2016年06月28日
橘ありす「Diana」
ある日の喫茶店。お洒落な店内にはお洒落な曲が流れてます。
そんな中で一息つく私はちょっと大人な気分です。注文したものはココアなんですけれど。
ココアだっていいじゃないですか。誰かが言ってました。好きなものを頼めるのは子どもの特権だって。
大人だって好きなものを頼めばいいじゃないですか。私はそう思いますね。
そうそう、世の中には大人様ランチというものがあるそうですね。前にネットサーフィン中に見ました。
なんでもお子様ランチをそのまま大人用の量にしたもんだとか。世の中色々な需要があるんですね。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1466519694
あ、これ知ってる。珍しく私のわかる曲が流れました。
ポール・アンカのデビュー曲「Diana」
弟のベビーシッター、歳の離れた彼女への片思いを綴った名曲です。
私の今おかれている境遇と少しだけ似ているような気がします。
だけど、私は彼とは違う。私は彼ほど積極的になれない。いじらしい、とでも言うべきなのですかね。
昔、といってもそんな前じゃないですね。はい、まだ12歳ですし。
お父さんが聴かせてくれた話をふと思い出しました。
「月が綺麗ですね」かの夏目漱石が「I love you」をそう訳せと言ったらしいですね。
なんでもあなたが隣にいるとより一層月が美しく見えるとかなんとか。
それに、「愛している」なんて直接的な言葉は日本人には似合わないとかなんとか。
私は名前こそ外国人みたいだなんて言われますけど考えはまるっきし日本人ですね。
直接的な愛の告白なんて今の私には出来そうもありません。
そもそもなんでこんなに悩んでいるかなんていうと、私は私の担当プロデューサーに恋をしているわけで。
私は12歳で、彼はもちろん12歳ではなくもっと年上なわけで。私はアイドルで彼はプロデューサーのわけで。
はい、色々と障害が多い、難儀な恋愛です。
とはいえ一人で悩んでいても何も変わりません。幸いにも私の周りには頼れる大人が何人もいます。
私だって頼ることを覚えたんですよ。成長ですね、これは。
今だって喫茶店で相談相手を待っている最中ですし。
噂をすれば影、ちょうど相談相手が来ました。
彼女は変装なのかいつもより落ち着いた服を着ています。……というよりいつもが派手すぎるのだと思いますけど。
今日の格好は年相応といったところでしょうか。彼女の実年齢は知りませんけど。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ忙しいところ呼び出してすみません」
「大丈夫ですよ。だってナナとありすちゃんの仲じゃないですか」
「なんですかそれ」
彼女、ウサミンこと安部菜々さんに相談します。
「でもなんでナナなんですか。いつも仲良くしている文香ちゃんとかじゃなくて」
「いえ、菜々さんがいいのです」
これにはちゃんとわけがあります。私だって考えなしじゃないんです。
まず菜々さんは大人です。ここでの大人はしっかりとしているという意味の大人です。
そして真面目です。どんな質問にだって真摯に答えてくれます。
次のが大本命。これだからこそ菜々さんにお願いしたといっても過言じゃないくらい。
「菜々さんだったらオブラート三重くらい包んで、私が傷つかないように配慮してくれそうじゃないですか」
「ダメな発想ですね」
な、いきなりばっさりいかれた。ダメなんです。もうこれだけで私の心はずたぼろです。
文香さんも選択肢にはありました。ただ文香さんは所謂天然が入っているお方です。
尊敬はしていますよ。もちろん大好きですし敬意も持っています。ただ今回にはちょっと……。
鋭い一言で私のガラスのハートが壊れてしまう可能性があります。
あともう一人悩んだ人もいます。奏さんです。ただ奏さん……、恋愛系の相談は……。
悪い人じゃないんですよ。ただ多分背伸びしているのがかわいいってからかわれて終わる気がしてしまうので……。
そうやって色々考えた結果菜々さんが適しているかと思いました。
「ということです」
「なるほど、自分で言うのもなんですが納得いきました」
菜々さんはいつも見る、安心できる笑みを浮かべます。なんて言えばいいのでしょうか。ふにゃっとした笑みです。
これです。この雰囲気です。だからこそ菜々さんに相談したのです。
「それでどんな相談なんですか」
「えっと」
どうしよう。直接全て伝えるべきでしょうか。
相談する身ですが全て正直に言うのははばかられて。少しぼやかした言い方をしてしまいました。
「恋愛相談です。年上の人を好きになってしまい、少なくとも成人しているくらいは年上です。私はどうすればいいでしょうか」
タイミング良く、いや悪いのでしょうか。菜々さんが頼んだコーヒーが運ばれてきました。
菜々さんはそれをゆっくりと一口飲み、さっきまでの笑みを消し、真剣な表情になりました。
「頼ってくれることは素直にうれしいですよ。ただ……」
そこで言葉を切って菜々さんはまっすぐ私を見つめます。真剣な目。
目を逸らしてしまったのはやましい思いが胸のうちにあるからでしょうか。
「ありすちゃんの要望には応えられるかわかりません。いえ、応えられません」
菜々さんは優しさと甘さの意味を履き違えない人。誰かがそう言っていました。
私はまさにそれを間違えていたのかもしれません。菜々さんは優しいから、甘くないから。
私のことを思ってしっかりと伝えようとしてくれる。そんな気がします。
だからこそ私は覚悟をして、まっすぐと見つめ返して、長い沈黙の後答えました。
「……はい」
「わかりました。まずこれは良識のある一般人の安部菜々としての意見です。諦めてください」
はっきりと言われました。刃物のような鋭い言葉、それは私の胸をえぐります。
凛とした声、それはどこまでもまっすぐに私の心を穿ちます。
それでも力を振り絞りなんとか応戦します。
「……どうして……ですか」
「まず、あなたはアイドルです。おおっぴらに恋愛などするべきではないというのが一般論です。ありすちゃん、あなたは賢い子だからわかると思います。いくら大人びていてもあなたは12歳。成人男性と付き合うことはまずできません」
ええ、わかっていました。私にだってわかってはいたんです。それでも割り切れなくて、悔しくて。
どうするべきなのかわからなくなってしまって、頭の中がぐちゃぐちゃになって、それで菜々さんに相談したんです。
唇をぐっとかみ締め、スカートをぐっと握り締めます。そうでもしないと涙がこぼれてしまいそうで。
あがっていたはずの視線はとうのむかしに下に落ちています。
当たり前のことです。私はアイドル。恋愛はご法度。そのせいでいなくなった人たちがいるのも知っていることです。
そして……私は子どもです。どんなに背伸びをしても子どもは子ども。それが覆ることなんてありません。
あの人は大人。私は子ども。その間にある壁は限りなく高い。私にはそれを乗り越える力も、勇気もありません。
ああ、だめ。もう堪えきれない。涙がこぼれちゃう。そう思ったとき頭にぽんと手が置かれました。
「泣かないでください。それにそんなに強く握ったらスカートがしわになっちゃいますよ」
え、と思って顔をあげると小さい体で精一杯身を乗り出して菜々さんが私の頭に手を置いています。
菜々さんのいつもと変わらないへにゃっとした笑顔がそこにありました。
「次にこれはありすちゃんの友達のナナの意見です」
私が呆気にとられて菜々さんを見ているとまたコーヒーをゆっくりと飲んでから話し始めます。
「恋をしちゃうのはどうしようもないですからね。Pさんに思いを伝えるのも悪くないんじゃないですか」
暖かい菜々さんの言葉に救われた気がします。
あれ、でも、何かがおかしい。……どうして菜々さんは私の思い人を知っているのでしょうか。
「あれ、違いましたか」
「……いいえ、違いません。でも……どうして……」
「ありすちゃんはわかりやすいですからね」
……衝撃の事実です。え、嘘ですよね。誰か嘘だと言ってください。ばれていた、いつから。最初から。
恥ずかしいです。顔から火が出ます。穴があったら入りたいです。机があったらもぐりたいです。むーりぃー。
「で、でも。私はどうやってPさんに思いを伝えればいいのかわかりません」
「簡単です、とは言えませんね。そうですね、遠回りな表現なんてどうでしょうか」
「遠回りな表現……わかりました」
「いい案があるみたいですね」
私は「はい」と答え、その声が思ったより大きくて自分でも驚きました。
周りに変に思われていないか、きょろきょろと見回してみましたが誰も私のことを気にしていないようで安心しました。
そんな私を菜々さんだけは見ていてくすくすと笑っています。なんだか少しだけ悔しいです。
「じゃあ頑張ってください。ナナは応援しています」
そんな言葉が嬉しくて脆くなった涙腺から一筋の涙が流れました。
あはは、菜々さんが慌てています。嫌だったわけじゃないですよ。感謝しているんですよ。
でも菜々さんには伝えません。さっき悔しい思いをしたからほんの少しのいじわるです。あと私の好きな人をわかっていたのに言わなかった件も。
もう一度菜々さんに感謝を告げ二人で店を出ました。ココアの代金は「お姉さんだから」なんて言って菜々さんが払いました。
やっぱり菜々さんは大人なんだな。そして私はまだまだ子どもなんだな。今日はそれを思い知らされもしました。
_________________________
ある日の喫茶店。お洒落な店内にはお洒落な曲が流れてます。
そんな中で一息つく私はちょっと大人な気分です。注文したものはココアなんですけれど。
ココアだっていいじゃないですか。誰かが言ってました。ココアにはアンチエイジング作用はあるって。あれ、候補が一人しか思い浮かびません。
なんでもカカオポリフェノールの高い抗酸化作用により、老化の原因となる活性酸素の働きを抑制。紫外線で傷ついた肌を修復したり、ターンオーバーを促進する効果もあり、ニキビやニキビ痕、シミ、シワの予防にも期待できます。
はい、今タブレットで調べました。
まあ私にはアンチエイジングなんて関係ないんですけどね。むしろ大人になりたいからアンチ、アンチエイジングです。
あ、これ知ってる。都合よくもまた同じこの曲が流れました。
ポール・アンカのデビュー曲「Diana」、私が今日参考にする曲です。
カップの中のココアが残り三分の一ぐらいになったところでお待ちかねの人がやって来ました。
いや、出来ればまだ来て欲しくなかったんですけどね。もっと心の準備時間が欲しかったです。具体的に言うとココアを飲み干すまで。
しかし、来てしまったものは仕方ないです。今からもう一度出直してきてくださいとも言えませんしね。
あの人はきょろきょろと店内を見回し、私を見つけると笑顔で近づいてきました。
「お忙しいところ呼び出してすみません」
「いいんだよいいんだよ、でなにか相談したいことでもあるのか」
「いえ、そういった用件がなければダメでしょうか」
「そういうわけじゃないけどさ。ありすが誘ってくれるのは珍しいと思ってさ」
ダメです。緊張しています。いつもより固くなっている気がします。当社比三割り増し。
こんなことになるなら文香さんが前に話してたはきはき話す方法を真面目に聞いとけばよかったです。すみません、話半分に聞いてました。
いやね、私が言うのもなんですが説得力って大切だと思うんですよ。
晶葉さんがロボットについて語るのと文香さんがロボットについて語るのではどちらが説得力があるかって話です。
だってこの前文香さんゲームのことピコピコと呼んでいましたよ。私は自分の耳を疑いました。
まあ、現実逃避していても仕方ないですね。今は話に集中しましょう。
「ただ、こういう店にはまだ一人じゃ入りにくいんです」
「ああ、わかる気はするよ」
私は子どもで彼は大人。そう周りに言われてきました。もう、私はそんなこと気にしません。
「それに誰かと一緒に食べたほうがおいしいですし」
「そんなこと頼子と晶葉も言ってたな」
む、私と一緒にいるときに他の女の人の名前を出すんですか。なんてメンドクサイことは言いません。
そんな関係でもないですからね。まだ。予定は未定ですけど。
そこにコーヒーとイチゴパフェが運ばれてきました。
「お、ありすはこれが食べたかったのか」
「はい。ここのイチゴパフェは絶品です」
私は心から愛していると言えます。離れたくないと言えます。
だけど今はこの言葉で代用します。伝わらないかもしれません。いえ、多分伝わらないです。
でもいいんです。今は。物事には段階というものと時期というものがありますしね。
今はこれだけ。だけど私の思い全て詰め込みます。心の中で深呼吸。
行きますよ。言っちゃいますよ。
「イチゴが甘いですね」
stay by me Pさん。
17:30│橘ありす