2013年11月05日
P「READY to CHANGE」
あれから、俺は見事に風邪を引いて再び律子に任せっきりになってしまった。
風邪から復帰して俺は事務所ではなく
風邪から復帰して俺は事務所ではなく
公園に向かっていた。
あの公園に。
公園にはやはり綺麗な歌声が響いていた。
「やあ」
「……765プロの」
「少し、聞いていてもいいかな?」
「どうぞ」
如月さんは俺のことなど構うことなく歌い始める。
少しだけ吹っ切れたみたいだな。
「私……もう迷わないことにしました」
「いつまでも……うじうじしてはいられないです」
「そうか。如月さんがそれでいいなら」
「それで……その」
「ん?」
「765プロって……どういう所なのか教えていただけませんか?」
「ああ、もちろんいいよ。
そうだな、今いるみんなに会ってみるのが一番はやいよ」
「分かりました。ありがとうございます。
今日はレッスンの前は少し空いてるので伺っても構いませんか?」
「大丈夫だよ」
そう、何も心配することなんてない。
きっとみんな歓迎してくれるはず。
「そうか。如月さんがそれでいいなら」
「それで……その」
「ん?」
「765プロって……どういう所なのか教えていただけませんか?」
「ああ、もちろんいいよ。
そうだな、今いるみんなに会ってみるのが一番はやいよ」
「分かりました。ありがとうございます。
今日はレッスンの前は少し空いてるので伺っても構いませんか?」
「大丈夫だよ」
そう、何も心配することなんてない。
きっとみんな歓迎してくれるはず。
「あの……私のことは千早って呼んでください」
「苗字はあまり……」
「そっか、わかった」
きっと苗字を聞くと親のことを思い出してしまって
少しだけ気分が下がるのかもしれない。
それならまあ仕方ないのだろうけれど。
でもいつかはきちんとその両親のことも
ハッキリさせておかないといけないのかもしれない。
たぶんそれが一番彼女のためにもなるんだろう。
「おはようございます」
「おはようございまってまた攫ってきたんですか!?」
「違いますよ。人聞きの悪いこといわないでくださいって」
「えっと……千早ちゃんでしたっけ?」
「は、はい」
「こんにちは。私、ここで事務員をやっている音無小鳥といいます。
この前はろくに挨拶もできなくてごめんなさい」
「い、いえ、こちらこそ……」
「ふふ、じゃあよろしくね」
そういって小鳥さんは手を差し出すが、
「あー、その……なんですかね。小鳥さん。
千早はまだ別に765プロには入るわけではなくて一応見学なんです」
「えぇ!? そうなんですか!?
じゃ、じゃあゆっくりしていってくださいね」
「もうすぐみんな来ると思いますから」
「ありがとうございます……」
そう言って千早はソファに座り俺はまた千早にコーヒーを淹れて渡してやる。
「冷たいお茶とかのほうが良かったかな?」
「いえ、コーヒーで結構です」
そう言って一口コーヒーを飲んでカップをテーブルに置いた。
今度は俺の淹れたコーヒーも飲んでくれた。
「どうかな? 改めて来てみて」
「そうですね……まだなんとも分かりません」
まあそうだよな。
俺はわざと千早の前で書類の整理など
デスク以外でもできる仕事を始める。
せっかく来てくれているのだし、
俺が向こうのデスクに座って放置するのは可哀想だろうし。
千早はゆっくり辺りを観察するように眺める。
「あ、そうだ……これ」
と行って鞄からタオルを取り出した。
事務所に来た時に貸したタオルだ。
「ああ……そういえば。
小鳥さんこれ、小鳥さんのでしたよね?」
千早からタオルを受け取って広げて見せる。
「ああ〜、それ懐かしいですね。
何回目の奴ですか?」
「1stLIVEですよこれ」
「ええっ、じゃあ結構レアものかもしれない……」
「げっ、そうなんですか……」
小鳥さんがそんなことを言うもんだから千早は申し訳なさそうにする。
その様子を見てすぐに小鳥さんはフォローする。
「ああ、でも大丈夫よ! もういらないものだったし
千早ちゃんが風邪引かなかっただけ大丈夫だから」
そういえば、あんなびっしょり濡れていたけど下着だけは
濡れたものをずっとつけていたのだろうか……。
「……あの、なんですか?」
「えっ!? あ、いや、ごめん」
身体を無意識に見ていたのがバレたか?
やばいな俺は。
「いや、その……、ちゃんと食べてる?
なんというか細すぎやしないか?」
「プロデューサーさん……それセクハラですよ」
「えっ!? あ、いや、すまん千早。忘れてくれ」
小鳥さんに横から口を出される。
するとちょうどそこに律子が入ってきた。
「はあぁ……もう、どうしてあんなになるまで放っておいたんですか」
俺は自分があの雨の日にびしょ濡れになった千早のことを言われたのかと思い
ビクッと反応してしまう。
律子は鼻から下をマスクで覆い、頭巾をかぶり、
見た目はコント番組で出てくるような強盗のようだった。
しかし、埃をはたく、あのパタパタした奴、すごい似合ってるよ。
絶対言わないけど。
「あれ? おはようございますプロデューサー」
「律子か……? おはよう。ああ、この子が前に言っていた如月千早さんだ」
「こんにちは」
「こんにちは、よろしくね如月さん」
そういって律子は気持ちのいい笑顔で答えてから
ソファの俺の横に座る。千早は律子の姿に若干引いていた。
というよりも怯えているかのようだった。
「で、何やってたんだ?」
「奥の資料室でこれまでの小鳥さんが参加したオーディション、
フェス、テレビ番組のデータの確認にいったらもう汚くて……」
「これから春香と伊織が参加するかもしれない
オーディションのことを考えるとやはり過去のデータも必要かと思いまして」
「それで資料室の整理を?」
「違いますよ。資料自体は丁寧にファイリングされていて
割とすんなり見つかったんですけど、もう埃っぽくてしょうがないんですよ」
「だから掃除してたんです」
それで口元を覆っていたのか。
何にしても事務所の掃除をしてくれるのは実にありがたいことだ。
それから律子は千早の方を見て
「そう、この子があのプロデューサーがずぶ濡れで来た時のね」
「車で迎えにやっと来たってのに降りてきたらずぶ濡れで
車の天井に穴でも空いたのかと思いまいたよ」
「イヤイヤ……そんな訳ないだろうに」
「まあ、それもこの子を助けてたっていうんなら
……プロデューサーのことは責められないですね、私は」
千早はそのことはどういうことなのか分かってはいなかったが、
律子はやはり俺にかなりの恩を感じているらしい。
自分の失った夢に対して
その夢に最も親しい所に居場所をくれた。
「あ、そうそう、如月さん」
と律子が甲斐甲斐しく話しかけた所で
俺は
「彼女のことは千早って呼んでやってくれ」
「年配の俺や先輩の律子がそう呼んでいたら春香たちも
親しみやすくなるだろうし」
「分かりました。千早も……それで構わないわね?」
千早は小さく、だけどしっかりと頷いた。
「そう、それで千早はプロデューサーが顔に怪我していたのを見た?」
「え、ええ。確かに顔には大きな絆創膏してましたし、
今も若干残ってますよね?」
そこから律子は自分が千早と同じように俺によって助けられた話を始めた。
もっともそれは俺がカッコいい話という訳でもなく
千早を笑わそうと面白おかしく話したのだった。
おかで千早の中できっと俺は大事な所は
決められないちょっと残念な人みたいになっているかもしれない。
千早も律子の話からようやく少しずつ笑うようになっていった。
その笑顔は今までの顔よりもずっと可愛かった。
「おはようございます、あ、プロデューサーさんもう身体は大丈夫なんですか?」
「ん? 春香か。おはよう。もう平気だよ」
「無理しすぎなんですよプロデューサーさんはいつもいつも。
あとから聞かされる身にもなってくださいよ」
「すまんないつも」
「もう……。えっと……もしかして如月千早ちゃん?」
春香はソファに座って戸惑っている千早を
すぐに如月千早だと見ぬいてしまった。
「えっと、うん……」
「本当!? 私、天海春香。私ね、ずっと千早ちゃんと話したいと思ってたの!」
「そ、そうなの? ありがとう。
実は私も……あのスタジオでよくあなたが踊ってる所や唄ってる所見てたの」
そうなのか。これは予想外だった。
あとから聞けば春香は千早がスタジオにいてレッスンをしていれば
その外から見てよく眺めていたそうだが、まさか逆もそうだったとは。
「えぇ!? ほ、本当!? な、なんか恥ずかしいな。
私転んでばっかりだったから」
「ううん、あそこまでできるのは本当にすごいと思う」
この分ならこの二人は問題ないかもな。
「あ、もし良かったら転ぶ時のコツ教えてあげよっか?」
嬉しそうに言ってる所悪いが、それ言ってて恥ずかしくないのかお前……。
そのあと、二人の話題は行ったり来たりしながらも、、
千早と春香はお互いを褒めあっていて早くも意気投合した様子だった。
この調子だと伊織もすんなり……なんてことにはならないか?
まあそんなことは伊織が来てから考えればいいか。
千早は春香とその会話に参加する律子に囲まれて
彼女たちの一方的とも言えるような質問に答え、
時には聞き、そして二人の漫談のようなやり取りに
少しだけ笑顔を見せるのだった。
「あ、あのプロデューサー、私聞きたいことが」
「ん? どうした千早」
「レッスンはどれくらいやっているのですか?
最近はすごいよく見るので……」
「レッスン? そうだな。オーディションのない日は週に3回はいれたいと……」
「週に3回!?」
千早は珍しく大きな声を出して立ち上がる。
な、なんだ!?
「どうした? もしかして多かったか?」
千早のあの綺麗な歌声だもんな。
週に何度もやらなくてもいいということか?
いや、それとも単純に普段の生活が忙しいということか?
「違います。もっとやるべきです。少なくとも週5はやるべきです」
「えっ!?」
俺よりも先に春香が驚いていた。
そして週5で行われるみっちりしたレッスンを想像したのか
段々顔が青ざめていくのだった。
それは千早のキツそうなレッスン風景を
よく見ていた春香だからこそのリアクションだった。
「週5はさすがに厳しいよ。
ダンスレッスンも含まれてるし体力面も厳しくなって」
「でしたらランニングを取り入れましょう」
「濡れマスクとかして酸素補給が困難な状況で
運動をすれば自然と肺活量も増えていきますし」
「ちょ、待て待て! 確かにライブでは体力はかなり必要だし
みんなそれぞれにやっているんだよ。なあ?」
やっていて欲しい。確かにランニングなどで体力持久力を
身に付けるのは非常に重要なことだし、
ライブでは何曲も歌うことになるだろう。
そこで体力が続かないんじゃ話にならない。
と思ったのだが。
俺のその発言を受けて顔を逸らしているアイドルが一名。
「おい」
「……」
「おい春香おい」
「な、なんでしょう」
「確か、ランニングくらいはしとけって言わなかったっけ?
そんで君、『もう、それくらいしてますよーのワの』って言わなかったっけ」
「人違いですよ、それはきっと伊織だと……」
「いや、伊織は『そんなのしなくたって余裕よ。誰だと思ってるの?』
って言ってたぞ」
「……」
はあ。
まさかやってないとは。
千早はボイスレッスンを重点的にいつもやっているらしかった。
その千早が全く平気な顔しているのにも関わらず
いつも春香と伊織がクッタクタになって帰りの車で爆睡するのは
レッスンが厳しいからではなく単純にこいつらの体力がないせいか……。
頭が痛くなってきた。
「おはよう。あら? どなた?」
タイミングよく伊織が事務所に入ってきた。
これは千早と伊織が仲良くやっていけるか、
なんて考える以前の問題が出てきてしまったぞ。
「伊織」
「な、何よ怖い顔してどうしたのよ」
「伊織さんさあ、ランニングってしてる?」
「ら、ランニング? それくらい知ってるわよ」
「違うよそうじゃないよ」
とぼけるのはやめるんだ。ネタはあがってるんだよ。
「やっていますか? 普段、日常的にランニングを行なっていますか?」
「は? なんでよ。必要ないわよ」
千早が会ったばかりの伊織にジト目を向けている。
俺は頭を抱える。
春香はホッとする。仲間ができたーって喜んでんじゃないよ、全く……。
「だーーーーーっっ! お前ら、緊急レッスンだ!
今すぐ着替えて来い!」
「なんでよ。今来たばかりなのにちょっとはゆっくりしても」
「フタリトモ ハヤク キガエテコイ」
「「 は、はい! 」」
春香と伊織はどたばたと事務所の奥の部屋へ消えていく。
唖然としている千早に俺は
「千早、良かったら付き合ってくれないか?
それか指導する側でもいいんだが」
「あ、えっと……そうですね。
私も一緒に走りますよ」
……走る、なんてことは言ってないんだが。
どうして分かったんだ。
いや、まあ、普通に分かるか。この流れで。
「プロデューサーも着替えなくていいんですか?」
「え?」
「一緒に走るんじゃないんですか?」
律子が、当然のように聞いてきた。
ん? あれ? おかしいな。この流れは……まさか。
「いやだってジャージとかないし」
「そんなこともあろうかと
この前の雨の風邪ひき事件以来、
プロデューサー用にもしもの時のために
ジャージ用意しときました!」
「でかしたよ律子。ああ、本当にな……」
律子の眼鏡がキランと嫌らしく光る。
なんか恨みでもあるのかと疑いたくなる。
まさか俺まで走る羽目になるとは……。
「まあ、俺が走るんだったらもちろん律子も……だよな?」
「へっ? あ、当たり前じゃないですか……あははは」
律子の笑顔は引き攣っていた。
よし、こうなったら
「はい、小鳥さんはこれ持って自転車です」
「メガホンっ!? 私も行くんですか!?」
「小鳥さんが一番後ろで後方の子を追う形にしてください」
「で、でも仕事が……」
「社長にも手伝わせてあとで4人でやりましょう」
「えぇぇぇえ」
……というわけで。
とある河川敷にジャージ姿の俺と律子、
春香、伊織、千早、
そしてその後ろにメガホン装備し自転車に跨った小鳥さんがいた。
軽く準備運動をしてから。
「よし、行くか」
「「「はい!」」」
こうして俺を先頭に走りだした。
ちなみに事務所からここまでは割りと距離があるが、
街の中をこんな大所帯で走るのは迷惑なので普通に歩いてきた。
この日は本当は春香と伊織と千早で初の合同レッスンを
いつものスタジオでやろうとしていたのだが、
そのためにこういう事情になったことを電話でルーキートレーナーさんに話した所、
「あ、それいいですね。私も参加します!
怪我とかした時の対処もできますし」
ということで急遽来てもらった。
先頭を俺、その隣に律子。
その後ろに千早、トレーナーさん。
後ろに春香、伊織。
最後に小鳥さんが自転車漕いでいる。
「765プロー! ファイッ!」
「オーッ」
「ファイッ」
「オーッ」
「伊織ぃ! 声が小さい!」
「は、恥ずかしいんだからやめてよ!!」
こんな景気で走ること5分後。
「あぁっぁああ゙あ゙ーーッ! あ、足つったぁァ……!!」
どれだけ運動不足だったのかは計り知れないが、
今は足攣った痛みはもちろんそうなんだが、
みんなの視線の方が痛い……。
「ちょ、ちょっと、ハァ、プロデューサーさん大丈夫ですか? ハァ」
みんなが足踏みしながら俺の周りを囲む。
顔をあげてみんなを見ると春香とトレーナーさんは結構心配そうにしてくれていたが、
律子は半笑いでいたし、千早がゴミを見るような目で見ていた。
「ゼェ、ハァ、ま、……ハァ、まだ走る゙の? ハァッ」
伊織は今にも死にそうな顔していてもうアイドルと呼ぶよりかは
妖怪とかって言った方が早いんじゃないかというくらいにもう色々残念だった。
人のこと言えないけどまだ5分だぞ。
という訳で……。
面目次第もございません。
10分後。
俺は小鳥さんの漕ぐ自転車の後ろに乗っけてもらうことになった。
「伊織ー、ほら、頑張れーー!
あの橋までだから! あの橋まで!」
伊織は後ろに乗っけてもらっている俺を見て
疲れた演技をして「もう、しょうがないわね」って乗せてもらおうと
必死で演技している最中だった。
「も、もうだめ……の、乗せて……」
と嘘をついていたがその度に小鳥さんに
「それくらいの嘘を考えれるくらいならばまだ大丈夫だから頑張りなさい。
そんなんじゃ誰も見返せないんだからね」
と激励されていた。
その度に伊織が俺のことをすごい睨んできた。
目で「あとで覚えときなさいよ」と言っている。怖い。
先頭は変わって千早とトレーナーさんが雑談をしながら悠々と走っている。
なんだその体力……おかしいんじゃないのか。
先頭だった律子はペースダウンし、春香と並んで走っている。
この二人も中々のマイペースに走っている。
春香はさすがに伊織よりも断然にレッスンの回数が重なっているだけあって
体力はまあまあのようだ。
律子は元々の経験もあったのでまだ体力が落ちてなくてもおかしくはないか。
問題なのはこのヘロヘロになって今にもぶっ倒れそうなお嬢様だ。
見てて本当に倒れそうだから助けてやりたくなるのだが
小鳥さんに聞くと
「だめです。あれはまだ演技が若干入ってます……。
伊織ちゃんはあと3回ほど進化を残していますよ」
どこのフリーザ様なんだ。
とか言っているうちに3分置きくらいに伊織の走り方は変わっていった。
最終的に涙をぼろぼろこぼしながら走っていた。
俺はその伊織にもらい泣きし、
「伊織! 負けるなぁ! 頑張れー!」
と絶叫。
一方小鳥さんは……
俺を乗せたせいで自転車の重量が上がり且つ
ヘロヘロになりながらもなんとか走る伊織の後ろを
ものすごい低速で走るために予想以上にバランスと体力を使って
こっちもバテバテだった。
自転車をすごいゆっくり漕ぐのは難しい。
バランス取りづらいし、後ろに人が乗っかってるならなおさら。
そして。伊織と約束した橋の手前では
春香、律子、千早、トレーナーさん、そして新堂さん率いる水瀬に仕える人々。
メイドからコックまで何から何までいた。
誰が呼んだのかは分からなかったが、
後で春香に聞いたら春香達が橋に到着する時にはすでにいたそうだ。
本当に謎だ。
「お嬢様ぁぁーーーっ!」
「伊織お嬢様ぁぁーーっ」
新堂さんは号泣して立っていなかった。
俺の脳内には何故かちょっと前から『サライ』と『負けないで』が流れていた。
「伊織〜〜!」
「ほら、伊織! 頑張りなさい!あとちょっとだから!」
春香と律子が大きく手を振って応援している。
誰かこっちの小鳥さんも応援してあげて欲しい。
そして……。
「ゴーーーーール!」
「やったね伊織!」
「よく頑張ったわね!」
新堂さんから酸素ボンベを受け取り
酸素吸いながら春香と律子に囲まれてぼろぼろ泣く伊織。
釣られて春香も泣きだし、律子も涙目になる。
「ハァッ、ヒィ、あ、足が……も、もう、ハァッ、パンパンで……」
そう言いながら
ガシャン、と音を立てて自転車を乗り捨ててその場に座り込む小鳥さん。
そんな風に乱暴に座り込んだら
事務の制服のままで来たせいで
パンツ見えてますからやめてください。
しかし、この疲労感の中、
俺達にはまだまだ試練が襲いかかるのだった。
春香は泣きながら伊織に言ったこの一言で。
「これで私達も頑張ってトップアイドル目指せるよね!」
一体、どういう感情の高まり方をしたら
このランニング一回でそこまで行けるようになると思えたのだろうか。
春香はそんなことを伊織を抱きしめ、頭を撫でながら言った。
「アイドル……?」
明らかな嫌悪感、そして厳しい口調。
千早は春香のその一言を聞き逃さなかった。
「アイドルってどういうことですか?」
鋭く睨みつけてくる千早に俺は動揺した。
「え? 765プロはアイドル事務所だ……ぞ」
「私、アイドルには興味ありません」
な、なんだって?
興味ない? まさか彼女がボイスレッスンばかりやっていたのは……。
重点を置いていた訳なんかじゃなかった?
「すみません。今日の話や昨日の話は全部忘れてください」
そう言って千早は頭を下げ、去っていった。
ツカツカと歩き去る千早に一同は唖然とし、
先ほどまでのムードは一転し、凍り付いていた。
「ま、待ってくれ千早、痛ぇあッ!?」
わ、忘れていた……足、攣ってたんだった……。
ここは走って追いかけるべきなのに!
追いかけれない! 走れない!
だめだ、今彼女をここで逃したら……。
絶対にだめだ。
小鳥さんは……だめか。(パンツ見えてるし)
伊織はもちろんだめだし、トレーナーさんや
伊織の応援にきた水瀬家に仕える人に頼むは筋違いもいいところだし
関係ない人を巻き込む訳にはいかない。
「は、春香、律子。お、追いかけくれぇ……」
「はい!」
「わかりました!」
こうして俺はまたしても決める所で決めることができず、
またしても、何時の日かと同じように千早を逃してしまうのだった。
あれから数日。
春香と律子は千早を見つけることはできなかった。
千早の荷物なんかは事前に駅前のロッカーに預けてたために
事務所総出のランニングで空けた事務所に戻ってくることはなかった。
だからこそ千早は足早にどこかに去ってしまっていた。
住所は知っているものの、
そこに押しかけていくほど俺にはその勇気はなかった。
俺は千早には春香達と一緒にステージに立って欲しい。
みんなで歌って欲しい……。そのためには何が必要なんだ。
如月千早を二度も逃しておいて、逃したからこそ、
俺はあの子は765プロに入るべき人材だと確信した。
お疲れ様でした。
毎度毎度更新が遅くてすみません。
就活が終わらなくて書いてる場合じゃないんです。
駄文等、大変申し訳ございません。
あの公園に。
公園にはやはり綺麗な歌声が響いていた。
「やあ」
「……765プロの」
「少し、聞いていてもいいかな?」
「どうぞ」
如月さんは俺のことなど構うことなく歌い始める。
少しだけ吹っ切れたみたいだな。
「私……もう迷わないことにしました」
「いつまでも……うじうじしてはいられないです」
「そうか。如月さんがそれでいいなら」
「それで……その」
「ん?」
「765プロって……どういう所なのか教えていただけませんか?」
「ああ、もちろんいいよ。
そうだな、今いるみんなに会ってみるのが一番はやいよ」
「分かりました。ありがとうございます。
今日はレッスンの前は少し空いてるので伺っても構いませんか?」
「大丈夫だよ」
そう、何も心配することなんてない。
きっとみんな歓迎してくれるはず。
「そうか。如月さんがそれでいいなら」
「それで……その」
「ん?」
「765プロって……どういう所なのか教えていただけませんか?」
「ああ、もちろんいいよ。
そうだな、今いるみんなに会ってみるのが一番はやいよ」
「分かりました。ありがとうございます。
今日はレッスンの前は少し空いてるので伺っても構いませんか?」
「大丈夫だよ」
そう、何も心配することなんてない。
きっとみんな歓迎してくれるはず。
「あの……私のことは千早って呼んでください」
「苗字はあまり……」
「そっか、わかった」
きっと苗字を聞くと親のことを思い出してしまって
少しだけ気分が下がるのかもしれない。
それならまあ仕方ないのだろうけれど。
でもいつかはきちんとその両親のことも
ハッキリさせておかないといけないのかもしれない。
たぶんそれが一番彼女のためにもなるんだろう。
「おはようございます」
「おはようございまってまた攫ってきたんですか!?」
「違いますよ。人聞きの悪いこといわないでくださいって」
「えっと……千早ちゃんでしたっけ?」
「は、はい」
「こんにちは。私、ここで事務員をやっている音無小鳥といいます。
この前はろくに挨拶もできなくてごめんなさい」
「い、いえ、こちらこそ……」
「ふふ、じゃあよろしくね」
そういって小鳥さんは手を差し出すが、
「あー、その……なんですかね。小鳥さん。
千早はまだ別に765プロには入るわけではなくて一応見学なんです」
「えぇ!? そうなんですか!?
じゃ、じゃあゆっくりしていってくださいね」
「もうすぐみんな来ると思いますから」
「ありがとうございます……」
そう言って千早はソファに座り俺はまた千早にコーヒーを淹れて渡してやる。
「冷たいお茶とかのほうが良かったかな?」
「いえ、コーヒーで結構です」
そう言って一口コーヒーを飲んでカップをテーブルに置いた。
今度は俺の淹れたコーヒーも飲んでくれた。
「どうかな? 改めて来てみて」
「そうですね……まだなんとも分かりません」
まあそうだよな。
俺はわざと千早の前で書類の整理など
デスク以外でもできる仕事を始める。
せっかく来てくれているのだし、
俺が向こうのデスクに座って放置するのは可哀想だろうし。
千早はゆっくり辺りを観察するように眺める。
「あ、そうだ……これ」
と行って鞄からタオルを取り出した。
事務所に来た時に貸したタオルだ。
「ああ……そういえば。
小鳥さんこれ、小鳥さんのでしたよね?」
千早からタオルを受け取って広げて見せる。
「ああ〜、それ懐かしいですね。
何回目の奴ですか?」
「1stLIVEですよこれ」
「ええっ、じゃあ結構レアものかもしれない……」
「げっ、そうなんですか……」
小鳥さんがそんなことを言うもんだから千早は申し訳なさそうにする。
その様子を見てすぐに小鳥さんはフォローする。
「ああ、でも大丈夫よ! もういらないものだったし
千早ちゃんが風邪引かなかっただけ大丈夫だから」
そういえば、あんなびっしょり濡れていたけど下着だけは
濡れたものをずっとつけていたのだろうか……。
「……あの、なんですか?」
「えっ!? あ、いや、ごめん」
身体を無意識に見ていたのがバレたか?
やばいな俺は。
「いや、その……、ちゃんと食べてる?
なんというか細すぎやしないか?」
「プロデューサーさん……それセクハラですよ」
「えっ!? あ、いや、すまん千早。忘れてくれ」
小鳥さんに横から口を出される。
するとちょうどそこに律子が入ってきた。
「はあぁ……もう、どうしてあんなになるまで放っておいたんですか」
俺は自分があの雨の日にびしょ濡れになった千早のことを言われたのかと思い
ビクッと反応してしまう。
律子は鼻から下をマスクで覆い、頭巾をかぶり、
見た目はコント番組で出てくるような強盗のようだった。
しかし、埃をはたく、あのパタパタした奴、すごい似合ってるよ。
絶対言わないけど。
「あれ? おはようございますプロデューサー」
「律子か……? おはよう。ああ、この子が前に言っていた如月千早さんだ」
「こんにちは」
「こんにちは、よろしくね如月さん」
そういって律子は気持ちのいい笑顔で答えてから
ソファの俺の横に座る。千早は律子の姿に若干引いていた。
というよりも怯えているかのようだった。
「で、何やってたんだ?」
「奥の資料室でこれまでの小鳥さんが参加したオーディション、
フェス、テレビ番組のデータの確認にいったらもう汚くて……」
「これから春香と伊織が参加するかもしれない
オーディションのことを考えるとやはり過去のデータも必要かと思いまして」
「それで資料室の整理を?」
「違いますよ。資料自体は丁寧にファイリングされていて
割とすんなり見つかったんですけど、もう埃っぽくてしょうがないんですよ」
「だから掃除してたんです」
それで口元を覆っていたのか。
何にしても事務所の掃除をしてくれるのは実にありがたいことだ。
それから律子は千早の方を見て
「そう、この子があのプロデューサーがずぶ濡れで来た時のね」
「車で迎えにやっと来たってのに降りてきたらずぶ濡れで
車の天井に穴でも空いたのかと思いまいたよ」
「イヤイヤ……そんな訳ないだろうに」
「まあ、それもこの子を助けてたっていうんなら
……プロデューサーのことは責められないですね、私は」
千早はそのことはどういうことなのか分かってはいなかったが、
律子はやはり俺にかなりの恩を感じているらしい。
自分の失った夢に対して
その夢に最も親しい所に居場所をくれた。
「あ、そうそう、如月さん」
と律子が甲斐甲斐しく話しかけた所で
俺は
「彼女のことは千早って呼んでやってくれ」
「年配の俺や先輩の律子がそう呼んでいたら春香たちも
親しみやすくなるだろうし」
「分かりました。千早も……それで構わないわね?」
千早は小さく、だけどしっかりと頷いた。
「そう、それで千早はプロデューサーが顔に怪我していたのを見た?」
「え、ええ。確かに顔には大きな絆創膏してましたし、
今も若干残ってますよね?」
そこから律子は自分が千早と同じように俺によって助けられた話を始めた。
もっともそれは俺がカッコいい話という訳でもなく
千早を笑わそうと面白おかしく話したのだった。
おかで千早の中できっと俺は大事な所は
決められないちょっと残念な人みたいになっているかもしれない。
千早も律子の話からようやく少しずつ笑うようになっていった。
その笑顔は今までの顔よりもずっと可愛かった。
「おはようございます、あ、プロデューサーさんもう身体は大丈夫なんですか?」
「ん? 春香か。おはよう。もう平気だよ」
「無理しすぎなんですよプロデューサーさんはいつもいつも。
あとから聞かされる身にもなってくださいよ」
「すまんないつも」
「もう……。えっと……もしかして如月千早ちゃん?」
春香はソファに座って戸惑っている千早を
すぐに如月千早だと見ぬいてしまった。
「えっと、うん……」
「本当!? 私、天海春香。私ね、ずっと千早ちゃんと話したいと思ってたの!」
「そ、そうなの? ありがとう。
実は私も……あのスタジオでよくあなたが踊ってる所や唄ってる所見てたの」
そうなのか。これは予想外だった。
あとから聞けば春香は千早がスタジオにいてレッスンをしていれば
その外から見てよく眺めていたそうだが、まさか逆もそうだったとは。
「えぇ!? ほ、本当!? な、なんか恥ずかしいな。
私転んでばっかりだったから」
「ううん、あそこまでできるのは本当にすごいと思う」
この分ならこの二人は問題ないかもな。
「あ、もし良かったら転ぶ時のコツ教えてあげよっか?」
嬉しそうに言ってる所悪いが、それ言ってて恥ずかしくないのかお前……。
そのあと、二人の話題は行ったり来たりしながらも、、
千早と春香はお互いを褒めあっていて早くも意気投合した様子だった。
この調子だと伊織もすんなり……なんてことにはならないか?
まあそんなことは伊織が来てから考えればいいか。
千早は春香とその会話に参加する律子に囲まれて
彼女たちの一方的とも言えるような質問に答え、
時には聞き、そして二人の漫談のようなやり取りに
少しだけ笑顔を見せるのだった。
「あ、あのプロデューサー、私聞きたいことが」
「ん? どうした千早」
「レッスンはどれくらいやっているのですか?
最近はすごいよく見るので……」
「レッスン? そうだな。オーディションのない日は週に3回はいれたいと……」
「週に3回!?」
千早は珍しく大きな声を出して立ち上がる。
な、なんだ!?
「どうした? もしかして多かったか?」
千早のあの綺麗な歌声だもんな。
週に何度もやらなくてもいいということか?
いや、それとも単純に普段の生活が忙しいということか?
「違います。もっとやるべきです。少なくとも週5はやるべきです」
「えっ!?」
俺よりも先に春香が驚いていた。
そして週5で行われるみっちりしたレッスンを想像したのか
段々顔が青ざめていくのだった。
それは千早のキツそうなレッスン風景を
よく見ていた春香だからこそのリアクションだった。
「週5はさすがに厳しいよ。
ダンスレッスンも含まれてるし体力面も厳しくなって」
「でしたらランニングを取り入れましょう」
「濡れマスクとかして酸素補給が困難な状況で
運動をすれば自然と肺活量も増えていきますし」
「ちょ、待て待て! 確かにライブでは体力はかなり必要だし
みんなそれぞれにやっているんだよ。なあ?」
やっていて欲しい。確かにランニングなどで体力持久力を
身に付けるのは非常に重要なことだし、
ライブでは何曲も歌うことになるだろう。
そこで体力が続かないんじゃ話にならない。
と思ったのだが。
俺のその発言を受けて顔を逸らしているアイドルが一名。
「おい」
「……」
「おい春香おい」
「な、なんでしょう」
「確か、ランニングくらいはしとけって言わなかったっけ?
そんで君、『もう、それくらいしてますよーのワの』って言わなかったっけ」
「人違いですよ、それはきっと伊織だと……」
「いや、伊織は『そんなのしなくたって余裕よ。誰だと思ってるの?』
って言ってたぞ」
「……」
はあ。
まさかやってないとは。
千早はボイスレッスンを重点的にいつもやっているらしかった。
その千早が全く平気な顔しているのにも関わらず
いつも春香と伊織がクッタクタになって帰りの車で爆睡するのは
レッスンが厳しいからではなく単純にこいつらの体力がないせいか……。
頭が痛くなってきた。
「おはよう。あら? どなた?」
タイミングよく伊織が事務所に入ってきた。
これは千早と伊織が仲良くやっていけるか、
なんて考える以前の問題が出てきてしまったぞ。
「伊織」
「な、何よ怖い顔してどうしたのよ」
「伊織さんさあ、ランニングってしてる?」
「ら、ランニング? それくらい知ってるわよ」
「違うよそうじゃないよ」
とぼけるのはやめるんだ。ネタはあがってるんだよ。
「やっていますか? 普段、日常的にランニングを行なっていますか?」
「は? なんでよ。必要ないわよ」
千早が会ったばかりの伊織にジト目を向けている。
俺は頭を抱える。
春香はホッとする。仲間ができたーって喜んでんじゃないよ、全く……。
「だーーーーーっっ! お前ら、緊急レッスンだ!
今すぐ着替えて来い!」
「なんでよ。今来たばかりなのにちょっとはゆっくりしても」
「フタリトモ ハヤク キガエテコイ」
「「 は、はい! 」」
春香と伊織はどたばたと事務所の奥の部屋へ消えていく。
唖然としている千早に俺は
「千早、良かったら付き合ってくれないか?
それか指導する側でもいいんだが」
「あ、えっと……そうですね。
私も一緒に走りますよ」
……走る、なんてことは言ってないんだが。
どうして分かったんだ。
いや、まあ、普通に分かるか。この流れで。
「プロデューサーも着替えなくていいんですか?」
「え?」
「一緒に走るんじゃないんですか?」
律子が、当然のように聞いてきた。
ん? あれ? おかしいな。この流れは……まさか。
「いやだってジャージとかないし」
「そんなこともあろうかと
この前の雨の風邪ひき事件以来、
プロデューサー用にもしもの時のために
ジャージ用意しときました!」
「でかしたよ律子。ああ、本当にな……」
律子の眼鏡がキランと嫌らしく光る。
なんか恨みでもあるのかと疑いたくなる。
まさか俺まで走る羽目になるとは……。
「まあ、俺が走るんだったらもちろん律子も……だよな?」
「へっ? あ、当たり前じゃないですか……あははは」
律子の笑顔は引き攣っていた。
よし、こうなったら
「はい、小鳥さんはこれ持って自転車です」
「メガホンっ!? 私も行くんですか!?」
「小鳥さんが一番後ろで後方の子を追う形にしてください」
「で、でも仕事が……」
「社長にも手伝わせてあとで4人でやりましょう」
「えぇぇぇえ」
……というわけで。
とある河川敷にジャージ姿の俺と律子、
春香、伊織、千早、
そしてその後ろにメガホン装備し自転車に跨った小鳥さんがいた。
軽く準備運動をしてから。
「よし、行くか」
「「「はい!」」」
こうして俺を先頭に走りだした。
ちなみに事務所からここまでは割りと距離があるが、
街の中をこんな大所帯で走るのは迷惑なので普通に歩いてきた。
この日は本当は春香と伊織と千早で初の合同レッスンを
いつものスタジオでやろうとしていたのだが、
そのためにこういう事情になったことを電話でルーキートレーナーさんに話した所、
「あ、それいいですね。私も参加します!
怪我とかした時の対処もできますし」
ということで急遽来てもらった。
先頭を俺、その隣に律子。
その後ろに千早、トレーナーさん。
後ろに春香、伊織。
最後に小鳥さんが自転車漕いでいる。
「765プロー! ファイッ!」
「オーッ」
「ファイッ」
「オーッ」
「伊織ぃ! 声が小さい!」
「は、恥ずかしいんだからやめてよ!!」
こんな景気で走ること5分後。
「あぁっぁああ゙あ゙ーーッ! あ、足つったぁァ……!!」
どれだけ運動不足だったのかは計り知れないが、
今は足攣った痛みはもちろんそうなんだが、
みんなの視線の方が痛い……。
「ちょ、ちょっと、ハァ、プロデューサーさん大丈夫ですか? ハァ」
みんなが足踏みしながら俺の周りを囲む。
顔をあげてみんなを見ると春香とトレーナーさんは結構心配そうにしてくれていたが、
律子は半笑いでいたし、千早がゴミを見るような目で見ていた。
「ゼェ、ハァ、ま、……ハァ、まだ走る゙の? ハァッ」
伊織は今にも死にそうな顔していてもうアイドルと呼ぶよりかは
妖怪とかって言った方が早いんじゃないかというくらいにもう色々残念だった。
人のこと言えないけどまだ5分だぞ。
という訳で……。
面目次第もございません。
10分後。
俺は小鳥さんの漕ぐ自転車の後ろに乗っけてもらうことになった。
「伊織ー、ほら、頑張れーー!
あの橋までだから! あの橋まで!」
伊織は後ろに乗っけてもらっている俺を見て
疲れた演技をして「もう、しょうがないわね」って乗せてもらおうと
必死で演技している最中だった。
「も、もうだめ……の、乗せて……」
と嘘をついていたがその度に小鳥さんに
「それくらいの嘘を考えれるくらいならばまだ大丈夫だから頑張りなさい。
そんなんじゃ誰も見返せないんだからね」
と激励されていた。
その度に伊織が俺のことをすごい睨んできた。
目で「あとで覚えときなさいよ」と言っている。怖い。
先頭は変わって千早とトレーナーさんが雑談をしながら悠々と走っている。
なんだその体力……おかしいんじゃないのか。
先頭だった律子はペースダウンし、春香と並んで走っている。
この二人も中々のマイペースに走っている。
春香はさすがに伊織よりも断然にレッスンの回数が重なっているだけあって
体力はまあまあのようだ。
律子は元々の経験もあったのでまだ体力が落ちてなくてもおかしくはないか。
問題なのはこのヘロヘロになって今にもぶっ倒れそうなお嬢様だ。
見てて本当に倒れそうだから助けてやりたくなるのだが
小鳥さんに聞くと
「だめです。あれはまだ演技が若干入ってます……。
伊織ちゃんはあと3回ほど進化を残していますよ」
どこのフリーザ様なんだ。
とか言っているうちに3分置きくらいに伊織の走り方は変わっていった。
最終的に涙をぼろぼろこぼしながら走っていた。
俺はその伊織にもらい泣きし、
「伊織! 負けるなぁ! 頑張れー!」
と絶叫。
一方小鳥さんは……
俺を乗せたせいで自転車の重量が上がり且つ
ヘロヘロになりながらもなんとか走る伊織の後ろを
ものすごい低速で走るために予想以上にバランスと体力を使って
こっちもバテバテだった。
自転車をすごいゆっくり漕ぐのは難しい。
バランス取りづらいし、後ろに人が乗っかってるならなおさら。
そして。伊織と約束した橋の手前では
春香、律子、千早、トレーナーさん、そして新堂さん率いる水瀬に仕える人々。
メイドからコックまで何から何までいた。
誰が呼んだのかは分からなかったが、
後で春香に聞いたら春香達が橋に到着する時にはすでにいたそうだ。
本当に謎だ。
「お嬢様ぁぁーーーっ!」
「伊織お嬢様ぁぁーーっ」
新堂さんは号泣して立っていなかった。
俺の脳内には何故かちょっと前から『サライ』と『負けないで』が流れていた。
「伊織〜〜!」
「ほら、伊織! 頑張りなさい!あとちょっとだから!」
春香と律子が大きく手を振って応援している。
誰かこっちの小鳥さんも応援してあげて欲しい。
そして……。
「ゴーーーーール!」
「やったね伊織!」
「よく頑張ったわね!」
新堂さんから酸素ボンベを受け取り
酸素吸いながら春香と律子に囲まれてぼろぼろ泣く伊織。
釣られて春香も泣きだし、律子も涙目になる。
「ハァッ、ヒィ、あ、足が……も、もう、ハァッ、パンパンで……」
そう言いながら
ガシャン、と音を立てて自転車を乗り捨ててその場に座り込む小鳥さん。
そんな風に乱暴に座り込んだら
事務の制服のままで来たせいで
パンツ見えてますからやめてください。
しかし、この疲労感の中、
俺達にはまだまだ試練が襲いかかるのだった。
春香は泣きながら伊織に言ったこの一言で。
「これで私達も頑張ってトップアイドル目指せるよね!」
一体、どういう感情の高まり方をしたら
このランニング一回でそこまで行けるようになると思えたのだろうか。
春香はそんなことを伊織を抱きしめ、頭を撫でながら言った。
「アイドル……?」
明らかな嫌悪感、そして厳しい口調。
千早は春香のその一言を聞き逃さなかった。
「アイドルってどういうことですか?」
鋭く睨みつけてくる千早に俺は動揺した。
「え? 765プロはアイドル事務所だ……ぞ」
「私、アイドルには興味ありません」
な、なんだって?
興味ない? まさか彼女がボイスレッスンばかりやっていたのは……。
重点を置いていた訳なんかじゃなかった?
「すみません。今日の話や昨日の話は全部忘れてください」
そう言って千早は頭を下げ、去っていった。
ツカツカと歩き去る千早に一同は唖然とし、
先ほどまでのムードは一転し、凍り付いていた。
「ま、待ってくれ千早、痛ぇあッ!?」
わ、忘れていた……足、攣ってたんだった……。
ここは走って追いかけるべきなのに!
追いかけれない! 走れない!
だめだ、今彼女をここで逃したら……。
絶対にだめだ。
小鳥さんは……だめか。(パンツ見えてるし)
伊織はもちろんだめだし、トレーナーさんや
伊織の応援にきた水瀬家に仕える人に頼むは筋違いもいいところだし
関係ない人を巻き込む訳にはいかない。
「は、春香、律子。お、追いかけくれぇ……」
「はい!」
「わかりました!」
こうして俺はまたしても決める所で決めることができず、
またしても、何時の日かと同じように千早を逃してしまうのだった。
あれから数日。
春香と律子は千早を見つけることはできなかった。
千早の荷物なんかは事前に駅前のロッカーに預けてたために
事務所総出のランニングで空けた事務所に戻ってくることはなかった。
だからこそ千早は足早にどこかに去ってしまっていた。
住所は知っているものの、
そこに押しかけていくほど俺にはその勇気はなかった。
俺は千早には春香達と一緒にステージに立って欲しい。
みんなで歌って欲しい……。そのためには何が必要なんだ。
如月千早を二度も逃しておいて、逃したからこそ、
俺はあの子は765プロに入るべき人材だと確信した。
お疲れ様でした。
毎度毎度更新が遅くてすみません。
就活が終わらなくて書いてる場合じゃないんです。
駄文等、大変申し訳ございません。
16:52│アイマス