2016年09月29日

輿水幸子「うまくいかないもの、ですね」

「ご結婚おめでとうございます」



「ありがとう」



 ボクは輿水幸子。アイドルです。



 このちょっと冴えない男の人は、ボクの担当プロデューサー。



 そして、彼は明日、結婚します。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474906696



「新婦さん、やっぱりキレイですね」



「そうか?」



「まさかアナタみたいな人が、あんな美女とお付き合いして結婚までできるなんて」



「ひどい言われようだな」



「全部ボクのおかげですから、感謝してくださいね」



「なんでだよ」



 彼はそう言って笑いますが、考えれば自明のことでしょう。

 ボクがボクのカワイさで、アイドルとしてがんばったおかげで、あの人に出会えたんですよ。



 そう、新婦さんもアイドルなんです。……元アイドル、になるのかもしれませんね。結婚した後も続ける人は、少ないですから。



「幸せになってください」



「ありがとう」



「当然のことですよ、ボクのプロデューサーともあろう人が、不幸せな結婚生活を送るなんて許されません」



「そういうものか」



「そうです」



 幸せになってほしい。……そう心から思えたらよかったのに。

 でも、それを言うわけにはいかないから……。こうして、ボクはいつも通りのボクのフリをしています。



 ……なんて、おかしいですね。

 なら、どうしてこんなところにPさんを呼び出して、二人だけで話なんかしているんでしょう。

 本当に臆病な、ボクは……カワイくないです。

「なあ、幸子」



「……なんです?」



「お前の気持ちを……言葉にしてもらっても、構わない」



 ……この人は、何でもお見通しです。そう、これまでと同じです。

 ボクが隠し事をできたことなんて、一度もありませんでした。

 でも。



「…………バカですね」



「そのくらいの覚悟はある」



「……全部っ、全部言いますよ?」



「……いいよ」



 それなら。

 今だけは、みっともなくてもいい、カワイくなくてもいい、本音を言おうと思います。

 そうしたら、何かが変わるんでしょうか? そう信じずにはいられませんでした。そう信じたかった。

 だから、ボクは言います。

「あの人は、綺麗で、とってもいい人です」



「けど。アナタに一番ふさわしい人じゃ、ありません」



「もっと、もっとふさわしい人がいます」



「それはボクです。輿水幸子です」





「……」

「ボクは、ずっとアナタの側で、アナタにプロデュースされてきて……ボクのほうが、ずっと前からアナタを好きだったのに!」



「どうして? どうしてなんです、どうしてボクじゃダメだったんです……。ボクが、14歳だからですか?」



「もっと早く生まれたかった……もっと、遅く出会いたかった……」



「ボクが、子供じゃなくて、アナタと並んでいられる大人になってから、アナタのアイドルになりたかった……」





「……」

「それとも、ボクが大してカワイくないから、選んでもらえなかったんでしょうか」



「あは、そうですよね。……ボクなんか、あんな綺麗な人に比べたら……」



「悔しい……。どうしてボクはあの人じゃないんですか……アナタに選んでもらえる、あの人じゃないなんて……」





「……」

「やめてください……」



「結婚なんかしないで……。ずっと、ボクの側にいて……。あと、少しだけ待っていて……ボクだって、あと少しで結婚できるんです……お願いします……。なんでもします……」



「……みっともない……ぐすっ、ほんと、こんなのだからアナタは愛想を尽かしたんですよね。ボクみたい、な、ボクみたいなのじゃ……」





「……」

「もう、遅いですよね」



「もっと早く言えばよかった」



「……あの人とアナタの距離が縮まっていくの、わかっていたのに。でも、怖くて……何もいえなかった」



「もしも……」



「もしも、もっと早く言っていたら……」



「ボクと……」





「……」

「なんて、無意味です」



「終わった話です」



「ボクは、まだアナタが好きだけど……」



「……諦めます」



「……明日からは、いつもの輿水幸子です」





「……」

「だから……」



「だから、今日だけは……」



「ボクの……こ……」



「……………………」



「ボクの、…………」



「プ、プロデューサー、で、いて」





「……ああ」

「……うっ、うぅ……」



「…………ぁあ……」



「…………やだ……」



「……でも…………」



「………………でも」



「……あり……と……」



「……うぁああああ……」

 言葉になったのは、そこまででした。

 ボクはずっと泣いて、泣いて。

 あの人は、そんなボクの側にいてくれました。



 ……それでも、ボクは翌日、ちゃんとあの人の結婚式に行きましたよ。エラいでしょう?

 健気なボクはカワイイですね。



 不思議と、新婦さんと並んでいるあの人を見ても、心がそこまで痛みません。



 ……ボクは、気持ちを全部ぶつけました。

 そして、あの人は何も言わず、聞いてくれた。受け止めてくれた……きっとそうだと思います。

 あの人の中には、ボクの全部が在るはずです。

 みっともなくて、カワイくない……ボクと。

 ずっと、あの人と一緒に歩いてきた、カワイイボクが。



 だから……。きっと、さびしいだけじゃありませんよね。

 ……ね、そうですよね……?



 こうして、ボクの一生に一度の恋は終わりました。

 重たいですか? でも、本気だったから。仕方ないですよね。

 ……本気だったんだもん……。



 ボクの目から、また涙がこぼれます。



 でも、ボクは笑顔が一番カワイイから。……そう、貴方が言ってくれた事を覚えているから。

 涙を流しながら、けど、笑ってあなたを見送ります。



 ご結婚、おめでとうございます。

 ……私の、プロデューサー。





おわり





17:30│輿水幸子 
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