2014年07月14日
渋谷凛「シンデレラ前夜」
「凛ってさあ、人生楽しい?」
「…何、急に」
「だってさ、凛って全然笑わないじゃん?かといってすっごく腹立てたりキレたりもしないしさあ」
「…何、急に」
「だってさ、凛って全然笑わないじゃん?かといってすっごく腹立てたりキレたりもしないしさあ」
「はぁ…」
「それって人間としてどうなのって。なんか感情が死んでるんじゃないかなって思う訳で」
「もっとオブラートに包んで言えなかったの?」
「生憎持ち合わせが無くてねー。それでも気になるなと思ってさ。どうなの?」
「…考えたこと無いな。私は私だし、それなりに感情もあると思って今まで生きてきたから」
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「そっか、それならそれでいいんだけどさあ。
でも、なんかこう、凛が笑顔になったところとか見てみたいな」
「ニコッ」
「そんな張り付いた笑顔いらなーい。心の底から笑ってる凛の顔ってどんな顔なんだろうなー」
彼女の言っている言葉は間違いじゃない。
人生が楽しいかと言われれば、楽しいとは言えないなって思う。
目標とか、夢とか希望とか、そんな大きなものは無い。
ただ今日が過ぎて行って、また明日になる。それだけの毎日。
「凛ってさ、スタイルもいいし綺麗だし、思い切ってアイドルとか目指してみたら?」
「なんでアイドル?」
「そう、今は偶然絶後のアイドルブームでしょ?きっと凛ならいい所までイケるんじゃないかな」
「空前絶後。というかアイドルなんて無理だよ。ああいうのは可愛いくて明るい子がなるものでしょ」
「今はいろんな種類のアイドルが求められてるからね、凛もそのどれかに当てはまるかもよ?」
「いいよ別に。誰もかれもお姫様になれるわけじゃないんだよ」
「でも絵本のシンデレラは何でもない普通の女の子がお姫様になるんだよ?」
「あんなの素質があって、魔法使いがいて、素敵な舞台が用意されていて、
それで初めてシンデレラになるんだよ」
「素質はあると思うだけどなー。
ま、凛が今のままでいいって言うならそれもいいのかもしれないけど、
魔法使いを待ってるだけじゃ何にも始まらないよ?」
「待ってもいないし、それに現実世界に魔法使いなんていないから無理」
「あ、そういえばこの前私が貸したCD聞いた?」
「はぁ…データは入れたけど、まだ聞いてない」
「一回ぐらいは聞きなって。今を時めく765プロのベストアルバムなんだからさあ」
「はいはい」
「んじゃまた明日ー」
「またね」
これで聞いてなかったら明日はねちねち言われるのが眼に見える。
しぶしぶ音楽機器を取り出し、電源を点け、イヤホンを付ける。
渋谷の街を歩けば至る所に今を時めく765プロの女の子たちの広告。
彼女たちの歌声がイヤホンから流れ出す。
ふと目線を上げると、大型ビジョンに彼女たちの躍動する姿が映し出される。
彼女たちは特別で、私は何でもない普通の人間。
泣き笑う彼女たちの姿を見て、私はただ凄いなと思うだけの一般人だ。
渋谷の街も様変わりしたように思う。
ほんの少し前はもう少し歩きやすい雰囲気だったのに、
今はアイドルプロダクションのスカウトマンが色々な女子に声を掛け、
女の子も誰かに声を掛けられようと着飾り、
下校時刻を過ぎると制服を着替えて私服でうろつく中高生で溢れかえっている。
別にそれが嫌なわけじゃないけど、夢を追い求めて必死になっている人たちの姿を見ていると、
かっこ悪いと思ってしまう。かっこ悪いというか、何かこう、必死過ぎて引いてしまうんだと思う。
私もきっと何かに必死になって向き合っていればそんなことは思わなかったと思う。
でも私にはそんな風に必死になれるものが無い。
人生が楽しく無さそうと思われたのは、
自分が熱量を傾けられるものが無いからそう思われてしまったのだろう。
無味乾燥な毎日は徐々に私の世界の色を奪っていくようで、
自分が楽しいと思える物だけに色が残り、それ以外の事象はどれもこれも灰色をしている。
でもそれでいい。私は結局そういう冷めた人間で、
自分の好きな範囲のものをただ愛でていればそれでいいんだと思う。
季節は春。全てが華やかに色づき、何もかもキラキラしている
そんな季節なのに、私の目に映る世界は灰色に染まっていく。
イヤホンから流れる彼女たちの鮮やかな歌声と灰色に見える世界が、
私をどうしようもない日常の泥沼に引き込んでいく。そんな感覚に襲われる。
私はずっとこの何の変哲もない日常と言う名の泥沼から抜け出せず、
日々を過ごし、そして朽ちてゆくだけなんだろう。
それがどれほど虚しく、辛いことであったとしても、私はそれを受け入れていくしかない。
この世界に、私と私の世界を変えてくれる魔法使いも王子様も存在しない。
それは絵本の世界の話だから。
冬に比べればだいぶ日も長くなってきて、
今日はいつもより暖かいから、ふらつくにはいい日。
イヤホンをしているといいことが一つある。
渋谷は声を掛けてくる人が多いから、気付いていないふりをしてやり過ごすことが出来る。
大概の人間はある程度話しかけて歩いてくるが、
いつまでも無視しているといつの間にかいなくなっている。
イヤホンを外さずに歩くと、離れていくスピードがいつもより早い。
普通に歩くのも面倒なのに、そんな人たちで溢れかえっているから更に歩きにくい。これはとても助かる。
渋谷についてから数時間は過ぎただろうか。
なんでこんな街でふらふらしているんだろうかと考えると、
とても無意味な時間を過ごしていることに気付く。
時間を潰すためだけに私は今ここにいて、こうしてふらふらしているのだろうか。
自分の考えていることが分からない。でもそうするしか私は今を生きる方法を知らない。
ここは生きた人たちがいる雑踏だから、
きっとそんな中にいれば私も生きた人間になれるんじゃないか、
そんなことを考えているのかもしれない。
もしくは私は何かを探しているのかもしれない。
この雑踏の中に、何か見つかるかもしれない、そんなことを考えているのかもしれない。
私は私を分からないままに、こうして時間を浪費する。
でも、もううんざり。楽しくなんかない。いつもいつもそう思う。
でもそんな退屈な日常から、私は逃げることが来ない。
そんな風に思うと、私の目の前の景色はいつもよりも早いスピードで色彩を失っていく。
この街に、私の世界を変えてくれる「何か」は無い。
イヤホンから流れる優しい歌声が、どうしようもない私を殺していく。
もういっそ…と思ってしまうほどに、私は生きることを諦めているんだと思う。
…!
こうして今日が終わり、また明日になり、明日が終わっていく。
それでいいんだと割り切るのに、一体どれぐらいの時間がかかるのだろう。
そしてそんな風に思える日は果たして来るのだろうか。
…!!
ドンッ!!
上の空で歩いていたら人にぶつかったようだ。
「すみません」
目を向けると、物凄い勢いでえずいている。
「…っ、はっ…はぁ…ぉぇ…ハァ……」
「えっ…だ、大丈夫ですか?」
「だ…ハァ…ヒュゥ…、ンップ…あ…んすぶ…」
私はそんな凄い勢いでぶつかってしまったのだろうか
。もしくは打ち所が悪かったとか。
いや、そんな感じではなさそう。とにかく滝のように汗を流している。
全力疾走をした後のような、そんな感じの息の切れ方。
しかしなんでこの人は私の行く道を塞ぐ様にそこに立っているのだろうか。
「はぁ…、そ…んか…、あ、オェ…ぬね…」
「…はぁ」
このまま放置するわけにもいかないし、すぐ横に自動販売機もある。
ペットボトル一本分の人間らしさは持ち合わせているんだと思う。
「ちょっと待ってて」
「ハァ…ぁ…ぁ…んぅ」
ガコン
「はい。これ飲んで少し息整えなよ」
「あ…ハァ…あrと…ぅ」
「お礼はまともに話せるようになってからでいいから。とりあえず落ち着きなよ」
ワイシャツ姿の男性は何度か深くうなずいてから私のペットボトルを受け取る。
呼吸を一つ二つと置いて、ペットボトルのスポーツ飲料水を勢いよく飲み…いや、吸い込んだ。
ペットボトルがベコン、ベコンと凹み、あっという間に500ミリのペットボトルは空になる。
そして男性は大きく深呼吸を三つして、私の眼をしっかり見据える。
「申し訳ない…助かった」
かなりの疲労がうかがえる顔をしているけど、どこか安心したような表情でもある。
「別にいいよ。たまたまぶつかった縁ってことで。じゃあ私はこれで」
「いや、たまたまじゃない。君を探してたんだ」
「…は?」
「あー、ごめん、自己紹介がまだだった。
俺、今日はアイドルのスカウト活動に来てたんだけど、
たまたま駅で君の姿を見てどうしても一声かけたかったから探してたんだ」
「え…私が駅にいたのって」
スマホを取り出し時間を確認する。もう日もだいぶ傾き始めている。
「…四時間前ぐらいだよ?」
嘘くさいと思った反面、あれだけ汗をかいていたのはそういうことだったのだろうか。
「そうそう、それぐらいの時にスクランブル交差点で見かけてさ」
四時間ぐらい前、確かに私はその場所にいた。丁度一人になった時のことだ。
「もう一人の女の子に声かけて聞こうと思ったんだけど、
人が多くて右往左往しているうちに見失っちゃって。
それでもうひたすらに渋谷の街を大激走。
君みたいな女の子が好きそうなショップとかを、走り回って確認しては走るを繰り返してたよ」
「は、はぁ」
「いやー、でもよかった。こうして暗くなる前に君に出会えて。今日は実りの多い日だ」
「…」
「君…えーっと、名前とか教えてもらってもいい?」
普通なら答えもしないし、無視するような質問に、私は答えてしまう。
「し…渋谷凛。凛は凛々しいの凛」
「渋谷凛。うん、とてもいい名前だ。凛という言葉がしっくりくる。それで、渋谷さん」
でも次の言葉はもう聞き飽きている。アイドルにならないか、だ。
この街や他の街でも、スカウトに来る人はみんなそう。
私はそんなものに興味ない。
「俺は君をアイドルにしてやることは出来ない。
でももし君が、今とは違う舞台から世界を見てみたいと思うなら、
俺はそれを全力で応援する。どう?」
「…へっ?」
「えっ?」
「いや、えっ?だってあんたはアイドル事務所の人なんでしょ?アイドルを作るのが仕事じゃないの?」
「アイドルは作るものじゃない。なるものだ。初めからアイドルな人間なんていないし、俺が作るものじゃない」
その目は私の目を捉えて離さない。
「歩く道はいくらでもある。選び放題だ。
でも歩ける道はいつも自分が選んだ目の前の道だけ。
俺は君に一つ、今とは違う道があることを提示する」
「…違う道」
「今まで育ててきたアイドルは、俺たちが応援していく中でアイドルになっていった。
勿論違う道を選んだ子もいる。だから俺は君をアイドルにすることは出来ない。
渋谷さんがアイドルになりたいと思って、そして誰かが渋谷さんをアイドルだと思った時、
初めてアイドルになる。だから俺は君をアイドルにすることは出来ない」
「…」
「でも渋谷さんを綺麗に着飾らせたり、舞台を用意したり、そんな魔法はかけてあげられる。
そんなものが無くても輝けるようなアイドルになれるかは、渋谷さん次第だけど」
きっと夕日のせいだ。私の灰色の世界の中で、
彼の姿だけがオレンジ色に輝いて、私の見る世界を色づけていく。
「…」
「これ俺の名刺。いつでも電話かけてくれ。
事務所に来てくれてもいいよ。事務員さんはいつでもいるから」
そう言って、ズボンのポケットから数時間ぶりに出されたであろう名刺入れを取り出し、
その中身を手渡された。比喩でもなんでもなく名刺から熱さが伝わった。
この熱さは、私に対して向けられたと言っても過言ではないのかなと、
そんなことを思って少し可笑しくなった。
私の物語は、汗を流し、息を切らしている不審者にペットボトルを渡す所からスタートした。
「…誰が私をプロデュースしてくれるの?」
「ん?勿論俺だ。スカウト兼プロデューサーだからな」
「ふーん、アンタが私のプロデューサー?」
おわりん
21:30│渋谷凛