2016年05月17日

響子「恋するオトメは何色の瞳をする?」


・吉岡沙紀ちゃんと五十嵐響子ちゃんのSSです









SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1462716295





その日は予報通りに、キレイな青が一面に描かれた空模様でした。



こんないい天気の日に、ひとり事務所のソファに浅く座って難しい顔をしている人がいて、

これがいいかな、いやいやこっちかな、これも捨てがたいなぁ、

なんて、珍しくひとりごとが蓋から漏れ出しちゃっていて、

普段見慣れない姿にすっごくかわいいなぁって。





よっぽど集中しているみたいで、私が近くに立っても、

手に持ったスマホから視線を外すことなく悩み続けていた。



さすがに覗き込むのは失礼かなっておもったから、

隣にゆっくりと腰を下ろすと、ぎゅうっと布がこすれる音が静かな部屋に響く。



それでも、うーんって言いながら、まったく気づいていない。



なんだか透明人間にでもなったみたいで、

しばらくしてから、いじわるな私がひょっこりと顔を出してきた。





ゆっくりと顔を近づけて、すぐに溶けていきそうな声で「沙紀さん」と名前を呼んでみたら、

いままで聞いたことなんてないひっくり返ったみたいに変な声を出して、

手にしていたスマホが宙に待った。



行き場を探すように、重力に逆らうこともなく、

机の上に置かれていた分厚いカタログの上へきれいに着地して、

目をつむるような音は出ずに済んだけど、

横にいる沙紀さんは状況がまだ把握できないみたいな表情のままでかたまって動かない。



沙紀さん、ってもう一度声をかけると、ようやく私に気づいたみたいで、

空気を掴んだ手を動かしながら、回らない口で、



「あ、ああっ、響子ちゃん、おはようっす」



いつもの余裕がある表情とは違って、ちょっとだけ、ぎこちない微笑みだった。





「おはようございます。どうしたんですか? ずいぶんと悩んでいたみたいですけど」



「いや、いや、なんでもないっすよ、なんでも」



オーバーに両手を動かして否定しても、歯切れの悪い言葉で、

なんでもあるっていうことがすぐわかってしまって。



「なんでもないことないですよね?」っておもわず追撃。



私の一撃はおもったよりも強かったみたいで、

ロボットダンスみたいな動きであたふたする沙紀さんは初めて見たかも。



もごもごとなにかを口にしていたけど、

うまく言葉になっていないそれはシャボン玉みたいに弾けて消えた。





「いや、えっと、その」



「なにか悩んでるみたいでしたよ? 私の勘違いですか?」



自分でもびっくりするくらいに、今日の私はいじわるだ。



じっと沙紀さんの目を見ても、ちゃんと合わせてくれない。

目は口ほどに物を言う、なんて。





「き、響子ちゃん、近いっす」



「だって、沙紀さんが言ってくれないから」



「言ってって、別になにも」



「ありますよね?」



「う……」



さすがにやりすぎかな、

ちょっとだけ瞳がうるうるとして、眉が下がっていて、

すごく沙紀さんを困らせちゃっている。



いつの間にか上に乗っかるみたいに体を寄せていたみたいで、

他の人からは沙紀さんを襲ってるみたいに見えるのかなって、

気づいたら急に恥ずかしくなって、浮いていた腰をソファに下ろした。





なんで私が照れてるんだろう、

おかしくなって、笑いたくなった。



どうしちゃったんだろう、今日の私は。



微熱で足元が浮いてるみたいだ。



「ど、どうしたんすか、響子ちゃん」



「なんでも、なんでもないですよ、私の方は」



「そ、そうすか」



「ふふっ、はい、沙紀さん、どうぞ?」



「ど、どうぞって」



「なにを悩んでたんですか?」





漫画なら、ぎくり、なんて文字がつきそうな顔をして。



「えっと……」



「ほら、言ったら楽になるかもしれませんよ?」



「そ、そうっすかね」



「そう、ですっ」



「今日の響子ちゃん、押しが強いっす」



「沙紀さんのせいです」



「アタシの?」



「はいっ」





なにかしたかなぁ、って小さく口に出して、首をかしげる沙紀さん。

その仕草が、すごいかわいくて、同性の私でもおもわずドキッとしてしまった。



ボーイッシュとか、かっこいいとか言われる沙紀さんだけど、

実はスタイルがすごいよくて、笑顔がとびっきりかわいくて、

みんながおもっているよりずいぶん女の子している。



髪を少し伸ばしてみるだけですごく印象が変わるとおもうんだけどなぁって伝えても、



「アートしてると邪魔だし、そういうのは響子ちゃんみたいな子が似合うっすよ」って。



以前、うたた寝していた沙紀さんにこっそりエクステをつけようとしたら気付かれちゃって。



絶対似合うのになぁ。





「やっぱり、考えてもわからないっすよ」



今度は少し困ったみたいな表情。



別に沙紀さんを困らせたいわけじゃないから、

液晶がカタログに面したスマホを人差し指でさすしたけれど、

目の前にいる人の顔は、ますますあやふやなものになっていった。



「スマホ片手になにか悩んでたんじゃ?」



私が答えを言うと、一度パッと目を見開いて、

斜め上に視線を飛ばしながら頬をひとかきした。



同じ方向を見てみても、

そこには昨日ちひろさんが交換したばかりの明るい蛍光灯があるだけだった。





「あー、えっと、そうっすね。うん、悩んでた、かな?」



ずいぶんと歯切れの悪い言葉に、今度は私の眉間に少しだけ力が入る。



「悩んでたんですよね?」



「そう見えたっすか?」



「そうとしか見えませんでしたっ」



「なら、そうっすね……」



ごまかすにも、もう少しうまくできたんじゃ?



「うー、こういうの苦手っす……」



ついには両手で顔を覆ってしまって、言ってしまえばいいのに、どうしちゃったんだろう。



さすがに心配になってきて、なんだか、沙紀さんらしくない、

というか、知り合ってそんなに経ってないとはいっても、こんなを姿を見たことがなかった。





「どうしたんですか? 私、聞かない方がいいです?」



「いや」



騒がしい心を落ち着かせるみたいに、大きく息をはいて、

吸って、それを二回繰り返すと、横たわったままのスマホを持って、

私にむかって口を動かし始めた。



「実は……」





 *







私と沙紀さんの出会いはドラマとか映画みたいなものじゃなくて、

なんてことのないありふれたものでした。



地元でスカウトされて、

上京してからまず見に行った場所が事務所から徒歩五分のレッスンスタジオで、

その時間にちょうどレッスンしていた人が沙紀さんだった。



トレーナーさんとマンツーマンでダンスレッスンをしていて、

踊ったことなんてほとんどない私からみても、

その動きは感嘆しちゃうようなもので、

隣で説明をしていたプロデューサーの話なんて、

沙紀さんの名前以外はまったく耳に入ってこなかった。





申し訳ないなぁ、っておもったけれど、あとから聞いてみれば、

プロデューサー自身も沙紀さんを見ながらなにを話していたのか覚えてないって。



それくらい目の前にいるアイドルに、私たちの目は、心は、奪われていた。



「僕も初めて見たよ、吉岡のダンス。いやぁ、やるなぁ」



休憩時間になって届いた言葉は変に他人事みたいに響いて、

プロデューサーがスカウトしたんじゃないんですか? って聞くと、



「いや、彼女は後輩が見つけてきたんだよ。あいつ」





そう言って示した指の先を見ると、

両腕を組んだまま椅子に座って船を漕いでいる、

濃いめの茶髪をしたスーツ姿の男の人がいた。



それに気づいたプロデューサーは無言で距離を詰めていって、

その人の頭をパシッと叩くと、乾いた音が聞こえた。



小さい声でなにか一言、二言話して、

再びこっちに戻ってきたプロデューサーの顔は少しだけ険しくなっていたけれど、

私が声をかける前にいつもの表情に戻っていた。





叩かれた後輩さんはあまり悪びれた様子もなくて、大きなあくびをしたあと、

その場でラジオ体操めいた動きで一応眠気を飛ばしているみたいだった。



「あいつはいつもああなんだ」



ため息と一緒にこぼれた愚痴に、私はただ、はぁ、と反応するしかなくて、

それ以上の言葉を紡げなかった。



「お疲れさまーっす」



「あぁ、お疲れさま」



「見学っすか?」



真っ白なタオルで汗を拭きながら、

すぐそこにいるアイドルは私の方をむいて、柔らかな顔で微笑んできた。





「あ、私」



「五十嵐響子ちゃんっすよね?」



なんで私の名前を、と口からこぼれそうになったとき、



「そりゃあ、これから一緒にやっていく仲間なんすから、話は聞いてるっすよ」



それもそうだ。



五十嵐も明日にはあっち側だ、ってプロデューサーの言葉に、

あんな風にできるのかなって、別に自信があったわけじゃないけど、

このドキドキは不安と期待が半々で、

いや、不安の方がどちらかといえば多くて、体の中をぐるぐると回り始めた。





例えば、私はアイドルになりたい、って気持ちを持っているわけじゃなくて、

みんなに歌を届けたいとか、そういう強い意志なんてどこにもない、

プロデューサーの「君ならアイドルになれる」なんて、

使い古された口説き文句に乗せられて、

鳥取という遠い田舎から飛び出してきた(自分で言うのはおかしいけど)普通の女の子なんだ。



そんな私の気持ちを察したのか、

おへその前でぎゅうっと握っていた両手をとって、

今度は子供みたいに無邪気で、真っ白な笑顔を沙紀さんはしてきた。





「大丈夫っすよ、私だってまだまだ慣れないことで、ミスしてばっかで」



じんわりあたたかい手はさらさらしていて、当たり前だけど女の子の手で。



「まだステージにも立ったことないし、自分がそこで踊ったり、歌ったりって考えると、

 いまから足が震えちゃうっす。情けない話っすよ」



両手から伝わる体温が少しだけあがった、気がする。



「ここだけの話、アイドルなんてなるつもりはさらさらなかったんすよ。

 でも、そこで大あくびしてる人にうまく乗せられちゃって」



振り返ると、ペットボトルをひとつ持った茶髪の人がそこに立っていて、「俺のせい?」

っておどけながら大げさに肩をすくめた。



アメリカの映画でしか見たことのないそのポーズに、

この人がどんな人なのか、ちょっとだけわかった気がする。





「響子ちゃんもスカウトだよね? アタシと一緒っす」



まだ書類ひとつだけで、

アイドルどころかその卵にもなっていない自分が言っていいことじゃないかもだけど、

沙紀さんも私と同じなんだ。



あんなにかっこいい踊りをする人でも、どこを目指して歩けばいいのかわからない。



そう考えると、心についた黒々とした重りがほんのちょっとだけ軽くなった。





「でもやるからには全力で、目指さなきゃ、自分の描くアイドルってアートを」



アイドル。



アート。



ふたつとも私からは縁遠い言葉だったけど、なんとなくわかるような気になった。



「一緒に走れる仲間がいるだけで、ひとりより遠くに跳べそうな気がするっすよ」



仲間って、言われたことのない単語に、心の端っこがちょっとだけくすぐったくなった。





 *







「……ということっす」



話が終わると同時に、

沙紀さんの頭はどんどん机に近づいていって、ごちんって音を立てて不時着した。



「うー、恥ずかしい……」



要約すると、近々泊まりで地方ロケがあって、

そこに沙紀さんのプロデューサーと一緒に行く。



衣装は別に問題はないんだけど、ホテルで休むときの格好について、すごい悩んでいた。



普段ならシャツにジャージのパンツとか、スウェットでいいんだけど、

せっかくだし女の子らしいルームウェアやパジャマがいいなぁっておもって、

もちろんそんなものは持っていないから、

ついさっきまでスマホとにらめっこしていたということみたい。





大きなため息がひとつ漏れて、上半身を起こした沙紀さんの表情は、

窓から見える空とは正反対な曇り模様だった。



「バカっすよね……こんなつまらないことで頭悩まして」



「そんなことないですよ。大事なことで……」



「ことで?」



「なんでもないです、ふふっ」



「やっぱり今日の響子ちゃん、いじわるっすよー」



別に言ってもよかったんだけど、いまの沙紀さん、

すっごいかわいくて、きっと多分、いままでで一番女の子してるんじゃないかなぁ。





よく見ると、癖っ毛からのぞいた耳はすっかり熟れていて、白い肌を赤く染めていた。

熱を帯びていそうなそれにおもわず触れて確かめたくなったけれど、さすがにそれは自重した。



そういえば。



「そういえば、沙紀さんはプロデューサーさんのことが」



「え、あ、いや、その」



「好きなんですか?」



そういえば、聞いてなかったなって。



「えーっと、い、いやぁ、どうなんすかねぇ」



その言葉、全然はぐらかせていない。

赤はますます色を濃くして、答えを聞かなくてもなんてわかりやすい。





「どうなんです?」



「どうって……」



あぁ、さっきと同じ流れだ。



「好き、なんですよね?」



隣にいる人の横顔をじっと見て、

一字一句こぼれないようにゆっくり、確実に言葉を投げかける。



いつも前を向いて、

歩みを止めないような人が今日はずいぶんと伏し目がちで、おとなしい。



でも、その横顔はすごく綺麗で、

おもわず目的を忘れちゃうくらい見とれてしまって、意味もなくドキドキしちゃって。



本当に、沙紀さんは恋をしているんだ。



いいなぁ。





「……そう、っす」



消え入りそうな声だったけど、はっきりと私の耳には届いて、そのまま空気に溶けていった。



「やっぱり」



「や、やっぱりって、なんで知ってたの」



「それは見てたらわかりますよ」



「え、そ、そうなんすか……」



「はい。それはもう、すぐプロデューサーさんのことを目で追ってるのを……」



「わ、わざわざ口に出さなくていいっすよ!」





からかうのはここまでにして、改めて当初の目的に入りましょう。



沙紀さんのスマホを机の上に置いて、何個も開かれたタスクをひとつずつ見ていく。

淡い色やビビットな色まで、いろいろなルームウェアがそこにあった。

共通しているのはどれも女の子っぽいものだってこと。



「あっ、これ、かわいいですね」



「これも捨てがたいかなっておもうんすけど」



小さい画面の上をふたりの指がするすると動く。



まさか沙紀さんとこういうことができるなんて、

驚きと一緒にぽわぽわとしたあたたかい気持ちが生まれて、すっごく楽しくて、嬉しい。





まだ恥ずかしさが残る横顔を見て、あぁ、この人、かわいいなぁ、って改めておもって。



「こ、これが一番気になってるんすけど……」



申し訳なさそうに、もっと自信を持って言えばいいのに、

沙紀さんが指した先を見ると、すごくかわいらしい空色のパジャマがあった。



どうするってわけじゃないけれど、これを着た沙紀さんを見て、

沙紀さんのプロデューサーはどういう反応をするんだろう。



私の頭の中では、普段見せない乙女なこの人の姿を見て、

短くて素敵な言葉をつぶやいている。

きっと現実もそう、絶対そうなんだ。





「これにしましょう!」



「え、は、はやい」



「自分が一番いいっておもったものが一番ですから」



「そういうものっすか」



「そういうもの、ですっ」



「響子ちゃんがそう言うなら……」



「はいっ、楽しみですねっ」





へへ、ってはにかんでスマホを持つと、画面を押していく。

自分のことじゃないのに、なんで私がわくわくしていてるんだろう、

でも、こんな沙紀さんを見ちゃったら、誰だってそうなるに決まっている。



空を見る。

相変わらずそこには吸い込まれるような青があって、

綿菓子みたいな雲がいくつもちぎられて置かれていた。



隣を見る。

注文しちゃった、って言って、

下唇を軽く噛んで、頬を赤く染めたかわいい人がいた。





その瞳は恋色に揺れていた。







おわり







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