2016年09月26日

モバP「橘ありすは矛盾に気づく」

――ハワイ海岸、夜。



P「飛鳥くんやっほー」



飛鳥「……来ると思っていたよ、プロデューサー。都市を照らす、夏色の喧騒…それが、すこしばかり煩わしくなったんだろう。…ああ、理解るさ。キミもボクも、常夏の楽園には相応しくない異邦人だからね……」





ありす「待って下さい、ハワイには冬もあるので『常夏の楽園』という名称は間違っていると思います、旅行情報サイトによればハワイと言えど冬場の夜中や早朝はパーカーやトレーナーなどの羽織ものが必要と書いてありました」



飛鳥「………………」



ありす「それと『都市を照らす夏色の喧騒』と仰っていますが、雑音が夏色という形容も、雑音が何かを照らすという現象も私には分かりません。少しだけ説明してもらえませんか、私が飛鳥さんを好きになるために」



飛鳥「ありす、キミも来たのか」



ありす「うるさいのが嫌で出てきました」



P「ありすのそのセリフが、そのまま飛鳥の言っている事だ」



ありす「一緒なんですね」



飛鳥「同じと言ってしまえばそれまでさ。でも、微妙に言葉のアトモスフィアが異なる。似て非なるものだよ」



ありす「プロデューサーさん、やっぱり違うみたいですよ?」



P「すまん、違かったか」



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474442856



P「それにしても綺麗な海辺だな。昼に見た光景とは違う美しさだ」



飛鳥「暗闇が海を妖しげに粧飾しているね、吸い込まれそうで思わず軽い目眩を覚えてしまう」



ありす「大丈夫ですか飛鳥さん、しっかりして下さい」



飛鳥「…………」



P「ずっと見つめていたくなる、それぐらい綺麗だ」



飛鳥「あまり見つめてはいけないよ。夜の深淵は、魅惑的すぎる……」



ありす「どうしてですか? 魅惑的な景色こそ、しっかりと見て記憶しておくべきだと思いますっ!」



飛鳥「いや……ちょっと」



ありす「そうだ、写真を撮っておきましょうか。ダブレット持ってきているので」



飛鳥「ええー……」



P「こんな暗い場所で撮れるモンなのか?」



ありす「さすがにデジカメには負けますが、最近のタブレット機器を馬鹿にしてはいけません。暗所撮影にも耐えるタブレットが近頃ちらほらと出てきました」パシャパシャ



飛鳥「やれやれ……文明の進化も行き過ぎると情緒が無くなってしまう」



ありす「そうですか? けっこう趣きのある写真が撮れましたよ」



飛鳥「……いい写真だね、不覚にも。あとでボクのスマホにも送っておいてくれよ」



ありす「もちろんです」

P「夜でも水温が丁度良いな、手を入れると気持ちが良い」



飛鳥「ああ、海水の感触…優しく、懐かしい」



ありす「え?」



飛鳥「……え?」



ありす「飛鳥さんはハワイの海は初めてですよね、どうして懐かしいんですか?」



飛鳥「いや、それは……」



P「広義的な表現だ、ありす。深い意味はない」



飛鳥「いや、無意味では決して無いんだプロデューサー」



ありす「でもハワイの海が懐かしいっておかしいです、飛鳥さんアメリカ人じゃないですよね。日本海ならまだ分かるのですが」



飛鳥「………………」



P「まあまあ。なあ飛鳥、ちょっと足入れてみたらどうだ?」



飛鳥「あ、ああ。折角だから、そうしようかな」

ありす「私も、靴下脱ぎます」



飛鳥「うん、いいね。足元から広大な世界を感じるよ」



ありす「すごいですね、私は水温しか感じられないです。とても気持ち良いですが」



飛鳥「キミも入っておいで。かつてボクたちが生まれ、やがて還る故郷へ」



ありす「飛鳥さんの実家ってアメリカなんですか? 飛鳥さん、いつかアメリカに還っちゃうんですか?」



飛鳥「いや、だから……」



P「あー、いいね。足を入れると、またひと泳ぎしたくなってきちゃうな」



飛鳥「キミと一緒なら、かまわない。もう少し、深い場所へ行かないか?」



ありす「止めといた方が良いですよ、飛鳥さん泳げないじゃないですか!」



飛鳥「グフッ」



P「ごめん、ばらしちゃったてへぺろ」



飛鳥「プロデューサー、キミってやつは……」

ありす「ただでさえ暗いですし、危ないです。あまり奥には……」



飛鳥「か、かまわないさ。さあプロデューサー、ボクと共に」



ありす「なるほど『キミと一緒ならかまわない』ってつまり溺れないように助けてって意味ですね!」



飛鳥「おうっ。……そ、そ、それは断じて違うよ、ありす。この言葉には海よりも深いニュアンスが含まれているんだ。ボクとプロデューサーの心意。そして緊密たる紐帯の関係」



ありす「紐帯もいいですけど、それでプロデューサーさんと一緒に溺れちゃったら目も当てられません。悪いことは言いませんから戻ってきて下さい飛鳥さん」



飛鳥「………………」ズンズン



ありす「ああっ、飛鳥さん!」



P「止めろ、それ以上飛鳥を挑発するなありす」



ありす「挑発なんかじゃありません、警告です……」

飛鳥「フフッ、痛いほどに強く握って、引き止めてくれるね」



ありす「それは溺れて戻ってこれなくなったら大変だから……」



飛鳥「けれど、キミがくれる痛みは、南国の果実のように甘い…離れがたいよ」



ありす「ええ?!」



飛鳥「…………今度はどうしたんだい、ありす」



ありす「痛みが果実のように甘いんですか、不思議です!」



飛鳥「こ、子供のキミには、難解な感情かもしれないね……」



ありす「いいえっ、でもネットで聞いたことがあります。痛いことが好きな人がこの世の中には居るって。飛鳥さんもそういう人なんですか?」



飛鳥「ありす、ちょっとボクの話を聞くんだ。訂正の必要がある」



ありす「分かりました飛鳥さん! 飛鳥さんの日頃の痛々しい言動は、飛鳥さんが痛いことが好きだから起こるんですね! 私、すっごく納得しました!」



P「あああああ、飛鳥、落ち着けっ! それ以上進むな! 本当に溺れるぞ! 深呼吸だ! すってはいて! すってはいて! どうどう! よしよし、いい子いい子。ちょっと誤解されちゃったな。大丈夫、飛鳥は超かっこいいぞ! だから、いったん海から出るんだ! そうだ、一歩ずつ陸へ戻るんだ。 かつて魚が陸に上がったように、一歩ずつ……」

P「ありす、この世の仕組みはとても複雑で入り乱れている。そして飛鳥の心情も、それと同じように捕らえ所がなくて、そんでもって自由なんだ」



ありす「つまり飛鳥さんは生きてる証を時代に打ち付けているんですね」



P「そうだ。今のありすに理解するのは難しいかもしれない、でも絶対に数年後に理解できるから、むしろ2年後のありすも危なそうだが……とにかく、それで今は容赦してくれないだろうか。これ以上に飛鳥にツッコんではいけない」



ありす「突っ込んだつもりは無いのですが、分かりました。プロデューサーさんの言うことを聞きます」



P「よし、ありすが聞き分けの良い子で助かるぞ」ナデナデ



ありす「えへへー」



飛鳥「……ふぅ。ボクとしたことが取り乱してしまった。すまないプロデューサー」



P「別にいいさ。生きていれば、そういう事もあるさ」



飛鳥「……これからの言葉は、楽園に惑っての繰り言。本気にしないほうがいい。また、ここへ来たい……キミと」



P「飛鳥……」



飛鳥「…………フフッ」



ありす「あの……」



P「……ん? どうしたありす」



ありす「本気でもない繰り言なら聞かなくても良いですよね! ところでプロデューサーさん。私すっごくこの場所が気に入りました、また私をここへ連れて来て下さいっ!」



飛鳥「あぅ……」

ありす「あれ、飛鳥さん泣いているんですか? そうですよね、この景色すっごい感動的で、私も思わず泣いちゃいそうです。子供じゃないんで泣きませんけど」



P「い、い、いよーしっ! ホテルに戻るか二人とも! 明日も早いしなー」



飛鳥「…………」



P「ほ、ほらっ、飛鳥、立てるか、……歩けるか?」



飛鳥「す、すまない……プロデューサー。精悍なる騎士のよう、慈心を以ってボクを安息の地へ誘ってはくれないか」



ありす「え、なんですって?」



P「………………」ヒョイッ



ありす「ああ、お姫様抱っこの事だったんですね。今のセリフでよく分かりましたねプロデューサーさん」



P「ありす、ちょっと飛鳥を介抱するから、先にホテルに戻っててくれないか」



ありす「ええっ、飛鳥さん大丈夫ですか、もしかして日中に無様に溺れた後遺症ですか? 私も連れ添います!」



P「な、なんとかするから……、ありすは先に戻ってくれ。もう暗いし、危ないから」



ありす「分かりました、飛鳥さんお大事になさって下さい!」



飛鳥「…………う、うん」

――ホテルロビーにて



ありす「むむむ、なんだかよく分かりませんが、ちょっとだけ飛鳥さんを傷つけてしまったようです」



ありす「うーん、明日は飛鳥さんに何と声をかけるべきでしょうか。ちょっとタブレットで調べておきましょうかね」



ありす「……ふむふむ『ゆうべは、お楽しみでしたね』。いいですね、これでいきましょう」

おわりです。





相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: