2016年06月06日
岡崎泰葉「メロンパン」
外はサクッ、中はふんわり――
こんがり焼きあがった生地に、網目のような線がすーっと引かれたその食べ物。まるでメロンのような見た目だ。
一口食べれば、中にこもった熱がほわっと解放されて、私の口いっぱいにあたたかな空気が満ち満ちていく。
こんがり焼きあがった生地に、網目のような線がすーっと引かれたその食べ物。まるでメロンのような見た目だ。
一口食べれば、中にこもった熱がほわっと解放されて、私の口いっぱいにあたたかな空気が満ち満ちていく。
ああ、甘い。すごくおいしい。
撮影の合間にメロンパンを頬張るひとときは、私にとって安らぎ以外の何物でもない。
子役としての仕事に追われる日々の中で、気を緩めることのできる数少ない瞬間だった。
いつも食べられるわけじゃないけれど、たまに焼きたてのメロンパンにありつける時があって。私の冷たい時間を、少しだけでも温めてくれていた。
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「……はむっ」
……苦しいのは、嫌。辛いのも、嫌。
だから……苦いものや辛いものより、甘いものを自然と求めてしまうのかな。
「泰葉ちゃーん! そろそろ休憩終わるよー!」
「あ、はいっ」
スタッフの人に名前を呼ばれる。メロンパンは、ちょうど最後の一口。
慌てて口に放り込んで、次の撮影のための準備にとりかかる。
「……はあ」
おいしいものを食べた後なのに、こぼれたのはただのため息だった。
――そんな、過去の記憶のひとかけら。
それは、ある日の昼下がりのことだった。
「むぅ〜〜」
「……泰葉?」
「むぅ〜〜っ」
俺の担当アイドルのひとりであるところの少女、岡崎泰葉。16歳。
そこまで年を重ねているわけではないが、小さいころから芸能界に身を置いているため、芸歴はうちの事務所の中でもトップクラス。そのためか、普段はしっかりしている面が目立ち、周囲のアイドル仲間からも頼られることが多い子だ。
そんな彼女が、なぜか先ほどから頬を膨らませて俺を睨んでいる。
最近の泰葉は、年相応な少女としての顔を見せることが増えてきたのだが……とはいえ、こういう顔をされると、自分が何か悪いことをしただろうかと気になってしまう。
「どうかしたのか?」
「……これです」
つい、と泰葉の左手が指さした先にあったのは……先ほど俺がコンビニで買ってきた、菓子パン入りの袋だった。
「これか? ちゃんと泰葉の希望通り、メロンパンも買ってきてるだろう」
「………」
中を確認したが、やっぱりちゃんとメロンパンも入っている。にもかかわらず、彼女の頬はぷくーと不満を表したまま。
「まあ、事前に伝えなかった私の責任なんですけど」
「ん?」
「これは、果汁入りのメロンパンです」
「ああ、そうみたいだな。本物のメロンの果汁入りって書いてある」
しかし、それがどうか――
「邪道です」
「へ?」
「メロンパンにメロン果汁は、邪道です」
至極真剣そのものな顔つきで、泰葉はきっぱりとそう言い切った。まるでライブへ向けたダンスレッスン中に見せるような真面目な表情だったので、俺は言葉の内容とのギャップにすぐには対応できなかった。
「……じゃ、邪道?」
「はい」
「なんで」
「邪道なものは邪道です。メロンパンはメロンじゃないのに、メロンそのものを入れてどうするんですか。本末転倒です」
は、はあ。そうなのか……
「意外とこだわるんだな、そういうところ」
「こだわりというほどのことではありません」
「嘘つけ。わざわざ眼鏡取り出してから説明始めたくせに」
大真面目に説明するモードに入ってるじゃないか。
「でもさ。メロンパンならもうひとつ買ってきてるだろう? ほら、このチョコチップメロンパン。おいしそうだぞ」
「ハア」
「ため息つかれたんだが」
「わかってない。わかってないですよPさん」
こんな呆れた表情されたの、出会ったばかりの頃に俺が仕事をミスった時以来だぞ……
「確かにメロンパンは甘さが売り。しかし、だからといって異分子であるチョコチップを安易に投入してよいものでしょうか。カリカリ感も減少しますし」
「おいしければいいんじゃないか?」
「それはプロではない人間の意見ですね」
プロってなんだよ。メロンパン食いにアマとプロが存在するのか。
「……泰葉。自分の好物にはかなりうるさいタイプなんだな」
「そこまでうるさくはないですよ?」
「いや、絶対うるさいタイプだと思う」
「うるさいでしょうか? 私はただ、当然のことを言っているだけなんですけど……」
きょとん、と首をかしげる仕草はたいへんかわいらしい。が、残念ながらメロンパンにうるさいのはきっと間違いなく事実だ。
「要は、私の言いたいことはですね――」
彼女がぴんと人差し指を立てながら説明を続けようとしたその時、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「ただいまー! せんせぇ、お腹すいた!」
「あたしも!」
「ああ、薫に千佳。おかえり。ここにパンがあるから、好きなの食べてくれ」
わーい、と元気にパンの山に群がるふたり。レッスン終わりな上におやつ時なので、空腹がピークなのだろう。
「あ、メロンパン!」
「これって、メロンの汁が入ってるやつだー! おいしそう!」
「かおるはチョコチップのほう食べるね!」
いただきまーす!と、おのおの封を開けようとする。
「薫ちゃん、千佳ちゃん。手はきれいに洗ってる?」
「あ、忘れてた」
「洗ってきまーっ!」
「ふふ、いってらっしゃい」
たたたーっとかけていく薫と千佳を、ふりふり手を振って見送る泰葉。柔和な笑顔は、やはりアイドルデビュー当初には見られなかったものだ。
彼女のこういった表情を見ていると、いろいろこみあげてくるものもあるが……まあ、それは今は置いておこう。
「あの子達には言わないのか? そのメロンパンは邪道だーって」
「言いませんよ」
しれっとすまし顔で答える泰葉。さっきまでの情熱はどうしたのか。
「じゃあ、なんで俺にだけ」
「何度も言うようですけれど、私は別にメロンパンの好みにそこまでうるさいわけじゃありません」
「………?」
質問に対する答えの意味が理解できず、言葉に詰まってしまう。
「わかりませんか? 私は……」
俺のそんな反応を予想していたのか、泰葉はにこっと笑って。
「私は、Pさんが相手だからこそ、うるさくなってしまったんです」
照れくさそうに頬をかきながら、俺の目を見てそう言った。
「あなたには、私のことをたくさん知ってほしいから。もっともっと、わかってほしいと思うから……だから、ついつい好みを熱く語ってしまいました」
「……泰葉」
「なんて、ちょっと恥ずかしいですね。こういうことを言うのは」
恥ずかしいと言いつつ、彼女の視線は片時も俺から離れることはない。
同年代の子達と比べると大きめの瞳が、じっとこちらを見つめていた。
……丸くて、澄んだ目だな。今更だけど。
「……今度」
「はい?」
「今度、一緒にパン屋に行こう。焼きたてのメロンパン、食べに行こう」
俺の唐突な提案に、彼女は一瞬面食らったようだが。
「……はいっ。喜んで」
すぐにうれしそうな顔になって、何度もうなずいてみせたのだった。
「……頑張らなきゃな」
彼女は、俺を見ていてくれる。信頼をもって、ずっと見ていてくれる。
だったら俺も、同じく信頼をもって、彼女を見守り続けよう。
俺は彼女の、プロデューサーなのだから。
外はサクッ、中はふんわり――
こんがり焼きあがった生地に、網目のような線がすーっと引かれたその食べ物。まるでメロンのような見た目だ。
一口食べれば、中にこもった熱がほわっと解放されて、私の口いっぱいにあたたかな空気が満ち満ちていく。
ああ、甘い。すごくおいしい。何年たっても、私の味覚は変わらないみたい。
仕事終わりに寄ったパン屋さん。そこに並んであったメロンパンは、もう見た目からすごくおいしそうなのが伝わってきて。実際、私の予想は正しかった。
疲れた身体を癒してくれるこのパンは、昔と変わらず、私にとって安らぎを生んでくれるもの。
……違うことがあるとするなら。
「はぁ〜」
「ははっ。めちゃくちゃ安らいだ顔で食べてるな」
「いいじゃないですか。今はプライベートの時間なんですから」
安らぎを与えてくれるものが、メロンパン以外にもできたことだろうか。
「みちるがおススメしてきただけあって、本当においしいな。ここのパン」
「ふふっ。今度お礼を言っておかないと」
最近、気づけば笑顔になっていることが多い気がする。鏡を見なくたって、自分がどういう顔をしているかはなんとなくわかる。
「……ふふふっ」
「泰葉? どうかしたか」
「いえ、なんでもないんです」
――ただ、うれしくなっただけです。
今の私には、ともに競い合い、助け合う仲間がたくさんいて。支えてくれる裏方の皆さんがいて。
そして、なにより。
「Pさん」
あなたが、いてくれるから。
「また、一緒に食べに来てくれますか?」
「ああ、もちろん。そう毎度毎度来る時間はないけどな」
「わかっていますよ。それくらいは」
小さな約束に胸を躍らせ、私はメロンパンを一口頬張る。
ほどよい甘さに包まれながら、Pさんと一緒に微笑みあう。
……小さな約束をいくつも重ねたその先に、大きな未来が待っている。
みんなと一緒に、あなたと一緒に。私は未来に向かって歩いていきたい。
この世界は、メロンパンのように甘くはないけれど……でも、前に進めないほどひどくもないから。
だから……ちゃんと、見ていてくださいね?
私の、プロデューサーさん。
22:30│岡崎泰葉