2013年11月08日

真「心のたからばこ」

〜とあるダンス教室〜

先生「1、2、3、4、ターン、エン、ターン…」パン パン

先生「ほらほら、また遅れてるー!」


先生「もう一度! ハイ、1、2、3、…」パン パン


生徒A「ふえぇぇ、疲れたー…」

先生「だらしないなぁ。そんなんじゃ、トップアイドルなんて夢のまた夢だよ」

生徒B「そんな事言ったって、ちょっとスパルタすぎるよ先生〜」

先生「そうかなぁ? 私が若かった頃は、もっと練習キツかったけどね」

生徒C「先生が若かった頃?」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1347095320

生徒D「そう言えば、先生が私達くらいの年齢の時って、どんな曲が流行ってたんですか?」

先生「ん? う〜ん……そうだなぁ…」

先生「たとえば、こういうのとか」スッ

生徒B「おっ」


先生「えー、オホン…」


先生「もっと! たーかめて はてなく こーころーのー おーくまーでー♪」

先生「あーなーたー だけがつかえる テークニックでー とかしつくして♪」


生徒一同「知らなーい」

先生「うぐっ………あっそ…」

先生「よし、じゃあこういうのはどう? えーっと…」


先生「ドゥー ユー リーメンバー ザ デーイズ♪」

先生「フェン ウィー ハッド ローング ローング ウェーイ トゥー ゴー♪」


生徒一同「あ、聞いたことあるかも!」「有名なヤツだー!」

先生「へぇー、知ってるんだ」
生徒A「確か、『ダイヤモンド・イン・マイ・ハート』って曲ですよね?」

先生「そうそう、でも発音がなってないよ。
   正しくは『ダイヤモンヅ』。複数形、これ重要」

生徒B「カタカナ英語で歌ってた先生に言われたかないさー」

生徒D「それに、最初に先生が歌ってた曲、何か古臭ーい」

先生「ムッ!?」

生徒A「そんな事言っちゃダメだよ、本当の事だけどさ…」ヒソヒソ

生徒C「アラフォーだしね…」ヒソヒソ


先生「う、うるさいなー! もう、休憩終わり! レッスン再開するよ!」

生徒一同「はーい!」


先生(……Diamonds in My Heart、か………)



 おぼえてるかな 君と出会った日

 君は一人 つまらなそうにしてた


………………

………………………………
………………


律子「新しいアイドル候補生ですか?」

高木「あぁ、しかし……ちょっと特殊な子でね」

小鳥「はぁ…?」キョトン


春香「新しい子が来るんだって、皆! 私と同い年ですよ、同い年!」

真美「本当!?」

亜美「んっふっふ〜、こいつはメチャ楽しみですな→」


真「特殊な子、か……どんな子なんだろうね?」

雪歩「えへへ、仲良くできるといいなぁ」



ガチャッ

千早「……………………」
高木「えぇっと……それじゃあ、自己紹介してもらえるかな?」

千早「……如月千早です。歌手志望です」

律子「応募書類は一通り見させてもらったわ。学校でも、合唱部に所属しているのよね?」

千早「……それが何か?」

律子「えっ? ……いや、何って…」


千早「特に何も無いのなら、これで失礼します。スケジュールは追ってご連絡下さい」スタスタ

律子「あ、ちょっ…」

ガチャッ バタン


あずさ「……あらあら〜」

伊織「はぁ? ……何よあの態度、イヤなカンジね」

やよい「ちょ、ちょっとだけ怖いかなーって…」


春香「……ま、まぁまぁ! たぶん緊張してたんだよ! 初めての挨拶だもんげ!」

雪歩「そ、そうだよね! 普段はきっと違うよね!」

真「う〜ん、そうだと良いけど…」
〜一週間後、事務所〜

律子「千早! あんた、またダンスレッスンサボったわね!」

千早「私はボーカルレッスンにしか参加しませんと、言ったはずですけれど」

律子「そんなワガママが通用すると思っているの!?
   無断欠勤なんてして、レッスンのコーチにご迷惑をかけている事に気づか…」

千早「私は歌を歌いたいんです。それ以外の事で、時間を無駄に費やしたくありません」

千早「他に話すことが無いのなら、失礼します」スタスタ

律子「あ、こらっ! 待ちなさい、千早!」

ガチャッ バタン



律子「……はぁ〜…」

小鳥「頭が痛いですね……お茶、どうぞ」コトッ

律子「本当ですよ、もう……あぁ、すみません」


亜美「大丈夫かなぁ、律っちゃん…」

真美「あまりイタズラできるような雰囲気じゃなくなっちゃったね…」

律子(あの子達に心配されているようじゃ、ダメね私…)
テクテク…

千早「…………」


タタタ…

春香「あ、いたいた! 千早ちゃーん!」

千早「あなたは……天海さん?」

春香「や、やだなぁ千早ちゃん。同い年なんだし、春香って呼び捨てでいいよ」

千早「そう……じゃあ春香、私に何か用?」

春香「えっ? えぇっと、駅前に新しいドーナツ屋さんができたから、一緒にどうかなーなんて…」

千早「別にいいわ」

春香「え……あ、そ、そうですか…」


千早「じゃあ」

スタスタ…


春香「……………」ポツン…
〜ファミレス〜

春香「………というわけなんです」シュン…

あずさ「う〜ん……困ったわねぇ」

伊織「放っておけばいいのよ。私達と仲良くするつもりないんでしょ、あの子」

雪歩「そ、そんなぁ…」

真「皆ー、ドリンク持って来たよー」カタッ

やよい「あっ、ありがとうございますー!」


春香「伊織はそう言うけれど、やっぱり私、仲良くしたいよ。同じ事務所の仲間なんだよ?」

伊織「向こうにその気が無いんじゃ、どうしようもないじゃない」

あずさ「何か、あの子の趣味とか分かると良いんだけれど…」

雪歩「あまり話した事無いから、分からないですぅ…」

やよい「話題になりそうなもの……う〜ん……う〜ん…」


真「……歌、か…」

一同「えっ」

真「そういえば、春香達は明日、ボーカルレッスンがあるんだっけ?」

春香「う、うん……無事に終わるといいけど…」
〜翌日、レッスンスタジオ〜

コーチ「う〜ん、新しく入ってきたあなた、名前何て言ったかしら? すごくイイわね〜」

千早「如月千早です。褒めるだけでなく、私の短所も具体的に指摘していただきたいのですが」

コーチ「うーん……そうは言っても、完成度が高いからねぇ。
    個人的な好みでしか意見のしようが無いというか…」


千早「……話になりません。アドバイスも出来ないのなら、一体何のためのコーチなんですか?」

コーチ「な……何ですって!?」カチン

千早「芸能界に行けば、多少は内容の濃いレッスンを受けられると思っていたのに、これでは期待外れだわ」

春香「ちょ、ちょっと千早ちゃん!?」


コーチ「この……黙って聞いてればつけ上がって!」ガタンッ!

コーチ「あーもういい、こんな態度悪い子のレッスンなんてやってられないわよ!!」

雪歩「あ、あのっ…!」

ツカツカ ガチャッ バタン!


亜美「うあうあー、こりゃあまた律っちゃんに怒られちゃうよー…」
千早「あんな無能なコーチのレッスンなんて、こっちから願い下げよ」

春香「千早ちゃん、あんな態度はまずいよ。いくらなんでも言い方が…」

千早「こっちは本気よ。なのに、あの人からは本気の姿勢が伝わってこなかった」


千早「春香、あなただって同じ。さっきのレッスン、本気でやっていたの?」

春香「えっ?」

千早「何の抑揚も無く、ただ口から声を出してるだけの歌い方…
   あげく音程は外す、リズムは取れない。あなたはここへ何をしに来ているの?」

春香「なっ!?」

雪歩「ちょ、ちょっと春香ちゃん抑えて! 千早ちゃんももう止めようよぅ…」

千早「萩原さん、あなたもよ。そんな擦れるような声量を鍛えるためのトレーニングを、
   これまであなたはただの一度でも行ってきたのかしら?」

雪歩「うっ、うぅ…」


一同「……………………」


千早(……結局、ここの人達も合唱部の連中と同じね…)

千早「……先に帰ります。事務所にはよろしく伝えておいて」スタスタ

亜美「あ、ねぇ!」

ガチャッ バタン
テクテク…

千早(何がアイドルよ……本気で歌と向き合おうとしないくせに、お笑い種だわ)

千早(私には向上心がある。それを認めてくれる人がいないのは、何故かしら…)

千早(……まあ、認めてもらえなくても良いですけれど。私さえあの子の…)


真「千早ーっ!!」

千早「!?」ビクッ!


真「へへっ、いたいた……いやー、探したよ」テクテク

千早「探した? ……私を?」

真「雪歩から連絡もらったんだ。レッスンを飛び出しちゃったんだって?」

千早「勝手に飛び出していったのはコーチさんの方よ」

真「ん〜……まぁ、そうらしいけど…」

千早「それで、菊地さん。私に何か用? 事務所に戻れと言うのならごめんだわ」

真「ははは、そう突っかからないでよ。とりあえず、そこの公園で少し話でもしない?」
〜公園〜

ピッ ウィーガコン

真「お茶とジュース、どっちがいい?」

千早「……じゃあ、お茶を」チャリッ

真「あぁ、いいよお金は。はいっ!」サッ

千早「……どうも」


真「ボクは千早を事務所に連れ戻すつもりも無ければ、説教する気も無いよ」

真「ただ、雪歩から話を聞いて、すごいなぁーって思ってさ」

千早「すごい…?」

真「千早の歌に対する姿勢が、だよ」

真「誰よりも真剣で、ストイックで、一切の妥協を許さない…
  そんな風に、何かを本気でやれるのって、素直にすごいと思う」


千早「……悪いけど、あなたの言っている事はただの皮肉にしか聞こえないわ」

千早「所詮、あなた達はあの事務所で、仲間同士仲良くしていたいだけ…
   歌なんて、そのきっかけの一つにすぎないんでしょう?」

千早「ただ、皆で仲良くレッスンを受けていられればそれでいい。
   そんな空気を乱す私の事を、疎ましく思っている……違うかしら?」
真「ん〜……何でそう思うのかなぁ」

千早「何で、って……そうとしか思えないから。理由なんて無いわ」


真「いや、それは違うよ」

千早「えっ?」

真「君は、仲良くしているボク達のことを羨ましく思っているだけさ」

真「自分だけが蚊帳の外なのが妬ましいから、
  疎ましく思われてる、なんていう被害妄想をするんだろ?」

千早「なっ……違うわ、誰があなた達のことを羨ましいだなんて…!」

千早「たかだか知り合って一週間程度の人に、知ったふうなことを言われたくない。
   あなたは私の何を知ってるっていうのよ!」


真「知らないよ、何も。君はボク達に、何も自分のことを教えてくれないじゃないか!」

千早「!?」


真「だから教えてよ……千早が歌で伝えたいことを」

千早「う、歌で伝えたい、こと…?」

真「そんなに歌に対して真剣なのは、誰かに何か伝えたいことがあるからなんだろ?」

千早「……伝えたいことが、あるから………」

千早「………………」
千早(歌を通して、誰かに何かを伝える……誰に、何を…?)


千早(私は、ただ歌を歌いたかっただけ。だって…)

千早(だって、優が……あの子が私の歌を、好きでいてくれたから…)

千早(歌は、私と優との絆。だから、もっと上手くなりたい…
   そう思う事が、歌と向き合う事なんだと信じていた)

千早(私と、優以外の、誰か知らない人のために、歌を歌うなんて……)


千早「………………」

真「うん……別に言いたくないのならそれでいいんだ」


真「春香って、いるでしょ? あのリボンの子」

千早「……えぇ」

真「聞いた話では、千早は春香のことを、本気じゃないって怒ったみたいだね」

千早「……………」


真「あの子は、子供の頃から歌が好きで、近所の公園でよく歌を歌っていたお姉さんから
  褒めてもらったのが、アイドルを目指したきっかけなんだって」

真「皆で一緒に楽しく歌を歌いたい、それで皆を元気にしたい、って…
  そういう夢を、一度ボク達に聞かせてくれたんだ」
千早「……立派な夢ね」

真「そうさ。皆も同じように、それぞれ夢とか志を持って事務所に来てる」

真「だから、千早……どうか皆が真剣でないように思うのは、止めてほしいんだ」

真「皆のことを知ろうともしないで、一方的に皆を非難してほしくない…
  ボク達は千早のことを知らないけど、千早だってボク達のことを知らないでしょ?」

千早「………!」


真「……ごめん。説教するつもりは無いって言ったのに、何か説教っぽくなって…」

千早「いいえ、いいの。私の方こそ、その……ごめんなさい」

真「へへっ……要はさ、同じ事務所の仲間なんだから、皆千早の事を知りたいんだよ」

真「特に春香は、同い年の子が来たって、すごく喜んでいたから」

真「まずはお互いに知り合おうよ、仲間同士。喧嘩するのは、それからでも遅くはないさ」


千早「そうね……分かったわ、菊地さん」

真「真でいいよ」

千早「えぇ……ありがとう、真」
〜翌日、事務所〜

律子「…………」イライラ…

真美「ひえぇぇぇ……律っちゃん朝からめっちゃ怒ってるよぉ…」

亜美「やっぱ、昨日の“千早の乱”が…」

あずさ「どう見ても、千早ちゃんが来た瞬間にガツンと言ってやろうって顔ねぇ…」


ガチャッ

千早「おはようございます」スタスタ

春香「あっ! ……千早ちゃん、おはよう!」

律子「あっ、千早!! あんた昨日も…!」

千早「秋月さん、昨日の事はすみませんでした。反省しています」ペコリ

スタスタ…

律子「えっ? ……あっ、こら!」


スタスタ ピタッ

雪歩「千早ちゃん…?」

伊織「な、何よ…」
千早「皆……私は、ただ私自身のために、立派な歌手になりたいんです」

千早「すごく独りよがりだけれど、私の夢です。それを、この事務所で叶えたい」

やよい「へっ?」キョトン


千早「私の夢は言ったわ。今度は、皆の夢を聞かせてもらえないかしら」

伊織「はぁ?」

千早「それと、春香、萩原さん。昨日はあなた達のことをロクに知りもしないで、
   一方的にひどい事を言ってしまって悪かったわ。ごめんなさい」

雪歩「い、いえ、そんな……えぇっ?」

真(この子、すっごく真面目な子なんだなぁ…)


春香「ううん、そんなの全然気にしなくていいよ! えーと、私の夢はね…」

千早「春香はいいわ。昨日、真から聞いたから」

春香「え、えぇーっ!?」

律子「ちょっと千早! 私の話はまだ終わっていないんだから…!」

「やいのやいの!!」


………………
………………


春香「千早ちゃん! 今日はマーマレードを練りこんでみたよ!」

千早「私、今はあまりお腹が空いていないから…」

あずさ「あら〜、春香ちゃんのクッキーおいしいのに」ポリポリ

伊織「あずさ、あんた食べ過ぎるとまた太るわよ、胸が」

千早「くっ……春香、やっぱりいただくわ」ボリボリ ボリボリ…

春香「わわっ! 千早ちゃん、そんなに焦って食べなくても…!」

やよい「はわっ……何だか千早さん、目が怖いですー」ポリポリ


律子「あの子も事務所に馴染んでくれたようで良かったわ」

小鳥「ダンスレッスンも真面目に受けるようになったみたいですし、一安心ですね」

雪歩「真ちゃんのおかげだね」

真「へへっ、そんなんじゃないよ」


ガチャッ

律子「ん?」



美希「あふぅ……765プロってココなの?」
〜レッスンスタジオ〜

美希「〜〜〜〜〜♪」

真美「わぁ……ミキミキって歌も上手だねー」

亜美「ダンスも、一回見ただけですぐ振り付け覚えちゃうし」


美希「あふぅ……簡単すぎてつまんないの」

美希「さっきのダンスレッスンでは、真クンがミキよりもちょっと上手だったけど、
   ボーカルは上手い人いないの?」


千早「〜〜〜♪〜〜〜〜〜♪」

美希「うわ……す、すごーい! 千早さん、歌すっごく上手なの!」

千早「えっ? ……いや、そうでもな…」

美希「この体のどこからそんな良い声が出るのかなー?」ツンツン

千早「あっ、ちょ…」

美希「うわっ、えっ!? ……ちょ、えっ!?」サワサワ

美希「何これ、腹筋!? 腹筋硬っ!」サワサワ

千早「な、何を……ちょ、ちょっと止めて!」
美希「すごいなー、歌のために自分で筋トレするなんて。ミキにはとても真似できないの」

千早「大した事じゃないわ。好きでやっているだけよ」

美希「他に家でやってる事ってあるの?
   ていうか、午前中でレッスン終わりだし、これから千早さん家に行ってもいい?」

千早「えっ!?」

春香「あっ! それじゃあ私も行きたーい!」

亜美・真美「亜美も→!」「真美も→!」


千早「べ、別に構わないけれど、何でまた…」

美希「ミキ、今まで一生懸命になったことって無いの。
   だから、一生懸命になってる人のこと知りたいなって!」

美希「あっ、あとで真クンの家にも行くからね?」

真「ぼ、ボクの家もー!?」

雪歩「ま、真ちゃんの家は私も行きますぅー!」


美希「よーし、じゃあまずは皆で千早さんの家に出発なのー!」

一同「おーっ!!」

千早「あ、あの…」オロオロ…
〜千早宅〜

ガチャッ

千早「狭い家だから、皆入れるかどうか分からないけれど…」

美希「おジャマしますなのー!」ヒョイッ

一同「ガヤガヤ…」


美希「げぇーっ、何も無い!?」

春香「わー、ダンボールが一杯だねー」

千早「ここへ引越した時のものだけれど、出すのが面倒で。どうせ中身は使わないし」


美希「女の子らしいアイテムが、部屋の中に一つも無いの! これは一大事なの!」

美希「千早さんの女子力を磨かなくちゃ……これは大手術が必要なの!」

千早「えっ」


美希「春香、雪歩、亜美、真美、手伝って! 題して、『如月千早改造計画』なの!!」

一同「おぉ〜」パチパチ

真(ボクは無視か)
〜街中〜

美希「シャンプーとコンディショナー、ネイルのお手入れ用品はこのフロアで揃うかなー」


美希「千早さんは細身だから、こういうスッキリしたキレイ目な服の方が似合うの。
   すいませーん、こういうカンジの服他に無いですかー?」


美希「わー、見て見て雪歩! このクッションすっごくかわいいの! ねぇ、千早さん!」


美希「あーだこーだ!」


………
千早「はぁ………」グッタリ…

春香「何だかんだ、結構遅くなっちゃったね、時間」

美希「この後、真クンの家にも行きたかったんだけどなぁ……ハリキリすぎちゃったの」

真「ほっ、良かった」

雪歩「残念ですぅ…」


亜美「あっ、皆→! あっちにあるのゲーセンですよ、ゲーセン!」

春香「人の口癖を盗るなー! 数少ない私のアイデンティティですよ、アイデンティティ!」

真美「どうせだから、皆でちょっと遊んで行こうYO→!」

美希「賛成なのー!」

千早「えっ、ちょっと……もう、疲れたから無理…」
〜ゲーセン〜

亜美「おらおらー、どきやがれ→!」ブォォォッ

美希「あー、妨害されたのー!」キキィーッ

真美「んっふっふ〜」ブゥゥーン



春香「あわわ、雪歩、ちょっと遅れてるよ! 流れてくる玉を良く見て!」ドン ドン

雪歩「えっ!? え、そんな、待ってぇー!」ドン ドン カッ



真「へへっ、やっりぃ〜!」ガッツ!

美希「すごーい! 真クン、3回目でもうぬいぐるみ取れちゃったの!」

真「千早もやってみなよ、結構面白いよ?」

千早「え、えぇ……それじゃあ」チャリン
千早「くっ……!」チャリン

真「ち、千早……もうその辺で諦めた方が…」

千早「いいえ、ここまで来て諦められないわ。
   まったく、やる気が感じられないわね、このアーム…」ブツブツ…

美希「千早さん、ハマると結構怖いの…」

春香「もう30回目だよ、千早ちゃん…」



真「よし、そこだ! いけ!」

雪歩「そのまま……そのまま…」ドキドキ…

千早「お願い……」


ガコン ピロリローン

一同「やったぁー!!」ハイターッチ!

千早「やった……やったわ、皆!」

亜美「おめでとー、千早お姉ちゃん!」
美希「ところで、そのぬいぐるみに名前つけないの?」

千早「えっ?」

春香「そうだね、せっかく何十回も挑戦して手に入れたぬいぐるみなんだし」

真「ぼ、ボクもつけるの?」


千早「そうね、じゃあ……ゴンザレス」

春香「か、かわいい鳥のぬいぐるみでゴンザレスはどうだろう…」

真「ボクの熊のぬいぐるみは……そうだな、じゃあクマコリンで」

亜美「言いにくいよ〜、クマコリン」


真「へへっ……ねぇねぇ、鳥さん鳥さん」

千早「えっ?」

真美「おっ、何やら寸劇が…」


真「ボクは熊のクマコリンさ。鳥さんのお名前は?」

千早「……わ、私は鳥のゴンザレスよ」
真「ゴンザレスさん、この事務所の…」

真「あぁ違うな、えっと……この森の居心地はどうだい?」

千早「そうね、悪くないわ……皆が優しくしてくれるから」

真「この森にも、新しいお友達が来てくれて嬉しいよ。
  困ったことがあったら、何でもボクに行ってね、ゴンザレスさん!」

千早「えぇ、ありがとう真……じゃなくて、あの……く、クマコリンさん…」


春香「くっ……あははははwwww」

美希「ゴンザレスwww……全然鳥に似合わないのwwwww」

雪歩「くふっ……ww」

千早「なっ……べ、別にどうだって良いでしょう! 私の勝手じゃない!」

亜美「そうだよね……千早お姉ちゃんが必死になって取ったぬいぐるみだもんね…w」ヒクヒク

千早「何で肩で笑ってんのよ!!」

真「あぁ、あの……何と言うか、ごめん千早…」
〜翌日、事務所〜

律子「何ですか、あのぬいぐるみ?」

小鳥「昨日、千早ちゃんがゲームセンターで取ってきたものらしいですよ」


美希「えー? 千早さん、自分の家に置いとけば良いのに」

千早「あんなゴンザレスのことなんて、もう知らないわ」

春香「そんなこと言わずに……ブフォッwwゴンザレスwww」

千早「んあー(怒)!!」ダバダバ

やよい「うわー、千早さんが怒りだしましたー!」

真「ま、待って千早! 分かった、僕ん家にあるクマコリンも今度持ってくるから!」

千早「そういう問題じゃないわよ!!」

あずさ「あらあら〜。朝から賑やかで楽しそうねぇ、うふふ」

伊織「のんきに眺めてないで止めなさいよ!」

「やいのやいの!!」


………………
………………


真「ねぇ、鳥さん鳥さん。熊のクマコリンだよ」

千早「……………」

真「鳥さん鳥さん……ねぇ、鳥さんってばー」

千早「うるさいわね、ゴンザレスよ」

真「ゴンザレスさん、何でそんなに不機嫌なんだい?」

千早「あそこでコソコソ隠れて見ている連中に聞いてきなさい」

一同「デュフフww」「ゴンザレスwww」


ガチャッ

あずさ「あら〜?」



響「あっ、ココみたいだぞ貴音! はいさーい!」フリフリ

貴音「えぇ、そのようですね、響。皆様、ご機嫌麗しゅう」ペコリ
ドタドタ…

響「うぎゃあー、止めろー! 貴音も放してよー!」ジタバタ!

貴音「双海亜美と真美が、脇腹をくすぐるのが最も美容に良いと言っていました」

響「絶対ウソだぞ! あの二人自分にイタズラしたいだけだって! 放せぇー!!」ジタバタ!

亜美・真美「んっふっふ〜」ニヤァ…

響「止めろ、止め……うぎゃあああぁぁぁぁっ!!!」


小鳥「この事務所も、随分賑やかになりましたね」

律子「そうですね。そろそろあの子達を、候補生から本物のアイドルにしてあげないと…」



響「うぅ……あんまりだぞ…」

貴音「申し訳ございません、響。悪気は無かったのです…」

響「いや、いいんだけどさ……笑い過ぎて腹筋とアゴが痛いさー…」


美希「二人は、前からずっと仲良しなの?」

響「いや、今日ココに来る時に駅で会っただけさー」

貴音「ですが、初対面にも関わらず、不思議なしんぱしぃを感じたのです」

あずさ「不思議な出会いってあるものなのねぇ……私にもあると良いのだけれど」
春香「また同い年の子が来たよ! やったね千早ちゃん!」

響「あっ、同い年なのか!? よろしくね、春香、千早!」

千早「えぇ、こちらこそ。我那覇さん、あなたには何か夢があってここへ?」

響「うーん、夢というか、おとうが死んじゃってさー」

千早「えっ!? ……おとうって、お父さんが…?」

響「そうなんだ。おかあの給料だけじゃ生活が厳しくって、自分も働こうと…」


響「! ……あーっ、何このぬいぐるみ! かわいいさー!」

真「あぁ、それはこの前、ボクと千早がゲーセンで取ってきたんだよ」

響「へぇー、熊と鳥かー。自分、動物が大好きなんだー。家にもいっぱい家族がいるんだぞ」

やよい「響さん、家に熊を飼ってるんですかー?」

響「い、いや、さすがに熊はいないぞ……ごめん。でもかわいいなー、飼ってみたいなー」

伊織「サラッと怖いこと言うな」
響「ところで、これって名前あるのか?」

真「うん、あるよ。えぇとね…」

響「あー待った! やっぱ言っちゃダメ! 自分が当てるから。え〜と……」


響「クマ吉!」

雪歩「響ちゃん、それ漫画のキャラクターだよ」

響「あぁそうか、えぇと、えぇと…」

亜美「正解はクマコリンでした→」

響「うがー! 言うなよ亜美ぃー!」


真美「じゃあさ、こっちの鳥の名前は何でしょう!?」ニヤニヤ

響「よぉし、今度こそ当てるぞ! えーと、ハトだから……」

貴音「……ハト山、では?」

春香「元首相!?」

千早「いいえ、ゴンザレスです」

響・貴音「!?」
テクテク…

伊織「帰りにアイス買って帰るわよ、やよい」

やよい「うっうー! 伊織ちゃん大好き!」

美希「ミキも行くのー!」


真「響はダンス上手だね! ボクもワクワクしちゃったよ!」

響「ううん、真もすごかったぞ! 自分も負けられないさー!」


千早「我那覇さん」

響「あっ、千早! 千早は歌すっごく上手いんだな、自分ビックリしちゃったぞ!」

千早「いえ、そんな事はどうでも良いのだけれど……あの…」

響「あぁそうだ、ぬいぐるみの事? ごめんね、大笑いしちゃって。
  悪気は無かったんだけど、あまりにもおかしな名前だったから、つい」

千早「いえ、そんな事はどうでも良い……いや、良くないけれど、そうじゃなくて…」


千早「あなたがアイドルを志した理由を、もう少し詳しく聞かせてもらえないかしら?」

響「ん、午前中ちょっと話したこと?」

千早「えぇ。無理に話してもらわなくても良いのだけれど…」
響「んー……さっきも言ったけど、特に夢っていう夢じゃ無いかなー」

響「ただ、おとうが死んで、おかあの働きだけじゃ厳しくなったから…
  だから、自分も働きたいなーって、そう思っただけさー」


千早「そう……ごめんなさい、辛いことを何度も話させてしまって…」

響「えー、何を謝ってんのさー。辛くもないし、何も気にすることなんてないぞ」

響「働くって言っても、コンビニバイトはイヤだなーって思っててさ。
  どうせだから、たのしそうな仕事をやりたいって思っただけさー」

千早「いいえ、たとえそうだとしても、あなたの夢は立派よ」

千早「私なんて、自分のスキル向上の事しか考えていない…
   そんな夢よりも、他の誰かのためを思う人が抱く夢の方が素晴らしいわ」


響「いやいや、夢は比べるもんじゃないぞ。
  自分や千早の夢も、皆の夢も、皆がオンリーワンでナンバーワンさー」

千早「えっ?」

響「あはは。ねぇねぇ貴音、今の自分、何かアイドルっぽくなかった?」

貴音「えぇ、響。ですが、パクリは良くないと思います。今のはスマッブ…」

響「うぎゃあー、バレたぁー! 結構昔の歌だからバレないと思ったのにー!」

あずさ「あの歌も、もう10年近く前の曲なのねぇ…」

雪歩「あずささん、すごい遠い目をしてますぅ…」
千早「……ねぇ、真」

真「ん?」

千早「自分のためだけに歌うのは、やはりわがままかしら…」

真「やりたい事があってココに来てるのは、皆同じさ。わがままでも良いんじゃない?」

千早「そう……」

真「……へへっ」

千早「……何がおかしいの?」

真「いや……以前は自分の事しか考えてなかった千早が、珍しいこと言うなぁと思ってさ」

千早「それって嫌味かしら?」

真「う〜ん、ちょっとね」

千早「もういいわ」

真「あーごめん、すねないでよゴンザレス」

千早「んあー(怒)!?」カチン

春香「うわわっ! 千早ちゃん、何で怒ってんの!?」

響「えっ!? どうしたんだ千早! 落ち着くさー!」

「やいのやいの!!」


………………
20時半頃まで席を外します。
再開します。
………………


千早「春香、今日はクッキーを焼いてきていないの?」

春香「千早ちゃん、ごめん……気づいたら、貴音さんがほとんど全部…」

貴音「申し訳ございません、如月千早……皆さんも…」シュン…

真「い、いや、別に良いんだ。ほら、春香のクッキーおいしいもんね!」

美希「あーん、ハム蔵がミキの服の中に入ったのー!」

響「わーっ! こら、ハム蔵のスケベ! さっさと出てくるさー!」

伊織「あー! 私のゴージャスセレブプリンが無くなってるー!?」

あずさ「ごめんなさい伊織ちゃん、実は…」

真美「プリン、あずさお姉ちゃんが食べたの!?」

亜美「てっきりやよいっちが食べたもんだとばかり…」

やよい「えー、なんでー!?」

雪歩「あ、あのぅ……皆、お茶を…」


律子「もうダメ。この人数、私一人の手には負えないわ…」

小鳥「し、しっかりして下さい、律子さん!」


高木「キミ達、ちょっと聞いてくれるか?」
高木「オホン……今日は、キミ達に素晴らしいニュースがある」

高木「ついに、我が765プロに待望のプロデューサーが誕生する」

高木「必ずや、765プロの救世主になってくれることだろう」

一同「うわあぁぁぁぁ!」


P「えぇと……あの……」

P「プロデューサーとしてまだ日は浅いけど……とにかく一生懸命頑張ります!」

P「夢は皆まとめてトップアイドル! どうかよろしくお願いします!」

一同「おぉ〜!」パチパチパチパチ


千早(この人が、私達のプロデューサー…)

千早(私達皆がトップアイドルになることが、この人の夢…?)


千早(……………)
〜某スタジオ〜

パシャッ!

カメラマン「おぉ〜、クールで良いね!」

千早「…………」


P「良かったじゃないか」

千早「自分が良いと思ってないことを褒められても、微妙です…」

P「無理しない自然な表情だったから、大丈夫だよ」

千早「そうでしょうか?」

真「ボクも良かったと思いますよ、今の表情」

P「だよな?」

千早「……………」


P「宣材、撮り直さない方が良かったか?」

千早「そ、そんなこと言っていません! ただ、自分の思うようにいかないのが、もどかしくて…」

千早「特に、宣材のように、人に自分の印象を植え付けるものなら、なおさらです…」

真「う〜ん……確かに、気持ちは分かるなぁ」
P「だが、無理して作った笑顔よりも、さっきのクールな表情の方が、
  千早らしさは良く出ていたと思うぞ」

千早「私らしさ、って……会って間もない人にそんなこと…」

P「うっ……」

千早「あっ……!」

真「ちょっ、千早……」


千早「すみません、私…」

P「いや、いいんだ、すまない。確かに、俺はまだ皆のことを良く知らないもんな」


P「ただ、これだけは言わせてくれないか?」

千早「えっ?」

P「俺は、取り繕った魅力よりも、皆の素の魅力を前面に出した方が良いと思ってる」

P「人に良く思われたいと思う気持ちも分かるが、そのために自分を誤魔化してはダメだ」

P「最初から結果を求めるんじゃなくて、あくまで自分が持つ個性で勝負してほしい。
  そうすれば、人の評価も後からついてくるさ」

千早「ですが…」
P「俺がこんなことを言うのは、皆が素顔のままで十分魅力的だからだよ」

P「千早は、今の自分の表情は満足していないかも知れないが、
  少なくとも俺やカメラマンさん、真には魅力的だった」

P「無理して笑うよりも、如月千早という人物の良さを、よりファンの人達に伝えられるんじゃないかな」


千早「……自分でも、良く分からないんです…」

千早「以前まで、私はハッキリ言ってアイドルになんて興味が無かった…」

千早「人にどう思われようと構わない、ただ歌が上手くなりたいだけ…
   だから、アイドルになることは目標じゃなく、自分のスキルを高めるための手段でした」

千早「それが、ここにいる皆と出会って……皆それぞれが夢を持っていて、
   トップアイドルという一つの目標へと繋がっている…」

千早「皆が目指すトップアイドルが何なのか、私も知りたい…
   そうは思っても、人の評価を気にするのは、どうも性に合わない気がして…」

真(千早がこんなことを考えるなんて……事務所に入った時から、随分変わったなぁ…)


P「千早は、アイドルとは人の目を気にするものだと考えているのか?」

千早「えっ? ……それは、人気が一つの大きなバロメーターだとは思います。
   トップアイドルとは、最も人気のあるアイドルという意味でしょう?」
P「そう思うなら、まずその固定観念を取り払った方が良い」

P「トップアイドルとは何なのかを知りたいのに、きっとこうあるものだと
  決めてかかるのは、何か変じゃないか?」

千早(……それはそうかも)


P「確かに、人気が高いというのは間違いではないと思うけど…
  俺も良く分からないなぁ、トップアイドルが何なのかなんて」

P「でも、俺は皆をトップアイドルにしたいんだ」

千早「そんなの……プロデューサーこそ言っていることが滅茶苦茶です」

P「ははは、そうだな。分かった、何と言えば良いかな、えぇと…」


P「きっと、自分でトップアイドルにならないと、本当の意味でそれが何なのかなんて
  分からないんだと思う」

P「だから、皆が自分なりの答えを見つけるまで、俺は全力で皆をサポートするし、
  皆が夢を叶えるその瞬間を見届けたい」

P「言うなれば、それが俺の夢だ」


真「……主体性の無い夢ですね」

P「そう言うなよ、プロデューサーなんだから」
P「とにかく、俺が言いたいのは、ゴールがどこにあるのかも分からないってことは、
  逆に言えばそこへ向かう方法も人それぞれで良いってことなんだ」

P「人のやり方も、評価も、需要も、何も気にすることは無い。
  お前達が感じたままに、トップアイドルを目指すと良いと思う」

P「一緒に頑張ろうな」

千早「はい」

真「へへっ……トップアイドルとは何か、か…」


伊織「ちょっとー、三人とも何をそんな長話してんのよ」

亜美「んっふっふ〜、兄ちゃんの正妻戦争勃発ですかな→?」

千早・真「えっ!?」

P「ば、馬鹿っ! 大人をからかうな!」

真美「あ→、兄ちゃん達顔赤ーい」

「やいのやいの!!」


………………
………………


テクテク…

美希「あふぅ……今日も一日練習して疲れたの」

春香「でも、皆確実に上達していってるよ! 今度のライブ頑張ろうね!」

雪歩「う、上手く行くといいなぁ…」

真美「んっふっふ〜、当然やるっしょ!
   チョ→売れっ子になって、亜美と一緒にお仕事できるようになるんだ!」

貴音「ふふっ、その意気ですよ、真美」


真「………あれ?」ガサゴソ…

やよい「真さん、どうしたんですか?」

真「まいったな、ダンスシューズをスタジオに忘れてきちゃったみたい」

響「えぇーっ!?」


真「取りに行ってくる。皆は、先に帰ってていいよ」

春香「あぁ、うん。それじゃあ、また明日ね!」

真美「まこちん、じゃーね→」フリフリ
〜レッスンスタジオ〜

真「……あぁ、あった。良かったぁ」


真「………ん?」

真「まだ、部屋に明かりがついてる……?」

ガチャッ…



千早「1、2、3、4……ターン、エン、ターン……ッ!」タンッ タンッ…

千早「くっ………ダメだわ、どうしても上手くいかない…」
千早「はぁ、はぁ……もう一度…!」



真「ターンする時は足元だけじゃなくて、上半身も上手く使うといいよ」

千早「!? ………真、どうして…?」

真「まだ残って練習してたんだね。先に帰るフリをしてたくせに」

千早「せっかくのライブで、皆に迷惑をかけるわけにはいかないから…」

真「………よしっ!」


千早「? ……ちょっと、真…」

真「もう一度、今のところ一緒にやってみよう。着替えるから待ってて」

千早「そんな、悪いわ。あなたまで付き合わなくても…」

真「いいんだよ、こういうのは他の誰かに見てもらった方が早いんだからさ」

真「その代わり、今度ボクの歌を千早に見てもらっても良い?」

千早「……えぇ、分かったわ」ニコッ
千早「………くっ!」タンッ タンッ…

真「ターンに入る前のステップはコンパクトに! そこまで踏み出さなくていいよ!」タンッ タンッ


千早「……ターン、エン、ターン…!」タンッ タンッ…

真「そう、焦らないでいい! リズムは間に合ってるから上半身を大きく使って!」タンッ タンッ



千早「くっ………はぁ……はぁ……!」

真「いいね。大分良くなったんじゃないかな」

千早「えぇ……ありがとう、真」


ガチャッ

P「おーい」

真「あっ、プロデューサー!」

P「お二人さん、そろそろ鍵返しに行ってもいいかな?」

千早「す、すみません。もうこんな時間になっているなんて…」

P「大丈夫だよ。今度のダンスレッスンで、皆をビックリさせてやれるといいな」

千早「ふふっ……はいっ」
〜駅〜

真「えぇっ、人身事故!?」

駅員「誠に申し訳ありませんが、運転再開の目処は立っていない状況でして。えぇ…」

真「そ、そんなぁ……どうしよう、家に帰れないよ…」


千早「真……良かったら、私の家へ泊まりに来るのはどうかしら?」

真「えっ?」

千早「元はと言えば、私の練習に付き合ってもらったのが悪いのだし…」

真「いや、そんなことないよ。むしろその方が悪いって」

千早「でも、他にどうしようもないでしょう?」

真「うっ……」
〜千早宅〜

ガチャッ

千早「どうぞ」

真「お邪魔しまーす」

千早「今、お風呂を沸かすから、先に入っていいわよ」

真「いやいや、さすがにそれは…」


真「……………」キョロキョロ…

千早「……どうしたの、真?」

真「いや、前に来た時から、随分部屋の印象が変わったなぁと思ってさ」

千早「あぁ……美希に色々してもらってから、少し気を遣ってみようかなって…」

真「うん、かわいいと思うよ。それでいて、大人しくキレイにまとまってるし」

千早「かわいいって……からかうのは止めて」

真「ゴンザレスがいれば、もっとかわいいと思うんだけどなぁ」

千早「何か言ったかしら?」

真「いえ、何でもないです」
真「良いお湯でしたー」ホカホカ

千早「えぇ、どういたしまして。お風呂も入ったし、もう寝ましょうか」

真「そうだね」


真「布団や毛布とかって、余ってるのある?」

千早「タオルケットが1枚あるけれど…」

真「あぁ、それでいいよ、十分さ」

千早「……ひょっとして、床で寝る気なの?」

真「えっ、そうだけど?」

千早「ダメよ、風邪をひいてしまうわ」


千早「一緒にベッドで寝ましょう。枕は、そのクッションを使ってもらうことになるけれど」

真「えっ? 狭くならない?」

千早「真さえ良かったら……元々、そうするつもりだったし」

真「あ、うん……ありがとう、じゃあそれで」
真「目覚ましセットして、と…」ポパピプペ…

千早「そっちは狭くない?」

真「ボクの方は大丈夫だよ。千早は?」

千早「えぇ、平気よ。電気消すわね」

真「はーい」


真「一人暮らしって、やっぱり大変?」

千早「この方が、気が楽ね。変な気を遣わなくていいから」

真「いいなぁ……ボクの家は、父さんがうるさくてさぁ。憧れるよ、一人暮らし」

千早「………そう…」


真「千早の両親は、千早の一人暮らしに反対しなかったの?」

千早「………………」

真「………千早?」


千早「……両親は離婚しているわ。一人暮らしも、私が決めたことだから…」

真「えっ……?」
千早「弟を交通事故で亡くして……それから、両親が離婚したの」

千早「私のアイドル活動も、母には興味が無いみたい……だから、いいのよ」

真「……………」


千早「弟が、私の歌が好きで…」

千早「だから、上手くなりたくて……そうすれば、きっと弟も喜んでくれるだろうから…」


真「千早……」

千早「……ごめんなさい、寝る前にこんなつまらない話…」

真「そ、そんなこと無いよ!」

真「ボクの方こそ、辛いことを話させてしまって、ごめん…」

千早「ううん……」
千早「このことは、まだ誰にも話したことがないの…」

真「……そっか…」


真「……今度のライブに成功したらさ、今よりもっとお仕事のオファーが増えて…」

真「きっと、CDも一杯売れて、大勢の人の前で歌う機会も多くなってさ…」

真「千早が目指す歌手への道も、きっと進んでいけるよ」

千早「えぇ……」


真「絶対成功させようね、ライブ」

千早「えぇ」

真「へへっ……じゃあ、おやすみ」

千早「えぇ……おやすみなさい」


………………
………………


プルルルルルル…!  プルルルルルル…!

小鳥「はい、はい……えぇと、向こう二週間は既に予定が入っておりまして…!」

律子「プロデューサー! ブーブーエスTVから、番組企画書についての返事はまだですか、
   って問い合わせが来ています!」

P「えぇ、俺返事しなかったっけ!?」

P「……ってあぁそうだ、あれは違うヤツだった! すまん、代わってくれ!」

律子「まったくもう!」ピッ ガチャン

P「はい、お電話代わりました……えぇ、申し訳ございません、はい…」ガチャッ


律子「ってもうこんな時間ね。プロデューサー、私番組の収録に行ってきます!」

P「失礼。おー、よろしくなー!
  ……すみません、えぇ、何点かご確認したいことがあるのですが、まず4頁目の中段…」

律子「真、雪歩! 車に乗って!」

真・雪歩「はーい!」
ブロロロロロ…

真「大丈夫、雪歩? 昨日もあまり寝てないと思うけど…」

雪歩「ううん、平気。忙しくなくても、不安で寝れない時とかあったから…」

雪歩「だから、寝れないのは私、慣れてるんだ。えへへ」

真「えへへ、って……それ自慢になってないよ」

雪歩「真ちゃんこそ、最近テレビ番組の収録ばかりだよね。体力を使う感じの…」

真「う〜ん、まぁね。でもほら、楽しくやれてるから全然大丈夫だよ」

雪歩「うん」


雪歩「ねぇ、真ちゃん」

真「ん?」

雪歩「私ね……時々思うんだ。
   もし、あのライブが成功しなかったら、私達今頃どうなってたんだろうって…」

真「そ、そんなネガティブなこと別に考えなくても…」

雪歩「そ、そうだよね! ごめん、また私ダメダメなことばかり…!」ゴソゴソ…

真「わーっ! そういう意味じゃなくて! 雪歩ストップ、ストップ!!」

律子「ちょ、ちょっと後部座席で何しているの!? 雪歩、スコップをしまいなさい!!」
雪歩「ごめんなさい…」シュン…

真「もう……まぁいいや。それで、ライブが成功してなかったら?」

雪歩「うん、あのね……真ちゃんは、どうなってたと思う?」

真「えっ? どうなってた、って……
  そりゃあ、今お仕事がすごく増えたのは、あのライブの成功あっての話だし…」

真「でも、もしかしたら別のチャンスを掴んでいたかも知れないし…」

真「うーん、分かんないけど…
  やっぱり、それでもきっと、皆諦めずに今も頑張ってると思うよ」

雪歩「うん……えへへ、真ちゃんらしいなぁ」


真「雪歩はどう思うの? ライブが成功してなかったら、って」

雪歩「えっとね……やっぱり、お仕事があまり無くって、でも皆事務所に来て、
   春香ちゃんのお菓子食べながら、適当にお話してるのかなぁって…」

真「まぁ、そうだよね」

雪歩「うん。でも……あれはあれで、楽しかったなぁって思ってたりして…」

真「えっ?」

雪歩「最近、春香ちゃん達とも会ってないなぁ…」

真「雪歩……」


………………
………………


貴音「………真?」

真「へっ? ………あぁ、ごめん。何?」

貴音「……疲れが溜まっているのではないですか?
   何度か呼びかけても、反応が無かったものですから…」

真「いや、大丈夫だよ。ちょっと、考え事というか…」

律子「体調管理も仕事のうちよ。忙しいのは分かるけど、しっかりしなさい」

律子「それに、今日の収録先にいるディレクターさんは、お行儀や作法に厳しい人よ。
   あくびなんかして、失礼なことの無いようにね」

真「はぁーい」

ブロロロロロ…
貴音「……そうですか、萩原雪歩がそのようなことを…」

真「もう何ヶ月も前のことだし、今は雪歩も割り切ってお仕事してるけどね」

真「なぜか分かんないけど、今、何となく思い出しちゃってさ…」


貴音「寂しいのですね」

真「えっ?」

貴音「先ほど、窓の外を見ていた貴女の顔は、心なしか物憂げに見えました」

真「あ……や、やだなぁ貴音。お仕事のオファーがたくさん来てるのに、寂しいわけないじゃないか」

真「皆、夢に向かって全力疾走ってカンジでさ! むしろ嬉しくなっちゃうよ」

貴音「…………」


真「……今日の収録が、ボク、王子様役だから………それだけだよ、物憂げなのは…」

貴音「そうですか…」

真「……………」


………………
………………


P「それでは、どうかよろしくお願い致します」ペコリ

武田「いや、こちらこそ。如月君の活躍に期待しているよ」

千早「ありがとうございます。それでは、失礼します」ペコリ



P「やったな、千早。まさか『オールド・ホイッスル』に出られる日が来るとは」

千早「番組プロデューサーの武田さんも、とても紳士的な方で安心しました」

P「武田さんが立ち会うロサンゼルスでのレコーディングまで、あと四日か…
  出発が明後日だから、しっかり最終調整しとかないとな」

千早「はい」



P「送らなくて大丈夫か?」

千早「えぇ、ここからなら家も近いですし」

P「そうか。それじゃあ、俺は一度事務所に戻るよ。これからも頑張ろうな」

千早「はい。どうもお疲れ様でした、失礼します」
テクテク…

千早(海外活動、か…)

千早(元々、優のために歌っていたのに、すごく大きな話になってしまったわね…)

千早(でも、これでもっと歌手活動を続けていられるわ)


テクテク…

真「……あれっ?」


千早「? ………真!」

真「千早! そう言えば、今日はプロデューサーと一緒に、すっごく偉い人に会いに行ったんだっけ?」

千早「えぇ、そうよ。真は、番組収録の仕事の帰りかしら?」

真「いや〜、今日も体を張った企画でさー。大変だったよもう」

千早「ふふっ……」
〜ファミレス〜

真「芸人さんの中に、空手の有段者が一人いてさ。だから、今日の対決は苦戦したなぁ」

千早「真剣勝負なの?」

真「そうなんだよ、全部本気でさー。
  まったく、ボクだって女の子なんだから、少しは手加減してくれても良いのに!」

真「まっ、勝ったけどね」ドヤッ

千早「ふふっ、おめでとう」


千早「……久しぶりね。こうして二人で話をするのも」

真「うん、そうだね…
  アメリカでのレコーディングの話、決まったんでしょ? すごいなぁー」

千早「本場の環境に触れることで、少しでも自分を高められたら、って…」

真「いよいよ765プロから国際派ボーカリストの誕生かぁ。
  頑張ってね、ボクもジャンジャンバリバリ応援するよ!!」ガッツ!

千早「えぇ、ありがとう真」
店員「ありがとうございましたー」

ガチャッ カランコロン…



テクテク…

千早「もうすっかり冬ね…」

真「ロサンゼルスも寒いんだろうなぁ…
  喉が乾燥しないように、日頃からしっかりケアしておかないとね」

千早「今の言葉、なんだか真らしくないわね」

真「どういう意味?」

千早「以前私の家で、タオルケット一枚で床に寝ようとしていたから、
   そういうことには無頓着なんだとばかり…」

真「し、失礼だなぁ千早は! ボクだってほら、お化粧とかしてるし!!」プンスカ!

千早「ふふっ……」


千早「…………?」キョロキョロ

真「……どうしたの、千早?」

千早「いえ……最近、誰かに見られている気がして…」

真「えぇっ!? ……ほ、本当に?」キョロキョロ
真「う〜ん……誰も見当たらないけど…」キョロキョロ

千早「大丈夫よ真、ありがとう。たぶん気のせいよ」

千早「レコーディングが近いから、少しナーバスになっているんだと思う。
   心配しなくても平気よ」

真「そ、そう? でも、何かイヤだなぁ……ほら、ストーカーとかもいるご時勢だし…」

千早「真は、ストーカーとか見つけたら撃退しそうだけれど」

真「だから、ボクだって女の子なんだよ! そりゃあちょっとくらい怖がるよ!」プンスカ!

千早「そうね、ふふっ…」

真「ちょっと千早、聞いてる!? もう、千早までボクを女の子扱いしないんだから…!」

テクテク…



渋澤「………………」

渋澤「……如月千早は二日後、ロサンゼルスへ出発、か…」

渋澤「黒井の旦那に依頼されたから、ここ何日間かマークしているが…
   本当にスクープになるようなネタを持ってんのか?」

渋澤「まぁいい……ロスに行くまでにおいしいネタが無ければ、
   黒井の旦那に報告して金をもらうだけだ」

テクテク…
〜二日後、事務所〜

春香「今日は千早ちゃんの出発日ですよ、出発日!」

千早「レコーディングだけだから、一週間もせずに帰るのだけれどね」

やよい「うっうー! 千早さん、おめでとうございますー!」

伊織「おめでとうも何も、まだ何もしてないわよ。
   でもまぁ、私達の評判を下げないよう、あっちでせいぜい頑張ってきなさいよね!」

千早「えぇ……ありがとう、高槻さん、水瀬さん」


響「千早! 自分、特製のサーターアンダギーを作ってきたぞ!
  沖縄が恋しくなったら、ぜひ食べてね!」

春香「響ちゃん、千早ちゃんは沖縄出身じゃないから心配いらないよ。
   それよりクッキー持ってって! はいっ!」

響「あーっ! 春香、ずるいさー! 自分が先にあげたんだぞ!」

美希「あ、おいしそうなの! いただきまーす」ヒョイッ パクッ

春香・響「こらーっ!!」

千早「ふふっ、ありがとう。あっちに着いたらいただくわ」
亜美「亜美達からのプレゼントは、はいっ!」

亜美・真美「100万ドルの笑顔〜〜!!」ニィーッ!

真美「そしてさらにー!?」

亜美・真美「一週間分のイタズラだYO→!」「ほれ、脇腹コチョコチョ→!」コチョコチョ

千早「ちょっ……こ、こらっ! 止めなさい!」


小鳥「あずささんと貴音ちゃんは、今日お仕事があって来られなかったんだけど、
   代わりにお手紙やプレゼントを預かっているわ」

千早「そんな、別に良いのに…」


小鳥「まず、あずささんだけど……これは、コンパスかしら?」

P「コンパス?」

千早「音無さん、手紙を見せてもらっても良いですか? ………」

千早「……私が普段使っているものと同じ型のものです。
   これさえあれば、道に迷わなくて済むと思います……と手紙に書いてあります」

P「あずささん、コンパスの使い方知ってんのかな」


小鳥「あと、貴音ちゃんね……あぁ、やっぱりこういうの」

千早「……海外の日本食は高いと聞きます。麺の茹で時間にはくれぐれもご注意下さい…」

P「大方の予想通り、というところだな」
雪歩「千早ちゃん、あの……私からもこれ、つまらないものだけど…」

千早「お茶ね。ありがとう、とても嬉しいわ」

千早「萩原さんのように上手に淹れられるか分からないけれど、ありがたくいただきます」

雪歩「えへへ」ニコニコ


やよい「どうしよう……な、何か私もあげるもの…」モジモジ…

千早「気にしなくて良いわ、高槻さん。すぐに帰ってくるのだし、気持ちだけで十分よ」

美希「あっちって、携帯繋がるんだっけ?
   おにぎりの作り方知りたかったら、いつでも電話してきてね!」

美希「あっ、でも時差あるから、もしミキが寝てたらごめんなさいなの」

千早「え、えぇ…」


千早「さてと……そろそろ行こうかしら」

P「もういいのか、千早?」

千早「はい。それじゃあ皆…」


春香「あれ……そういえば、真は?」

響「えっ? 本当だ、いないぞ?」キョロキョロ
雪歩「真ちゃん、家を出る時に忘れ物したから、ちょっと遅れるって…」

律子「まったくあの子は……せっかく皆がスケジュールを合わせて集まったのに」

高木「まぁまぁ律子君、そう目くじらを立てなくとも良いじゃないか」


千早「……まぁいいわ。今生の別れというわけではないのだし」

千早「萩原さん、悪いけど、真にはよろしく伝えておいてもらえないかしら?」

雪歩「う、うん……ごめんね、千早ちゃん」

千早「いいえ、萩原さんが謝ることではないわ」


千早「それじゃあ、行ってきます」

亜美・真美「行ってらっしゃ→い!」フリフリ

伊織「ダウンタウンには行かないよう注意しときなさいよ」

やよい「うっうー! グッドラックですー!」
響「千早の実力なら、きっとなんくるないさー! 頑張れー!」

律子「体調管理はくれぐれもしっかりね。あと、スリにも気をつけなさい」

雪歩「お、お茶を淹れる時は、あの、湯呑みを温めて……えと…!」

春香「あっちに着いて、もしできたら連絡してね、千早ちゃん!」

美希「お土産期待してるのー!」


ガチャッ バタン



P「良かったのか、千早? まだ時間はたっぷりあるんだし、もう少しゆっくりしてっても…」

千早「いえ……ちょっと寄りたい場所があるんです」

P「寄りたい場所?」

千早「えぇ。連れて行ってもらっても良いですか、プロデューサー?」
タタタ…

真「うわー、まいったなぁ……もうこんな時間だよ…!」

真「さすがにもう千早とプロデューサーは事務所出ちゃってるよなぁ…」


真「あれ?」


ブロロロロロ…


真「あ、あれは……プロデューサーの車だ!」

真「おぉーーい!!」ダッ!

タタタ…


P「ん?」

千早「あれは……真!?」


真「おぉーい、待ってぇーー!!」タタタ…
ブロロロロロ… キキィッ

ガチャッ

千早「真!」

真「千早! いやぁ、良かった……間に合った……はぁ、はぁ…」

P「大丈夫か、真? 家に忘れ物をしたって聞いたが…」

真「そうなんです。はい、千早、これっ!」


千早「………これは…」

真「ぬいぐるみだよ、クマコリンとゴンザレスの」

真「ずっと事務所に置きっぱなしで埃を被ってたから、ボクん家で洗濯してたんだ」

千早「これを、家に取りに戻っていたの?」

真「へへっ……これをボクだと思って大切にね、なんちゃって」

千早「もう、大げさなんだから…」クスッ
真「それじゃあ、ボクはここで」

P「あぁ」

千早「……待って下さい」

真・P「えっ?」


千早「真……あなたにも付き合ってもらって良いかしら? もし時間があればだけれど…」

真「えっ、うん……夕方からラジオの収録があるから、それまでで良ければ」

真「で、どこへ行くの? 千早こそ、もう空港に行かないといけないんじゃ…」

千早「時間は余裕を見ているから大丈夫よ。プロデューサー、真も乗せて下さい」

P「あ、あぁ……別に構わないが」


ガチャッ バタン

ブロロロロロ…
ブロロロロロ… キキィッ


P「ここは……寺か?」

千早「お墓参りをしたかったんです」

真「お墓……?」



テクテク…

P「一体、誰の墓なんだ……?」

真「……ひょっとして…」



テクテク…

千早「ここです」

千早「私の……弟の墓です」

P「えっ……!?」

真「………………」
千早「私が8歳の時、弟は……優は、交通事故で亡くなりました」

千早「両親は、弟の死を境に喧嘩が絶えなくなり、今はもう離婚しています」

P「ち、千早……」


千早「優は、私の元へ駆け寄ろうとして、車にはねられました」

千早「私がいなければ、あの子は事故に遭わずに済んだんです」

真「な、何を言ってるんだよ千早! そんなの、千早のせいじゃ…!」

千早「いいの、真。全て事実よ」

真「そんな……」


千早「私は、これからもっと腕を磨いて、立派な歌手になってみせる」

千早「それが、私の歌を愛してくれた優への、私にできるせめてもの償いだから」

千早「アメリカに行く前に……優に、それを報告しておこうと思って…」


真「………………」

P「千早に、そんな過去があったとは…」


千早「………………………………」


千早「………行きましょう」
P「もう、いいのか?」

千早「えぇ……ありがとうございました、プロデューサー。真も」

真「い、いや…」


P「俺達はこれから空港に直行するから、真を事務所まで送ってやることは出来ないが…」

千早「ごめんなさい、真。無理に誘っておきながら…」

真「い、いやいや全然! ボクのことは気にしないでいいよ。事務所へは電車で帰るから」

P「そうか、悪いな……雨が降りそうだから、気をつけて帰れよ」

真「はいっ! ……じゃあ、千早も頑張ってね!」

千早「えぇっ、ありがとう。それじゃあ、行ってきます」

テクテク…


真「行ってらっしゃーい! ……うわっ、雷なってるし…」

ゴロゴロゴロ…

真「……あれっ? 千早、ぬいぐるみ忘れてる…」

真「もう、せっかく取りに戻ったのに……ちょっとー、千早ー!?」


コソコソ…

真「………ん?」
コソコソ…

渋澤「……へっへっへ、なるほどな」

渋澤「弟を見殺しにしたアイドル、か……確かにおいしいネタだぜ」

渋澤「ちょっと脚色すりゃあ……いや、しなくても十分売れるな。くくく…」


真「……そこで何してるんですか?」

渋澤「!?」ビクッ!

真「さっき、弟を見殺しに、とか聞こえたけど…」

渋澤「チッ……何でもねぇよ、じゃあな」ザッ


真「さっきの話、盗み聞きしてたんですか?」

渋澤「……………」

真「そのカメラで、何を撮ったんですか? ……見せて下さい」

渋澤「……ふん、何を撮ろうと俺の勝手だろうが」

真「ボク達の話を盗み聞きして、どうするつもりなんですか! 言えよ!!」


渋澤「うるせぇっ!!」ダッ!

真「あっ、逃がすか!!」ダッ!
ダダダ…!

真「待てぇーっ!!」

渋澤「くっ……しつけぇガキだぜ!」


真「うおおおぉぉぉぉ……えいっ!!」ガシッ!

渋澤「うおっ!?」

真「このっ……カメラを見せろ!!」バッ!

渋澤「な、何しやがる!」


真「やっぱり……ボク達の写真を撮ってたんだな!」

渋澤「へっ! こういう悲劇的なネタは、俺達ジャーナリストの大好物なんだよ」

真「開き直ったな、このぉ!!」ガッ!

渋澤「ぐ、くそっ! いい加減放しやがれ!」

真「うるさいっ! 千早を陥れるようなことをする奴は許さないぞ!!」

渋澤「俺だって生活かかってんだよ!
   てめぇらアイドルだって、プライバシーをすっぱ抜かれるのは覚悟の上だろうが!」

真「好きでプライバシーをバラしてほしいわけないだろ!!」
渋澤「しつけぇぞ、カメラから手を放せ!!」

真「イヤだっ!!」


真「ダリャアッ!!」バシッ!

渋澤「うわっ! ……あっ、カメラが!」

真「よし、コイツのデータを…!」


渋澤「返せっ!!」ドンッ!

真「う、うわ……」ヨロッ…

ヨロヨロ…


渋澤「あっ」



プップー! ブオァァァァァッ!!

真「えっ」



ザアアァァァァァァァァァァァァ…!
ブロロロロロ…

P「いきなりすごい雨だな……ロスも冬場は雨が多いと聞くが…」


千早「……………」

P「千早……さっきはその……ありがとう、俺にも話してくれて…」

千早「いえ……」


千早「………………」

P「……大丈夫か、千早? 何だか顔色が良くないようだが…」

千早「い、いえ! 大丈夫です。少し、胸がザワザワしただけです」

千早「別に、さっきの話をしたからというわけではありませんから…」

P「そうか……緊張しているのかもな」

P「まだレコーディングまで時間はある。ゆっくりリラックスしていればいいよ」

千早「はい……」


千早「………………」
〜事務所〜

ザアァァァァァァ…

春香「うわぁ……外、すっごい雨だよ。大丈夫かなぁ、千早ちゃん…」

伊織「まだ空港に着いた頃なんじゃないの?
   それに、これくらいの雨ならフライトには問題無いわよ」

やよい「そうなんだー。私一回も乗ったことないから分かんないなぁ」

響「ふふん。自分は飛行機乗ったことあるぞー、やよい!」ドヤッ

やよい「うわー! 響さん、すごいですー!」キラキラ

律子「沖縄から来てんだから別にすごくないでしょ」


プルルルルルル…

小鳥「はい、765プロです」ガチャッ

小鳥「? ……はい………えっ…?」

小鳥「あの………しょ、少々お待ち下さい……」

律子「……小鳥さん、どうしたんですか?」


小鳥「あ、あの……」

小鳥「菊地真さんの、保護者あるいは責任者の方はいらっしゃいますか、って…」

小鳥「びょ、病院から……」
〜空港〜

P「ふぅ……荷物も預けたし、昼飯でも食いに行くか?」

千早「そうですね、時間もだいぶ余っていますし」

P「ははは、ちょっと早く来すぎたかな」

千早「飛行機ってあまり乗らないですし、勝手が分からないですよね」

P「そうなんだよ。手続きとか複雑そうで怖いから早めに…」


ヴィー!… ヴィー!…

P「うおっと、携帯が……律子か。何だこんな時に」

P「すまない、ちょっと待っててもらえるか?」

千早「あ、はい」

ピッ

P「もしもし、どうした?」

P「……あぁ……うん…………? ……えっ…」

P「ちょっと待て、落ち着け………うん……うん………」


P「………………………………」

千早「……?」
P「………………………………」

P「………あぁ、すまない………大丈夫だ、うん……」


P「そっちは誰が………律子と、社長……」

P「小鳥さんは事務所に残ってくれているんだな?」

P「あぁ、ご両親も………俺も行く………いや、しかし…!」

P「……社長が? …………そうか……」

P「うん………うん……」

P「こっちは大丈夫だ、そっちは頼む………すまないな……あぁ……」

P「何かあったらすぐに連絡してくれ……あぁ………それじゃあ…」

ピッ


P「……………………」

千早「プロデューサー……一体、どうしたんですか?」


P「………真が車にはねられた……救急車で病院へ運ばれたそうだ…」

千早「えっ…………」
P「搬送中は意識が戻らなかったが、心肺停止状態というわけではないらしい」

P「もう救急処置室とか言う所に入れられて……
  詳細は分からないが、直接的に命を落とす危険のある外傷は見受けられないって病院が…」

ダッ!

P「ち、千早!? どこへ行くんだ!」

千早「搬送された病院ってどこですか!? 私も行きます!」

P「ダメだ、千早! 俺達はここで待つんだ!」

千早「何を言ってるんですか!! 真が交通事故に遭ったんでしょう!?」


P「今、律子と社長、あと事務所にいた皆が病院に行っている。
  何か進展があれば、すぐに律子から連絡をもらえるはずだ」

P「フライトまでまだ時間はある。荷物を預けてから搭乗取り消しができるのか、
  一応確認してみるが、とにかく今は落ち着くんだ!」

千早「でも、こんな所でジッとしていられません!!」


P「今すぐにでも病院に行きたいのは俺も同じだ、だけど……律子からの連絡を待とう…!」

千早「くっ……!!」ギリギリ…!
〜病院〜

春香「………………」

響「ヒック……ヒック………うえぇぇ…」ボロボロ…

律子「響、泣くのはもう止めなさい…」

響「だ、だってぇ……」ボロボロ…

やよい「うえぇぇん……怖いよぉ…」グスッ…

雪歩「真ちゃん……」

美希「でこちゃん………真クン、大丈夫だよね…?」

伊織「……私に分かるわけないじゃない…」

真美「そ、そんな言い方……」


タタタ…

真の父「し、失礼! 真の事務所の方ですか!?」

律子「あっ! は、はいっ、あの…!」ガタッ!

高木「事務所の代表の、高木です。この度は、誠に申し訳ございません…」ペコリ…

真の母「まるであの子が助からないみたいに言わないで下さい…」

高木「は、はい…」
真の父「父の真一です。状況は、どのような…」

律子「さ、三時間ほど前に、救急処置室からこの手術室に運ばれたそうで…
   私達は二時間半前にはここに着いて、ずっと待っている状況なのですが…」

真の母「あぁ……!」オロオロ…

真の父「落ち着け、俺だって何度も事故ってるが大丈夫なんだ! あの子もきっと大丈夫だ!」

真の母「それとこれとは話が全然違うわよぉ…!」

春香(そう言えば、真のお父さんってレーサーなんだっけ…?)



【手 術 中】


【     】フッ…


亜美「!! ……き、消えた!」



ガチャッ

医者「………………」

真の父「せ、先生! ウチの子は…!?」

医者「えぇ………」
〜空港〜

「ただいま、デルタ航空DL284便の最終ご搭乗案内をしております。
 ご搭乗の方は、至急14番ゲートまでお急ぎ下さい」


P「……………………」

千早「……………………」


ヴィー!… ヴィー!…

P・千早「!!」

ピッ

P「もしもし!?」

P「うん! ……うん………」

P「そうか………あぁ……良かった、あぁ………うん…!」

P「……あぁ、そうだな、これからも経過を………あぁ……」

P「とりあえずは、命に別状も無いし、意識も戻るんだな? ……あぁ………」

P「分かった………ありがとう………あぁ、ありがとう、そっちもな。それじゃあ」

ピッ
千早「プロデューサー……!」

P「聞こえた通りだ。真は無事だ」

P「手術は成功したし、命に別状も無い。明日には意識も戻るだろうって」

千早「あぁ、良かった…!!」


P「それじゃあ、千早……」

千早「はい……わがままを言って困らせてしまい、すみませんでした」

P「そんなことは無いさ。じゃあ、飛行機に乗るか」

千早「はいっ」

テクテク…
〜事務所〜

小鳥「……………」ソワソワ…


ガチャッ

小鳥「! あぁ皆、お帰りなさーい!」

小鳥「お疲れさまでした。今、お茶淹れますね」


小鳥「いやぁ、一時はどうなることかと思いましたよ」

小鳥「最初に電話出た時、お医者さんだかナースさんだかの言ってる意味が分かんなくて…」

小鳥「でもまぁ、無事に手術も終わって、一安心ですよね!」

小鳥「あ、そうだ! ここにチョコレートあるので、皆で食べませんか?」

小鳥「実は、今日私から千早ちゃんに渡そうと思ってたんですけど、すっかり忘れちゃってて…」

小鳥「でも、こうして皆に食べてもらえるならいいかな、なんちて、えへへ…」



小鳥「? ………皆さん、どうしたんですか?」
〜翌日、ロサンゼルス 某スタジオ〜

武田「お待ちしていましたよ」

P「ロサンゼルスまでご足労いただき、ありがとうございます」

武田「なに、誘ったのは僕の方さ。君達こそ、わざわざ付き合ってくれてありがとう」

P「いえ、とんでもありません。今日はしっかりやらせていただきます」ペコリ

千早「よろしくお願いします」ペコリ

武田「うん。まだレコーディングまで時間あるし、くつろいでていいよ。
   なんなら、本場のアメリカンコーヒーが飲めるサーバーもほら、そこにあるし」

P「ははは……じゃあ、後でいただきます」

武田「うん。それじゃあ、時間になったらここでね」

ガチャッ バタン


P「ふぅ……いよいよだな。千早、リラックスだぞ」

千早「緊張しているのは、むしろプロデューサーの方じゃないんですか?」

P「むっ……バレたか」

千早「ふふっ……」
ヴィー!… ヴィー!…

P「っと……ここで電話か…?」

P「律子? ……」

ピッ

P「もしもし? お前、国際電話なんてバカ高いんじゃないのか?」

P「あぁ? ……うん………」

P「うん………うん………」

P「…………………ちょっと待て………」


P「…………ちょっと待て、場所を変える…」


P「千早……ちょっと外に出てくる。電波が悪い」

千早「は、はぁ…」

ガチャッ バタン


千早「……ボイストレーニングでもしていようかしら」
千早「〜〜〜〜〜〜♪」

千早「〜〜〜〜♪〜〜〜〜♪」


千早「う……ウウン…!」

千早「アー……アーアー…」


千早「〜〜〜♪〜〜〜〜♪」

千早「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」


千早「ちょっとイマイチかしら……いいえ、本番ではちゃんとやらないと…」


千早「……遅いわね、プロデューサー」
ガチャッ

千早「! ……あぁ、プロデューサー」


P「千早……真が話したいそうだ…」

千早「えっ?」

P「ほら……」スッ


千早「………もしもし?」

『………………………………』


千早「……もしもし、真? 聞こえる?」



『 ま っ こ ま っ こ り ぃ ー ん ! ! ! 』

千早「…………!!」キィーン…!
『へへっ、ビックリした?』

千早「もう、変ないたずらは止めて」

『いやぁ、ごめんごめん。朝はやっぱり大声出さないと気合が入らなくてさ』

千早「朝? ……あぁ、ロスは昼過ぎだけど、東京は朝なのね」

『うん、そろそろ明け方ってカンジ』

千早「そんな大声出して、周りの人に迷惑じゃないの? 明け方ならなおさら…」

『大丈夫大丈夫! 病室にはボクしかいないからさ。律子と雪歩が隣にいるけど』

千早「そういう問題かしら…」


『もう、千早は心配性だなぁ。ボクじゃなくて自分の心配をしなよ。もう本番でしょ?』

千早「えぇ、そろそろレコーディングが始まるわ」

『……頑張ってね、千早』

千早「ありがとう……ふふっ、さっきの大声聞いて、何だか調子が出てきたかも」

『本当!? なんなら、もう一回いっとく?』

千早「いいえ、それは遠慮しとくわ」

『何だよそれ!!』
千早「ふふっ、でも……あなたと話せて安心したわ。ありがとう、真」

『へへっ……』

千早「そういえば、怪我の具合はどう?」

『………だーかーら! ボクじゃなくて自分の心配!!』

『ボクのこの声を聞いて分かんない!? こっちは元気バリバリだって!!』

千早「そ、そうね……ごめんなさい」

『まったく……じゃあ、頑張ってね!』

千早「ありがとう、きっと成功させてみせるわ。それじゃあ」

『うん、じゃあね』

ピッ


千早「……よしっ!」


ガチャッ

武田「そろそろ始めようか?」

千早「はいっ、お願いします!」

P「……よろしくお願いします」


………………
………………


キィーーーーーン…


P「ふぅ……帰ってきたな、日本に」

千早「えぇ。それじゃあプロデューサー、さっそく病院に…」

P「あぁ、まぁ落ち着け千早。もう夜だよ。真のお見舞いは、明日でも遅くはないだろう」

千早「もう十分遅れてると思いますけど…」


千早「まぁ、いいですけれど。お見舞いは明日行くことにして、今日はもう帰ります」

P「それがいい。疲れているんだし、本当は明日も一日休んでて良いくらいだぞ」

千早「いいえ、明日行きます」キリッ

P「お、おう……」

ブロロロロロ…
ブロロロロロ… キキィッ

ガチャッ

千早「家まで送ってくれて、ありがとうございました」

P「武田さんも、千早のことをかなり評価してくれている。
  そう遠くないうちに、海外で本格的に活動できる日も来るだろう」

P「これまで以上に、体調管理はしっかりな。今日はゆっくり休めよ」

千早「はい、ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」

P「あぁ」

テクテク…



P「………………」ポパピプペ…

P「………もしもし、律子か? 悪いな、こんな時間に…」

P「………真の具合はどうだ?」

P「……あぁ……うん………そうか…」


P「お前はもう帰ってるんだよな……明日は?」

P「………そうか、響が……」


P「………あぁ……分かってるよ……」
〜翌日、病院〜

響「………………」ソワソワ…


テクテク…

千早「………あら、我那覇さん」

響「あっ! 千早………は、はいさーい!」

千早「真の病室は、あっちで良いのよね?」

響「う、うん……でも…」


千早「? ……でも?」

響「あぁいやいや! ちょっとまだ準備が…!」

千早「準備って、何の?」

響「こ、心の準備だぞ!」

千早「な、何も我那覇さんが緊張しなくても…」

響「違うんだ! 真が、まだ心の準備ができてないから待ってって…!」
千早「? ……変なの」スタスタ

響「あぁー! ちょ、ちょっと待ってよ千早!」


響「うっ! うぐぐっ……きゅ、急にお腹がぁー!!」ガクッ

千早「へっ?」

響「急にお腹が痛くなったさー!! だ、誰かー、千早ー! 助けてくれー!!」

千早「ちょ、ちょっと我那覇さん、病院の中でそんな大声を…」

響「うぎゃああぁぁーー!! 痛いよー!!」


ヴィー!… ヴィー!… 『キミマーデー トードキターイー ハーダーシーノー マーマーデー♪』

響「あっ、携帯!」ピッ

響「はいさい!?」

千早「やっぱり元気じゃない」


響「オッケー? オッケーなんだな!? 分かったぞ!」ピッ

響「千早、やっぱお腹痛いの治ったさー!」

千早「何なのよ一体…」
テクテク…

響「こ、ここだぞ…」

千早「あ、そう。じゃあ…」スッ

響「わーっ! 待って、自分が開けるから!」

千早「………あ、そう」


コンコン

響「ま、真ー……千早を連れてきたぞー…」

「どうぞー」

響「よ、よし……」

ガララ…



千早「………真」

真「やぁ、千早!」

P「来たか、千早。お疲れさん」

千早「プロデューサーも来ていたんですね。それに律子も」
律子「プロデューサーから聞いたわ。ロスでのレコーディングは大成功だったそうじゃない」

真「いやぁ、すごいなぁ千早は! すぐにでも海外進出できそうだね!」

千早「いえ、そんな……いいえ、今はそんなことはどうでも良いの」


千早「真、具合はどう?」

真「ん? うん……まぁ、元気元気!」

千早「……しっかり布団の中に包まって寝ているけれど、本当に大丈夫なの?」

真「うん! お医者さんが、こうして定期的にしっかり寝ないとダメだって」

千早「一応、起きることはできるのね」

真「当たり前じゃないか!」
千早「そう……でも、元気そうで安心したわ」

真「へへっ。ごめんね、こんな状態で」

千早「何を言っているのよ、自分の意志で事故に遭ったわけではないのでしょう?」

真「………まぁね」

千早「今は余計なことを考えないで、しっかり怪我を治すことを考えなくてはね」

真「……………うん」


千早「ところで、聞くのを忘れていたけれど、真はどんな怪我を?」

真「うん……まぁ、あの………大したことはないよ」

千早「………あ、そう…」

P「医者によれば、頭や顔、腕の傷以外に、目立った怪我は無かったそうだ」

P「で、主要な臓器にも傷はついてないから、命にも何ら別状は無いと」

千早「そうだったんですか。すごいわね、真…」


千早「じゃあ、そろそろ退院できるんですか?」

P「! ………あぁ、いや…」

真「…………………」
律子「……それはまだ分からないみたいね」

律子「お医者さんは何も言わないけれど、慎重に診察してくれているのかも知れないわ」

千早「そうですか……焦ってはいけない、ということですね」

P「あぁ、そうだな…」

響「………………」


千早「でも、大した怪我ではなさそうで何よりでした。じゃあ、私はこれで」ガタッ

真「へっ? ……あぁ、そう。なんだ、もっとゆっくりしてけばいいのに!」

千早「いいえ、あなたも本当は寝ていなきゃいけないのでしょう?
   無理をさせるわけにはいかないわ」

律子「そうね……真も、もう寝なさい」

真「うん……へへっ、しょうがないなぁ!」

千早「ふふっ、早く怪我が治るといいわね。また真のダンスを見たいわ」

真「……あぁっ!」


千早「それじゃあ、お大事に。失礼します」

ガララ…
テクテク…

千早「……………」

千早「あっ……」


スタスタ…

医者達「……………」


千早「………」ペコリ

医者達「……………」

スタスタ…


千早(お医者さんと、看護師さん……真の病室の方へ向かって行ったわね…)


千早「あっ」ピタッ

千早「私ったら、お見舞いの品を真にあげるのをすっかり忘れていたわ」

千早(馬鹿みたい……疲れているのかな)

千早(戻りましょう)


テクテク…
テクテク…

千早「ふぅ、着いたわ……さてと…」スッ


「あなた達、何をやっとるんですか」

「う、ウゥゥゥ……!」

「真−! し、しっかりするさー!」


千早「………!?」



ガララ…

千早「………………」ソォー…
真「あぐっ! ……う、ウウゥゥゥ…!!」

医者「足の固定を外して布団を被せるなどと…
   勝手にこんなことされたんじゃね、治るもんも治りませんよ」

P「すみません………すみません……!」

看護師「菊地さーん、大丈夫ですかー? 足痛みますかー?」

律子「あ、あぁぁ……」オロオロ…


千早「……………!!」

響「……!? うわぁっ!? ち、千早っ!!」ビクッ!

P「千早っ!?」


真「!! ………ち、千早……!」


千早「真……その、足の怪我は…!?」
真「な、何でもない…! ……こんなの、何でもないから…!」

真「ぐっ……ウゥゥゥ……!!」

看護師「菊地さーん、ちょっと足動かしますよー、我慢してくださーい」

真「ウアァァァァァァッ…!!」


千早「…………うっ」

千早「うっ、ぷ………ウッ…!!」ダッ!

タタタ…

律子「千早っ!」

響「あっ、千早! ま、待つさー!」ダッ!

タタタ…
〜女子トイレ〜

千早「ウッ………ウエェェェェェェェェッ!!」ビチャビチャ…

千早「はぁ、はぁ……うっ、ウ……エエェェェェェェェェ!!」ビチャビチャ…

千早「はぁ……はぁ………!」


タタタ…

響「千早っ!? ……千早、大丈夫か…?」

千早「はぁ………はぁ………」


ジャー…  フキフキ…

千早「……………」

響「千早……」

千早「…………………」



ツカツカ

ガシッ!

響「ひっ! ……ち、千早、あの…」
千早「我那覇さん、教えて」

千早「真のあの足の怪我は、一体どういうことなのかしら?」


響「あの……し、知らない! 自分、何も知らないぞ!」

千早「とぼけないで!」

響「ひぃっ!」ビクッ!

千早「事故があったあの日、事務所にいた人達は音無さんを除いて病院に行ったはずだわ。
   あなたも含めて」

千早「経過を直接見守っていながら、真のあの怪我を知らないなんて考えられない…!」

響「う、うぅ…」

千早「手術は成功したんじゃなかったの? お願い……教えて」


響「……こ、交通事故で…」

千早「そんなことは知ってるわよ!」

響「ひっ、あの………しゅ、手術は、成功したんだ…」


響「お医者さんが言うには、応急手術って、言うんだけど…」
響「主要な臓器は傷ついてなくて、擦り傷とかも大したことなくて…
  ってプロデューサーが言ってたのは、本当なんだ」

響「でも……突き飛ばされて、車に轢かれた時に、左足を……」

響「足の骨が完全に折れて……ひ、皮膚を突き破ってた、って…」

千早「………!!」


響「開放骨折、って言うらしくて……」

響「骨が空気に触れているから、感染症を併発する可能性があって危険な状態だった、って…」

響「で、でもっ!! それを治す手術は成功したんだぞ!
  このまま行けば、骨は問題なくキレイに元通りになるだろうって先生が…!」


千早「……じゃあ、しばらく入院は必要になるけれど、いつかは治るということなのね?」

響「………骨は…」

千早「………骨は?」


響「………神経が、傷ついてしまったみたいなんさー…」

千早「神経……!?」
響「左の太ももから、足首にかけて走ってる神経が、傷ついて…
  腓骨神経麻痺、って言うんだって…」

千早「そ、それって……そうなると、どうなるの…?」


響「………真の場合、左足が動かなくなる可能性が極めて高い、って……」

響「ダンスはおろか……まともに歩くことも、もう……」

千早「!!?」


響「………………」

千早「……う、うそ………うそでしょう……ねぇ?」ユサユサ…

響「……………ッ!」フルフル


千早「……そんな………どうして……!」


響「……………」グスッ…
響「………………」ポロポロ…


千早「……我那覇さん………さっき、突き飛ばされた、って…」

響「……えっ!?」ドキッ

千早「真が、車道へ突き飛ばされたの? ……誰に?」


響「そ、それこそ知らないぞ! 知らない! 自分は本当に知らない!!」

千早「我那覇さん! あなた知っているんでしょう!? お願いだから教えて!」

響「ダメだぞ!! 千早には言わないで、って真からも…!!」

千早「えっ?」

響「……あっ!!」ギクッ!


千早「我那覇さん……今の、どういうことかしら?」

響「あ、えぅ、あの…!」ドキマギ…

千早「何で、真が私に怪我のことを内緒にする必要が…?」
響「う、うぅぅ…」

千早「お願い……このままじゃ、真に会わす顔が無くなるの…」


響「……ち、千早は……大事なレコーディングを控えてたから…」

響「心配をかけたくなくて……だから、黙ってて、って…」

千早「……それだけじゃないんでしょう?」

響「うっ……そ、それだけさー…!」

千早「だったら、レコーディングが終わった今も隠し通そうとする理由が無いわ」

千早「第一、誰に突き飛ばされたのか、あと突き飛ばされた経緯への答えにもなっていない」

響「ううぅ……」


響「……男と、取っ組み合いの喧嘩をしてたみたいなんだ…」

千早「喧嘩…!?」

響「ジャーナリストだったんだって……
  目撃者が何人かいたから、事故の後まもなく、男は警察に連れてかれたらしいけど…」

千早「ど、どうしてジャーナリストと真が……?」


響「千早の、弟のお墓の前にいる千早達を、その男が写真撮ってたらしいんさー…」

千早「えっ……!?」
響「そいつは、お墓の前での千早達の話を盗み聞きしてたみたいで…」

響「弟を見殺しにしたアイドル、って……千早を悪く言う記事を書こうとしてたみたい…」

千早「……!!」

響「それを偶然見つけた真が、男を追っかけて……カメラを奪い合って…」

響「男がカッとなって、真を車道に突き飛ばして……っていう…」


千早「…………………」クラッ…

響「千早…!? だ、大丈夫か……?」


千早「私が………私さえ、真をお墓へ連れて行かなければ…」


千早「私さえいなければ……優も、真も…!!」

響「千早っ!? や、止めてよ……変な事考えちゃダメだぞ!!」


千早「う、ううぅぅっ!!」ダッ!

タタタ…

響「千早! 待って、千早ぁーっ!!」


………………
………………


ピンポーン…

「ち、千早ちゃーん……また来たよー…」

「お、おはよう千早! 今日は春香だけじゃなくて、俺も一緒だ…」

千早「……何の用ですか」


「あ、あのな千早! ……実は、今日はお前にすごく良いニュースがあるんだ!」

「武田さん、いるだろ? あの人から、昨日連絡があってさ…」

「何と、本格的にアメリカで活動をしてみないか、ってオファーが来てるんだぞ、千早!」
「曲のサンプルも預かってる! これがまた良い曲なんだ!」

「ほら、ポストに入れておくからな! 一度聞いてみてくれ!」ガシャッ

「良かったな! お前、目指していた夢へたどり着けるぞ! 国内外で支持される立派な歌手に!」


「ち、千早……?」


千早「興味ありません……」

「おい……何を言ってるんだ、お前あれだけ歌に…」

千早「もう歌う気はありません…」

「!?」
「ち、千早ちゃん…?」

千早「歌う資格なんて……夢を叶える資格なんて、私にはありません」

千早「弟の命を奪い、親友の夢を壊した私には……」


「け、怪我のことは気にしないでって、真も言ってたよ!
 だって、千早ちゃんは何も知らなかったんだから…」

千早「知らなかったで済まされる話じゃないわよ!!」

「! ……」


千早「もう治ることのない足を抱えた真に、どれだけ私が残酷なことを言ったのか、
   あなたは分かって言っているの!?」

千早「また真のダンスを見たい、早く怪我が治ると良い、って…
   彼女の状況を、気持ちを理解もせず、のんきに言いたいことを言って!!」

千早「私のせいで事故に巻き込まれた……その上、私はさらに真を無遠慮に傷つけたのよ…」

千早「それで、自分は叶えたい夢を叶えるだなんて………何なのよ…」


「あ、あのさ千早…」

千早「辛いんです……あなた達の相手をするのは」

千早「……もう、来ないで下さい…」
〜事務所〜

響「うわーん!! プロデューサー、ごめんなざいぃ…!」ボロボロ…

貴音「響、貴女一人が責任を感じることはないのですよ…」

響「だってぇ! 自分が千早に全部喋っちゃったからぁ…!」ボロボロ…


P「元々、真のことを千早に隠し通すことに無理があったんだ…
  それなのに、彼女の活動への影響を考えて、千早に隠すことを決めたのは俺だ」

P「千早が潰れてしまった責任は、俺にあります……申し訳ございません、社長…」

律子「そんなこと言わないで下さい。提案をしたのは私達です。私と真が…!」


高木「ウム……今は、責任がどうこうよりも、如月君の今後について考えるべきだろう」

高木「問題は、彼女が今後も活動を続ける意思があるのかどうかだが…」


P「……武田さんには、事情を全て伝えてあります」

P「その上で、武田さんは、回答はギリギリまで待つとおっしゃってくれていますが…
  正直、千早がこれから立ち直るかどうかは…」

春香(千早ちゃん……)
〜病院〜

看護師「はい、今日も平熱ですねー」

真「ありがとうございまーす!」


看護師「菊地さん、経過は順調ね。この分なら、外出許可が出るのも早まるんじゃないかしら」

真「本当ですか!? それっていつ!?」ワクワク

看護師「んー、早くて1ヶ月後が良いところね」

真「えー? もっと早めて下さいよー」

看護師「ダーメ。早めてほしいなら安静にしておくこと。お姉さんとの約束よ、ねっ?」ニコッ

真「ちぇっ、つまんないなー」


美希「………………」

伊織「………………」
看護師「じゃあ、安静にしてて下さいねー」

看護師「あ、あとお見舞いに来てくれた皆さんも、あまり菊地さんを刺激しないようにね」

伊織「あ、はい」

看護師「それじゃあ、お大事にどうぞー」

ガララ…


真「まったく……あの看護師さん、いつもボクにイジワルを言うんだよ」

真「困ったもんさ、ボクが患者の中で唯一年下だからって。まいっちゃうよね、もう!」プンスカ!


美希「真クン……次の765プロ定例ライブ、二週間後にあるの」

真「あぁ、この間春香から聞いたよ。
  頑張って! この病室からもパワーが届くように、ボクも応援するよ!」ガッツ!

美希「うん、それでね……千早さんなんだけど…」

真「……まだ、事務所に来てないの?」

伊織「……相当ショックだったみたいね…」
真「う〜ん、こりゃあますます頑張って早く治さないとなぁ」

伊織「えっ?」

真「ボクが千早と直接話をしないと、どうにもならなくなってるんでしょ?
  さっさと怪我を治して、千早に会いに行かなきゃ!」

美希「で、でも、真クンの足は…!」

真「お医者さんの言うことなんて、真に受ける必要ないさ!
  いざとなったら、ケンケンで千早の家へ行っても良いんだし」

伊織「そういう問題じゃ…」

真「とにかく! ボクが千早をガツーンと励まして立ち直らせるからさ!
  心配しないでよ、ねっ?」


伊織「……あんた、知らないの?」

真「何が?」

伊織「千早が、アメリカにいるプロデューサーからオファーがかかってるって話」

真「もちろん知ってるよ、だから早く立ち直らせなきゃ!」


伊織「オファーを受けると、千早が765プロを辞めることになるのよ?」

真「…………えっ」
伊織「契約上、765プロに籍を置いたまま、アメリカのプロデューサーの下で
   活動することはできないらしいのよ」

伊織「そして、あっちから求められている回答の期限はあと15日…
   現地での契約手続きが必要になるみたい」

伊織「つまり……もしOKを出した場合、次の定例ライブが終わった翌日には、
   千早はアメリカに発ってしまう…」


真「………………」

伊織「あの武田っていうプロデューサーは、アメリカ国内を飛び回って活動するから、
   千早が日本へ戻ってくることもあまり無いんじゃないかって…」


真「……なーんだ! 何を言い出すかと思えばそんなこと!?」

伊織「はぁっ? そ、そんなことって、あんたねぇ…!」

真「素晴らしいことじゃないか、アメリカンドリームだよ!
  すごいなぁ、やっぱり千早はすごいよ!」

美希「ま、真クン…!?」

真「ますます千早に頑張ってもらわなくちゃ! あー、早く治らないかなぁ、この足」ウズウズ…
伊織「あ、あんた私の話聞いてたの? もう千早に会えなくなるのかも知れないのよ!?」

真「それが?」

伊織「それが、って…!」

美希「寂しくないの、真クン!?」


真「千早の夢が叶う日が、すぐそこまで来てるんだよ?」

真「寂しいわけないじゃないか。むしろすごく嬉しいよ」

真「同じ765プロの仲間なら、千早の夢を後押ししてあげるべきでしょ?」

伊織「うっ……」


美希「ミキは、ヤ! 寂しいのは……千早さんと離れ離れになるのはイヤなの!!」ガタッ!

真「み、美希…!?」

美希「ミキ的には、寂しいって思わない真クンはどうかしてるって思うな!!」
伊織「こ、こら美希、止めなさいよ! 座りなさいってば…!」

美希「ヤー!! 次が千早さんとの最後のライブになるなんて、ヤなの!!」

真「違うよ。千早が新たな一歩を踏み出す、記念すべきライブになるじゃないか」

美希「そんな風に都合よく思える神経が分からないの!! 何で寂しいって思わないの!?」


美希「真クン……真クンが、こんな冷たい人だったなんて思わなかったの!!」ダッ!

ガララ…

伊織「あっ、こら美希!」

タタタ…


真「ありゃりゃ……まいったな」

伊織「いいわよ、私から言っておくわ」
伊織「でも……美希の言うことは、あまり間違ってないと思う」

真「……………」

伊織「寂しくないわけ、ないじゃない……あなた、本当に寂しいって思わないの?」

真「……ううん、全然」

伊織「………あっ、そ」


ガタッ

伊織「私も帰るわ」

真「えっ? ……あぁ、そう」

伊織「ケンケンで千早の家に行くとか言ってたけど、絶対に止めなさいよね」

真「あははは、あれは冗談だよ」

伊織「あんたの場合、本気でやりそうだから怖いのよ……お大事にね」

真「うん、ありがとう。じゃあね」

ガララ…



真「…………………………」


………………
………………


真「おー! これこれ、このゲームだよ。買ってきてくれてありがとう亜美、真美!」

亜美「ううん……」

真「いやぁ、入院生活って本当、何もすることが無くてさー。あっ、お金は後でね?」

真美「……………」


やよい「ま、真さん、あのう……」

真「あ、やよい。本番は明後日だったっけ? 追い込み時期だね、頑張って!」ガッツ!

やよい「……千早さんから、何も返事が無いんです…」

亜美・真美「……………」


真「……ふふふ、そんなこともあろうかと…」

真「ジャジャーン! 何と、最近はあそこに置いてある車椅子で散歩しているのさー!」

真「と言っても、散歩できるのは病院の中だけで、敷地の外には出ちゃいけないんだけどね」

真「でも、こっそり出ちゃえばバレないバレない!」
真「ほら! 皆で作詞した『約束』って曲を、今日春香が千早に届けに行くんでしょ?」

真「そこに、ボクの溢れる元気が合わされば、千早もきっと復帰するよ!」


真「というわけで、亜美、真美。ちょっとボクの体を起こして車椅子に乗せてもらえる?」

亜美・真美「……………」

真「? ……あぁ、心配しないで。もしバレても、お医者さんには亜美達のことは言わないからさ」


真美「もし、ライブまでに千早お姉ちゃんが復帰して、オファーを受けたら…」

やよい「もう、三日後にはアメリカに行っちゃうんですよね…」


真「……だからぁ! 寂しいんじゃなくて、おめでたいことなんだよ、千早の復帰は!
  そうでしょ!?」

亜美「う、うん……そうだよね! よぉし!」ガタッ

真美「いっちょやりますか、亜美殿! 題して、『菊地真脱走計画』!!」ガタッ

真「よし! そうと決まれば、まずボクの肩を…」


ガララ…

看護師「菊地さん、黙って外出しちゃダメよ?」ギロッ

真「は、はい……」
亜美「ごめんね、まこちん…」シュン…

真美「真美達、力になれなくて…」シュン…

真「まぁまぁ! しょうがないよ、あの看護師さんイジワルだし。
  あとは春香に任せよう」


亜美「うん……じゃあ、亜美達そろそろお仕事があるから、行くね?」ガタッ

真「あぁそうか、ラジオの収録だっけ? 楽しみにしてるよ、頑張って!」

真美「ありがとう、まこちん。じゃあ、またねー」フリフリ

ガララ…


真「……まぁ、しょうがないか。やよいも、そろそろイベントのお仕事じゃないの?」

やよい「あーっ、そうでした! あの、その…!」モジモジ…

真「あはは、いいよ気にしないで。頑張ってね」

やよい「あ、はい! ありがとうございます! 真さんもお大事にー!」ガルーン

ガララ…



真「………………」

真「あ、そうだゲームやろう…」
ピキュンピキュン  ドカーン バコーン

真「……………………」カチカチ…

真「……………………」カチカチ…


真「…………………………………」



プチン  ボスン…

真「…………………ちくしょう…」



コンコン

真「? ……どうぞー」


ガララ…

看護師「菊地さーん、お見舞いの方ですよー」


看護師「はい、こちらですねー」

あずさ「あらあら〜、どうもすみませ〜ん」ペコリ

真「あっ、あずささん!」
看護師「それじゃあ、お大事にどうぞー」

ガララ…


真「また看護師さんに連れて来てもらったんですか? この間来てくれたばっかなのに…」

あずさ「この病院、どこも似たような廊下が多くて……あの看護師さん、優しくて助かるわぁ」ニッコリ

真「は、はぁ……イジワルですよ、あの人」


あずさ「あっ、車椅子! そういえば、もう散歩できるって聞いたけれど…」

真「はい、病院の敷地の中だけですけどね」

あずさ「それじゃあ、ちょっと外に出てみる? 私が押してあげるわよ〜?」

真「えっ……やった! じゃあお願いします!」
コロコロ…

あずさ「あぁ〜、良い天気で気持ち良いわねぇ」

真「そういえば、そろそろ春なんですね。
  病院の中にいると、曜日とか季節の感覚がどうも薄れちゃって…」

あずさ「あらあら〜、それは気の毒だわ」


あずさ「あら…? あっちにベンチがあるから、そこで座っても良いかしら?」

真「はい、どうぞ。ボクばかり楽をしてるのも、申し訳ないですし」

あずさ「そんなことないわよ〜。ただ、日向ぼっこするのに気持ち良さそうな所だなぁって、うふふ」

真「へへっ……そうですね」
あずさ「よっこいしょ、っと…」

真「最近は、ずっとライブの練習に追われてるんですか?」

あずさ「そうなのよ〜。普段のお仕事の合間にみっちりやるから、もう筋肉痛がひどくて…」

真「うわぁ……何だか懐かしいなぁ、そういう会話」

あずさ「真ちゃんも、早くお仕事に復帰できると良いわね」

真「はいっ」


あずさ「ただ……心配なのは、やっぱり千早ちゃんねぇ」

真「亜美達から聞きました。ライブのセットリストは、どうするんですか?」

あずさ「一応、千早ちゃんにあげる『約束』を最後に持ってくるよう、
    順番を組んでいるのだけれど…」

真「復帰、間に合ってほしいなぁ。皆で一生懸命作った歌ですもんね」

あずさ「真ちゃんも、病室からメールで何度も連絡をくれたものねぇ」


あずさ「でも、寂しくなるわねぇ……やっぱり」
真「……あずささんも、ですか?」

あずさ「千早ちゃんがアメリカで活躍するのは、とても嬉しいわ」

真「だったらそれで良いんじゃ…」

あずさ「真ちゃんも……寂しくなるわね?」

真「えっ……?」


あずさ「……………」ニコッ

真「……な、何を言ってるんですか、あずささん…」

真「千早の夢が叶うんです。何で皆、寂しいって言うんですか…? ボクには、全然…」

あずさ「う〜ん、変かしら?」

真「へ、変ですよ! 同じ仲間なのに、成功を素直に喜べないなんて…!」

あずさ「それとこれとは、話が別よ」

真「!?」


あずさ「真ちゃんは、ウソをついているんでしょう? 他の誰でもなく、自分自身の心に」
真「なっ……」

あずさ「寂しいって思っちゃいけないって、真ちゃんは思っているのよ」

あずさ「離れ離れになるのが寂しいって自分が言ったら、千早ちゃんが安心して
    アメリカに行けないって…」

あずさ「ましてや、千早ちゃんは自分のせいで真ちゃんが怪我をしたと思っているから…」

あずさ「だから、余計な心配をかけまいとして、わざとそうやって強がって、
    明るく振る舞っているのよね?」


あずさ「でも、それは間違いなの」

真「!? ………えっ…」


あずさ「もちろん、千早ちゃんを応援しようとする気持ちはとっても大事よ」

あずさ「でも、それを盾にして自分の気持ちを誤魔化しちゃ……否定しちゃダメなの」

あずさ「応援する気持ちと同じくらい、寂しいって思う自分の素直な気持ちも、
    大切にしなきゃいけない感情なのよ」


真「あずささん……」

あずさ「いつだって、自分の気持ちには素直でいなきゃ」

あずさ「人のためだろうと、自分の心をいじめてばかりじゃ、自分がかわいそうだもの。ねっ?」ニコッ
真「………………」


あずさ「……? あら〜、この車椅子、後ろのポケットに何か入っているの?」

真「あ、あぁ……出してみてもいいですよ」

あずさ「うふふ、何かしら……」ガサゴソ…


あずさ「あら? これって…」

真「ぬいぐるみです。ボクと千早がゲーセンで取ってきた、熊と鳥の…」

あずさ「あぁ、千早ちゃんに渡すつもりだったものね。はい」スッ

真「……どうも」


真「………へへっ、思い出すなぁ」

真「熊はボクが取ったんですけど、この鳥は千早が取ったんですよ。
  確か、5千円以上お金使って」

あずさ「まぁ、そんなに?」

真「おかしいでしょ?」
真「大体、千早はどこかおかしいんですよ、いつも! 初めて会った時だって…」

真「すっごくカンジ悪くて……正直、こんな子とは絶対友達になれないだろうなって」

あずさ「あら〜、そう思っていたの」

真「あ、内緒ですよ今のは」


真「でも……話していくうちに、この子はすごく真面目で、素直な子だっていうのが
  分かったんです」

真「自分の目指すものに対しては、常に真剣で……それが、何かカッコ良くて…」

真「かと思えば、心の底では、皆のことを大切に思ってるのが分かって…」

真「ほら、最初の感謝祭ライブの時、千早、一人でダンス練習してた時があったんですよ」

真「皆に迷惑をかけたくない、って……直接皆に言えば良かったのに…」


真「不器用だけど、すごく優しくて、責任感が強くて…」

真「だから……そんな千早が、ボクは大好きで…」
あずさ「………………」

真「だから……だから、千早にアメリカからオファーが来てるって話を聞いた時は、
  本当に、心の底から嬉しかったんです!」

真「本当に……自分のことのように嬉しくなって……」

真「一日でも早く、千早に直接会って、おめでとうって言いたくて…!」


ギュッ…

真「だけど……」

真「大好きだけど………大好きだから……」

真「だから……もう一度………ッ」


真「もう一度だけでいいから……千早と一緒のステージに立ちたかったなぁ…!!」ボロボロ…

真「明後日が最後だなんて……それにボクが間に合わないのが、情けなくてっ!!
  うぅ……悔しいんです…!」


真「会えなくなるなんて、イヤだ……寂しいよ………もっと一緒にいたいよぉ…!!」ボロボロ…


あずさ「………………」ウンウン…

真「あうぅぅ…う、うぐっ……ひっぐ、ううぅぅぅ…!!」ボロボロ…
真「……………」ヒック… ヒック…


真「…………………」


真「…………………」



あずさ「落ち着いた?」

真「はい……ありがとうございます、あずささん…」

あずさ「うふふ、いいのよ」


真「あずささん……一つ、お願いがあります」

あずさ「えぇ、いいわよ〜」ニコッ
〜千早宅〜

ピンポーン…

「千早ちゃん…? ……私。春香です…!」

「あのね? 今日は、渡したいものがあって……ここ、開けてもらえる?」


千早「何も欲しくない……もう私のことはほっといて…」



春香「……ほっとかない!」

千早「!」

春香「ほっとかないよ!」


春香「だって私、千早ちゃんがアメリカで活躍する姿を見たいもん!」

春香「最後のステージになろうと、明後日一緒に立って、一緒に歌、歌いたいもん!!」

春香「お節介だって分かってるよ……でも、それでも…!」

春香「私、千早ちゃんにアイドル続けてほしいっ!!」


千早「………!!」
「ふぅ……じゃあこれ、ポストに入れとくからね? 絶対見てね!」

ガシャッ


テクテク…



千早「……………」



千早「これは……春香からの、手紙………と、歌…?」

千早「『約束』……」



千早「! ………熊と鳥の、ぬいぐるみ……」
千早「…………」

千早「真……………」ギュッ…



ガサゴソ…

千早「………………」


千早「………良い曲ね……」



ポパピプペ…

千早「……………」

千早「……プロデューサー………突然すみません」


千早「武田さんと、コンタクト取れますか? ぜひ……お願いしたいことがあるんです」
〜夜、病院〜

真「…………………」スー スー…

雪歩「…………………」ウツラ ウツラ…



ガララ…

雪歩「…………ふぇ?」パチッ


千早「萩原さん、風邪をひくわ。こんな遅くまで…」

雪歩「ち、千早ちゃん!?」ガタッ


雪歩「真ちゃん、あの! ち、千早ちゃんが…!」ユサユサ…

千早「いいのよ、萩原さん。寝ているのなら、無理に起こすことはないわ」

雪歩「そ、そう……?」


真「…………………」スー スー…
雪歩「千早ちゃん……あの…」

千早「萩原さん、心配をかけてごめんなさい」

千早「コンディションはお世辞にも良いとは言えないけれど、明後日には間に合わせるから」

雪歩「! ……そ、それじゃあ…!」

千早「プロデューサーにはもう伝えてあるわ。萩原さんも、皆、本当にありがとう」

雪歩「ううん! 千早ちゃん、良かった…!」ウルッ…


千早「私にとって、765プロでの最後のライブになるわね」

雪歩「……うん………頑張ろうね!」

千早「えぇ」


雪歩「じゃあ……私、帰るね」

千早「こんな時間だと、お父さんに怒られるんじゃないかしら?」

雪歩「そ、そうだね、えへへ……急がなきゃ」
雪歩「じゃあ、おやすみ」

千早「えぇ、おやすみなさい」

ガララ…



千早「………真……」

真「…………………」スー スー…


千早「ごめんなさい……あの日以来、ずっとお見舞いに来なくて…」

千早「………………」


ガサゴソ…

千早「………ふふっ、このぬいぐるみ……何だか思い出すわね…」



千早「鳥さん、鳥さん…」
千早「鳥さん、そんな困った顔をしてどうしたんですか?」


千早「熊さん、実は……私は、遠い遠いアメリカの森へ来ないかと、誘われているんです」


千早「……それで、鳥さんはどうするつもりですか?」


千早「私は、アメリカへ行って、もっと素敵な歌を歌えるようになりたいと思います」

千早「熊さんは、そんな私をどう思いますか?」



真「…………………」スー スー…


千早(……私は、真に何て言ってほしいんだろう…)
真「えへへ……」

千早「!?」ビクッ!


真「うわぁ…………すごいなぁ………」

真「ちはやぁ………」

真「おめでとう………」


千早「………………」

真「…………………」スー スー…


千早(寝言か……)



真「…………ふぁ」パチッ


千早「………………」

真「…………千早…」モゾモゾ…


千早「おはよう、真」ニコッ

真「おはよう……って、真夜中じゃないか」
千早「真……私、明後日のライブに出るわ」

真「!! ……そう、良かった…!」

千早「そして、次の日にアメリカに行くから…」

真「………あぁ、うん……おめでとう! 頑張ってね!」


千早「……真は、どう思っているの?」

千早「あなたを事故に巻き込んでおきながら、私が夢を掴みにアメリカへ行くことを…」


真「……事故に巻き込んだなんて、自分を責めてはいけないよ」

千早「でも、私が余計なことをしたせいで、あなたは…!」

真「何があろうと、ボクは千早を応援するだけさ」

千早「……………」

真「怪我のことは、本当に気にしなくていいんだよ」

真「むしろ、千早を守ったことの勲章っていうか……勝手に誇りに思ってたりするし」

千早「真……」

真「千早が活躍していくのを見るのは、本当に自分のことのように嬉しいんだよ」


真「でも……やっぱり、寂しいんだ…」

千早「………私もよ」
真「もう一緒でいられないなんて、イヤだ……離れ離れにはなりたくない……」

千早「……………」

真「へへっ……」グスッ…

真「ごめんね………こんな、おめでたい時なのに…」ポロポロ…

千早「…………」フルフル…


真「千早……寂しいのはイヤだから、これだけはお願いしたいんだ」

真「これから何があっても、765プロを……ボクのことを忘れないでね」

真「そうしてくれれば、ボクも、皆も、きっと寂しくないから…」


千早「……忘れたくても、忘れられないわよ」

千早「ありがとう、真……」

真「ううん、こちらこそ……今までありがとう、千早…」


ギュゥ…

真「……少しだけ、このままでいてもらっても良い…?」

千早「真さえ良かったら……」

真「………あー、安心するなぁ…」

千早「ふふっ……」
〜ライブ当日、会場〜

ワァァァァァァァァ…!!

「おぉ……」 「えぇっ!?」


「千早ちゃんだ!」 「何で!?」 「歌えるのかよ…?」

ザワザワ…


千早「会場に来てくれた皆さん……ご心配をおかけしました」

千早「皆が私のために作ってくれたこの曲を、今日は皆で歌いたいと思います」


春香「一緒に歌おう、千早ちゃん!」

響「なんくるないさー!」

千早「えぇ……さぁ、皆…」ニコッ
ブロロロロロ… キキィッ!

ガチャッ

律子「まったく、こんなのほとんど誘拐じゃないのよ!
   勝手に病室からライブ会場まで車で連れ去るなんて…」

真「へへっ、ボクは囚われのお姫様ってとこかな?」

律子「お医者さんはともかく、私まであんたのお父さんに殴られるのはごめんよ。
   あの時はプロデューサー、本当に大変だったんだから」

真「それは父さんにキツく言ってあるから大丈夫だよ。
  それよりほら、早く車椅子乗せて! もう始まっちゃうよ!」

律子「はいはい!」



ダダダー…!

バァンッ!

真「だぁ!! ……ま、間に合った!」


千早(!? ……真!)

真(頑張れー、千早ぁー!!)フリフリ!

千早「………うん!!」
「あーるーこうー はてーないーみーちー♪」

「うーたーおうー そらーをこーえーてー♪」

「おーもーいーがー とどーくよーうーにー♪」

「やくそーくしーようー まえをーむくーことー♪」

「Thank you for smile 〜♪」


ワァァァァァァァァァァァッ!!


春香「千早ちゃん…!」ジワァ…

千早「春香……皆、ありがとう…」


真「うわぁ、すごいなぁ…!」

真「千早………おめでとう……」



千早「皆……まだフィナーレではないわ」

千早「実は、もう一曲あるの」

一同「えっ!?」


ザワザワ…
千早「もう噂として流れていて、すでに聞いている方もいるかも知れませんが…
   私は765プロを離れ、明日アメリカへ行きます」

千早「つまり、765プロの一員として活動するのは、今日で最後になります」

千早「だから……最後のこの機会に、皆に届けたい歌があるんです」


真「千早……」


千早「アメリカでデビューするに当たり、お世話になる武田プロデューサーから、
   曲のサンプルをいただきました」

千早「その曲を、今日のライブで歌うことを特別に許可していただいたんです」
千早「この曲は、友との美しい思い出を歌った歌です」

千早「私は、これまで765プロで過ごした皆との思い出を、決して忘れることなく、
   未来への糧にしていきたいと思います」


千早「曲名は、『Diamonds in My Heart』……『心のたからばこ』という意味です」

千早「英語で上手く歌えるか分からないけれど……どうかお聞き下さい」


ワァァァァァァァァ…!! パチパチパチ…



千早(これが、歌で伝えたいという気持ち……真、ようやく分かったわ)



〜〜♪


千早「Do you remember the days ♪」

千早「when we had long, long way to go … ♪」


………………
………………


春香「いよいよお別れなんだね、千早ちゃん…」グスッ…

伊織「初っ端からそういうこと言うんじゃないわよ」

やよい「うえぇぇぇん、千早さぁ〜ん!」ボロボロ…

響「やよいぃ〜、泣くなよぉ〜! 別れに涙は似合わないさー…」ボロボロ…

律子「だーもう、この子達は……こっちは元気でやってるから、あなたもしっかりね」

美希「千早さん! ミキ、千早さんの曲全部買うの! 絶対買うの!!」

雪歩「千早ちゃん……改めて、本当にすごいですぅ…」

亜美「DSのポケ毛ンの最新作だよ、千早お姉ちゃん!」

真美「これを真美達だと思って大切にぃ〜…!」グスッ…

貴音「貴女の歌声が、遠い異国の地から聞こえてくる日を楽しみにしていますよ、如月千早」

あずさ「うふふ、頑張ってね千早ちゃん」ニコッ


千早「皆、ありがとう。じゃあ、行ってきます」
キィーーーーーン…


P「結局、真は来れなかったな…」

春香「でも、本人はそんなに寂しそうじゃありませんでしたよ?」

真美「何で?」

響「あんなに千早と仲良くしてたのに?」

亜美「ピヨちゃんは、今日来れなくてすっごい泣いてたなぁ…」

律子「社長が一生懸命慰めてて大変だったわよね」


美希「何でだろ……やっぱ真クン、冷たい人なの?」

伊織「そ、そんなことは……どうだろ」

やよい「うー?」キョトン
〜病院〜

看護師「はい、今日も平熱ですねー」

真「ありがとうございまーす!」


看護師「何だか嬉しそうね、最近良いことあったの?」

真「そりゃあもう! 看護師さんには教えてあげませんけどねー」

看護師「何よそれ、ふふ……」


看護師「それじゃ、お大事にどうぞー」

ガララ…



真「えへへ……」


真(千早……頑張って…)

真(この鳥さんのように、元気に飛び回る君の姿が見れる日を、楽しみにしているよ)


真「ねー、ゴンザレスー?」

真「えへへ……」
そよ風 青空 ともだち みんなの笑顔

そのままに 心のたからばこに入れて


………………
………………


「はい、菊地さん頑張ってー!」

「ふん……ぎぎ……!」

「まこちん頑張れ→!」「ファイト→!」


「はぁ……はぁ………!」

「辛いでしょう、リハビリ。 でも、地道な積み重ねが大事なんです」

「へへっ……何の、まだまだいけますよ!」

「その意気です。さぁ、もう一度左足を前に!」

「うおぉぉぉぉぉ…!!」

「ふんが→!」「ふんぬぬぬ……!!」

「亜美、真美。貴女方が気張る必要は無いのでは?」

「野暮な事は言いっこなしだYO、お姫ちん」


………………
………………


「そうか……辞めるのか」

「はい。お父さんのお仕事が軌道に乗って、収入が安定してきましたから」

「何もこんな急に辞めることないじゃない…」

「やよい〜……寂しくなるさー」グスッ…

「ごめんなさい、伊織ちゃん、響さん……でも、絶対遊びに来ます!」

「そうだよね! やよい、クッキーはいつでも置いてあるからね! はいっ!」

「わぁー、春香さんの焼くクッキーが一番ですー!」ポリポリ

「どんなに大きくなっても、やよいはやよいだなー」

ワハハハハハハハ…


………………
………………


ワァァァァァァァァ…!!

「皆さん! 今日は、皆さんに重大なお知らせがありますぅ!」

「長らくお休みをしていた真ちゃんが、やっと復帰するんですぅ!!」

「うおぉぉぉぉ!!」 「待ってました!」 「まこりぃ〜ん!!」


「でも、真ちゃんは大学へ進学し、スポーツ医学を学ぶ道を志しました」

「なので、今日が真ちゃんの、765プロ卒業ライブになるんですぅ…!」

「だから……だから…!」

「ちょっと激しいダンスはできないけれど、最後のライブを皆で応援してあげてください!!」

ワァァァァァァァァ…!! パチパチパチ…


「イエーイ!! まっこまっこりぃ〜ん!!!」

ワァァァァァァァァァァァァ!!


………………
………………


「うえぇぇぇぇぇん!! プロデューサーさぁん……みんなぁ…!」ボロボロ…

「小鳥! 結婚おめでとうなの!」

「まったく、最後までハラハラさせてくれたわね…」

「うふふ。これで小鳥さんと、旦那の愚痴トークに花を咲かせることができるわぁ」ニコッ

「あ、あずささん……フラッと事務所に来て、サラッと怖いことを…」

「まさかぁぁ、こんな年になってまで貰い手がいるなんて思わなくてぇ…!」ボロボロ…

「こ、小鳥さん落ち着いて…」

「てっきり、プロデューサーとくっつくもんだと思ってましたけどねー」

「律子さん、その辺は心配ご無用です。
 プロデューサーさんとは、職場の不倫相手としてこれからも末永く…」

「ちょっ、小鳥さん!?」

ギャーギャー!


………………
………………


「オホン! ……えー、私が新しく765プロの代表になったー…」

「えー……あのー……」

「プロデューサー、頑張ってー!」

「リラックスですよ、リラックス!」

「う、うるさい! それにもうプロデューサーじゃない、社長だぞ社長!」

「全然そうは見えないんですけどー、にひひっ」

「ぐぬぬ……お前ら、結婚してアイドル辞めてからますます図々しくなったな」

「こうしてたまに冷やかしに来るのも楽しいさー」

「ははは、かわいい卒業生達に囲まれて幸せだねぇ、キミィ」

「先代は黙ってて下さい!」

アハハハハハハハハ…


………………
………………


 お元気にしているでしょうか?

 あの日から25年以上もの時が過ぎましたが、つい先日、

 偶然にも四条さんと会う機会がありました。

 結局、彼女がアメリカにいた理由は聞き出せませんでしたが、

 あの時と変わらない四条さんに会えて、嬉しく思ったものです。


 そのせいでしょうか。

 何だかとても、あの頃のことを懐かしく思い出したりしています。


 突然ですが、来月、日本へ立ち寄る機会があります。

 もし、あなたさえ迷惑でなければ、もう一度お会いすることは

 できないでしょうか?

 お体の方は、お変わりないですか?


 765プロに宛てたこの手紙が、あなたの元へ届くことを祈って。

 お返事、待っています。


………………
………………


 お便りと、お心遣い、ありがたく頂戴しました。

 あの日から、もう25年以上もの時が流れたのですね。

 再び会える日が来るとは思いませんでした。


 ご活躍は、テレビや雑誌でも良く拝見しています。

 私はというと、都内でとあるダンス教室を開いており、

 アイドルの卵を育てる毎日です。


 ダンス教室のすぐ近くに、公園があります。

 あなたが765プロに来て間もない頃、私とあなたが初めて話をした、

 あの公園です。

 案内図を同封しますので、そちらにてお会いできればと思います。


 会える日を、心より楽しみにしています。


………………
………………


先生「1、2、3、4、ターン、エン、ターン…」パン パン

先生「ターンに入る前のステップはコンパクトに! そこまで踏み出さなくていいよ!」


先生「1、2、3、4、ターン、エン、ターン…」パン パン

先生「そう、焦らないでいい! リズムは間に合ってるから上半身を大きく使って!」



生徒C「へえぁぁぁぁぁ……」グッタリ…

先生「いいね。大分良くなったんじゃないかな」

生徒B「うえぇぇぇぇ……キツすぎだぞ…」


先生「んー? どれどれ…」グッ グッ…

生徒B「あーそこそこ。先生のマッサージ気持ちいいさー」

先生「……この程度の筋肉疲労なら、ストレッチとアイシングやっときゃ十分」ペチッ!

生徒B「うぎゃっ!」


先生「はいっ! それじゃあ、後片付けして帰りの支度をしなさーい」

生徒一同「はーい!」
生徒C「先生さよーならー!」

生徒D「さよならー!」フリフリ

先生「はい、さようならー」


先生「あっ、そうだ! 中村さーん!」

生徒A「はい?」

先生「これ、春香……ううん、お母さんから頼まれていたお味噌!」

先生「いつもクッキー焼いてくれてありがとう、って先生が言ってたってよろしく伝えといてね」

生徒A「わぁ、ありがとうございます! ……うぐぐ、重い…」


生徒B「エリ子ー、何してるんだー? 早く行くさー!」

生徒A「あ、マナ美ちゃん! はーい!」

生徒A「じゃあ先生、さようならー!」

先生「さようならー、お母さんによろしくねー」

ガチャッ バタン
先生「ふぅ……さてと…」


ガチャッ

娘「ただいまー」

先生「あら、お帰り。早かったのね」

娘「うん。テスト期間中だから部活も無いし」


先生「ねぇ……あんた、『ダイヤモンヅ・イン・マイ・ハート』って曲知ってる?」

娘「『Diamonds in My Heart』でしょ?」

先生「こ、こしゃくな発音を…」

娘「母さんこそ、カタカナ英語はかっこ悪いから止めた方がいいって言ってるじゃん」


娘「知ってるよ。今度の合唱祭でも歌うし」

先生「あら、そうなの!? へぇ〜、合唱祭!」


先生「………へえぇ〜…」ニヤニヤ

娘「……何、そのニヤニヤは」

先生「んーん、べっつにぃ〜?」ニヤニヤ

娘「……気持ちわる」
先生「さてと……うわっ、もうこんな時間!」

先生「ちょっと母さん、これから行く所あるから、あとお願いね」

娘「えっ? 出るの?」

先生「古い友達が近くに来るっていうから。夕飯までには帰るよ」

先生「あ、ご飯の準備してないから、お米といでお水につけといてね。それじゃ」

娘「あっ、ちょっと…」

ガチャッ バタン


娘「……何だよ、もう」ポリポリ…
〜公園〜

先生「〜〜〜〜♪」ワクワク…



テクテク…

女性「………あら」

先生「! …………あぁー!!」フリフリ

女性「久しぶりね……キレイになっていたからビックリしたわ」

先生「世界を飛び回る大スターが何言ってんの、えへへ」


女性「さっき、そこの自販機でお茶とジュースを買ってきたけれど、どっちがいいかしら?」

先生「……じゃあ、ジュースちょうだい」チャリッ

女性「あぁ、いいわよお金は。はい、どうぞ」スッ

先生「ありがとう」

先生「……って、どこかでこんなやり取りをしたような…」

女性「ふふっ、気のせいよ」
女性「さっき、春香と我那覇さんにそっくりな子供達とすれ違ったけれど…」

先生「あぁ、二人の子供が私のダンス教室に通っているのよ」

女性「あら、そうなの?」

先生「雪歩も今度、子供を入れようかなーって言ってるよ」

女性「そうなんだ………ふふっ」


先生「……どうかした?」

女性「いいえ……一人称、変わったんだなぁって思って」

先生「あぁ……アラフォーのおばちゃんが、今さら“ボク”でもないでしょ?」

女性「ふふっ、そうね」
先生「事務所には顔を出した?」

女性「えぇ……あの人も相変わらずね」

先生「最近、お腹が出てきたみたいだから、ウチのダンス教室来ますか、って誘ったの。
   そしたら、あの人何て言ったと思う?」

先生「俺はアイドルじゃないから、体型なんて気にしなくていいんだ、だってさ」

女性「ふふふ、もっともだけど何かおかしいわね」

先生「あの人、社長になってからも変わんないんだよねぇ。常に現場を飛び回ってて…」

女性「結局、誰ともくっつかないままね」

先生「仕事が恋人なんでしょうねぇ」


先生「そういえば、あっちでどこぞのプロデューサーと結婚したって聞いたけど、
   ひょっとして例の武田さんって人?」

女性「いいえ、違うわ。今も彼とは、お仕事で一緒になることはあるけれど」

先生「あ、そう……まだ子供いないんだっけ? 作ればいいのに」

女性「私達は、お互いがベストパートナーだから、今のままでいいのよ」

先生「ふぅーん…」
女性「……足の具合は、どう?」

先生「あぁ、これ? すっかり大丈夫。走るのは難しいけど、日常生活には問題無いよ」

女性「そう……良かった」


女性「あの時のことは、本当に悪かったと思っているわ」

先生「また、25年振りにあってそんな話…」

女性「ううん、でも……あんなことがあったのも、
   あなたのためにこれまで頑張ってこれた一つのきっかけだって…」

女性「最近は、そう思うようにしているのよ。
   だから、申し訳ないと思う気持ちは、私の中では大事なの」

先生「別に気にしなくて良いのに……
   まぁ、今や押しも押されもせぬトップアイドルになったわけだし、それでいいか」

女性「あなたが納得するのなら、そういうことでいいわ」


先生「ねぇ……トップアイドルって、何だろうね?」

女性「何をそんなやぶからぼうに…」

先生「いや、いつか話していたじゃない、あの人。
   自分でトップアイドルにならないと、本当の意味でそれが何なのかなんて分からないって」

女性「あぁ……そうだったわね」

先生「で、実際になってみてどうですか?」
女性「……分からないわ。実感も無いし」

先生「あなたが分からないんじゃ、きっと誰にも分からないね」

女性「さぁ……でも、分からなくていいんだと思う」

女性「この道に、ゴールなんて無いから…」

先生「……へへっ、それもそうだね」



女性「……ところで…」ガサゴソ…

先生「ん?」


女性「これ……覚えているかしら?」スッ


先生「………はははは…」ガサゴソ…

先生「忘れるわけないじゃないか」スッ

女性「やだ、あなたも持って来ていたの?」

先生「絶対、このぬいぐるみの話題になると思ってね」ニヤッ

女性「ふふっ……」クスッ
 ぼくは今も一人 走りつづけている

 あのころの夢 忘れることできずに

 どこかで出会えたら おなじ笑顔見せて

 信じてた明日へ また

 走ろうよ


先生「じゃあ、私が熊のぬいぐるみを持って、っと…」

女性「私が鳥だったわね」


先生「ねぇ、鳥さん鳥さん」

女性「さっそく鳥の名前忘れてるじゃない」

先生「だって、鳥のことゴンザレスって言ったらいつも怒ってたし」

女性「あら、そうだったかしら?」

先生「千早の方こそ忘れてるじゃん」

女性「ふふっ、ごめんなさい」

先生「まったく……じゃあ、もう一度ボクからね」

女性「えぇ」


〜おしまい〜
スレタイと途中の詩は、PSソフト『チョコボレーシング 〜幻界へのロード〜』の
ED曲である、太田裕美の『心のたからばこ』からの引用です。

海外版では、『Diamonds in My Heart』という英訳の別アレンジになっていて、
Vicki Bellという人が歌っています。
この冒頭の歌詞も、一部引用しています。

また、とんねるずの『毒コブラ座』という昔のコントをネットで見て
号泣してしまったのも、このSSを書いたきっかけです。

どちらもすごく素敵な曲とお芝居なので、ご存知ない方はぜひ何かの機会に
探してみて下さい。

それでは、失礼致します。
英語版
http://www.youtube.com/watch?v=KhSZrkvwT9M
>>198
今回が最後のSSになると思うので、今までのものを一通りご紹介します。
クロスやパロばかりです。


・内村「765プロアイドルの芸能活動をプロデュース!」

・雪歩「帝拳高校の人は怖いですぅ…」

・響「ハム蔵に花束を」

・亜美「ホ→ム!」真美「アロ→ン!」

・真「地球を守るんだ……光の巨人になって!」

・古畑「ん〜……これは765プロの人間による殺人ですー」

13:31│菊地真 
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