2016年10月11日

渋谷凛「夏祭り」

目の前を二人の男女が歩いて行った。腕を組んでいる二人組。女の人の方はとても綺麗な浴衣を着ていて、私は大丈夫かな、と少しだけ不安になる。足元を見て、自分の着ている浴衣を見て、まとめ上げた髪に触れる。うん、大丈夫。たぶん、大丈夫。



「凛」



 周囲の喧騒の中から、すっと抜けるように声が聞こえた。私は髪から手を下ろし、





「プロデューサー」



 そう呼ぶと、プロデューサーは「すまない、遅くなった」と言って頭を下げる。



「大丈夫だよ。私も、さっき来たところだから」



「そうか? でも、アイドルを一人で、ってのはなぁ……だから、待ち合わせなんてせずに、二人で一緒に来れば良かったのに」



「それは……ダメ」



「ダメなのか」



「うん、ダメ」



 そうか、と言ってプロデューサーは笑った。かと思えば、ふっとその笑みが消えて、真剣な調子で私を見つめ始める。



 いったいなんなのか……なんて、思うような仲じゃない。



「どう? プロデューサー」



 私は自分の着た浴衣をプロデューサーに見せつけるようにポーズをとる。昔の私ならこんなことにも恥ずかしがっていただろうけれど、さすがにもう慣れた。これもアイドルらしくなった、ということなのかな。ビジュアルレッスンの成果、かも。



 プロデューサーもプロデューサーで、ビジュアルレッスンの時のようにじっくりと私の全身を見つめる。足の指先から頭のてっぺんまで、見落としがないように見つめられて、私は少し呆れてしまう。私も私だけど、プロデューサーもプロデューサーだよね。



「……似合ってるよ、凛」



「ありがと」



 私は言って、ふふ、と笑う。プロデューサーに褒められるのは、素直に嬉しい。





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「あと、その髪型も良い。いつもと雰囲気が違って……うん、なんか、すごく良い」



「そう?」



「ああ。うなじとか、何と言うか……たまらないな」



「ちょっと、プロデューサー。なんか、おじさん目線じゃない?」



 さすがにそこまで言われると恥ずかしくて、私はプロデューサーから隠すように首元に手を当てる。プロデューサーはむぅと唸って、



「隠さなくてもいいだろ」  



「プロデューサーが変な目で見るからだよ」



「変な目じゃなかったと思うんだがなぁ」



「変な目だった。絶対」



 変な目だったか……。プロデューサーはそう言って落ち込んで見せてから、私に向かって手を差し出す。



「まあ、そんな変な目ではありますが、今日は付き合ってくれますか? お姫様」



「……なんか、キザだね、プロデューサー」  



「わかってる。だから、早く手をとってくれないか? 恥ずかしい」



「なら、やらなかったら良かったのに」



「そう言われると困るな」



 苦笑。しかし、その手は差し出されたままだ。



「……じゃあ」



 私はその手をじっと見つめてから、そっと自分の手を置いた。



「連れて行ってもらおうかな、王子様」



「よろこんで」



 そう言って、プロデューサーは私の手に顔を近付け――ちょ、待って。それはさすがに予想してない。まだ、心の準備が、



「――なんて、ここまでやったらキザ過ぎるか」



 そう言って、プロデューサーはさっと私の手から顔を離す。その顔にはいたずらっ子めいた笑みが浮かんでいて……。



「……プロデューサー」



「なんだ?」



「ばか」



 なっ、とプロデューサーの声が聞こえる。でも、私はもう見ていない。プロデューサーからそっぽを向いて歩き始めている。



「ちょ、凛、待ってくれって。謝るから、ちょ、ごめんって」



 ……子どもっぽいな、と思う。でも、先にやったのはプロデューサーだ。これくらいはやってもいいだろう。



 それに。



「凛。りーんー。本当、ごめんって」



 プロデューサーにこうやって追いかけられるのは、なんだか、ちょっと、気分が良いから。



 ……もうちょっとだけ、こうしていよう。



 そう思いながら、私は自分の口角が少し上がってきていることに気付いた。



 プロデューサーに見られたら、そんなに怒っていないってバレちゃうかな。



 見られないように、隠した方がいいのかな。



 そんなことを考えた。



 でも。



 私はそれを隠さないことにした。



 隠さなくてもいいって、思ったから。







      *





 人混みの中を歩いていると、汗で首元が湿っているのに気付いた。私はハンカチをそっと押し当て、汗を拭う。



「大丈夫か? 凛」



「大丈夫だよ。ありがと、プロデューサー」



 夏祭り。



 事務所から少し離れたこの場所でそんなものが開かれるなんて、つい最近まで知らなかった。



 きっかけは、ちひろさんのあの言葉。



「そう言えば、そろそろ夏祭りの季節ですね、プロデューサーさん。今年は一緒に行けそうにないですけど」



 ふふ、と笑いながら彼女は言った。『今年は一緒に行けそうにない』。そこには、二つの意味が含まれていた。



 一つは、それだけ忙しくなった、ということ。



 もう一つは、ちひろさんとプロデューサーが去年は一緒に夏祭りに行った、ということだ。



 その時に事務所にいたのは、私と、卯月と、未央の三人。 



 それでどうなったか……は、まあ、予想できるよね。未央がぶーぶー不満を漏らして、ちひろさんだけいいなーいいなー私たちもプロデューサーと行きたいなー、とか、そんなことを言って、四人で夏祭りに行くことが決定した――はず、だったんだけど……。



「……仕事?」



 夏祭りの日付を確認すると、その日は卯月も未央もちょうど仕事が入っていた。ピンクチェックスクールの仕事とポジティブパッションの仕事。



 とは言っても、仕事が入っていたなら仕方ない。一緒に夏祭りに行くことは、なかったことに……。



「――と、いうことで! しぶりんはプロデューサーと二人きりで夏祭りデート、だねっ♪」



「……は?」



 未央の言っている言葉の意味がわからない。いや、こうなったらそもそも夏祭りに行くことそのものが中止になるんじゃ……。



「そうですね! ちょっと、妬けちゃいますけど……でも、仕方ありません! 凛ちゃん、楽しんできて下さいね♪」



「いや、卯月、未央、ちょっと待って」



 頭が痛くなってきた……未央だけならまだしも、卯月まで。



「お? しまむー、『妬ける』なんて……それは、どっちの意味ですかな?」



「どっち……?」



「プロデューサーかしぶりんか、どっちに妬けているのか、ってことだよ!」



「それは……どっちもです!」



「どっちも……うん、確かに、どっちもだね」



「はい!」



 ……それなら、私がプロデューサーと行かなければいいだけじゃん。



 そう言ったけど、結局、私はプロデューサーと二人で夏祭りに行くことになった。



 浴衣を着る時や髪をまとめる時に奈緒と加蓮に手伝ってもらったから、二人も誘ったんだけど……。



「うーん……いいや。せっかくのデートの邪魔したら悪いしねー。もちろん、私も奈緒も妬いてるけどね」



「なっ……あ、あたしは、妬いてなんかないぞ?」



「えー、ほんとにー?」



「……そ、そりゃ、ちょっとは、妬いてるけど」



「ほらー。最初から素直に言えばいいのに」



 それなら、三人で。



「それはダメ。ね、奈緒?」



「……うん。それはダメ、だと思う」



 どうして……。



「どうして、って……あたしも、凛の立場ならそうしたかもしれない、けど、でも、せっかくの二人きりなんだから……さ」



「というか、凛は嫌なの? Pさんと、二人きり」



 それは……嫌じゃ、ないけど。



「……ほら。もう、決まってるじゃん」



「あたしもそうだけど、凛も大概だよなー」



「ん? ……奈緒。何が『そう』なの?」



「ちょ、今はあたしじゃなくて凛だろ? なんでいきなり矛先を向ける方向を変えるんだよ」



「んー……お約束?」



「なんのだよ!」



 そうして、二人はいつも通りのやり取りを始めて……つまり、やっぱり私はプロデューサーと二人きりで夏祭りに行くことになった、ということだ。



 嫌じゃない。嫌じゃない、けど……。



「……いきなりなんだもん」



「どうした? 凛」



「なんでもない」



「なんでもない、って……まあ、それならいいが」



 そう言って、プロデューサーは苦笑する。そんなプロデューサーの顔を見て、



「……ごめん、プロデューサー」



「ん? 何がだ?」



「今の態度。プロデューサーは心配してくれただけなのに、って」



「あー……」



 プロデューサーはぽりぽりと自分の頭をかき、



「それなら、まあ、気にするな。凛は割りとそんな感じだし、慣れてる」



「……それ、フォローしてるつもり?」



「んー……あ、これじゃ、してないのと同じか」



 プロデューサーは笑う。……もう。



「ばか」



「おう」



 私が呟いて、プロデューサーが答える。それで終わり。



 ふと周囲に目を向けると、大勢の人と、色んな屋台が出ている。浴衣を着ている人は、そこそこいる。半分半分、といったところだろうか。



 屋台は夏祭りによくあるようなものばかり。金魚すくいとか、りんご飴とか、たこ焼きとか、輪投げとか、射的とか。この夏祭りはあまり大規模なものではないけれど、『お祭り』って言われて思いつくものは一通り揃っているような気がする。



「凛、何か、買いたいものとかあるか?」



 そうやって私が屋台を見ていることに気付いたのか、プロデューサーが言った。



「買いたい、もの……」



 どうしよう。そう言われると、なかなか出てこない。



「プロデューサーは?」



 だから、私はプロデューサーに質問を返した。プロデューサーは即答した。



「たこ焼き。というか、ソース味のなんか。ずっとにおいがしてもうたまらん」



「なにそれ」



 思わず、ふふっ、と声に出して笑ってしまう。プロデューサーが買いたかったんじゃん。



「……だって、俺の方から言うのは、その、やっぱり、大人だし……」



「大人とか関係ある?」



「……ないか」



「ないでしょ」



 プロデューサーはいったい何を気にしているのか。なんとなく、わからないでもないけど……私とプロデューサーの関係は、アイドルとプロデューサーだ。生徒と教師……とは少し違うけれど、そんな関係なのに、自分の方から、というのは気が引けたのだろう。



 私なら……例えば、年少組のアイドルと一緒にこういうところに来て、自分の方から『何かが欲しい』とは言い出しにくい、みたいな。たぶん、そんな感じなんだろう。それは、まあ、わからないでもない。ない、けど……。



「プロデューサーからすれば、やっぱり、私は子どもなんだね」



「……は?」



 プロデューサーの声。私は手で口を抑える。今の、声に出てた? 声に出すつもりは、なかったんだけど。



 プロデューサーは私の言葉を訝しみながらも、「んー」と考えこみ、



「子ども……まあ、そうだな。凛は子どもだろ」



 ……わかっていたけど、改めてそう言われると、なんだか、変な気分になる。



 これは、どうしてなんだろう。



 プロデューサーからすれば私は子どもで……でも、私は。



 私は、そう思ってなかったのかな。



 だから、私は、こんな気分になってるのかな。



 ……でも、それじゃ、いったい、私はなんだと思っていたんだろう。



 プロデューサーと私の関係を、なんだと――



「でも」



 プロデューサーが言った。



「その前に、俺のアイドルだよ。一緒に走り続ける……相棒、だな」



 ……そっか。



「相棒……か」



「違うか?」



「ううん……私も、そう思ってた」



 そう思っていたって、今、改めてわかった。



「プロデューサー」



「ん?」



「たこ焼き、食べよっか」



「そうだな。じゃ、俺が買ってくるから、凛は……」



 そう言って一人でたこ焼き屋さんの前に向かおうとするプロデューサーの服の裾を、私はつまんだ。



 プロデューサーはその顔に少しの驚きを浮かべ、こちらを振り向く。



「私も、行くよ」



「……そうか。まあ、アイドルを一人に、なんて、させられないからな」



「うん」



 その言葉の意味を、私はわかっている。きっと、プロデューサーも。



 だから。



「一人にしないでね、プロデューサー」



 そう言って、私はプロデューサーに微笑んだ。



 そんな私の顔を見た瞬間、プロデューサーは私から逃げるように顔を前に向けた。



 その反応は、少し意外で……でも、悪い気分じゃなかったから。



 ちょっとした悪戯心が働いて、私はプロデューサーの手を握った。



 プロデューサーは一度びくっと肩を跳ねさせ……そして、私の手を握り返した。



 男の人の、手、だった。







      *





「おいしそうなものを食べてるねー、お二人さん」



 少し外れた場所にあるベンチでプロデューサーと一緒にたこ焼きを食べていると、背後からそんな声が聞こえた。私は大丈夫だったけど、プロデューサーはちょうどたこ焼きを食べているところで、その声に驚いてけほけほとむせていた。



「周子さん?」



「はい、周子さんですよー」



 そこには周子さんと……あと、菲菲と裕子がいた。三人とも浴衣は着ていない。というか、なんだか、珍しい組み合わせだ。



「……周子、菲菲、裕子。お前らも来てたのか。というか、珍しい組み合わせだな」



 プロデューサーも同じことを思ったらしい。それに対して周子さんは、



「夏祭りがあるって聞いて、菲菲ちゃんが行きたいー、って言ったからさ。ちょうどそこにいたあたしたちで来た、ってわけ」



「そういうことです!」



「そういうことダヨ!」



 周子さんの言葉に裕子と菲菲がうんうんとうなずいている。どうして偉そうにしてるの……。



「というか、二人きり、ねぇ……」



 周子さんがにやにやしている。……な、なに。



「いやー、邪魔しちゃダメかなー、と思って」



「邪魔、って……そんなこと、ないけど」



「ほんとにー?」



「本当に」



 そう言って、私は前を向いて、たこ焼きを口に入れる。……ちょっと、冷めてる。



「周子さん、さすがにからかい過ぎダヨ」



「そうですよ! せっかくのデート、これ以上邪魔をしてはいけません!」



 ……デートじゃないけど。



「すみません、凛ちゃん! 周子さんの代わりに、このユッコが! お詫びにサイキックを披露します! ムムムーン!」



 え、いや、それは結構――って、ちょっ!



「……おおう」



「Pさん! 見ちゃダメダヨ!」



「えっ、ん? いや、なんか、青色の何かが見えたような気がしたんだが……裕子? 凛? いったい、何が……」



 ……裕子。



「ひゃっ……そ、その……さ、サイキック、ラッキースケベ現象……とか」



 ……それじゃあ、裕子もそれ、受けようか。



「ダメですよね! すみません! 謝りますから、許して下さいー!」







      *





「……もう」



 シャリ、とりんご飴を齧って、私はそんな声を漏らす。周子さんに「これあげるから、ここは抑えて、ね?」と言われてもらったものだ。甘くて、爽やかで……おいしいことには、おいしい。



 でも。



「だからと言って、裕子のアレは……」



「まあ、許してやってくれ、凛。裕子も悪気があったわけじゃないだろうからな」



「……悪気があってもなくても関係ないよ。というか、プロデューサーは何が起こったかも知らないくせに……」



「そう言うなら、何が起こったか教えてくれよ」



「それはダメ」



「ダメなのか……」



 ……教えられるわけないじゃん。あんな……しかも、プロデューサーにも、ちょっと、見られたみたいだし……!



 顔が熱い。汗もかいている。たぶん、顔も赤くなっている。今だけは、この暑さがありがたい。こんな暑さだと、そうなってもおかしくないと思うから。



「あー……あ、凛。金魚すくい、金魚すくいとかどうだ?」



「……金魚すくい?」



「そうそう。夏祭りと言えば金魚すくい、だろ?」



 ……プロデューサー、もしかして、私の意識を他のことに向けるために?



 そのために、わざわざ……もう。



「うん、わかった」



 それに気付いたら、もう、さっき起こったことなんて、どうでもよくなっていた。



 私ってチョロいのかな。



 ……でも、チョロくてもいいや。



「それじゃあ、しよっか。金魚すくい」







      *





「……」



 また破れた。



「もう一回」



 お金をお店の人に渡して、新しいポイをもらう。



 じっくり金魚を見て……すくう!



「……」



 また破れた。



「もう一回」



 お金をお店の人に渡して、新しいポイをもらう。



 じっくり金魚を見て……すくう!



「……」



 また破れた。



「もういっか――」



「り、凛。ちょ、ちょっと待て。……すみません」



 プロデューサーの言葉に、お店の人は微笑みながら「いいんですよ」と応える。



 はぁ……とプロデューサーはため息をついて、私を見る。



「凛……もう、あきらめないか?」



「あきらめない」



「即答か……」



 プロデューサーは呆れているようだ。私はそんなプロデューサーの手元を見る。



「……プロデューサーは、まだ、一回も破れてないね」



「あー……まあ、コツがあるからな」



「コツ……」



 少し、気になる。でも。



「……もう一回」



 聞かないことにする。どうにか、自分の力で――



「凛。待て。……そのままじゃ、たぶん、無理だ」



 お金を渡して新しいポイを受け取って、さあやるぞ、とポイを構えると、プロデューサーが口を出した。私は応える。



「アドバイスなら言わないで。私は、自分の力で……」



「それはわかってる。凛ならそう言うと思った」



「なら」



 私はプロデューサーの方を見て、言い返そうとした。



 プロデューサーが真剣な目で、まっすぐ私の方を見ていた。



「落ち着け、凛」



 ぎゅ、とプロデューサーがポイを持つ私の手に触れた。私は固まって、されるがままになってしまう。



「今から、一回、俺が凛の手で金魚をすくう。それなら、いいだろ?」



「……うん」



 勢いに押されて、思わず、そう答えてしまう。「よし」とプロデューサーは言って、そのまま、私の手を動かす。



「こうして……こうだ」



 ポイを持っている私の手を……なんて、そんな状況にも関わらず、プロデューサーは簡単に金魚をすくってみせた。



「どうだ?」



 どうだ……って、こんな状況で、そんな冷静になれるわけないでしょ……!



「じゃあ、凛、今度は自分で……な」



 プロデューサーが私から手を離す。……そう言われても。



 えっと……プロデューサーは、確か、こうして……こう。



「あっ」



 ……すくえた。



「プロデューサー! 私――」



 思わず声を上げてしまって、すぐに口を抑える。……金魚すくいくらいで、私、何を。



「満足したか? 凛」



「……うん」



「それじゃあ、この金魚は……どうする?」



 金魚……そっか、金魚、か。



「私が、もらって帰るよ」



「凛が?」



「うん。昔、金魚を飼っていたこともあるから。確か、まだ金魚鉢はあったと思う」



「そうか。……もしなかったら、すぐに言えよ? 事務所で飼っても、べつにいいんだから」



「うん。ありがと、プロデューサー」



「礼を言われることじゃない。……でも、どういたしまして」



 金魚すくいを終えると、もういい時間になっていることに気付いた。



 そんな時間だったこともあって、プロデューサーは私を家まで送ってくれた。その時、プロデューサーと両親の間でちょっとした雑談が始まりそうだったけど、すぐにやめさせた。さすがに親とプロデューサーの話を聞くのは恥ずかしい。



「それじゃあ、プロデューサー。また明日」



「ああ、また明日。今日は楽しかったよ。ありがとうな」



「……こちらこそ」



 そうして、私たちは別れた。



 私はすぐに金魚鉢を用意して、金魚をそこに移した。確か、金魚の飼い方は……昔飼っていた記憶は、まだ残っているみたいだった。とりあえず、大丈夫だと思う。



「……元気に育ってね、お二人さん」



 金魚鉢の中を泳ぐ二匹の金魚に、私はそんな言葉をかけた。プロデューサーにすくってもらった金魚と、私がすくった金魚。どっちがどっちなのか、なんて、私にはわからないけれど……でも、そんな二匹の金魚が泳いでいるのを見るだけで、なんだか胸があたたかくなる。



 そうしていると、足元をさわさわと何かが触れた。ハナコだ。私はその場にしゃがんで、ハナコを撫でる。



「どうしたの? ハナコ。もしかして……妬けちゃった?」



 くぅん、とハナコが鳴き声を上げた。ふふっ、もしかして、図星?



「……かわいいな、もう」



 私はハナコをぎゅっと抱きしめて、顔をすりつける。ハナコは嬉しそうに声を上げて、同じように、私に身をすりつける。



 その日、お風呂に入る時、私は自分の脱いだ下着を見て、プロデューサーのことを思い出した。



 思い出して……少し、顔が熱くなって。



 私はすぐにシャワーを浴びて、頭を冷やした。











21:30│渋谷凛 
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