2016年06月09日

的場梨沙「アタシと雪美のPとP」

空は真っ青。白い雲はひとつもなくて、太陽がお休みなしにじりじりじりじり照りつける。



「………あつい」



あつい。あついあついあつい。なんでこの部屋ムダに窓が大きいのかしら。おかげですっごい熱がこもるっていうか、なんていうか。





「しかもヒマだし……あっつー」



次のダンスレッスンまで、あと2時間くらい。

なのに部屋には誰もいない。プロデューサーは他の会社に行ってるし、アイドルのみんなもレッスンだったり撮影だったりライブだったり。



こんなとき、ケータイがあればアプリとかで時間をつぶせるのになぁ。アタシと同い年の子も、年下の子も、みんなやってるのに。

ていうか、アプリなんていらないわ。ケータイがあったら、今すぐパパに電話して声を聴いて、そのままおしゃべりして……はあ。





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「ここの雑誌も、一通りは読んじゃったし……うーん」



「………」



「うーん」



「………」



……ん? なにか、変な感じが。



「……おはよう?」



「うわあっ!?」



いつの間にか、ホントに気づかないうちに、アタシの目の前に女の子が立っていた。

びっくりして思わずのけぞっちゃったけど、よくよく見たら、その子は普通に知ってる子で。



「なんだ、雪美か……脅かさないでよ」



「………?」



首をかしげる雪美。でも、音もなくすーっと近寄ってこられるとビックリするのは当たり前でしょ。アタシは正しい、きっと!





「アンタもヒマなの?」



「………暇」



「にゃあ」



ひょこっと雪美の後ろから出てきたのは、この子の飼い猫。名前はペロだったわよね。

たまに事務所に連れてきてるのを見るから、この黒猫のことは結構知ってる。



「ヒマなら、ちょっと付き合いなさいよ」



きょとん、と首をかしげる雪美。



「お話しましょってこと! 黙ったままじゃ退屈でしょ」



「……そう……?」



「そうなの! だから、おしゃべり!」



「……なにを……おしゃべり?」



………



「こ、これから決めるわ!」



「………」



な、なによそのジト目はっ。

そんな顔するんなら、アタシだって本気出しちゃうんだから。





「ここ、座って」



ぽんぽん、とソファーの隣を手で叩くと、雪美は素直にちょこんと腰かけてきた。

で、アタシとこの子の間にペロがするっと入りこんでくる。……ちょっと狭いわね。



「前から思ってたんだけど、雪美はいつも髪をまっすぐ伸ばしてるわよね」



コクリ。



「結んでもいい?」



「………?」



きょとん。



「髪型、アタシが変えてもいい?って聞いてるのよ。アンタの髪、長くてきれいだからいじりがいがありそうだし」



ヒマつぶしにはもってこいよね。これだけ長いと、いろんな形にできちゃうし。



「………」



「もちろん、やるからにはちゃんと真面目にするわ。女の子にとって、髪は命だもん」



ぼーっと、何を考えているのかよくわかんない目つきでアタシを見つめる雪美。

……いつものちょっとだけ眠そうな視線が、ふらふらとアタシの顔とか手とかに向けられて。



「………」



最終的に、目を閉じてくるりと向こうを向いてしまった。

顔があっちを向いているってことは、当然髪はこっちを向いているわけで。



「………ちょっとだけ、なら」



「やった!」



よーし、燃えてきたわ!



「ふふん♪ アタシに任せなさいっ」



さて、どうしてやろうかしら。あれもよさそうだし、これも似合いそうだし――



「……ちょっとだけよーん」



「ん? なんか言った?」



「……なんでもない」



「ちゃんと触るのは初めてだけど、アンタの髪、さらさらね」



「………」



シャンプー、何使ってるのかな? なんだか甘くていい匂い。アタシ、結構好きかも。



「にゃ」



「あ、こら。アンタの飼い主をオシャレにしてあげてるんだから、邪魔しちゃダメ」



膝に上ってくるペロの頭を軽く叩いたら、おとなしくそこに座ってくれた。意外と聞き分けのいい子みたい。



「ペロの匂いは……うん、猫の匂いね。でも臭くない」



プロデューサーがアタシに動物関係の仕事をたくさん持ってくるから、いろんな動物の匂いになんとなく詳しくなっちゃった。



「雪美。ちゃんとペロのお世話してるのね」



「……うん……大事な……友達だから」



「友達か。確かに、よくおしゃべりしてるしね」



「ペロ……よく、しゃべる……面白い……」



ペロの話になったら、雪美の声はなんだか弾んだようになる。顔は見えないけど、たぶん楽しそうな顔をしてそうだなーってわかるくらい。

……まあ、いつもと比べて、だけどね。元から元気な子に比べたら、声だって全然小さいままだし。





「前から気になってたんだけど。アンタ、ペロの言葉がわかるの?」



「わかる……」



「へえ、やっぱりそうなんだ」



「……嘘じゃない……」



「別に疑ってなんていないわよ」



そう言ったら、急に雪美の顔がこっちを向いて。



「……本当?」



なんて、いつものじとーって感じの目で聞いてきた。

でも、普段よりちょっと目が大きめに開いてるかも。



「本当よ。猫だっていろいろ考え事してるはずなんだから、それがわかる子がいたっておかしくないし」



パパも、世の中には不思議なことがたくさんあるって言ってたし。

アタシも、アイドルになってそれがよくわかった気がする。事務所の子たちの中には、なんていうかすごい子が多いし。アタシのファンは『ロリコンッ!』って言ったらなぜか喜ぶヤツばかりだし。

……あれね。きっと、これがシンピってやつなのよ。



「アタシにも動物の言葉がわかったら、きっと面白いだろうなあ」



「………る」



「え?」



ぼそりと雪美がこぼした言葉を、一度じゃ聞き取れなかった。



「………きる」



「ごめん、声が小さくて聞き取れないわ。もっとはっきりしゃべりなさいよ」



「………」



大きな声で言い直すだけなのに、なぜか雪美は困ったように眉をへの字に曲げてしまう。

あっちを見たり、こっちを見たりで忙しそう。



「言いたいことがあるなら、ちゃんと――」



「………できる」



「え?」



3回目でやっと聞き取れた、絞り出すように出てきた言葉。

いつもの雪美の声よりも、なんだか力がこもっているような気がして。



「梨沙も……ペロの言葉……わかるように、なる……きっと」



「雪美……アンタ」



「……って……ペロが言ってる」



「がくっ」



アンタじゃなくてペロの言葉なの? ホントに?



「都合のいいようにペロに押しつけるのはナシよ?」



「……さっき……疑わないって……」



「それとこれとは話がべつ!」



「………」



ぷい。

するっと視線をアタシから外して、向こうを向いてしまう雪美。

……怒らせちゃった?





「雪美?」



小さな後頭部に向かって名前を呼ぶ。

表情は見えないけど、深呼吸をする音が一度聞こえて。



「梨沙……ペロと、話せるようになる……動物に……優しいから」



「え?」



「……私、は……そう思う……」



今度は、ペロの言ったことじゃない。

雪美本人が、そう思って、そう言ってくれたみたい。



「ふふっ」



「?」



「最初っからそう言いなさいよね! ほら、続きやるわよっ」



雪美の黒い髪にそっと触れて、すっかり中断しちゃっていた髪型いじりをもう一度始める。

触り心地がいいから、思わず必要以上に指ですいたりしちゃうわね。



「……くすぐったい……ふふ」



「我慢しなさい。もうちょっとでできるから」



小さな笑い声が漏れてるけど、雪美は今、いったいどんな顔をして笑っているのかしら。



「アンタの髪、黒だけど……ちょっと、青っぽいわよね」



「………」



こくり。



「アタシは真っ黒。あ、そうそう。ここのくせっ毛はパパとお揃いなのよ?」



「………ペロと、同じ色……」



「ペロ? ああ、そういえばこの子も真っ黒ね」



思いついたことをテキトーに話している間も、しっかり手を動かして。



「はい、完成っ」



ぽん、と肩をたたいてから、雪美に手鏡を渡す。



「どう?」



「………」



手鏡に映っている自分の顔と、アタシの顔を交互に見比べる雪美。ちょっとびっくりしているように見える。



「………同じ」



「そ! アタシと同じ、ツインテール!」



せっかくこれだけ髪が長いんだから、一回くらいはこの髪型に挑戦しないとね!

予想通り、よく似合ってるし。



「嫌なら他の髪型に変えるけど」



「………」



ふるふる、と首を横に振る。



「気に入った?」



「………」



こくり。



「ふふっ♪ さすがはアタシ、完璧なチョイスね!」



雪美も満足みたいだし、大成功ね。

さっそくふたつの尻尾をさわさわして遊んでるみたいだし。



「しっぽ……ペロより……多い……ふふ」



「にゃ?」



「まだもうちょっと時間があるわね……次はなにしようかしら」



ツインテールをふりふり揺らしながら、ペロと遊んでいる雪美。それをぼーっと眺めながら、アタシはヒマつぶしの方法を考えていた。



「ん?」



その時、ブーブーと何かが震える音が。

ケータイっぽいけど、アタシは持ってないから……



「………」



スカートのポケットからゆっくりケータイを取り出して、それを耳に当てる雪美。

やっぱりあの子も持ってるのね。携帯電話。



「……うん……うん」



誰としゃべってるのかしら。プロデューサー? それとも……



「……わかった……先に……食べる」



「ねえ雪美。誰と話してたの?」



通話が終わったみたいだから、気になることを素直に聞いてみる。



「………お父さん………」



「パパと? へえ」



やっぱり、ケータイがあると便利ね。離れていてもすぐにパパとおしゃべりできるんだから。



「アタシも欲しいなあ。ケータイがあれば、家でも事務所でもパパと話せるんだもん」





「………」



アタシとしては、別に変なことを言ったつもりはなかった。

でも、どうしてか、雪美は顔をうつむけて元気がなさそうにしている。



「………携帯があっても……あまり……会えない……」



「え?」



「私の親……仕事……忙しい……なかなか、帰ってこない……帰ってきても、遅い」



あっ………。



「……声しか……聞けない……」



なんていうか……冷たい水を、思い切りかけられたような感じ。

ケータイがあっても、雪美はきっと、アタシよりもずっと寂しい思いをしているんだって、そう思った。



「………」



「……雪美」



よし、決めた!



「ねえ雪美。アンタ、どうしてアイドルやってるの?」



「………約束………」



「約束? 誰と?」



「……P」



「プロデューサーと?」



こくん、とうなずく雪美。

どうしてかはわからないけど、ちょっとうれしそうな顔をしている。



「どんな約束したの?」



「………秘密」



口を両手で抑えて、話しませんのポーズ。まあ、アタシだって無理やり聞いたりしないわ。



「じゃあさ、ひとつ増やしてみない?」



「………」



きょとん。



「アイドルをやる理由よ。アタシと同じヤツ、追加してみない?」



「……同じ」



「そう! アンタも知ってると思うけど、アタシはパパにもっと好きになってもらえるように、パパにお似合いのオンナになれるように、トップアイドルを目指しているのよ」



アイドルを始めてから、『頑張ったな』って言われて褒められたり、頭をなでてもらえたりする回数がたくさん増えた。だから――



「だから、雪美もそうしなさいよ。アタシと一緒に、もっとパパに振り向いてもらえるように頑張るの!」



「………」



「そしたらきっと、うまくいくわっ!」



バーン!って感じではっきり言い切ってやった。

雪美はしばらく黙ったまま、下を向いて考え事をしているみたいだったけど……





「……うん」



最後は、こくんと首を縦に振ってくれた。

これで、同じ目標を持つ仲間がひとり増えたってことね。



「ふふ、負けないわよー!」



アタシが笑って雪美に宣戦布告をすると、雪美もほんのちょっとだけ頬を緩ませて。



「……頑張る……」



いつもより力強い声で、そう答えてきた。



「さ、そろそろレッスンの時間ね! 確かLMBGのメンバーで一緒にやるはずだから、雪美も一緒!」



「………」



こくり。



「暑いからってだらけるんじゃないわよー」



「………」



こくり。



「……ほんと、アンタって無口ね」



今日はちょっとだけ、おしゃべりだったけど。

……どうしてだったのかしら? まあいっか。



「あれ? 梨沙、まだ帰ってなかったのか」



レッスンも終わって、夕方。

雪美や他のみんなが帰った後で、アタシはプロデューサーと二人きりで部屋にいた。



「ねえ、プロデューサー」



「うん?」



「雪美のことなんだけど……あの子と、なにか大事な約束をしたの?」



「約束?」



「ほら、雪美がアイドルやる理由ってヤツ」



「ああ、それか。うん、確かにしているよ。内容は二人だけの秘密だけどな」



書類を引き出しにしまいながら、笑って答えるプロデューサー。やっぱり、すごく大切な約束っぽいわね。



「雪美。そのこと話すとき、なんかうれしそうな顔してたのよね」



「そうなのか?」



「そうなの」



………よし。



「だから、アタシともして」



「え?」



「アタシとも、約束。最高のアイドルになるまで、ちゃんとプロデュースすること!」



ビシッと指さして、プロデューサーに約束の内容をわからせる。



「……なるほど。もちろんいいよ」



「じゃあ、指切り!」



「ああ、わかった」



片づけをする手を止めて、アタシの座っているソファーまでやってくるプロデューサー。

右手の小指を突き出してきたから、アタシも同じように小指を出す。



「アンタの小指、小指のくせにアタシの中指より太いのね」



「そうだな」



「ナマイキね」



「はは、しょうがないだろう」



プロデューサーの大きな小指と、アタシの小さな小指が絡み合う。

窓から差し込む夕焼けが、ちょっとまぶしい。



「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら――」



プロデューサーと、ふたりきりの約束。

ホント、嘘ついたら承知しないんだから!



……ふふっ♪









おしまい







21:30│的場梨沙 
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