2016年06月22日

高垣楓「誕生日から一年経って」

・モバマスのSS



・地の文あり



・掌編





・書き溜めありなのでさくっと終わる予定





それでは始めて行きます。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1465907634









――あの日の事は、今でも鮮明に思い出すことができる。



――あの時の光景だけじゃなくて、思いも、感動も、全部









―――



――







アイドルになって、5度目の誕生日の、その日。

私は、ステージの上に立っていた。

私自身初めての単独ドームツアー、その最終日。

少し前までは、まさか自分が立つなんて思いもしなかった夢のステージの上に、私はいた。



「ふふっ、皆さん、楽しんでくれていますかー?」



少し声を張って、マイクを差し出してみれば、凄まじい歓声が返って来る。

それだけでなんだかもう、胸がいっぱいになる。

25歳の時、モデルから転職して始めたアイドル。

正直、25歳でアイドルを始めるなんて、私自身、前代未聞だと思ってた。

でも……だからこそ。こんなにも応援してもらえるなんて、思ってもいなかったから、嬉しくてたまらない。

そんな思い籠めて、私は歌う。



「それでは次の曲、聞いて下さい……『Absolute NIne』」



――未来に響かせて



流れだした曲は、ユニットを組んで歌ったグループ曲。

私自身思い入れが深くて、大好きな曲。



――勝ち取るのこの歌で絶対



その、ソロアレンジ版。

……その筈だった。



――掴めstarry star!



歌い出しが終わり、曲が間奏に入ったその瞬間。



「イェーイ! 皆、盛り上がって行くよー★」



「さぁ、楓さんの誕生日を、私達で精一杯お祝いするよ!」



この曲のユニットの仲間で、事務所に入って以来の付き合いの二人。

美嘉ちゃんと凛ちゃんが、飛び出してきた。

マイクが入っているのも忘れて、呆然としてつぶやいてしまう。



「二人とも……どうして?」



打ち合わせの時も、リハーサルの時でさえも。一切聞いていなかった、完全な不意打ち。

観客の人々も、一瞬のどよめきの後、猛烈な歓声を上げる。

間奏は、もう猶予が無い。二人は私にウィンクだけして、歌い始める。

私もそれに負けじと、心を籠めて、歌う。音程がずれないように、必死になりながら。

そうしないと、歌声がぶれてしまいそうだった。

二人が、忙しい合間を縫って、こうして来てくれた。

その事が嬉しくて、胸がいっぱいで、泣いてしまいそうだったから。

曲が終わり、息を切らせながら観客席を見る。

突然のゲストに、ファンの皆のテンションは最高潮に達していた。

私自身、音がズレないように必死ではあったけど……最高のパフォーマンスができたと、そう思う。



「……ありがとうございました。ちょっと、私自身びっくりしちゃって音を外しそうになっちゃいましたけれど」



私のその言葉に、観客席からは笑い声が返って来る。

でも、ようやくここのMCの台本が白紙だった理由が理解できた。喋りたい事を……なんて言っていたけれど、こういう事だったのね。



「あはは、ゴメンゴメン★」



「シークレットゲストって事だったから。楓さんにも秘密だったんだ」

こんな事を企画するのは、一人しかいない。

ちらりと舞台袖に目をやってみれば、そこには、サムズアップしているプロデューサーが……Pさんが、いた。

もう。本当に、困った人。



「でも本当に、来てくれてありがとう、二人とも。それじゃあ一応、自己紹介、お願いできるかしら」



「あ、そうだね。どうも、渋谷凛だよ。楓さん、誕生日おめでとう」



「城ケ崎美嘉だよ★ 楓さん、オメデト!」



「ありがとう、二人とも……とはいっても、素直に喜べない歳になっちゃいましたけど」

しゅん、として見せると、ファンの皆さんの笑い声とは対象的に、凛ちゃんは微妙そうな表情を浮かべている。



「それ、他の皆の前で言ったら怒られるよ」



「ホント、楓さんの若さは反則だよねー。スキンケアとか、どうしてるの?」



「うーん、特別な事はしてないんですけれど……あ、でも一つあるかも」



「なになに? 女性ファンの皆は、聞いといた方がいいかもよー!?」



美嘉ちゃんの煽りに、ゴクリ、と何かを呑むような音が会場に響いた気がしたのは……気のせい、よね?



「それで、楓さん。その秘密っていうのは?」



「よく呑んで、よく寝る事です。お酒は百薬の長ですから、ね。ふふっ」



「よく食べてじゃないの!?」



「まぁ、楓さんらしいっていえば、らしいよね……」



美嘉ちゃんのツッコミと、凛ちゃんの溜息に、会場は大笑いに包まれる。



――それは、とても楽しい夢のような時間。



けれど、楽しいからこそ……夢のようだからこそ、まるでそれは、泡沫のようで。

そんな時間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。

あれから、凛ちゃん達をバックダンサーに、時にバックコーラスに、何曲かを歌った。

Nocturne、つぼみ、Were the friends!、Nation blue……その他にも、色々な曲を。

それはまるで、私のアイドル人生の集大成のようだった。



「……さて。寂しいですけれど、とってもとっても寂しいし、哀しいですけれど、そろそろお別れの時間となってしまいました」



えーっ、とファンの皆さんの声が響く。中には、叫び声と言えるような声や、泣き声と言えるような声までも。

それが、どんな歓声や、どんな笑い声よりも大きく聞こえたのは……私の自惚れ、かしら。

でも、それには一つだけ理由があった。

それも、とてもとても、大きな理由が。





「このライブの告知の時にお伝えしたように……私は、今日限りでアイドルを、芸能界を『卒業』します」



……そう、私は今日、アイドルを『卒業』する。

5年のアイドル生活に終止符を打つラストライブ。それが、今日だった。



私がそう言ったのと同時に、ああ……と、呻きとも泣き声とも取れない声が会場に満ちていく。

それだけファンの皆さんが惜しんでくれているということで、本当に、胸がいっぱいになる。



「今日まで5年間、アイドルとして走り続けてきて……私は、とても、とても楽しかったです」



そして、後ろにいる美嘉ちゃんと凛ちゃんを振り返る。



「ここにいる二人を初めとする事務所の皆や、スタッフさん、そしてファンの皆さんに支えられて……本当に、魔法にかかったような、幸せな日々でした」







モデルのままだったら、きっと体験できなかった世界。

一歩踏み出さなかったら、味わえなかっただろう煌びやかな世界。

……あの人が見つけてくれたからこそ、支えてくれたからこそ、楽しめた世界。



「でも、魔法はいつか解けてしまいます。御伽噺のシンデレラのように。きっと私にとって……それが30歳の誕生日という、今日なんだと思います」



いつの間にか、会場は静まり返っていた。

まるでファンの皆が、美嘉ちゃんと凛ちゃんが、私の一挙手一投足を見守っているような気がする。



「語りたい事はいっぱいあります。けど、それよりも、私は今日まで『アイドル』で『歌手』ですから……この歌で、私の想いを感じてもらえればと、そう思います」



美嘉ちゃんと凛ちゃんが、舞台袖へと戻っていく。ちらりと見えた凛ちゃんの目の端には、涙が浮いていたように見えた。

二人の事を見送って、私は深呼吸をする。



「聞いて下さい……『こいかぜ』」



私は歌う。5年間のアイドル生活の全てを籠めて。

ファンの皆さんに向けて歌う、最後の『こいかぜ』を。

力いっぱい。

心の限り。







――それは文句なしに、今まで最高の、そして最高の『こいかぜ』だったと、私は今でも、そう思う。









―――



――









「お、珍しいものを見てる」



後ろからした声に振り返ると、仕事から帰ってきたあの人がいた。

鍵の音に気付かなかったなんて……それだけ、集中して見ていたのね、きっと。



「お帰りなさい、プロデューサー」



「その呼び方、なんだか久しぶりだなぁ」



帰ってきたのは、私のアイドル生活を支えてくれた魔法使い……プロデューサーで。



「ふふ、これを見てたら、懐かしくなっちゃって。お帰りなさい、あなた」



そして。

私の王子様ならぬ、旦那様だった。

「ただいま。それにしても、高垣楓引退ライブのBD、か……ひょっとして、見るのは初めてじゃ」



ええ、と私は頷く。

自分のライブのBD。いつもは、頂くとすぐに反省の意味を籠めて見ていたのだけれど、これだけは、一度も見ていなかった。



「……やっぱり、今日で一年だから?」



「ええ。今日で引退して一年……いい区切りかなって、思いましたから」



あれから、もう一年が経つ。

あの煌びやかなステージも、もうずいぶん昔のような気さえする。

実際には、そんなに日数が経っていないのに、ね。



「でも、あのライブから一年ということは……あのプロポーズからも、丁度一年ですね」



「あはは……そういうことに、なるかな」

背広を脱ぎながら、Pさんは恥ずかしそうに頬を掻く。

私に掛かった魔法が解けて、普通の女性に戻ったあの日の夜。

プロデューサーは……ううん、私の王子様は、『ガラスの靴』を持ってやってきた。

それまで、好きだとかそういう気持ちを、お互いに口に出したことはなかった。

きっと、明確にしちゃいけない、アイマイなものじゃなければいけないと、そう思っていたから。

けれど、支える側と、支えられる側として過ごす間に、いつの日からか互いに想いあっていた。

……それがいつからかなんて、はっきりとは分からなかったけれど。

「一つ、聞いていいかな」



Pさんが、ふと言う。少しだけ、今までよりも真剣な表情で。



「なんです?」



「あの時も聞いたけど……後悔はしてない?」



Pさんが言っているのは、きっとライブ前夜のこと。

あの時もPさんは、後悔してないかと、そう聞いてきた。

でも、私の答えは決まっている。あの時から、ずっと同じ答え。



「――ええ。私は皆と、ファンと、そして何よりPさんと歩んできたアイドル生活に、満足してますから」



「……そっか。うん、それなら良かった」



「ええ」

私が笑ったのを見てか、Pさんも笑顔になる。

本当に、Pさんは優しい人だ。いつもいつも、こうやって私のことを気遣ってくれる。

アイドルと結婚して……いろいろ大変だったのはきっとPさんの方なのに。

だから、私も口をついて出てしまっていた。



「Pさんこそ……あなたこそ、後悔はしていませんか?」



それは、今まで一度も聞いたことが無かったこと。



「え、何に?」



「プロデューサーという立場にある人が、アイドルだった人間と結婚して、です」



「……ああ」



実際、いろいろ大変だったと聞いている。

引退自体は、結婚とは関係ない。引退は、純粋にアイドル活動に満足して、やめ時だと、そう思ったから。

けれど後々結婚が公になった時、多くの人は……特に、私の熱心なファンだった人は、そう考えなかった。

事務所に強迫まがいの手紙が届いたり、剃刀の刃が届いたり……そんな事があったと、凛ちゃんが心配して教えてくれた事もある。

Pさんは、それを決して私には言わなかったけれど。



「まぁ、楓さんはデビュー時から25歳で、その辺は他のアイドル達のファンより寛容だったから」



「それは、そうかもしれないですけど……でも」



「第一。それくらいで後悔するなら、あの時プロポーズなんてしなかったよ」



「……っ」

私は嬉しさや恥ずかしさで大変な事になってる顔を隠すようにそっぽを向く。

Pさんに、そう言ってもらえるのは本当に嬉しい。

けれど、それはそれとして、今、現在進行形で、少しばかり不満な事があった。



「そ、それよりも。何か言い忘れてることがありませんか? あ・な・た」



そう言うと、一瞬面食らったようになるPさん。

もう、本当に困った人。



「あれから一年経ちましたが、さて問題です。あれから一年ということは、今日は何の日でしょう?」



その言葉に、ああ、とPさんは頷く。

ようやくわかってくれたのかしら。

本当なら、帰ってきたら一番に言ってほしいくらいだったのに。



「――楓さんの誕生日」



「正解です♪」

「うん、それじゃあ改めて。誕生日おめでとう、楓さん」



「ありがとうございます、あなた♪」







掛かった魔法が解け、シンデレラは一人の女性に戻って、そして王子様と結ばれた。

お互いに支えて、支えられて……そうやってアイドル生活を続けていくうちに、育まれていたこの絆。

これからはこの絆を大切にして、私の王子様を支えて行こう。

私は、心からそう思った。

おわり。







22:30│高垣楓 
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