2016年12月27日

佐々木千枝「今日は特別な日だから」

性の6時間がなんだ、サンタさんがSS投下してやるぜ



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 365日のうちのたかだか一日、と強がってみてもこの国では12月24日は大切な人と過ごす日だと根強くインプットされている。

恋人たちにとっての特別な日であるクリスマスの予定は仕事だ、と言えばと同情的に見られることだろう。



だけどそこに、売り出し中の小学生アイドルと一緒という文面をつけてみるとどうなるか。間違いなく、石を投げつけられる。



「プロデューサーさんとクリスマスのお仕事……楽しみですっ」



 担当アイドルの千枝は屈託のない笑みで嬉しいことを言ってくれる。千枝は大人びたところもあるけど小学生なんだ、この日くらいは

家族や友達と一緒にケーキやチキンを食べたかっただろうに。正直なところ、本人が喜んでいても大人の都合で仕事を入れてしまって罪悪感はある。



「プロデューサーさんは……千枝と過ごすの、楽しくないですか?」



「えあっ!? そ、そんなことないよ! むしろこうやって千枝と過ごせて俺の方も嬉しいよ」



 心の中を読まれたのか顔に出ていたのか。なんにせよ、不安にさせるような真似は良くないな。

無理やり取り付くったようにも聞こえるかもしれないけど、俺自身千枝と過ごせるこの日を楽しみにしていた。

決して恋人がいないから、とかそういうのではないぞ。



「えへへ、おんなじですね」



「……そうだな」



 千枝の楽しいと俺の楽しいは違う。自惚れるわけじゃないけどあの日千枝の担当になってから

いくつもの楽しい時間も苦しい時間を過ごしてきて、彼女の俺を見る目が変わっていたことは気付いていた。



 初めて彼女と会話した時のことはよく覚えている。



『やっ、おはよう』



『あ、あの……おはようございます。あっ、いつもレッスンを見てる……スタッフさん?』



 間違ってはないのだけど、どうやらそんな風に見られていたようだ。



『は、はじめまして! 佐々木千枝です』



『うん、良い挨拶だね。今日はレッスン?』



『はい。今養成所で週に一回レッスンを受けてます。まだ入ったばかりで、いろいろ大変ですけど……。いろんなことが学べて、とっても楽しいです』



『そうか。それは良かったね、楽しいって気持ちがあればきついレッスンも乗り越えられるもんね』



『養成所は、元々ママにすすめられて入ったんです。学校では知れないことが勉強できるからって。だから、絶対アイドルになりたいってわけじゃなかったんです。でも』



『でも?』



『レッスンは楽しいですし、お友達もたくさんできたし、それにちょっぴりオトナの世界って感じがして……。アイドルになるための養成所も、いまは好き……です』



『うんうん。そうかそうか』



『……あっ、勝手にしゃべっちゃって、ごめんなさい。スタッフさん、私に何かご用ですか……?』



 素性もよくわからない大人に色々と話してはくれたものの、表情からは俺に対して若干の壁を作っているのが伝わってくる。まぁ、それも仕方ないとは思うけど。



『千枝ちゃんの話を聞きたかったんだ。アイドルになるための準備期間も楽しかったのなら、その先に進んでも楽しむことが出来るかなって思って』



『えっ?』



『コホン。佐々木千枝さん、本日をもってアイドル候補生から昇格し、プロダクションへと正式に所属することが決まりました』



『昇格? しょうかく……って、何ですか?』



『アイドル候補生から候補生、って文字が消えるんだ』



『も、もしかして、千枝、アイドルになれるってことですか!?』



 俺は自分にできる最大限の笑顔を作って頷いた。



『うわぁっ! とっても、とってもうれしいですっ! 私、いっしょうけんめいがんばります!』



 さっきまでの不安げな表情も消えて、千枝は子供らしくピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。



『あと、昇格を決めてくれたってことは……あなたがプロデューサーさん……なんですか?』



『いかにもたこにも。今日から俺が君の担当プロデューサーになるんだけど……やっぱ、緊張している?』



 俺の問いに千枝はううん、と首を横に振る。



『よかったぁ……担当のプロデューサーさんが怖い人だったらどうしようって、ちょっと泣きそうでした。やさしそうなプロデューサーさんで安心ですっ!』



『そう? それは良かったよ、俺の方こそ千枝ちゃんが素直そうな子で……』



『うう、でも、ちょっとだけ……』



『うん?』



『ドキドキ……。プ、プロデューサーさん。千枝をよろしくお願いしますっ。いろんなこと、これからやさしく……教えてくださいっ!』





 思えば。千枝はあの時からプロデューサーがついてアイドルになる、という夢物語が現実になったことに浮かれていたのかもしれない。

子供が大人に対して持つ憧れが、小さくも無視することの出来ない恋心へと変わっていくのに、時間はさほどかからなかった。



 自分の半分ぐらいの、もしかしたらサンタクロースの存在をまだ信じているかもしれない年齢の子なんて背伸びしたいだけだ! と

何度も何度も言い聞かせてみたけど、こうも好意を向けられると意識せざるを得ないわけでして。





「ずっとずっと、今日が来る日を待っていました。今日だけは千枝のプロデューサーさんでいてくださいね」



 ほら、こんなドキッとするようなことを言うわけだよこの子は。もし俺が彼女と同世代か少し年齢の高いお兄さんだったなら、

思いっきり抱きしめていただろう。大人になってやっていいことと悪いことの分別のついた自分を褒めてあげたいくらいだ。



「〜〜♪」



 鼻歌交じりに上機嫌な千枝のテンションなら今日の仕事も上手くやれるはず。とはいえ彼女の好意を利用しているようで少し罪悪感があるのが本音だ。

サンタ服を着てファンの皆の前で手を振る千枝のモチベーションが俺と特別な日を過ごせる事だなんて口が裂けても言えない。



 俺はどうすべきだったのだろうか。距離を取ってでも、こうなることを避けるべきだったのかな。だけどそれじゃあ、今の千枝はなかったかもしれない。

結局、なるようになってしまうんだ。



「難しいなぁ」



 自嘲気味に笑うと千枝は楽しそうにしているように見えたのか、もっと上機嫌になる。その笑顔に、少しだけ気が楽になった。



「ふぁあ……眠い……」



 現場入りしてスタッフの方々に挨拶した俺達はそれぞれの準備をしていたが、昨日の夜も遅くまで仕事の準備をしていたこともあって睡魔が俺をチクチクと刺し続けている。

千枝の居る前ではあくびを噛み殺していたけど、ヒーターが効いて暖かい楽屋のソファーに座ると一気に眠気がやってきた。



「まだ余裕あるな……」



 少し時間もあるし、仮眠を取ろうかとソファーに横になると。

 

「じゃーん♪千枝サンタです!」



どうやら着替えが終わったらしい。クリスマスのお仕事ということで千枝は真っ赤なサンタ衣装を着こなしている。帽子についているうさぎさんは千枝自身のアイデアだ。



「どうですか、プロデューサーさん。似合っていますか?」



 そう言ってその場でくるりと回ってみせる。この場にファンがいれば歓声が起きたはず。



「んあ? ああ、よくにあっているよ」



「プロデューサーさん、もしかして眠いんですか……?」



 気のない返事をしたせいか、千枝は少し悲しそうな顔をする。そんな顔を見せられると申し訳なさが高まってくるも、眠気は急には止まれない。



「あっ、そうだ。それなら……」





 だけどすぐになにか閃いたようで、ソファーにポンと正座する。どうしたんだろうと言おうとする前に、千枝はポンポンと膝を手で叩いた。



「ち、千枝でよければ、お膝貸しますっ」



「え、ええっ?」



 そんな事を言う彼女からは恥じらいが見て取れるけど本人は本気らしく、俺の頭を膝に乗せようとしている。それも今の彼女の衣装はスカートを履いたサンタさん。

フェティシズムを感じるわけじゃないけど、晒されている膝が眩しい。この上に頭を置いて、と言っているのかこの子は?



 普段の俺ならダメだぞとやさしく諭すことはできたのだけど、この時の俺は眠気が理性を完全に抑え込んでいた。



「まだ時間はありますから、プロデューサーさんもゆっくりしてくださいね?」



 千枝の小悪魔じみた提案に無意識のうちに誘われて、俺は小さくも柔らかな担当アイドルの膝を枕に寝転がってしまったんだ。

鼻に入る甘い香りが千枝と体を触れ合わせている事を意識させる。



「〜♪」



 赤ちゃんを寝かしつけるみたいに千枝は子守唄を口遊む。それが何よりも耳に心地よくて、意識はフッと消えて微睡みに落ちていった――。

「ん……」



 目が覚めた俺は真っ先に時計を見る。眠りについていたのは20分くらいだったが脳も視界もリフレッシュできた。

十分とまでは言わなくても、眠気も体のダルさはすっかりなりを潜めている。そういえば20分の昼寝は効果的だ、ってテレビで見たことがあったかな。



「すぅ、すぅ……」



 一方のサンタさんの方はというと、彼女も今日のイベントが楽しみで夜更ししたのかすっかりくつろいだように眠りについている。

それでも足は正座のままで、本番前に痺れやしないか少し心配になった。



「うーん、起きろというのも悪いかな」



 イベント自体はまだ先なのでもう少し寝かしつけてもいいだろう。服がシワにならないように気をつけて千枝を横にしてあげる。

暖房が効いているとは言え流石にこの衣装のままだと風邪をひくかも知れない。探してみたけど当然毛布なんてものはなく、

ここに来るときに着ていたコートを千枝の身体に被せる。30cm以上も背の低い千枝にとっては大きいくらいの掛けふとんになってくれた。



「安心しきっちゃって、よく寝てるよ」



 俺に対する警戒心は一切感じられない無防備すぎる寝姿を見せる千枝の頬をツンと人差し指で突いてみる。ぷにっとして柔らかい。



「プロデューサーさぁん、すぅ……」



 一体夢の中で千枝は俺と何をしているんだろうか。知りたい気持ちもあるけど、女の子の夢を覗くのは御法度だ。

「すみません、プロデューサーさん……すっかり寝ちゃったみたいで」



「いや、本番前にリラックスすることは大事だからな」



 しばらくして千枝は目を覚ました。被せていたコートを気に入ったのか、ギュッと強めに握ったままだ。



「千枝、夢の中でプロデューサーさんにやさしく抱きかかえられていたんです。きっと、このコートのおかげですっ」



「そ、そう?」



 ワザとかそうじゃないかは分からないけど、今日の千枝はこれでもかというくらいに攻めてくる。これもクリスマスの魔法なんだろうか。



「すみません、そろそろ準備の程宜しくお願いしますっ」



「あっ、はい!」



 少し気まずい空気になりかけたけど、タイミングよくストアスタッフの方がやってきてくれた。

もし数分前に来ていたら、膝枕をされて寝息を立てていた俺が見られたのか……?

そう考えると、眠気のせいとはいえ中々大胆というかとんでもないことをしていたんだな……。



「ふぅ。それじゃあ行こうか千枝」



「はい。プロデューサーさん、上手くいったら千枝のこと、いっぱい褒めてくださいねっ」



 そう言って小さなサンタさんは部屋を出る。さっきまでぐっすり寝ていたから気力も十分。

心と体のコンデションも整っているのなら、最高のステージを作れるはずだ。



「……頑張れよ、千枝」



 千枝に対して色々と複雑なものを持ちつつあるのは一旦どこかに置いておいて。目の前のステージを全力で楽しめるように俺も応援してやらないとな。



「佐々木千枝、ですっ! 今日は皆さんと一緒に、クリスマスを楽しみたいです」



 ストアイベント自体は小規模なものだけど、千枝とクリスマスを過ごせる! ということで同世代のファンから大きなお友達まで沢山の人が集まった。

つい数ヶ月前までちょっとオトナに憧れていた少し内気な女の子のためにこれだけのファンが来るとは、地道な営業活動をしてきた甲斐があったものだ。



 今はまだ小さな体だけど、やがて世間を驚かせる存在になる。俺は千枝の可能性を信じてきてプロデュースしてきたし、彼女も俺の期待に応えてくれた。

いや、むしろいい意味で裏切ってくれることだってあった。今日のイベントは俺たちの努力の答え合わせだ、と言っても差し支えないかもしれない。



「――!」



 大きな会場にも負けないくらいの盛り上がりを見せ、裏から見ていた俺も小さくガッツポーズをする。

千枝サンタによるクリスマスソングメドレーのプレゼントは、会場にいる全員に幸せを届けることができたようだ。



「ハッピークリスマスですっ!」



 終始高いテンションを保ったまま、クリスマスのお仕事は幕を閉じる。元々ファンだった人はもちろん、

偶々イベントブースに寄ってみた人にも千枝の魅力をめいっぱい伝えることができただろう。



「プロデューサーさん! 千枝、失敗しなかったです!」



「お疲れ様、千枝」



 俺を発見するなりサンタ服のままの千枝は駆け出して来た。えへへ、と笑いながら俺のそばに来ると何かをおねだりように上目つかいで見る。

周囲に誰もいないことを確認した俺は千枝の頭にポンと手を乗せるとやさしく撫でてやる。



「よく頑張ったね、最高のステージだったよ」



「やった、褒められちゃいました」



 くすぐったそうに笑う彼女にバレないように、心の中でため息をつく。千枝がアイドルになってから、

仕事やレッスンが上手くいったときはご褒美として千枝を撫でてやる事が恒例行事となっていた。



 正直言うと、俺も千枝のことを妹のように思っていたから彼女に対するご褒美も嫌ではなかった。

ただ千枝の慕情に気付いてしまった今、この儀式は千枝の感情をより膨らませてしまうだけでしかない。



 そんなこと、分かりきっているのに――。



(やめられないんだよな……)



 小学生の女の子が自分に対する好意を隠そうとしないでアプローチしてくるのを流せるほど、俺も余裕があるわけじゃなかった。

日々の激務の中で千枝の存在に救われていることは否定も出来ない。



 いや、本当は――。



「いつもより撫でてもらえました」



「えっ? そ、そうだったかな?」



 慌てて手を引っ込めると千枝は少しだけ寂しそうな表情を見せる。俺は誤魔化すかのようにそそくさと歩き始めた。



「それじゃあ千枝、帰ろうか」



 富山から東京に来た千枝はプロダクションの寮で預かっている。小学生でひとり暮らしというのも俺には想像のつかない世界ではあるけど、

セキュリティは万全で周囲にはアイドル仲間たちが大勢いるから千枝も寂しいなんてことはなく、むしろ楽しんでいるようにも見えた。



「あの、プロデューサーさん。それなんですけど……」



「うん?」



「一緒にご飯を、食べませんか?」



「……えっ?」



「千枝、まだ帰りたくないですっ。プロデューサーさんとクリスマスをもっと楽しみたいんです」



 これだけは譲れません! と言わんばかりの強い意思が言葉と真っ直ぐに見つめる瞳から伝わる。こうなると千枝は頑固だ。



「事務所のみんなでクリスマスパーティーやるって聞いてるぞ? 俺と2人よりも、みんなでいた方が楽しいと思うけど」



「ううん、今日は特別だから……わがままを言っているのは分かっています。でも今日だけは、千枝だけのサンタさんでいて欲しいんです……」



 ギュッとコートを掴まれると千枝の想いが流れてくるような気がして。



「じゃあ、打ち上げに行こうか」



「! はいっ」



 誰もが可愛いというアイドル佐々木千枝が俺だけに見せてくれる表情。それを見るたびに、俺も意識せざるを得なくなる。



(やっぱ好きなんだな……)



 今はまだ、口に出せないハッピーエンドへ繋がる言葉。いつの日か身長差も縮んで俺のそばから離れて、この初恋が過去のものになる日がやって来るだろう。

大人に近づくにつれて知らない世界を知っていく彼女を繋ぎとめておくなんて、それこそ禁忌なのだじから。



「行こうか、千枝」



 だけど今だけは、俺も特別な日を楽しみたかった。街中で響くアメージンググレイスを免罪符にして大きな手は小さな手に重なる。



「えへへっ……」



「待ち続ける」という罰なら、いくらでも受け止めてあげるからさ。





17:30│佐々木千枝 
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