2013年11月08日
小梅「白坂小梅のラジオ百物語」
第一夜 神在月
小梅「は、はじめまし、て。本日から始まりました、ラジオ百物語。パーソナリティの白坂小梅、です」
ほたる「アシスタントの、白菊ほたるです」
茄子「同じくアシスタントの鷹富士茄子です」
小梅「は、はじめまし、て。本日から始まりました、ラジオ百物語。パーソナリティの白坂小梅、です」
ほたる「アシスタントの、白菊ほたるです」
茄子「同じくアシスタントの鷹富士茄子です」
白坂小梅(13)
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白菊ほたる(13)
http://uploda.cc/img/img5168ca9514124.png
鷹富士茄子[たかふじかこ](20)
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365945798
小梅「こ、この番組は……みんなで怪談話を楽しむ……番組。でも、オカルト、だけじゃ……ない」
茄子「超常的なことに限らず、怖い話も、不思議な話も、変な話も楽しんじゃおうっていうことですね」
ほたる「幽霊さんのお話ばっかりじゃ……ないんですね」
小梅「う、うん。心霊関係も多くなる……と思うけど、それだけじゃ……ない」
茄子「怪談と言えるものならなんでもいいんですよね?」
小梅「そう……。あまり、ジャンルを限定するのは……よくない。当人が……わかってなくても、他の人が聞いたら……怪談っていうことも、ある」
ほたる「なるほど……」
茄子「なんでも楽しんじゃう姿勢が大事ですね!」
小梅「うん」
ほたる「楽しむ……。そうですね。それが一番ですね」
小梅「みんなで……怖がったり、ほっとしたり、驚いたりする。……楽しいと思う」
茄子「ですねー。ええと、それでですね。今日は第一回なので、お手紙などもありません。ですから、早速メインコーナーにいってみましょう」
小梅「うん。この番組のメインは……アイドル百物語」
ほたる「このコーナーは、小梅さんが私たちの同業者……アイドルのみなさんの所に取材に行き、怪談を聞かせてもらう、というものです」
小梅「いろんな人に……会うのも、楽しみ」
茄子「そうですねー。ただ、今回は第一回ということで、アシスタントの私、鷹富士茄子の怪談になっています!」
ほたる「茄子さんは……あんまり怖い目にあってる印象が……ないかも」
茄子「あははー。そうですね、怖いっていうのとは違うかもしれませんが……」
小梅「さ、さっきも言ったけど、怪しい話であれば……いい」
ほたる「あ、そっか」
小梅「では、一人目……茄子さん、どうぞ」
はい。
それでは、話させてもらいますね。
これは、私が小梅ちゃんやほたるちゃんくらいの歳の……そう、六、七年前の冬のことです。
学校から帰る道すがら、友達と別れた後のこと。
ちょっと海を見ていこうと思って、浜に出たんです。
ええ、すぐ近くにとっても気持ちのいい海岸があって。
そうそう、日本の渚百選っていうのにも選ばれたことがあるくらいの場所なんですよ。
冬でしたから、浜に出ている人は少ないだろうと思ってました。
とはいえ、有名な場所なので、少しくらい観光客の人がいるだろうとは思っていたんですが。
浜に出てみると、思った通り、ぽつりぽつりと観光客らしき人がいるくらいでした。
そろそろ日が暮れ始めてもおかしくない時間でしたから、その人たちも引き上げようとしている感じでしたね。
私は地元ですしね。ゆっくりと歩きながら、風を楽しんでました。
冬ですから、一度暮れ始めるとすぐに暗くなっちゃいます。
だから、空の色が夕焼けに染まり始めたところで、帰ろうと思って歩き出しました。
ところが、少し行ったところで、なにかゴミ拾いをしている人たちに行き当たったんです。
浜って、どうしてもゴミがたまるんですよ。
観光客の人が気をつけててくれても、どこかから流れ着いてくるのはどうしようもないものです。
たまにボランティアの人たちがずーっと列になってゴミ拾いをしてくれたりするんですよね。
私も気がついたときは拾うようにしてました。
ただ、今回は大規模なボランティアの団体ということでもなさそうでした。
人数も少なめでしたし、夕方にやるってのはあんまりないですからね。
でも、なんにしても海岸を綺麗にするのはいいことです。
だから、私も手伝おうと思って、その人たちの集団から少し離れて、ゴミを拾い始めたんです。
といっても、私はそんなに準備をしているわけではないので、小さいのを拾っては持っていたコンビニの袋に入れて、くらいでしたけどね。
海に沈んでいく夕日が、あたりを橙色に染めあげていて。
海に煌めく明るい橙と空からの暗い赤で、あたりがもうなんだかぼんやりしてしまうんですよね、そんな時って。
近くでゴミ拾いをしている人たちの姿も、あまりよくは見えなくて。
なんだか夕日を反射する光の柱がゆらゆら揺れているような感じでした。
自分や、その人たちの影も長く伸びて、まるで、怪獣みたいにおっきな影になっていて。
本当に、長く長く伸びるんですよ。
ずーっと先まで……。
そんな様子を楽しみながら、夢中になって拾っていたら、ふと声がかかりました。
『お嬢さん』
はい、と顔をあげました。
その途端、びっくりして声を無くしちゃいました。
なにしろ、あたりはとっぷりとくれ、声をかけてくれた人の顔も見えないくらいに真っ暗で、空には星がきらきら輝いているんですから。
そんなはずはありません。
だって、顔をあげるまでは、夕日を頼りにゴミを拾っていたんですよ?
多少は暗くなっていたとしても、手元も見えないくらいになれば、すぐわかるはずなんです。
『手伝うてくれてありがとな。やけど、そろそろ自分は上がっとき』
『ここらが潮時よ』
私の記憶では、男の人も女の人も、歳を取っている人の声も、若そうな声もありました。
それに、色んな地方の言葉で話していたと思います。
ただ、口々に、早く帰るよう、彼らは言っていました。
『ごめんねえ、あなたがいるのに気づかずにいた私らが悪いんよ』
『わしらにつきあうと、こうなっちまうんだ』
『他所から来るから、せめて掃除でもしようとして、地元の子に迷惑かけてたら世話ぁない。すまんなあ』
私が彼らの言うとおりに立ち去ることを告げると、最後にその人たちはそんなことを言って謝っていましたっけ。
私はどういうことかよくわからず、とにかく家に急ぎました。
遅くまでどこに行ってたって、お母さんたちに叱られちゃいますからね。
ところが、家に帰ると、両親は目を丸くして、その後で、飛びついて来ました。
大丈夫か、大丈夫か、って泣きながら……。
私は目を白黒させながら、どういうこと? って尋ねました。
すると、お母さんはあきれながら、こう言ったんです。
『お前、三日もどこに行ってたんだい?』
って。
私、ゴミ拾いを手伝ううちに、三日も姿を消していたそうですよ。
おかしな、話ですよねぇ。
小梅「か、神隠し……」
ほたる「ああ、ありますね……。いつの間にか何日も……っていうの……」
茄子「はい。両親も周囲も、最後は、神隠しと思うしかないってことになってました。家出するようなタイプには思われなかったみたいです」
小梅「冬の……いつ頃?」
茄子「十一月の上旬でした」
小梅「……あ。あの、そ、そこ、もしかして……」
茄子「はい」
小梅「えっと、稲佐の浜っていうんじゃ……」
茄子「あ、よく知ってますね」
ほたる「有名なところなんですか?」
小梅「……タケミカヅチが、オオクニヌシに国譲りを迫った、ところ」
ほたる「え?」
小梅「神話の……舞台」
ほたる「はあ」
小梅「それに……」
茄子「ほたるちゃん、旧暦の十月の異名を知ってますか?」
ほたる「え? あ……えっと、神無月……ですか?」
茄子「はい、正解です。でも、私の故郷、出雲では違います。神在月と言います」
小梅「日本中の神様たちが、出雲に集まる……。稲佐の、浜から……」
ほたる「え?……それって、え?」
小梅「か、茄子さんが会った人たちは……」
茄子「そう、なのかもしれませんね。私にはわかりませんけれど」
ほたる「も、もし、そうだったら……あわわ」
小梅「ふ、不思議」
茄子「私も、不思議です。はい、そんなわけで、アイドル百物語の第一回が終わりました。どうでしたか?」
ほたる「すごい……」
茄子「ほたるちゃん、進行、進行!」
ほたる「あ、ご、ごめんなさい。当番組では、今回のお話の感想のお手紙やメールに加え、各コーナーあての……」
第一夜 終
タイトル通り、百物語目指して、ぼちぼち書いていく予定です。
二、三日に一話程度の更新頻度かと思います。
それにしても、シンデレラガールズの場合、百人やっても、三分の二未満というのがすさまじいですな。
765組の十三怪談の時は、なんだかんだで怖い話ばかりになってしまったので、今回はほんわか話や、へんてこな話も入れていきたい所存。
さすがに1スレで百までいくのも大変だろうから、途中区切っていこうかと思っています。
なお、出演アイドルは、比較的年齢層が上のほうに偏るのではないかと。
経験的なことを考えるとどうしても。
では、また。
鯖も復帰したようなので第三夜いきます
第三夜 シャワールーム
茄子「そろそろアイドル百物語のお時間なのですが……」
小梅「きょ、今日は、す、すごい話を聞いてきた」
ほたる「小梅さんがそんなことを言うとは、一体……」
小梅「内容……より、なんていうか……」
茄子「まあ、そのあたりは実際に聞いてみてのお楽しみでしょう。さて、本日はどのアイドルさんのところに?」
小梅「今日は……双葉杏さん」
ほたる「ほうほう」
茄子「では、お聞きください」
双葉杏(17)
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○一言質問
小梅「一番怖いもの……なに?」
杏「仕事」
んー、今日はなんだっけ?
ああ、怪談。
はいはい。
唄とか踊りとかなくて楽だよね。
ねー、プロデューサー!
いっつもこういう仕事にしてくれなーい?
え? だめ?
けちだなあ。
はい?
とにかく小梅ちゃんと話せ?
あー、わかったってば。
えーと、それで、怪談だっけ。
なに話せばいいの? 杏、あんまりそういうの聞かないからさ。
ふうん?
怪しい話ならいいんだ?
そっかー……。
じゃ、変な話でもいい?
うん、いま住んでる部屋のことなんだけどね。
その部屋って、やっすいんだよー。
都内にあって、そこそこ交通の便もいいみたいなんだけどさ。
ま、杏は出かけないから関係ないんだけど。
ともかく、そんなに狭くもないのに、お家賃三万円!
うん。
びっくりでしょ?
今時ないよねー。
風呂トイレなしでも、そんな安くならないよ。
あ、もちろん、うちはあるよ。
今回はお風呂場の話だし。
しかもねー。
トイレと別なんだよ。
ま、そんなところだからさ。
なんかあるのかもなー、とは思ってたんだよ、杏も。
でもさ、杏としては楽に寝てられればいいからさ。
あと、ゲームとかできればね。
だから、あんまり気にしてなかったんだ。
でも……いつだったっけかなあ。
たしか、夏の頃だと思うけど。
夜遅くに、お風呂入ったんだよね。
まあ、お湯はるの面倒だから、シャワーだけだけどさ。
頭を洗ってたらさ、なんだか、落ちてる泡が赤いんだ。
もちろん、そんなシャンプーは使ってないよ?
あれ? って思って手を見ても真っ赤でさ。
鏡見たら、頭の半分くらい、あかーくなってるの。
で、手を止めて初めてわかったんだけど、頭になにか落ちてきてるんだよね。
水滴みたいなのが。
ぴちゃーん。
ぱちゃーん。
ってね。
まあ、そうなると、上を見上げるよね。
そしたらさ、いたよ。
顔の半分つぶれた女が。
器用だよねー。天井にはりつけるって。
死んだらみんなあんなことできるのかな?
もう、なに?
プロデューサー、うるさいよ!
え?
その後どうしたのかって?
どうもしないよ。
そいつから落ちてくる血を避けて、頭洗い直してお風呂出たよ。
うん、それだけ。
いまもその部屋に住んでるよ?
どうも何時だか知らないけど、夜中のある時間を過ぎてお風呂場に入ると、出てくるみたいだね。
なんだろうね?
あそこで殺されでもしたのかね?
え?
ああ、うん。
確認したりとかしてないよ。
めんどくさいじゃん。
ただ、夜中にお風呂入らなきゃいいだけの話だもん。
ま、ちょっと変なのがいるって、そんな話。
ほたる「だ、大丈夫なんですかね、これ」
小梅「杏さん本人は気にしてないけど、杏さんのところのプロデューサーさんが、お、大慌てしてた」
茄子「たしかにこれは……。でも、特定の時間、特定の場所にしか出ないということは、放っておくべきなのでしょうか」
小梅「……本当に、いるだけなら……無視、するほうがいいかも」
ほたる「そ、そういうものなんですか?」
小梅「こっちが、怖がってるとか、助けたいとか思うと……寄ってくる霊も、いる……から」
ほたる「はあ……」
茄子「触らぬ神にたたりなし、ですね」
小梅「いるだけなら……。見えないけど、本当はそこら中にいるし……」
ほたる「小梅さん!?」
茄子「え、えーと、なんだか怖いことを聞いちゃった気がしますが……次行きます!」
第三夜 終
本日は以上です。
第四夜 白蛇
茄子「……さて、それでは、今日もアイドル百物語へと参りましょう」
ほたる「今日は……どんなお話でしょうね」
小梅「杏さんと、お、お風呂つながり……ってわけでもないけど、今日も、お風呂の話」
茄子「ほほう」
ほたる「水にまつわる場所には霊がよりつく……という噂話も聞いたことがありますが、実際どうなのでしょう?」
小梅「一概に水があるから、霊が、とは、い、言えないと思う。ただ……」
ほたる「ただ?」
小梅「水は……とっても身近でとっても大事……。だから、色んなイメージが……混じっちゃう」
ほたる「イメージ……ですか?」
茄子「たとえば、農業や漁業を基として生きる場合、水は実りをもたらす根幹であると同時に、様々な害をもたらす存在でもあったりしますね」
ほたる「……水害ですか。たしかに……」
茄子「そこまで大規模でなくとも、上下水道が行き渡っていない時代には、井戸や川が日常の生活とも不可分ですから。
益と害は常に意識の中にあったと思います」
小梅「そ、それに、雨が降って川になって……海に注いでいく……。また、雲を作って……落ちてくる」
茄子「大きな循環のイメージですね」
小梅「う、うん。それが、竜や蛇のイメージとも……交わる。姿だけじゃなくて、脱皮して生まれ変わる……と考えられてた……から」
ほたる「輪廻転生、ですか」
茄子「そうした様々なイメージを包摂しているため、良くも悪くも意識されると」
小梅「そ、そう。清浄なイメージも、怖いイメージも……いっしょに、なる」
ほたる「なるほど……。それで霊も……ということですか」
小梅「う、うん。他にもヴァンパイアは流水を渡れないとか……古今東西、水と怪異が絡んだ話は……多い」
茄子「そんな身近な水の話ですが、今日はどなたから?」
小梅「高垣……楓さん」
ほたる「それでは、どうぞ……」
高垣楓(25)
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○一言質問
小梅「実際に見てみたいモンスターや妖怪……いる?」
楓「天狗ですかね。あの長いお鼻がどうなっているのか……。あ、鴉天狗さんの嘴も触ってみたいかもしれません」
怪談……。
小梅ちゃんがいつも見てる映画からすると、血が出た方がいいのでしょうか?
そうでもない?
ふむ。
そうですね、では、あの温泉の話でもしましょうか。
以前……アイドルになる、ちょっとだけ前のことでした。
一人でふらっと温泉旅行に行ったことがあるんです。
ああ、いえ、温泉自体はよく行っていたんです。
ただ、そのときたまたまおかしなことにでくわした、と言うべきでしょうね。
さて、温泉です。
その時、私、露天風呂に、入っていたんです。
前日にも入っていて、お気に入りだったんですね。
でも、ゆっくりしていたら、なんだか男の人の声が聞こえてきて。
混浴ではないはずでしたから、驚きました。
それで、これは旅館にもよるんですけど、温泉って時間によって男女のお風呂が入れ替わることがあるんです。
露天風呂と別の湯殿が交互になってたり。
はい、実はこのとき、露天風呂のほうは、男湯になってたんですね。
でも、そのときの私は男湯になってるって気づかなくて、ただ、ああ、男の人入って来ちゃったな、困ったなって思ってて。
しかたないから奥の方に移動したんです。
逃げたんですね。
奥の方でやりすごしていれば、出て行くだろうと、そう思って。
ほら、男の人って、そこまで長く湯につかってなかったりしますし。
それで、じゃぶじゃぶ進んでいったんですけど、だんだんとあたりが湯気に包まれて、なんだか、先が見通せなくなってしまって。
もう、周りが真っ白に。
でも、気にせず進んでいたんです。
その温泉はどこかに流れ出たりはしていないはずですし、外気の温度によっては湯気がすごいことになるのはよくあることです。
ただ、ずいぶん広い温泉だなあ、とは思いました。
なにしろ進んでも進んでも続いているんですから。
まあ、それも、ちょっとした探検気分が味わえて、お得だなと思ったくらいですけど。
前日は奥のほうには行きませんでしたしね。
そうして、ようやく湯気が晴れて、なにか見えたと思ったら、ですね。
大きな、白い蛇がいました。
お湯の中から突き出した山みたいな岩場に頭をのっけた、大きな蛇がいたんです。
本当に大きくて。
胴体は私の胴と同じくらいあったんじゃないでしょうか。
長さは……どうでしょう?
お湯の中に入ってる部分があったので、よくわかりませんけれど、五メートルはくだらなかったと思います。
その白蛇が、鎌首をもたげ、私のことを見つけて、なにか驚いたような顔をするんですよ。
いえ、蛇の表情がわかるというわけではないのですが、なんとなく。
人の言葉になおすとしたら、なんでこんな所に私が入り込んできているのかわからない。
そう戸惑っている様子でした。
ああ、困らせてしまったな、とそう思いまして。
私、持っていた温泉玉子を差し出したんですよ。
蛇さんの邪魔をしたなら、これをお土産に、と思って
そうしたら、白蛇がなにか考え込むように私をじーっと見てきて、ぷいっと首をある方向に向けたんですよね。
あ、これはあっちに行けってことかなと思って。
素直に、それに応じて、移動しました。
少し離れてから振り返ったら、私が湯に浮かべた玉子を見て、なにかゆらゆら頭をゆらしていましたっけ。
それで、もう一度振り向いたら、元の……奥に向かう前の場所に戻っていて。
もう男の人もいなくなっていたので、不思議な気分のまま、湯を出ました。
後でまた入ってみたんですけど……。
あ、女湯に戻った後で。
そうしたら、全然奥なんてなくて、すぐに旅館の作った板塀に突き当たりました。
その手前もお湯が続いてるわけじゃなくて、岩地になってて……。
きっとあの場所に行けたのは、あのときだけだったんでしょうね。
いま思うと、残念なことをしました。
え? なにがって?
いえ、どうせなら、あの蛇さんと、お酒を酌み交わしてみたかったなって、そう思いまして。
ほら、言うじゃないですか。
うわばみって。
ほたる「……杏さんにも思いましたが、楓さんも、なんというか……」
茄子「肝が太いですね」
ほたる「……はい」
小梅「……楓さんは……冗談なのか、本気なのか……時々、わからない」
茄子「でも、嘘をおっしゃる方ではないですからねえ……」
小梅「う、うん。不思議なことは、いっぱい……ある。で、でも、戻ってこられたのは、本当に……幸運」
ほたる「不運だと……?」
小梅「……昔は、山や川の神様に……い、生贄に捧げられた人がいっぱいいた……」
ほたる「あわわわ……」
茄子「むしろ、いまどきは、そういう不思議に出会うほうがよほどの運だと思いますが」
小梅「それは……そうかも」
ほたる「で、では、今日のアイドル百物語はここまでとして、次は……」
第四夜 終
温泉楓さんは素晴らしいですよね。
本日は以上です。
第九夜 間違い
茄子「さて、それではそろそろ本日のアイドル百物語へと参りましょうか」
小梅「こ、今回は、ちょっと興味深い……話?」
ほたる「興味深い、ですか?」
小梅「う、うん。なんというか……。あるんだろうなとは思うけど、あんまり聞いたことがないというか……」
茄子「いったいどんなお話なのでしょう……?」
小梅「あ、あと、迷惑、かも」
ほたる「……たいていの怪談話は、当事者には迷惑では……」
小梅「そ、そう? 面白いのに……」
茄子「そうですねえ。普通の人はお話くらいでとどめておきたいんじゃないかと思います。
こうして怪談を聞いたり、映画を見たりは私も好きですよ?」
小梅「……うん。楽しいよね」
ほたる「ただ、自分の身に起こると……」
小梅「……たしかに、あんまり、呪われたり……すると……」
茄子「ともあれ、今日のアイドルさんを紹介してください」
小梅「きょ、今日は、仙崎恵磨さん」
ほたる「それでは、どうぞ」
仙崎恵磨(21)
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○一言質問
小梅「す、好きな都市伝説とか……ある?」
恵磨「ピアスあけたら、視神経が出てくるやつ! あれ、はじめ知ったとき怖くてねー。いまはピアスの穴あけるのにも慣れちゃったから笑える」
やっほー!!
え?
声が大きい?
あ、ごめん、ごめーん。
そっか、録音してるからね!
適量でねっ!!
それでそれで、今日は怪談だよね。
あるよー。
怪談。このアタシの経験談!
っても、一回こっきりだけどね。
でもねー。
その一回がひどかったんだ。うん、マジマジ。
まあ、いわゆるシンレー体験ってやつなんだろうけどさー。
アタシが高校生の頃……うーん。
あれは、二年の夏だったかなー。
夜、寝てたんだよね。
でも、まだ寝入ってからそれほど経ってなかったんじゃないかな。
寝る前にタイマーでつけといたエアコンがまだ動いてたからさ。
ふっと目が覚めて、あれ、なんで? って思ったわけ。
それこそ、部屋が暑くて起きるとか、喉渇いて起きるとかするには、まだ全然寝てない感じだったから。
そしたら、気配がすんの。
自分以外の……。
んー、なんかがいる感じ。
『誰か』とは思わなかったな。
親とかが入ってきたとかって感じとは、えらい違ってたから。
なんか……うーん。
なんて言ったらいいかなー。
じゅくじゅくと腐ったもの触っちゃったみたいなきもちわるーい感覚?
そんな感じでさ。
思わず、アタシ、かけてたタオルケットを頭からかぶっちゃったよ。
それからも、なにか部屋の中を這いずりまわっているような気がしてしょうがなかったんだけど……。
タオルケットの中で冷や汗かいてたら、いつの間にかそれもなくなって、寝ちゃってた。
うん。起きたら普通でねー。
部屋の中のものが動いてるとかもなくて。
夢だったのかって笑えて来ちゃったよ。
でもさ、それが夢じゃなかったんだよね。
うん、来たんだよ。
次の日も。
今度はまだ眠れてないときだったけど、同じ感覚。
またタオルケットかぶりたくなったんだけど、そこで、はって気づいたわけ。
『なんでアタシの部屋で怖がらせられなきゃいけないわけ?』
ってさ。
一度そう思うと、猛烈に腹が立ってきてさ。
幽霊だかお化けだかなんだか知らないけど、生きてないもんが、人間サマの世界に干渉すんなって話。
もうかっかキテルもんだから、怖いとか全部すっ飛んで、こうなったら、そいつに向かい合ってやろうって思っちゃったんだわ。
で、跳ね起きて、ベッドの上から、部屋をぐるって見回したの。
最初は、なんもいないって思ったんだけど、いたよ。
うん。
なんと、エアコンの吹き出し口!
そう、にゅーって、出てくるの。
あの狭い吹き出し口から。
どう言えばいいのかなー。
あ、あのさ、ロード・オブ・ザ・リングってあったでしょ?
そう、映画の。
あれで、ゴラムとかいうのがいたの……わかる?
うん。
あのへんてこなちび。
あれを、もっと、こう、凶悪にした感じ?
凶悪っていうか、ぐにょぐにょっていうか……。
関節とか間違った方向についてて、膚は生きてる動物の膚じゃなくて、ゴムみたいな感じだったかなー。
ああ、違うなー、泥細工みたい?
ともかく、まあ、変なのがぐにゃーってなりながら出てきたわけ。
いま思い返すと、ちょっと震えが来る感じなんだけど、なにしろキレてるからね。
もう、こっち来てみろ、みたいな感じですわ。
ぶったたいてやるから、って勢いね。
それで、あっちも、アタシが見てるのに気づいたんだろうね。
いやらしーい笑い顔浮かべてアタシのこと見るの。
おどかしてやるつもりだったんだと思うな。
うん。そのときまでは。
そいつってば、アタシの顔見た途端、どうしたと思う?
びっくりした顔してたんだよ!
もうね、その瞬間わかったの。
あ、こいつ、人違いしやがった、って。
わかるでしょ。こう、場違いな人が、なんか驚いたと同時にすっごく困ったような顔つきになるの。
あれと同じ。
それで、ひゅるんってエアコンの中に逃げ戻りやがって。
うん、それ以来出てないよ。
たぶん、隣とか、別の家と間違えたんじゃないの?
変な感じもしないしね。
ほんっと、人騒がせだよ。
アタシのほうは逃げられて怒り心頭でがんがんエアコンたたいてたら、びっくりして起きてきた親に怒られたっていうのにさー。
迷惑かけたほうは出てこないだけで済むとか、ほんと不公平!
茄子「ええと、これはなんと言いますか……」
ほたる「するんですね、人違い……」
小梅「ひ、人全体への怨みになるんじゃない、個人への怨みとかだと……ありえる……。でも……珍しい」
茄子「たしかに……」
ほたる「……間違いでも、そのまま脅かしてきそうなものですが……」
小梅「きっと……あっちはあっちで脅かしたりするのも……力がいる、から……」
ほたる「怨む相手に会う前に消耗してはいけないと……。なるほど、計算できる幽霊さんですね……」
茄子「それでも、間違いで出てくるのはやめてほしいですね」
小梅「う、うん」
茄子「さて、こんな話が聞けたところで、次のコーナーでは、落語などに登場するコミカルな幽霊について特集を……」
第九夜 終
本日は以上です。
恵磨ちゃんは怪談話にはあわないかなとも思ったけど、そうでもなかった。
さて、スレ全体の展開ですが、13夜で1シーズンを区切ろうかと思います。
奇数シーズンが13夜、偶数シーズンが12夜の全8シーズンで行こうかと。
第十三夜 管狐
茄子「さて、今日もアイドル百物語の時間となりましたが……」
ほたる「……ええと、今日は、事前に少し解説があるんですよね?」
小梅「う、うん。今日は、憑き物の話が出てくる、から……」
ほたる「いわゆる……狐憑きというやつですか?」
小梅「うん……。でも、人に『獣のようななにか』が取り憑くお話は日本各地にある」
茄子「管狐が、東北、東海地方、オサキが関東地方、人狐は中国地方、野狐は九州地方、犬神が西日本全般で、沖縄に至るまで。
狸憑きは少ないが、四国などに見られる……とこの資料にはありますね」
ほたる「狐が多いですけど……狐と言ってもいろいろなんですね?」
小梅「き、狐と名はついてるけど、実際は、イタチとかテンとかオコジョとか……小さめの動物のイメージが……多い」
茄子「オサキについては、八犬伝で有名な曲亭馬琴さんが、『イタチに似た小さな獣』と書いているそうですね。
元々は九尾の狐の金毛が飛んで分かれたものだとか……」
ほたる「不思議なものですね……」
小梅「王子稲荷神社があるから、江戸一帯にはオサキが入れない……っていう伝承も、ある」
ほたる「……お稲荷さまに弱いんですか」
小梅「王子稲荷神社の祭神は、と、東国三十三ヶ国の狐の総大将だから……」
茄子「狐世界にも序列があるということですね。さて、これらの憑き物は、人に取り憑くだけではなく、家系に憑くこともあると思われていたようです」
小梅「うん。個人じゃなく、家に憑く場合は……その家に幸運をもたらすとされていた」
ほたる「……いいことですね!」
小梅「ううん。あんまりよく、ない」
ほたる「なんでですか?」
茄子「これらの憑き物がもたらす幸運や富は、神仏の加護とは違い、代償を必要とされていると考えられていたようなんです。
たとえば、一族の者がむごい死に方をするとか……」
小梅「周囲の人間が……不幸になるとか……」
ほたる「……そんなっ!」
小梅「さ、さらに進んで、管狐なんかは、積極的に憑いている家系の人間が使役できると……考えられていた」
茄子「恵まれた相手を呪い、その幸運を盗み取って使役者に持ち帰る……と」
ほたる「ひどい……」
小梅「だから、その家……憑き物筋は、とても差別された……」
茄子「最初は憑き物が出たという理由から、それが高じて、あの家系は人に祟ると噂されて……という感じですか」
小梅「うん。実際に……憑き物とか関係なく、お金持ちだからって妬まれて、無理矢理憑き物筋に仕立てられたり……」
ほたる「……ひどい話です」
茄子「ええ、ひどい話です。しかし、そういった差別があったという事実はあります。
今回のお話は、そういったことを前提として聞いていただきたいものになります」
ほたる「どなたの……お話なんです?」
小梅「持田亜里沙……さん」
茄子「それでは、聞いていただきましょう」
持田亜里沙(21)
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○一言質問
小梅「……鬼の手?」
亜里沙「ウサコちゃんウサ♪」
小梅ちゃん、いらっしゃいませ。
ありさ先生、お話するのは大好きよ。
寝かしつけるときに、色んなお話をしてあげると、みんな喜ぶの。
ただ、あんまり怖いお話はしてこなかったけど……。
でも、怖いお話も知ってるのよ。
とても悲しくてつらくて怖い。
今日はそんなお話をしましょう。
これは、ありさ先生のひいおばあさんのお話。
ひいおばあさんは、産婆さんをしていました。
小梅ちゃんは、産婆さんって知ってるかな?
うん、そうそう。
赤ちゃんが生まれてくるときに、お母さんの手助けをするお仕事ね。
小梅ちゃんの世代だとあんまり一般的じゃないと思うのだけれど、よく知っているわね。
え?
昔の怪談に出てくる?
そうなの。
たしかに、昔は生活に密着していたものね。
さて、ひいおばあさんは、第二次世界大戦の前から産婆さんをしていました。
その後、戦争が激しくなってきた頃に、疎開を兼ねて故郷に戻り、そこに落ち着きました。
ありさ先生の故郷は長野県。
諏訪大社のあるあたりより少し北側が、ひいおばあさんにとってもふるさとです。
ひいおばあさんは、故郷の村を中心にいくつかの村を巡り歩いて、
お産の助けをしたり、妊婦さんや、子供を産んだばかりの若い母親たちに指導をしたりしていました。
本当は村ごとに産婆さんがいればいいのでしょう。
けれど、戦中戦後の混乱期とそれに続く復興期はどこも人手が足りず、特に地方ではなかなかそううまくいかなかったのです。
さて、故郷周辺で活動を初めて、十年ほど経ったある年。
ひいおばあさんが通う村の一つで、女の子が行方不明になりました。
ひいおばあさん自身が取り上げた子だったこともあり、ひいおばあさんも大層心配しました。
でも、結局、遺体となって見つかってしまったのです。
村近くの山にある沼でおぼれてしまったようでした。
その女の子のお家はお母さんが既に亡くなっていて、お父さんと女の子の二人きりでした。
一人遺されたお父さんの嘆き悲しみようは、それはもう尋常ではなかったと言います。
人の少ない寂しい葬儀で、目が溶けそうなほど泣き続ける父親の姿に、ひいおばあさんは同情しきりだったようです。
ひいおばあさんも夫を亡くし一人娘――私のおばあさん――を女手一つで育ててきたこともあって、なおさらだったかもしれません。
とはいえ、ひいおばあさんに出来たのは葬儀やその後の細々としたことを手伝うことぐらいでしたけれど。
それでもその父親は心慰められたようでした。
というのも、この一家は、その村の中ではつまはじきにされていたからです。
その理由を、ひいおばあさんはよく知りませんでした。
よそ者の産婆として踏み込んではいけない部分というのもありますから……。
ただ、昔からの確執が尾を引いているのではないかと考えていました。
実を言うと、この村は、江戸のはじめの頃までは二つの村だったのです。
それが、江戸の中頃にかけて、川の上流にあった村が田畑を広げ、結局、川の下流にあった村を呑み込んでしまったのでした。
その一家は元々下流側の村の人間にあたります。
それが村内の扱いに影響しているのだろうと、ひいおばあさんは考えていました。
さて、娘の葬儀から四ヶ月ほどが経ったある日。
別の村でそろそろ子供が生まれそうな妊婦さんの面倒を見ていたひいおばあさんのところに、件の父親が現れました。
どうした、と尋ねるひいおばあさんに、父親は言いました。
『しばらくうちの村には近づかないほうがいい』
一体、なぜそんなことを言うのか問い詰めると、父親は寂しそうに笑って、
『騒がしくなるので、迷惑をかけられない』
というようなことを言って帰って行ったそうです。
その後、かなりの難産の子供を取り上げ、少し落ち着いてから、あれはなんだったんだろうと思っていると、驚くべき報せが届きました。
例の父親が失踪し、その夜には、村の名主さんの息子が井戸に落ちて亡くなったというのです。
しかも、村の人間は、失踪した父親が子供を殺したのだと決め込んで、山狩りをしていると。
なにがどうなってそんなことになったのか、ひいおばあさんには想像もつきませんでした。
例の父親は、人を殺すような為人ではありませんでした。
それに、名主の息子とのつながりもわかりません。
亡くなった娘であるならば、名主の子供とはそう年が離れていませんでしたから、遊んだりはしていたでしょうが……。
いずれにせよ、名主もその家族も見知った人間です。
なにより、名主の息子はひいおばあさんが取り上げた子のうちの一人でした。
ですから、ひいおばあさんは慌てて村に向かおうとしました。
しかし、そのときひいおばあさんがいた村の人々がひいおばあさんをかなり強く引き留めました。
ついには村長さんが出てきて、行くなと言ってきたくらいです。
ひいおばあさんは皆の必死の勢いに疑問を持ち、きちんと理由を話してくれるなら行くのをやめようと言いました。
皆はそれでもかなり渋りましたが、結局、村長が代表してひいおばあさんに事の次第を話してくれることとなったのです。
『例の男は、クダ筋なんだ』
そう、村長さんは言いました。
管狐という妖怪のようなものが取り憑いた家系をそう呼ぶことは、ひいおばあさんも知っていました。
そして、そこで、村での一家の扱いのひどさにも理解が及んだのです。
『クダ筋と言っても、今時はなにが出来るわけでもない。だが、クダ筋というだけで……』
同じ人間扱いしないようなひどい取り扱いは残っている、ということでしょう。
『そして、子供は親のやることをよく見ている』
ひいおばあさんは嫌な予感を覚えました。
『娘は、見殺しにされたという。遊びの途中、沼にはまり、助けを求める娘の周りで、子供らが、クダ筋の娘など助ける必要はないと笑って見ていたと』
子供は、無邪気だと言います。
たしかに一面ではそうでしょう。
子供たちは、悪意まで素直に受け止め、それを実行に移してしまうのです。
自分たちが悪いことをしているなどという自覚すらなく。
大人たちが同じ大人である父親に手ひどく当たるなら、その娘への扱いはどれほどぞんざいでもいいと考えてしまう。
あまりに普通に受け止めていたこと故に、そのことに疑問すら覚えない。
そういうもののようです。
ある意味、村全体が、女の子を死に追いやったと言えるでしょう。
そして、亡くなった名主の息子も、その悲しくも残酷な子供たちの一人だったわけです。
『山狩りをした者らは、そのことを知っていたんだ』
名主の息子が亡くなったのは、事故ではなく父親の復讐だと村の人々は考えました。
そして、彼を見つけ出すために山狩りをしたということでしょう。
そこで、村長の物言いにひいおばあさんは気づきました。
父親は既に見つかっているのだと。
父親まで、村の人間に殺させるわけにはいきません。
殺人だというなら警察に届けるべきだとひいおばあさんが言うと、村長はゆっくり首を横に振りました。
父親は、見つかったときには既に亡くなっていたそうです。
しかも、かなりむごい姿で。
いかに怒りにかられた村人であっても正視することも出来ぬような有様だったらしいと、村長は続けました。
『クダ筋の裔として、出来る限りの呪いをかけるため、自らを生贄としたんだろう』
そんな莫迦なことがあるわけがないと言うひいおばあさんに、村長は言いました。
『遺体は山に入ってたった一日で、体中にトンネルのような穴が空くほど獣に食い荒らされていたそうだ。
その周囲には獣毛が一房ずつ針で縫い止められた札が散らばっていたとか。
札には村中の屋号が、血文字で描かれていた。ここまで聞いて、ただの死に様と思うかね』
村長は悲しそうに問いかけた後で、続けました。
『あの村は呪われた。私らには、その呪いの効果があるかどうかもわからん。わからんからこそ、あんたを行かせるわけにはいかないんだ、産婆さん』
その言葉の真剣さに、ひいおばあさんはそれ以上なにも言えなかったそうです。
その後、ひいおばあさんは、件の村へ行くのをやめました。
周囲の村々の人たちからも、やめるように言われたからです。
なによりも、例の父親自身に――まるで遺言のように――近づかぬよう言われていたのですから。
村はそれから十年ほどで消えてしまいました。
住人たちが次々と転居していったからです。
まるで、逃げ去るように。
『逃げられはしなかったろう……』
ひいおばあさんは悲しそうにそう言っていたと、私のおばあさんは言います。
それというのも、ひいおばあさんを引き留めた村長さんに、詳しい事情を知らせた人物。
これは、山狩りで実際に父親の遺骸を見つけ、あまりの恐ろしさに村を抜け出てきた男だったのですが……。
この人が、移った先の村で、一年も経たず亡くなってしまっていたからです。
その人だけならば、過去のことを悔やんで、そのために体調を崩したとも思えます。
けれど。
『どの村に逃げた者も、みんなそうなった』
ひいおばあさんが知っている限り、近隣の村に移った者は、誰一人助かってはいないそうです。
『ある日、門柱やら玄関に、オコジョの尻尾のようなものが打ち付けられる。
まるで生きた獣から引き抜いたかのように血がべっとりとついた尻尾が、小刀で深々と打ち付けられてるんだ。
そうして……しばらくすると、その家の人間は、皆死んでしまうんだよ』
事故死や病死……。
けして、不自然な死ではなかったと言います。
けれど、皆、死んでしまうのだと。
どこか遠くに逃げ去って生き残った者がいるのかどうか、ひいおばあさんも、私も知りません。
これが、果たして呪いなのかどうかもよくはわかりません。
ただ、娘を見殺しにされた父親の無念と憎しみは、とてつもなかったであろうとは想像できます。
恨まれて殺されるのでも、病や事故で亡くなったのでもなく、助かるはずなのに見殺しにされることの、なんと惨いことか。
ひいおばあさんは、その父親のことを、こう言っていたそうです。
『あの人は、きっと悔しくはなかっただろう。
悔しいというのは、ああ出来たのではないか、こうなったのではないかと思う気持ちから出てくるものだ。
それは、望みを、期待を持っているからこそのものだ。
あの人にあったのは、絶望と憎しみだけだった。
だから、あんな風に自分で地獄に堕ちたんだ。
誰も彼もを道連れに』
それは、きっととても悲しいことです。
本当に、悲しく、恐ろしいことです。
茄子「……なんと、言っていいものやら……」
ほたる「……うぐっ、ひくっ……」
小梅「な、泣かないで……」
ほたる「で、でも、こ、こんなの……」
茄子「誰も救われない話は怪談には多いとはいえ……」
ほたる「……あんまりです」
小梅「うん……。かなり、きついお話……」
茄子「亜里沙さんは、元保母さん、ですよね」
小梅「う、うん」
茄子「子供を相手にしてきた人が、これを語る……。重いものが……ありますね」
小梅「う、うん。でも、これは、型どおりの、差別はいけないとかそういうことを言いたいんじゃなくて……」
茄子「ええ、そこは、各々が考えるべきことで、押しつけることではありませんね」
ほたる「私は……ただただ、悲しいです」
小梅「……うん。苦しい、ね」
茄子「……ふぅ。あまりのお話にいろいろと衝撃を受けてしまいましたね。ほたるちゃん、大丈夫?」
ほたる「あ、はい。すいません。お聞き苦しい声を……」
茄子「いえいえ。とはいえ、ずっと引きずってもしかたありません。切り替えていきましょう! そう、ここで重大発表です!」
小梅「うん。実は、今回で、第一シーズンが終わり。次回から、だ、第二シーズンに入る」
ほたる「……なんと、次回はゲストさんもいらっしゃるんですよね!」
小梅「うん。第二シーズン第一回はりょ、涼さん……。松永涼さんが来てくれます」
茄子「楽しみですね! では、そろそろお別れの時間が近づいて参りました」
ほたる「白坂小梅のラジオ百物語」
小梅「次回もあなたに……悪夢、見せてあげる」
第十三夜 終
そんなわけで、今回で、第一シーズン終了です。
最後は陰惨な話になってしまいましたね。
この板的にはゆっくり百話やってもいいのでしょうが、個人的に区切りがないとつらいので、八シーズンで百話目指して、順次やっていく形にします。
またある程度ネタがたまったら、第二シーズンのスレを立てる予定でいます。
おつきあい、ありがとうございました。
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白菊ほたる(13)
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鷹富士茄子[たかふじかこ](20)
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365945798
小梅「こ、この番組は……みんなで怪談話を楽しむ……番組。でも、オカルト、だけじゃ……ない」
茄子「超常的なことに限らず、怖い話も、不思議な話も、変な話も楽しんじゃおうっていうことですね」
ほたる「幽霊さんのお話ばっかりじゃ……ないんですね」
小梅「う、うん。心霊関係も多くなる……と思うけど、それだけじゃ……ない」
茄子「怪談と言えるものならなんでもいいんですよね?」
小梅「そう……。あまり、ジャンルを限定するのは……よくない。当人が……わかってなくても、他の人が聞いたら……怪談っていうことも、ある」
ほたる「なるほど……」
茄子「なんでも楽しんじゃう姿勢が大事ですね!」
小梅「うん」
ほたる「楽しむ……。そうですね。それが一番ですね」
小梅「みんなで……怖がったり、ほっとしたり、驚いたりする。……楽しいと思う」
茄子「ですねー。ええと、それでですね。今日は第一回なので、お手紙などもありません。ですから、早速メインコーナーにいってみましょう」
小梅「うん。この番組のメインは……アイドル百物語」
ほたる「このコーナーは、小梅さんが私たちの同業者……アイドルのみなさんの所に取材に行き、怪談を聞かせてもらう、というものです」
小梅「いろんな人に……会うのも、楽しみ」
茄子「そうですねー。ただ、今回は第一回ということで、アシスタントの私、鷹富士茄子の怪談になっています!」
ほたる「茄子さんは……あんまり怖い目にあってる印象が……ないかも」
茄子「あははー。そうですね、怖いっていうのとは違うかもしれませんが……」
小梅「さ、さっきも言ったけど、怪しい話であれば……いい」
ほたる「あ、そっか」
小梅「では、一人目……茄子さん、どうぞ」
はい。
それでは、話させてもらいますね。
これは、私が小梅ちゃんやほたるちゃんくらいの歳の……そう、六、七年前の冬のことです。
学校から帰る道すがら、友達と別れた後のこと。
ちょっと海を見ていこうと思って、浜に出たんです。
ええ、すぐ近くにとっても気持ちのいい海岸があって。
そうそう、日本の渚百選っていうのにも選ばれたことがあるくらいの場所なんですよ。
冬でしたから、浜に出ている人は少ないだろうと思ってました。
とはいえ、有名な場所なので、少しくらい観光客の人がいるだろうとは思っていたんですが。
浜に出てみると、思った通り、ぽつりぽつりと観光客らしき人がいるくらいでした。
そろそろ日が暮れ始めてもおかしくない時間でしたから、その人たちも引き上げようとしている感じでしたね。
私は地元ですしね。ゆっくりと歩きながら、風を楽しんでました。
冬ですから、一度暮れ始めるとすぐに暗くなっちゃいます。
だから、空の色が夕焼けに染まり始めたところで、帰ろうと思って歩き出しました。
ところが、少し行ったところで、なにかゴミ拾いをしている人たちに行き当たったんです。
浜って、どうしてもゴミがたまるんですよ。
観光客の人が気をつけててくれても、どこかから流れ着いてくるのはどうしようもないものです。
たまにボランティアの人たちがずーっと列になってゴミ拾いをしてくれたりするんですよね。
私も気がついたときは拾うようにしてました。
ただ、今回は大規模なボランティアの団体ということでもなさそうでした。
人数も少なめでしたし、夕方にやるってのはあんまりないですからね。
でも、なんにしても海岸を綺麗にするのはいいことです。
だから、私も手伝おうと思って、その人たちの集団から少し離れて、ゴミを拾い始めたんです。
といっても、私はそんなに準備をしているわけではないので、小さいのを拾っては持っていたコンビニの袋に入れて、くらいでしたけどね。
海に沈んでいく夕日が、あたりを橙色に染めあげていて。
海に煌めく明るい橙と空からの暗い赤で、あたりがもうなんだかぼんやりしてしまうんですよね、そんな時って。
近くでゴミ拾いをしている人たちの姿も、あまりよくは見えなくて。
なんだか夕日を反射する光の柱がゆらゆら揺れているような感じでした。
自分や、その人たちの影も長く伸びて、まるで、怪獣みたいにおっきな影になっていて。
本当に、長く長く伸びるんですよ。
ずーっと先まで……。
そんな様子を楽しみながら、夢中になって拾っていたら、ふと声がかかりました。
『お嬢さん』
はい、と顔をあげました。
その途端、びっくりして声を無くしちゃいました。
なにしろ、あたりはとっぷりとくれ、声をかけてくれた人の顔も見えないくらいに真っ暗で、空には星がきらきら輝いているんですから。
そんなはずはありません。
だって、顔をあげるまでは、夕日を頼りにゴミを拾っていたんですよ?
多少は暗くなっていたとしても、手元も見えないくらいになれば、すぐわかるはずなんです。
『手伝うてくれてありがとな。やけど、そろそろ自分は上がっとき』
『ここらが潮時よ』
私の記憶では、男の人も女の人も、歳を取っている人の声も、若そうな声もありました。
それに、色んな地方の言葉で話していたと思います。
ただ、口々に、早く帰るよう、彼らは言っていました。
『ごめんねえ、あなたがいるのに気づかずにいた私らが悪いんよ』
『わしらにつきあうと、こうなっちまうんだ』
『他所から来るから、せめて掃除でもしようとして、地元の子に迷惑かけてたら世話ぁない。すまんなあ』
私が彼らの言うとおりに立ち去ることを告げると、最後にその人たちはそんなことを言って謝っていましたっけ。
私はどういうことかよくわからず、とにかく家に急ぎました。
遅くまでどこに行ってたって、お母さんたちに叱られちゃいますからね。
ところが、家に帰ると、両親は目を丸くして、その後で、飛びついて来ました。
大丈夫か、大丈夫か、って泣きながら……。
私は目を白黒させながら、どういうこと? って尋ねました。
すると、お母さんはあきれながら、こう言ったんです。
『お前、三日もどこに行ってたんだい?』
って。
私、ゴミ拾いを手伝ううちに、三日も姿を消していたそうですよ。
おかしな、話ですよねぇ。
小梅「か、神隠し……」
ほたる「ああ、ありますね……。いつの間にか何日も……っていうの……」
茄子「はい。両親も周囲も、最後は、神隠しと思うしかないってことになってました。家出するようなタイプには思われなかったみたいです」
小梅「冬の……いつ頃?」
茄子「十一月の上旬でした」
小梅「……あ。あの、そ、そこ、もしかして……」
茄子「はい」
小梅「えっと、稲佐の浜っていうんじゃ……」
茄子「あ、よく知ってますね」
ほたる「有名なところなんですか?」
小梅「……タケミカヅチが、オオクニヌシに国譲りを迫った、ところ」
ほたる「え?」
小梅「神話の……舞台」
ほたる「はあ」
小梅「それに……」
茄子「ほたるちゃん、旧暦の十月の異名を知ってますか?」
ほたる「え? あ……えっと、神無月……ですか?」
茄子「はい、正解です。でも、私の故郷、出雲では違います。神在月と言います」
小梅「日本中の神様たちが、出雲に集まる……。稲佐の、浜から……」
ほたる「え?……それって、え?」
小梅「か、茄子さんが会った人たちは……」
茄子「そう、なのかもしれませんね。私にはわかりませんけれど」
ほたる「も、もし、そうだったら……あわわ」
小梅「ふ、不思議」
茄子「私も、不思議です。はい、そんなわけで、アイドル百物語の第一回が終わりました。どうでしたか?」
ほたる「すごい……」
茄子「ほたるちゃん、進行、進行!」
ほたる「あ、ご、ごめんなさい。当番組では、今回のお話の感想のお手紙やメールに加え、各コーナーあての……」
第一夜 終
タイトル通り、百物語目指して、ぼちぼち書いていく予定です。
二、三日に一話程度の更新頻度かと思います。
それにしても、シンデレラガールズの場合、百人やっても、三分の二未満というのがすさまじいですな。
765組の十三怪談の時は、なんだかんだで怖い話ばかりになってしまったので、今回はほんわか話や、へんてこな話も入れていきたい所存。
さすがに1スレで百までいくのも大変だろうから、途中区切っていこうかと思っています。
なお、出演アイドルは、比較的年齢層が上のほうに偏るのではないかと。
経験的なことを考えるとどうしても。
では、また。
鯖も復帰したようなので第三夜いきます
第三夜 シャワールーム
茄子「そろそろアイドル百物語のお時間なのですが……」
小梅「きょ、今日は、す、すごい話を聞いてきた」
ほたる「小梅さんがそんなことを言うとは、一体……」
小梅「内容……より、なんていうか……」
茄子「まあ、そのあたりは実際に聞いてみてのお楽しみでしょう。さて、本日はどのアイドルさんのところに?」
小梅「今日は……双葉杏さん」
ほたる「ほうほう」
茄子「では、お聞きください」
双葉杏(17)
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○一言質問
小梅「一番怖いもの……なに?」
杏「仕事」
んー、今日はなんだっけ?
ああ、怪談。
はいはい。
唄とか踊りとかなくて楽だよね。
ねー、プロデューサー!
いっつもこういう仕事にしてくれなーい?
え? だめ?
けちだなあ。
はい?
とにかく小梅ちゃんと話せ?
あー、わかったってば。
えーと、それで、怪談だっけ。
なに話せばいいの? 杏、あんまりそういうの聞かないからさ。
ふうん?
怪しい話ならいいんだ?
そっかー……。
じゃ、変な話でもいい?
うん、いま住んでる部屋のことなんだけどね。
その部屋って、やっすいんだよー。
都内にあって、そこそこ交通の便もいいみたいなんだけどさ。
ま、杏は出かけないから関係ないんだけど。
ともかく、そんなに狭くもないのに、お家賃三万円!
うん。
びっくりでしょ?
今時ないよねー。
風呂トイレなしでも、そんな安くならないよ。
あ、もちろん、うちはあるよ。
今回はお風呂場の話だし。
しかもねー。
トイレと別なんだよ。
ま、そんなところだからさ。
なんかあるのかもなー、とは思ってたんだよ、杏も。
でもさ、杏としては楽に寝てられればいいからさ。
あと、ゲームとかできればね。
だから、あんまり気にしてなかったんだ。
でも……いつだったっけかなあ。
たしか、夏の頃だと思うけど。
夜遅くに、お風呂入ったんだよね。
まあ、お湯はるの面倒だから、シャワーだけだけどさ。
頭を洗ってたらさ、なんだか、落ちてる泡が赤いんだ。
もちろん、そんなシャンプーは使ってないよ?
あれ? って思って手を見ても真っ赤でさ。
鏡見たら、頭の半分くらい、あかーくなってるの。
で、手を止めて初めてわかったんだけど、頭になにか落ちてきてるんだよね。
水滴みたいなのが。
ぴちゃーん。
ぱちゃーん。
ってね。
まあ、そうなると、上を見上げるよね。
そしたらさ、いたよ。
顔の半分つぶれた女が。
器用だよねー。天井にはりつけるって。
死んだらみんなあんなことできるのかな?
もう、なに?
プロデューサー、うるさいよ!
え?
その後どうしたのかって?
どうもしないよ。
そいつから落ちてくる血を避けて、頭洗い直してお風呂出たよ。
うん、それだけ。
いまもその部屋に住んでるよ?
どうも何時だか知らないけど、夜中のある時間を過ぎてお風呂場に入ると、出てくるみたいだね。
なんだろうね?
あそこで殺されでもしたのかね?
え?
ああ、うん。
確認したりとかしてないよ。
めんどくさいじゃん。
ただ、夜中にお風呂入らなきゃいいだけの話だもん。
ま、ちょっと変なのがいるって、そんな話。
ほたる「だ、大丈夫なんですかね、これ」
小梅「杏さん本人は気にしてないけど、杏さんのところのプロデューサーさんが、お、大慌てしてた」
茄子「たしかにこれは……。でも、特定の時間、特定の場所にしか出ないということは、放っておくべきなのでしょうか」
小梅「……本当に、いるだけなら……無視、するほうがいいかも」
ほたる「そ、そういうものなんですか?」
小梅「こっちが、怖がってるとか、助けたいとか思うと……寄ってくる霊も、いる……から」
ほたる「はあ……」
茄子「触らぬ神にたたりなし、ですね」
小梅「いるだけなら……。見えないけど、本当はそこら中にいるし……」
ほたる「小梅さん!?」
茄子「え、えーと、なんだか怖いことを聞いちゃった気がしますが……次行きます!」
第三夜 終
本日は以上です。
第四夜 白蛇
茄子「……さて、それでは、今日もアイドル百物語へと参りましょう」
ほたる「今日は……どんなお話でしょうね」
小梅「杏さんと、お、お風呂つながり……ってわけでもないけど、今日も、お風呂の話」
茄子「ほほう」
ほたる「水にまつわる場所には霊がよりつく……という噂話も聞いたことがありますが、実際どうなのでしょう?」
小梅「一概に水があるから、霊が、とは、い、言えないと思う。ただ……」
ほたる「ただ?」
小梅「水は……とっても身近でとっても大事……。だから、色んなイメージが……混じっちゃう」
ほたる「イメージ……ですか?」
茄子「たとえば、農業や漁業を基として生きる場合、水は実りをもたらす根幹であると同時に、様々な害をもたらす存在でもあったりしますね」
ほたる「……水害ですか。たしかに……」
茄子「そこまで大規模でなくとも、上下水道が行き渡っていない時代には、井戸や川が日常の生活とも不可分ですから。
益と害は常に意識の中にあったと思います」
小梅「そ、それに、雨が降って川になって……海に注いでいく……。また、雲を作って……落ちてくる」
茄子「大きな循環のイメージですね」
小梅「う、うん。それが、竜や蛇のイメージとも……交わる。姿だけじゃなくて、脱皮して生まれ変わる……と考えられてた……から」
ほたる「輪廻転生、ですか」
茄子「そうした様々なイメージを包摂しているため、良くも悪くも意識されると」
小梅「そ、そう。清浄なイメージも、怖いイメージも……いっしょに、なる」
ほたる「なるほど……。それで霊も……ということですか」
小梅「う、うん。他にもヴァンパイアは流水を渡れないとか……古今東西、水と怪異が絡んだ話は……多い」
茄子「そんな身近な水の話ですが、今日はどなたから?」
小梅「高垣……楓さん」
ほたる「それでは、どうぞ……」
高垣楓(25)
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○一言質問
小梅「実際に見てみたいモンスターや妖怪……いる?」
楓「天狗ですかね。あの長いお鼻がどうなっているのか……。あ、鴉天狗さんの嘴も触ってみたいかもしれません」
怪談……。
小梅ちゃんがいつも見てる映画からすると、血が出た方がいいのでしょうか?
そうでもない?
ふむ。
そうですね、では、あの温泉の話でもしましょうか。
以前……アイドルになる、ちょっとだけ前のことでした。
一人でふらっと温泉旅行に行ったことがあるんです。
ああ、いえ、温泉自体はよく行っていたんです。
ただ、そのときたまたまおかしなことにでくわした、と言うべきでしょうね。
さて、温泉です。
その時、私、露天風呂に、入っていたんです。
前日にも入っていて、お気に入りだったんですね。
でも、ゆっくりしていたら、なんだか男の人の声が聞こえてきて。
混浴ではないはずでしたから、驚きました。
それで、これは旅館にもよるんですけど、温泉って時間によって男女のお風呂が入れ替わることがあるんです。
露天風呂と別の湯殿が交互になってたり。
はい、実はこのとき、露天風呂のほうは、男湯になってたんですね。
でも、そのときの私は男湯になってるって気づかなくて、ただ、ああ、男の人入って来ちゃったな、困ったなって思ってて。
しかたないから奥の方に移動したんです。
逃げたんですね。
奥の方でやりすごしていれば、出て行くだろうと、そう思って。
ほら、男の人って、そこまで長く湯につかってなかったりしますし。
それで、じゃぶじゃぶ進んでいったんですけど、だんだんとあたりが湯気に包まれて、なんだか、先が見通せなくなってしまって。
もう、周りが真っ白に。
でも、気にせず進んでいたんです。
その温泉はどこかに流れ出たりはしていないはずですし、外気の温度によっては湯気がすごいことになるのはよくあることです。
ただ、ずいぶん広い温泉だなあ、とは思いました。
なにしろ進んでも進んでも続いているんですから。
まあ、それも、ちょっとした探検気分が味わえて、お得だなと思ったくらいですけど。
前日は奥のほうには行きませんでしたしね。
そうして、ようやく湯気が晴れて、なにか見えたと思ったら、ですね。
大きな、白い蛇がいました。
お湯の中から突き出した山みたいな岩場に頭をのっけた、大きな蛇がいたんです。
本当に大きくて。
胴体は私の胴と同じくらいあったんじゃないでしょうか。
長さは……どうでしょう?
お湯の中に入ってる部分があったので、よくわかりませんけれど、五メートルはくだらなかったと思います。
その白蛇が、鎌首をもたげ、私のことを見つけて、なにか驚いたような顔をするんですよ。
いえ、蛇の表情がわかるというわけではないのですが、なんとなく。
人の言葉になおすとしたら、なんでこんな所に私が入り込んできているのかわからない。
そう戸惑っている様子でした。
ああ、困らせてしまったな、とそう思いまして。
私、持っていた温泉玉子を差し出したんですよ。
蛇さんの邪魔をしたなら、これをお土産に、と思って
そうしたら、白蛇がなにか考え込むように私をじーっと見てきて、ぷいっと首をある方向に向けたんですよね。
あ、これはあっちに行けってことかなと思って。
素直に、それに応じて、移動しました。
少し離れてから振り返ったら、私が湯に浮かべた玉子を見て、なにかゆらゆら頭をゆらしていましたっけ。
それで、もう一度振り向いたら、元の……奥に向かう前の場所に戻っていて。
もう男の人もいなくなっていたので、不思議な気分のまま、湯を出ました。
後でまた入ってみたんですけど……。
あ、女湯に戻った後で。
そうしたら、全然奥なんてなくて、すぐに旅館の作った板塀に突き当たりました。
その手前もお湯が続いてるわけじゃなくて、岩地になってて……。
きっとあの場所に行けたのは、あのときだけだったんでしょうね。
いま思うと、残念なことをしました。
え? なにがって?
いえ、どうせなら、あの蛇さんと、お酒を酌み交わしてみたかったなって、そう思いまして。
ほら、言うじゃないですか。
うわばみって。
ほたる「……杏さんにも思いましたが、楓さんも、なんというか……」
茄子「肝が太いですね」
ほたる「……はい」
小梅「……楓さんは……冗談なのか、本気なのか……時々、わからない」
茄子「でも、嘘をおっしゃる方ではないですからねえ……」
小梅「う、うん。不思議なことは、いっぱい……ある。で、でも、戻ってこられたのは、本当に……幸運」
ほたる「不運だと……?」
小梅「……昔は、山や川の神様に……い、生贄に捧げられた人がいっぱいいた……」
ほたる「あわわわ……」
茄子「むしろ、いまどきは、そういう不思議に出会うほうがよほどの運だと思いますが」
小梅「それは……そうかも」
ほたる「で、では、今日のアイドル百物語はここまでとして、次は……」
第四夜 終
温泉楓さんは素晴らしいですよね。
本日は以上です。
第九夜 間違い
茄子「さて、それではそろそろ本日のアイドル百物語へと参りましょうか」
小梅「こ、今回は、ちょっと興味深い……話?」
ほたる「興味深い、ですか?」
小梅「う、うん。なんというか……。あるんだろうなとは思うけど、あんまり聞いたことがないというか……」
茄子「いったいどんなお話なのでしょう……?」
小梅「あ、あと、迷惑、かも」
ほたる「……たいていの怪談話は、当事者には迷惑では……」
小梅「そ、そう? 面白いのに……」
茄子「そうですねえ。普通の人はお話くらいでとどめておきたいんじゃないかと思います。
こうして怪談を聞いたり、映画を見たりは私も好きですよ?」
小梅「……うん。楽しいよね」
ほたる「ただ、自分の身に起こると……」
小梅「……たしかに、あんまり、呪われたり……すると……」
茄子「ともあれ、今日のアイドルさんを紹介してください」
小梅「きょ、今日は、仙崎恵磨さん」
ほたる「それでは、どうぞ」
仙崎恵磨(21)
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○一言質問
小梅「す、好きな都市伝説とか……ある?」
恵磨「ピアスあけたら、視神経が出てくるやつ! あれ、はじめ知ったとき怖くてねー。いまはピアスの穴あけるのにも慣れちゃったから笑える」
やっほー!!
え?
声が大きい?
あ、ごめん、ごめーん。
そっか、録音してるからね!
適量でねっ!!
それでそれで、今日は怪談だよね。
あるよー。
怪談。このアタシの経験談!
っても、一回こっきりだけどね。
でもねー。
その一回がひどかったんだ。うん、マジマジ。
まあ、いわゆるシンレー体験ってやつなんだろうけどさー。
アタシが高校生の頃……うーん。
あれは、二年の夏だったかなー。
夜、寝てたんだよね。
でも、まだ寝入ってからそれほど経ってなかったんじゃないかな。
寝る前にタイマーでつけといたエアコンがまだ動いてたからさ。
ふっと目が覚めて、あれ、なんで? って思ったわけ。
それこそ、部屋が暑くて起きるとか、喉渇いて起きるとかするには、まだ全然寝てない感じだったから。
そしたら、気配がすんの。
自分以外の……。
んー、なんかがいる感じ。
『誰か』とは思わなかったな。
親とかが入ってきたとかって感じとは、えらい違ってたから。
なんか……うーん。
なんて言ったらいいかなー。
じゅくじゅくと腐ったもの触っちゃったみたいなきもちわるーい感覚?
そんな感じでさ。
思わず、アタシ、かけてたタオルケットを頭からかぶっちゃったよ。
それからも、なにか部屋の中を這いずりまわっているような気がしてしょうがなかったんだけど……。
タオルケットの中で冷や汗かいてたら、いつの間にかそれもなくなって、寝ちゃってた。
うん。起きたら普通でねー。
部屋の中のものが動いてるとかもなくて。
夢だったのかって笑えて来ちゃったよ。
でもさ、それが夢じゃなかったんだよね。
うん、来たんだよ。
次の日も。
今度はまだ眠れてないときだったけど、同じ感覚。
またタオルケットかぶりたくなったんだけど、そこで、はって気づいたわけ。
『なんでアタシの部屋で怖がらせられなきゃいけないわけ?』
ってさ。
一度そう思うと、猛烈に腹が立ってきてさ。
幽霊だかお化けだかなんだか知らないけど、生きてないもんが、人間サマの世界に干渉すんなって話。
もうかっかキテルもんだから、怖いとか全部すっ飛んで、こうなったら、そいつに向かい合ってやろうって思っちゃったんだわ。
で、跳ね起きて、ベッドの上から、部屋をぐるって見回したの。
最初は、なんもいないって思ったんだけど、いたよ。
うん。
なんと、エアコンの吹き出し口!
そう、にゅーって、出てくるの。
あの狭い吹き出し口から。
どう言えばいいのかなー。
あ、あのさ、ロード・オブ・ザ・リングってあったでしょ?
そう、映画の。
あれで、ゴラムとかいうのがいたの……わかる?
うん。
あのへんてこなちび。
あれを、もっと、こう、凶悪にした感じ?
凶悪っていうか、ぐにょぐにょっていうか……。
関節とか間違った方向についてて、膚は生きてる動物の膚じゃなくて、ゴムみたいな感じだったかなー。
ああ、違うなー、泥細工みたい?
ともかく、まあ、変なのがぐにゃーってなりながら出てきたわけ。
いま思い返すと、ちょっと震えが来る感じなんだけど、なにしろキレてるからね。
もう、こっち来てみろ、みたいな感じですわ。
ぶったたいてやるから、って勢いね。
それで、あっちも、アタシが見てるのに気づいたんだろうね。
いやらしーい笑い顔浮かべてアタシのこと見るの。
おどかしてやるつもりだったんだと思うな。
うん。そのときまでは。
そいつってば、アタシの顔見た途端、どうしたと思う?
びっくりした顔してたんだよ!
もうね、その瞬間わかったの。
あ、こいつ、人違いしやがった、って。
わかるでしょ。こう、場違いな人が、なんか驚いたと同時にすっごく困ったような顔つきになるの。
あれと同じ。
それで、ひゅるんってエアコンの中に逃げ戻りやがって。
うん、それ以来出てないよ。
たぶん、隣とか、別の家と間違えたんじゃないの?
変な感じもしないしね。
ほんっと、人騒がせだよ。
アタシのほうは逃げられて怒り心頭でがんがんエアコンたたいてたら、びっくりして起きてきた親に怒られたっていうのにさー。
迷惑かけたほうは出てこないだけで済むとか、ほんと不公平!
茄子「ええと、これはなんと言いますか……」
ほたる「するんですね、人違い……」
小梅「ひ、人全体への怨みになるんじゃない、個人への怨みとかだと……ありえる……。でも……珍しい」
茄子「たしかに……」
ほたる「……間違いでも、そのまま脅かしてきそうなものですが……」
小梅「きっと……あっちはあっちで脅かしたりするのも……力がいる、から……」
ほたる「怨む相手に会う前に消耗してはいけないと……。なるほど、計算できる幽霊さんですね……」
茄子「それでも、間違いで出てくるのはやめてほしいですね」
小梅「う、うん」
茄子「さて、こんな話が聞けたところで、次のコーナーでは、落語などに登場するコミカルな幽霊について特集を……」
第九夜 終
本日は以上です。
恵磨ちゃんは怪談話にはあわないかなとも思ったけど、そうでもなかった。
さて、スレ全体の展開ですが、13夜で1シーズンを区切ろうかと思います。
奇数シーズンが13夜、偶数シーズンが12夜の全8シーズンで行こうかと。
第十三夜 管狐
茄子「さて、今日もアイドル百物語の時間となりましたが……」
ほたる「……ええと、今日は、事前に少し解説があるんですよね?」
小梅「う、うん。今日は、憑き物の話が出てくる、から……」
ほたる「いわゆる……狐憑きというやつですか?」
小梅「うん……。でも、人に『獣のようななにか』が取り憑くお話は日本各地にある」
茄子「管狐が、東北、東海地方、オサキが関東地方、人狐は中国地方、野狐は九州地方、犬神が西日本全般で、沖縄に至るまで。
狸憑きは少ないが、四国などに見られる……とこの資料にはありますね」
ほたる「狐が多いですけど……狐と言ってもいろいろなんですね?」
小梅「き、狐と名はついてるけど、実際は、イタチとかテンとかオコジョとか……小さめの動物のイメージが……多い」
茄子「オサキについては、八犬伝で有名な曲亭馬琴さんが、『イタチに似た小さな獣』と書いているそうですね。
元々は九尾の狐の金毛が飛んで分かれたものだとか……」
ほたる「不思議なものですね……」
小梅「王子稲荷神社があるから、江戸一帯にはオサキが入れない……っていう伝承も、ある」
ほたる「……お稲荷さまに弱いんですか」
小梅「王子稲荷神社の祭神は、と、東国三十三ヶ国の狐の総大将だから……」
茄子「狐世界にも序列があるということですね。さて、これらの憑き物は、人に取り憑くだけではなく、家系に憑くこともあると思われていたようです」
小梅「うん。個人じゃなく、家に憑く場合は……その家に幸運をもたらすとされていた」
ほたる「……いいことですね!」
小梅「ううん。あんまりよく、ない」
ほたる「なんでですか?」
茄子「これらの憑き物がもたらす幸運や富は、神仏の加護とは違い、代償を必要とされていると考えられていたようなんです。
たとえば、一族の者がむごい死に方をするとか……」
小梅「周囲の人間が……不幸になるとか……」
ほたる「……そんなっ!」
小梅「さ、さらに進んで、管狐なんかは、積極的に憑いている家系の人間が使役できると……考えられていた」
茄子「恵まれた相手を呪い、その幸運を盗み取って使役者に持ち帰る……と」
ほたる「ひどい……」
小梅「だから、その家……憑き物筋は、とても差別された……」
茄子「最初は憑き物が出たという理由から、それが高じて、あの家系は人に祟ると噂されて……という感じですか」
小梅「うん。実際に……憑き物とか関係なく、お金持ちだからって妬まれて、無理矢理憑き物筋に仕立てられたり……」
ほたる「……ひどい話です」
茄子「ええ、ひどい話です。しかし、そういった差別があったという事実はあります。
今回のお話は、そういったことを前提として聞いていただきたいものになります」
ほたる「どなたの……お話なんです?」
小梅「持田亜里沙……さん」
茄子「それでは、聞いていただきましょう」
持田亜里沙(21)
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○一言質問
小梅「……鬼の手?」
亜里沙「ウサコちゃんウサ♪」
小梅ちゃん、いらっしゃいませ。
ありさ先生、お話するのは大好きよ。
寝かしつけるときに、色んなお話をしてあげると、みんな喜ぶの。
ただ、あんまり怖いお話はしてこなかったけど……。
でも、怖いお話も知ってるのよ。
とても悲しくてつらくて怖い。
今日はそんなお話をしましょう。
これは、ありさ先生のひいおばあさんのお話。
ひいおばあさんは、産婆さんをしていました。
小梅ちゃんは、産婆さんって知ってるかな?
うん、そうそう。
赤ちゃんが生まれてくるときに、お母さんの手助けをするお仕事ね。
小梅ちゃんの世代だとあんまり一般的じゃないと思うのだけれど、よく知っているわね。
え?
昔の怪談に出てくる?
そうなの。
たしかに、昔は生活に密着していたものね。
さて、ひいおばあさんは、第二次世界大戦の前から産婆さんをしていました。
その後、戦争が激しくなってきた頃に、疎開を兼ねて故郷に戻り、そこに落ち着きました。
ありさ先生の故郷は長野県。
諏訪大社のあるあたりより少し北側が、ひいおばあさんにとってもふるさとです。
ひいおばあさんは、故郷の村を中心にいくつかの村を巡り歩いて、
お産の助けをしたり、妊婦さんや、子供を産んだばかりの若い母親たちに指導をしたりしていました。
本当は村ごとに産婆さんがいればいいのでしょう。
けれど、戦中戦後の混乱期とそれに続く復興期はどこも人手が足りず、特に地方ではなかなかそううまくいかなかったのです。
さて、故郷周辺で活動を初めて、十年ほど経ったある年。
ひいおばあさんが通う村の一つで、女の子が行方不明になりました。
ひいおばあさん自身が取り上げた子だったこともあり、ひいおばあさんも大層心配しました。
でも、結局、遺体となって見つかってしまったのです。
村近くの山にある沼でおぼれてしまったようでした。
その女の子のお家はお母さんが既に亡くなっていて、お父さんと女の子の二人きりでした。
一人遺されたお父さんの嘆き悲しみようは、それはもう尋常ではなかったと言います。
人の少ない寂しい葬儀で、目が溶けそうなほど泣き続ける父親の姿に、ひいおばあさんは同情しきりだったようです。
ひいおばあさんも夫を亡くし一人娘――私のおばあさん――を女手一つで育ててきたこともあって、なおさらだったかもしれません。
とはいえ、ひいおばあさんに出来たのは葬儀やその後の細々としたことを手伝うことぐらいでしたけれど。
それでもその父親は心慰められたようでした。
というのも、この一家は、その村の中ではつまはじきにされていたからです。
その理由を、ひいおばあさんはよく知りませんでした。
よそ者の産婆として踏み込んではいけない部分というのもありますから……。
ただ、昔からの確執が尾を引いているのではないかと考えていました。
実を言うと、この村は、江戸のはじめの頃までは二つの村だったのです。
それが、江戸の中頃にかけて、川の上流にあった村が田畑を広げ、結局、川の下流にあった村を呑み込んでしまったのでした。
その一家は元々下流側の村の人間にあたります。
それが村内の扱いに影響しているのだろうと、ひいおばあさんは考えていました。
さて、娘の葬儀から四ヶ月ほどが経ったある日。
別の村でそろそろ子供が生まれそうな妊婦さんの面倒を見ていたひいおばあさんのところに、件の父親が現れました。
どうした、と尋ねるひいおばあさんに、父親は言いました。
『しばらくうちの村には近づかないほうがいい』
一体、なぜそんなことを言うのか問い詰めると、父親は寂しそうに笑って、
『騒がしくなるので、迷惑をかけられない』
というようなことを言って帰って行ったそうです。
その後、かなりの難産の子供を取り上げ、少し落ち着いてから、あれはなんだったんだろうと思っていると、驚くべき報せが届きました。
例の父親が失踪し、その夜には、村の名主さんの息子が井戸に落ちて亡くなったというのです。
しかも、村の人間は、失踪した父親が子供を殺したのだと決め込んで、山狩りをしていると。
なにがどうなってそんなことになったのか、ひいおばあさんには想像もつきませんでした。
例の父親は、人を殺すような為人ではありませんでした。
それに、名主の息子とのつながりもわかりません。
亡くなった娘であるならば、名主の子供とはそう年が離れていませんでしたから、遊んだりはしていたでしょうが……。
いずれにせよ、名主もその家族も見知った人間です。
なにより、名主の息子はひいおばあさんが取り上げた子のうちの一人でした。
ですから、ひいおばあさんは慌てて村に向かおうとしました。
しかし、そのときひいおばあさんがいた村の人々がひいおばあさんをかなり強く引き留めました。
ついには村長さんが出てきて、行くなと言ってきたくらいです。
ひいおばあさんは皆の必死の勢いに疑問を持ち、きちんと理由を話してくれるなら行くのをやめようと言いました。
皆はそれでもかなり渋りましたが、結局、村長が代表してひいおばあさんに事の次第を話してくれることとなったのです。
『例の男は、クダ筋なんだ』
そう、村長さんは言いました。
管狐という妖怪のようなものが取り憑いた家系をそう呼ぶことは、ひいおばあさんも知っていました。
そして、そこで、村での一家の扱いのひどさにも理解が及んだのです。
『クダ筋と言っても、今時はなにが出来るわけでもない。だが、クダ筋というだけで……』
同じ人間扱いしないようなひどい取り扱いは残っている、ということでしょう。
『そして、子供は親のやることをよく見ている』
ひいおばあさんは嫌な予感を覚えました。
『娘は、見殺しにされたという。遊びの途中、沼にはまり、助けを求める娘の周りで、子供らが、クダ筋の娘など助ける必要はないと笑って見ていたと』
子供は、無邪気だと言います。
たしかに一面ではそうでしょう。
子供たちは、悪意まで素直に受け止め、それを実行に移してしまうのです。
自分たちが悪いことをしているなどという自覚すらなく。
大人たちが同じ大人である父親に手ひどく当たるなら、その娘への扱いはどれほどぞんざいでもいいと考えてしまう。
あまりに普通に受け止めていたこと故に、そのことに疑問すら覚えない。
そういうもののようです。
ある意味、村全体が、女の子を死に追いやったと言えるでしょう。
そして、亡くなった名主の息子も、その悲しくも残酷な子供たちの一人だったわけです。
『山狩りをした者らは、そのことを知っていたんだ』
名主の息子が亡くなったのは、事故ではなく父親の復讐だと村の人々は考えました。
そして、彼を見つけ出すために山狩りをしたということでしょう。
そこで、村長の物言いにひいおばあさんは気づきました。
父親は既に見つかっているのだと。
父親まで、村の人間に殺させるわけにはいきません。
殺人だというなら警察に届けるべきだとひいおばあさんが言うと、村長はゆっくり首を横に振りました。
父親は、見つかったときには既に亡くなっていたそうです。
しかも、かなりむごい姿で。
いかに怒りにかられた村人であっても正視することも出来ぬような有様だったらしいと、村長は続けました。
『クダ筋の裔として、出来る限りの呪いをかけるため、自らを生贄としたんだろう』
そんな莫迦なことがあるわけがないと言うひいおばあさんに、村長は言いました。
『遺体は山に入ってたった一日で、体中にトンネルのような穴が空くほど獣に食い荒らされていたそうだ。
その周囲には獣毛が一房ずつ針で縫い止められた札が散らばっていたとか。
札には村中の屋号が、血文字で描かれていた。ここまで聞いて、ただの死に様と思うかね』
村長は悲しそうに問いかけた後で、続けました。
『あの村は呪われた。私らには、その呪いの効果があるかどうかもわからん。わからんからこそ、あんたを行かせるわけにはいかないんだ、産婆さん』
その言葉の真剣さに、ひいおばあさんはそれ以上なにも言えなかったそうです。
その後、ひいおばあさんは、件の村へ行くのをやめました。
周囲の村々の人たちからも、やめるように言われたからです。
なによりも、例の父親自身に――まるで遺言のように――近づかぬよう言われていたのですから。
村はそれから十年ほどで消えてしまいました。
住人たちが次々と転居していったからです。
まるで、逃げ去るように。
『逃げられはしなかったろう……』
ひいおばあさんは悲しそうにそう言っていたと、私のおばあさんは言います。
それというのも、ひいおばあさんを引き留めた村長さんに、詳しい事情を知らせた人物。
これは、山狩りで実際に父親の遺骸を見つけ、あまりの恐ろしさに村を抜け出てきた男だったのですが……。
この人が、移った先の村で、一年も経たず亡くなってしまっていたからです。
その人だけならば、過去のことを悔やんで、そのために体調を崩したとも思えます。
けれど。
『どの村に逃げた者も、みんなそうなった』
ひいおばあさんが知っている限り、近隣の村に移った者は、誰一人助かってはいないそうです。
『ある日、門柱やら玄関に、オコジョの尻尾のようなものが打ち付けられる。
まるで生きた獣から引き抜いたかのように血がべっとりとついた尻尾が、小刀で深々と打ち付けられてるんだ。
そうして……しばらくすると、その家の人間は、皆死んでしまうんだよ』
事故死や病死……。
けして、不自然な死ではなかったと言います。
けれど、皆、死んでしまうのだと。
どこか遠くに逃げ去って生き残った者がいるのかどうか、ひいおばあさんも、私も知りません。
これが、果たして呪いなのかどうかもよくはわかりません。
ただ、娘を見殺しにされた父親の無念と憎しみは、とてつもなかったであろうとは想像できます。
恨まれて殺されるのでも、病や事故で亡くなったのでもなく、助かるはずなのに見殺しにされることの、なんと惨いことか。
ひいおばあさんは、その父親のことを、こう言っていたそうです。
『あの人は、きっと悔しくはなかっただろう。
悔しいというのは、ああ出来たのではないか、こうなったのではないかと思う気持ちから出てくるものだ。
それは、望みを、期待を持っているからこそのものだ。
あの人にあったのは、絶望と憎しみだけだった。
だから、あんな風に自分で地獄に堕ちたんだ。
誰も彼もを道連れに』
それは、きっととても悲しいことです。
本当に、悲しく、恐ろしいことです。
茄子「……なんと、言っていいものやら……」
ほたる「……うぐっ、ひくっ……」
小梅「な、泣かないで……」
ほたる「で、でも、こ、こんなの……」
茄子「誰も救われない話は怪談には多いとはいえ……」
ほたる「……あんまりです」
小梅「うん……。かなり、きついお話……」
茄子「亜里沙さんは、元保母さん、ですよね」
小梅「う、うん」
茄子「子供を相手にしてきた人が、これを語る……。重いものが……ありますね」
小梅「う、うん。でも、これは、型どおりの、差別はいけないとかそういうことを言いたいんじゃなくて……」
茄子「ええ、そこは、各々が考えるべきことで、押しつけることではありませんね」
ほたる「私は……ただただ、悲しいです」
小梅「……うん。苦しい、ね」
茄子「……ふぅ。あまりのお話にいろいろと衝撃を受けてしまいましたね。ほたるちゃん、大丈夫?」
ほたる「あ、はい。すいません。お聞き苦しい声を……」
茄子「いえいえ。とはいえ、ずっと引きずってもしかたありません。切り替えていきましょう! そう、ここで重大発表です!」
小梅「うん。実は、今回で、第一シーズンが終わり。次回から、だ、第二シーズンに入る」
ほたる「……なんと、次回はゲストさんもいらっしゃるんですよね!」
小梅「うん。第二シーズン第一回はりょ、涼さん……。松永涼さんが来てくれます」
茄子「楽しみですね! では、そろそろお別れの時間が近づいて参りました」
ほたる「白坂小梅のラジオ百物語」
小梅「次回もあなたに……悪夢、見せてあげる」
第十三夜 終
そんなわけで、今回で、第一シーズン終了です。
最後は陰惨な話になってしまいましたね。
この板的にはゆっくり百話やってもいいのでしょうが、個人的に区切りがないとつらいので、八シーズンで百話目指して、順次やっていく形にします。
またある程度ネタがたまったら、第二シーズンのスレを立てる予定でいます。
おつきあい、ありがとうございました。
17:43│白坂小梅