2013年11月08日
凛「プロデューサーってさ……」
「プロデューサーってさ、」
助手席で黙ってスマホをいじっていた凛が不意に声をあげる。
助手席で黙ってスマホをいじっていた凛が不意に声をあげる。
「……なんだ?」
こういう雰囲気の凛の言葉に、あまり良い思い出がない俺は、やや突き放したような声で応じる。
「一体、何なんだろうね?」
軽い溜息と共に吐き出される言葉。
「お前達を輝かせるための裏方だよ」
それに対して、とりあえず当たり障りのない言葉を返した。
凛がこういう言葉を嫌うのは承知の上だが、間違ってもいないので文句も付けづらいだろう。
要するに様子見である。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1370269835
「そういうことじゃなくて!」
案の定、凛は少しだけ感情を表に出してこちらを向く。
「じゃ、どういう意味だ?」
「……これ」
俺の冷めた言葉に、凛はやや剥れた様子でソッポを向いてから、いじっていたスマホを俺の方へ向ける。
「こらこら、俺は運転中だぞ」
「見なくても、何見せようとしてるか分かってるよね?」
「俺はエスパーじゃないぞ?」
「知ってる。私のプロデューサーだよ」
こういう言い方を、一体どこで覚えてくるんだか。
俺はさっき凛がしてみせたような溜息を一つしてから、
「加蓮によく似合ってるだろ?」
そう言葉にした。
「……別に、プロデューサーが贔屓してるなんて思ってないけど」
俺の口調に感じるものがあったのか、少し拗ねたような声音で凛は言う。
「でも、少しは話してくれたって良いと思う」
「今日の収録のこと、加蓮には話してないぞ?」
「そりゃ、そうかもだけど……」
凛は基本的に論理的で、理性的な子だ。と、少なくとも俺は思っている。
「俺は俺なりに、その仕事に合った子を選んでるつもりだ」
だから、こういう物言いに弱い。
「だから、それは分かってるってば。加蓮、よく似合ってるよ」
それを自分でも意識してるのか、単純に勢い任せで感情をぶつけるのが苦手で、
結果的に凛はこういう回り道をするための言葉を、実に苛立たしげに言うのである。
「それじゃ、何が不満なんだ?」
そういうところが凛の美徳でもあるのだが、そういう状態で放置すると、大抵は碌なことにならない。
これは凛に限らない話だが、そうならないためにも、感情はできるだけ吐き出してもらう必要がある。
「……ウェディングドレス着た加蓮とツーショット撮る必要、無いよね?」
「それを言われると辛い」
そのために俺は薮蛇と知りつつも彼女を突っついて、挙句何とも気まずい告発を受ける事になるのだが、これはもう職務上致し方ないことなのだろう。
「そこは認めるんだ」
「まぁ、仕事を逸脱しちゃったとこだからな。一応、緊張を解すためって名目はあったけど」
「ふぅん……」
俺の申し開きに、凛は軽い溜息をまた吐いた。
しかし、今度の溜息はどちらかというと、決して悪くない感情を溶かし込んだ溜息だった、と思う。
「加蓮ってさ」
「なんだ?」
そして、やや遠い口調で凛は、
「良い子だよね」
突然そんな事を言い出した。
「なんだ、藪から棒に」
「ん〜、何となく」
本当に何となく、なんだろう。窓の外を見るとはなしに見ている凛は、それ以上何も言わない。
「そりゃまぁ、俺のアイドルだからな」
「ふふ、そういう風に堂々と誇ってくれると、嬉しいな」
それまでの、ピリピリした感じがすっかり消え去り、
口元を緩めてさえいる凛の感情は、今一体どこにあるのだろう?
「友達としてか?」
「うん。それに、あなたの担当アイドルとしても」
ほんと、こういうの、どこで覚えてくるんだろうか。
「勿論、お前の事も誇りだよ」
「ん、知ってる」
何とか自分のペースに戻そうと発した言葉もあっさりと飲み込まれた。
「ん〜……プロデューサー?」
「なんだ?」
「ごめん。ちょっと、妬いちゃってた」
そんな俺のちょっとした敗北感を知ってか知らずか、凛はあっさりと感情を吐き出す。
「いいよ、別に。そうやって外に出してくれたほうが助かる」
それ自体は良いことなんだが……なぜだろう、何か負けたような気がしてしまう。
「プロデューサーはさ、真面目だよね」
「そうか?」
そうだろうか?
凛の発した言葉に自分を振り返ろうとした矢先、
「皆に優しくて、皆に冷たい」
そんな事を言われて、一瞬間心臓を掴まれたような心地がした。
「……そりゃどうも」
それは、俺自身意識してることだし、無意識的にそうしないといけないと感じて動いているものだ。
「そういうあなただから、きっと皆安心して頼れるんだよね」
「なんだか、釘を刺されてるみたいだな」
だけど、改めて外側からそう言われると、少しくるものがあった。
俺は、内心の動揺を悟られないように、できるだけ素っ気ない調子で言葉を探る。
「そういうつもりは無いんだけど……」
凛は、変わらず窓の外を見ている。
窓の外は普段と何も変わらない、都会の情景だ。
「ね、もし私がアイドルじゃなくて……ううん、やっぱり何でもない」
「まったく。そこまで言ったら同じだろ」
色んな人間が居て、色んな出来事が起こっている。
もしかしたら運命の出会いがすぐそこで起こっているかもしれないし、その逆も然りだろう。
「答え、聞きたくないし」
「……あんまり、小さい世界に生きるなよ、凛」
俺と凛が出会ったのも、この都会で、
「どういう意味?」
「いろんな意味。俺個人としては、向けてくれる好意はありがたいけどな」
凛との付き合いは、決して短くない。だから、お互いの事はそれなり以上に理解しているつもりだ。
「うん」
「凛くらいの年頃のそれは、麻疹みたいなものだから」
だけど、理解すればする程、分からなくなるのが人間なんだろう。
「……」
「そうだな、自分が納得のいくところまでアイドルの道を進んで、」
俺は正直なところ、アイドルではない渋谷凛を、もはや想像できない。そんな凛と接する自分のことも。
「何かを掴んだ時に、その気持ちがまだ本物だったら、それに身を任せても良いかもな」
「その時にプロデューサーが誰かのものになってたら?」
「直球だな、お前は」
「今更でしょ。そこまで鈍感な人なら、私のプロデューサーじゃないよ」
凛は、それを想像できるのだろうか?
「その時は、まぁその時に考えろ」
俺のこの答えは、俺に向けてのものでもある。分からないものを、無理やり想像したって無駄なのだ。
「えー、やだよ私。略奪愛なんて」
「やっぱり、身を引く選択肢は無いのな」
「身を任せても良いって言ったのはプロデューサーでしょ」
それでも。
「ん〜……ま、少なくともお前がそうなってる頃までには独り身だと思うけどなぁ、俺」
「その心は?」
「一応、俺なりの覚悟というか、ケジメというか」
「……?」
想像はできなくても、そうありたいと願う姿を創造することくらいは、できるのかもしれない。
俺の言葉に再びこちらを向いた凛の視線を感じながら、
「初めて担当した子くらい、最後まで全霊を賭けて見守りたいというか、そういうの」
俺は何とも恥ずかしい台詞を口走っていた。
「ふぅん……」
「ったく、こういう事言わせるなよな、恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ」
凛の視線を、痛いくらいに感じる。
知っている。こういう言葉を、決して笑わないのが渋谷凛だ。
「だって、私はこんなに嬉しいよ?」
「お前のそういう反応が恥ずかしいの」
そういうところが何より美しい、俺の自慢のアイドルだ。
「……因みに」
と、不意に凛の纏う空気が変わる。
「一応聞いておくけど、担当してる子で、一番『有り』なのって誰?」
「肇」
やや胡乱な調子で尋ねられた言葉に、殆ど条件反射で答えていた。
「……そこは即答なんだよね、いつも」
はぁ、と盛大な溜息を漏らす凛。
「いや、あんまり真に受けるなよ?」
申し訳程度のフォロー。いや、実際そこまで真剣に惚れた腫れたの話ではないのだ。
凛の言う通り、担当している子の中での、それも仮定の話をしてるだけで……
「別に、何度も聞いてるし今更どうこう思わないけど。ていうか、それなら肇にブライダルの仕事回せば良かったんじゃないの?」
俺の脳内言い訳をまるで聞いていたかのように、凛が呆れた調子で言う。
「仕事に私情は挟まないの」
「やっぱ、真面目っていうか、堅物っていうか……」
凛は再び窓の外を見ながら、
「何なんだろうね、プロデューサーって」
今日何度目になるか分からないため息を吐く。
「露骨に溜息を吐くな。幸せと仕事が逃げるぞ」
「幸せはともかく、仕事はそうだよね、うん」
「アイドルの基本。忘れるなよ?」
この状態で何を言うかと言われそうだが仕方ない。
目的地が近付いているのだ。そろそろモードを切り替えてもらわねば。
「ん、分かってる。こんな風に愚痴言うの、プロデューサーの前だけだから」
「加蓮や奈緒にも言わないのか?」
「言わないわけじゃないけど、違う感じの愚痴だよ」
「そうか。ま、ちゃんと友達付きあいできてるようで何より」
「……何か、子供扱いされてる」
視界の端で凛が剥れているのが分かる。だから、そういう顔するなってのに。
「最初の頃、遊びに誘われても断って一人で帰ってた生意気娘が何を言う」
「あ、あれは……!」
「同じ事務所だからって、馴れ合うつもりはない、だっけ?」
そういう指摘も込めてからかってやると、今日一番のトマト顔をした凛が見られた。
「もう、昔の話は禁止!」
凛の、歳相応な表情と声音に笑いながら車を止める。
「さて、頑張ってこいよ」
ちょっとやり過ぎただろうか。そう思わないでもないけど、まぁ勢いはついただろう。
「何だ、今日は挨拶についてきてくれないんだ」
憮然としながら車から降りかけた凛が少しつまらなさそうに言う。
「悪い。これからC局に迎えに行かなくちゃいけなくてな」
「C局……あぁ、そっか。この時間だと、肇だ」
ふんっと鼻を鳴らしながら俺の事を軽く睨んだ凛は、
「その顔やめろ。普通の送迎だよ」
「知ってます!」
俺の言葉に、べっと舌を出して見せてから、車を降りてさっさとテレビ局の中に吸い込まれていった。
「まったく……本当に、」
ロビーの中、警備員さんにお辞儀しながら私は一人ごちる。
「本当に、私とプロデューサーって、何なんだろうな」
スカウトした人間と、された人間。アイドルと、プロデューサー。大人と、子供。
「今のところは、だけど」
誰に話しているわけでもないのに、ついそう付け加えてしまう。
それがこの先、どう変わっていくのか。変えていくのか。変わってしまうのか。
それを知るのは怖いようで、楽しみなようで。
だけど、どっちにしても。今のままでは満足できない自分がいるのは、確かだと思う。
「麻疹、か」
プロデューサーに言われた言葉を思い出す。
恋に恋する、なんてよく言われるけど。それが本当なのかどうなのか。私もそんなものに囚われているだけなのか。
「それを知るためにも、今は一つ一つ登っていかないと」
いつか、あの人と同じ目線で話す事ができるようになれるところまで。
焦るなって、プロデューサーは言うけど。だったら、焦り過ぎない程度に、だけど最短で、そこまで登ってみせる。
だから……
「それまで待っててよね、プロデューサー!」
おわりです。
画像支援ありがとうございました!
なんかとりとめが無くて申し訳ない。
SSってものを書いてみたくなったので書かせていただきました。
色々至らないとこだらけですが、ご容赦を。。
温かい言葉ありがとうございます。
肇ちゃんはガチ。。
それはともかく、調子に乗って違う子の話もちょっと投下してみます。
「おす、おはよ……」
初夏に入り、そろそろ空調をつけようかと思いつつも、倹約家の社長と事務員が怖くてまだ手が出せない自分を呪いつつデクスワークをこなしていると、後ろから遠慮がちに声をかけられる。
「お、奈緒。来たな」
その声の主こそ、俺の待ち人である。いや、他意は無いが、朝からずっと机に向かって仕事をしながら待っていた相手だから、多少は補正が掛かっているというか。
実際のところ、奈緒の姿を確認するや否や、思わず椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がってしまった。
「な、なんだよ。朝からテンション高いな」
奈緒はというと、そんな俺の様子にいささか以上に引き気味である。というか、明らかに何かを警戒している。
「まぁ、そう構えるな。新しい衣装があるわけでもなし」
何を警戒しているものかと考えて、すぐに思い当たった。俺がこういうテンションの時ってのは、大抵奈緒に何か仕事を頼む時なのだ。ついでに言えば、可愛い衣装がセットのことが多い。どうも、照れ屋の奈緒にはそれが(少なくとも表面上は)面白くないらしい。
「な、なんだ。無いんだ……」
と、いうのも過去の話かもしれない。奈緒は安堵の息を吐くと共に、どこか残念そうな素振りを見せた。
「期待させちゃったか?」
ようやく、染まってきてくれた、ということだろうか。
「べ、別に期待とかしてないってば、ばか」
照れ隠しの言葉も、最初の頃ほど語気が強くない。
「はは、悪い」
昔の、とにかく怒鳴るくらいの勢いの照れ隠しも可愛いものだったが、最近のこういう仕草はずるい。ファンに見せられないのが勿体無いくらいだ。
「……それで、私に用があるんじゃないのか?」
なんて事を考えていたのが伝わってしまったのかどうか。奈緒はやや睨むように俺を見ながら尋ねてきた。
「ああ、そうだ。凛から伝言。今日の夜、加蓮と一緒に奈緒の部屋に行くから掃除しとくように、だとさ」
そう、俺が彼女を待っていた理由はというと、何てことは無い。他の担当アイドルから伝言を預かっていたという、実に単純で瑣末なものだ。
「はぁ?」
その事実に、奈緒は目を丸くする。そして、聞きようによっては呆れすら混じった声で、
「まさか、そんな事伝えるためにこんな朝から事務所で待ってたのかよ?」
そんな事を言った。まさか。さすがに俺もそこまで暇ではないし、担当アイドルのためとはいえ、そこまでする慈愛の精神も持ち合わせていない。
「そんなわけないだろ。逆だ、逆」
「逆って?」
「朝早くから事務所にいたから、伝言板にされたの」
そう、ただ仕事のついでに伝言を預かっていただけなのだ。
まぁ、ちょっと休憩して朝飯食いに行こうと思っても奈緒が来たらと思うと席を立てず、ずっと仕事をしていた辺りは、小心者の悲哀だが。
「なぁ、Pさんって、プロデューサーだよな?」
俺の答えに、奈緒はさらに呆れを深めた声音で、実に失礼な事を聞いてきた。
「今更何を言う」
まったく、担当プロデューサーに対して何たる態度か、と憤慨するわけもなく。
「……威厳、無さ過ぎるんじゃないの?」
まぁ、そう思うよなという自覚はある。悲しいことに。
「そんな事はない。俺を伝言板代わりに使うのは、この事務所じゃ凛とちひろさんくらいだ。あ、あと川島さんと礼子さんもか」
「程々の威厳だな」
それでもなけなしのプライドを満足させるべく言った言葉を、しかし奈緒は一蹴してくれる。
「……泣ける事をしみじみ言うんじゃないよ」
なんとも情け深いアイドルだよ、この子は。
「それにしても、凛にも困ったもんだよな。人の都合も聞かないで勝手に集合場所に決めやがって」
そして、奈緒はというと、俺の低空飛行を続けるテンションにはまるで気もとめず、今夜のお泊まり会に思いを馳せているらしい。
口でこそ、こんな事をいう奈緒だが、
「奈緒」
「な、なんだよ?」
「口元、にやけてるぞ」
「う、うるさい、そこは空気読んで見ない振りしろよな!」
まぁ実際のところ、感情を隠すのが恐ろしく下手な子だったりする。まぁ、そこが見ていて微笑ましいところだが。
「相変わらず仲が良いな、お前達は」
凛に、奈緒に、加蓮の三人組はトライアドプリムスというユニットで活躍してくれているが、プライベートでもよくつるんでいるようだ。
学年も趣味も性格も見事にバラバラなのに……いや、だからこそ馬が合うのかもしれないな。バランスが取れているというか。
「まぁ、二人共良い奴だからな。アタシの趣味も笑わないし……」
「仲が良いのはいいが、あんまり遅くまで起きてるんじゃないぞ」
「分かってるよ。その辺心得てるから、凛も今日を選んだろうし」
なるほど。ホワイトボードを見れば、確かに、明日は三人ともオフだ。
「そういうのも勿論大事だが、休める時にはキッチリ休んでくれよ。身体が資本なんだから」
「分かってるってば」
俺の保護者然とした言葉に、奈緒はちょっと面白く無さそうに言う。言ってから、急に顔を赤らめたかと思うと、
「なんか、Pさんが身体とか言うとエロい……」
いきなりそんな事を言い出した。
「何が!?」
脈絡が無さ過ぎだ! 年頃の娘がなんて事を。
「何となく」
「勘弁してくれ。そういうの、割と敏感なご時勢なんだから」
こんな事を他人(特に緑の制服が大変似合っている事務員)に聞かれたら、事実かどうかはさておいて、俺が何がしかの面倒を被るのは火を見るより明らかだろう。本当に勘弁してほしい。
「ふぅん……」
俺の狼狽に、しかし奈緒の反応は薄い。ここでようやく、俺は違和感を感じた。
「奈緒?」
「な、なんだよ?」
何というか、会話に集中してない。一つ一つ話題を消化して、本当に自分がしたい話をする機会を窺がっているような、そんな気配。
「いや、何か用があるんじゃないのか?」
「用がなきゃ、事務所に来ちゃダメなのかよ?」
が、そう簡単にそれを認めないのも奈緒である。
「そうは言ってないが……いや、別にそれならそれで良いけど」
「うん」
こういう時、奈緒の場合は無理に聞きだそうとしても逆効果になる事が多い。
というわけで、俺は奈緒から話しかけてくれるまで仕事をしながら待つことにした。
ま、この感じだと十数分で話してくれるだろう。
「……」
「…………」
なんて見通しは、実に甘いものだったと、俺は今痛感している。
既に1時間が経過したが、奈緒は未だに俺の仕事ぶりを黙って見ているだけだ。
「……奈緒?」
いい加減、俺としても限界だったので強行突破を試みる。
「べ、別に何も無いってば! Pさんの仕事ぶりを眺めてるだけだし!」
「俺は何も言ってないぞ」
なんというか、サスペンスで自分からボロを出していく残念な犯人を思い浮かべてしまった。
本当に感情を隠すのが苦手な子だな。
「とにかく、何かあるなら言ってくれ。溜め込まれるのは困る」
「……これ、凛から回ってきたんだけど」
そっとスマホを差し出す奈緒。
その画面には加蓮が満面の笑みを浮かべている。俺の横で。
ようやく聞き出せたかと思ったらこれである。
「あぁ……奈緒、お前もか」
この写真、今週に入って見せられるの何度目だろうか。
「ど、どういう意味だよ?」
「いや、特に深い意味はない。最近その写真についての釈明ばっかりしてる気がしててな」
「釈明って……別に悪いことしてるわけじゃないのに」
俺は何となく暗殺される政治家の気持ちに浸っていたが、奈緒の予想外の反応にそんなものは吹っ飛んだ。
「え?」
「なに?」
見事なすれ違いだ。これはお互いの認識の間の溝を埋める必要があるようだ。
「いや、うん……ちなみに、奈緒はその写真を俺に見せて、何を言いたかったんだ?」
「あ、うん。加蓮、似合ってるなって」
これは想定内の回答だ。
「……それだけ?」
「そ、それだけ」
「じゃ、ないだろ。その続きがありますって顔してるぞ」
ここは慌てず、奈緒の本音を探る。
「ま、まぁ、多少はある、かもだけど」
「言ってみてくれ」
「いや、でも……」
「別に怒りも笑いもしないから」
ここまでくると無性に知りたいというか、知らなくちゃいけないという義務感めいたものまで芽生えている。
「ほ、本当だな?」
そんな俺の気迫が伝わったか、奈緒もいよいよ腹を括ったらしい。なんて、大袈裟すぎる表現な気もするが。
「絶対だな?」
「そう念を押すなよ。少しは俺を信頼してくれ」
「う、うん。それじゃ……」
奈緒は世紀の大告白でもするかのように、溜めに溜めてから、
「いや、私も、こういうの、似合うかなって」
顔を真っ赤にしながら、つっかえつっかえそう言った。
「は?」
「ほら、やっぱり馬鹿にした!」
思わず作ってしまった間抜け面に、奈緒が怒鳴る。いや待て、誤解だ。
「してない! ちょっと想像してたのと違うから驚いただけだ」
「何だよ、想像してたのって」
「いやほら、加蓮となんでツーショット撮ってるんだよ的な」
釈明をしてきたのは、まさにこういう事を言われたからなんだが、
「んー……」
奈緒は俺の答えに、しばらく眉を寄せて考えた末、
「Pさん、それはちょっと自意識過剰なんじゃ?」
またしても一刀両断してくれた。
「俺がどうこうって話じゃなくて、加蓮とそういう事するなって意味な!」
そりゃそうだ。釈明ってのに微妙な反応を見せたんだから、そういう意図じゃないと気付くべきだった。
その辺の気恥ずかしさから、思わず屁理屈めいた言い訳をしてしまったが、
「あぁ、なんだ。そういうこと」
奈緒は納得したようで、神妙な顔つきになる。ころころと表情の変わるのが、なんとも奈緒らしいというか。
「別にそういうのは思わないなぁ。だって、加蓮から撮ってくれって言ったんじゃないの?」
「ま、その通りだが」
「むしろ、加蓮や凛が迷惑掛けてごめんなさいって感じだし」
奈緒の妙に落ち着いた反応に、俺も少しずつ自分を取り戻す。
「……やっぱ、最年長だけあって奈緒はそういうとこ落ち着いてるな。普段は二人にからかわれてるけど」
「最後のは余計だよ!」
少し怒ってみせた奈緒は、しかしすぐに笑って、
「ま、ほら、私はさ」
照れくさそうに鼻と口元を手で隠しながら、
「二人ほど、夢も現実も見ていないから」
そんな事を言った。なかなか、詩的な表現だ。凛がうつったか……?
「……?」
「今のこの感じが、一番良いってこと。プロデューサーなら、そのくらい察せよ、ばか」
俺がいまいち言葉の意味を掴みきれずにいると、奈緒はそう付け足した。
奈緒の馬鹿、という言葉には色んな意味が込められている、ような気がする。
今のがどんな感情を込められていたのか、俺も正確には捉えられてないかもしれないが……
「そうか」
ただ、とても優しさと親しさの込められたものだったと思う。
それは俺に向けられたものか、或いはここにいない誰かに向けられたものか。
「……二人の事、頼むぞ」
「言われなくても。凛も加蓮も、他の事務所の皆も。私の大事な仲間だからな」
「頼もしいな」
それはつい漏れ出た俺の本音だった。付き合いが長くても、気付かない部分なんてものはいくらでもある。
「ふんっ」
「そんな頼もしい奈緒に朗報だ」
それを知れただけでも、今朝は凛の伝言板をやった甲斐はあったかもしれない。
「……?」
とは言え、だ。
「いやぁ、さっき仕事が舞い込んできてな。誰に任せようかと悩んでたんだが……」
「まさか、私に?」
何となく、奈緒に驚かされっぱなしでいるのも面白くない、なんて考えが過ぎってしまうのは、俺もまだまだ子供だからだろう。
「どうだ、こんな風にお姫様な感じを出して欲しいんだが」
先程の無言タイム中に送られてきたメールに添付されていた写真を奈緒に見せる。
「む、無理!」
その途端、奈緒はまたしても顔を紅潮させて両手でバッテンを作る。
「なんで?」
「そ、そんな可愛い感じの服、は、恥ずかしい……」
「何を恥ずかしがる必要がある。絶対に似合うぞ」
「え、いや、うん……ほ、ほんとに?」
しどろもどろになる奈緒を見ていると、何となく安心する。
「当たり前だ。俺はお前の何だ?」
「ぷ、プロデューサー、だよな」
それは多分、俺が彼女のプロデューサーでいたいから、じゃないかと思う。少し歪んでいるな、なんて自覚もしながら。
「そうだ。その俺が言うんだから間違いない。ついでにさっきの話に戻るが、ウェディングドレスも似合うと思うぞ」
「〜〜〜〜!」
あの落ち着きのあった奈緒はどこへやら。
「バカ! アタシはもうレッスン行くからな!」
ほとんど怒鳴るようにそう言い残して事務所を出ようとする奈緒を、慌てて呼び止める。
「あ、おい。それでこの仕事……」
「知らない! か、勝手にしろ!」
「あー……」
今度こそ、紛れもない捨て台詞。乱暴に閉じられた扉を眺めながら、
「つまり、OKと」
俺は、手帳のスケジュール欄に奈緒の名前を追加した。
「う〜〜、本当に、アイツは……!」
変な奴だ、と思う。
アタシなんかをアイドルにして……なんて言ったらあの人は怒るけど。
それでも、思ってしまう。アタシなんかをアイドルにして、可愛い服を着せて、それで似合ってるなんて言って。
「恥ずかしいことばっかりさせやがって……!」
何がしたいんだろうと思う。それで、あの人自身は何が得られるんだろうって。
だけど。
「あんなの、あんなフリフリの可愛い服なんて、アタシには……」
不思議と、口元が弛む。
心の奥底までは、強がりきれない。
「似合うわけ……」
アタシだって、女の子なんだ。知ってる。当たり前だ。
だから。
「似合う、のかな? 本当に?」
着飾って、それであの人が褒めてくれたら、やっぱり嬉しいんだ。
「また、喜んでくれる、のかな……?」
あの人と、一緒に笑ったり泣いたり、この世界を経験するのが、楽しいんだ。
「へ、へへ……」
そのために、私はここにいるんだろう。ここで、夢のような現実を生きているんだ。
アタシは凛ほど理想を望まない。加蓮ほど、現在を望まない。
その代わり、この心地の良い、嘘みたいな本当を護っていきたい。
いつまでも、凛が理想を目指せるように。加蓮が現実に飽いてしまわないように。
二人が、今のままずっと輝けるように。二人と、これからもずっと輝けるように。
あとは……そう、それから。
「……よし!」
まぁ、なんていうか……ついでに、あの人の笑顔も護れるように。
「今日もレッスン、頑張らないとな!」
おわりです。
最後の方は好き勝手書いちゃったので、あれかもしれません。
お目汚し失礼しました。。
こういう雰囲気の凛の言葉に、あまり良い思い出がない俺は、やや突き放したような声で応じる。
「一体、何なんだろうね?」
軽い溜息と共に吐き出される言葉。
「お前達を輝かせるための裏方だよ」
それに対して、とりあえず当たり障りのない言葉を返した。
凛がこういう言葉を嫌うのは承知の上だが、間違ってもいないので文句も付けづらいだろう。
要するに様子見である。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1370269835
「そういうことじゃなくて!」
案の定、凛は少しだけ感情を表に出してこちらを向く。
「じゃ、どういう意味だ?」
「……これ」
俺の冷めた言葉に、凛はやや剥れた様子でソッポを向いてから、いじっていたスマホを俺の方へ向ける。
「こらこら、俺は運転中だぞ」
「見なくても、何見せようとしてるか分かってるよね?」
「俺はエスパーじゃないぞ?」
「知ってる。私のプロデューサーだよ」
こういう言い方を、一体どこで覚えてくるんだか。
俺はさっき凛がしてみせたような溜息を一つしてから、
「加蓮によく似合ってるだろ?」
そう言葉にした。
「……別に、プロデューサーが贔屓してるなんて思ってないけど」
俺の口調に感じるものがあったのか、少し拗ねたような声音で凛は言う。
「でも、少しは話してくれたって良いと思う」
「今日の収録のこと、加蓮には話してないぞ?」
「そりゃ、そうかもだけど……」
凛は基本的に論理的で、理性的な子だ。と、少なくとも俺は思っている。
「俺は俺なりに、その仕事に合った子を選んでるつもりだ」
だから、こういう物言いに弱い。
「だから、それは分かってるってば。加蓮、よく似合ってるよ」
それを自分でも意識してるのか、単純に勢い任せで感情をぶつけるのが苦手で、
結果的に凛はこういう回り道をするための言葉を、実に苛立たしげに言うのである。
「それじゃ、何が不満なんだ?」
そういうところが凛の美徳でもあるのだが、そういう状態で放置すると、大抵は碌なことにならない。
これは凛に限らない話だが、そうならないためにも、感情はできるだけ吐き出してもらう必要がある。
「……ウェディングドレス着た加蓮とツーショット撮る必要、無いよね?」
「それを言われると辛い」
そのために俺は薮蛇と知りつつも彼女を突っついて、挙句何とも気まずい告発を受ける事になるのだが、これはもう職務上致し方ないことなのだろう。
「そこは認めるんだ」
「まぁ、仕事を逸脱しちゃったとこだからな。一応、緊張を解すためって名目はあったけど」
「ふぅん……」
俺の申し開きに、凛は軽い溜息をまた吐いた。
しかし、今度の溜息はどちらかというと、決して悪くない感情を溶かし込んだ溜息だった、と思う。
「加蓮ってさ」
「なんだ?」
そして、やや遠い口調で凛は、
「良い子だよね」
突然そんな事を言い出した。
「なんだ、藪から棒に」
「ん〜、何となく」
本当に何となく、なんだろう。窓の外を見るとはなしに見ている凛は、それ以上何も言わない。
「そりゃまぁ、俺のアイドルだからな」
「ふふ、そういう風に堂々と誇ってくれると、嬉しいな」
それまでの、ピリピリした感じがすっかり消え去り、
口元を緩めてさえいる凛の感情は、今一体どこにあるのだろう?
「友達としてか?」
「うん。それに、あなたの担当アイドルとしても」
ほんと、こういうの、どこで覚えてくるんだろうか。
「勿論、お前の事も誇りだよ」
「ん、知ってる」
何とか自分のペースに戻そうと発した言葉もあっさりと飲み込まれた。
「ん〜……プロデューサー?」
「なんだ?」
「ごめん。ちょっと、妬いちゃってた」
そんな俺のちょっとした敗北感を知ってか知らずか、凛はあっさりと感情を吐き出す。
「いいよ、別に。そうやって外に出してくれたほうが助かる」
それ自体は良いことなんだが……なぜだろう、何か負けたような気がしてしまう。
「プロデューサーはさ、真面目だよね」
「そうか?」
そうだろうか?
凛の発した言葉に自分を振り返ろうとした矢先、
「皆に優しくて、皆に冷たい」
そんな事を言われて、一瞬間心臓を掴まれたような心地がした。
「……そりゃどうも」
それは、俺自身意識してることだし、無意識的にそうしないといけないと感じて動いているものだ。
「そういうあなただから、きっと皆安心して頼れるんだよね」
「なんだか、釘を刺されてるみたいだな」
だけど、改めて外側からそう言われると、少しくるものがあった。
俺は、内心の動揺を悟られないように、できるだけ素っ気ない調子で言葉を探る。
「そういうつもりは無いんだけど……」
凛は、変わらず窓の外を見ている。
窓の外は普段と何も変わらない、都会の情景だ。
「ね、もし私がアイドルじゃなくて……ううん、やっぱり何でもない」
「まったく。そこまで言ったら同じだろ」
色んな人間が居て、色んな出来事が起こっている。
もしかしたら運命の出会いがすぐそこで起こっているかもしれないし、その逆も然りだろう。
「答え、聞きたくないし」
「……あんまり、小さい世界に生きるなよ、凛」
俺と凛が出会ったのも、この都会で、
「どういう意味?」
「いろんな意味。俺個人としては、向けてくれる好意はありがたいけどな」
凛との付き合いは、決して短くない。だから、お互いの事はそれなり以上に理解しているつもりだ。
「うん」
「凛くらいの年頃のそれは、麻疹みたいなものだから」
だけど、理解すればする程、分からなくなるのが人間なんだろう。
「……」
「そうだな、自分が納得のいくところまでアイドルの道を進んで、」
俺は正直なところ、アイドルではない渋谷凛を、もはや想像できない。そんな凛と接する自分のことも。
「何かを掴んだ時に、その気持ちがまだ本物だったら、それに身を任せても良いかもな」
「その時にプロデューサーが誰かのものになってたら?」
「直球だな、お前は」
「今更でしょ。そこまで鈍感な人なら、私のプロデューサーじゃないよ」
凛は、それを想像できるのだろうか?
「その時は、まぁその時に考えろ」
俺のこの答えは、俺に向けてのものでもある。分からないものを、無理やり想像したって無駄なのだ。
「えー、やだよ私。略奪愛なんて」
「やっぱり、身を引く選択肢は無いのな」
「身を任せても良いって言ったのはプロデューサーでしょ」
それでも。
「ん〜……ま、少なくともお前がそうなってる頃までには独り身だと思うけどなぁ、俺」
「その心は?」
「一応、俺なりの覚悟というか、ケジメというか」
「……?」
想像はできなくても、そうありたいと願う姿を創造することくらいは、できるのかもしれない。
俺の言葉に再びこちらを向いた凛の視線を感じながら、
「初めて担当した子くらい、最後まで全霊を賭けて見守りたいというか、そういうの」
俺は何とも恥ずかしい台詞を口走っていた。
「ふぅん……」
「ったく、こういう事言わせるなよな、恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ」
凛の視線を、痛いくらいに感じる。
知っている。こういう言葉を、決して笑わないのが渋谷凛だ。
「だって、私はこんなに嬉しいよ?」
「お前のそういう反応が恥ずかしいの」
そういうところが何より美しい、俺の自慢のアイドルだ。
「……因みに」
と、不意に凛の纏う空気が変わる。
「一応聞いておくけど、担当してる子で、一番『有り』なのって誰?」
「肇」
やや胡乱な調子で尋ねられた言葉に、殆ど条件反射で答えていた。
「……そこは即答なんだよね、いつも」
はぁ、と盛大な溜息を漏らす凛。
「いや、あんまり真に受けるなよ?」
申し訳程度のフォロー。いや、実際そこまで真剣に惚れた腫れたの話ではないのだ。
凛の言う通り、担当している子の中での、それも仮定の話をしてるだけで……
「別に、何度も聞いてるし今更どうこう思わないけど。ていうか、それなら肇にブライダルの仕事回せば良かったんじゃないの?」
俺の脳内言い訳をまるで聞いていたかのように、凛が呆れた調子で言う。
「仕事に私情は挟まないの」
「やっぱ、真面目っていうか、堅物っていうか……」
凛は再び窓の外を見ながら、
「何なんだろうね、プロデューサーって」
今日何度目になるか分からないため息を吐く。
「露骨に溜息を吐くな。幸せと仕事が逃げるぞ」
「幸せはともかく、仕事はそうだよね、うん」
「アイドルの基本。忘れるなよ?」
この状態で何を言うかと言われそうだが仕方ない。
目的地が近付いているのだ。そろそろモードを切り替えてもらわねば。
「ん、分かってる。こんな風に愚痴言うの、プロデューサーの前だけだから」
「加蓮や奈緒にも言わないのか?」
「言わないわけじゃないけど、違う感じの愚痴だよ」
「そうか。ま、ちゃんと友達付きあいできてるようで何より」
「……何か、子供扱いされてる」
視界の端で凛が剥れているのが分かる。だから、そういう顔するなってのに。
「最初の頃、遊びに誘われても断って一人で帰ってた生意気娘が何を言う」
「あ、あれは……!」
「同じ事務所だからって、馴れ合うつもりはない、だっけ?」
そういう指摘も込めてからかってやると、今日一番のトマト顔をした凛が見られた。
「もう、昔の話は禁止!」
凛の、歳相応な表情と声音に笑いながら車を止める。
「さて、頑張ってこいよ」
ちょっとやり過ぎただろうか。そう思わないでもないけど、まぁ勢いはついただろう。
「何だ、今日は挨拶についてきてくれないんだ」
憮然としながら車から降りかけた凛が少しつまらなさそうに言う。
「悪い。これからC局に迎えに行かなくちゃいけなくてな」
「C局……あぁ、そっか。この時間だと、肇だ」
ふんっと鼻を鳴らしながら俺の事を軽く睨んだ凛は、
「その顔やめろ。普通の送迎だよ」
「知ってます!」
俺の言葉に、べっと舌を出して見せてから、車を降りてさっさとテレビ局の中に吸い込まれていった。
「まったく……本当に、」
ロビーの中、警備員さんにお辞儀しながら私は一人ごちる。
「本当に、私とプロデューサーって、何なんだろうな」
スカウトした人間と、された人間。アイドルと、プロデューサー。大人と、子供。
「今のところは、だけど」
誰に話しているわけでもないのに、ついそう付け加えてしまう。
それがこの先、どう変わっていくのか。変えていくのか。変わってしまうのか。
それを知るのは怖いようで、楽しみなようで。
だけど、どっちにしても。今のままでは満足できない自分がいるのは、確かだと思う。
「麻疹、か」
プロデューサーに言われた言葉を思い出す。
恋に恋する、なんてよく言われるけど。それが本当なのかどうなのか。私もそんなものに囚われているだけなのか。
「それを知るためにも、今は一つ一つ登っていかないと」
いつか、あの人と同じ目線で話す事ができるようになれるところまで。
焦るなって、プロデューサーは言うけど。だったら、焦り過ぎない程度に、だけど最短で、そこまで登ってみせる。
だから……
「それまで待っててよね、プロデューサー!」
おわりです。
画像支援ありがとうございました!
なんかとりとめが無くて申し訳ない。
SSってものを書いてみたくなったので書かせていただきました。
色々至らないとこだらけですが、ご容赦を。。
温かい言葉ありがとうございます。
肇ちゃんはガチ。。
それはともかく、調子に乗って違う子の話もちょっと投下してみます。
「おす、おはよ……」
初夏に入り、そろそろ空調をつけようかと思いつつも、倹約家の社長と事務員が怖くてまだ手が出せない自分を呪いつつデクスワークをこなしていると、後ろから遠慮がちに声をかけられる。
「お、奈緒。来たな」
その声の主こそ、俺の待ち人である。いや、他意は無いが、朝からずっと机に向かって仕事をしながら待っていた相手だから、多少は補正が掛かっているというか。
実際のところ、奈緒の姿を確認するや否や、思わず椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がってしまった。
「な、なんだよ。朝からテンション高いな」
奈緒はというと、そんな俺の様子にいささか以上に引き気味である。というか、明らかに何かを警戒している。
「まぁ、そう構えるな。新しい衣装があるわけでもなし」
何を警戒しているものかと考えて、すぐに思い当たった。俺がこういうテンションの時ってのは、大抵奈緒に何か仕事を頼む時なのだ。ついでに言えば、可愛い衣装がセットのことが多い。どうも、照れ屋の奈緒にはそれが(少なくとも表面上は)面白くないらしい。
「な、なんだ。無いんだ……」
と、いうのも過去の話かもしれない。奈緒は安堵の息を吐くと共に、どこか残念そうな素振りを見せた。
「期待させちゃったか?」
ようやく、染まってきてくれた、ということだろうか。
「べ、別に期待とかしてないってば、ばか」
照れ隠しの言葉も、最初の頃ほど語気が強くない。
「はは、悪い」
昔の、とにかく怒鳴るくらいの勢いの照れ隠しも可愛いものだったが、最近のこういう仕草はずるい。ファンに見せられないのが勿体無いくらいだ。
「……それで、私に用があるんじゃないのか?」
なんて事を考えていたのが伝わってしまったのかどうか。奈緒はやや睨むように俺を見ながら尋ねてきた。
「ああ、そうだ。凛から伝言。今日の夜、加蓮と一緒に奈緒の部屋に行くから掃除しとくように、だとさ」
そう、俺が彼女を待っていた理由はというと、何てことは無い。他の担当アイドルから伝言を預かっていたという、実に単純で瑣末なものだ。
「はぁ?」
その事実に、奈緒は目を丸くする。そして、聞きようによっては呆れすら混じった声で、
「まさか、そんな事伝えるためにこんな朝から事務所で待ってたのかよ?」
そんな事を言った。まさか。さすがに俺もそこまで暇ではないし、担当アイドルのためとはいえ、そこまでする慈愛の精神も持ち合わせていない。
「そんなわけないだろ。逆だ、逆」
「逆って?」
「朝早くから事務所にいたから、伝言板にされたの」
そう、ただ仕事のついでに伝言を預かっていただけなのだ。
まぁ、ちょっと休憩して朝飯食いに行こうと思っても奈緒が来たらと思うと席を立てず、ずっと仕事をしていた辺りは、小心者の悲哀だが。
「なぁ、Pさんって、プロデューサーだよな?」
俺の答えに、奈緒はさらに呆れを深めた声音で、実に失礼な事を聞いてきた。
「今更何を言う」
まったく、担当プロデューサーに対して何たる態度か、と憤慨するわけもなく。
「……威厳、無さ過ぎるんじゃないの?」
まぁ、そう思うよなという自覚はある。悲しいことに。
「そんな事はない。俺を伝言板代わりに使うのは、この事務所じゃ凛とちひろさんくらいだ。あ、あと川島さんと礼子さんもか」
「程々の威厳だな」
それでもなけなしのプライドを満足させるべく言った言葉を、しかし奈緒は一蹴してくれる。
「……泣ける事をしみじみ言うんじゃないよ」
なんとも情け深いアイドルだよ、この子は。
「それにしても、凛にも困ったもんだよな。人の都合も聞かないで勝手に集合場所に決めやがって」
そして、奈緒はというと、俺の低空飛行を続けるテンションにはまるで気もとめず、今夜のお泊まり会に思いを馳せているらしい。
口でこそ、こんな事をいう奈緒だが、
「奈緒」
「な、なんだよ?」
「口元、にやけてるぞ」
「う、うるさい、そこは空気読んで見ない振りしろよな!」
まぁ実際のところ、感情を隠すのが恐ろしく下手な子だったりする。まぁ、そこが見ていて微笑ましいところだが。
「相変わらず仲が良いな、お前達は」
凛に、奈緒に、加蓮の三人組はトライアドプリムスというユニットで活躍してくれているが、プライベートでもよくつるんでいるようだ。
学年も趣味も性格も見事にバラバラなのに……いや、だからこそ馬が合うのかもしれないな。バランスが取れているというか。
「まぁ、二人共良い奴だからな。アタシの趣味も笑わないし……」
「仲が良いのはいいが、あんまり遅くまで起きてるんじゃないぞ」
「分かってるよ。その辺心得てるから、凛も今日を選んだろうし」
なるほど。ホワイトボードを見れば、確かに、明日は三人ともオフだ。
「そういうのも勿論大事だが、休める時にはキッチリ休んでくれよ。身体が資本なんだから」
「分かってるってば」
俺の保護者然とした言葉に、奈緒はちょっと面白く無さそうに言う。言ってから、急に顔を赤らめたかと思うと、
「なんか、Pさんが身体とか言うとエロい……」
いきなりそんな事を言い出した。
「何が!?」
脈絡が無さ過ぎだ! 年頃の娘がなんて事を。
「何となく」
「勘弁してくれ。そういうの、割と敏感なご時勢なんだから」
こんな事を他人(特に緑の制服が大変似合っている事務員)に聞かれたら、事実かどうかはさておいて、俺が何がしかの面倒を被るのは火を見るより明らかだろう。本当に勘弁してほしい。
「ふぅん……」
俺の狼狽に、しかし奈緒の反応は薄い。ここでようやく、俺は違和感を感じた。
「奈緒?」
「な、なんだよ?」
何というか、会話に集中してない。一つ一つ話題を消化して、本当に自分がしたい話をする機会を窺がっているような、そんな気配。
「いや、何か用があるんじゃないのか?」
「用がなきゃ、事務所に来ちゃダメなのかよ?」
が、そう簡単にそれを認めないのも奈緒である。
「そうは言ってないが……いや、別にそれならそれで良いけど」
「うん」
こういう時、奈緒の場合は無理に聞きだそうとしても逆効果になる事が多い。
というわけで、俺は奈緒から話しかけてくれるまで仕事をしながら待つことにした。
ま、この感じだと十数分で話してくれるだろう。
「……」
「…………」
なんて見通しは、実に甘いものだったと、俺は今痛感している。
既に1時間が経過したが、奈緒は未だに俺の仕事ぶりを黙って見ているだけだ。
「……奈緒?」
いい加減、俺としても限界だったので強行突破を試みる。
「べ、別に何も無いってば! Pさんの仕事ぶりを眺めてるだけだし!」
「俺は何も言ってないぞ」
なんというか、サスペンスで自分からボロを出していく残念な犯人を思い浮かべてしまった。
本当に感情を隠すのが苦手な子だな。
「とにかく、何かあるなら言ってくれ。溜め込まれるのは困る」
「……これ、凛から回ってきたんだけど」
そっとスマホを差し出す奈緒。
その画面には加蓮が満面の笑みを浮かべている。俺の横で。
ようやく聞き出せたかと思ったらこれである。
「あぁ……奈緒、お前もか」
この写真、今週に入って見せられるの何度目だろうか。
「ど、どういう意味だよ?」
「いや、特に深い意味はない。最近その写真についての釈明ばっかりしてる気がしててな」
「釈明って……別に悪いことしてるわけじゃないのに」
俺は何となく暗殺される政治家の気持ちに浸っていたが、奈緒の予想外の反応にそんなものは吹っ飛んだ。
「え?」
「なに?」
見事なすれ違いだ。これはお互いの認識の間の溝を埋める必要があるようだ。
「いや、うん……ちなみに、奈緒はその写真を俺に見せて、何を言いたかったんだ?」
「あ、うん。加蓮、似合ってるなって」
これは想定内の回答だ。
「……それだけ?」
「そ、それだけ」
「じゃ、ないだろ。その続きがありますって顔してるぞ」
ここは慌てず、奈緒の本音を探る。
「ま、まぁ、多少はある、かもだけど」
「言ってみてくれ」
「いや、でも……」
「別に怒りも笑いもしないから」
ここまでくると無性に知りたいというか、知らなくちゃいけないという義務感めいたものまで芽生えている。
「ほ、本当だな?」
そんな俺の気迫が伝わったか、奈緒もいよいよ腹を括ったらしい。なんて、大袈裟すぎる表現な気もするが。
「絶対だな?」
「そう念を押すなよ。少しは俺を信頼してくれ」
「う、うん。それじゃ……」
奈緒は世紀の大告白でもするかのように、溜めに溜めてから、
「いや、私も、こういうの、似合うかなって」
顔を真っ赤にしながら、つっかえつっかえそう言った。
「は?」
「ほら、やっぱり馬鹿にした!」
思わず作ってしまった間抜け面に、奈緒が怒鳴る。いや待て、誤解だ。
「してない! ちょっと想像してたのと違うから驚いただけだ」
「何だよ、想像してたのって」
「いやほら、加蓮となんでツーショット撮ってるんだよ的な」
釈明をしてきたのは、まさにこういう事を言われたからなんだが、
「んー……」
奈緒は俺の答えに、しばらく眉を寄せて考えた末、
「Pさん、それはちょっと自意識過剰なんじゃ?」
またしても一刀両断してくれた。
「俺がどうこうって話じゃなくて、加蓮とそういう事するなって意味な!」
そりゃそうだ。釈明ってのに微妙な反応を見せたんだから、そういう意図じゃないと気付くべきだった。
その辺の気恥ずかしさから、思わず屁理屈めいた言い訳をしてしまったが、
「あぁ、なんだ。そういうこと」
奈緒は納得したようで、神妙な顔つきになる。ころころと表情の変わるのが、なんとも奈緒らしいというか。
「別にそういうのは思わないなぁ。だって、加蓮から撮ってくれって言ったんじゃないの?」
「ま、その通りだが」
「むしろ、加蓮や凛が迷惑掛けてごめんなさいって感じだし」
奈緒の妙に落ち着いた反応に、俺も少しずつ自分を取り戻す。
「……やっぱ、最年長だけあって奈緒はそういうとこ落ち着いてるな。普段は二人にからかわれてるけど」
「最後のは余計だよ!」
少し怒ってみせた奈緒は、しかしすぐに笑って、
「ま、ほら、私はさ」
照れくさそうに鼻と口元を手で隠しながら、
「二人ほど、夢も現実も見ていないから」
そんな事を言った。なかなか、詩的な表現だ。凛がうつったか……?
「……?」
「今のこの感じが、一番良いってこと。プロデューサーなら、そのくらい察せよ、ばか」
俺がいまいち言葉の意味を掴みきれずにいると、奈緒はそう付け足した。
奈緒の馬鹿、という言葉には色んな意味が込められている、ような気がする。
今のがどんな感情を込められていたのか、俺も正確には捉えられてないかもしれないが……
「そうか」
ただ、とても優しさと親しさの込められたものだったと思う。
それは俺に向けられたものか、或いはここにいない誰かに向けられたものか。
「……二人の事、頼むぞ」
「言われなくても。凛も加蓮も、他の事務所の皆も。私の大事な仲間だからな」
「頼もしいな」
それはつい漏れ出た俺の本音だった。付き合いが長くても、気付かない部分なんてものはいくらでもある。
「ふんっ」
「そんな頼もしい奈緒に朗報だ」
それを知れただけでも、今朝は凛の伝言板をやった甲斐はあったかもしれない。
「……?」
とは言え、だ。
「いやぁ、さっき仕事が舞い込んできてな。誰に任せようかと悩んでたんだが……」
「まさか、私に?」
何となく、奈緒に驚かされっぱなしでいるのも面白くない、なんて考えが過ぎってしまうのは、俺もまだまだ子供だからだろう。
「どうだ、こんな風にお姫様な感じを出して欲しいんだが」
先程の無言タイム中に送られてきたメールに添付されていた写真を奈緒に見せる。
「む、無理!」
その途端、奈緒はまたしても顔を紅潮させて両手でバッテンを作る。
「なんで?」
「そ、そんな可愛い感じの服、は、恥ずかしい……」
「何を恥ずかしがる必要がある。絶対に似合うぞ」
「え、いや、うん……ほ、ほんとに?」
しどろもどろになる奈緒を見ていると、何となく安心する。
「当たり前だ。俺はお前の何だ?」
「ぷ、プロデューサー、だよな」
それは多分、俺が彼女のプロデューサーでいたいから、じゃないかと思う。少し歪んでいるな、なんて自覚もしながら。
「そうだ。その俺が言うんだから間違いない。ついでにさっきの話に戻るが、ウェディングドレスも似合うと思うぞ」
「〜〜〜〜!」
あの落ち着きのあった奈緒はどこへやら。
「バカ! アタシはもうレッスン行くからな!」
ほとんど怒鳴るようにそう言い残して事務所を出ようとする奈緒を、慌てて呼び止める。
「あ、おい。それでこの仕事……」
「知らない! か、勝手にしろ!」
「あー……」
今度こそ、紛れもない捨て台詞。乱暴に閉じられた扉を眺めながら、
「つまり、OKと」
俺は、手帳のスケジュール欄に奈緒の名前を追加した。
「う〜〜、本当に、アイツは……!」
変な奴だ、と思う。
アタシなんかをアイドルにして……なんて言ったらあの人は怒るけど。
それでも、思ってしまう。アタシなんかをアイドルにして、可愛い服を着せて、それで似合ってるなんて言って。
「恥ずかしいことばっかりさせやがって……!」
何がしたいんだろうと思う。それで、あの人自身は何が得られるんだろうって。
だけど。
「あんなの、あんなフリフリの可愛い服なんて、アタシには……」
不思議と、口元が弛む。
心の奥底までは、強がりきれない。
「似合うわけ……」
アタシだって、女の子なんだ。知ってる。当たり前だ。
だから。
「似合う、のかな? 本当に?」
着飾って、それであの人が褒めてくれたら、やっぱり嬉しいんだ。
「また、喜んでくれる、のかな……?」
あの人と、一緒に笑ったり泣いたり、この世界を経験するのが、楽しいんだ。
「へ、へへ……」
そのために、私はここにいるんだろう。ここで、夢のような現実を生きているんだ。
アタシは凛ほど理想を望まない。加蓮ほど、現在を望まない。
その代わり、この心地の良い、嘘みたいな本当を護っていきたい。
いつまでも、凛が理想を目指せるように。加蓮が現実に飽いてしまわないように。
二人が、今のままずっと輝けるように。二人と、これからもずっと輝けるように。
あとは……そう、それから。
「……よし!」
まぁ、なんていうか……ついでに、あの人の笑顔も護れるように。
「今日もレッスン、頑張らないとな!」
おわりです。
最後の方は好き勝手書いちゃったので、あれかもしれません。
お目汚し失礼しました。。
17:35│渋谷凛