2016年06月13日

若林智香「いつものアタシ」

・モバマス・若林智香ちゃんのSS

・短い

・お久しぶりです、またははじめまして







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 PiPiPi……アサダヨ!!……PiPiPi……アサダヨ!!……



「んっ……んん〜〜〜〜っっ!!」



 気持ちのいい朝が、来ました。

 アタシは、ベッドから飛び起き……たりはしないで。ゆっくりとストレッチを始めます。

 ……ゆっくり……じっくり。



『怪我したら、楽しめないし、楽しませられないよ?』



 チア部の先輩の教え、身体に沁みついてます。

 チームの誰かが欠けても悲しいし、それにアタシたちが応援する誰かを、笑顔にできない。

 元気に。楽しく。笑顔で。

 みんなを笑顔にしたいから。アタシは、ルーティーンをこなします。



 ……少しずつ体がほぐれて、意識も覚めてきました。



「うん……よしっ」





 時刻は。うん、まだ余裕。今日のスケジュールは、レッスンだけだったはず。なら。

 アタシはチェストの引き出しを開けます。そこはTシャツとかタンクトップとか、いろいろ山になってる引き出し。

 部活帰りとか、合宿とか。部の仲間とお揃いのTシャツをいっぱい、買ったりしました。

 ママには『こんなにTシャツばっかり!』って怒られたけど。



 その一枚一枚に、想い出。

 えっと、今日一緒にレッスンするのは……みりあちゃんだね。じゃあ……

 アタシは、お気に入りのを一枚、出しました。



 洗面台でブラッシング。

 髪が長いと、時間が掛かっちゃいます。でもこの長さも、自分らしさ。

 丁寧に束ねて、ゴムでしばって、シュシュをつけて。

 髪を束ねると、自然とスイッチが入ります。アタシの戦闘スタイル。応援というステージに立つという気持ちが、昂ぶっていくのです。

 鏡で自分を、確認。



 さあ、今日も行くよっ☆







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「ふっ!……はっ!……はっ!……」



 タン、タン、と。寮を出て、いつものラン。

 体力作りです。とは言っても、そう速く走ったりしません。ベテラントレーナーさんに言われました。



『あまり負荷をかけると、体型が変わってしまうからな。だから、軽い負荷で自分をコントロールするよう、意識するんだ』



 そのときは深く考えませんでした。走り込みは、チア部の時でも基本でしたから。

 でも、今はそうじゃありません。アイドル、というプロの仕事。

 プロならば、それ相応の意識と行動を。自分の意識を少しずつ、アイドルへとなじませていくのです。



 走って、自分の呼吸を感じて、身体の律動を感じて。少しずつ、少しずつ。





「智香さん!!!おはようございます!!!!」



 茜ちゃんが、追いついてきました。いつもの、朝のお相手です。



「智香さん、今日もがんばって走ってますね!!!」



「うん、やっぱりね……なんか身体を動かすと気持ちいいから」



 茜ちゃんはアタシと並ぶよう、自分のペースを落としてくれます。



「わかります!!わかりますよ!!! 走ってるとこう、燃えてくるものがありますよね!!!」



「あはは☆ そうだねー」



 茜ちゃんはいつも元気です。でも、それだけじゃない。一緒に走ってると、分かります。

 茜ちゃんは、とっても相手を気遣ってくれる子。いつもそれが、うれしいのです。



「ところで、茜ちゃん……今日のお仕事は?」



 アタシは茜ちゃんに尋ねます。



「外で撮影です!!!」





「え?……じゃあ、集合時間、早いんじゃない?」



 アタシの問いかけに、茜ちゃんは一瞬ぽかんとしたあと。



「ああーーー!!!そうでしたあーーー!!!!これは不覚でした!!!!」



 そういうと茜ちゃんは。



「ではお先に!!失礼します!!!」



 そう言うと「ボンバーーーー!!!!」のかけ声ひとつ残し、全力で駆けだしたのでした。

 そしてアタシは。

 タン、タン、と。いつものペースを維持したまま、事務所へ向かうのです。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「おはようございますっ」



「智香、おはよう」



「智香ちゃん、おはようございます」



 事務所に着いてあいさつすると、プロデューサーさんとちひろさんが返してくれます。これも、いつもの風景。

 それにしてもプロデューサーさんは、忙しそう。それはそうです。こんなにもたくさんのアイドルを、育てているのですから。

 そして、ちひろさんも。



「ああ、そうだ。智香」



「なんです? プロデューサーさん?」



「今日の最終レッスン、智香がお願いしてたところ押さえたぞ」



「! ほんとですかっ! ありがとうございます!」



 みりあちゃんとのレッスンは、一応今日が最後。なぜなら。

 もうすぐ、みりあちゃんのライブがあるからです。そしてアタシはゲストとして、みりあちゃんをサポートし、応援する役回り。

 楽しみしかありません。

 いつも明るく元気なみりあちゃんが、ステージを駆け巡る姿を思い浮かべ、アタシはアタシのすべきパフォーマンスを想像します。





「プロデューサーさん! 智香おねえちゃん! おはよー!」



 ほどなく、主役が事務所へやってきました。



「みりあ、おはよう」



「みりあちゃん、おはよ☆」



「えへへ、おまたせー!」



 みりあちゃんは、とてもいい笑顔を見せてくれます。



「そうそう、みりあ」



「なに? プロデューサーさん?」



「今日はな。ルームじゃなくて、ひろーいところで練習するぞ」



 その言葉を聞いてみりあちゃんは、いっそう笑顔を輝かせて。



「ひろーいとこ? ……わーーい!やったやったー!!」



 事務所で跳ね回ります。





「じゃあじゃあ、今日はいっぱいいーーっぱい、飛んだり走ったりできるね! わあっ!たのしみ−!」



 みりあちゃんの言う気持ち、とてもよくわかります。だって。



「アタシも、みりあちゃんとひろーいところで練習できるって聞いて、うれしくなったよ?」



 アタシもうれしいから、こう、言うのです。



「楽しみだよね☆」



 広いところと言っても、たいしたことじゃありません。

 場所は、普通の公営体育館。でも、アタシには意味のあることなのです。それは。



 アタシが、アタシらしく育てられた場所、だから。



 チアの楽しさも、その練習の楽しさも大変さも、仲間との心のやりとりも。

 それは、体育館の中で育てられました。

 だから、プロデューサーさんにお願いしたのです。ステージ仲間のみりあちゃんと、心のやりとりをしたいから。

 そして。

 みりあちゃんを心から、応援したいから。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 ほんのりと、汗とほこりの混じったにおい。

 ああ、帰ってきたなあ。

 アタシはそんなひとりごとを、口にしていました。



「ん? 智香、なんか言ったか?」



「いえ、なんにも?」



 プロデューサーさんの問いかけに、アタシはいいえとだけ、答えます。

 でも、気持ちは。そう。

 体育館は、アタシのホームグラウンドです。



「けっこう、高いんだなあ」



 天井を見上げ、つぶやきます。

 スタンツのトップからダイブをするとしたら、と。アタシはつい癖で、天井までの高さを測ってしまうのです。



「智香おねえちゃん! すっごい広いね! 学校の体育館よりずーっとずーっと!!」



 みりあちゃんは、とても喜んでくれてます。

 バレーコートが3面はゆうに取れる体育館を、プロデューサーさんは押さえてくれました。



「ここなら、最後の練習にもってこいだろ?」



「……はい!」



 プロデューサーさんがそう言うと、アタシもうれしくなってつい、大きな声で返事をしてしまいました。





 みりあちゃんとふたり、ストレッチをしながら身体をほぐしはじめました。

 その間、プロデューサーさんとマスタートレーナーさんは、メジャーで寸法を測りながらビニールテープを貼っていきます。

 そう。仮想ステージを作っているのです。



「どうだ。赤城、若林。準備は?」



「はーい!」



「大丈夫です☆」



 マスタートレーナーさんのかけ声に、みりあちゃんとアタシは返事をします。



「いいか。これは最後の確認だ。私から教えることは特にない。ただ、このテープを気に留めて、動きをチェックするんだ」



 マスタートレーナーさんは、みりあちゃんに顔を向け、そしてアタシに顔を向け。



「いいな?」



「「はい!!」」



 その言葉で、アタシたちのスイッチが、入りました。

 でも、やはり。というか。



「赤城! ここはスタジオじゃないぞ! もっと大きく動くんだ!」



「はーいっ!」



 マスタートレーナーさんは、通し練習で指示を出し続けてます。



「若林! 自分の足下を見てみろ!」



「はいっ! ……あ」



 アタシはしっかりと、ステージラインに見立てたテープを踏んでいました。





「本番のステージだったら、お前は観客席にズドン! ……となるぞ」



「すいませんでした!」



「動きばかり気にするんじゃない。足下にも気を配れ!」



「分かりました!」



 結局のところ、みっちり2時間。マスタートレーナーさんの指導は続きました。

 さすがにみりあちゃんは、そろそろ限界のよう。でも。



「はあ……はあ……うん! みりあ、いっぱいがんばれたよ!」



 そう言って、満足そうな笑みを浮かべるのです。

 そして、アタシも。



「よし! これですべての練習は終了だ! 本番、愉しみにしているぞ」



 マスタートレーナーさんがあいさつを投げます。そして、アタシたちは。



「「はい! ありがとうございました!」」



 そう、返すのでした。

 するとマスタートレーナーさんは、アタシにゆっくり歩み寄ってきて、耳元で。



「若林……十分あったまったろ?」





 そうささやきました。アタシは、その意味を十分に理解しています。



「はい……できあがってます」



 アタシは小声で答えました。



「そうか……じゃあ後ろで観させてもらうぞ」



「はい!」



 アタシは、これからが本番。そう。

 みりあちゃんへの応援が、待っています。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「みりあ、おつかれさん。どうだった?」



「うん! すっごく楽しかった!」



 プロデューサーさんが、みりあちゃんに声をかけます。その間、アタシは。

 あたたまった気持ちが冷めないように、じっくり、じっくり。



「実はな、みりあ。智香おねえちゃんがみりあにプレゼント、だって」



「え? プレゼント?」



 みりあちゃんは、驚いた表情を浮かべました。



「ステージがんばれるようにって、な」



「えーっ! なんだろ!?」



 さあ、応援に行こう。

 アタシは、つぶやきます。



「みんなの、ために」



 もう一度、今度ははっきりと。



「みんなのために! Try! For! All!」



 マスタートレーナーさんが、ポンポンをセットしてくれました。



「Fooooooo!!」



 アタシはフロアのセンターへ走り、そしてセットしました。



 みりあちゃんが興味津々に、アタシを観てくれています。



 右手を挙げます。それが、始まりの合図。

 プロデューサーさんが、音楽を流しました。

















 片膝立ちでうつむくスタート。顔を上げ、ローブイ。クロスして、ハイブイ。

 アタシは立ち上がります。前へ歩みながらのダンス。振り向き、後ろへ。

 そしてステップを踏みながら、ハンズクラップ。みりあちゃんに、手拍子を求めます。



――ぱん! ぱん!

 みりあちゃんもそれを分かって、手を叩き始めました。

――ぱん! ぱん!

 プロデューサーさんもマスタートレーナーさんも、合わせてくれます。



 サビが近づいてきました。アタシは小走りに大きく迂回して、フロア角へ。

 対面を向きます。そう。

 アタシの得意としている、タンブリング。

 サビに合わせ、助走。ロンダートからバク転。そして。



 たんっ!



 アタシは伸身のバク宙を決めました。





 みりあちゃんが、思わず立ち上がりました。その顔は、驚きと歓び。

 ……よかった。

 ――よかった!



 アタシは、セットされたポンポンを持ちました。



「Let's go!」



 かけ声とともに、さらなる手拍子を求めます。そして、チアにはおなじみのコール。



「Go! Fight! Win!」

「Go! Fight! Win!」



 ポンポンでポーズを取りながら、踊ります。

 そこにはみんなの笑顔。



 アタシはその上を行く笑顔で、みりあちゃんにコールをかけました。



「You can do it! みりあ!」



 もう一度。



「You can do it! みりあ!」





 ポンポンを置いて、またフロア角へ。ロンダートからバク転。そして今度は、伸身の二回ひねり。

 みりあちゃんは飛び跳ねて、歓びを表現してくれます。



……うれしい?

――うれしい!



 もう一度ポンポンを持ち、ラストへ。全力のトータッチジャンプを決めます。



「うわあ!」



 みりあちゃんの声が、アタシのエネルギーに。そして曲が、終わります。



「――Yeah☆」



 出し切りました。



 アタシは、いい笑顔でチアできてたでしょうか。

 せいいっぱいの応援、贈れたでしょうか。



 それは、すぐに分かりました。

 みりあちゃんと、マスタートレーナーさんと、プロデューサーさんと。みんなの、はじける笑顔。



 アタシは、思うのです。

 ああ、チアやっててほんとにうれしいな、って。

 この笑顔のために、チアもアイドルも、全力で。

 それが、いつもの若林智香。アタシなのだから。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「ねえねえ! 智香おねえちゃん!」



「ん? どうしたの?」



 みりあちゃんがアタシに尋ねてきました。



「みりあも、智香おねえちゃんみたいにできるかな!?」



「どうして?」



「だって、智香おねえちゃんが、すっごくかっこよくて! あと、すっごく元気になった!」



 みりあちゃんが興奮気味に話してくれます。そっか。

 元気になってくれたのなら、アタシのチアはちゃんとみりあちゃんに届いてたね。

 それだけで、報われました。



「みりあ、チアやってみたい! そしたら応援してくれるファンのみんな、もっともーっと、元気にできるかな!」



 アタシは、こう答えました。



「もちろん☆ チアでみんなを、元気にできるよ! ……でもね」





 そして、続けるのです。



「みりあちゃんもアタシも、アイドル、だよね?」



「……うん」



 みりあちゃんの目は真剣です。だからこそ、きちんと。



「アタシたちアイドルが、歌って踊って、笑顔を振りまいて。それを観てくれるファンのみんな、どんな顔してる?」



 アタシは逆に、みりあちゃんに尋ねました。



「……みんな、にこにこ笑ってくれてる! ……そっか」



 よかった。気がついてくれたようです。



「みりあが、歌って踊っておしゃべりして、アイドルしてるだけで、みんな元気になってくれるんだ。そっか。そうだね!」



 アタシたちアイドルは、こうしていることでみんなを笑顔に、元気にできる。それはチアと一緒です。

 だからアタシは、アイドルを続けられる。そんな気がします。



「そうだよ? だから今度のステージ、一緒にがんばろうね☆」



「うん!!」





 次にみりあちゃんと会うのは、本番のステージ。でも、きっと大丈夫。

 みんなに元気を、届けられたから。きっと次は、ファンのみんなに一緒に、元気を届けられる。

 そう、思うのです。



「……あ、でもでも!」



 みりあちゃんは、まだお話があるようです。



「みりあ、やっぱりチアやってみたい! 今はアイドルだけで大変だけど、智香おねえちゃんくらいおっきくなったら」



 正面から、アタシを見て。



「みりあ、ほんとにほんとに、チアやってみたいよ! ……できるかな?」



 そっか。

 アタシの中に、小さいときのアタシが、現れました。



 はじめてチアに出会ったときの、あこがれ。



『アタシ、あのおねえちゃんたちみたいになりたい!!』



 みりあちゃんは、あのときのアタシ、そのもの。

 だから、アタシは、答えるのです。



「できるよ……みりあちゃんもきっと」





 プロデューサーさんとマスタートレーナーさんは、後片付けに追われています。

 その表情は、さっきの笑顔を残していました。

 みりあちゃんとアタシの会話を、興味深げに聞いているようです。



「そっかあ! ねえねえ! どうやったらできるようになる?」



 みんな、笑顔にできました。アタシは、アタシのやれることを出し切って。

 元気に。楽しく。笑顔で。

 先輩から教えられたものを、アタシはみりあちゃんにも伝えていくのです。



「それはね?――」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









(おわり)







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



22:30│若林智香 
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