2016年08月03日

モバP「一ノ瀬志希の策略とはなにか!」

01



従妹が帰ってくる。

確かに母は、いまそう言った。





「……まじ?」



「まじもまじよ」



電話口の母の声は、やけに張りがあった。

そういえば、母は彼女をいたく気に入っていたのだ。



「なんかねぇ、あっちでの暮らしに飽きたんだって。やる事やったし、もう学ぶところはないみたい」



その光景は容易に想像がつく。

なんなら最後は、その道の権威を論破する様まで見えるようだ。



「つっても、まだ二年ちょい前くらいだよね。予定だと四年じゃないっけ」



そう疑問を投げかけると、電話口で、んー、と唸る声が聞こえ、結局は



「わかんない、あっちだと飛び級とかあるし、それ使ったんじゃない?」



と、母は言った。

しかしなるほど、それもまた想像がつく。

案外、母の予想は当たっているのやもしれない。





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「それでね」



さて、俺が事情を飲み込めたと見るや、母は追撃するように、さながら早回しのように話し始めた。



「帰ってくるはいいんだけど、いま私の妹夫婦、つまりあの子の両親ね、海外にいるのよ。

旅行らしいわ。なんでもあの子、薬で特許とったらしくて、それで貰ったお金、両親に半分あげたんですって。それで、海外旅行いってるのよ妹達は。で、そこで急にあの子が帰るって言いだし始めて。勝手に手続きも済ませちゃったんですって。まだ未成年なのにどうやったのかしら。それで、両親も急にはもどれない、というか戻らなくてもいいってあの子がいったから、日本にきても暫くよるあてがないのよ」



いきなりこうも情報を詰め込まれると、理解が追いつかない。

母に、少し待つように言い、近くにあったメモ帳に、ボールペンを滑らせて、情報を整理していく。

十数秒後、書く手を止める。

大体の事情は飲み込めたが、一つおかしな所がある。



「母さんは預かれないの?つーか、おばさんの家に一人でいればよくない?」



「本人たっての希望で、東京がいいみたい。というかほら、最近物騒じゃない。女の子ひとりっていうのもねぇ。それで、あんたあの子と仲よかったじゃない?」



随分と甘いなと思いながら、俺はある想像をしていた。

いや、というよりかは、もはやそれは確信だった。

ここまで条件が出揃っているのだ。

きっと母はこう言うだろう。



「だからね、」



暫くあんたの家で預かってほしいの。



「暫くあんたの家で預かってほしいの」



ほら、やっぱり。



02



その後、彼女はそれに納得しているのか、ときくと、むしろ本人たっての希望だそうだ。

つまり、東京どころか、俺のうちに泊まる事まで、最初から彼女は考えていた。

男と二人暮らしをしたいとは、変わった奴だが、恐らく経済的事情だろう。

きっと、東京にはいたいが、あまりお金を使いたくないのだ。



「おーい、こっちこっちー!」



久しぶりに、聞こえる声。

彼女のもので間違いないだろう。

案外忘れないものだな、と思いつつ、スマートフォンから顔を上げると、果たして手を振る彼女の姿があった。

俺が軽く手を振り返すと、彼女は大きめのスーツケースを押すようにして、此方へと向かってくる。

そして、俺の目の前にくると、スーツケースを止めて傍にやり、鼻から深呼吸をした。



「うんうん、やっぱりこれがなくちゃね」



そう言うと彼女はいきなり俺の首に腕を回して、身体を密着させてきた。



「キミの匂い、やっぱりいいよ。最高!」



「ちょ、一ノ瀬、おまえ!」

03



俺と一ノ瀬志希は、従兄妹にしては仲がよかった方だろう。

もともと、家があまり離れていないのもあって、一ノ瀬はよく我が家に来ていた。

自由奔放な奴で、面倒を見るのは大変だったが、不思議と嫌ではなかった。

むしろ、幼心に、一ノ瀬が小学生から中学生、中学生から高校生となる過程で、いつかここを訪れなくなるであろうことを思い、落胆したりもしたものだった。

しかしそんな予想とは裏腹に、一ノ瀬は我が家に、中学生になっても定期的に通い詰めた。

俺をからかったりする態度も変わらず、唯一変わったのは、持ってくる書籍の難易度だけ。

最初は、なんとか理解可能なものだったが、俺が大学生になる頃には、一ノ瀬は、薬品に関する洋書を持ってきており、ちんぷんかんぷんもいいところだった。

やがて、一ノ瀬が一周回って、日本の論文をまた持ち込み始めて。

俺は就職の為に家を離れた。

そして、あまり間をおかずに、母から、一ノ瀬が留学したとの話を聞いた。

一ノ瀬は俺の知る限り、ケータイを持っていなかったので、そこで俺と一ノ瀬は、完全に接触を失った。



04



どうやらこいつの人の匂いを嗅ぐ癖は変わっていないらしい。

しかし、そこが変わっていないと、俺の知っている、一ノ瀬志希のパーソナリティが、一年半前と少しも変わらないような気がして、 僅かな安堵感も覚えた。

この先暫く共に生活するのに、気が合わないなんていうのは最悪だ。

一年半前と、彼女が変わっていないのなら、俺とは気が合う方だ。

上手くやっていけるだろう。

そう思案しながら、一ノ瀬の腕を首から引き剥がす。



「周りもあるんだからひっつくのやめろ。行くぞ、スーツケースよこせ」



「んー、相変わらずの照れ具合」



「おまえこのまま置いてくぞ」



「あー、ごめんごめんってー。からかいすぎちゃった」



俺が一ノ瀬を無視して、彼女の傍らのスーツケースを押しながら進むと、慌てて一ノ瀬はついてきた。

確かに気が合うかもしれないが、忘れていた。

こいつといると、異様に疲れるんだ。

心が休まる暇がない。



05



車のトランクにスーツケースを詰め込む。

残念ながら俺に甲斐性はないので、この車はレンタカーだ。

そのため、傷をつけないように、恐る恐る左ドアを開け、一ノ瀬を促す。



「お、なになに。ホテルマン?」



「残念ながら違う。ほら乗れ」



「ありがとねー」



一ノ瀬が乗り込んだのを見て、これまたおっかなびっくりドアを閉める。

運転席のドアも同じ様に開け、内側から、ゆっくりと閉める。



「おし、いくぞ」



「あいさー」



車は、あまり音を立てずに、緩やかに発進した。

このまま事故もなく終わってくれ。

自然と、ハンドルを握る力が強くなった。



06



暫く大通りを走り続けていると、一ノ瀬がコンビニによりたい、と言った。

本当は、レンタカーが傷つく可能性を少しでも下げるため、余計なことはしたくは無い。

しかし、俺が気をつければいい話だし、久しぶりの一ノ瀬の頼みだ。

そう言うわけで、丁度コンビニがあったのでハンドルを左にきる。

無事駐車も完了。

一ノ瀬に、ドアをゆっくり開ける様言って、1000円札を差し出す。



「ほら」



「ありゃ、わるいね。自分でだすよ?」



「年上の御節介は素直に受け取っておけ」



そういうと、一ノ瀬は素直に札を受け取った。



「ありがと」



一ノ瀬は、バニラソフトクリームと共に帰還した。

両手に一つずつもっていたので、ドアを開けてやる。



「はい、キミはどっちがいい?」



「どっちも変わんないだろ」



「どっこい、実は片方は志希ちゃんが一口舐めたやつだよー。ねー、キミはどっちがいい?」



そういって一ノ瀬はぺろりと赤い舌を出した。こいつは、自分が可愛いとわかっててこういうイタズラをするからタチが悪い。

どうせどちらも舐めていないのがオチだ。

しかし念のため、利き手じゃ無い方を選ぶ。

確か一ノ瀬は、左利きだったはずだ。

確証はないが、天才は基本左利きなのだ。



「右手のやつ」



「うわー!大胆だねぇ。ねぇ、ホントにそっちでイイの?」



「いいよ」



半ば投げやりに言うと、一ノ瀬は、先程の勢いは何処へやら、おずおずと左手のそれを俺へ渡す。

すこし怒った様な言い方になったかもしれない。

誤解は解いておくべきだ。

ソフトクリームを二口ほど食べて、さて、と一ノ瀬の方を見ると、目が合う。

すると、一ノ瀬は、?を紅潮させながら聞いてきた。

「ねぇ、正解、知りたい?」



「は?」



「どっちがあたしの舐めた方か」



「どっちでもないんじゃないの」



言うと、一ノ瀬は少々驚いた様だった。

しかし、数秒して納得したのか、頷く。



「成る程、まあそーゆー捉え方されちゃってもおかしくないか」



「なんだその実は違うみたいな口振り」



「だって」



ぐい、と一ノ瀬が顔を近づけてくる。



「ホントに舐めたからだよ。そっちのやつ」



「はぁ?え、まじ?なんかごめん、いやまじで」



俺は言いながら視線を逸らした。

一ノ瀬の目。

これ以上目を合わせると、頭がクラクラしてきそうだ。



「まあ、良いけどね。というか、寧ろあわよくばってやつ」



言うと、一ノ瀬は身を引いた。



「ちなみに、なんでそっちを選んだの?」



「利き手の逆だから」



すると、一ノ瀬は嘆息した。



「あたし、よく勘違いされるけど、右利きだよ」



「……すまん」



「いーよ、後々キミはあたしのこと、絶対知りたくなるし」



そう決まってるんだ、と一ノ瀬は呟いた。

それは、捻くれと同時に、虚勢にも見えた。



07



一ノ瀬は、留学の前、すなわち俺が大学生の時に、俺の家でゲームをしながら言っていた。



『あたしの事をホントの意味で知ってる人って少ないんだよね』



テレビの画面は、コマンド選択のところで止まっていた。



『おら、敵の攻撃終わってんぞ。感傷的になるなんて珍しい』



俺はたしかそんな事を言った。

けど、それだけじゃない。

その後、やけに寂しそうにコントローラーを弄る一ノ瀬に、こうも言った。



『俺は少なくとも、一ノ瀬の同級生とかよりは一ノ瀬のことは知ってるつもりだ』



『……にゃは、そーかも!』



08



自宅付近のレンタカーショップに、車を返却し、スーツケースを押して家へと向かう。



「言っておくけど、すげー狭いぞ」



「知ってるー。独り暮らしなんだし、フツーだって。大丈夫大丈夫」



一ノ瀬は、言って、歩調を速めた。

そのまま、早歩きで数分。

自宅であるアパートの前につくと、一ノ瀬は部屋を知っているのか、一言



「おっさきー」



と言うと階段を駆け上がった。



「おいまてこら、スーツケース!この異様に重いやつ!」



「がんばれー!キミならできる!」



「くっそ、がぁ!」



スーツケースを持ち上げて、急な外階段を登る。

それにしてもやけに重い。

中に洋書がぎっしり入っているのだろうか。

持ち上げて一段登り、おろす。

また持ち上げて一段。

繰り返していくうちに、腕に疲れがたまってきた。

そして最後の一段を登り、部屋の前の、一ノ瀬がいる処まで向かう。

一ノ瀬は、腕をひらひらと振った。



「おっつかれー!いやー、大丈夫だった?」



「おかげさまで乳酸パンパンだよ」



「ところで、鍵はー?」



「少しは労われ」



言いつつ、尻ポケットから鍵を取り出し、一ノ瀬に渡す。

一ノ瀬は、それを鍵穴へと差し込み、解錠した。

ドアを開けると、そのまま部屋へと入っていく。



「おー!キミのスメルがする!」



「小っ恥ずかしいからやめてくれ」



「やめなーい!」



一ノ瀬がそのまま部屋をうろうろするのを横目に、ドアを閉める。

ふと、空腹を感じた。

腕時計を見ると、12時丁度。



「お昼、なにたべたいよ」



玄関から一ノ瀬に声をかける。



「なんでもいー、あ、どん兵衛食べたい」



「じゃ、買ってくるわ。他には?」



「いらなーい、ところで洗濯してないシャツってあるー?」



「あっても教えねぇ!」



言って、再びドアを開ける。

さっき立ち寄ったコンビニで、昼飯を買えばよかった、と後悔をしながら、階段を下って行く。



09



「それで、なんでこんな早く帰ってきたんだよ」



どん兵衛の麺を啜り、飲み込む。

一ノ瀬は、麺を啜るわけでもなく、茫然としていた。

俺の質問で、漸く、一ノ瀬は反応を見せた。



「んー、作りたいものが作れちゃったから、かなー」



言いながら、パキリと割り箸を割ると、一ノ瀬はどん兵衛にタバスコを入れ始めた。

薄茶色の汁に、鮮烈な赤が広がる。



「は、え、まじ?これにタバスコ?」



「案外あうんだよねーこれ」



一ノ瀬は十回ほど、箸でどん兵衛を掻き回すと、麺を啜り始めた。



「アメリカなんて、いる意味ないし。作りたいもの作れたら、帰ってくるのもトーゼン」



麺を飲み込むと、一ノ瀬はそう言った。



「それって、あの、特許とったってやつ?」



「あー、あれは副産物みたいなカンジ」



「スゲェなおい」



「キミは」



言って、汁を一口啜る。

ふぅ、と息を吐いて、一ノ瀬は続ける。



「アメリカに残るべきだー、とか、将来のためだーとか、言わないんだ」



「いわねぇよ。高校とか、いっとかないとマズいならまだしも。アメリカの研究室だろ。そこ抜けたからって将来が絶望ってわけじゃない」



高校でさえも、本人が考えに考え抜いて、それで辞めるなら俺は止めないだろう。

それが、本人の意思なのだから。

一ノ瀬志希が、一時の感情でなく、考えてそう決めたなら、それを尊重すべきだ。



「だから、あたしは戻ってきたのかも。キミが近くに居ないなんて考えられない」



「いや、お前それは言い過ぎだろ」



「いや、言い過ぎじゃないって。キミが、昔からちゃんと才能じゃなくて、一ノ瀬志希っていうパーソナリティを見てくれたから、だから、キミの近くじゃないとイヤだ」



「…………」



「お茶、入れてくる。キミもいるでしょ」



一ノ瀬は、冷蔵庫の方へと向かっていき、視界から消えた。

丁度、此処から冷蔵庫は見えない位置にある。

正直、驚いた。

あの日、ゲームをしながら言った言葉は、こういうことだったのだ。

ただ感傷的になっていたのではない、言わばあれは、確認だったのかもしれない。

俺が、一ノ瀬の事を、一ノ瀬志希という『天才』ではなく、天才である『一ノ瀬志希』として見ているかどうかの。

彼女の人生のうちに深く根ざしている天才の称号。

それは、自分自身ではないと、彼女は、暗に言ったのかもしれない。

「はい、お茶だよー」



「おう」



「なーんか湿っぽくなっちゃったねー。ま、キミはいつも通り接してくれればいいから。それがあたしにとってもいいことだし」



一ノ瀬が、お茶を飲むのをみて、俺も自分のそれを飲む。

やけにお茶が苦い気がしたのは、この拭いされない雰囲気のせいか。



「キミはさ、あたしの事をちゃんと見てくれる」



一ノ瀬は、堰を切ったように話し始めた。



「それは嬉しいんだ。なんせキミだけだからね」



「けど」



「キミはあたしだけじゃないんだよねー」



「キミは他の人もちゃんと見るし、ちゃんと寄り添うから」



「それが、スゴいやだなーって、前から思ってた」



俺は、一ノ瀬が何をいっているか、よく分からなかった。

なんだか、頭が酷く熱いのだ。



「さっき、作りたいものが作れたっていったよね」



「それ、さっきのお茶にいれたんだ」



「何かって言うと」



「惚れ薬」



「キミが、あたししか見れないように、脳内物質をちょっとドパドパーっとさせるお薬だよん」



一ノ瀬の、言葉を紡ぐ唇から、目が離せない。

一ノ瀬の鼻が、目が、耳が、髪が、綺麗だ。

一ノ瀬の、顔が、身体が、声が、匂いが。

一ノ瀬の、一ノ瀬の、一ノ瀬の、志希の、全部が。

触りたい。

触れていたい。

一ノ瀬志希の全てが愛おしい。



















「だからいったじゃん。後々キミはあたしのこと、絶対知りたくなるって」















































終わり





22:30│一ノ瀬志希 
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