2016年08月17日

風花「甘くて苦いチョコレート」


自宅の部屋の隅に座り込む私は、電気もつけていない部屋の中でチョコレートを口へと運びます。あの人の好きな食べ物が、いつの間にか私の好物になっていました。いつもなら私に元気を与えてくれるとろけるような甘さとほんのりとした苦さも、今日だけは私を癒してくれません。









…あんなこと言うつもりじゃなかったのに……





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こんばんは。



アイドルマスターミリオンライブ!のssになります。



書き貯めあり。それでは投稿していきます。





「風花!新しい仕事の衣装が届いたぞ!」





そうやって嬉々とした様子で私の名前を呼ぶのは、私のプロデューサーさんです。

こういう嬉しそうな表情をしている時のプロデューサーさんが持ってくる仕事は決まって私の気が進まない類です。





「またセクシー系のお仕事ですか…?」





無駄だともうわかり切っていますが、一応反対の意思を伝えておきます。だけど、プロデューサーさんはどこ吹く風といった様子です。





「今回はちゃんと風花の意思や趣味を尊重してるぞ? …これだ!」





そういってプロデューサーが広げた衣装は一切の穢れのない純白。ずいぶんと見覚えがあるな、と感じたのも当然です。

私の前職の制服、ナース服です。 …随分と胸元が開いていて、かつ丈もこれでもかってくらい短いですが。





「やっぱりセクシー系じゃないですかぁ!」



私の悲痛な叫びを聞きつけて音無さんがひょこっと顔を出します。





「うわ〜、また随分と攻めましたねプロデューサーさん」





アイドルのみんなの仕事のことをよく見てくれている音無さんでも苦笑い。やっぱり、今回の衣装はセクシー過ぎですよね…?





「なにを言うんですか音無さん。風花の魅力を伝えきるにはまだ足りないくらいですよ。今回の仕事は、献血のキャンペーンガールです。

風花の趣味の献血をコンセプトとしてですね…」





プロデューサーさんは得意げに仕事の内容を音無さんに話し始めます。あのぅ…まだ私やるって言ってないんですけど…





「ほら、そんな仕事の説明を私にするより、仕事をする当人の風花ちゃんがなにか言いたそうにしてますよ?」





ちょっと恨めし気な視線をプロデューサーさんに送っていた私に気づいて、音無さんが助け舟を出してくれました。

よしっ、いつも流されるだけじゃだめよ私!今日こそはハッキリと自分の意思を伝えなくちゃ!





「風花?どうかしたか?」





まっすぐな視線を私に向けてくるプロデューサーさん。私が断るだなんて微塵も思っていないようです。

うぅ、そんな純粋そうな目で見ないでください…





「わ、私!正統派で清楚系の衣装を着てお仕事したいです!」





「却下」





「即答ですか!?」





プロデューサーさんは私の話を聞く耳をどこかに置いてきてしまったようです。ただ、今日の私はいつもと一味違うんです!





「もうっ!プロデューサーさんは次こそは、今度こそは、っていつもはぐらかして全然清楚系のお仕事を持ってきてくれないじゃないですか!」





「い、いや、この前春の女神役の仕事を持ってきただろ?」





「あれもすごい薄着でした!!」





「あ、あれ。そうだったか…?」





私がこんなに反発するとは思ってもみなかったのでしょう。プロデューサーさんは少しオロオロしています。

これなら押し切れるかも…?よし、ファイトよ私!





「そうですよ!プロデューサーさんはいつも私の要望なんて聞いてくれないじゃないですか!こんなことなら…」







「私のプロデューサーは別の人が良かったです!!」







静寂。シーンという擬音がぴったりと当てはまるような沈黙が、私たちの空間を支配します。





「風花ちゃん…それは……」





音無さんの声が私の耳に届き、自分が勢いで言ってしまったことを思い出しました。

ぞっとするような悪寒が襲い、嫌な汗が全身から噴き出す感じがします。もしかしたら比喩でなく、本当に噴き出していたのかも知れません。





「プ、プロデューサーさん。今のは…」





言ってしまったことを取り消そうとして、プロデューサーさんに目を向けます。





「っ…」





プロデューサーさんは今まで私が見たことないような表情をしていました。哀しそうな、怒っているような。

形容しがたいのですが、見ているこちらがとてもつらくなってしまうような表情です。





「あ、あの…」





「音無さん」





なにか声をかけようとしましたが、プロデューサーさんはこちらを見ようともせずに矢継ぎ早に音無さんに話かけます。





「すいません今日は体調がすぐれないため退社させていただきます。火急の仕事はないですし、

先方への連絡等は自宅からメールで送信しておきます。なにか連絡がありましたら電話でお願いします。では、失礼します」





プロデューサーさんはそれだけ言い切ると、荷物を素早くまとめて事務所を出て行きました。

バタン、と私とプロデューサーさんを隔てるように無機質な音を立ててドアが閉まります。





「なぁなぁ、たった今プロデューサーさんがすっごい沈んだ顔で出てったんやけどなんかあったん?

私が挨拶してもろくな返事もせんかったやけど…ってうわっ!風花もすごい顔してるやん!」





奈緒ちゃんがプロデューサーさんと入れ違いで入って来て、空気が少しだけ緩みます。

私の緊張の糸も切れてしまったようで、ぺたりとその場に座り込んでしまいました。自責の念で放心状態だった私は、

そのあとのことはよく覚えていないのですが、音無さんが心の整理の時間が必要だろうということで私を帰らせてくれたようでした。



チョコレートは元気を与えてはくれませんでしたが、頭を整理する余裕くらいは与えてくれたようで、

少しずつ思考が巡り始めました。プロデューサーさんに一刻も早く謝らなきゃ。そのことが私の脳内を埋め尽くします。

電話でもメールでも謝る手段はいくらでもあるのに、私は立ち上がってためらわず事務所に向かいます。

やっぱりちゃんと会って話をして、自分の気持ちを伝えたかったから。私のプロデューサーはあなたしかいません、って。





事務所の前まで来てみるとこんな夜更けだというのに、明かりがついています。

プロデューサーさんがいるのかも知れない、そう思うと足が勝手に動き出していました。





「時間作ってもらって悪いな律子」





プロデューサーさんの声が聞こえて、事務所の扉の前で思わず立ち止まります。

律子ちゃんもいるみたい。





「別に構いませんけど…どうしたんです?急に大事な話があるだなんて呼び出して」





大事な話?立ち聞きするなんて良くないと思いますけれど、なんとも言葉にできない不安が私を襲い、足を地面に縫い付けました。





「風花のプロデュースを、律子に任せたいと思ってる」







えっ……。





「……理由を聞いてもいいですか」





「今日さ、風花に言われたんだよ。『プロデューサーは俺以外の人間がいい』ってな」





「風花さんが、そんなことを言ったんですか?」





違う違う違う違う違う!私は、本気でそんなことを言ったんじゃないのに!





「あぁ」





「…プロデューサーはそれでいいんですか?」





「…あぁ。俺は風花の意見を尊重したい」





「……分かりました。プロデューサーが考えてのことなら、私からは何も言いません」





ガチャリ。私は思わずドアノブに手をかけ扉を開けました。



「風花さん!?」





「風花…!なんでここに…」





律子ちゃんとプロデューサーさんが驚いてこちらに振り向きます。けれど、そんなことを気にしている余裕はありません。

嫌だって言わなきゃ。私をずっとプロデュースしてくださいって言わなきゃ。





「…風花。もしかしたら聞いていたかも知れないが、これからのプロデュースは律子に任せることにする。

今まで、俺のわがままに付き合わせて悪かっ、、」





嫌嫌イヤイヤいやいやいや!!!心の中ではうるさいくらいに叫んでいるのに、声にしようとすると

何かが喉の奥で詰まってしまっているかのように言葉は出てきません。





「…風花?どうして、お前泣いて……」





「ぇ……?」





言われて頬に手をやると、一筋の滴が指を濡らしました。自分が涙していることに気が付いた瞬間、

せき止めていたものが決壊したかのように、私はみっともなく大声で泣いてしまいました。律子ちゃんは

「一度2人でちゃんと話し合ってください」と、言葉を残して事務所を出ていきました。

気を利かせてくれたくれたみたいです、また今度お礼を言っておかなきゃ…





「…落ち着いたか?」





プロデューサーさんと夜の事務所に二人っきり。これだけ聞くとなにかイケないことをしているみたいです。

プロデューサーさんは、私が落ち着くまでずっとそばにいて手を握っていてくれました。





「それでなんだが…」





「いやです!!」





「え?」





もう、すれ違いでこんな思いをするのはこりごりです。だから私は、まだ整理し切れていない気持ちを、

パズルのピースを不器用につなげるように言の葉に紡ぎます。





「プロデューサーさんが、私のプロデューサーさんじゃなくなるなんていやです!

過激な衣装もプロデューサーさんがプロデューサーさんだから着てるんです!プロデューサーさんが私を見て、

喜んでくれるのが嬉しくて!お仕事が成功したときに褒めてくれるのが嬉しくて!だから、だから…」







「ずっと私のプロデューサーさんでいてくださいよぉ…」









自分の思いをちゃんと伝えきれていたか自信はありません。もう自分がなにを言っているのかも

把握できていないんですから。でも、プロデューサーさんは受け止めてくれたみたいです。





「俺は」





プロデューサーさんは真面目な人です。私の言葉を自分の中でかみ砕いて、きちんとした重みのある

言葉にして返してくれます。少しの間閉じていた口を開いてゆっくりと話し始めました。その真摯な瞳は、私の目を見て離しません。





「俺はまだ未熟で、風花がしたいような仕事だけを取ってくることはできない。今だって露出の多い仕事が多いしな」





そう言って、プロデューサーさんは一度言葉を切ります。





「でも」





「でも、いつかは、風花が望むような仕事ばかりを持って来て、そしてトップアイドルにしてみせるから」







「私からのお願いです。もう少しだけ、貴女のアイドル人生を私に預けてくれませんか。豊川風花さん」







出逢って間もない頃のような丁寧な言葉遣いで、プロデューサーさんは私に語り掛けました。

私は、プロデューサーさんが私のプロデューサーさんでいてくれることがたまらなく嬉しくて。

























思わず抱き着いてしまいました。





「ちょっ、ふ、風花!」





慌てるプロデューサーさんは、口調もすっかり元通りです。慌てるプロデューサーさんの顔なんて

あまり見たことがなかったので、なんか新鮮です。…ちょっとイジワルしちゃおうかな。





「ふふっ、はーい♪」





普段見慣れないプロデューサーさんの様子が何故かとてつもなく愛おしく感じて、

私は彼の背に回す腕の力を強めて、さらに身体を密着させます。





「ちょ、風花、それ以上はまず、ほんとに、あっ」





プロデューサーさんの慌てた表情は一転、なにか大きな失態を犯してしまったような面持ちに変わります。

どうしたんでしょう?と頭に疑問符が浮かんだところで、体に違和感を感じます。なにかカタいものが私の

下腹部に当たっているような…?とそれが理解に至る前に、プロデューサーさんは手を私の肩に置いたかと思うと、私を引き離しました。





「あ、あのプロデューサーさん…?」





私が抱き着いたこと。その直後に下腹部に違和感を感じたこと。そして、プロデューサーさんが

現在進行形で前屈みになっていること。それらのピースが1つの形を成し、私を結論へと導きます。





「あっ…」





ゴメンなさいプロデューサーさん。私、気づいちゃいました。





「…辞表書いてくるわ」





「落ち着いてくだざいよぉ!?」





しばらくプロデューサーさんは絶望という言葉がぴったりとあてはまるような表情をしていました。

今日の昼間より酷い顔していましたよ…?





「よし風花、もう遅いし送っていくよ」





しばらく意気消沈していたプロデューサーさんも、なにか吹っ切れたのか元通りです。

いえ、この場合はやけくそっていう表現の方がぴったりですかね。





「プロデューサーさん、私お腹が空きました♪」





今日は珍しく私が優位に立てているので、もっと一緒にいたいという心情が働きました。

小悪魔系、っていうのはこういう女性を指すのでしょうか。





「…俺は空いてない」





「私は空いているんです♪」





とびきりの笑顔でプロデューサーさんを見つめます。プロデューサーさんは勘弁してくれ、とでも言いたげな表情です。

そんな表情されちゃうと、もっとイジワルしたくなっちゃいます。好きな子にちょっかいかけたくなる男の子の気持ちがわかっちゃいました。





「俺のチョコでも食って、あー、1個しかないけど、まぁないよりいいだろ」





プロデューサーさんは自分のカバンの中から金色の包装紙に包まれたチョコを取り出して私に放り投げます。

むー、手渡ししてくれてもいいじゃないですか。





「これじゃあプロデューサーさんの分がなくなっちゃいますよ?」





「別に腹減ってないからいいって」



2人で食べたほうが美味しいのに…と考えていると、小悪魔な私の思考はとんでもない結論を導き出しました。本当に今日の私はどうかしちゃったみたいです。羞恥心は心の奥底へ沈んでしまっていました。



「じゃあお言葉に甘えていただきますね、あーんっ」



チョコを口へ含んで、噛まずにキャンディを舐めるかのように口内を移動させて溶かしていきます。そろそろいいかな…?





「ぷろでゅーさーさん♪」





「どうした風花…んむっ!?」





「ん……」





1つのチョコを2人で味わうにはどうすればいいか考えた結果、こんなダイタンな方法をお思いついてしまいました。

プロデューサーさんを逃がさないように、背に腕をしっかりと回します。





「んむっ…はぁっ」





唇を離すと、別れを惜しむかのように唾液が糸を引いています。





「ふふっ、美味しかったですかプロデューサーさん?」





このときの私はとても妖艶な微笑を湛えていたと思います。私としてはここで終わる予定だったんですが…





「じゃあ、ご飯にでも…んむっ!?」





「はぁっ、はぁっ、風花っ」





「あっ、プロデューサーさん…」



























晩御飯に行く前に私が食べられてしまいました。





「おはようございます」





「おはよう風花」





「おはよう、風花ちゃん」





あの日、事を終えた後のプロデューサーさんは自分がしたことにとてもうろたえていました。ですが、

その後、今は無理だけど、お前がアイドルを引退をしてもいいって思ったときに、責任を果たすよ、と言ってくれました。

当然ですが、アイドルとプロデューサーのそんな関係はご法度。周りにバレないように、今まで通りに接しようということが

私たちのルールです。私もあの日以来、肝が据わったようで、今まで通りの関係を上手く演じ続けられています。

でも、1つだけ変わったこともあります…。





「よし、じゃあ俺たちも業務に取り掛かりますか」





「はい、今日も頑張っていきましょうプロデューサーさん♪」





「ええ。っと、気合入れるか」





「ふふっ、業務前にチョコレートを食べるのがルーティーンになってますねプロデューサーさん」





「ええ、今じゃチョコ無しなんて考えられませんね」





「私もなにか甘いものが食べたくなってきたなぁ…。風花ちゃん、ちょっとお茶でもしない…って、

風花ちゃんどうしたの!? 顔が真っ赤よ!?」





「え、え、えと、なんでもないです!」





プロデューサーさんがあの時のチョコレートを食べてるのを見ると、その、あの時のコトを思い出して

赤面しちゃうようになっちゃったんです。うぅ、早くなんとかしないとな…。







20:30│豊川風花 
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