2016年07月18日
北条加蓮「モノクロに差す、薄明の光彩」
「――うあー、疲れたぁ〜……」
ファミレスに入るなり、李衣菜は4人掛けの席にどっかり座ってため息を吐いた。
隣に色んなブランド服の紙袋を置いて、腕を振ったり指をにぎにぎさせてる。
「ふふっ、荷物持ちお疲れ〜。いやー助かっちゃったなー」
「はぁ、買い物付き合ってってこういうことだったの……? 自分の分くらい持ちなよぉ」
ほっぺを膨らませてアタシを睨んでくるけど、そんなの全然怖くない。むしろもっとイジメたくなっちゃったり。
「んー、どれ食べよっかな〜♪」
「ちょっとー、聞いてるの〜? んもー……」
ジト目の向こう側には、しょうがないなぁって呆れと優しさが滲んで見える。
その優しさに、アタシは甘えてるのかも。なんて。
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「いつもこんなに服買ってるの? よくお小遣いもつね……」
「ううん、普段はこんな買わないよ。今日は便利なのがいるし、調子に乗っちゃった」
「便利って……」
ひどいなぁ、なんて言いながら、運ばれてきたポテトを摘む李衣菜。
ほんと怒んないよね。
……もっと怒ってくれたらいいのに。
こんなのを相手してるくらいなら、もっと他の子と遊べばいいじゃん。
買い物付き合ってって言ったらふたつ返事で付いてきてさ。
何度もキツいこと言ってるのに、いつも忘れたみたいにへらへらしちゃって。
「? 私の顔なんか付いてる?」
「李衣菜って童顔だなーと思って」
「ええー、なにそれー」
口をとんがらせて、でもそれだけ。
……ほんと甘い。甘すぎるよ。
「――んーでもさ、今日は私も楽しかったよ。加蓮ちゃんのセンス、見習わないとなぁ」
ずごご、とジュースを飲み干して、アンタはまたそういうことを言う。
絶対人のことを貶さない。少なくともアタシをバカにしてきたことはない。
陰で言ってるかもだけど。
「加蓮ちゃん、ありがとね! 勉強になったよっ」
……撤回。陰どころか、心の中でも毛ほどもバカにしてないんだろうな。
その笑顔、誰にでも向けてるんでしょ? 知ってるんだから。
「はぁ」
「んぇ? どしたの、ため息なんか吐いて」
「んーん、なんでも。ちょっとはしゃぎすぎたかなーって」
「あー、結構歩き回ったもんね。大丈夫?」
「んー」
テーブルに顎を乗っけて、気の抜けた返事を返す。別に疲れてるわけじゃないけど。
荷物を持ってくれて、アタシに振り回された李衣菜の方がよっぽど疲れてるはずなのに。
顔を覗き込んできてまで心配してくれる。
……なんだか自分が惨めになってきた。
同じ人間で、同じ事務所のアイドルで、同じ女子高生なのに。
どうしてこうも違うんだろ。
李衣菜が羨ましい。
「…………」
「…………」
腕を枕にして窓の外をぼんやりと眺める。
李衣菜はといえば……決して狭くないテーブルの向かい側から、精いっぱい腕を伸ばして。
「……アタシ、子どもじゃないんだけど?」
「まぁまぁ」
……何故か、アタシの頭を撫でてくる。
「やめてよ」
「元気無さそうだし。髪の毛もよく手入れしてるね……すごいなぁ」
アタシの心中を察してるのか。
それとも考えなしか。
アタシのよりちっちゃいその手は、ほんの少しあったかかった。
「……ね、この前の話なんだけどさ」
しばらくそのままでいたら、不意に話を振られた。頭だけ動かして続きを促す。
この前? なんかやったっけ。
「加蓮ちゃんのライブの前……、私のこと、昔から変わらないって言ってたよね」
――ドキリとした。
「……そんなこと言った? アタシいつもてきとーだから、いちいち覚えてないんだよねー」
「うん。正確には『昔っからそう』って言った」
「……言ってないっての。聞き間違いじゃない?」
「言ったよ。私は耳が良いって加蓮ちゃんも知ってるでしょ?」
「…………」
昔も昔。体が弱くて、病気を抱えて。
まるで牢屋みたいな病室に閉じ込められてた頃……モノクロの中の、唯一の淡い思い出。
つい口にしてしまった、あのこと。
「ずっと引っかかってたんだ。一緒にお仕事し始めたのも最近だし、そもそもアイドルになって初めて会ったんだし」
「そ。李衣菜の言うとおり。アタシら、あれが初対面だったでしょ」
……思い出してほしいわけじゃなかった。あのときはちょっと褒められて、動揺してただけ。
「うん、そう思ってたんだけど……本当は初対面じゃなかった。そうだよね?」
幼い頃の出来事なんて、普通は覚えてないのが当たり前だ。
「ちょっと気になってさ。なんとか昔のこと思い出そうと思って……お母さんに聞いたりしてね」
アタシのことなんか……アンタをバカにするようなやつのことなんか、ほっといてよ。
「それで……私が今住んでるとこに引っ越す前、よく行ってた公園でさ」
いつもと同じ、なんにも考えてないようなへらっとしてればいいのに。
「――2人で一緒に、あの場所で……たった一度だけ遊んだんだ」
…………。
アタシは李衣菜をナメてた。なんにも考えてないようで、しっかり考えてた。
「加蓮ちゃんはあのときのこと……覚えてたんだね。私もやっと思い出したよ」
ほんと、アンタは大バカで……底なしに優しいんだ――。
―――
小学……何年だったかな。それは覚えてない。けど、あの出会いは……今もまだ、胸の奥に残ってる。
病院へ行く途中の公園。
そこで同い年くらいの子が元気に遊んでたのを、自動車の中から横目で見ていた。
羨ましかった。一緒に遊んでみたかった。
でも、小さくて弱かったアタシの体は……そんなこと許してくれなかった。
長い長い入院生活。たまに帰宅許可が出ても、すぐに逆戻り。
その繰り返しで、幼心にうんざりしていたんだと思う。そんな鬱憤が爆発するのは当然だった。
ある日、担当のナースさんにわがままを言って、その公園に連れて行ってもらったことがある。
柔らかい日差しにあっためられたベンチに座って、仲良く遊んでる同年代の子たちを眺めて。
正直うずうずしてたけど、しっかりナースさんに手を握られて動けなかった。
自分の体の弱さも知ってたし。
そんな、歯がゆい気持ちを抱えていたら。
「――ねーねー! いっしょにあそぼ!」
元気な女の子が、目の前に立っていた。
「あ……え、と。あの、わたし……」
「わたし、いまきたとこなの! みんなはほかの子とあそんでるし、ねっ」
ぴょこぴょこ跳ねながら手を伸ばしてくる。まん丸で大きな目がアタシを見ている。
「わた、し……からだ、よわくて。びょうきだから……」
「そうなの? でもへーきだよ、あそんでたらびょうきもふっとんじゃうよ!」
「で、でも……」
ナースさんは……やっぱり首を振ってる。無理を言って連れてきてもらった以上、さらにわがままを重ねるわけにはいかなかった。
「おねーさん、もしかしてナースさん? この子とあそんでいいですかっ?」
おねがいしますっ。
そう言って、ぺこりと頭を下げる知らない子。
強引なのか、丁寧なのか……よく分からない。
ただ……、アタシと遊びたいんだって気持ちだけは伝わってきた。
「――よーし、いっぱいあそぼーっ!」
「あうっ、ま、まって……!」
その熱意に負けたナースさんが手を放してくれて、その代わりにアタシの手を取ったこの子と。
2人で公園中を駆け回った。
シーソー。ブランコ。ジャングルジム。
体が弱いと言ったアタシを思ってくれたのか、優しく手を引いてくれた。
遊具にすら不慣れなアタシに、たくさん遊び方を教えてくれた。
「えへへっ、たのしーね!」
「うん、……うんっ!」
さんさんと注ぐ陽光と同じくらい、きらきらしたこの子の笑顔が眩しくて。
アタシもいつしか……笑顔になっていた。
――楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
「うー、いっぱいあそんだー♪ ね、たのしかった?」
「うんっ、すっごくたのしかった♪」
「へへー♪」
手を繋いだまま、足をぷらぷらと遊ばせて。
ベンチに座って夕焼けを一緒に眺める。
「またいっしょにあそぼうね! ねっ!」
沈む夕日の薄明かりを反射して煌めく、まん丸お目々。
綺麗で、嬉しくて、楽しくて。
だからアタシは、何度も首を縦に振った。
「……あっ。おなまえ!」
「え?」
「まだおなまえきいてなかったっ。わたし、りーなっていうの!」
遊ぶのに夢中で、お互いまだ自己紹介すらしてなかった。
「りー、な……ちゃん?」
「うん、りーな!」
それが、この子の名前。
「えと、えっと……」
まごつくアタシを急かすでもなく、ただ見つめて待ってくれた。
「わたし……わたしは、かれん……っていうの」
「かれんちゃん! いいおなまえだねっ、とってもかわいいっ」
「え、えへへ……ありがと、りーなちゃん」
病院ではもう顔なじみが多くて、名前を褒められるなんてそうそうない。
てれてるー、とからかってくるこの子に、アタシはさらに顔を赤くするしかなかった。
――夕闇に溶ける影が長く伸びて、お別れの時間が迫ってくるのを感じる。
見守っていてくれたナースさんが歩み寄ってきて、「そろそろ……」と声を掛けてきた。
「りーなちゃん……また、会える?」
「ふえっ? うん、さっきやくそくしたもん。それに、もうお友だちでしょ?」
「……!」
「だから、また会えるよっ。つぎもいっぱいあそぼ? ねっ、かれんちゃん!」
「……っ、うんっ……!」
思わず抱きついて……少しだけ泣いた。
たった1日遊んだだけなのに。
りーなちゃん……李衣菜は、アタシを友だちだと言ってくれた。
優しい李衣菜は、泣いてるアタシの頭を戸惑いながらも撫でてくれて。
別れの際まで、その屈託のない笑顔を絶やさなかった。
また会おう、って。指切りして。
「「それじゃ……またねっ」」
薄明の空に、光彩を放つかのようなその女の子の姿は今も。
鮮明に、鮮烈に覚えている。
.
――結論から言えば、その後約束が守られることはなかった。
遊びすぎた反動か、その夜に高熱を出して。
ナースさんは怒られ、アタシは何週間も外出禁止令が出された。
まぁ当然と言えば当然。ちびっ子時代、あれだけ遊んだのは後にも先にもあの日だけだったし。
外出許可が下りて、ようやくあの公園に行けたときには。
もう、李衣菜はいなかった。
公園で遊んでいた見知らぬ子になんとか話しかけ、あの子はどこだと聞き出した。
――りーなちゃんはひっこしちゃったよ。
……ウソだ。
ウソだ、ウソだ。
ウソだウソだウソだ!
探すあてもないのにすぐさま公園を飛び出したけど、お母さんに止められた。
しょうがないでしょうって。
しょうがなくなんかない。
アタシが……アタシが悪いのに!
何日も何日も、後悔と申し訳なさでたくさん泣いた。
「わたしがわるいんだ」
「りーなちゃんをずっとずっとまたせちゃったから」
「だからりーなちゃんは、おこってとおくに行っちゃったんだ」
「お友だちになってくれたのに。なのに、なのにっ……!」
繋いでくれた手の温もりも、抱き返してくれた胸の鼓動も。
アタシは……その全部を裏切ってしまった。
それから、代わり映えのない日々。
相変わらずの真っ白で薬品臭い牢獄暮らし。
いつの間にか小学校を卒業してて。
体は良くなったものの、周りからの疎外感を勝手に感じてひねくれて。
無気力で、外面だけ整えて適当に生きてきた。
誰そ彼時。その言葉通り、記憶の彼方のあの子は、徐々に薄れて消えていった。
ちくちくと痛む、あの日の思い出から……消えていく。
――そして。
.
プロデューサーに手を引かれ、やってきたアイドルプロダクション。
広いような狭いような、そんな部屋を見渡して……近くの壁に寄りかかってる子に話しかけることにした。
気だるげにヘッドホンを耳に当てて、音楽を聴いている。
「――ああ、ごめん……音楽に夢中で。もしかして一緒にアイドルになる子? よろしくね」
「ん、よろしく。アタシ加蓮ね。……って、まだ本気でアイドルやれるとは思ってないけど」
「へー。まぁ私も、アイドルっていうかアーティスト目指してるんだけど……あ、私は多田李衣菜」
「……! りい、な」
名を聞いた瞬間、ビクリと体が震えた。
懐かしい、名前……どこかで聞いた、ような……?
「……? どうかしたの?」
「う、ううん……気にしないで」
「ふーん……そう? ま、これからよろしく」
握手。
そう言って差し出された手を、恐る恐る握って……そこで初めて、李衣菜と名乗った女の子の目を見た。
「――――!!」
そこには、
あの日と同じ、
爛々と煌めく大きな瞳があった。
はっきりと思い出した。
あの日、あの公園で遊んだ記憶。
かれんちゃん、と呼んでくれた声。
繋いだ手の感触。その笑顔も。
李衣菜、なんて名前、そうそういるわけがない。
なにより、あの日アタシを誘ってくれた、優しい目。誰かと見間違うはずがない!
こんな偶然、あっていいの……!?
一瞬、もやもやとした今までの鬱屈した感情が晴れたように思えた。
「ぁ、ね、ねぇ……――ッ!」
……でも。
「へ? なに……えっと、加蓮ちゃん、でいいかな?」
「…………うん。それで、いいよ。李衣菜」
「それで、なにか言いかけた?」
「なんでも、ない。……なんでも……」
あのとき約束を守れなかったという心の棘が……また、胸をじくじくと刺し始めて。
言い出せなかった。
言えるわけ、ない。
――それからずっと。
レッスンを受けて、特訓して、アイドルとしてデビューして。
みんなと一緒に頑張ってるうちに、今の李衣菜が見えてきた。
ロックだなんだとかっこつけてスカしていても、中身はあのときとなにも変わっていない。
明るい笑顔も、きらきらの目も、なにもかも。
なんにも変わってなかった。
ぐちゃぐちゃに押し潰されたような今のアタシと、真っ直ぐそのままに生きてる今の李衣菜。
アタシと真逆だ。
……だから、アタシは自然と距離を置くことにした。
李衣菜が覚えていなくて良かった。
もし思い出して、あのとき約束を破ったことを責められたら……。
あの日の思い出は……きっと、粉々に砕け散ってしまう。
そんなことになるくらいなら、こっちから離れるまでだ。
仮面を被って、悟られないように。
少しでも李衣菜が思い出さないように。
お願い。
お願いだから。
アタシを嫌いになって。
キツい言葉を投げかけて。
あからさまに雑に扱って。
遠ざようとして。
とにかく切り離そうとして。
……それでも。
アンタは優しいから。
なにをしてもへらへら、へらへら。怒りもしない、文句でさえまともに返さない。
いつも笑顔で、アタシに向き合ってくる。心の距離を詰めてくる。
アタシのこと、風の噂で聞いてるでしょ?
「苦労したんだね」とか。
「頑張ったんだね」とかさ。
アタシが嫌いな言葉、並べてみてよ。
どうして。
なんで言わないの。
言ってよ。
アタシが嫌いになるから、アンタも嫌いになれ。
……ウソ。
そんなのはウソだ。
嫌いにならないで。
その優しさでアタシを甘やかして。
昔、アタシと一緒に遊んだことを――!
「――アンタ昔っからそーなんだから――」
……ついに、仮面の隙間から、心の声が漏れてしまった。
それを李衣菜は、自慢の耳で聞き逃さなかった。
アタシの、負けだ。
.
―――
「――ごめんね。すぐ思い出せなくて」
腕で顔を覆ってうつ伏せるアタシに、優しく声を掛けてくる。やめてよ。謝らないで。なんでアンタが。
「……思い出してほしくなかった。約束、破ったから。アタシ」
「……『また遊ぼう』って?」
「……ッ」
「……加蓮ちゃん、私が怒ってると思ってる?」
体がふるふると震える。耐えきれない。
「怒ってないよ。大丈夫だから」
優しい声。でもウソだ。
ウソに決まってる。ほんとは怒ってる。
李衣菜だって仮面を被ってるんだ。
「というか、ね。私の方こそ怒られなきゃいけないんだよ」
……なにを言い出すの。
「本当はね。あのとき、もう引っ越すのは決まってたんだ」
え。
「それが嫌でさ……新しい友だちできたからまだここにいるんだー、ってわがまま言ったんだって。お母さんが話してくれた」
思わず、顔を上げた。
「……その、友だち……って……」
「うん。……加蓮ちゃんだよ。『新しい友だちができた』って言葉で、ようやく思い出せたってわけ」
ウソ、だ。
「あ、でも急場しのぎで誰でもいいから友だち作ろう、ってわけじゃなかったんだよ……多分。そこまで覚えてないけど」
……ウソだ。全部アタシが悪いんだ。
「たしか、ベンチに見覚えのない女の子がいて……お、なんかだんだん思い出してきたかも」
李衣菜は悪くない。アタシが病弱で、体も……、心も弱いせいなんだから。
「なんだか……そうだなー、遊びたくてうずうずしてた? うーん、どうだったかな?」
だから、だから……!
「そうそう、それで夕方まで遊び倒したんだっけ! あはは、結構無茶させちゃったかなー」
そんな、……そんな笑顔で……っ!
「バ、カ……っ。ぐすっ……話さ、ないでよぉっ……!!」
.
「えっちょっ、泣っ……えええ、待って待って、なんかごめん!?」
「ぅ、ぅぅ……ばか、ばかぁ……っ!」
「か、加蓮ちゃんっ、ここファミレス――あああ店員さんなんでもないです違うんですっ」
「ぇぐ、く、うぅぅ……っ、うぁぁぁああぁあぁぁ――ッ!!」
今まで何重にも重ねてきたアタシの仮面は、涙と一緒にあっさりボロボロと崩れ落ちてしまった。
みっともなく泣きじゃくるアタシを、李衣菜はやっぱり優しく慰めてくれる。
凛にも奈緒にもこんな情けない姿見せたことないのに、ガキんちょみたいに泣き腫らした。
その間、ずっと……手をぎゅってしてくれて。頭をぽふぽふしてくれて。
やっと、ようやく。刺さっていた棘が抜けたようで。
涙はどんどん溢れるのに、心は反対に晴れていくみたいだった。
――しばらくして。
「――ごめ、ちょっと泣きすぎた……うえ、吐きそ」
「や、やめてよ……。もう平気?」
「ん。……めっちゃ恥ずかしいとこ見られちゃった。セキニン取ってね♪」
「まだ空元気みたいだね。いいよ、無理しなくて」
う、見破られてる……。もう李衣菜には効かないかなぁ。
気付かなかったけど、いつの間にか隣に座ってる。わざわざ移動してきて慰めてくれたの?
「ひゅう、いっけめーん♪」
「……なんか分かりやすくなった? キレ悪いよ」
「そういう李衣菜はなんか容赦なくない?」
仮面なし、ノーガードの殴り合いか。よーし、かかってこい李衣菜。
「……ふふふ♪」
「なに笑ってるの?」
「べっつにー。そろそろ李衣菜にも、アタシの物語を紐解く権利をあげようかなぁって」
「それ長いやつ? もうだいぶ居座ってるし……」
「えー、聞いてよー。今を逃したらもうチャンスはないかもよ?」
「店員さーん、もう出まーす」
「無視は良くないでーす加蓮ちゃんまた泣きまーす」
「ほら、置いてくよー。って荷物多いなぁほんと……」
やばい。今までの仕返しかってくらいグイグイ来る。手の内どころか、心の内まで明かした弊害ってやつ?
でも。
……結構楽しいかも♪
―――
てくてく、夕暮れに染まる道を行く。
目の前に長い影が2つ伸びて、アタシたちの先を歩いてる。
「待ってよ李衣菜、アタシの口から話すなんて滅多にないんだよ? 特別なんだってばー」
「『過去のことなんてどうでもいい』って言ってたのに?」
「うぐぅ。李衣菜のいじわるぅ」
「あはは、また今度ね。……思い出の公園、行ってみる? 次のお休みにさ」
あの公園。……奏と行ったときは、ただの通り道だと思って――ううん、そう自分に言い聞かせてただけだけど。
李衣菜との、大切な思い出の場所。
……忘れるわけにはいかない。
過去と向き合うために。
「まだあそこ、ベンチ置いてあるの?」
「うん、たしかあったはず。遊具は少し減ったけど」
「あー……。時代だねぇ」
「昔とは違うから。街も人も」
「加蓮ちゃんも?」
「アタシ? アタシは……」
そう、アタシは――。
「これから、かな。李衣菜と一緒に、変わっていこうと思う!」
まずは笑顔から。李衣菜の前に出て、にかっとスマイル。どう、李衣菜っぽい感じでしょ♪
「お、真似っこ? へへ、負けないよー!」
あの日と同じ、薄明の空。
あなたも変わらない、光彩を放つようなきらきらの笑顔。
せめて、アタシもあなたに近づけるように。
分かれ道。
「李衣菜、それじゃ」
「うん、加蓮ちゃん」
「「――またねっ」」
同じ笑顔で手を振って、別れた。
「――よし!」
今度こそ。
これから新しい『私』になって、この約束を果たそう!
―――
――
―
.
―――
「――りーいーなー。お腹すーいーたー」
「あーもー、うるさいなぁ……べたべたくっついてこないでよー」
「キッチンあるんだからてきとーになんか作ってよ〜♪」
「てきとーに作ったらまーた『これは気分じゃないー』とか文句言うでしょ? そういうのロックじゃないよ……」
「ロックとかどーでもいいー。私が今食べたいものを当てればいいだけじゃん、簡単でしょー?」
「んな無茶な!? もー、凛ちゃん奈緒ちゃん! コレどうにかしてよー!」
「ふふ。頑張って、李衣菜」
「あたしに矛先向かないならなんでもいいよ。ファイトだ李衣菜!」
「えええ、助ける気ゼロ!?」
「コレなんてひどいよ李衣菜〜♪」
「加蓮ちゃんだってアレ呼ばわりしたくせに……。覚えてるんだからね?」
「過去のことなんてどうでもいい〜。ふふふ♪」
「なんか都合の良い言葉になってる……はぁ〜」
「なんでもいいから早くごはんーごはんー」
「だからまとわりつくのを……はいはい分かったよ、作るよ作ります! 作るから文句言わないでよっ?」
「やった! はーい文句言いませーん♪」
「っとに……。なんでこうなっちゃったのかなぁ……」
「……なんだか李衣菜、加蓮の保護者みたいだね」
「夏樹といるときは真逆なのになー。李衣菜って器用だよね」
「奈緒も李衣菜の器用さ、見習ったら?」
「凛にもそっくりそのまま返すよ」
「なに作るかな……ハンバーグでも――」
「りーなチャンのハンバーグ!?」
「なああびっくりしたぁ! み、みく、どこから出てきたの!?」
「りーなチャンのハンバーグあるところ、みくありにゃあ……じゅるり」
「ちょっとー、みく。李衣菜は私のた、め、に、ハンバーグ作ってくれるんだよ? 邪魔しないでよね」
「むむっ、加蓮チャン……よくもりーなチャンを誑かして! しょーぶにゃしょーぶ!」
「勝負ぅ? みくに勝ち目あると思ってるの? 私の圧、勝。に決まってるんだから」
「ぐぬぬぬ……! ……りーなチャン! どっちが大事なの! みくと加蓮チャン!」
「んー、料理の邪魔しない方かな。みく、加蓮ちゃん。2人分作るからあっち行ってて」
「にゃにゃーん了解にゃーん♪」
「……単純ネコ。あ、それと李衣菜」
「ん、なに?」
「みくは呼び捨てで、私はちゃん付けって。なんか不公平なんだけど?」
「……あー、それ」
「そう、それ」
「……みくちゃんにすれば解決?」
「むー」
「…………」
「むーむー」
「…………」
「むーむーむー!」
「…………加蓮、」
「わー♪」
「……ちゃん」
「ちょっとぉ」
「い、いいでしょ今さら呼び方変えなくても。大人しく待っててよ」
「えーやだー、呼び捨てで呼んでよー。もう、照れ屋さんなんだから李衣菜ってば♪」
「みくー、2人分合わせたビッグサイズにしてあげるー」
「うぇーほんとー!? りーなチャン大好きー!」
「えっちょ、私の分は!? ねぇ李衣菜!?」
「あれ? どちらさまでしたっけ……えっとたしか北条さん?」
「やめて李衣菜ー!」
「……完全に加蓮を手玉に取ってる」
「李衣菜、なにしたら加蓮をあんな……。あたしも教えてもらおうかな」
「――だりーのやつ、あの加蓮で遊んでるのか。ははっ、成長してるんだな」
「あ、夏樹。お疲れさま」
「ああ。お疲れ凛、奈緒」
「お疲れー。……いや、李衣菜のあれは成長でいいのか?」
「いいんじゃないか? だりー、楽しそうだしな♪」
「……加蓮の保護者である李衣菜の保護者である夏樹……」
「や、ややこしい……」
「李衣菜、李衣菜っ。お願いだから私にも〜!」
「あぶなっ、火ぃ使うんだからやめてって。分かってるよ、ちゃんと作るから。待ってて、……加蓮」
「!!!」
「はぁ〜んりーなぁ〜♪」
「だから鬱陶しいってば、も〜……♪」
――ジト目の向こう側には、しょうがないなぁって呆れと優しさが滲んで見える。
その優しさに、私は甘えてる♪
おわり
21:30│北条加蓮