2016年10月11日

モバP「最近可愛くなりまして」


 ある休日の午後、昼食をとった後は藍子と並んでリビングのソファに座っていた。

 同棲を始めて約半年、この生活にもずいぶんと慣れてきた。



「あの、どうかしましたか?」





 結婚を半年後に控え、これまで生きてきた中で今が一番幸せだと断言できる。



「急にニヤニヤしないでくださいよ……変質者みたいですよ?」



 冷たい目で見られるのもそれはそれでい――ともかく、今の状態は順風満帆と言っていい。



「はぁ……なんとなく考えていることがわかるのが、わかってしまうのが……」



 大きくため息を吐く、高森藍子26歳。

 幸せの絶頂に居る永で、唯一の問題と言えば――



「……あなた?」



 最近、藍子が可愛くなったのだ。





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 当然だが、藍子は昔から可愛かった。

 こんなことは今更言うまでもない真理だが、そういうことではなくて……。

 目に居れても痛くないというか、1日中愛でていたいというか。

 我ながら、重症だと思う。これが恋は盲目というやつなのだろう。



「また変なこと考えてましたよね?」



「変なことは考えてないって。ただ藍子が今日も可愛いなって思ってただけで」



「それが変なことだって言ってるんです!」



 相変わらず、この手のことには慣れないらしい。

 俺は嘘も冗談も言っていないのだが。



「ははは、諦めろ」



「嫌です。ちょっと前までそんなこと言ってなかったじゃないですか」



「そりゃ今とは関係が違うし?」



 半年前にプロポーズ(結婚を前提に恋人になってください)をしてからはずっとこんな調子だ。

 いいかげん、慣れてもいい頃だと思う。



「だからって、こんなに変わりますか?」



「変わるんだから仕方ないだろ。じゃあどうすればいいんだ?」



「ええと……行動で示すとか?」



 行動で、か。



「言質取ったってことでいいんだな?」



「あっ! それはお手伝いとかそういうとにかく今のやっぱりなしで!」



「えーー」



「ああもう! 子供ですか!」





 そう言われても、せっかくの休日だ。

 目の前に藍子がいてずっとお預けというのもなかなか辛いものがある。



「藍子が可愛いのが悪い」



「またっ……もう、わがままばっかりなんですから」



「褒めることしか言ってないぞ? ちょっと照れるところも可愛い」



「それが問題なんですー………………仕方ないから、少しだけならいいですよ?」



 あきれたように、そんなことを言ってくる。

 それじゃあ、お言葉に甘えるとしようか。



「……重いです」



 とりあえず藍子に寄りかかってみたら、返ってきた感想がこれだった。



「そんなに体重かけてないだろ」



「相手はか弱い女の子ですよ?」



「か弱い、ねぇ……まぁそうか」



 体力とかはパッション面に引きずられてたような……でもアイドルを引退してからはかなり経つから衰えてるか。



「微妙な反応、ありがとうございました!」



「押すこたないだろおい」



 藍子が押し返してくるが、こっちも力を入れているからあまり動かない。



「よいっ……しょっと!」



「おおおおお?」



 掛け声と共に思いっきり押されて2人とも倒れ込む。

 藍子は俺の膝にぶつかって、俺はソファーのひじ掛けに脇腹をぶつけた。





「いたた……」



 体を起こすと、藍子が頭を押さえていた。

 こうなるくらいなら初めからやらなきゃいいのに。



「大丈夫か?」



「もう痛みはひきました。けど、酷いじゃないですか!」



「ほとんど自爆だったろ!?」



 これにどう対応しろと。

 藍子がずっとくすぐってきて、耐えてたら無意識で腕が跳ねてぶつかった時もこんなこと言われたな。

 別にいいんだが、理不尽な。



「あんなに簡単に倒れるとは思ってなくって……」



「よーしそれ喧嘩売ってるな最高値で買ってやろう」



「きゃ〜〜〜〜♪」



 口ではそう言いつつ、膝の上から退く気はないらしい。

 頭をぐりぐり撫で回しても楽しそうにしているし。



「あっ、そうだ」



 しばらくそうしていると、藍子が何かを思いついたようで首だけ上を向いた。



「耳かき、してくれませんか?」



「いいけど、昨日自分でしてなかったか?」



「そうですけど、こういうのはやってもらうからいいんですよ」



 どうやらそういうことらしい。

 言いたいことはわかるし同感だ。

 むしろ藍子にならしてやるのも楽しいし。





「じゃあ取ってくるから退いてくれないか?」



「ん〜〜」



 声をかけると、うつ伏せになって太腿と背中に腕を回してくっついてきた。



「おい、藍子?」



「ほら、そこにあるじゃないですか」



 そう言って指差したのは、ソファーの前に置かれているテーブルの下。

 そこを見ると、綿棒が置いてあった。



「いつこんなところに?」



「昨日使ったときに、ちょっと」



 このくらいなら散らからないし、元に戻すのが面倒だったのだろうか。

 まぁ、近くにあるなら都合がいい。



「藍子、取って」



「屈めば取れますよー」



 どうやら今日は徹底的に甘えるつもりらしい。



「わかりましたよ、お姫様っ」



 藍子の頭を乗せたまま屈んで手を伸ばす。

 一応、藍子を潰さないようにしないと……。



「はぁーーーーーーーー」



「……おい」



 ちょうど腹の辺りにTシャツ越しに息を吐きかけてきた。

 くすぐったくはないが、ちょっと熱い。



「ふふっ♪」



「藍子が楽しそうで何よりだ」



 まったく、どっちがわがままなんだか。





「危ないから動くなよ」



「はーい♪」



 さっきからやけにご機嫌だ。

 どうやら今は大人しくしてくれるらしいが。



「ふぅ……落ち着きますね……」



 すっかりリラックスしてとろけてしまっている。

 耳の中も綺麗なものだ。どこも掃除するところは残っていない。



「はいはい、もういいか?」



「んー、もうちょっと。この感覚自体がいいんじゃないですか」



「やりすぎはよくないぞ?」



「……じゃあ反対もお願いします」



 素直に反対を向いて、髪を耳にかける。



「特にやってほしいとこはあるか?」



「特にないですよ。強いて言うなら全体的に」



「こうか?」



「はぅ……」



 くるくると綿棒を回すと、気持ちよさそうに目を細める。

 こっちもこれくらいでいいか。





「はい、終わり」



「ありがとうございました」



 綿棒を抜くと、藍子が体を起こした。



「次は私の番ですね」



「は? うおっ」



 首に手を回され、引き倒される。

 直前で手をついて太腿にぶつかるのだけは避けられた。



「ったく、危ないなぁ……」



「大丈夫大丈夫」



 なにが大丈夫なんだか。

 しかし、これは落ち着くなぁ……。



「……ところで、なんで俺は撫でられてるんだ?」



「へ? なんか可愛いなーって思って」



「可愛い、か……?」



 藍子の感覚もときどきよくわからない。



「はーい。それじゃあ、いきますよー」



 ま、いっか。





「はい、終わりましたよ」



 耳かきは終わり……とはいえ、これはいいな……。



「あの、いつまでこのままでいるつもりですか?」



「ん……? ……ずっと?」



「ずっとって、困りますよ」



「おう、困っとけ」



 俺にとってはこのままでいいし。



「別に嫌ってわけじゃないですけど……なんか納得いきません」



「考えるな、感じろ」



「それはここで言う台詞じゃありません!」



 ぺし、と頭を叩かれた。

 解せん。





「起きてください」



「はいはい」



「そうそう、そうやって素直に――きゃっ」



 同じように藍子も引き倒す。

 ソファーの上で横に並ぶようになった。



「……狭くないですか?」



「それもそうだな」



 というわけで、藍子を下にして……。



「その態勢、きつくないですか?」



「いや、全然」



「それで、本音は?」



「……正直、狭くて疲れる」



「ですよね」



 空いてるスペースがほぼないから、けっこう無理な態勢になってしまう。

 少しの間ならいいけど、ずっとは無理だ。



「というわけで、ごろーん」



 下から抱き着いてくると、そのまま横をすり抜けて上下を入れ替えて――



「ちょ、潰れる」



「なっ、失礼な! 潰れちゃえ!」



 藍子が上で、俺が下。2人ともうつ伏せで、亀の日干しみたいになった。



「容赦ないな本当に」



「でも、体重思いっきりかけても大丈夫ですよね?」



「まぁな。こっちの方が気を使わなくていいから楽だし」



 藍子くらいなら軽いものだ。

 体全体で支えるなら半日でもいける。





「でもなんかなぁ……」



「なにか不満でもあるんですか?」



「どうせならこっちの方がいいだろ」



「わわわわわわっ」



 その場で横に180°回転する。

 一応、藍子が下に落ちない方向で。



「ん……たしかに、こっちの方が私も好きです」



「だろ? 正直背中に乗られるよりはこっちの方が重くないし」



 耳元で囁かれる。

 藍子の場合癒し効果しかない。

 そんな態勢だから俺も話すときは耳元でになるが……ちょっとくすぐったそうだ。



「ん………………ちゅ…………えへへ」



 藍子が顔を離したと思うと、軽くキスをしてきた。

 離れた後、幸せそうにふにゃ、と微笑む。



「可愛い奴だなぁ」



「もーっと褒めてもいいんですよ?」



 こういうときには、スイッチが入ると可愛いって言ってもよくなるらしい。

 とはいえ、藍子は俺の首筋に顔を埋めてぐりぐりとしているわけだが。

 恥ずかしいのまでは完全にはなくならないようで。



「どうし――ん、ん……ちゅっ、んんぅぅ…………」



 今度はこっちからキスをすると、すぐに藍子も唇を押し付けてきた。



「ふぅ。ふふふ……しゃーわせー……です」



 俺の肩に顎を乗せて、満足そうに呟く。





「この甘えん坊め」



「だって、これは私だけの特権だもん♪」





20:30│高森藍子 
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