2016年05月17日

藍子「ある日の昼下がり」


「おはようござい、まー……す」



 とある冬の日。

 ドアを開けながら元気よく挨拶をして……その声は段々萎んでいった。



 ゆっくりと中に入って、静かにドアを閉める。



「すぅ……………………」



 今日はそれなりに早く来たつもりだったけど、美穂ちゃんのほうが早かったらしい。

 ドアの方を向いてソファに座って、熊のぬいぐるみを抱きしめながら眠っていた。

 私が近づいて向かいのソファに座っても起きる気配はない。



「美穂ちゃんの寝顔、久々に見たなぁ……そうだ」



 音を立てないようにバッグの中に手を入れる。

 お目当ての赤いカメラは取り出しやすい場所にしまってあるから、すぐに見つかった。



「はい、美穂ちゃん。起きないでくださいねー……」



 パシャ、と静かな部屋にシャッター音が響いた。



「…………ふみゅ」



 これくらいでは起きないみたい。



「それじゃあ、もう一枚――」



「おはようございます♪」



 写真を撮ろうとしたところで、ドアの開く音と共に明るい声が聞こえた。



「んぅ……」



「ちょ……卯月ちゃん」



 少し身じろぎをする美穂ちゃんを見て、勢いよく振り向いてしまった。



「どうかしたの? 藍子ちゃん?」



 そのまま無言で後ろを指差す。



「あっ、美穂ちゃんがお昼寝中だったんですね。ふふっ、かわいいです♪」



 卯月ちゃんがそのままそっと歩いて近寄ってきた。





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「最近見てなかったから……起きないかなー……?」



 私の隣に立って、テーブル越しに顔を近づけて美穂ちゃんの寝顔を眺めている。

 ……さすがにつついたら起きるんじゃないかなぁ。触れる前に指を引っ込めてたけど。



「よしっ、それじゃあ私も…………撮っておこうと思いますっ」



 そう言いながら、ピンクのカメラを取り出した。

 私も両手でカメラを持ってたから、なにをしてたかすぐにバレてたみたい。



「やっぱりまずは正面から……」



 ソファに座ってカメラを構える。

 少ししてからカシャ、と軽い音が鳴った。



「藍子ちゃんはどんな写真を撮ったの?」



「私も正面からだけだよ」



「それだけじゃもったいないですよね?」



「それはそうだけど……あんまり撮ってると美穂ちゃんが起きちゃうよ」



「大丈夫だと思うんだけどなぁ……」



 またシャッター音が鳴った。

 さっきから美穂ちゃんは身動きもしなければ息も乱れていない。

 ……本当に大丈夫なのかな?



「ちょっとだけ、横顔を……」



 そうなると、ちょっと欲を出してしまうのが人というもので……私は悪くない、はず。

 美穂ちゃんの左側に回って、少し腰を落とす。



「そーっとそーっと……」



 パシャ、という音がやけに大きく聞こえた。



「ふぅ」



 反応がないことを確認して、大きく息を吐き出す。



「藍子ちゃん」



 そんなところに、少し位置をずらしてカメラを構えた卯月ちゃんが名前を呼んできた。



「……いらっしゃいませ♪」



「すっごく不本意なんだけどっ」



 ぐっ、といい笑顔でサムズアップ。そんなところで特技を使わないでほしい、切実に。

 そもそも卯月ちゃんは計画的だけど、私のは魔がさしたというか……





「大丈夫です。わかってますから♪」



「絶対わかってないってば。私はちょっとだけ―ーあっ、卯月ちゃんまた撮ってる」



「だって、美穂ちゃんは、なかなか、起きないから、つい」



「って言ってる間に何回撮ったのっ?」



「藍子ちゃんだって撮ってるじゃないですか」



「私はほんのちょっとだけだもん」



「藍子ちゃん……確かに一期一会の写真はとってもいいものです。だけど、もっといい写真を撮りたかったら、たくさんの中から選んだほうがいいんだって……アイドルのお仕事を通して、私、思ったんです」



「いい話みたいに言ってるけど、それただの欲望だよね?」



「……そうとも言いますね♪」



 卯月ちゃんと会話しながらも、美穂ちゃんの写真は撮り続けていた。

 気づいたら私は美穂ちゃんの隣で膝立ちになって、卯月ちゃんはテーブルに腹這いになってカメラを構えていた。

 こんなに近くで騒いでたらさすがに起きるよね……?



「んー…………?」



「あっ……」



 美穂ちゃんが起きた。薄目が開いて、少し頭が揺れている。

 時間が止まったようになった部屋の中で、カシャ、と音が鳴った。



「ふぇ……? あれ……?」



 まだ寝ぼけてるみたい。

 今のうちにと、二人で素早くカメラをしまった。





「おはよう、美穂ちゃん」



「美穂ちゃん、おはようございます♪」



「え、おはよう……?」



 うん、挨拶は大事だね。

 美穂ちゃんも爽やかな目覚めに――



「ってそうじゃなくて! さ、さっきなにをしてたのかな?」



 ――やっぱりならないよね。



「もう、美穂ちゃん? もうお昼だよ? いつまでも寝ぼけてちゃダメだよ」



「せっかくミーティングのために集まったんですから、目を覚ましましょうね♪」



「二人ともわざとらしいよ! 絶対写真撮ってたよねっ!?」



 もう美穂ちゃんの中で結論が出てるなら、そんなこと訊かなくてもいいのに。



「記憶にございません!」



「卯月ちゃんが勝手にやりましたっ」



「それ! もう認めてるからっ!」



 とはいえ、このままじゃ話が進まない。



「ほら、落ち着こう? ちょっとだけ、ね? 美穂ちゃんのアルバムに写真が増えるだけだから……」



「あっ、藍子ちゃん。そろそろ新しいアルバムを買いに行かないと」



「今日の寝顔でいっぱいになりそうだね」



 そういえば、そろそろページがなくなる頃だ。

 こっちはデザインが決まってるから買うときに悩まなくていいからすぐに終わるんだけど、それはそれでちょっとつまらない。



「……こ、こんな写真をアルバムに貼るの? ほ、本当に……? だ、だって、今までこんなの残してなかったよ……?」



「大丈夫、これは裏行きだから」



「う、裏っ!?」



 資料棚の下段左奥に『CGプロ月次報告 1994年』ってラベルを貼って置いてある。次は1995年かな?

 ちなみに、そんな昔にこの事務所は存在していない。



「大丈夫です! 誰にも見せてませんから!」



「それ以前に、そんなこと知りたくなかったよ……」



 美穂ちゃんががくりと項垂れた。

 たぶん、他の人が知ってたとしてもちひろさんだけだと思うから……慰めにならないけど。





「……気を取り直して、今日は早めにミーティングを終わらせてしまおっか! ね? 藍子ちゃん? 卯月ちゃん?」



 ちょっと間を置いて、美穂ちゃんが復活した。

 それはいいんだけど、なんだか押しが強くなってる。



「私もなるべく早く決めたいとは思うけど……」



「日が暮れるまでに終わればいいから! ね?」



「えっと、そう、なのかな?」



 やたらとぐいぐい来る。

 美穂ちゃんの笑顔は完璧なのに、ちょっと恐い。



「それで、藍子ちゃんと卯月ちゃんは先に帰っていいよ?」



「え、いや、それは……」



 卯月ちゃんと顔を見合わせる。

 なんとなく、裏がありそうで。



「だって、ねぇ、卯月ちゃん? 表情と視線は正直だよね?」



「みっ美穂ちゃん? なんだかプレッシャーがすごいですよ……?」



「資料棚の下の段、左側かな?」



「ええっ!? なんでですかっ!?」



 その反応は正解だって言ってるようなものだよ卯月ちゃん……

 隣でばつが悪そうな顔をした卯月ちゃんを見て、小さくため息をついた。



「というわけで。私、お話しが終わったら、少し、残るね?」



「「はい」」



 私達には、それ以外の返事はできなかった。





「はぁ〜〜…………」



 美穂ちゃんが大きく息を吐いてソファに埋まるのと同時に、きゅう、とかわいらしい音が聞こえた。



「そ、その生温かい目で見るのはやめて〜」



 気が抜けたせいでお腹が鳴ってしまったみたい。



「もうお昼だもんね。先にごはんにしよっか」



「あ、じゃあ私がつくるよ!」



 卯月ちゃんが身を乗り出して挙手をした。



「ここで? ちなみに、なににするの?」



「ぺ ぺ ロ ン で す !」



「あ、うん」



 知ってた。

 そう思った時には、卯月ちゃんは跳ねるようにソファから降りて給湯室に向かっていた。



「パスタとニンニクとオリーブオイルと唐辛子と――」



 ごそごそと棚や冷蔵庫を漁っている。

 そのうち鼻歌でも聞こえてきそうなくらいに上機嫌だ。



「久しぶりに僕がつくるよ♪ 何が食べたい?」



 訂正。もう歌ってた。



「僕はいつもペペロンチーノ♪」



 ペペロンチーノの歌かなにかだろうか。

 こうなったら卯月ちゃんは完成するまで出てこないだろうし、今日のお昼のメニューは決まりかな。



「卯月ちゃん張り切ってるね……ちょっとかかるけど、美穂ちゃんは大丈夫?」



「私は大丈夫。まだ我慢できないってほどじゃないし。だけど……」



 美穂ちゃんが給湯室の方に視線を向ける。



「おいしさを知ってるだけに、匂いがつらいかな」



「ああ、途中からいろいろと炒めたりするから……」



 たしかに、お腹が空いてるときにおいしそうな匂いを嗅ぎながら待ってるのはつらいものだ。

 自分でつくるなら、適当に手早く済ませてしまうんだけど。



「待ってる間になにか食べちゃうのももったいないし」



「そうだよね……よし、美穂ちゃん! 頑張って!」



「え、応援するだけ?」



「私はまだ耐えられるから」



 美穂ちゃんより朝ごはんが遅かったと思うし。

 うん、私の方はちょうどいいくらい。



「藍子ちゃんも一緒に頑張ろうよ! ほら、オリーブオイルの香りが――」



「きーこーえーまーせーんー!」



「藍子ちゃんも思い浮かべるの! 卯月ちゃんのペペロンチーノを! ほらっ!」



 耳を塞いでいる手を掴まれて、攻防が始まる。

 動くと余計にお腹が空きそうだし、美穂ちゃんが自分の言葉で自滅していってる気がするんだけど……いいのかな、これ?





 争いに疲れてぐったりしていたところで、ようやくお昼ごはんが出来上がった。



「それでは、いただきます♪」



「いただきます」



「いただきますっ!」



 美穂ちゃんだけ待ちきれないといった様子でフォークを手に取った。



「おいしい……!」



「焦らなくても、たくさんありますからね」



 美穂ちゃんはさっきのでかなり消耗していたらしい。

 私はというと、元々空腹ではなかったし、少し休んだら回復していた。

 伊達にスタミナ特化(パッションのみんな)と付き合ってはいない。



「ん〜、やっぱりこのなにもない感じが最高です!」



「なにもないって……」



 今日のは置いてあったベーコンも入ってるけど。



「使う材料は少なくて保存の利くものばかり! 手軽でどこでもつくれて、一番おいしい! 完璧ですよね♪」



「は、はぁ……」



 どうやら、そういうことらしい。



「藍子ちゃんのも食べたくなったなぁ」



「卯月ちゃんの方がおいしいよ?」



「自分でつくるのと、誰かにつくってもらうのは違うから。ね?」



「そうだけど、ね……あの練習を思い出すと……」



 一時期卯月ちゃんに鍛えられて、かなりの頻度でこれを食べていたことがあった。

 苦手ではないんだけど、自分でつくるのはあと半年は遠慮したいところだ。

 私としては、卯月ちゃんにつくってもらった方がいい。





「またつくるの?」



 美穂ちゃんが会話に加わってきた。

 一皿食べたら落ち着いたらしい。



「いやいや、まだなにも決まってないからね?」



 とりあえず否定しておく。

 好物の絡んだ卯月ちゃんもかなりめんど……止めるのが大変だから。



「じゃあ、藍子ちゃんが次につくるとしたら、ミートソースね!」



 なぜか美穂ちゃんからもリクエストが来た。

 つくれるけど、事務所でとなるとちょっと手間がかかるのに。



「え"〜ペ"ペ"ロ"ン"――」



「そう言って二週間に一回は食べてる気がするんだけど!」



「――うぅ……」



 卯月ちゃん、意外と弱かった。



「で、でも! おいしいものはおいしい――」



 いや、今日の美穂ちゃんが強いだけかも?



「ふぅ、おいしい」



 パスタをちょこちょことつつく。



「だからっていつも食べてたら飽きるよ! 卯月ちゃんはパスタ全部好きなんだからちょっとは違うものも――」



 いつもいつも巻き込まれてばかりだから、卯月ちゃんと美穂ちゃんと過ごすときにはゆっくりできていいなぁ……



「「それで! 藍子ちゃんはどっちをつくるの!?」」



 平和、だったんだけどなぁ……

 これでも騒がしさなら、他のユニットと比べたらまだ随分いい方なのが。



「しばらくの間パスタは禁止ですっ」



「「えぇ〜!」」



 そこ、なんで美穂ちゃんまで残念そうにするんだろう。

 この二人、本当に仲がいい。



「もう! 次なにかつくるとしたら、二人には実験台になってもらうからね?」



 手抜きレシピの試食係にしよう。そうしよう。



「じゃあそれでいいです♪」



「私もそれで!」



「って本当にいいの!?」



 まさかあっさり通るとは思わなかった。



「だ、だって藍子ちゃんの料理は試作でも失敗は少ないし……」



「それよりも、おいしいからいいかなって……」



「そ、そうなんだ……」



 これは、ちょっと気合入れないとダメかな。

 せっかく期待してくれてるんだから。





 食べ終わって、とりあえず片付けも終わった。

 お皿を洗うのは後に回すとして。



「それでは、『パステルガールズ』の定例イベントに向けての会議を始めますっ」



 ユニットリーダーとして号令をかける。

 今日私たちが集まった理由はこれだ。

 いつもテーマを決めて、それに合わせた内容のコーナーやミニライブを行っている。

 季節や行事に合わせたものが多い。



「今回は内容について会議をしてほしいとプロデューサーさんから連絡がありました」



 ソファの横にホワイトボードを置いて、向かいには卯月ちゃんと美穂ちゃんが座っている。

 ユニットでの話し合いの時には、私が進行を務めている。

 プロデューサーさんとの調整も私の仕事だ。



「『今回のイベントについては、全般的に高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処してほしい』とのことでした」



「丸投げですかプロデューサーさんっ!?」



 連絡事項を読み上げると同時に、美穂ちゃんから突っ込みが入った。



「はいはい、今はそんなことを話していても進みませんよ」



 そのまま愚痴に入ってしまいそうだったから、手を叩いて注意を向ける。



「もう『要するに行き当たりばったりってことじゃないですか』って抗議はしました。でイベント企画の全権を貰って来ましたもう今回は好きにやることにします」



「「…………」」



 おっと、いけない。ちょっとだけ負のオーラが滲み出ていたみたい。

 咳払いをして、空気を戻す。



「そういえば、そろそろ合同ライブがありましたよね?」



「今回はたしかCGプロが主催だったよね?」



「「あー……」」



 卯月ちゃんと美穂ちゃんが納得したような、諦めたような表情で声を上げる。

 だからこそ、強く言えなかったところもあるわけで。



「逃げたよね?」



「逃げましたね」



 楽をしようって考えがあるのも否定しないけど、仕事が本当に忙しいのも事実だし。

 一度くらい全部自由にしてみたいって気持ちもあったから。

 卯月ちゃんと美穂ちゃんも、結論は出たみたい。



「というわけで、合同ライブが終わったらその分働いてもらうこととして……今回は内容を私達で考えるってことでいいかな? セットとかはちょっとしたものなら使えるみたいだし、運営の方はちゃんとやってくれるみたいだから」



「異議なしです♪」



「うんっ! これはこれで面白そうだね!」



 二人とも、やる気は十分。これならなんとかなりそう。





「まずはテーマを考えるところから」



 ホワイトボードに最初の議題を書き込んだ。

 このホワイトボードは高さを調節できるから、座ったままでも書けて重宝している。



「な、なんか……いざとなると難しいね……」



「まぁみんな初めてのことだから、まずはなんでも言ってみて? お話ししてたらいい案が思いつくかもしれないし」



 ゼロからとなるとやっぱり難しいものだ。

 特に美穂ちゃんは慣れていないだろうし、気楽にお話ししながら考えればいいよね。

 最悪、今日で決まらなくてもいいんだし。



「そうですね……私はやっぱり、今までになかったようなイベントにしたい、かな?」



「せっかくの機会だから、その方向はいいかも。どんなのがいいかなぁ」



 卯月ちゃんの意見はいいと思う。具体的にってなると、考えなきゃいけないけど。

 そのままちょっと間を空けて、卯月ちゃんが口を開いた。



「……いっそのこと、テーマ『無し』で♪」



「え? い、いや、そ、それはいいの……かな?」



 不安そうに見つめられても、私にはどうすることもできないんだけど……



「いっそ完全に自由にすればいいんです! 全部フリートークで!」



「なんだか事故の予感しかしないよっ! というか大まかな方向性もないって、わ、私には厳しいんだけど……」



「ミニライブもその場で曲を指定したり! みんなでつくるセットリスト!」



「む、むむむむ無理だよ〜〜!」



 なんというか、卯月ちゃんの提案は内容自体は面白いんだけど……美穂ちゃんをピンポイントで撃ちすぎだ。





「セットリスト指定なしは負担が大きいから却下で。トークは保留するとしても、テーマはいいんじゃないかな?」



 卯月ちゃんの案を書きながら纏める。

 不可能なものもあるけど、方向としては悪くない。



「となると……先に衣装を決めた方がいいかも。そうすればちょっとはトークの内容も考えれるだろうし」



「衣装かぁ…………あっ! じゃあ、あれはどうかな?」



「あれ?」



 美穂ちゃんの指差す方を見ると、背の低い棚の上に……



「もしかして、写真?」



 今までに撮った写真は写真立てに入れて部屋の中に飾っている。

 全部は飾り切れないから、なにかイベントがある毎に変えているけど。



「最初に撮った写真の服とか……どうかな?」



「ああ、なるほど」



 一枚だけ、ずっと変えていない写真もある。

 一年と少し前、このユニットを組んだ日にここで撮ったものだ。



「いいアイデアだと思うよ。あの時の服はまだ持ってるし。美穂ちゃんは?」



「私もちゃんと持ってるよ。お気に入りだから」



 じゃあこれで問題はないかな。

 本当に、今回はなんでもありになりそうだ。



「ってええっ!? 私制服なんですけどっ!?」



 卯月ちゃんだけがなにやら慌てている。



「大丈夫だよ卯月ちゃん。まだあと数か月は制服を着ててもおかしくないんだから。卯月ちゃん十八歳」



「ま、まだリアルJKだからその、心配しなくても……」



「気にしてるのそこじゃないよ! というか二人ともひどい!」



 じゃあ、他になにか気にするところがあるのだろうか。



「不思議そうな表情をしないでください……一人だけ制服ってなんだか……アイドルとして着て人前に出たこともないし、いざとなると……」



「なるほど……」



 たしかに、いつも着ている制服でイベントに立つかと言われれば……



「で、ですよね! だから他の衣装にするか、いっそ全員制服で――」



「だからこの写真をスクリーンに映して説明しましょうっ」



「ちゃんと話せば、みんなわかってくれるよね!」



「あっれぇー?」



 そうはさせないよっ!

 ともかく、これで衣装も決定だ。『パスガ結成日の服』という文字に赤ペンでぐるぐる丸をする。





「ちょっと待った! まだ私は考える余地があると思います!」



 次に行こうと思ったんだけど、卯月ちゃんは未だに無駄な抵抗をしていた。



「じゃあ卯月ちゃん、なにか考えたの?」



「え? え、えーと……ここに来て普通の衣装は無いし、奇抜なのは余計恥ずかしいし、う〜〜」



 必死に考えてるみたいだけど、縛りがきついんじゃないかなぁ。



「…………レッスンジャージ、とか……?」



 意外とすぐに出てきた案は、予想の斜め上を行っていた。



「べ、別に恥ずかしくはないけど……そんなの着たところを見たい人なんているのかな……?」



「で、ですよね〜……はぁ……」



 ……………………



「だよねっ!」



「「藍子ちゃん……?」」



 特に深い意味はありませんけど、尊厳は守っておきましたプロデューサーさん。

 貸しひとつです。



「じゃあ、衣装は決定ということで!」



 色々な意味でなにか言いたそうな視線を無視して、宣言する。

 反対はなかった。





「じゃあ次は、トークの内容かな? もしくはなにかのコーナーだったり、ゲームでもいいけど」



「今回はイベント自体にこれといった特徴もないから決めにくいよね。運動会とかお正月みたいにできたらよかったんだけど……」



「でも、どうせなら新しいことをしたいですよね」



 テーマ『無し』だから、それと関連付けることもできない。

 今回なにか特徴的なものといえば……



「私服でのイベントだから、日常風景を見せるとか」



「あの、私は制服なんだけど」



「いつも事務所で着てる服でのイベントだから、日常風景を見せるとか」



「何事もなかったように言い直しましたよ!? 最近藍子ちゃんがひどいです……」



「まったくもう、失礼だよ」



 別にひどいことなんてしてないのに。



「ひど……くはないと思うけど。最近プロデューサーさんに似てきたかな?」



「……ふふっ」



「あ、藍子ちゃん?」



 ありえないありえないありえない……そりゃいいところもあるけど私はあんなに意地悪じゃないし自分がああなりたいかっていうと……



「ほ、ほら、今は会議中ですよ!」



「そうそう! 藍子ちゃんはなにか思いついた!?」



「え、ああ、そうだったね……」



 特別、これといったことは思いつかないけどな……



「いっそ、こたつでも持ち込んで時間いっぱいお話ししよっか」



 それくらいなら準備も楽だし、だらだら喋っているだけでもなんとかなるはず?



「いいと思うよ。今みたいな感じでいいなら私にもできそうだし。藍子ちゃんと卯月ちゃんも助けてくれるでしょ?」



「勿論!」



「私は自分で言っておいてぼーっとしないかちょっと心配だけど、頑張るよ」



「じゃあ決定だね!」



 美穂ちゃんの声に、二人で頷く。

 ホワイトボードには『こたつでトーク』の文字が加わった。





「最後はミニライブについてだね」



「待ってました!」



 途端に卯月ちゃんのテンションが上がる。

 本当に、ライブ好きというか。



「ここは四曲くらいなんだけど……卯月ちゃん?」



「はいっ!」



 話を聞く前から、手を挙げてた子が一人。



「持ち歌シャッフルをしましょう!」



「シャッフル……?」



 美穂ちゃんも首を捻っている。

 具体的にはどうするつもりだろう?



「1stシングルを残りの二人で歌っていくようにしたいなって。こういうのは今までやったことがないし、今回だけならいいんじゃないかな?」



「そうだね……うん、大丈夫だと思うよ」



 結成日の服を衣装にしたし、そういう選曲もいいかも。



「よかったぁ。順番は『S(mile)ING!』、『お散歩カメラ』、『Naked Romance』として……」



 セットリストを書き込んでいく。

 こういうのは卯月ちゃんが一番得意だし、特に気になるところがない限り反対することもない。



「やっぱり最後は三人で歌いたいよね?」



 そう訊いてきた卯月ちゃんに頷く。



「それなら『フルスロットルHeart』がいいな。まだ一回しか歌ってないから」



 最近出した曲で、まだ発売イベントでした歌っていない。

 ここでもう一回くらいはやっておきたい。



「盛り上がるし、いいんじゃないかな?」



 卯月ちゃんは賛成。美穂ちゃんはどうだろう?



「『恋せよ乙女!』のアルバムから一曲っていうのは……どうかな?」



「ああ、あんまり歌ってないのって、そっちもあったね」



 美穂ちゃんが挙げたのは、最近出したアルバムだ。

 明るい曲が多いから、最後に持ってくるのもよさそう。



「『Without You』とかいいかなって思ったんだけど」



「絶対ダメっ!」



 美穂ちゃんとの会話が卯月ちゃんに遮られた。

 ずいぶん強い口調で否定していて、こういうのは珍しい。



「そ、そこまで嫌だったの……?」



 ほら、美穂ちゃんがショックを受けてるし。





「いや、違うからね! 美穂ちゃんが悪いんじゃなくて、その、衣装が……」



「衣装って、今回はもう決まってるよ? アルバムの方を着るならちょっと手間だけど」



「藍子ちゃんそっちじゃなくて、あっちの方の……」



「あっち……? ああ、でもあれは関係ないんじゃ……」



 このアルバムをイメージした衣装をつくったときに、プロデューサーさん達が居酒屋で描いた案があった。

 もちろん、正式なものはちゃんとあって、あくまでふざけて描いたものだったんだけど……それがほとんど紐でできた魔女服とかだったのが問題で。

 あの紙はしっかり燃やしたから問題ないはず。



「ちひろさんがコスプレっぽいって言って衣装まで趣味でつくっちゃててもですか!?」



「なにしてるんですかちひろさん!?」



 予想以上に厄介な問題になっていた。



「こんなのちょっとでもプロデューサーさんの前に出したくありません!」



「あの人は絶対面白がって悪乗りしてくるからね!」



 卯月ちゃんと意見が一致。

 プロデューサーさんとちひろさんなら、面白がって着せようとする……はず。

 そういう信頼は絶大だ。



「私も今回は『フルスロットルHeart』にしておきたいな。アルバムの曲は衣装をちゃんと処分してから歌おうね?」



「約束だよっ」



「次はそっちにしようね、美穂ちゃん……早めに闇討ちでもなんでもいいから処分しないと……」



 卯月ちゃんが黒い。

 まぁ、一人だけやたらと露出の多い衣装だったから仕方ないとは思うけど。





 議題は全部出たから、会議は終了。

 プロデューサーさんに報告するために、メールにまとめていく。



「よかった。あんなのを着る可能性を考えただけでも……」



「あ、あはは……うん、あれはないよね」



 卯月ちゃんと美穂ちゃんもすっかり寛いでいる。



「本当に、美穂ちゃんや響子ちゃんならまだしも、なんで私なんかにあんな……」



「え、ええ、えぇー……ふふふふ普通に仲間を売ったよこの人……」



「あ、あれ? もしかして口に出て……」



「うんっ! 言ってたよ! 小声だけどおもいっきり!」



「そうじゃなくて! スタイルとか、ね? ね?」



「私も卯月ちゃんも大差ないよ! しかも響子ちゃんは年下だからね!?」



 ……それにしても、気が緩みすぎだと思う。

 ところでそこに私の名前がないのは思いやりなのだろうか。



「ほらなんか家庭的だし尽くしてくれそうだし!」



「それあの衣装と全然関係ないよね!?」



「それはなにをどんな状況でによるじゃないですか!?」



「だからなにが!?」



 これが伝統と格式の多段階墓穴掘削……

 見なかったことにして、メールの続きに集中しよう。



「うわぁ……これはPCS会議だよ。う……島村さん」



「美穂ちゃんが急によそよそしく!? あっ、スマホ出しながら逃げないでください〜!」



「そんな、嫌ですよ島村さん」



 美穂ちゃんが座ったのは私の隣。



「『響子ちゃんへ――』」



「ストップ! ストップですっ!」



 卯月ちゃんが追って来たけど、更に移動して、私を挟んで反対側へ。



「『さっき卯月ちゃんが――』」



「やーめーてーくーだーさーいー! ……ってあれ? さっき卯月ちゃんって言って……えへへ……」



 私を壁にして二人のじゃれあいが始まってしまった。

 うん、ほっとこう。聞いてるだけでも楽しいし。

 ああ、平和だなぁ。





「もう夕方ですか。早かったですね」



「いろいろ飛び回ってましたからね。今日はありがとうございました、ちひろさん――おっと」



「プロデューサーさん? どうかしましたか? ……あら」



「藍子達が寝てますし、うるさくしないようにしましょうか」



「そうですね。二人とも藍子ちゃんに寄りかかって……仲いいですねぇ」



「今日は仕事を押し付けちゃいましたし、もう少しゆっくりさせてやりたいですね」



「……って言いながらなにカメラを手に取ってるんですか。しかもそれ、藍子ちゃんのですよね?」



「そうですけど……?」



「なるほど、変態ですか」



「そこはせめて盗撮と――いや違う!」



「どうしましたかヘンターイーさん? そんなに騒いだら起こしちゃいますよ?」



「なんか変態をプロデューサーさんみたいに言わないでください……ちょっとした悪戯じゃないですか。カメラも俺のじゃないし」



「そうは言っても、女の子の寝顔を勝手に撮るなんて――あっ、今撮りましたね?」



「一枚だけですから。てかちひろさんもスマホ構えてなにしてるんですか……?」



「私が撮るなら犯罪じゃないかなって。性別的に」



「邪念ばっかの人に言われても説得力ないですからそれ! しかも自分で持っておく気じゃないですか!」



「煩いですよ」



「しかも連写してるし……」



「はぁ…………」



「なにそのため息! 絶対納得いかねぇ!」





17:30│高森藍子 
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