2016年06月02日
一ノ瀬志希「あたし、早苗ちゃんの衣装を着てみたいな」
※登場アイドル
一ノ瀬志希、片桐早苗
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1464534171
一ノ瀬志希、片桐早苗
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1464534171
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ねぇ、プロデューサー。
誕生日プレゼントとして、あたしのワガママを一つ聞いて欲しいんだ。
早苗ちゃんの、あの衣装、あたしも着てみたいんだ。
ちなみに早苗ちゃんのオーケーはもらってるよ。
ムネ?
大丈夫だよ。アレなら首の結び目で調整できるし……。
意外かな?
あたしが、アレを着たいって言うの。
ま、あたしにも考えるトコロがあって、ね。
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――――――
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――
「早苗ちゃんってさ、ときどきこーゆー路線の衣装着てるけど、コレ早苗ちゃんの趣味なの?」
ゴールデンウィークの仕事が一段落したあたりの日。
あたしが事務所の部屋で、アイドルの宣材写真をパラパラめくっていると、
たまたま早苗ちゃんが通りかかったので声をかけてみた。
「“こーゆー”って……ああ、コレね」
あたしは、早苗ちゃんの写真をいくつか引き出して、
近づいてきた当人に見せた。
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http://i.imgur.com/qeTPjWL.jpg
http://i.imgur.com/bwFu5uK.jpg
「志希ちゃんは世代じゃないだろうけど、こういうボディコンのスタイルが昔流行ってたのよ。
こんな格好のイケイケお姉さんたちが、夜のクラブに集まってノリノリで踊っててさ。
ブームは過ぎちゃったんだけど、未だにあたしの憧れなの。それでプロデューサー君にムリ言って……」
待ってました、とばかりに“イケイケお姉さん”の思い出を語り出す早苗ちゃんに、
あたしは勢いに押され曖昧に頷くコトしかできなかった。
「ところで、志希ちゃんは何でみんなの宣材を眺めてるの?
しかも、けっこう悩ましげな顔つきしちゃって」
「あー、ちょっとね……志希ちゃんにも答えに困る問題があって、その参考に。
プロデューサーに『次の衣装を自分で選んでみなさい』って言われたんだけど……」
「へぇ、どんな衣装を着ようか迷ってるってコト?」
あたしは早苗ちゃんと違って、
アイドル活動をするときに自分で衣装を希望したことが無かった。
最初の宣材写真なんか……
※
http://i.imgur.com/YtxllFF.jpg
この通り、ただの着崩した制服。
あたし、ファッションとか無頓着で、私服がこんなんだから……
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http://i.imgur.com/ZmyQgT0.jpg
http://i.imgur.com/IGHVwjA.jpg
アイドルとしてどんな衣装を着ようか、プロデューサー任せにしちゃってるんだ。
今まで何とかなってるから、それでいいやと思ってた。
だけど、ここでプロデューサーからの提案――自分で衣装を選んでみろ、って。
「ナニを着たらいいのかなぁ……って、みんなの衣装も参考に考えてたんだ」
あたしが悩みを打ち明けると、早苗ちゃんはあたしの広げていた写真を並べ直した。
「ふーん……どういう衣装があるのかなーってのを知るにはいいかも知れないけど、
結局は、志希ちゃんが着たいモノを選ぶしかないんじゃないかなぁ」
「あたしが……着たいモノ?」
早苗ちゃんは、並べ直した中から、例のボディコンの写真を一枚手にとって、
「志希ちゃんには、昔憧れた――あるいは、今憧れてる――モノとか、ヒトとか、無い?
アイドルなら、それになりきるコトが許されるのよ」
アイドルは、たいていのモノになりきれる。
あたしで言えば……
カウガール、
http://i.imgur.com/dq7wX38.jpg
錬金術士、
http://i.imgur.com/q2mjs9l.jpg
大正浪漫の女学生、
http://i.imgur.com/ANio2fB.jpg
マッドサイエンティスト、
http://i.imgur.com/1NGF1P9.jpg
サンタガール、
http://i.imgur.com/aIp7AAh.jpg
とか、色々やってきた。
ただ『アイドルが一日署長として婦警のカッコするのは、元婦警として思うトコロあるけどね……』
と、早苗ちゃんは言ってたけど。
じゃあ、あたしはナニになりたいのか。
憧れ、という言葉を頭に残したまま、並べられた早苗ちゃんの写真を見て、
あたしの目は、ある一枚で止まってしまう。
「おっ、志希ちゃんはソレが気になるのかな?
女の子の永遠の憧れ――純白の花嫁姿!」
早苗ちゃんが指差したのは、ウエディングドレスで笑う彼女の写真だった。
※
http://i.imgur.com/0WaXsQf.jpg
「良かったらさ、事務所に頼んで、あたしのコレ貸してもらおうか」
「えぇ、それは……ほら……ムネとか、さ」
「大丈夫でしょ。これ後ろが紐だから調整利くし。
志希ちゃんあたしよりタッパがあるんだから、トップの数字ほどムネのボリューム差はないハズよ」
あたしは、ドレスを着た自分の姿を想像しかけて、
そこにずっと昔に写真で見た、あたしのママのドレス姿が脳裏に割り込んで、消えてった。
「まさか、結婚式の前に着ると結婚が遅れるって迷信、信じてる?」
「別に、そんなワケじゃ」
女の子が誰しも一度は憧れ、一生に一度、身に纏えれば……という、永遠の愛を誓う晴れ着。
フツーの女の子を、押しも押されぬフロアの主役とする魔法がかかってる。
それは、あたしにとって最も縁遠い衣装かも知れない。
「そっかー。お姉さん、困っちゃったなぁ」
「……どうして?」
早苗ちゃんの意外な呟きに、あたしはつい反応していまう。
「ソレ着てもいいよって言う代わりに、一つ志希ちゃんに頼みたいコトがあったんだもん」
「別に、できるコトであればするよ」
早苗ちゃんとあたしは、年は一回り近く離れてるけど、CDデビューの同期だ。
知らない仲ではない。
……ヘンだね。
早苗ちゃんの割に水臭い言い方して。
「じゃあお姉さんの頼み、聞いてもらおうかしら。実は――」
●
明くる日の夕方、あたしと早苗ちゃんは、
繁華街のゲームセンターにいた。
ちなみに、あたしも早苗ちゃんも揃いのカジュアルブレザーにタイに、プリーツスカート。
揃いのフェイク制服を着込んでいる。
「こらー! そこのロボットアーム、捕まえたらガッチリ離すんじゃなーい!」
「早苗ちゃん、声が大きいよ……」
ぴにゃこら太の小さなキーホルダーが、アームの間から滑り落ちて、
早苗ちゃんは落胆で頭を抱えている。もう何回目だろ……。
『志希ちゃんに、最近の女子高生について教えて欲しいのよ』
早苗ちゃんは、自分の趣味が古臭い……もとい、懐古気味であるコトを気にしているらしく、
最近のJKの生態が知りたいようだった。
というコトで、あたしと早苗ちゃんは街に繰り出している。
(あたしが帰国して編入した高校は制服が無いので、
JK気分に浸るため制服風のコーデを用意した)
JKがたむろしてるところに、あたしたちも見て遊びまわってるんだけど、
早苗ちゃんは28歳にはとても思えないほど馴染んでる。
ムネは大きいけど、身長が小さくて童顔だから、
ティーンエージャーじみた格好が結構しっくり来るんだ。ムネは大きいけど。
『カラオケはあたしの現役時代も女子高生の定番だったよー。
……おっ、年代別人気チャートとかあるんだ……ざんねん! 10代女子に“Can't stop!!”は不評……』
『女子高生が“あいらぶびあー!”とか歌っちゃダメでしょ……』
あたしたちは、カラオケボックスで歌ったり、
『女子高生が香水〜? もー、若いんだから自前のフェロモンで勝負しなさいよっ』
『自分につけるばかりが、香水の楽しみじゃないよ♪』
『いいモノ置いてあるけど、女子高生というよりOLが買いそうな品揃えのショップねぇ』
『ソレ、奏ちゃんの前では言わないでね』
『えっ』
行きつけのお店や、友達に教えてもらったお店を冷やかしたり、
『あたしの頃は分煙なんて名ばかりで、ハンバーガー屋さんとかで長いコトだべってると、
タバコのニオイが移っちゃって、学生指導の先生に勘違いされちゃったりしたなぁ』
『今は、東京とかどこもかしこも禁煙だからねー。あたしにはありがたい話だけど』
ちょっと疲れたら、ファーストフードを食べながら、おしゃべりして休憩。
……そして。
「あーっ! また失敗したぁ……」
あたしは、今はゲームセンターのクレーンゲームで、
早苗ちゃんが悪戦苦闘してるのを眺めてる。
「あの……早苗ちゃん、ぴにゃこら太がそんなに欲しいなら、あたしの譲ろうか?」
「違う違う、最近の子は女の子同士でもペアルックするんでしょ?
だからあたしも自分のを獲ろうと思って……ああっ、このヘタレアーム!」
早苗ちゃんは、あたしが先にゲームやって獲ったぴにゃこら太のキーホルダーと同じものを、
さっきからずーっと狙って失敗している。
「それなら、あたしが獲るよ。1回か2回で獲れるし……」
「自分で獲るコトに意義があるの!」
早苗ちゃんの口ぶりだと、現役時代はクレーンゲームに覚えがあったみたい。完全に意地になってる。
ただブランクのせいか、マシンの仕様が変わったのか、早苗ちゃんは景品を獲れない。
「早苗ちゃん……もう、結構おカネ使ってるよね」
「社会人の可処分所得ナメんじゃないわよ!」
「もうJKとか関係なくなってる!?」
「それ、とってやるよ」
不意に男――たぶん、若い――声がしたかと思うと、
早苗ちゃんのそばに制服姿の男子が立っていた。
「アレとったら、君ら、俺らに少し付き合ってくれない?」
気づけば、あたしの方にも同じ制服、似たような風体の男子が一人。
二人連れで声をかけてきたというコトは……
さすが早苗ちゃん、現役の男子高校生を騙しちゃったよ。
「ふーん、ナンパの手口は代わり映えしないのねぇ……」
クレーンゲームに背を向け、男子の方を見上げた早苗ちゃんの表情は、半笑いだった。
ちょっとコレ、まずいかも。
というのも……この男子二人連れ、高校生のくせしてちょっとタール臭い。
まさか、婦警時代のノリで不良学生をとっちめ始めたりしないよね……。
「早苗ちゃん、今はJK、JKだよ、オーケー?」
「わーかってるわよ、志希ちゃん――そう、あたしはJK! ピッチピチ!
よっしゃあ! 若い子にはまだまだ負けないわよ〜!」
「……はぁ?」
早苗ちゃんの豹変したテンションに、男子二人は唖然。
彼らが呆気にとられてる間に、あたしたちはゲーセンのフロアから早歩きで脱出した。
「おーおー、夢中になってたら、もうイイ時間じゃない。
あの調子で続けてたら、補導される時間まで粘っちゃってたかも……」
「元・警官が補導されるとか、笑えないよ」
サラリーマンや大学生やらがたむろす夜の街中で、
あたしと早苗ちゃんは帰り道を進む。
「志希ちゃんありがとっ。おかげさまで、女子高生の気分が分かったわ!」
「あたしで参考になればいいけど。
今度はもっと本格的に、美嘉ちゃんとか周子ちゃんと話してみる?」
あたしは現役JKだけど、ちょっと特殊な立場だ。
アイドル仲間だけで考えても、美嘉ちゃんや周子ちゃんの方が、フツーのJKに近いはず。
「あとは奏ちゃんとか……うん、あたしよりかはJKの生態の参考になると思うよ」
あたしはギフテッド――フツーの人間じゃないらしい。
そのせいか、小学生の頃にアメリカ行って、大学まで飛び級して……
ま、イヤになって帰ってきちゃったけど。
あたしは、フツーのJKが経験してるコト――放課後の遊びとか、行事とか、部活とか、――
そういう思い出をほとんどすっ飛ばしてる。
ついでに言えばアッチのスクール・カルチャーもロクに味わってない。
「あ、そういえば知ってる? みくちゃんね、事務所では完全にネコキャラだけど、
高校では『前川さん』って呼ばれててね――」
帰国した後、アイドルになる前は日本の高校に編入してて、身分としては女子高生だった。
ただ、こんな子がいきなり入ってきたもんだから、
センセーもクラスメイトも『なんだコイツ』と扱いに困ってて。
フツーになろうと思ってたけど、成り切れなくて、
だからフツーとは程遠いアイドルの道にフラフラと誘い込まれちゃったのかなぁ。
「そういえば、志希ちゃんに女子高生ごっこ付き合ってもらう代わりに、
ウエディングドレス着せてあげるって約束してたよね。あれ、いつにする?」
「いや、いいよ……あたしは」
だから、フツーの女の子が着る中で最高にキラキラしたあの衣装は……
「あたしに、純白のドレスは似合わないよ」
「そんなコトないでしょ、志希ちゃん」
あたしは、早苗ちゃんの静かな断言に面食らった。
あたしが、お嫁さんになりたいとか、今更フツーの女の子みたいなコト言っていいのかなぁ。
「……早苗、ちゃん?」
「だから、そんなコトないって」
アイドルになっちゃったのに?
あたし、もうフツーのJKにはなれなかった子だよ。
ウエディングドレスを前にためらうあたしを見て、
早苗ちゃんはあたしの手をガシっと握った。
「もしかしたら、志希ちゃんはウエディングドレスがキライなのかも知れない。
あたしは、細かい事情は分かってあげられないの」
その手は、あたしより小さいのに、あたしの手を包み込んでるようで、
「でも、アイドルのコトなら少しは知ってるつもり。
志希ちゃん、あなたはウエディングドレスにふさわしいアイドルよ」
続く言葉も、表情も、ヘタしたらあたしより年下に見えるのに、
「アイドルはみんなの憧れとなる存在。そして志希ちゃん、あなたは立派なアイドル。
女の子が誰しも憧れるウエディングドレス――あなたが望めば、着こなせないワケがないわ」
あたしには、早苗ちゃんがあたしのママと重なって見えた。
……早苗ちゃんには、言わないでね。
●
――
――――
――――――
早苗ちゃんは、さすが元・婦警だよね。
あの時あたしが、どの写真で目を止めたかパッと見抜いちゃったんだもん。
早苗ちゃんの熱烈なプッシュもあって、
あたしもウエディングドレス、着てみたくなっちゃった。
あたしにもフツーの女の子らしい望みがあるんだよ。お嫁さんとか。
そーゆートコ、キミにもちょっとだけ知ってもらいたかったんだ。
ということで、プロデューサー。
June Brideからちょっとズレてるけど、ヨロシクね♪
(おしまい)
08:30│一ノ瀬志希