2016年08月03日

佐藤心「たからもの」

アイドルマスターシンデレラガールズ、佐藤心さんことしゅがーはぁとさんのお話です。





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1470061379



 私にはたからものが二つある。





 一つは私がアイドルになるきっかけをくれたプロデューサーの名刺。



 もう一つは私がアイドルを続けられるようにしてくれたファン一号さんのファンレター。



 これが私のたからもの。









「あー……くっそ……」



「アイドルがそんな悪態吐かないでくださいよ……」



「チッ☆ わかってるよ☆」



 わかっている。わかっているのだが、悪態の一つでも吐きたくなってしまう。



 今日は私のアイドルとしてのデビューの日だった。……別の事務所の売れているアイドルの前座、という形ではあったが。



「はぁ……」



 思わずため息が出てしまう。



「仕方ないですよ。今日、ようやくデビューしたところなんですから」



 隣を歩くプロデューサーが気休めの言葉を言ってくれるが今の私の耳には届かない。



「でも、あれはきっついぞ……☆」





 私のデビューイベントは最悪な物だった。



 出て早々に『誰?』と言われたのだ。もちろん、私だって26歳という立派な大人だ。理想と現実に差がある事くらいは理解しているつもりだった。



「……仕方ないです。まだ心さんの知名度なんてほぼ無いに等しいですから……」



「はぁ……」



 今日何度目かのため息を吐く。



 そりゃもちろん、私だってファンが私の事を待ちわび、出ていくだけで歓声が沸き起こるなんて理想を思い描いていたわけではない。



 むしろ、ほとんど反応はないだろうと考えていたくらいだ。



 でも、実際は違った。『誰?』なんて言われたのだ。これならまだ反応が無い方がマシだったかもしれない。



「……誰も見てくれないならアイドルなんて意味ないよね」



「そんなことはないです!」



 思わず私が本音を漏らしてしまったのが聞こえたプロデューサーは力強く否定をしてくれた。





「そりゃプロデューサーはそう言うに決まってるだろ☆」



 でも、アイドルはファンに見てもらえなければ意味がないのだ。



 プロデューサーに見つけてもらい、ファンに見てもらうのがアイドルという仕事だ。



「……事務所に戻ってから渡すつもりでしたが」



 プロデューサーはそう言うと自分の鞄の中から一通の封筒を取り出した。



「ん?」



「ファンレターです。心さん宛の」



「はぇ?」



 思わず間抜けな声が出てしまった。ファンレター? 私宛に?



「えっ、ちょ……えっ!? 嘘、でしょ……?」



「こんな事で嘘言ってどうするんですか。本物ですよ。正真正銘ファンレターです」



 手渡された封筒をじっくりと観察する。表にはお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれた『佐藤心様へ』という文字が並んでいた。



「んふっ☆」



 ちょっと気持ち悪い声が出てしまったが気にしてはいけない。



「今日のイベントは確かに心さんにとっては辛い物だったかもしれません」



 プロデューサーが隣で何か言っているが、今の私はそれどころではない。初めてもらった自分宛のファンレターにしか意識が向かないのだ。





「でも、こうして心さんを見てくれるファンは居るんです」



「これっていつもらったの?」



 ファンレターをじっくり観察していたら、封筒の口のところの糊がまだ乾いていない事に気が付いたのだ。



「今日のスタッフにお礼を言いに行った時ですね」



 となると、イベント終了後と言う事か。



「きっと慌てて書いたんでしょうね」



「だね☆」



 まだ乾ききっていない封筒の口を開け、中の手紙を取り出す。



「ちょっ! こんなとこで開けないでください! 危ないですから!」



「えー! いいじゃんかよーもー☆」



 嬉しくて仕方がなく、今すぐにでも読みたいと言うのにプロデューサーに止められてしまった。



「すぐにタクシー拾いますから!」









 あの日の帰りのタクシーの中で、私は何度も何度も初めてもらったファンレターを読み返した。

 宛名の字と同じ、お世辞にも綺麗とは言えない字ではあったが、心の籠った丁寧な手紙だった。ちゃんと私の事を見てくれているのがしかkりと伝わってくる、あったかい手紙。



 今でも大切にとってある。私のファン一号さんからもらった初めてのファンレター。私のたからもの。









 デビューしてからと言う物、徐々にではあるが私も人気が出てくれた。



 自分で言うのはおこがましいかもしれないが、それこそトップアイドルに近い所まで来たのではないだろうか。



 もちろん、誰かがそう評価してくれたわけではにのだが、私には根拠があった。



「よっこいっせっと……」



 ライブを終え、プロデューサーが控室に段ボール箱を運んできてくれた。



「ありがと☆」



 中には色とりどりの封筒が入っている。もちろん、全て私宛のファンレターだ。



「それにしてもそろそろ一箱で足りなくなりそうですね」



「そうだね☆」



 私がトップアイドルに近づいたと思える根拠がこのファンレターだ。



 デビューした日は一通だったファンレターが次の時には二通になり、また次の時には十通、その次には百通と。イベントやライブを重ねる度に増えているのだ。



 最近ではパッと見では数えきれないくらいにファンレターを貰っている。





「んー……」



 もちろん貰ったファンレターにはすべてに目を通しているのだが、昔と比べたくさんもらえるようになった今では、帰りの車内で読めるものにも限りがある。



「あ! あった!」



 だから、私は一通だけ帰りの車内で読む事に決めたのだ。



「またですか? 本当に筆まめですね」



「だね☆」



 お目当ての封筒を見つけると、私は大切にそのファンレターを自分の鞄にしまう。



「……というか、開けてもいないのによくわかりますね」



「だって、はぁとのファン一号さんだもん☆ 字くらい覚えたぞ☆」



 そう、私が探していたのは、あのデビューの日にファンレターをくれたファン一号さんからのものだった。





 ファン一号さんはデビューしてからと言う物、私が出ているイベントやライブのすべてに来てくれているようで、毎回毎回ファンレターをくれるのだ。



 いつも慌てて書いるのか、お世辞にも綺麗とは言えない字で、封筒の糊付けは乾いていないままと言う、初めてもらったファンレターと変わらないままで。



「いやぁ、俺には無理ですよ」



「手紙以前にプロデューサーが文字書いているとこなんて見た事ないぞ☆」



 そうですかね、なんてプロデューサーは言いながら手に持ったガムテープで段ボールに封をする。本当は自分で持って帰ってすぐにでも読みたいのだが、最近は一人で持ち帰れないくらいにファンレターが届くので、少し前からこうして後で送ってもらっているのだ。



「んふふ……☆」



 今日のファンレターにはなんて書いてあるのかが楽しみで緩んだ口元から笑い声が零れてしまう。



「嬉しそうですね」



「うん☆」



 だって、このファン一号さんが居なかったら私はアイドルを続けられなかったかもしれないのだ。





「さて、じゃあそろそろ帰りましょうか」



「はーい☆」



「俺もすぐに追うので先に行っててください」



 プロデューサーに言われた私は、車内で読むのが楽しみなファンレターの入った鞄を手に持って、控室を出ようとした。その時だった。



「ん?」



 なんとなく振り返ってみると、私のファンレターが入った段ボールに『佐藤心』とマジックで書くプロデューサーの姿が目に入った。









「ねぇ、プロデューサー」



 もうすぐ私のアイドル人生で一番の大きなライブが始まる。



「なんですか?」



「はぁとに最初にファンレターをくれたファン一号さんって今日も見に来てくれてるのかな」



 衣装に着替え、あとは開演時間を待って出ていくだけの状態だ。



「最近の心さんのライブはチケット取れないって言いますし……どうでしょうね」



 舞台袖に居ると客席の音は漏れ聞こえてくる。さすがに何を話しているかまでは聞き取れないがみんな楽しそうな声をしている。



「でも、俺は居ると思いますよ」



 薄暗い中、よくは見えないプロデューサーの顔をじっと見つめる。



 私をアイドルにしてくれた、プロデューサーの顔を。



「だよね☆ その人のためにも行ってくるぞ☆」



 開演を告げるブザーの音が会場に鳴り響く。



「はい! 俺もここでちゃんと見ていますから」



「おう☆」











 まるで夢のような時間だったと思う。



 まさに私が子供の頃に思い描いた理想とまったく同じ光景がステージの上には広がっていた。



 私が出てくるのを今か今かと待ちわびるファンたち。私が出ていくと歓声に包まれる会場。



 まるで夢のように綺麗で幸せな時間を過ごせた。



「お疲れ様です。良いステージでしたよ」



 本番を終え、控室に戻って先ほどまえのステージを思い出しているとプロデューサーがねぎらいの言葉をかけに来てくれた。



「……ねぇ」



「はい?」



「ファン一号さんに届いたかな」



 ぼーっと天井を見つめていた視線を彼に向けると、彼は幸せそうな顔をしていた。



「はい……! きっと、届いています!」





 彼の力強い返事を聞いた私は、椅子から立ちがり自分の鞄の中から紙の束を取り出した。



「……すごい数ですね。全部ファンレターですか?」



「うん☆ それも全部ファン一号さんからだぞ♪」



 私のイベントには必ず来てくれていたファン一号さん。



「今でもたまに読み返す、はぁとたからもの☆」



 いつも慌てて書いたかのように封筒の糊付けが渇いていないファンレター。



「良いファンを持ちましたね」



 彼が柔らかい笑顔を浮かべながらしみじみとつぶやく。



「……プロデューサーでしょ?」



「……」



 あの日、段ボールに書かれた『佐藤心』の文字を見て確信した。確かにマジックとボールペンでは筆跡に違いがあるのかも知れないが、これは紛れもなくプロデューサーの字だ。





「……すみません」



「なんで謝るの?」



 私が追及すると彼は居心地悪そうに体の向きを何度か変えた後に口を開いた。



「……俺の嘘で心さんを振り回してしまったからです」



 しばし無言のままで彼の顔を見る。今までで一度も見た事のない彼の表情からは何を考えているのか読み取れそうにはなかった。



「……私をアイドルにしてくれた時に言ってくれたよね」



 スカウトされた時の事を思い出す。私が初めてたからものを手にした時の事だ。



「『俺はプロデューサーですけど、あなたの一番最初のファンです』って」



 よく考えればわかったのだ。



「じゃなきゃあんな初仕事で私にファンレターなんてこない」





 ずっと、どんな人なんだろうと考えていた。ファンレターを貰うたびにずっと。



「……」



 彼は無言のままで、私の推理が正解とも不正解とも教えてはくれない。



「がっかりさせてしまったのなら、すみません……」



 ようやく口を開いたと思ったらそんな事を言いやがった。



「私はさ……」



 今までのアイドル生活を振り返る。このファン一号さんのファンレターにどれほど元気づけられたのだろうか。



「プロデューサーのおかげでアイドルになれて、ファン一号さんのお陰でアイドル続けられたんだ」



 ファンレターの束を抱えて、プロデューサーの元に歩み寄る。



「プロデューサーに会えて……ファン一号さんに会えて本当によかった。ありがとう」



 ずっとファン一号さんにお礼を言いたかった。私がここまで来れたのはこの人のおかげなのだから。



「だから、これからもよろしくね☆」



 先ほどまでのしみったれた空気を吹き飛ばすために、アイドルしゅがーはぁとが出来る全力の笑顔を向けて。









 私にはたからものが二つある。



 一つは私がアイドルになるきっかけをくれたプロデューサーの名刺。



 もう一つは私がアイドルを続けられるようにしてくれたファン一号さんのファンレター。



 このどちらか一つがかけていても私はアイドルにはなれなかった。



 私の人生を変えた、大切な大切なたからもの。



 私の大好きな人からのおくりもの。



End





17:30│佐藤心 
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