2014年07月18日

泰葉「私が人形と呼ばれる訳」


杏「杏が休みを求めるわけ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi?bbs=news4ssnip&key=1404895989&ls=50



と、同じ事務所のお話



読まなくても問題ないだろうけど読んだほうが杏の心情がわかりやすいかも



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405329912





 容赦の無い熱が私を襲う。

目が焼けそうな日光。アスファルトの照り返し。

重ねていくつかのレフ板。全身に広がる熱、

肌を焼く光。じんわりと全身が汗ばむ。



 喉がはり付く、身体が水を欲している。

けれどそんなそぶりは見せずに台詞を言い切る。

表情にも、態度にも、声にも、絶対にだしはしない。

それは、弱みだから。



「はいオーケーです。少し休憩にしましょう」



 パラソルの下、日陰で椅子に腰掛ける大人が

暢気な声で中断を告げると演者は皆一様に安堵の息を吐いて

早々に日陰へ水分を求めに歩いていく。



「お疲れ岡崎」



 それらを尻目に、できる限りゆっくりと。

疲れも乾きも見せないようにプロデューサーの下へ向かう。

冷えたスポーツドリンク。濡れたタオル。

私はそれらを受け取りながら、しかし心配気なその顔をできるだけ見ないようにする。



「無理しすぎだ」



 同じクーラーボックスに入ってたのだろうか、

タオルはとても冷えていて、気持ちがいい。

首にタオルをかけて受け取ったドリンクを喉を鳴らして飲んでいると、

プロデューサーはそう言った。



「無理なんて、してないですから」



 咄嗟に言った台詞は、カメラの前と違ってずいぶんと拙い。

それを受けてプロデューサーは「心配させないでくれ」と小さく呟いて、

つい見てしまった彼の表情は困ったような笑顔。

私を正面から見つめる瞳。真っ黒な、瞳。



 私の演技なんて全てお見通しで、

まるで私の心まで見通されるようで。とても、嫌な瞳。

私の中にある闇。私の中にある黒。私の中にある奈落。

いままでずっと隠してきて、隠し通せていたそれらを見られそうで。



 今の事務所に来て、一年。

私は未だにこのプロデューサーとの距離を掴めずに居る。



―――



 帰りの道。私は社用車のキャラバン、その助手席に座っている。

勿論運転席にはプロデューサーで、お互いずっと黙っている。



「今日も、いい仕事ぶりだったぞ」



 ここまで全部に引っかかっている本日七度目の赤信号。

この後に仕事はないので構わないが、それはもう見事な引っかかり方だ。



 逆に時間が無い時、おしてる時は目的地までの信号が全部青だった事がある。

その話を以前事務所でぽつりとしたら。

『あ、あの人は……ちょっと天邪鬼、なのに憑かれてるから』

と、白坂さんが言っていた。私がそれに対して

「あなたは、そういうキャラで売ってるの?」と聞いたら、困ったように笑われた。



 私の、嫌いな顔。困ったような、笑顔。

この業界に居て、ずっと見てきた顔。

実力が無いくせに、芸暦だけ長い女優に対する監督。

それを見ていた私にその女優が文句を言ってきた時の、母。

私の隣に今居るプロデューサー。誰も彼も、同じ顔をする。

困ったような、貼り付けた笑顔。



 大嫌い。大嫌い。大嫌い。

>>4あざす



「岡崎?」



 八度目の赤信号。

黙り込んでいる私に再度プロデューサーが声をかける。

先程よりもはっきりと心配したような声色で。



「すいません。ボーっとしてました」

「……熱中症とかじゃないだろうな? 意識はしっかりしてるか?」

「大丈夫です」



 心配そうに私の顔を覗きこむ。

それが嫌で、ぴしゃりと返す。



「小さい頃から、やってますから」



 信号が青になる。プロデューサーは前を向いて、

車はゆっくりとまた事務所に向かって動き出す。

「そうか」と小さく呟いた彼の声に、私はなにも返さなかった。



―――



 事務所につき、プロデューサーは「じゃあまた」と軽く言って

事務室に戻っていった。私は特にやることもなく。

かといってまだ寮に戻るつもりもなくて、なんとなく談話室に向かった。



「お疲れ様です」



 いつも何人かのアイドルが楽しそうに談笑している

そこの扉をあけると、珍しく誰もいなかった。

エアコンの僅かな音だけが聞こえる部屋で、

静かだから本でも読んでいようかなどと考えていると。



「んっ……すー……」



 ソファの方から、小さな声がした。

見れば、年上だけど年下にしか見えないアイドルが

頭の下に汚れたピンクのぬいぐるみを敷いて寝ていた。

背もたれの方を向いているから、顔は見えないけれど。



「……」



 双葉杏。彼女の名前。

決して仲良くはないし、話したことも数えるほど。

ただ、なぜか不思議と彼女には似たようなものを感じることがある。



 後ろ暗い、仄暗い、嫌な思い出。過去。

その匂いがするからだろうか。





 彼女はよく休みたいと言っている。

一人で居るときも、アイドルと居るときも。

時にはプロデューサーに向かって直接言ったりもしている。

聞き入れられることは、ないけれど。



 「どうしてアイドルをしてるの?」と私がこの事務所に来た当初聞いたことがある。

私は、自分と同じ様な答えが返ってくる事をを期待していた。

「やらされてるから」みたいな、自分の意思から離れた答えを。



「プロデューサーの、あの顔が好きだから」



 でも、返ってきたのはそんな答えだった。

訳がわからなかった。自分と同じモノを持っている人が、

自分の大嫌いな物を好きという。それが理解できなかった。



「なんでそんなこと聞くのさ?」



 呆然とする私に彼女はそう言って。

私は「わからない」と答えた。

すると彼女は、困ったように笑った。



 だから私は、彼女も苦手。

似てるはずなのに、正反対。大嫌い。



 私がアイドルをやってるのは、逃げてきたから。

今まで居た世界から、逃げ出してきて、

でもまったく違う世界に行く勇気も無くて。

母が私にかけた呪いから、いまも抜け出せないで居る。



 全身に絡んだ操り糸は、まるで蜘蛛の巣。

私は、結局なにもせず談話室をでていった。



―――



「ねぇねぇ、プロデューサー。このあとご飯食べに行こうよー」

「悪いけど今度にしてくれ。今は忙しくてな」

「えー!」



 事務室に呼び出されて入っていくと、

プロデューサーはアイドルに昼のお誘いをされていた。

どうにも、彼に対して苦手意識というかを持っているのは私だけで、

この事務所のアイドル達は皆彼を信頼しているみたい。 



 いや、私だけじゃないか。きっとあの小さい彼女もそう。

彼女もどこかに誘ったり一緒に食事したりしているのを見たこと無いから。



「プロデューサー、いいですか?」



 いつものあの困った笑顔で断りを入れていた彼に声をかける。

するとようやく私に気がついたのかやっとこっちを向く。



「おう、悪いな岡崎。……ほら唯また今度な」

「ちぇー」



 ポンポンと頭を軽く叩いてあしらう彼。

子供に対する、大人の対応。大人、大人。



「それで、なんでしょうか?」

「あぁ、ちょっと会議室に行こう。ここじゃあれだからさ」



 珍しく真剣な顔。

なんだろう、なにを言われるんだろう。

なにかしてしまっただろうか。失敗しただろうか。

長い間の癖かどうか。目上の人間にこういう風に呼び出され、

後ろをついてい歩いているとすぐに不安に駆られる。



 ――だから私は人形なんだ。

自分の中で声が聞こえた。

当たり障り無い様に、怒らせないように、

傷つかないように、恐る恐るの生き方。

自分の意思が無いお人形さん。



「さて……」



 広い会議室、多くの椅子と机。

向かい合う私とプロデューサー。

あまり見ない真剣な表情で見つめられると、怖くなる。



「なぁ、お前アイドル楽しいか?」



 私の心中を知ってか知らずか。

口からでた言葉は思ってたのとは全然違った。



「お前は、なんだかいつも追い詰められた様な顔をしてる」



 心配そうな声で、顔は真剣で。



「困った事があるなら言ってくれ。思ったことは溜めないで欲しい」



 フラッシュバックする。嫌な光景が。

私の中、ぐずぐずと腐り落ちた、捨てたはずの記憶が。



「俺を、もう少し信じて欲しい」



 優しい声。暖かい声。包むような声。

安心させる台詞、縋りたくなる台詞。

やっぱり見透かされていたんだ。



「信じる……なんて、無理です」



 私は、言った。自分から正面を向いて。



 世の中には居る。

そうやって表情も、声も、態度も、台詞も、優しく柔らかく。

丁寧で親切で、そうして信じきったところを裏切る人が。



「多くの人に、騙されました。世の中にはお金で子供を投げる人が居ます。

 平気で自分を信じる人を裏切る人が居ます。私はもう、誰も信じれない」



 信じて、泣くのはもう嫌だ。

裏切られて、痛苦を味わうのはもう十分。



「それだけですか? 失礼します」



 言いたい事を言って、私はその場を後にした。

なにも聞きたくなかった。





―――



「……お疲れ」



 荷物を取りに談話室に入ると、

双葉さんがまたぞろソファで寝ていて、

入ってきた私の方に顔だけ向けてそう言った。



「……お疲れさまです」



 また、二人きりになってしまった。

しかも今度は起きている。気まずい雰囲気が流れる中、

私はそそくさと自分の荷物をしまってるロッカーに向かう。



「あのさ」



 相変わらず、背もたれを向いていて顔が見えないまま。

彼女は私に話しかけてくる。



「なんでしょうか」

「……敬語いらない。そっちの方が芸暦長いんでしょ?

 ま、杏も使うつもり無いけど」



 気だるげな声、やる気の無い声。



「……じゃあ、そうする」

「ん……で、本題だけど。プロデューサーは信じられるよ」



 その声に、若干の真剣味があった事に気づく余裕は無くて。



「……悪趣味」

「べつに聞いてた訳じゃないよ、ただ想像がつくだけで」

「信じられるなんて、信じられない」



 ただ繰り返しになる会話に苛立ちを覚えるばかりで。



>>13

なにその世界怖い



繋がってるような、繋がってないような



「なにをそんなに怯えてんのさ」

「っ!」

「裏切られるのが怖いから信じない? 馬鹿じゃないの?」



 呆れたような声にカッとなった。



「あなたになにがわかるの!? なにも知らない癖に!

 プロデューサーが裏切らないってなんの根拠があるのよ!」



 やっちゃった。とすぐに思った。

当たり障りなく生きてた筈なのに、

距離をとって、刺激しないように立ち回ってたはずなのに。



 ――ほら、目の前の小動物が、まるで獅子のよう。



「……ふざけんなよ」



 ゆらり立ち上がった彼女は、

わかりやすく怒っていた。

10cm以上の身長差すら、感じられない。



「知って貰おうとしたの? 知る努力はしたの?」



 私の失言に、彼女は静かに言葉を紡ぐ。



「お前は”私”の何を知ってんだよ。”あの人”の何を知ってんだよ。

 悟ったみたいな顔して逃げ回って、真面目にアイドルやってる振りをして、なぁ?」



 いつも眠そうにさがった目じりは、今は鋭く私を射抜く。



「舐めんな! あの人を侮辱すんのは私が許さねぇぞ!

 大嫌いだよ! お前みたいな死ぬまでの暇つぶしに生きてるみたいな奴が!」



 驚いた。まさか、彼女がこんなに怒るなんて、思いもしなかった。

まさか本気でアイドルやってるとは思ってもみなかった。

なにも、見てなかった。気がつかなかった。



「……芸暦はともかく、あの人との付き合いは私の方がずっと長いよ。

 あんたがどんな風にこの業界を生きてきたのかも知ったこっちゃ無い。

 でも、ここのみんなは本気でアイドルやってるし、みんなあの人を信じてる。

 それは、根拠にならないの?」



 私はなにも、答えられなくて。



「……なにやってんだお前ら」



 そこにプロデューサーがやってきた。



 私と彼女を見て、ため息を吐いて。



「あー、プロデューサー。杏なんか眠いから仮眠室行って来るー

 どうせ次の仕事まで時間あるしー」



 打って変わって調子を戻した彼女は

私に見向きもせず横を通り過ぎる。



「ったく、二時間後だから、余裕を持って一時間半で起こすからな」

「はーい。あと、一つ良い?」

「ん?」

「話してもらうのを待つだけじゃ、ダメなときもあるんだよ?」

「……わかった」



 パタンと、扉の閉まる音。

そして、今度はプロデューサーと二人きり。

私の身体は石になったかの様に、動かない。



「泰葉、もう少しだけ、時間いいか?」



―――



「おはようございます」



 翌日。仕事もないのに朝から事務所に来てしまった。

今までオフの日にわざわざ足を運ぶことなんてなかったのに。



「おはよう泰葉」

「はい、おはようございます」

「……元気そうだな」

「えぇ、おかげさまで」



 事務室で交わす会話は少しだけ以前より明るく。

私はちょっと皮肉を込めて笑った。

プロデューサーのいつもの困ったような笑顔、不思議と、もう嫌な感じはしない。



「今日は、双葉さんいますか?」

「ん? ……あぁ、談話室にいると思うよ」

「ありがとうございます」



 驚いたように目を見開いて、そしてくすくすと笑われてしまった。

本当に、見通したような人。そして、見通した上で、何も言わずに、受け入れてくれた。

私は会釈をして、談話室に向かう。足はちょっぴり弾んでいた。



「お疲れ様です」



 言って入った談話室。

タイミングがいいのか悪いのか、また誰も居ない部屋。

――私と、彼女以外誰も居ない部屋。



「……」



 相も変わらず背もたれに向かって丸くなる彼女。

小さく上下する肩だけでは寝てるのかどうか判断できない。

でも、多分起きてるんだろうなと思う。そして、私がこっそりでていったあの時も。



「……少しだけ、信じてみようかなって思う」



 本当に起きてるか寝てるかは知らない。

でも、聞こえてる気がしたから言って見る。

思いは口にしなくちゃ伝わらないから。



「ふぅん。で、それを杏に言ってどうするわけ?」



 案の定、背もたれの所為で若干くぐもった声。



「アイドルも、真面目に頑張ってみる」

「あっそ」

「……プロデューサーも明日から個人レッスンしてくれるって言ってたし」

「はぁっ!?」



 ようやくこっちを向いた。

驚いた表情の彼女に、舌を少し出して笑う。



「う・そ」

「……やっぱ、あんたの事嫌いだわ」

「私も、あなたの事嫌いだから一緒」



 ふんと、荒く鼻を鳴らして。

また背もたれに向かってしまった。



「でも、あの人とアイドルに関しては本当だから。これからほどほどによろしくね」



 ふてくされた様な態度は、昨日と打って変わって子供っぽい。

でも昨日気がついた、私も大概子供だった事に。



『信じてくれとはもう言わない。ただ、俺はお前を信じてる。

 お前ならできる、輝けるって』



「……やなこった」

「ふふっ」



 決してみんなと仲良くやれるとは思わない。

まだまだ知らない人の方が多いし、

いままで自分で作ってきた壁を簡単になくせるとも思わない。



『泰葉、もう、我慢しなくていいんだ』



 それでも、私にはもう二人も理解してくれる人ができた。



 ――私が私として居られる場所を、やっと見つけた。



おわり



【特別】



杏「……おはよ」



泰葉「おはよう」 もごもご



杏「……なに食ってんの?」



泰葉「飴」



杏「は?」



泰葉「帰り送って貰った時にダッシュボードに入ってたから、Pさんに言ってもらった」



杏「おい、それは杏のモンだ!」



泰葉「別にいいでしょ。構ってもらう口実の癖に」



杏「……っ」



泰葉「あ、図星?」



杏「ほっとけ馬鹿。ってか何で名前で呼んでんの」



泰葉「私の事名前で呼ぶようになったから、逆もいいですよね? って言ったらあっさり」



杏「なんだよそれ。くたばれ」



泰葉「うそ、本人が居るところでは言わない」



杏「……ちっ」



泰葉「そろそろレッスンだから、じゃあ」



杏「……」



泰葉「あ、最後に一つ」



杏「なに?」



泰葉「この飴、微妙だね」



杏「……この間プロデューサーが言ってたんだけどさ」



泰葉「?」



杏「急にキャラが変わって懐いてきて怖いって言ってた」



泰葉「……うそっ」



杏「うん、嘘」



泰葉「……」



杏「……」



泰葉「本当に嫌い」



杏「お互い様だろ」



21:30│岡崎泰葉 
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