2016年07月26日

佐藤心「夏の日の雨宿り」

アイドルマスターシンデレラガールズです。

しゅがーはぁとさんこと佐藤心さんのお話です。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1469113216



 夏。日本の四季の一つ。





 夏。私達が産まれた季節。



「あー! もう! これだから夏は!」



 突如降って来た通り雨から逃げるため、二人して屋根を目指して走っている。



「仕方ないですよ! 夏ですから!」



 言われなくても分かっている。何せ産まれた瞬間から、かれこれ20年以上も夏と付き合っているのだ。



「それでも文句の一つくらい言ってやりたくなるだろ☆」



 午前中は日差しが痛いくらいに元気だった真夏の空は、午後に入って一転して急に堪え切れなくなったのか泣き出してしまった。それも赤ん坊が泣くときと同じように、急に大量に。



「あっ! あそこの神社のとこ! 屋根ありますよ!」



「とりあえずあそこに逃げ込むぞ☆」



 なんとか屋根のある場所を見つけて逃げ込めたは良い物の、私達を襲った涙の嵐はあのわずかな時間で私達を濡れ鼠にしてしまうには充分だったようだ。





「うへ……革靴の中までビッチャビチャ……」



「靴位良いだろ☆ ……はぁとなんか下着までベッタベタだぞ☆」



 確かに靴と靴下が濡れてると気持ちが悪いのだが、靴ならまだ良い。なにせ脱いで乾かせるのだから。



 しかし、下着はそうはいかない。百歩譲って脱ぐのは良いとしよう。だけど、脱いだ下着を彼に見せるわけにはいかないし、何より下着を脱ぐためには一度裸にならなければならない。



 いくら人に見られるのが仕事の私でも野外で裸を晒すのには抵抗がある。……むしろ抵抗が無ければそれはただの変態だろう。



 私がそんな事を考えていると、彼の視線が私の胸元に固定されているのに気付いた。



「どした?」



「あっ……えっと……その……」



 私が問いかけると彼はいくつか歯切れ悪く言葉を並べながら、視線をあちらこちらに向けていた。だけど、何故か彼の視線は右から左に行く時、下から上に行く時に私の胸元で一度止まるのだ。



「あの……その……透けてます」



「っ……!?」



 少しばかり時間が経ってから彼はようやく私の胸元を見ていた理由を口にした。



「み、みみみ見るな! ばか!」



「すみません!」



 私が彼に罵声を浴びせると、彼の視界に私の透けた下着が入らないようにするためかこちらに背を向けてくれた。





「うぅ……これだから夏は嫌なんだよ……もぅ……」



 下着を見られた恥ずかしさもあって少し顔が赤くなってしまった。



 とりあえず応急処置としてバッグで胸元を隠す。これじゃあ背中は丸見えだが、私の背後に人は居ないので、良しとしよう。



「すみません……」



 背中を向けたまま、申し訳なさそうに謝罪をする彼。



 決して彼が悪いわけではないのだが、すぐに教えてくれずに少しの間私の下着を見たんだからこれくらいの謝罪はもらってもいいだろう。



「……あんまり意味ないかもしれないですけど、これ」



 そう言って彼が後ろ手に渡してきたのは彼が先ほどまで着ていたスーツのジャケットだった。もちろん私達同様にびしょぬれである。



「……ありがと」



 お礼を言って受け取り、彼のジャケットを羽織る。私よりも背が高い彼のジャケットは私には大きいみたいだ。袖が余るし、丈も長い。



「もういいぞ☆」



 下着が隠せた事を確かめて彼に声をかける。彼は改めて謝りながらこちらに向き直る。どこか顔が赤いような気もするが気のせいだと思っておこう。





「通り雨、ですよね」



「そうだね☆」



 二人して神社の境内で雨宿りをしながら先ほどからご機嫌斜めのままの空を眺める。



「次の仕事って大丈夫?」



「まだ大丈夫ですけど、雨が上がったら一度事務所戻りましょう。着替えないと風邪引いちゃいますし」



 確かにこのままではいくら夏とは言え風邪をひきかねない。昔なら風邪引いたくらいでは自分の身体になんの影響もなかったのだが、最近では風邪を引くと関節が痛む気がする。



「じゃあ、それまではここで雨宿りか☆」



 まぁ、通り雨なんて15分もすれば止むだろうし、たまにはこうして彼と二人で何もせずに居るのも悪くはない。……濡れ鼠じゃなければだが。



「……」



「……」



 ザーッと言う雨の音と、時折聞こえる雷の音だけが私達二人を包む。何故かお互い言葉を発しようとしない。



 そのまま数分……時計を見ていたわけではないので実際は数十秒だったかもしれない。



「雨、好き?」



 沈黙に耐えかね、なんとなく彼に聞いてみた。黙って雨を見ている彼の表情からは何を考えているかは読み取れない。だから、聞いてみる。



「……正直、好きじゃないですね」



「そっか……」





 少しぶりに交わした会話はわずかにそれだけ。普段はもっと軽口を言い合ったりして、二人で居れば飽きる事はないくらい賑やかなのに、今の二人を包むのは賑やかとは縁遠いものだ。



「でも……」



 私の問いかけからまたしばらく経った時、彼が再び口を開いた。



「ん?」



「夏の雨は好きですよ」



 相変わらず雨を眺めながら、彼は夏の雨は好きだと言う。



「びしょぬれになるのに?」



「びしょぬれになるのにです」



 雨に違いはあるのだろうか。秋でも冬でも春でさえ雨に違いはないと思うのだが。



「なんで?」



 簡潔に理由を問い質してみる。明確に答えは無いのかもしれないけど、なんだか気になってしまったのだ。



「……急に降ってくるおかげで、こうやって心さんと雨宿り出来るからです」



 しかし、私の予想に反して明確で、私にしてみればちょっと嬉しい答えが返ってきた。



「ふふっ……はぁとと雨宿り出来てうれしいか☆」



 嬉しいは嬉しいのだか少しばかり小恥ずかしいので、適度に茶化しておく。





「嬉しいですよ。心さんと一緒だと」



 ……その後に続く言葉に私は先ほどとは違う意味で顔を赤くしてしまった。



「わ、私も……ぷろ、でゅーさーと一緒だと……うれ……しい……ぞ☆」



 せっかく彼が素直な気持ちを伝えてくれたのだ。私もたまにはそのままの気持ちを伝えてみる事にした。すっごく恥ずかしくて言葉は途切れ途切れになってしまったけども。



 私の言葉を聞くと、彼も恥ずかしくなったのか普段は見せないくらい赤い顔をして黙ってしまった。



 男女が二人して赤い顔で神社の境内で雨宿り。学生時代なら青春と言えるのだろうが、さすがにもうそんな歳ではない。



「な、夏って好きなの?」



 こんな空気に耐えられなかった私は当たり障りのない質問をさらにしてみる。思えばこんな事聞くのは初めてだ。



「……あんまり好きじゃなかったです」



「そ、そっか☆」



 私が頑張ってひねり出した話題はわずか数秒で終わってしまった。





 再びどこか居心地の悪い空気が漂い出すと、今度は彼がその空気に耐えられなくなったのだろう。



「で、でも! 心さんが産まれた季節だって知って少し好きになりましたよ!」



「あ、ありがと……☆」



 彼のそんな言葉を聞いた私はいよいよ彼の方を向く事すら出来なくなってしまった。夏の暑さだけじゃない別の暑さが身体中を駆け巡っている。



「ぷ、プロデューサーっていつ産まれなの?」



 先ほどは失敗してしまったが他愛のない会話にもう一度挑戦してみる。



「……俺も夏産まれですよ」



「じゃあ夏産まれなのに夏嫌いなのか☆」



「俺って平熱高いんですよ。だから夏場だと自分の体温だけでまいっちゃって」



 結構、長い間一緒に居たつもりだったけど、案外私は彼の事を知らなかったようだ。



「なるほど☆ 前に冷房苦手って言ってたから、暑いの平気なんだと思ってた☆」



「あー、確かに冷房は苦手ですね。でも、それ以上に暑い方が苦手です。暑いと身体が熱持っちゃって。手なんかほら」



「うぉっ……! マジで熱いな☆」



「でしょう?」



 差し出された右手を握ると確かに大分熱かった。私の手が冷たいのかもとも思ったが、多分彼の手が熱すぎるのだろう。





「心さんの手はひんやりしてて気持ち良いですね」



「そうかぁ? プロデューサーに比べたら他の人の手はみんなひんやりしてると思うぞ♪」



 私がそう言うと彼はそうですね、なんて言って少し笑っていた。



「心さん?」



「ん?」



「離していいですか?」



 私が彼の手をにぎにぎしていると、そう尋ねられた。



「私と手を繋ぐの嫌?」



 夏の熱さで私の脳もすこし誤作動を起こしていたのだろう。普段なら聞けない事を聞いてしまった。



 それに本気で嫌なら振りほどくだろうし、そうしないと言う事は嫌ではないのだろう。





「……熱くないですか?」



「通り雨に打たれて身体が冷えたから、丁度良いぞ☆」



「じゃあ仕方ないですね……」



 いくら夏とは言え、雨に打たれて濡れ鼠にもなれば身体も冷えてしまうものだ。



 だから、こうして彼と手を繋いで、彼のぬくもりを感じるのは決しておかしな事ではない。



「雨、好き?」



 もう一度同じ質問をしてみる。



「夏の雨は好きです」



 やっぱり同じ答えが返ってくる。



「……私も、夏の雨は好きになったぞ♪ プロデューサー☆」



 たまには濡れるのも悪くはない。こうして彼と手を繋げるのであれば。



 先ほどまでは早く止めと思っていたが、今はあとちょっとだけ降っていて欲しいと思う。



 そんなとある夏の日の雨宿り。



End





20:30│佐藤心 
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