2016年06月01日
一ノ瀬志希「夕美ちゃんと咲かせたつぼみを」
※登場アイドル
一ノ瀬志希、相葉夕美
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1464538468
一ノ瀬志希、相葉夕美
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1464538468
●
『明日また会えるよね』のセンター、おめでと。
あたしも、キミがふさわしいと思うよ。
初めてのセンターだっけ。不安、ある?
志希ちゃんもフレちゃんと一緒に“la Roseraie”のお姉ちゃんズとして、
センターのキミを支えるつもり。うまくいくよう、頑張るよ。
どーしても不安?
なら……じゃあ、コレをキミにあげる。
志希ちゃんの胸元から取り出したる小さな香水瓶を――
あ、安心してね。アブなくないよー。
だいたい、コレ志希ちゃんが作ったものじゃないんだもん。
イランイランってゆー名前の香水。
フツーにお店で売ってる。
でも、コレはね……なんと!
センターにふさわしいアイドルの証なんだ!
あたしが今のキミと同じようにユニット組んで、
はじめてセンターに立った曲は『つぼみ』っていうんだ。
『Absolute NIne』や『Tulip』は、ユニット組んでたけどセンターじゃなかった。
あと『秘密のトワレ』はセンター……というか、ソロだったし。
ユニットは基本の5人編成。
あたしのほかに、周子ちゃん、みくちゃん、楓さん、夕美ちゃんがいた。
このメンバーが集められた初日、プロデューサーがセンターを指名するって言った瞬間、
あたしは『まぁ自分じゃないだろうなぁ』って思って……ホラ、一番理由が少ないでしょ。
アイドルとしてのキャリアでいえば、みくちゃんと楓さんがあたしより上。
周子ちゃんと夕美ちゃんは同期だけど、周子ちゃんはシンデレラガールだし。
そして、あたしの予想は夕美ちゃんだった。
だって、曲名が『つぼみ』だから。お花のお姉ちゃんである夕美ちゃんメインの曲だと思ったの。
でも、プロデューサーが指名したのは、あたし。
指名と同時に『これがセンターの証』って言って、この香水を手渡してくれた。
センターに指名された時、あたしは特に不安を感じなかった。
センターってナニやるんだかよくわからなかったけど、
あたしはその時まで……『やれ』と言われて、『やらなかった』コトはあっても、
『できなかった』コトは無かったもん。
アイドルのお仕事を含めて、ね。
でも、あたしの自信はすぐにぐらついちゃった。
ユニットとしてのスローガンを決めたんだけど、
それが『花を咲かせる』――って。
ナニ言ってるの?
ナニをどうするのか、定量化も数値化もできないから、わからないよ。
そこでヒントをくれたのが、夕美ちゃんだった。
夕美ちゃんは『花を咲かせる』というスローガンに、
いつもよりもステージを楽しんだり、いきいきした姿を見せる――という解釈を示してくれた。
しかも、そのためにすべきコト――
なにかにチャレンジしたり、興味がなかった部分に興味を持ったり、何かを新しくできるようになる――
『Challenge, Interest, and Do It!』という方針まで出してくれた。
あたしはその方針に従うことに決めた。
……やっぱり夕美ちゃんセンターのがいいんじゃないかぁ……と思いつつ。
あたしにとって、Challengeはアイドル活動のすべて。
Do Itはどーでもよかった。あたしなら、なんだってできるから。
だから、Interestをどーしよーと思って……
あたしは、ユニットのみんなにキョーミを持ってみるコトにした。
あの時、周子ちゃんと夕美ちゃんとは大正浪漫の仕事で一回一緒になっただけだったし、
みくちゃん楓さんに至っては初めて組んだヒトだった。
みんなのコト、よく知らなかったんだ。
あたしは、みんなのコトを知ろうとして、早速失敗しちゃう。
『つぼみ』は、ダンスレッスンから始まった。
そこで、みくちゃんが苦戦しててね。全然踊れてないの。
上手く行かなくて――みくちゃんマジメだから、すごく焦ってた。
あたしは、自分がダンスレッスンすぐに覚えられたから、
みくちゃんが何で上手く踊れないのか考えてた。
みくちゃんはダンスが苦手なワケじゃない。
『おねだり Shall We〜?』見てみなよ。
ネコキャラにお似合いのしなやかな身のこなしだよ。
それに、アイドルとしての経験も5人の中では一番。
楓さんはモデルからアイドルに転向したクチだけど、
みくちゃんはこのプロダクションに入る前からアイドル一本だった。
不慣れってコトもないハズ……。
あたしはとりあえず、ネコキャラ仲間として、
『ガチガチにしないで、ネコちゃんらしくのんびりいこーよー』
みたいなコトを言って、みくちゃんを休ませようとした。
コレが失敗だったね。みくちゃん、怒っちゃって……
ユニットが最初のレッスンで空中分解の危機とか波乱の幕開け過ぎだよ。
あたしじゃどうもできなくて、周子ちゃんにフォロー頼んで、かろうじて解散せずに済んだ有様……。
今なら、みくちゃんが焦ってた理由と、怒った理由があたしにも分かる。
みくちゃんがユニットをリードしようと気負ってたんだ。
その理由は、みくちゃんが一番芸歴長くてマジメ……
ってコトの他に、もう一つあった。
それはみくちゃんが15歳――ユニット内で最年少なコト、だね。
年上のあたしたちに対して、みくちゃんは、
『自分は年下だけど、ここでは対等なんだぞ』
って示したいって気持ちがあったんだと思う。
この気持ち……あたし、少しは分かるつもり。
あたしはアメリカで飛び級してたから……年上のヒトたちの中に混ぜられて、
同じ課題をやれっていわれると『年下のクセに大丈夫か?』って視線で見られてる気がするんだ。
そういう気負いがあって、みくちゃんは本来の実力を発揮できてなかった。
自分が自分の想定より全然うまく動けてない、こんなハズじゃ……
マジメなみくちゃんだから、プレッシャーも重く感じてて、焦りが焦りを呼ぶ悪循環だったろうね……。
そんな時にあたしが『ネコらしくないよー』とか言っちゃって。
この言い方も悪かったんだよ……。
みくちゃん、『つぼみ』じゃネコミミもネコしっぽも使えなくて、
しかも今まで歌ったことのないしっとりした曲調。
みくちゃんは、自分らしさ、ネコらしさをどうやって出そうか悩んでたんだ。
そこに『ネコらしくない』とか、フェイクネコの志希ちゃんが言っちゃって……。
そりゃ、カチンと来るよねぇ。
今なら、あたしのどこがいけなかったのか、こうやって話せる……けど。
当時のあたしは、分からなかった。
ただ『あたし、このユニットをセンターとして引っ張れないかも……?』
という漠然とした不安だけがあった。
でも、あたしは不安を押し隠した。
センターが揺らいだら、それはユニット全体に波及するから。
コレ……楓さんの影響かなぁ。
知ってると思うけど、あのヒトすごくクールビューティなの。
事務所で一番と言ってもいい。
『お願いシンデレラ』のセンターを務めたのが、その証拠だよ。
それでいて、ダジャレ飛ばしたりするお茶目で親しみやすいトコロとか、
レッスン疲労回復のためにおいしい梅干しを作ってくれるオトナの気配りもできて……。
カンペキに見えるよねー。
でも、カンペキじゃないの。
じっと見てると、楓さんにも思うトコロ、弱いトコロがあるんだって……
少なくとも、Interestで集中して楓さんを観察してたあたしには、少しだけ分かった。
楓さんが本当にスゴイのは、
カンペキじゃないのにカンペキに見せるトコロなんだよ。
だからあたしも楓さんのマネして、内心はガタガタでナニも上手く行ってないけど、
頑張ってレッスンして、LIVEに向けて『つぼみ』を仕上げようとした。
あたしは楓さんほど立派じゃないから、ボロを出しちゃうんだけどね。
あたしのボロを最初に見抜いたのは、プロデューサーだったと思う。
『つぼみ』のボーカルレッスンのとき、
あたしだけ入り時間を2時間も早く指定された。
プロデューサーは、
あたしがボーカルレッスンをうまくこなせないと予想してたんだね。
ソレは、ピタリとあたっちゃう。
デモテープは1回聞いてたから、音程は取れる……でも、それだけ。
歌に込められた感情が、全然つかめない。
つかめないから、歌声に乗せられない。
これも今なら、あたしがダメだった理由わかるんだよ。
『つぼみ』の歌詞に、こんなくだりがあるんだけど……
――涙が止まらないときや
――つまずくときもあるけれど
――明日へ また踏み出して行きたい
――小さなつぼみが 胸の中で
――ひとひらずつ高鳴る 未来求め
――立ち上がる勇気 無くさないように
――君と一緒に また一つ夢描く
……つまり『つぼみ』は、
『上手く行かないかもしれない不安はあるけど、キミとなら立ち上がる勇気が出せるよ』
って歌なんだよ。
あの時のあたしには、
『上手く行かないかもしれない不安』はあるけど、
『立ち上がる勇気』はなかった。
『立ち上がる勇気』は、不安を抱えたまま頑張ってもがいて、不安を乗り越える経験で養われる。
あたしにはその経験が不足してた。
あたしは、ただでさえ何でもうまくこなしちゃうし……いや、失敗経験もあるよ?
例えば、あたしがアイドルなる前に打ち込んでた科学実験。
成功をつかむ前にいっぱい失敗したね。
とゆーか、失敗をヒントに積み上げてくモノだから。
これはLIVEとは決定的に違う。
実験は、失敗したらやり直せるの。
最終的に上手く行けばいい。
LIVEは、失敗してもやり直せないんだ。
あたしがボロボロになってたスタジオに、
指定された入り時間よりだいぶ早く夕美ちゃんがやってきた。
夕美ちゃんは、みんながしっかりレッスンできるように、
レッスンルームにアロマ焚いたりして準備してくれてたんだ。
だから、早く来たんだと思う。
あたしは、楓さんほどカンペキを演じるのが上手くなかった。
できる子だったハズの志希ちゃんは、
ダメダメなところを夕美ちゃんに見られちゃった。
がっくり崩れ落ちたあたしを、
夕美ちゃんは肩を支えて優しく起こしてくれた。
『あたし、ホントにセンターなんかできるのかな』って、言ったのかな。
夕美ちゃんは、
『つぼみは、志希ちゃんの歌だから』
って言った。
――小さな光を 胸に抱いて
――青空へ飛ばそう 希望の種
『“希望”を“志す”――志希ちゃんのための歌だよ』って。
『志希ちゃん。
今は辛いかもしれないけど、これはつぼみが花開くために必要だと、あたしは思うの。
春化――志希ちゃんなら、知ってるよね。
種が芽を出して花開くためには、冬の辛い寒さが必要なんだよ』
あの時は、確かに辛かったよ。
夕美ちゃんのいう『冬の辛い寒さ』は、LIVE当日寸前まで長引いたんだ。
でも夕美ちゃんが助けてくれて、なんとかやり抜いた。
長い冬に耐えて、志希ちゃんはめでたくバーナリゼーション。
おかげで、『つぼみ』では綺麗な花を咲かせられたと思う。
少なくとも、キミはそう思ってくれてるよね。
だから、『明日また会えるよね』を前にして、
あたしに相談してくれた。
嬉しいなぁ、ホントに、本当に。
だからキミには、コレをあげちゃう。
あたしがもらったセンターの証――イランイランの香水瓶。
これを糧に、長いかも知れない冬を乗り越えて、キミも花を咲かせて。
花はキレイに咲くだけじゃなく、実を結び、次に咲く花の種をまくんだから。
あ、コレが『センターの証』ってのは、ちゃんと意味があるんだよ。
夕美ちゃんが教えてくれたんだけど、
イランイランは『花の中の花』って意味なんだよ。
“la Roseraie”(薔薇の園)のセンターにも、うってつけでしょ?
(おしまい)