着を着た海さんと雪菜さんが慌てた様子で事務所に入ってきました。





「コラッ朋! もうすぐレッスン始まるのになんでここに居るんだよ!」



「早く着替えないと間に合わないわよぉ」



「え!? ホントに? 海ちゃん着替えを手伝って!!」



呆気にとられてる私の目の前で、バタバタと朋さんと海さんが二回三回と往復し、着替えとシューズを用意していきます。



程なくして準備が出来たハートウォーマーの三人は、事務所を出てレッスンに向かって行きました。朋さんのごめんね、また今度ゆっくり話そう。そんな言葉をこだまさせながら。







少し、心残りについて考えてみます。



アイドルを夢見た私は故郷を飛びだしプロデューサーさんに出会い、アイドルとしてここに居る。



空は高く広がっているし、まだまだ理想のアイドルに届いていない。



だけど何ひとつとして後悔なんてない。そう思いたいです。



ふぅ。と息を吐く。



心を落ち着かせる為には、土をこねるか、流れ行く水面にウキを浮かべるのを眺めるなどありますが、生憎ここは工房でも渓流でもありません。



ここはアイドル事務所。



私はアイドル。



ならばやることは一つ。



私の理想に届かせるように……



確か、空きがあるレッスン室があったはず。





あまり広くなく、設備もほとんどないここのレッスン室では、もうあまり人も来なくなり、ぎいぃ……と少し寂しい音が扉から聞こえてきます。



明かりをつけて、鏡の前でストレッチから始めます。



心音とテンポを合わせるようにイチ、ニ。と繰り返し繰り返し。



一通り体をほぐしてからもう一度鏡の前へ、一呼吸置いてからトレーナーさんに教わった振り付けのチェックを。



イメージは柔らかく美しく、指先まで意識をして繊細に……





時間が経つに連れ、はき出す息に熱がこもるのが分かります。



水分を含んだレッスン着が重いのか、体が強張ってしまうのか、動きがリズムからだんだんと離れていってしまいます。



これではいけない。慌ててリズムに意識を傾け、慣らしていきます。



何とか大きくズレ込むことにはなりませんでしたが、これは課題ですね……





少し、心と体を落ち着かせるために休憩を取ることにします。



クールダウンを兼ねて、もう一度ストレッチを……



座り込んだ床がひんやりと冷たくて、上がってしまった体温を下げていきます。





ガチャ。と音を立てて扉が開く音がします。



「あれ? 肇ちゃん?」



何やら荷物を抱えた慶さんが不思議そうな顔で私の名前を呼びます。



確かここのレッスン室は予定が入っていなかったはずだったと思いながら、もしかしたら急に誰かのレッスンが入ってしまった可能性を思いついて直ぐに部屋を出る準備をします。



「あ! 待って待って。大丈夫だから」



慶さんも慌てて、タオルなどをかき集めてる私にぶんぶんと両手を振ります。







「あまり、人は来ないけど定期的に誰かが掃除をしなくちゃね」



お姉ちゃん達は忙しそうだから。と彼女ははにかみます。



「肇ちゃんは自主レッスン?」



「はい! 少し気になるところがあるので」



「なら私も手伝うよ! ルーキーなりにもトレーナーの端くれだしね」



そう言うと慶さんは持っていた荷物を下ろし、準備運動を始めました。



何回か踊りを繰り返し、その度に慶さんからアドバイスを貰い、直していく。



「それじゃあ通しでやってみようか」



慶さんが持ってきたプレイヤーに手をかけ、音楽が流れ出します。



うまく踊れる事をイメージしながらステップを踏み込み、アドバイスを意識をしながら踊ります。



先ほどよりも体が軽い。



曲が終わり、笑顔を慶さんに向けると彼女もニコッと笑いかけてくれました。



「じゃあ最後に私も一緒に踊っちゃおうかな」



慶さんは袖を腕まくりしながら準備運動を始めます。







「準備は良い?」



隣に居る慶さんの声に私も頷きます。



音楽が鳴り出し、少し早く慶さんが動いたのが分かります。



慌てて私も後を追うように動き、なんとか合わせます。



一人で踊るのと違う。意識を自分だけではなく、たくさんの方向に向けなければいけません。



不思議な感じ。



これもまたアイドルとしての姿の一つなのでしょうか?







曲が終わり、慶さんが笑います。



「やっぱり体を動かすって楽しいね!」



空気の中をたゆたっているようなふわふわした気持ちに追いつかず、慶さんの言葉に相づちを打つ事しかできない私は、なんとか感謝の言葉を口からはき出し笑顔で応えます。



今のような感覚を自分自身に馴染ませるようにゆっくりと繰り返し、繰り返し反芻させます。



「明日もこの時間なら空いてるから」



二人だけしか居ないのに内緒話をするように慶さんがこっそりと耳打ちをして教えてくれました。





それから慶さんのお手伝いをしてお礼と挨拶を済ませた後、事務所へ向かいます。





扉を開けると、暖かな空気が流れ出します。



なにやらティーカップとにらめっこをしているちひろさんに会釈をし、ソファーに腰かけます。



少し動きすぎた為か、どうにもお腹が減ってしまったようです。



そんな事を思っていると目の前にかちゃりとティーポットが置かれました。



驚いて見上げると、紅茶は如何ですか? と雪乃さんが微笑んでいます。



頂きます。と答えると綺麗な陶器が2つ、並べられていきます。



砥部焼のような……いえ、この柄は少し違いますね。



ともなれば……



「気になりますか?」



うふふ。と笑いながら雪乃さんはティーカップに紅茶を注いでいきます。



「すみません……つい」



「わかります。良い紅茶には良い器を……ですわ」



気取るわけではありませんけども。と雪乃さんは付けたし、いたずらっ子のようにウィンクをしました。





いただきますと呟き、湯気がゆらゆらと揺らめくカップを口元に運び、紅茶を一口含みます。



紅茶など、滅多に飲まない筈なのに……なんだか、少し懐かしい味がします。



「ファースト・フラッシュ……つまり一番摘みのダージリンですわ」



雪乃さんによると発酵があまり進んでいないため気持ち、緑茶の様な渋味があるそうです。なるほど。







お茶うけを探して来ますわ。と雪乃さんはソファーから立ちあがり、どこかへ行ってしまいました。







今度は、もっと意識してダージリンを口に含みますと、やはりどこか懐かしい味がします。



おじいちゃんにも教えてあげたいな。





ふと、今朝の朋さんの言葉を思い出してしまいました。



心残り。そんな大それた想いではありませんが、あの夢はもしかしたらおじいちゃんに会いたかったのかなって。







「すみません。お茶うけが丁度きらしていたみたいで……」



雪乃さんが申し訳なさそうに隣に座ったとき、事務所のドアが開く音と、みちるさんとプロデューサーさんのただいまという声。



おかえりなさいと私たちが応えると、みちるさんがこちらを見て、手に持っていた紙袋を掲げて笑っていました。



後ろにいたプロデューサーさんも興味深そうにこちらを見ています。



「お茶うけなら大丈夫そうですね」



「はい。みちるさんとプロデューサーさんの分も用意しないと」



急がしそうに……それでいて楽しそうに雪乃さんは準備を始めます。









懐かしい夢を見たこと、誰かと一緒に踊ると不思議な感覚に襲われたこと、少しだけ故郷の事を思い出してしまったこと。



プロデューサーさんとお茶をしながらゆっくりお話しできたら……なんて思います。







こんな夢を見ました。



辺りを見回せば一面雪に覆われていて真っ白な世界。



何も書かれていない書と言うのはこういう世界なのでしょうか。







一歩踏みだし、歩いてみても人の姿は無く、ただ足元の氷がパキパキとこだまするように音を鳴らし、夢だとわかっていながらも、どうすることも出来ない寂しさともどかしさが、吹雪と共に私に襲い掛かります。





風は強くなり、前を向くことができず視線は否応なしに足元へ……そこで見たものは、氷の向こう側で、華やかな衣装をまとい、長い髪を揺らし、素敵な笑顔で歌う女性。



心の底から楽しそうに歌う彼女を見て、私もそちら側へ行ってみたいと思うようになりました。



どうすればいい。



どうしたら……



そんなことを考えていると、その女性が私に気づいた様でこちらに向かって手を伸ばします。



私も手を伸ばしますが、氷が行く手を阻み、私とその女性を隔てています。



それでも、どうにか届かせようと力を込めて手を伸ばします。



そっと私の手に暖かい何かが触れ、私達を隔てていた氷も徐々に溶け出していきます。



真っ白だった世界に様々な色が付きはじめ、目の前の世界が塗り変えられていきます。



あながちこの世界が書のようだと言うのは間違いでは無いかもしれないと思いました。



この物語が果たして誰の物語なのか、それは分かりませんが……これが物語のプロローグであるならば……もう少しこの景色を見守っていたかったと、そう思いました。



ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー





休日。



私は、いつもの様に叔父の古書店で店番をしていました。



いつも通りであれば、お客さんなど滅多に来ないものですから、ゆっくりと落ち着いてレジカウンターの椅子に腰掛けています。



閉じた北窓から差し込む陽射しが暖かく、冬がもう隣に来ているのにまるで、別世界に居るようだと感じました。



本を開き、物語の中に入り込もうとしたとき、チリンチリンと入口の扉に取り付けたベルが鳴り、侵入者の存在を知らせます。



珍しくこんな時間にお客さんが……



用があれば向こうから声をかけるだろう。



そう思い、意識をまた手元に戻そうとしたときに、声が降ってきました。



その主を探して、見上げた時に、はじめてその人と目が合いました。



黒のスーツと、モスグリーンのコートを着て、私の目を見つめながら、彼は、ゆっくりと口を開きます。



きっと何かの本を探しているのだろうと思い、断片的に聞こえた言葉をかき集めて、答えを導き出します。



そして私は口を開き言葉を紡ぐ。



これが、私の始まりの物語。

それから、月日が経ち。



外に出ると北風と共に木枯らしが吹いていたこの季節も終わりを迎え、代わりに東風がやわらかさと、暖かさを運んできたある日。



私はとあるアイドル事務所のレッスン室にて、指導を受けていました。



正直、物事を考えることが出来なくなるくらいに、体力は無くなり、うまく立つことができず、その場に座り込んでしまいました。



真正面を向けば、汗だくで、今にも倒れそうな私が居ます。



トレーナーさんには、笑顔を意識してほしいと言われましたが、中々に、うまくいきません。



自分の指で、口の端と端を無理矢理上げてみますが、笑顔とは言えない、奇っ怪な表情になってしまいました。



意識するということは難しいことだと、今更ながらに知りました。笑顔……笑顔。



そんなことをしていると、後ろの方から、周子さんがこちらに向かって、歩いてくるのが鏡に映りました。



慌てて口元から指を離し、何でもないそぶりをします。



「お疲れ。文香ちゃん」



側に飲み水の入ったペットボトルを置き、周子さんが私の隣へ座ります。



「はい、スポドリ。文香ちゃんも飲むでしょ?」



手渡されたそれを開け、お礼を言いながら少しずつ嘗める様に飲んでいきます。



ほのかな酸味が口の中と、喉元を癒し、少しだけ失っていた気力を取り戻した気がします。



「立てる? それとももう少し休んでいく?」



周子さんの厚意を無碍にも出来ませんし、いつまでもここに居られる訳でもありません。



彼女の声に頷きながら、立ち上がり、事務所へ向かうことにします。

事務所の扉を開けると、暖かな空気と、とても賑やかな声が聞こえてきました。



お帰りなさいですわと雪乃さんから紅茶を頂き、みちるさんからパンを頂きました。



胃の中に食べ物を入れられるか不安でしたが、存外、そんな不安もダージリンの香りが掻き消していきます。



「はろはろ〜朋ちゃん☆ はっぴー?」



「もちろんよそらちゃん! あ、でもパンをもう一つくれたらもっとハッピーかも?」



「お、あたしも今おんなじこと思ってた! れっつ握手! みちるちゃんからもらいにいこー☆」



ブンブンと振り回すように、そらさんと朋さんがお互いの手を堅く握り合います。



笑顔と笑顔。



そらさんも、朋さんもとても、アイドルらしい、とはいえ彼女達もアイドルなので当然と言えば当然なのですが、素敵な笑顔でみちるさんの元へと駆けて行きます。



そんな様子をやれやれというように海さんや、雪菜さんが見守っていて、なんだかとても微笑ましく思います。



みちるさんから貰ったパンを一口かじります。



サクっと小気味の良い音を立てて、口の中いっぱいにシナモンの香りが広がります。



「……おいしい」



きっとこのパンならダージリンの紅茶との相性は良いはずです。



流石、みちるさんと雪乃さんと言ったところでしょうか。



少し冷えたのを見計らって、紅茶を口に含みます。



熱いものは、熱いうちにとは、思っていますが、とてもお恥ずかしい話ながら、私はどうも熱いものが苦手な様で……



そもそも、なぜ熱いものが苦手な人を猫舌というのか、犬舌では駄目なのかと言う人も居ますが、昔の人の生活では犬は外で、猫は室内で飼うことが基本でした。



そうすると、必然的に、熱いものを与える機会が猫の方が圧倒的に多い訳で、そのことから、猫舌という言葉ができーー



「何か考え事ですか?」



ふいに声をかけられて、声の主を探すと、どうやら雪乃さんだったようです。



「すみません……つい、考え事をしてしまって……」



「ふふっ。そうでしたか、お代わりは、いかがですか?」



まだカップに紅茶が残っていることを示すと、雪乃さんは、まだ沢山あるので、是非。と微笑んでいました。



「じゃあ、お代わり貰っちゃおうかな」



ふと、周子さんがカップを片手に現れます。



雪乃さんが周子さんのカップをテーブルの上に置き、ティーポットから紅茶を注いでいきます。



「なんだか、さっきの文香さんを見ていたら、肇さんと同じような雰囲気を感じましたわ」



「あ、なんだかわかるなーそれ」



雪乃さんの言葉に周子さんも、同調します。



「なんかね。物事を一回、自分の世界に持ってくる感じが似てるよ」



私の頭の中でハテナが埋め尽くされます。



周子さんは「まぁ、あまり深く考えちゃ駄目だよ」と笑いながらどこかへ行ってしまいました。

少し肇さんの事が気になり、視界を回しながら探しているとソファーに腰掛け、プロデューサーさんと何やら話しています。



私の視線に気付いたのか、肇さんはペコリと音が鳴ってしまうぐらい綺麗に会釈をします。



その後に、彼女は立ち上がりこちらへ近付いてきます。



どう話していいかの話題を用意していないせいで、しどろもどろになってしまうのを悟られないようにしたいのですが、どうしたらいいものでしょうか……



しどろもどろにならないように必死に、思考を巡らした挙げ句、何も思い付かずしどろもどろとしてしまう私を前にして、彼女、藤原肇さんはにこやかに口を開きました。



「ここが……私の叔父の古書店になります」



日が出ていた日中とは違い、空気がどこか冷たく感じる夕方に、いつもとは違う、裏口の方から二人を案内します。



「申し訳ありません。私が探している本があると言ってしまったばかりに……」



「いえ……私もそのタイトルでしたらここで見掛けた気がしますので……探せば見つかるかもしれません」



「いや、俺も軽く店を覗く位だと思ってたんだが……」



表の入口の方は、シャッターを閉め、閉店の看板を立てる。



こうすればじっくりお目当ての本を探せるはずです。



ありがとうございます。と肇さんが頭を下げ、ポケットからメモを取りだし、店内を探索し始めます。



「プロデューサーさんは……何をお探しに……?」



プロデューサーさんは顎に手をやり、少し考えてから、雪美ちゃんや薫ちゃんの為に絵本でも……と答えました。



絵本には思い当たるふしがあり、それならと脚立に上がり、本を抜き取ろうとした時、隣にあった本まで抜き出てきてしまい、うまく掴むことができず、落ちてしまいました。



プロデューサーさんが咄嗟に、落ちた本を拾い上げ、埃を払ってから私に渡します。





その本のタイトルは「シンデレラ」



「……なんだか、意味深ですね」



プロデューサーさんもその意味に気付いたようで、なるほどな。と小さく呟きます。



「アイドルは楽しいか?」



楽しいかと問われれば、毎日が目まぐるしく、そんな事を考える暇が無かったと気付きました。



それでも不思議と辞めたいとは思ったことがありません。



その言葉にプロデューサーさんは満足そうに頷きます。



「なら、肇の事はどう思う?」



ちらり、とプロデューサーさんが離れたところで本を探している肇さんに視線を移します。



肇さん……情熱的な方だと思います。



自分のイメージするアイドル像へ近付く為に、妥協をしない……彼女の世界はとてつもなく広いものだと思いました。



差し伸べられた手を掴み、この世界へ踏み入れた私にとって、自らの意思で、行動で、この世界に飛び込んだ肇さんを眩しく思い、目が眩んでしまいます。



そうか……とプロデューサーさんは少し考え込み、私に小さなメモを渡しました。



中を見てみると明日の日付と、時間とAレッスン室と書かれています。

プロデューサーさん曰く、気が向いたらここに来てほしいということでした。



「今はあんまり使われてないけど、掃除とかはしてあるはずだから、そこは気にしなくていいよ」



「いえ、そこは……むしろ、灰被りに相応しい場所だと……」



思ったことを素直に伝えると、プロデューサーさんに、あんまり卑下するなよと釘を刺されてしまいました。





それから、無事に肇さんの探していた本も見つかり、プロデューサーさんと共に、帰っていきました。



私も、明日の為に早めに睡眠を摂ることにします。



瞼が段々と重くなる。



きっと、夢を見ることも無い位、深い眠りに就くことでしょう。







「わざわざ送ってくださってありがとうございます」



文香さんの店を後にして、プロデューサーさんと寮まで歩いていきます。



「まぁ、こんな時間に女の子を一人で歩かせられないからな」



顎をさすりながらプロデューサーさんは答えます。



夜風は涼しさと桜の花びらを運び私達の間を通り抜け、吹き抜けていきます。



「アイドルは楽しいか?」



突然、プロデューサーさんがそんなことを聞いて来たので少し驚きましたが、もちろんです! と答えます。



「一人前のアイドルには未だ程遠いですけど……」



私が憧れたアイドルの姿はお月さまのように眩しく輝いていますが……



「焦っちゃいけませんよね。大きな成果を、じっと待ちます」



その為には成功をイメージして一歩ずつ近付いていかなければ。



「歩み寄るのも大切なのかもな……」



プロデューサーさんが呟くように零します。



私が首を傾げますと、なんでもないとはぐらかされてしまいました。



「あんまり、根を詰めすぎないで下さいね」



「分かってるさ。明日も自主練するんだろ?」



ええ。と短く返事をします。



優しいプロデューサーさんの事ですから、きっと無理はしないようにと言いたいのかもしれません。



それでも敢えてその事を言わないのは、それもプロデューサーさんの優しさなのかもしれないですね。



明日も頑張らなくては。



翌朝、昨日と同じようにレッスン室の扉を開け、準備を始めます。



ふと、後ろの方から扉の開く音が聞こえたので慶さんが来てくれたのかと思い、振り向くと、文香さんがおずおずと体を半分だけこちら側へ出し、私の方をじっと見つめていました。



「えっと」



「……えっと」



どうすればいいのか分かりませんが、きっとレッスン着でレッスン室に来たということはそういうことなのでしょう。



「良ければレッスン。ご一緒しませんか?」



「……一緒に……ですか?」



少し、文香さんの表情が明るくなった気がします。



昨日の今日ということもあって何やら文香さんとは縁を感じますね。



ひとまず、緊張をほぐす為にも体を動かしましょうか。



お互いに鏡を見ながら体操を始めます。



「……こうして私は、日々レッスンをしていますが」



文香さんが真っすぐ鏡を見つめながら唐突に口を開きます。



「あまり……アイドルになれたという実感がわきません」



「鏡の前の自分は、こうして、無表情で……不器用で」



それはまるで、このままで良いのだろうかと自分に問い掛けている様でした。



私にもそれが合っているのか間違っているのかは分かりません。



ただ一つ言えるのは……



「何度も繰り返して、少しずつだけど着実に前進していく……それが私の流儀なんです」



焼き物の形成には、基本となる土台が重要ですから。



少しだけ、文香さんの表情が柔らかくなりました。



「そうでした……物語も、ページを飛ばして読んでしまっては……見える景色に意識が追いつかなくなってしまいます」



「何事も基本ですね」



「ええ……基本は大切です」



そう言うと文香さんは一つ、深呼吸をしてからこちらに向き直ります。



「……肇さん」



「はい! なんでしょうか?」



「……レッスン。よろしくお願いします」



お互いが振り付けを知っている曲を何曲かセットし、音楽をかけます。



最初は間の取り方、タイミング、ダンスを綺麗に見せる要素のほとんどがバラバラでしたが、数をこなしているうちに気付いたことがあります。



文香さんの歌声に誘い込まれるように、私自身の課題であったリズムのズレが無くなっていき、だんだんと二人の動きが合うようになっていきました。



器に魂がこもるように、なんだか私達がひとつの物として出来上がっていくような気がします。



レッスンが終わり、呼吸を整えます。



今日一日でここまで来れた、明日もやれば、もっとたくさん繰り返せば……



頭の中で楽しく歌い踊る、私と文香さんのイメージが湧いていきました。



私は文香さんの方へ向き直り、手を差し出します。



「もし……もしよろしければこれからも一緒にレッスンをして頂けますか?」



あ、勿論お互いの予定が合うときに。と慌てて付けたし、返事を待ちます。







差し出された肇さんの手に、私は少し戸惑いました。



今日もダンスや歌について行くのがやっとで、正直、肇さんの役に立てたかといえばそうでない気がしたのです。



それでも、彼女の世界にもっと触れてみたいと思いました。



もし、この気持ちが許されるのであれば。



彼女の手を両手で包みます。



肇さんは私の目を真っすぐに見つめ、パアァと表情が明るくなります。



レッスン室を後にし、事務所の扉を開けると、プロデューサーさんが待っていましたと言わんばかりに、私達に向かって手招きをします。



彼のデスクに向かうと、二枚の封筒が並べられていました。



中を見るように促されましたので、取り出してみると一枚の企画書が入っていました。



「……ライブ、ですか……?」



そこに書かれていたのは合同ライブの文字。



メンバーには周子さんや、そらさんの名前も書いてありました。



その下に、肇と文香ーず。なる不思議な文字列があります。



これについて触れていいのか悩んでいると、隣に居る肇さんがプロデューサーさんにこれは一体……? と聞いていたのでホッと安心しました。



プロデューサーさん曰く、もともと私と肇さんはソロで出演させる予定だったのが、急遽ユニットとしての出演になったようです。



ライブなんて、私にできるでしょうか……こんな、言葉を只、紡ぐだけの私に……



「大丈夫、大丈夫。気負いすぎちゃ駄目だって」



急に聞こえた声に驚くと、周子さんが中身の沢山つまったビニール袋を両手に持って事務所へ入ってきていました。



「おかえり。周子」



「ん。お茶請けの補充はこのぐらいあれば十分でしょ?」



ああ、助かったと言いながらプロデューサーさんはレシートとビニール袋を受け取ります。



「文香ちゃんなら大丈夫だって、肇ちゃんもそう思うでしょ?」



周子さんの言葉に肇さんも深く頷きます。



「私は文香さんと一緒に、ステージに上ってみたいです」



きっと自分だけでは出せない色があるからと。続け、よろしくお願いします。と頭を下げられてしまいました。



レッスンを一回、一緒にやっただけなのに、話がここまで進んでしまうとは思いもよらず。困ってしまいます。



その様子を見兼ねたのか、周子さんが一枚の写真を取り出しました。



「昨日、皆でお茶会をしてたときに、密かに椿さんが撮ってた写真なんだけどさぁ」



そこに写っていたのはみちるさんから貰ったパンを頬張る私でした。







その表情は……笑顔。



あの時、自分では気付かなかった……そらさんや朋さんの様な満面の笑みとは言えませんが、口角が上がり、目は細めています。これが私の笑顔。



「アイドルらしくなんて二の次でさ、やってみたいことやってみようよ。文香ちゃんだってこんな表情が出来るんだからさ」



周子さんがそう言って笑顔を向けます。



気づくと肇さんが、私の手を両手で包み。

お願いします。と今度は目を見つめながら言葉を放ちます。



嗚呼、その目はなんだか反則な気がします。



プロデューサーさんの、じゃあ決まりだなという声に、肇さんの笑顔がより一層輝きました。



鏡を見ていないので分かりませんが、この時の私の表情はきっと笑顔だった筈です。



「ところで周子。その写真は焼き回しできる?」



「お菓子と交換ね」



「……仕方がないな」







桜並木の中、肇さんと帰路につきます。



春めいた夜気の心地よさに桜の花も明るく感じます。



「改めて、よろしくお願いしますね」



隣に並んだ肇さんが嬉しそうに声を上げます。



私もよろしくお願いします。と返しますと、また嬉しそうに笑います。



小首を傾けますと分からないんです。でも嬉しいんです。と、空を見上げ小さく、あ。と零します。



私も釣られて空を見上げると、夜空に満月が浮かび上がっています。



「故郷の家族も、この月を見ているのでしょうか」



遠くを見つめて、遠くを見据えながら少し寂しそうに話します。



「こうやっておじいちゃんと月を見ていたんです。元気でやってるかなぁ」



肇さんの滲んだ目と霞みがかかった朧月が重なって見えた気がしました。



その夜、私はこんな夢を見ました。



気がつくと川辺に立っており、周りを見渡しても人影もありません。



月の光がぽっかりと道を照らしているようで、その道を歩いていく事にします。



その道は一軒の民家に続いていて、どうすればいいだろうと悩んでいますと、縁側にポツリと人影が見えました。



近付いて見ると、一人の老人が、柱を背もたれにし、月を眺めていました。



「……お客さんか……珍しいな」



その老人が手招きをしながら私を呼びます。



「簡単な物しか出せないが……」



そう言いながら、急須から湯飲みへお茶を注いできます。



頂きます。と口に出し、お茶を飲むと心地好い温度で喉から、胸、そしてお腹の中がジンワリと暖かくなっていきます。



「……口に合うかどうか分からないが」



「……とても美味しいです」



「……そうか」



「……」



「……」



手元にある湯飲みをよく眺めると、形状に波があり、手作りという事が分かります。



私がしげしげと眺めていると老人が、形は悪いかもしれないがモノは良いモノだと、頬を掻きながら答えました。



視線を手元から夜空に浮かぶ満月に戻し、手が届きそうなくらい近いですねと投げかけると、老人が少し驚いた顔をして、そうだな。と一言。



「……もし、月が明るいせいで星が見えなかったら」



どうすればいい。と老人が呟きます。



……星が見えなかったらなんて、そんなことを考えもしませんでした。



それでもきっとその答えは私が伝えるべきじゃない。なんとなくそう思いました。



「……そうか」



老人がゆっくりと立ち上がります。



月を背にした老人の姿はまるで、お話に出てくる月下老の姿にとても似ていて……



「どうか……孫をよろしく頼む」



月の光に照らされ、視界が白に包まれていきます。







「……いよいよですね」



衣装を纏い、ステージの袖で私と文香さん。二人並びます。



「似合ってるわ。二人とも」



いつの間にかステージから下りて来ていたハートウォーマーの三人が私達に声をかけます。



皆さんのステージも素敵でしたと伝えると。朋さんが照れながら、まぁね。と答えます。



「ともかく、会場の空気は暖めておいたわ」



ハートウォーマーは心だけじゃなく、空気も暖めるのよ。



ビシッという音が立ちそうな位の決めポーズをした後。頑張ってね。という言葉と共に朋さん達が去っていきました。



改めて、この世界には様々な方が居ます。



器の色や形は違っても、それぞれ綺麗な色で煌めいてると。



ふと、空を見上げれば大きな月が顔を覗かせていました。



月は憧れ。その憧れが綺麗に瞬いてしまい、自分の光が霞んでいたとしても……大丈夫。



後ろには背中を押してくれるプロデューサーさんが居ます。



遠くから見守ってくれる家族が居ます。



周りには仲間が、目の前には応援してくれるファンの方が、そして横には……



文香さんが私の視線に気がついたようで、私に微笑みかけます。





ーー行きましょうか。



そう聞こえた気がします。



私も頷き、駆け出したくなる想いを抑えずに、行きましょう!







精一杯、輝く星になるために!



ステージに飛び込むその瞬間、目に映る全てのものがスローモーションになっていく様な気がしました。



涼やかに……包み込むように……せせらぐ言の葉の音色を奏でて行こうと思います。



今まで積み上げてきたレッスンも、このステージも、きっと小さな一歩なのかもしれない。



だけど、それでも私は文香さんと出会い、言葉の持つ力を知りました。



イメージを大切に歌う……でもそれだけじゃなく、私の想いを言葉にして歌詞に乗せる。



私の色がまた一つ増えた気がします。



遠くにいる人達に、直接言葉は届けられなくても、私は歌うから。



だからちゃんと聞いていてください。私達の歌を。



そうしてまた、私達は運命のドアを一つ、開けていきます。





一曲目を歌い終わり、波のように押し寄せる拍手を一身に受け止めます。



しかし曲はまだ終わりません。



テンポは段々とゆっくりとなっていき、私と文香さんは深呼吸を一つして、息を整えます。



綺麗なピアノの音が交ざり始め、会場がざわつきます。



私達の物語はまだまだ続いていきます!







これから紡ぐ『STORY』



読者はファンの皆さんです。



小さな一歩。



思えばそんな小さな一歩の連続でした。



あの日、プロデューサーさんに手を掴み、いつも本を読んでいた室内から一歩踏みだし。



レッスンを重ね、ステップを踏みだし。



目まぐるしく開かれていくページの余白に誰かがどんどん、寄せ書きのように沢山の色で書き足していく。



その一つ一つが大切な出会いであり、私にとっての宝物になっていきました。



肇さんと出会い、理想を描く大切さを知りました。



そこに在るもの、そこにいる自分が全てであった私にとって、きっとアイドル・鷺沢文香は霞みがかかり、輪郭がぼやけた存在だったと。



しかし、今ここに居る私はこうして、笑顔で歌って、踊っています。



きっと私の歌で、物語で、ファンの皆さんに笑顔を届けたい。



そんなアイドルになりたいと強く思いました。





一つ一つの出会いが、今の私達を創りあげてくれました。



だから私達は歌を紡いで、連ねていきます。



歌と人を、人と人を繋ぐ為に。



そうしていつか、ガラスの靴にも手を届かせるように……





曲が終わり、先ほどよりも大きな拍手が私達を包んでいます。



隣に居た肇さんと笑い合います。



今だから言えるかもしれないですね……約束された出会いだと。







言葉を千色の彩りで染め上げる。「月下氷姫」







私達の物語は永遠に。









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