2014年06月20日

伊織「父の日」

・アイマスSSです。

・地の文あります。

・書き溜めてあるのですぐ終わります。



ではよろしくお願いします。





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父の日、最近殆ど意識したことの無い言葉だ。

幼少の頃は、この日になると必ず父に何かプレゼントしていたらしいが、

思い出そうとしても、海馬の中には何も残っていない。



そんな父の日前日を迎えた765プロでのことだった。



春香「そういえば明日は父の日だよね、何かお父さんにプレゼントする物とか決まった?」



伊織「父の日……?」



やよい「はいっ! うちは兄弟みんなでお父さんの似顔絵を描いて、肩たたき券をあげるんです!」



春香「わぁ、絵を描いてくれるって嬉しいだろうなぁ」



やよい「えへへ。 ……でも、お金の掛からないものを選んじゃったんですよね……」



春香「そんな事無いよ、お父さんの為に何かしてあげるってだけで、すっごく喜ぶと思うよ?」



やよい「うぅ、そうでしょうか……」



春香「うん。 だってやよいはお父さんが大好きでしょ?」



伊織「………………」

やよい「はい、いつも私たち家族の為に毎日ずーっとお仕事してくれて、そんけーしてます!」



春香「なら大丈夫、絵や肩たたき券だって、その大好きって気持ちがあれば最高のプレゼントだよ!」



やよい「春香さん……! ありがとうございますー!! うっうー!」



春香「えへへ、私は何にもしてないよ♪ ……ってあぁああぁぁあぁぁぁぁ……」



やよい「はわっ! どっ、どうしたんですか!?」



春香「父の日のプレゼント考えてるんだった……。 今のじゃ話終わっちゃうよ」



やよい「あっ、そうでした! 春香さんはまだ決めてないんですか?」



春香「うん、何も……。 伊織はどう? さっきから黙ってるけど……」



伊織「………………へっ?」



春香「父の日のプレゼント」



伊織「……わ、私は勿論セレブリティでビッグな贈り物をするわ! 決まってるでしょ」



春香「あー……、より高価な物をあげるっていう目標があったら見つけやすいだろうなぁ」

やよい「春香さんはお菓子とか作ってあげないんですか?」



春香「え?」



伊織「そうよ、あんたの取り柄なんだからケーキでも作ってやんなさいよ」



春香「……そっかぁ。 そういえば、お菓子作ってる間にお父さん仕事行くから食べてもらったこと無いや……」



伊織「なら余計良いんじゃない? いつものドジで砂糖入れすぎたりしない限りね」



春香「そうそう、この前は砂糖とお塩を……。 って伊織ぃー!」



伊織「にひひっ♪」



やよい「二人が楽しそうで、私も嬉しいかもー! ……あっ、もうお仕事に行く時間です!」



春香「あ、ホントだ。 私ももうそろそろレッスンに行かなきゃ。 伊織は?」



伊織「スケジュールの確認に来ただけだから、私は今日はオフよ」



春香「あっ、そうだったんだ。 じゃあ行ってくるね」ガチャ



やよい「伊織ちゃん。 また会いましょー!」



伊織「えぇ、精々失敗しないようにしなさいよね」



バタン



伊織「ふぅ」



二人が居なくなったのを確認して一息吐く。

別に緊張をしていたわけでは無いし、二人と居て息が詰まっていた訳でも無い。



伊織「……………………」



ただ、一つのワードが常に頭の中に引っかかり続けていた。



伊織「…………父の日、ね」



伊織「…………帰りましょう」



考え事をするには、ここはあまりにも居心地が良すぎる。

そう思い、席を立ってこれからの事を考えて肩が強張った。



・ ・ ・ ・ ・



帰りの車中。 運転する新堂を横目に見ながらポツリと言った。



伊織「……ねぇ新堂。 貴方は覚えてる?」



新堂「……いかがなさいましたでしょうか」



帰りの車の中で話しかけられる事なんて中々無い。

それを知ってか知らずか、眉を釣り上げてミラー越しに聞く新堂。



伊織「私が小さい頃、お父様に父の日に贈っていたもの」



新堂「それはもう、昨日の事のように思い出せます」



答える新堂の声色はとても嬉しそうだった。

しかしその感情が運転に影響される事は無く、揺れも感じない。

従者の鑑と言っても差し支えないだろう。

伊織「じゃあ、私が最後に贈ったものは覚えてない?」



新堂「最後…………。 確かチョコレートの詰め合わせだったかと」



伊織「え、そんな安物だったの?」



新堂「当時、伊織お嬢様の好物だった記憶があります。 恐らくそれをそのまま……」



成る程。 「自分の好きな物をあげれば相手も喜ぶだろう」、という。

安易な考えだ。 幼子だからこそ許される行為だ。



伊織「…………あまり参考にはならないわね……」



新堂「何か、旦那様にまた贈り物をなされるので?」



伊織「…………どうかしら」



新堂「必ずお喜びになりますよ」



伊織「………………どうかしら」



新堂「贈り物に迷っていらっしゃるのなら、ネクタイなどいかがで御座いましょう」

伊織「ネクタイ?」



確かにお父様はネクタイを毎日と言っていいほど首に巻いているだろう。

しかし、それがお父様の求めている物かと言われると甚だ疑問である。



新堂「はい。 数があっても困らないものですから」



伊織「……成る程ね。 当たりが解らないなら外れじゃない物をあげろ、と」



新堂「愚策で御座いますが」



伊織「……いいわ、贈りましょう。 帰ったらすぐに調達して頂戴」



新堂「かしこまりました」



伊織「ちゃんとお父様が持っていないようなのを選ぶのよ?」



新堂「心得ております」



伊織「流石ね、頼りにしてるわよ」



贈る理由は無かった。

ただ新堂に背中を押され、その気になっただけだ。



しかし知りたい事が一つだけあった。

何故私は、父の日にプレゼントする事を幼少の頃にやめたのだろうか。

その謎が知りたくて、私は新堂に話を持ちかけたのかもしれない。



・ ・ ・ ・ ・



帰宅してすぐ、私を降ろすと新堂はそのまま別の方向へと車を走らせて行った。

おそらく伝があるのだろう、良い品を持ち帰って来るに違いない。



夕食もそこそこに、自分の部屋でくつろいでいた時。

コンコンコンコンと四回ノックする音が転がってきた。



伊織「……新堂でしょ? 入って」



新堂「失礼致します。 伊織お嬢様、先ほどお話された件についてなのですが」



伊織「えぇ、良いのはあったんでしょうね?」



新堂「伊織お嬢様のお好みに沿うかまでは……。 明日の早朝までにはご用意出来そうです」



伊織「それなら良かった。 お父様のスケジュールはどうなってるのかしら」



新堂「正午からフランスに」



伊織「じゃあ全然間に合うわね。 一応モーニングコールをお願いするわ」



親指と小指を立てて耳に当てるジェスチャーをする。

それを見て新堂は朗らかに笑った。

新堂「かしこまりました。 お湯殿はいかがなさいましょう」



伊織「朝入るから今は良いわ。 ちょっと疲れたから、もう寝るわ」



新堂「左様で御座いますか。 では、私は失礼致します」



伊織「えぇ、じゃあまた明日」



音を立てる事無くドアが閉まり、この部屋に私一人になる。

疲れていたのは方便では無かったらしい。 ドッと疲労がのしかかってきた。



伊織「折角のオフだっていうのに、散々ね」



悪態を吐きながら肌着だけになり、そそくさと布団入った。

早々に船を漕ぎ始める頭で、また考え事をしていた。



伊織「……なんで……、忘れているのかしら…………」



新堂はハッキリと覚えていたのに。

何故贈った当の本人である私は覚えていないんだろう。



なにか忘れてしまうような切欠があったんだろうか。

眠い頭で記憶を漁るが、漕ぎ始めた船はそう簡単に止まらない。

流れに身を任せ、そのまま眠りに着いた。

・ ・ ・ ・ ・



起きた時、一番最初に耳にしたのはコンコンコンコン、というノックの音だった。

枕元に置いてあった携帯を開くと、6時ピッタリの時間だった。



新堂「伊織お嬢様。 新堂で御座います」



伊織「……今起きたわ、どうぞ」



新堂「失礼致します。」



扉を開けて新堂が入ってくる。

ここまではいつもと同じ、何も変わらない日常の一コマだ。

しかし、一つだけ違った。 新堂の手の上に、見慣れない物があった。



新堂「先日申し上げた、ネクタイで御座います」

新堂から長方形の包みを受け取る。

開けてみるとピンクでチェック柄のネクタイだった。

随分と趣味の悪い、と言いたいところだが、おそらく私の好きな色を意識したんだろう。



半分呆れた視線を新堂に向けると、

口元を大きく釣り上げ、「良いもので御座いましょう」と自信満々に答えられる。

肩をすくませて臭いものを扱うかのように包みの蓋を閉じた。



伊織「信用しようじゃない」



片眉を釣り上げて、半分皮肉混じりにそう言うと、

皮肉が通じているのか通じていないのか、「それは良かった」。

と、満足そうに頷いた。

・ ・ ・ ・ ・ 



コツコツコツ、コツコツコツ。

タイルの床を鳴らしながらお父様の部屋へと歩を進める。

何年ぶりだろうか、父に贈り物をするのは。



喜んで、いや、そもそも受け取ってくれるのだろうか。



コツコツコツ、コツコツコツ。

今になってそんな懸念が襲い掛かってきた。

まるで今まで浮かれていた分を取り返すかのように。



伊織「……………………」



コツ。

ついに書斎の前に来た。 お父様は今ここで読書をされているらしい。

仕事の事でも無い限り迷惑にはならないだろう。 新堂がそう言ってくれた。

伊織「……よし」



子が親にプレゼントをするだけで、何を恐れる必要がある。

意を決して書斎の扉を二度叩いた。



「………………入れ」



四度ノックしようとも、二度ノックしようとも、迎える言葉は変わらない。

言われるがままに扉を開いた。



伊織「おはよう御座います、お父様」



「何の用だ?」



伊織「えっと……。 今日は父の日ですので、日頃の感謝をと思い、プレゼントを持ってきましたの」



「………………」



差し出すと、お父様は読んでいた本を閉じて包みを受け取った。

蓋を開けても表情は何一つ変わらなかった。



伊織「是非、お父様に受け取ってもらいたくて」



「……………………」

長い沈黙。 十秒も経っていないだろうけど、とても長い静けさだった。

昔からお父様は感情を表に出す人ではなかった、それは解っている。

しかし、今の状態での沈黙は苦行である事に他ならなかった。



直にお父様が口を開いた。 だがそれは感謝では無かった。





「こんな事に時間を割くくらいなら、勉学に励んだらどうだ」





冷たい言葉だった。 氷のようにいつか溶ける冷たさではなく、鉄のような冷たさで。

確かに私の動機は、不純な物だったのかもしれない。

幼少の頃の謎を解き明かす為に、父の日というものをダシにしているような物だ。

「こんな事」と言われても仕方ないだろう。

しかし、お父様はそのことを知らない。

お父様から見れば、「私が父に向けて日頃の感謝を込めて贈り物をした」だけに過ぎない。

だと言うのに、「こんな事」と言われてしまったんだ。



伊織「………………ッッ!!」



たまらず部屋から飛び出した。

一歩でも多く、少しでも遠くあの部屋から離れたかった。

お父様のあの冷たい表情を忘れ去りたかった。



そして思い出してしまったんだ。

幼少の頃、なんでプレゼントを贈るのをやめたのか。



あの頃も、同じように突き放されてお父様に近づくのをやめたんだ。

その日の夜、お父様が夕食に参加する事は無かった。

きっと私のせいだ。 私があんなのをプレゼントしたから怒ったんだ、と。

忘れるまでその後もずっと後悔していたのを、今になって完全に思い出した。



私は今、あの頃と同じ過ちを繰り返したんだ。



なんて愚かな事をしてしまったんだ。

そう自分を責める頃には、自室まで戻ってきていた。

堪えても出てきそうになる涙を誤魔化すために、ベッドに顔を埋めて。

伊織「……………………最悪」



振り絞って出した言葉がそれだった。

それ以降は、ただただ音も無くさめざめと泣いた。

落ち着く頃には、シーツも私の顔も涙でくしゃくしゃになっていた。



壁に掛かった時計を見ると、もう正午に指しかかろうとしていた。



新堂「伊織お嬢様」



程なくして、新堂が何故か柔らかい表情で訪れた。



伊織「…………何? この顔を笑いに来たの?」



新堂「滅相も御座いません。 ただ、旦那様の事について」



伊織「やめて、今一番聞きたくない話だわ」



耳を塞いで窓際に行く。

少しでもその話題から離れたいが為の行動なのかもしれない。

新堂「旦那様はとても喜んでおられますよ」



伊織「…………嘘よ。 嘘に決まってる」



閉じられたカーテンを感情のままに握り締める。

力のままに揺れるカーテンの隙間から光が漏れ出す。



それと同時に、人影が見えた。



新堂「嘘であるはずがありません。 その証拠に」



新堂が近づいてきて、カーテンをゆっくりと開く。

すると門の前に見送りをする従者達と、お父様が居た。

黒いスーツを身に纏い。 墨染めの黒髪はオールバックで固めている。





そして、首から胸を掛けて装飾するのは、ピンク色でチェックのネクタイ。

伊織「え…………、なんで」



新堂「私は申し上げましたよ。 旦那様はとても喜んでおられると」



伊織「え、だって…………、さっきあんなに」



思い出されるのは辛らつな言葉と冷たい表情。

喜んでいるとは、到底思うことは出来ない。



新堂「書斎で旦那様に何と仰られたのかは解りかねます。 ですが……」



伊織「………………?」



新堂「旦那様はあの時も、一人で全部のチョコレートを平らげてしまったのですよ」



衝撃だった。 新堂の言う事でも信じられない。

ただの私を慰める為の言葉なのではないかと疑ってしまう。

新堂「あの日はそれが理由で、夕食にもご参加されずに……」



伊織「え……!? って事は、チョコレートの食べすぎで夕食に来れなかったの……!?」



新堂「そのように記憶しております。 伊織お嬢様の事を思っての旦那様の行動です」



あの時に夕食に参加していなかったのは、私のあげたチョコレートが原因らしい。

それが本当なら、今お父様が着けているネクタイも、紛れも無く私のあげた物なんだ。



新堂「…………どうされますか、伊織お嬢様」



伊織「……どうするって……」



新堂「私は、旦那様の車を運転させてもらっている身です。 つまり、私が行かない限り旦那様は出発出来ません」



新堂はとても意地悪で、まるで少年のような瞳で笑った。

釣られるように私も、笑みを取り戻した。

伊織「…………行ってくる!! 有難う、新堂!」



新堂に感謝を述べるよりも早く駆け出す。

名前を呼ぶ頃には部屋から飛び出していた。



今日だけで家の中を二回も走ってしまう。

そもそも走った事なんて小さい頃以外に無かっただろう。

すれ違う召使い達も、驚いた表情で道を開ける。



一人一人に謝罪も言う事すらままならなくて。

今やりたい事をまず遂行すべきだと足に力を入れる。



一言だけで。 一言だけで良い。 言いたい事がある。

玄関を扉を開いて、一直線にお父様に向かって。



今まで貴方の優しさを知らなくて「ごめんなさい」と。

あの頃の「ありがとう」と、今の「ありがとう」を。



最高の親愛を込めて、言いたい。 













おしまい





08:30│水瀬伊織 
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