2013年11月08日

美穂「小日向美穂、一期一会」

お昼休みの時間。私の席は窓際の日の当たる場所。ご飯を食べた後はやっぱり眠くなってしまう。
プロデューサーの言葉を借りるなら、こんないい場所で寝ない方がおかしいんだ。
あっ、これってある意味趣味になるのかな……。

「美穂ちゃん?」


「ん? なぁに?」

「あ、眠かった? ごめんね話しかけて」

「ううん、少し気持ちよくて。すぅ」

「あらま、寝ちゃったか」

「すぅ、すぅ……」

予鈴の音で目覚める。プロフィール表を見ると、趣味の欄に『ひなたぼっこ』と丸っこい字で書かれていた。
「知っている人は知っていると思いますが、小日向さんが東京でアイドルとして活動するために、転校することになりました。小日向さん、前に来てくれる?」

「は、はい!」

授業後のSHRで、私は皆の前に立っていた。

「え、えーっと……」

クラスの人数34人と1人の先生。私はその人数だけでも、心臓がバクバクとしていた。

「す、凄く急なんですけど、私アイドルに、なっちゃいました! あ、あの! 私、絶対みんなのこと忘れましぇん! だから、応援してください!」

何回噛んだか覚えていない。これがドラマの撮影だったなら、監督に怒られたと思う。

「美穂ちゃん頑張れー!」

「応援しているからね!」

「こらこら、泣かないでよね。先生まで泣いちゃうじゃない」

割れるような拍手の中、クラスメイトの皆は私に温かい言葉をかけてくれる。
それがとても嬉しくて、私は涙を流していたのだろう。先生がハンカチで私の目元を拭いてくれた。
「それじゃあ今日は美穂ちゃんの門出を祝って! パーッとやっちゃいましょう!」

友達の合図で大いに盛り上がる皆。私は彼らに流されていくように、色んな所へ行った。
ボーリングをして、プリクラを取って、買い物をして。最後の思い出を作るかのように、私たちは今を全力で楽しんだ。

「あー、楽しかった! ねぇ美穂ちゃん! またこっちに帰ってくるよね?」

解散してバス停へ向かう途中、友達が尋ねる。

「うん、月に一回ぐらいだと思うけど、お母さんたちに顔を見せなさいって。だからその時、また遊べるかな」

「そっか、だよね。その時また遊ぼうね!」

屈託のない笑顔で彼女は言う。この笑顔も、私が与えたのなら、素敵なことだと思う。

「うん。ありがとう」

「じゃあ私はここで、美穂ちゃん。バイバイ」

「うん、バイバイ」

帰ってプロフィール表を作ろう。今ならきっと、一番の私をアピールできると思う。
アイドル名 小日向美穂
ふりがな  こひなたみほ
年齢    17
身長 155cm 体重42kg
B-W-H    82-59-86
誕生日  12月17日
星座   射手座
血液型 O型 利き手 左
出身地  熊本県
趣味   ひなたぼっこ
意気込み ファンの皆様に愛されるアイドルになります!
自己PR みんなを笑顔にするのが好きです! 私の笑顔で、幸せな気持ちになってくれたらうれしいです!
「こんな感じかな?」

プロフィール表を書き上げて、ほっと一息。あれだけ悩んでいたのに、きっかけ1つでこんなに楽にできるものとは思わなかった。

「明後日、かぁ」

明後日の朝、私は熊本を旅立つ。東京に何が待っているか分からない。良いことばかりじゃないかもしれない。
それでも私は、頑張るしかないんだ。

「美穂、入っていいか?」

明日は準備をしないといけない。早く寝ようとすると、お父さんがドアの向こうからノックした。

「う、うん。良いよ」

「じゃあ入るよ」

お父さんが私の部屋に入るのなんて、久し振りかもしれない。いつもは恥ずかしがって入れようとしなかったけど、今日だけは特別なんだ。

「美穂、プロデューサー君は確かにいい男だ、私が保証しよう。だけど、どうしても乗り越えることの出来ないことがお前たちを待っているかもしれない。辛くなったら、いつでも帰ってこいよ」

「お父さん……」

「アルバムをさ、見ていたんだ。あんなに小さくて泣き虫だった美穂が、アイドルになりたいって言えるまで強くなった。親として嬉しくも、寂しくもあるな」
「そういう事、言わないでよ……。私まで寂しくなるよ」

「ああ、悪かった」

いつもと違ってしんみりとした父親に、私まで寂寥感に苛まれてしまう。

「だがな、美穂。これだけは覚えておいてくれ。私たちは、何があってもお前たちの味方だ。どんな時でも、お前たちを応援しているよ」

「ありがとう、お父さん」

「美穂、そろそろ寝なさい。明日の準備があるのだろ?」

「うん、お休み」

「お休み」

今生の別れと言うわけじゃない。その気になれば戻れる距離だし、嬉しい時も辛い時も電話をするだろう。それでも、寂しい物は寂しい。

私はまだ17歳、結婚できる年齢だとか、十分大人だと言われても、まだまだ子供だ。
だけど私はこれから待っている未来に心を震わせていた。勿論不安もある、だけどそれ以上に期待が大きいのだ。

どんな人に会うのかな?
アイドルとしてやっていけるかな?

色々な感情がない交ぜになったまま、私はベットに潜り込んで携帯を見る。
携帯に張られているプリクラには、恥ずかしそうに下を向く私と、クラスメイト達の笑顔。皆私を応援してくれるんだ。

そうだよね、私は1人じゃない。
翌日、私は朝から準備に追われていた。必要な物を業者に送ってもらい、荷物をまとめる。

「ふぅ、終わったぁ」

17年間の思い出が詰まっていた私の部屋は、すっかり綺麗になってしまった。全ての作業が終わり、時計を見ると17時。
どうしようかなと考えていると、母親が私の部屋に入ってきた。

「美穂、終わった?」

「あっ、うん。どうしたの、お母さん」

「お父さんがね、どこかに食べに行かないかって。美穂が食べたいところどこでも連れて行ってくれるってさ」

「私の食べたいもの?」

「そう、思いっきり贅沢しちゃいなさい!」

私の食べたいもの……。回らないお寿司? ステーキ? 熊本ラーメン? どれも違う気がする。

別に特別じゃなくても良いよね?

「ううん。私はやっぱり、お母さんのご飯が食べたいかな?」

「ええ? そんなので良いの?」
予想外の答えが帰って来たのか、お母さんは面食らった顔をしている。

「うん。特別な物ってそのままもう会えないみたいで……。ダメかな?」

「そっか。美穂がそういうのなら、そうしましょうか。今日は腕によりをかけて作っちゃうわよ!」

「ありがとう、お母さん」

アイドル前夜、私は家族と過ごした。献立も豪華な物じゃない、極々普通の晩御飯だ。特別なものなど、何一つない。

「「「ご馳走様でした」」」

暖かな食事も終わる。明日からは1人で全部済ませなくちゃいけない。
守ってくれる人はいるけど、それでも自分の行動全てに責任を持たないと。

「それじゃあ……、美穂これあげる」

「お母さんこれは?」

「お料理の本よ。忙しいからって外食ばかりしちゃだめよ? 少しは自分で作れるようにしないとね」

お母さんが愛読していたお料理本だ。数冊束になっていて、持つとちょっと重かった。
「ありがとう、お母さん。自炊頑張ってみるね」

「あー、美穂。ちょっと耳貸しなさい」

「?」

言われるままにお母さんに耳を傾ける。お母さんはお父さんに聞こえないように声のトーンを落として、

「これで練習して、プロデューサー君に美味しいお弁当作ってらっしゃい。ポイント高いわよ?」

「お、おかあさん!?」

とてつもない爆弾を投げかけてくれました。

「ふふっ、冗談よ」

「そ、そそういう冗談はやめてよぉ、もう!」

「? 美穂、どうかしたのか?」

「い、いや! なんでもないよお父さん!」

今の会話をお父さんに聞かれていたらどうなっていたのだろう。
プロデューサーの身に何か起こるかもしれないので、黙っておく。
「さて、美穂。これを持って行きなさい」

「これは、通帳?」

緑色の郵便通帳とカード……、口座?

「ああ、今まで渡していなかったが、自分で管理していかないとな。無駄遣いはするんじゃないぞ?」

「あ、うん……」

 真剣な目をするお父さん。一体いくら入っているのだろうかと、恐る恐る通帳の中身を確認する。

「え?」

私は思わず言葉を失う。そこに書かれていた数字は、100万円。こんなに軽いのに、目が飛び出るほどの価値があるなんて。

「お、お父さん! これ……」

「何かと入用だろう? 大学入学用に取っておいたのだが、事態が事態だからな」

「それでも! 100万円は多すぎるよ。受け取れないよ……」
うちも決して裕福とは言えない。家のローンもまだあるし、毎日毎日お母さんは家計簿に頭を捻らせている。
それなのに、100万円を私に託そうとしている。

「良いんだ、美穂。私たちは、お前に夢を叶えて貰いたい。娘が自分の夢を叶えることが、私たち親の夢なんだから。100万円ぐらい、投資してやるさ」

「お父さん……」

「それに、東京は物価が高いからな。言っておくが、無駄遣いするんじゃないぞ?」

「娘が親を心配しないの! なくしちゃダメよ?」

余裕もないはずなのに、お父さんとお母さんはそれを億尾にも出さずニッコリと笑う。

――ずるいよ、そんなの。受け取るしかないよ。

「ありがとう、お父さん。いつかきっと、返すから」

夢は1人で見るものじゃない。応援してくれる人がいて、初めて見ることが出来るんだ。

「ねぇ、お父さん。お母さん、お願いがあるんだけど……」

熊本最後の夜、私はお父さんとお母さんと川の字になって眠った。突然の提案に、2人とも恥ずかしそうにしていたけど、布団に入ると幼い頃のように私の耳元で子守唄を歌ってってくれた。
こうやって甘えることが出来るのも、最後かもしれない。

「私、頑張るから」

寝静まった2人を起こさないように呟いた。
「美穂ちゃん、向こうでも頑張ってね!」

朝も早いというのに、空港には友達たちが集まっていた。学校は大丈夫なのか? と聞いてみたら、先生が『課外授業です』と言って笑っていた。

みんなとこれ以上思い出を紡いでいくことが出来ないのは残念だけど、彼女達と過ごした時間はきっと忘れないだろう。
ううん、忘れたくない。

「えーと、クラス一同から、寄せ書きの贈呈です!」

可愛らしいクマさんの絵が描かれた色紙に、先生とクラスメイト1人1人のメッセージがギッシリと書かれていた。

――頑張れ!
――向こうに行っても忘れないでね!
――絶対CD買います!
――実は好きでした!!

短いものから3行以上使った長いもの、中に大胆な告白も。色とりどりのペンで書かれたメッセージが、私の心を揺さぶる。

「いい友達を持ったな、美穂」

「うん。お父さん、お母さん、みんな。今まで、ありがとうございました! 私、頑張ります!」

パチパチパチと拍手が起きる。でもここは空港なので、他のお客さんもたくさんいるわけで……。
「あのー、盛り上がってるとこ悪いんですけど、そこに集まられたら他のお客さんが乗れないので、少し動いてくれますか?」

「え? あっ、その……」

見ると両親とクラスメイト以外にも、全く知らない人たちが集まってきていた。えっと、やじ馬さん?

「しし、失礼します!」

恥ずかしくなって顔を隠すように、飛行機へと走る。パシャリって音がしたけど、もしかしたら写メられた?

「う、うぅ。最初からズッコケちゃったよ……」

座席に座ってため息を1つ。本当にこんな私でも、アイドルとして輝けるのかな、プロデューサー?

『俺の信じている君自身を信じて欲しい』

そうだよね、自分自身を信じなきゃね。

轟々と鈍く響く音を立てて、飛行機は動き出す。窓の遠く向こうでは、みんなが手を振っている。
私は彼女たちに答えるように手を振り返す。

何度も何度も、見えなくなっても私は手を振り続けた。

「大丈夫、私は出来るんだ!」

バイバイ、みんな。私、トップアイドルになって見せます!
「えっと、ここで待っていればいいのかな?」

大きな鉄の塊に揺られること1時間半。私は東京羽田空港に着いていた。意外とすぐについて、ちょっとビックリ。
これならいつでも熊本に帰ることが出来る。

手持無沙汰になった私は時計を確認する。プロデューサーが迎えに来るまで、まだ少しだけ時間がある。
少しこの辺りをブラブラしてみよう。

「うわぁ、東京って凄いなぁ」

まるで早送りをしているかのように、人々は行き来する。この中に飛び込んで行ったら、そのまま流されてしまいそう。

「キャッ!」

そんなことを考えながら歩いていたからかな、私は何もないのにつまずいてしまい、すってんとこけてしまう。

「いたた……、頭打っちゃった」

ヒリヒリとする額を抑える。たんこぶは出来ていなくて一安心。

「お客様、大丈夫でしょうか?」

立ち上がろうとすると、手を差し伸べられていることに気が付いた。
キャビンアテンダントの人かな、凄く綺麗な人だ。やっぱり都会の女の人って、みんな美人――。

「お客様?」

「あっ、はい! え、えっと、ごめんなさい! だ、大丈夫ですす!」

心配そうにこちらを覗き込むCAさんの顔があまりにも近かったものだから、不覚にもドキってしてしまった。
も、勿論そ、そういう性癖はない……、はず……。

「そ、その! ありがとうございました」

「どういたしまして」

軽く会釈するとCAさんは歩いていった。仕事の邪魔、しちゃったかな。

「でも今の人、本当に綺麗だったなぁ。私と大違いだよ」

青くスラッとした制服を着ているからか、歩いているだけでも凛々しく見える。それに比べて私は……。自信を無くしちゃいそうだ。

あの人もステージに立てば、きっと素敵なアイドルになれるはず。プロデューサーさんも、ああいう人をスカウトすればいいのに。
「そんなことないさ。小日向さんには小日向さんの良さがある」

「へ?」

「待たせたね、小日向さん」

「え? プロデューサーさん?」

私の名前を呼ぶ声に振り返ると、そこにはプロデューサーさんが。

「少し早く来ちゃってね。ブラついていたら小日向さんが転んでいるのを見つけてさ」

「み、見てました?」

「あー、うん。バッチリと」

バツの悪そうに私から目を逸らす。

「わ、忘れてくださぁい!」

「うわっ!」

ポカポカと彼の胸を叩く私。自分の顔を見ることは出来ないけど、きっと涙目になっているんだと思う。

「小日向さん、俺としては凄く嬉しいんだけど、人の目があるといいますか……」

「へ?」

ああ、どうして私は自分から目立つようなマネをしてしまうんだろう。ちらほらと私たちを見て笑う声が聞こえてくる。
あっ、今誰か写メった!
「う〜、どうしてこうなっちゃうかな……」

「あはは、名前が売れれば、これの比じゃないぞ?」

「そ、それなら! 売れなくていいです!」

「それは困るかな。ご両親と約束しちゃったし……」

「そ、そうですよね! ほ、程々に売れます!!」

「それも困るかな、うん」

トップアイドルになるという決意はどこへやら。プロデューサーは面白そうに私を見ているけど、私は結構いっぱいいっぱいだ。

「早速だけど動こうか!」

「は、はいぃ! ま、参りましょう!」

「おーい、そっちは逆方向だよー!」

嗚呼、穴が有ったら入りたい――。ホームセンターでスコップでも買おうか、真剣に悩んじゃいました。
――

「えーと、プ、プロデューサー! 今からどちらに向かうんですか!?」

「まず一旦小日向さんの新居を案内しておかないとね。引っ越し作業は終わっているみたいだから、手荷物を置いて事務所に向かうかな。そこで色々とすることが有るんだ」

「す、すること、ですか?」

自分も確認するように、口に出す。

まず社長と事務員さんを紹介しなくちゃいけない。緊張しいな彼女だけど、この2人なら大丈夫だろう。
次に衣装合わせ。これは男の俺じゃなくて、事務員の千川ちひろさんが担当する。
最後にあいさつ回り。昨日まで本当に普通の女の子だった彼女の知名度は当然0だ。だからここでお世話になる皆様へと、小日向さんの顔と名前を売らなくちゃいけない。
作曲家の先生、レッスンを見てくださるトレーナー、宣材を撮ってくださるスタジオのスタッフ。
すべきことは山積みだ。全部終わるころには、2人ともクタクタになっているだろう。

「うん。今日からバリバリ活動していくんだけど、その前に」

「な、なんでしょうか?」

この問題を解決しなくちゃいけないな。
「ねぇ、小日向さん」

「は、はい!」

「やっぱり、まだ慣れない?」

「え? 慣れない?」

俺の質問の意図をつかめなかったのか、キョトンとした顔を見せる。
その反応も可愛らしいと思えるのは、彼女の才なのか、俺が入れ込み過ぎているからなのか。

「まっ、無理はないかな。良く知らないような男と2人っきりで車に乗っているんだし」

「あっ、そ、そうですね」

「うっ、そう素で返されたらくるものがあるな」

だけどまぁ、仕方ないことかもしれない。

熊本から出たばかりの少女が、全く知らない東京で、ほんの4日前に出会ったばかりの男と2人っきりのドライブ。
彼女じゃなくても身構えてしまうだろう。
それに彼女はかなりの緊張しいだ。恐らくこうやって父親以外の男性と2人っきりになるという経験も少なかったのだろう。

さっきの空港でもそうだった。俺の存在を意識していないときはプロデューサーと普通に呼べるのに、いざ俺を目の前にすると上手く呼べない。
彼女らしくて微笑ましく思えるけど、アイドルとしては落第点だろう。寧ろ強引に自分を売り込める子の方が大成するはずだ。
だけど俺は、彼女をトップアイドルにすると誓ったんだ。雪の上を歩くようにゆっくりでも良い、小日向さんが安心して活動できるように、俺は走り回らないと。

「そうだなぁ。目的地に着くまで結構時間があるし、それまでさ、互いのことをもっと知るってのはどうかな?」

「た、互いのことをもっと知る?」

「そっ。アイドルとプロデューサーってさ、いわば二人三脚で頑張って行かなくちゃいけない。そのためにも、俺は小日向さんのことを知りたいし、俺のことを君に知って欲しい」
「どうかな? 勿論、やましいことなんか聞かないよ? 好きな食べ物だったり、好きなことだったり、他愛のないことをね」

よくよく考えると、俺自身彼女のことをほとんど知らなかった。それで良くプロデュースするなんて言えたものだ。
まあ、これからたくさん知って行けばいいか。

「わ、分かりました! それじゃあ、えーと……」

難しい問題を解くように、少し真剣な表情を浮かべる小日向さん。そこまで深く考えなくていいのに。

「じゃあ俺から聞くね。小日向さんの好きな食べ物は?」

「え、えっと! 私の好きな食べ物は……」
「へぇ、そうなんだ。ちょっと意外だったかも」

「そ、そうですか? 友達にもよく言われるんです。それじゃあ私の番ですね」

「さっ、なんでも聞いてくれ!」

「好きな動物を教えてください!」

「動物? そうだな、昔犬を飼っていたっけか」

ラジオから流れる新人アイドル(実はパーソナリティーの1人は小日向さんと同い年だったりする)のラジオをバックに、俺と小日向さんは会話のラリーを続けていた。

最初こそはぎこちなく、恥ずかしそうに答えていた彼女も、俺と話すことに慣れてきたのか、
少しずつスムーズに言葉を紡げるようになっていく。

好きな科目、好きな番組、好きな動物。決して特別なことなどしていないし、気の利いたことも言えない。
だけど俺たちは徐々に距離が近づいている、そう感じていた。

「そうなんですか。私はクマが好きなんです」

「クマが? これまた意外なのが飛んできたな。猫とかが好きだと思っていたけど」

日向ぼっこが大好きな猫は、彼女そっくりだ。美穂にゃんか……。

『は、は、恥ずかしいけど頑張りますにゃん!』

方針としては有りかもしれない。
「猫も好きですけど、クマが一番です。赤ちゃんのクマってすっごく可愛いんですよ。ギューってしたいぐらいです!」

「そういや、その服もクマの絵が描かれてるね」

「はい。友達が誕生日にくれたんです」

幸せそうな表情で答える小日向さん。クマと聞くと、どうしても獰猛な動物の代表として出てしまうのだが、
それを口にするのも可哀想なので黙っておく。

そう言えば昔、ヤクザゲーかと思ったらマタギをしていたゲームが有ったっけか。

「そうだな、いつかクマの赤ちゃんと共演できる日が来ればいいね」

「はい! わ、私、頑張りますね! あっ、これ見てください! クラスメイトの皆がくれたんですけど、この絵が可愛いんですよ」

「ははっ、今運転しているから、また後で見せてもらうよ」

「あっ、ごめんなさい……」

手ごたえは十分に感じることが出来た。小日向さんも俺に対して、遠慮がなくなってきている。

そうこうしている内に、新居が近づいてきた。楽しい時間と言うものは、本当に早く過ぎていく。
「そろそろ着くから。最後に一つ。小日向さんの好きなことって何かな?」

「私の好きなこと、ですか?」

「そっ、好きなこと」

「私の好きなことは……、笑わないですか?」

伏し目がちに俺を見ると、小声で答える。何か変わった趣向でも持っているのだろうか。

「ん? 笑わないよ。言ってごらん」

「本当ですか? じゃ、じゃあ言いますよ。私、日向ぼっこが好きなんです」

「日向ぼっこ?」

「はい。や、やっぱり、可笑しいですか? うぅ、変な趣味って思われちゃったかな……」

見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。

そう言えば、彼女と初めて出会った日も、木漏れ日暖かなバス停で、無防備に寝ていたっけか。
あの寝顔に、俺はティンと来たんだ。

もしも彼女が日向ぼっこをしていなかったら、俺は他の誰かをプロデュースしていたのだろうか。
そんなこと考えても仕方ないか。
「変だとは思わないよ。日向ぼっこ、気持ちいいもんね」

「は、はい! 気持ちいいです! そ、その、暖かなお日様の中でのんびりすると、嫌なことも忘れられちゃうんです」
「あっ、わ、私のお勧めはやっぱりあのバス停ですね! 木の間から漏れる陽光が、、眠りの世界へ優しく誘ってくれるんです。こ、今度プロデューサーもどうですか?」

「ッ、あはは!」

「ええ!? わ、笑わないって言ったのに! 酷いです!」

「ご、ごめんごめん……。小日向さんがここまで盛り上がるなんて思わなかったからさ。堪えるのは無理だったよ」

「も、もう! プ、プロデューサーなんか知りません!」

「あ、あはは……。ごめんなさい」

その後小日向さんが顔を真っ赤にして止めてくれるまで、俺はひたすら謝り続けた。
しかし小日向さんがここまで語ってくれるとは驚きだった。日向ぼっこ、恐るべし。

しかし日向ぼっこ、か。彼女のために仕事を取って……、ってそもそも日向ぼっこだけの番組って需要あるのか?

「申し訳ございませんでした!」

「あ、あの。わ、私そこまで怒ってないですし、ってそもそも怒ってなんかないです。なんか、ごめんなさい……」

担当アイドルに謝らせる新人プロデューサー。社長が見ていたら、減給ものだな。
――

「さぁ、着いたよ。ここが小日向さんの新しい家だよ」

「は、はい! す、素敵なおうちですね」

「まだ中を見ていないだろ? 高校生のひとり暮らしってことで、あんまり豪華なところではないけどね。」

プロデューサーから荷物を預かり、ドアの鍵を開ける。

「し、失礼します!」

「プッ……! 小日向さん、ここ君の家なんだから、失礼しますは違うよ」

「そ、それもそうですね! えっと、ただいま!」

他の人の部屋を見たことがないから、比べるのもおかしな話だと思うけど、私の部屋は1人暮らしをするには広い方だと思った。
いや、まだ荷物を空けてないからそう見えるだけかな。部屋には梱包された段ボールの山が1か所に纏められている。

「あっ、ここ。お日様が当たるんですね」

「そうだな。日当たりも良く、事務所や学校へもバスがあるから、立地はいい方だと思うぞ」

ベランダに出ると、暖かな陽だまり。洗濯物も良く乾きそうだ。ここに布団を置いたら、気持ちよく眠れる自信がある。

少し遠くを見てみると、緑色のバスが止まっているのが見えた。残念ながら向こうには、ベンチも屋根もないみたいだ。
「さてと、ここでゆっくりしていたいのも山々なんだけど、小日向さん。事務所に行こうか」

「あっ、はい!」

いつまでもベランダで暖まっているわけにもいかないみたい。名残惜しいけど、これからいつでも出来るんだから我慢しておく。

キャリーバックを置いて、貴重品とポーチだけを持って部屋を出る。えっと、忘れ物ないよね?

「じゃあ行こうか」

「はい。えっと、……行って来ます!」

返事を返してくれる人はもういない。それはとても寂しいことだけど、私たちは繋がっている。笑顔で私を見守ってくれている。

たとえどんな遠くに行っても、この絆だけは切れることは無いんだから。
「さぁ、ここが今日から君の所属する事務所、シンデレラプロだ」

「あのー、社長さんと事務員さんってどのような方ですか?」

「あ、気になる? どちらも優しいくて良い人だよ、小日向さんの活動を、最大限サポートしてくれるよ」

そう言ってもらえて、一安心。もしヤクザさんみたいな人が出てきたら、私は泣いて熊本へと逃げ帰っていたと思う。

「ふぅ、良し!」

緊張で心臓はバクバクと鳴っている。正直言うと、やっぱりまだ怖い。
だけど同時に、新たな出会いを楽しみにしている私もいる。まだ見ぬ2人に不安と期待を抱いて、事務所の扉を開けた。

「ただ今戻りました!」

「し、失礼します!」

事務所の中へ一歩踏み出す。靴1つ分ぐらいの小さな一歩だったけど、私にとっては月に降り立った一歩よりも、大きな一歩だ。

「ほう、彼女が……」

「あら、プロデューサーさん。それに、美穂ちゃんですね。ようこそ、シンデレラプロへ!」

「は、はい! こ、こ、小日向美穂です! き、今日からお世話になります! よろしくお願いいたします!」

なんと言ったかは覚えていない。その時私の頭の中は真っ白だったから。
嫌われないかな?
変な子と思われないかな?
色々心配していたけど、口に出すと消えてしまった。
「うむ、元気があっていい子だ! 君を信じて良かったよ、プロデューサー君」

「そうですね、社長。2人とも、もっとこっちに来ませんか? 今お飲み物入れますね。プロデューサーさんはコーヒーですよね? 美穂ちゃんはコーヒーと紅茶、どちらが良いですか?」

「えーっと、じゃあ紅茶でお願いします」

「分かりました! じゃあ美穂ちゃん、少し座って待っていてくださいね」

事務員さんは人懐っこい笑顔で私を座らせると、棚からティーセットを取出し、慣れた手つきでお茶を煎れる。

「はい、どうぞ」

「すみません、わざわざ。いただきます」

「あ、ありがとうございます。えっと、いただきます」

プロデューサーさんがカップに口をつけるのを確認して、私も真似るようにカップを口に近づける。
ふんわりと甘い香りが鼻を通っていく。何の香りだろう。

「美味しい……」

私はお茶のことに詳しいわけじゃないけど、この紅茶が美味しいということだけは分かる。
元々の美味しさもあると思うけど、やっぱり煎れてくれる人の技量が高いのかな。私が今まで飲んだ紅茶の中で、一番美味しい。

「ふふっ、ありがとうございますね」

事務員さんは相変わらずニコニコと笑っていて、それに釣られて私も頬が緩んでしまう。
良く見ると胸に手書きの名札が。えっと、ちひろ?

「あっ、自己紹介が遅れましたね。私、この事務所で事務員をしている千川ちひろです」

「そして私がこの事務所の社長の、――だ。分からないことが有れば、なんでも聞いてくれ」

ちひろさんと社長か。うん、プロデューサーさんが言っていた通り、優しそうな人で良かった。

だけど1つ、ちょっとした疑問が。

「え、えっと、1つ聞いていいでしょうか?」

「うむ、何でも聞きなさい」

「私以外のアイドルさんって、いないんですか?」

そう、今この事務所には私を合わせて4人しかいない。もしかしたら今仕事中の先輩がいるかもしれない。

だけど事務所内を見渡してみると、とてもそんな形跡はない。それどころか、本当に芸能事務所か尋ねたくなるぐらいだ。

「もしかしてプロデューサーさん、説明してなっかったんですか?」

「うっ、そう言えば出来たばかりとしか言っていませんでしたね……」

ちひろさんの質問に、プロデューサーさんは苦い顔をする。えーと、まさかこれって……。
「す、すみません。こ、これってつまり……」

「君の考えている通りだよ。わが社の所属アイドルは、」

その続きは聞きたくない!! 普段信仰しない神様に祈ってみる。
だけど、現実はなんと残酷なことか。社長の言葉は、私の一縷の望みを破壊してしまった。

「……小日向君、君一人だ」

「えっと、その……。大丈夫! 小日向さんならいけるって!」

「そ、そうですよ! ほら、美穂ちゃんだけだから、仕事を独占ですよ!!」

仕事独占かぁ。それはとても嬉しい話……。

「え、ええええええ!?」

分かってはいたけど、お約束のように悲鳴を上げる。

お父さん、お母さん、クラスの皆。私のアイドルライフは、前途多難です。
「その、すまん! ちゃんと説明していなくて……」

「い、良いんです! プ、プ、プロデューサーさんが悪いって訳じゃありませんし……、それに確認しなかった私も悪いんですから!」

「いや、これは俺が悪い!」

「そんな! 私が悪いです!」

1人では出来ないこと、みんなとならば出来ること。いつだったかそんな歌があったっけ。
だけど今私が置かれている状況は、まさに一人ぼっち。流石にこの展開は予想もしていなかった。

自分たち以外に人がいてもお構いなしに、私とプロデューサーは互いに謝罪の応酬を繰り広げる。
私が悪い、俺が悪い。どちらも折れずに平行線。

「あー、2人とも良いかね?」

「「は、はい!」」

そんな私たちの不毛なやり取りを、社長さんが鶴の一声で終わらせる。優しそうな人だと思ったけど、
やっぱり社長と言うだけあって貫禄が凄い。

「コホン。この事務所は新しく設立したばかりの事務所でね。言ってしまえば0からのスタートを切るということなんだ」

「わ、私が第一号ってこと、ですか!?」
「うむ、この事務所として最初に売り出すアイドルは、他でもない君だよ」

言ってしまえば、それは個人事務所と同じこと。この事務所も、社長さんもちひろさんもプロデューサーも、私一人のためだけに動いてくれる。
それは、なんと贅沢な話だろう。

「責任重大、と思っているのかね?」

「え?」

まるで私の心を覗いているかのような社長の言葉。こんな状況に立たされて責任を感じるななんて、無理な話だ。

「確かに、この事務所の存続は君にかかっているだろう。嘘をいくら言ったところで、その事実は変わらない。だが」

社長は優しい目で私を見て続ける。

「彼が信じた子だ。大丈夫、君ならトップアイドルになれる。輝くステージで新たな時代を切り開くことが出来る。私も確信しているよ」

「で、でも私は……」

きっと最後のチャンスだ。ごめんなさい、そんなの無理です――。
どうしてだろう。そう言うことも出来たはずなのに、私は口にしたくなかった。
弱音を吐かないように、口を強く噤む。

「小日向さん、俺は君となら出来る。――そう信じている」

「プロデューサー……」
初めて出会った時から、そう自信満々に答えるプロデューサー。本当に、どこからそんな自信が来るんだろう。

「私もそう思いますよ。大丈夫ですよ、美穂ちゃん!」

「この事務所の歴史をさ、作って行かないか? シンデレラプロを大きくするんだ。そうすれば後輩たちも出来る」
「それに、アイドルはこの事務所だけじゃないさ。群雄割拠のこの時代、いくつもの事務所があるし、色々なアイドルたちもいる。君と同世代の子から、小学生まで幅広くね。ライバルも仲間もいる、君は1人じゃないよ」

1人じゃない――。私には応援してくれる皆がいる。夢を託してくれた両親がいる。そして何より、
こんな私を信じてくれる人たちがいる。それだけで十分だ。

大丈夫、私は変われるはず。

「おっ、良い目をしているね。気合は十分ってところかな?」

「はい! わ、私ここで頑張ります! トップアイドルになります!!」

「良く言った! 目指せトップアイドル!」

きっとうまくいく。どうしてかと聞かれても答えられないけど、なんとかなるんだ。
そう思えたのは、ちょっとした進歩なのかな。
「そうですか……。えっと! 私からして良いですか? レディファーストです」

彼の言葉を最初に聞いちゃうと、揺らぎそうだったから。

「ああ、聞かせてくれ」

「私、これまでプロデューサーと一緒に頑張って来ました。貴方とならどんな困難も乗り越えられるって明るい未来が待っているって信じていました」
「だけどそれって、貴方に甘えてばかりだったんです。プロデューサーがくれるものに満足していたんです」
「サザンクロスでレッスンして気付きました。どれだけ私が大切にされてきたか。凄く嬉しかったです。でも……」
「私は強くなりたいんです。いつまでも貴方に依存していないで、自分の足で歩きたいんです。遠回りしたって、きっと私たちはそれぞれの道を歩むべきなんです」

「……」

「我儘言ってごめんなさい。でもこれが私の夢への旅路です」

私の夢は、最高のアイドルになること。皆を笑顔にして、幸せな気持ちを伝えて。タケダさんとアキヅキさんの意志を継いで、私は歩くって決めたんだ。

裏切ったと言われたら否定出来ないだろう。だけどこれが未来への一歩だと思ったから。
彼に失望されたとしても文句は言えない。どんな罵倒も受け入れる覚悟はあった。

なのに彼は、優しく微笑んでくれて。

「……そうか。強くなったね、美穂は」
「のわっ!」

抱きしめて感じるのは優しい彼の体温。いつもなら落ち着くのに、今日に限って私の気持ちを加速させる。

「ずるいですよ……! 決心、鈍っちゃうじゃないですか……」

嬉しさと悔しさ、色々な感情が混ざり合って名前を付けることの出来ない気持ちが膨れあがる。
我慢していたのに、もう止まらない。感情のダムが決壊して、心の中の想いをすべて出し切るように彼を強く抱きしめた。

「私だって! 私だってプロデューサーのことが大好きなんです! もう貴方しか見えないって……そう思えたんです!」

いつからだろう。彼に対して恋心を抱いたのは。クリスマスパーティーの時かな? いや、本当はずっと前から。
きっと彼に出会った時から、私の気持ちは走り出していたんだ。一目惚れって、なんだか私らしくないかも。

「俺もさ、美穂に初めて出会った時から、ずっと夢中だったんだ。だからアイドルになった美穂を応援したかった。変だよな。恋愛は禁止されているのに、恋した相手をプロデュースしたいなんて」

「ふふっ、私たち本当に似た者同士ですね」

「ああ。ビックリするほどね」

「変な2人ですね」

「世界一ね」

世界一変な2人なんだ。世界一のプロデューサーにもアイドルにだってなれる気がして来た。
「んーっ」

窓の外から聞こえる小鳥たちのさえずりが目覚まし時計の代わりとなる。上を見るといつもと違う天井。

「あっ、そっか……」

寝ぼけている頭がはっきりしていくにつれて、今どういう状況にいるかを思い出した。

「目、覚めた?」

「は、はい……。おはようございます」

「うん、おはよう。朝ご飯作ってみたんだけど、食べる?」

「は、はいっ。喜んで」

昨日告白合戦の後別れるのが惜しくなり、晩御飯を一緒に食べて、そのままの流れで彼の部屋に泊まったんだった。
泊まったというのは言葉通りの意味しかない。そもそも彼とはすでに同じ部屋で一夜を過ごしたことだって有る。

でもあの時よりも意識してしまいなかなか寝付けなかった。彼はというと、気が付いたら夢の世界へ旅立っていた。

「少しぐらい緊張してくれても良かったのに……」

「何か言った?」

「い、いえ! 何でもないです! そ、それじゃあ朝ご飯頂きましょうそうしましょう! ん? これって」
「へ? 塩かけるの?」

信じられないと言った顔で私を見る。彼にとって塩コーヒーは異文化なんだろうな。

「はい。美味しいですよ? 飲みますか?」

飲みさしのコップを彼に渡し勧める。

「んじゃ……。おっ、意外とイケるじゃん」

「美容に良いって夏美さんが言ってました」

「夏美さん? ああ、相馬さんか。これを飲めば俺ももちもち肌になれるのかな?」

「それは面白いですね!」

「どういう事?」

想像するとおかしくて笑ってしまう。彼は一瞬ムッとするも、すぐにつられて声を上げゲラゲラと笑う。

「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様でした。それじゃあ行こうか」

着替えがなかったため一度家に戻ろうと考えたけど、そうしている時間はない。彼の車に乗って事務所へと向かった。
その時、泉ちゃんが動いた。

「ふーん。でもプロデューサーと美穂さんから同じシャンプーの匂いするよ?」

「ええ!? わざと違うシャンプーを使ったのに……ハッ」

「美穂っ!?」

言ってから気付く。今思いっきり自白したことを。

「語るに落ちたね」

「2人ともさすがにチョロすぎやないですか。そんなんじゃ、秘密の交際出来ひんよ?」

「顔真っ赤にしちゃって、イズミンとプロデューサーさんみたいですね」

「さ、さくら!?」

思わぬフレンドリーファイヤーに泉ちゃんはたじろいだ。普段クールな分、こう崩れると可愛らしくなるよね。

「ホンマ、デレプロは恋の嵐が吹きまくってえらいこっちゃ」

「亜子まで……!」

「おーい、みんなー。何してんだー?」

その後NWPが一向にやってこない私たちを探しに来るまで、亜子ちゃんさくらちゃんによる尋問ショーは続いた。
はぁ、活動が始まる前からヘトヘトだ。
「本選が始まるな」

「そうですね。まだ実感がわかないです」

IU本選。これから3連戦が3日かけて行われる。

「昔は3週間だったみたいだけど、実際に本選を行うのはうち3日間だけだしね。この方がスピード感もあっていいんじゃないかな?」

とはプロデューサーの談。子供の頃は確かにそれぐらい長かった気がする。日程が短縮された分、この3日間は日本中が大いに盛り上がるみたいだ。

「参加者もやはりなという面々だ。油断せずに行こう」

IAの覇者NG2はもちろん、ダークホースと呼ばれた愛梨ちゃんも今回は本命の1人。

他にも川島さんがリーダーのクインテットユニット、李衣菜ちゃんのロックなデュオ、
アイドルというよりかは歌手と呼んだ方が良い歌唱力の持ち主や、身長差45cm超の凸凹コンビに姉妹ユニットなど、揃いも揃って強烈なインパクトを持っている。

前夜祭で出場者が集合したとき、あまりに強烈な面々ばかりだったため、却って普通な私が浮いてしまったぐらいだ。

『その、みんな凄いね』

『だよね……。個性って何だろう……』

『『はぁ……』』

卯月ちゃんと2人ため息を吐いたのは覚えている。他の子がソースなら、薄味の醤油になろうって約束したっけ。
時間になり、開会式がスタートする。前回のIUの優勝ユニットがトロフィーを返還して、協会の会長さんのお話が合って。

『まぁ私の話を長々としても、ネットではよ終われと言われるだけなので、本番に行っちゃいましょうか!』

そうだそうだとヤジが飛び、会長さんは一瞬泣きそうになるも、すぐに持ち直してIU本選の始まりを告げた。

『これより、IU本選1回戦をスタートいたします!』

「わぁ……」

大きく花火が空に打ちあがり、お祭りの始まりを盛大に祝う。ステージはまだ始まっていないのに、会場のボルテージはこれまでにないぐらいに上がっていた。

「プロデューサー、行って来ます」

「ああ、行ってこい!」

拳を突き合わせて、ステージへと上がる。

「ふぅ……」

大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。この日のためにレッスンもこなして来た。舞台慣れするため色んなオーディションにも参加した。
それでも気を抜くと、緊張が体を支配しちゃいそうだ。だけど私は、今からここでパフォーマンスできることの方が嬉しかった。

「行きますっ」

見ていてください。私の夢のステージを――。
ステージを映し出す巨大な液晶には、NG2と愛梨ちゃんと美穂の姿が。決勝はこの3組で行われる。
どのアイドルも本選で素晴らしいパフォーマンスを見せた。この中から勝者を選ぶなんて審査員たちも難儀したことだろう。ファンの声援なども考慮したうえで、3組は決勝に勝ち上がった。
多くのファンの予想通り、二大優勝候補のNG2と愛梨ちゃんは決勝へコマを進めた。だけど美穂は意外だったみたいで、今度は美穂がダークホースと呼ばれてしまった。

しかしなんでだろうか。美穂と関わりのある相手ばかりだ。

「ああ、こっちにいたんですか」

「服部Pに……、服部さん!」

「久し振り、って言えばいいのかしら?」

服部Pの後ろからひょっこりと姿を現す。夏だというのに、少し暑そうな服を着ている。
だけどあの頃と違って、少し余裕を持てているみたいに表情は柔らかかった。

「彼から聞きました。再デビュー、したんですよね」

「ええ。また1からのスタートだけど、小日向さんや十時さんを見てたら、いてもたっても居られなくなっちゃって」
「不思議な物よね。縛られ続けていた夢から解放されたと思ったら、心にぽっかり穴が開いちゃったみたいで。少し時間がかかっちゃったけど、まだ夢は取り返せると思うから」
「プロデューサーは彼じゃないけど、新しい子と一緒に頑張って行くつもり」

「そうですか……。それは朗報です。美穂も喜んでくれると思いますよ」

最後の最後で美穂の願いは叶ったんだ。やったね、美穂。
――

「私たちここまで来たんだね」

「うん。私たちの最後の戦いだよ」

「あー、やっぱ緊張しちゃうなぁ!」

「うーん、でもまだ実感わかないかも。それにしても暑いなぁ……」

「とときん脱いじゃダメ! 見てるから!」

「ふふっ」

思えば長い間頑張って来たよね。盛り上がる歓声の中、走馬灯のように思い出がよみがえる。

友達の代理で委員会に参加したことが、全ての起点だった。バスに乗れなくて眠っちゃって。
目が覚めたら、彼がいた。『アイドルにならないか』ってそう言って、私は東京へ飛んだ。
家族や友達と別れることは悲しかったけど、永遠の別れじゃない。新しい出会いに胸を躍らせてた。

東京でも素敵な出会いが有った。社長とちひろさんはいつでも温かく迎えてくれて、トレーナーさんも厳しく私を指導してくれた。
最近は後輩も出来た。みんな私なんかを尊敬してくれて、なんだか気恥ずかしい。

友達もたくさん出来た。卯月ちゃんたちNG2に愛梨ちゃん、夏美さん。皆私にとって、大切な人たちで、負けたくないライバルだ。

アキヅキさんは歌を託してくれた。彼の歌が、私を強く輝かせる。血脈と言っても良い彼の願いを受け継いで、私はステージに立ちあがる。
http://youtu.be/KWJ4E__jAH8

♪時は残酷で 忘れたくないことも洗い流してく

♪これからきっと私は たくさん貰って覚えてたくさん失くして 忘れていくんだろう

♪だけどそれでも 失いたくないものがある こぼさぬように 大切に胸に抱きしめた

♪どれだけの 時間が過ぎ去っても決して色褪せないのはあの日々と そこに君がいたこと

♪歳をとって おばあちゃんになっても一生 変わらないお守りは私の心(ここ)に 君がいること

♪険しく長い 旅路(みち)の果てにゴールがある私は行くよ 夢にみてた次のステージ

♪たとえどんな つらいことがあってもちゃんと乗り越えられる それはきっと 心(ここ)に君がいるから

♪たとえどんな 距離が離れていてもきっと寂しくないはずさ いつでも心(ここ)に 君はいるから


膨れあがる気持ちは、パフォーマンスに昇華される。スポットライトも歓声も、私のためにあるものだ。
きっと今の私は、世界で一番素敵な女の子なんだろうな。普段ならそんなこと恐れ多くて考えないのに、ステージの上だと自信が出来ちゃう。

プロデューサー、アイドルってすごく楽しいです!






『さぁ、これにて審査結果が出そろいました。栄えあるIU優勝アイドルは――』






「いたた……」

「美穂ちゃん、大丈夫!?」

「うん。ごめんね、卯月ちゃん」

卯月ちゃんの手を取り立ち上がって、表彰台に上る。私が今ここにいるなんて実感が全くわかない。夢だけど夢じゃなかったんだ。

「みほちー、おめでとう」

「負けちゃった、か……。私らもやり切ったんだけどね。プロデューサーにどんな顔すればいいんだろ……」

「美穂ちゃんがそれ以上に輝いていたって事ですね」

NG2と愛梨ちゃんも拍手をくれる。やがて拍手のリズムは重なって行き、会場が一つとなる。

「アンコールだよ。みんな待ってるから行ってきなよ」

「うん。行ってくるね」

目を赤くした凛ちゃんに背中を押され、再びステージに立つ。

「えっと……。それじゃあ聞いてください!! Naked Romance!」

皆、ありがとう。また1つ、夢への一歩を踏み出せた。
「私たちがどんくさくて、嫌になったとか……」

えっぐえっぐと涙を流すさくらちゃんに決心が揺るぎそうになる。後輩を泣かせるなんてダメな先輩だな。

「ううん、違うよさくらちゃん。私の力がどこまで通用するか、確かめてみたくなって。だからそんな顔しないで、ね?」

「うぅ、でも寂しいよ……」

ハンカチで彼女の涙を拭いてやる。拭いても拭いても流れる涙は止まらない。

「そうだよさくら。今生の別れじゃないんだし、美穂さんの家はいつでも遊びに行けるよ」

「ホント? イズミン……」

「い、いつでもは流石に無理かな……。出来れば何日か前に言ってくれるとありがたいかも」

「ほら、美穂さんも言ってくれてるんだし」

でも3人が遊びに来るのは楽しみだ。一晩中寝させてくれなさそうだけど。

「そうそう! だからほら、笑って見送ってやろうじゃないの! うちらの笑顔が、美穂さんへの最高の餞別やねんから!」

「アコちゃん……、うん。そうだよね。泣くなんて私らしくないもんね」
――

「この事務所も寂しくなりますね」

「うむ。創設時からの2人がいなくなるなんてね」

しみじみと語る社長とちひろさんの声色は憂いを帯びたブルー。その元凶は他ならぬ俺たちだ。

「その、すみません。俺の我儘を通しちゃって」

「謝ることは無いさ。寧ろ喜ばしいことだよ。入ったばかりの頃は右も左も分からなかったような二人が、それぞれ明確な目標を見据えて旅立つんだから。父親としてこれほど嬉しいことは無いよ」

「だから……、顔あげてください。服汚れますよ?」

「先輩、流石に土下座は……」

土下座を解除して立ち上がる。後輩Pに恥ずかしいところ見られちゃったな。

「それに1年後、またみんなで集まるんだ。少しの間、旅行に行ってるようなものだよ」

「美穂ちゃんがアメリカに仕事に行けば会えますしね!」

「うーん、アメリカ広いからどうなんでしょ……」

たかだか365日ちょいで潰れるような事務所じゃない。ずっと働いていた俺が言うんだから間違いない。
――

「もうすぐアメリカなんでしょ? こんなところにいていいの?」

「ん? 凛ちゃんか。仕事はどうしたの?」

「私は今日はオフ。ここんとこ働き詰めだったしね。プロデューサーが気を効かせてくれた」

「そっか、お疲れさん」

アメリカ行きのフライトまで後数時間。俺は街を一望する丘の上に来ていた。そういえばここに日中出来たの初めてだったかも。
遠く水平線まで見えて、アメリカまでどれぐらいあるんだろうと適当な計算をしてみる。

「美穂はいいの? 最後なんでしょ。デートしたって誰も咎めないよ。パパラッチが来ても、あの人が解決しちゃうだろうし」

「NG2Pね」

彼女の管理能力は凄いからな。今まで担当して来たアイドルに、一切のスキャンダルが起きなかったってのも彼女ぐらいだ。

「美穂はお仕事だよ。移籍したばかりでスケジュールを空けるわけにもいかないしね。見送りには来てくれるみたいだけどさ」

「それもそうだね」

IU優勝の効果は凄まじく、美穂は休む暇もない位に仕事が入ってしまう。流石のNG2Pもこれにはてんやわんやしているはずだ。
ざまぁ見ろ! と心の中で毒づいてやる。とはいえ、美穂を預けることが出来るのは、彼女か服部Pぐらいしかいないけど。
――

「弱音を吐くつもりはないけど、こんなに大変になるとは私の想像以上ね……」

途切れない仕事の連続に、流石のNG2Pにも疲れが見え始めた。今まで3人同時にプロデュースしていてそれでも大変だったのに、今度は9人プロデュースと来たんだ。
しかも極力自分でプロデュースしたいからと言って、自分の仕事を他の人に割り振ることはほとんどなかった。

「大丈夫ですか? NG2Pさん」

「水買って来ましょうか?」

「美穂、響子、ありがとう。気を使わせちゃったかしら?」

「いえ、全然! むしろこっちこそ、大変な目に合わせてしまって」

「気にしなくていいわよ。この仕事は体力勝負なんだし、1番のプロデューサーになるには1番頑張らないといけないの」

「こう見えて熱血キャラだからね!」

「卯月、悪い?」

「なんて言ってませんよ?」

ふくれっ面のNG2Pを見て、卯月ちゃんがからかうように言う。私が今まで見ていたNG2Pはクールで落ち着いた人だったけど、実際は負けず嫌いで熱い人だ。
私のことも小日向さんから美穂に呼び方を変え、敬語一辺倒だったのもいつの間にやら砕けた口調になっている。
ちひろさんのセンパイ時代も、こんな感じだったんだろうな。
「ねぇ、乗ってかない?」

「へ? と、瞳子さん!」

クラクションがリズミカルに鳴り、窓から瞳子さんが顔を見せる。

「こうやって顔を合わすのは久しぶりになるわね。ごめんなさい、メール返さなくて。聞いたのは私だったのにね」

「そんなことないです! 瞳子さんだって忙しかったんでしょうし……」

「まあ積もる話は車の中でしましょう。私たちも空港に行くの。さっ、乗って乗って」

「えっと、それじゃあ失礼します……」

ドアが開いたので後部座席へ。瞳子さんの隣にはスーツ姿の服部Pが座っていて、

「こんにちわ、美穂ちゃん」

「愛梨ちゃん! そっか、お見送り」

「はい。そうですよ」

先客がいた。愛梨ちゃんは既に1枚服を脱いだみたいで、涼しげにしている。
最初から着てこなければいいような気がするけど、そこには触れちゃダメなのかな?
瞳子さん、ひとみこさん……。

「トミコさん!」

初投稿の日から毎日コメントをしてくれていたトミコさんが、瞳子さんだったなんて。

「正解。最初ブログを見つけたのは偶々だったけど、なんだか放っておけなくて。気が付いたらいつもコメントしてるのよ」

「そうだったんですか……」

「私も見てますよ? コメントの仕方が分からなかったのでしてませんけど……」

意外と知り合いに見られているみたいだ。そろそろ更新しなきゃ。

「いつか私も、小日向さんぐらいのコメントを貰えるように頑張るわ」

「ブログ始めたら教えてくださいね。遊びに行きますから」

「さっ、着いたわよ」

わいわい喋っていると時間の流れは早く感じる。いつのまにやら空港へと着いていた。

「ありがとうございました! 私、行きますね!」

「こちらこそ。次に会う時は、私も新たな一面を見せたいわね。一緒のステージで会いましょう!」

「はいっ!」

もう瞳子さんは夢を見失わないだろう。彼女の役に少しでも立てたことがすごく嬉しい。
「じゃあ私撮りますよ? デレプロの人間じゃないですし、ここは元職場。空港内でのご要望なら私にお任せあれってとこで」

「じゃあお願いしようか」

ちひろさんからデジカメを受け取り、カメラを構える夏美さん。

「もう少し全体的によってー。あー、美穂ちゃんとプロデューサーはもう少しくっついて!」

「く、くっついてって……」

「な、なんだか私たちだけ特別みたいですね……」

「私も美穂さんとくっつきたいですっ!」

「後でね。今はほら」

「そういうこっちゃ!」

「あはは……。恥ずかしいな、美穂」

「そうですねっ」

私たち2人を中心に取り囲むように並ぶ。まるで結婚式の写真みたいで、この期に及んで赤面してしまう。

「んじゃ撮るわよ? IU優勝アイドルは? はい、みほ」

『ちー!』

皆で撮った写真は私の一生の宝物だ。
「プッ……、変な顔……」

「貴方だって負けてませんよ。今度はプロデューサーからお願いしますね」

「えっとだな……、これを貰って欲しいんだ」

そっと掌に何かが落ちる。とても軽くてそのまま吹き飛んでいきそうな。

「羽……、ですか?」

私と彼が出会った日のシンボルだ。ずっと大切にしていたのに私にくれるなんて。

「うん。俺と美穂が出会った記念の羽。いつも俺がお守り代わりにしてたけど、美穂に持っていて欲しいんだ。えっとだな……、コホン! それを俺と思って、大切にして……あー! 恥ずかしいって何の!」

うがーと奇声を上げて取り乱す彼に、行きかう人々の視線が集中する。

「み、見られてますよ!」

「す、すまない……。どうにも慣れてなくてさ。とにかく! この羽、大切に預かっててくれ! 以上! 次美穂!」

強引に話を切って私に促す。恥ずかしさのせいで、なるだけ私の目を見ようとしていないのがなんともいじらしい。
「それは両親が私の夢を叶えるために託しました。私の夢はプロデューサーの夢でもあるんですから」

「でも……」

「それじゃあその羽を買い取ったってことで」

「100万円の羽って……、その辺の鳥の羽なんだけどなぁ」

納得いかないと言った面持ちで小切手を見ている。

「なら、1年後返してください。無事に研修を終えて、帰ってきてください。ランプの願いはまだ2つありますよね。命令は、必ず帰ってくることです」
「帰ってきてから、一緒に夢を叶えましょう。可愛いお嫁さんが欲しいって夢叶えるた」

最後まで言うことは出来なかった。だって彼が唇を塞いだから。

「……うぅ、恥ずかしい……。プロデューサー……」

「情けなすぎるだろ、俺。美穂に言わせるなんてさ。予約しておくよ? 俺はアメリカから帰ってきて最高のプロデューサーになる。美穂はこの国で頑張って最高のアイドルになるんだ」
「皆に認められた時、俺は美穂にプロポーズする。だからその時は、俺のお嫁さんになって欲しい」

「わ、私も……! 一番のアイドルになって、一番のプロデューサーにプロデュースされたいです」

最後の願いは、いつだって叶えて貰えるか。じっくりと考えておこう。
これにてお終いです。調べたら24万字越えと言うバカみたいな長編になってしまいました。次スレを立てずに終われて良かったです。

地の文+後半のキャラ過多で読みにくかったかもしれませんが、自分としては書きたいことは書ききったつもりです。
途中規制を食らって支援を頂いたりしましたが、読んでくださった方、支援や画像を貼ってくださった方本当にありがとうございました。

17:36│小日向美穂 
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