2017年05月18日

モバP「凛とご飯。略して……」渋谷凛「りんごはん?」


午後二時、うちの事務所の会議室。



打ち合わせの終了予定時刻から既に一時間が経過した。





よその事務所との合同ライブということもあって、念入りに念入りに確認作業は行われる。



「もう分かってるって」と言い出したくなる気持ちをぐっ、と堪えて背筋を伸ばす。



それと同時に、私のお腹が音を上げた。



会議室内のたくさんの目がいっせいにこっちを向く。



顔から火が出そうだ。



「あっはっは、すいません。腹減っちゃって」



そんなとき、隣で一緒に話を聞いていたプロデューサーが大きな声でそう言った。



あれ?



私、助けられた?





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491493184









私のお腹が鳴いた事件によって、みんなも空腹に気付いたのか、会議のテンポは上がり、二十分としないうちに予定していた全ての確認作業が終わった。



それはそれでどうなんだろう、と思わなくはないけれど、まぁいいか。



うちの事務所の偉い人達と一緒に、よその事務所の人達をお見送りして、私も晴れて自由の身となる。



会議室に戻ると、プロデューサーは他の社員さん達と一緒に、出していたお水やらプロジェクターやらの片付けに追われていた。



「お疲れ様。……その、ありがとね」



「ナイスアシストだっただろ?」



「まぁ……うん。でも、怒られなかった?」



「なんか、『渋谷さんに免じて、不問とする』とか言ってたよ」



「ばれちゃってたんだ……」



「あの人、耳だけはいいからなぁ」



プロデューサーが小声でそう言うと、部屋の最後方から「なんか言ったか!」と声が飛んでくる。



それみたかことか、と言いたげな表情で「だろ?」と言うプロデューサーに「ほんとだ」と返した。









「いやー、やっと片付け終わったよ」



「これだけ広い会議室だと、片付けも大変だね」



「ほんとに。ってか、凛は帰っても良かったのに」



「助けてもらったお礼。人出は多い方がいいでしょ?」



「じゃあ、お礼のお礼だ」



「え、何?」



「メシ、食いに行こうか」



「行く」



「んじゃあ、とりあえず駐車場行くかー」



「いつもの?」



「いや、俺の」



「あれ。もう帰るんだ」



「もともと休日出勤だし」



「それは、その。お疲れ様です」



「いえいえ」



そんな気の抜けたやりとりの後、二人してくすくす笑った。









「で、何食べたい?」



そういえば、決めてなかった。



お腹は空いてるけど、空いてるからこそ、これと言って食べたいものが思い浮かばない。



お肉……はさすがにこの時間からだとヘビーかなぁ。



お寿司……はちょっとなんでもない日にはねだりにくいし……。



中華って気分でもないし、かといってイタリアンって気もしない。



頭の中で色んな料理がぐるぐると回る。



「……おそば?」



出てきたものは、何故か疑問形だった。



「お。珍しいリクエストだな。また、なんで?」



「んー。なんとなく?」



「そば、いいね。行こうか」



「別に私に合わせることないよ? あくまで案だし」



「といっても、他に何も思い浮かばないしなぁ」



「プロデューサーは食べたい物とか、ないの?」



私がそう言うと、プロデューサーはさっきの私の真似をして、「んー」などと言いながら考え込むふりをする。



「……おそば?」



「プロデューサー」



「ごめん」









プロデューサーの車に揺られること、数分。



事務所の近くのおそば屋さんに到着した。



もうお昼の時間からはかなりずれていたから、お客さんもまばらだ。



お店に入って、席に通され、間もなくお冷とおしぼりが運ばれてくる。



おしぼりで手を拭いて、お冷にひとくち口をつけると、すきっ腹にきーんと染みた。



「さて、何食べる?」



「何、っておそばじゃないの?」



「そりゃそうか。温かいの? 冷たいの?」



「冷たいの」



「じゃあざるそばだ」



「うん。プロデューサーは?」



「一緒。店員さん呼ぶぞ?」



「うん」



私の返事を聞くと、プロデューサーはすぐさま厨房に向かって「すいませーん」と声を投げる。



すると厨房から、ちゃきちゃきしたおばさんが出てきたので、プロデューサーは手でぴーすして「ざるそば二つ」と言った。



「以上でよろしかったですか?」



「あ。てんぷら、食べる?」



「え。どうしよ……食べる」



「何にする?」



「えび」



「じゃあえび二つ」



「はい、かしこまりましたー」



注文をとり終えると、おばさんはまたちゃきちゃき厨房に戻って、大きな声でオーダーを伝える。



「ざるそばふたーつ!!」



プロデューサーはそれを聞いて、「あのおばちゃん元気だなぁ」とこぼした。









少しして、ざるそばと大きなえびのてんぷらを乗せたお盆がやってきた。



二つ揃うのを待って、一緒に「いただきます」をする。



ぱきん、と箸を割って、ざるのおそばをめんつゆにつけて、口元に運び、一気にすする。



おそばのいい香りがふわっと鼻をくすぐったかと思えば、つるつるーっとのどごし良く食道を駆けていく。



「おいしい」



口から出た言葉は無意識だった。



「やっぱりお腹空いてるときに食べるものは、格別だなぁ」



「ね。でも、このおそば、ほんとにおいしいよ」



「てんぷらもさくさくでおいしいぞ」



言われて、箸で大きなえびのてんぷらを掴むと、ずしっとした重量を感じた。



ちょんちょん、とめんつゆにつけて、口を開けてかぶりつく。



ひとくち、またひとくちと、かぶりつく度にさくっ、という小気味良い音と共にぷりぷりのえびを堪能した。









みるみるうちに、ざるの上のおそばはなくなり、私もプロデューサーもすごい速さで完食した。



「ふー。なんだかんだ、お腹いっぱい食べちゃったな」



「こんな時間なのにね」



「それは言いっこなし」



「それもそっか」



またしても二人して、くすくす笑い合った。



「じゃあ、そろそろ行くか」



「そうだね」



そうして、手と声を合わせて「ごちそうさまでした」をした。



お腹も胸もいっぱい。



そんな心持ちだった。







おわり





12:30│渋谷凛 
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